多国籍自動車企業のブランディング 研究ノート

研究ノート
多国籍自動車企業のブランディング
-米国におけるレクサスの事例研究-
Branding of a Multinational Automobile Company:
A Case Study of Lexus in the U.S.
植
木
美知瑠
(明治大学大学院)
要旨
本稿では,
多国籍自動車企業のブランディングを研究課題とし,その検討の方法として,
米国高級自動車市場において後発参入したレクサス・ブランドの事例研究を行った。レク
サスのブランディングを明らかにするために,自動車ディーラー・システム,およびディ
ーラー政策の特徴を考察した。米国トヨタ販社(TMS 社)におけるレクサス事業部のディー
ラー支援とディーラーの顧客価値創造に果たす主体的な役割を論じ,販売活動における協
働的な関係性の意義についても解明した。また,ブランドの組織内浸透活動,ディーラー
販売網の構築とその販売・支援活動の管理に注目して,レクサスが競争力を高めるために
ブランドをどのように確立してきたかについて,ブランディングや専売店の役割を明らか
にした。
Abstract
In this paper, branding of a multinational automobile company was made into the
research task, and the case study of the Lexus brand which carried out late-coming
entry in the U.S. luxury car market was performed as a method of the examination. In
order to clarify branding of Lexus, the feature of the automobile dealer system and the
dealer policy was considered. The active role played in the customer value creation by
dealers and the support by the Lexus division of Toyota Motor Sales, U.S.A, Inc. (TMS)
was discussed. Besides, it was also clarified about the meaning of the collaborative
relationship in sales activity between TMS and dealers. Moreover, management of the
osmosis activities in the organization of the brand, a dealer's sales net construction
and its sale and support service were taken notice of. In order that Lexus might
heighten competitive capability, it was clarified how the role of branding and an
- 87 -
exclusive dealership has established the brand.
キーワード
ブランディング,ディーラー・システム,ディーラー政策,顧客価値創造活動
Keywords
branding, dealer system, dealer policy, customer value creation activity
1
はじめに
多国籍自動車企業は世界レベルでの熾烈なグローバル競争に対応し,販売力を強化する
ために,グローバルにブランドを確立し,それを世界に浸透させる努力を行っている。表
層的なブランド・イメージの形成だけで,強いブランドはグローバルに構築できるのだろ
うか。
このような問題意識を解明していくために,本稿では,ブランディングで重要とされる
企業と顧客の関係に注目して,米国市場での自動車企業間におけるブランド競争が,実は
ディーラー・システムに大きく依存するのではないかという視点に立ち,その要因を探る。
検討の方法としては,米国の高級自動車市場において後発参入にもかかわらず,競争力を
高めてきたレクサス車の事例研究を行う。世界の自動車市場において,一段と高い競争優
位を保ち続けているトヨタ自動車(以下トヨタ)が米国市場により高級なブランドとして導
入したのがレクサスである。レクサスは,1989 年に北米で販売され,その後,欧州やアジ
ア等でも販売されている。
本稿では,まず,米国自動車市場動向をレビューし,北米の自動車市場と米国自動車市
場を比較することで,北米における米国自動車市場の位置づけを明らかにする。次にレク
サスの沿革と発展について述べる。さらに,レクサスのブランディングを明らかにするた
めに,自動車ディーラー・システムやレクサスのディーラー政策の特徴を検討する。特に,
レクサスが競争力を高めるためにブランドをどのように確立してきたかについて,ブラン
ドの組織内浸透活動,専売店ディーラーの整備とその販売・支援活動の管理に注目して考
察する。
- 88 -
2 米国におけるレクサスの事業戦略
2-1
自動車市場の動向
世界 71 ヶ国の自動車販売台数は,2006 年に 6744 万 3023 台となり,毎年販売台数を拡
大させている1。同年の地域別自動車販売台数をみてみると,北米では 2001 万 6229 台で,
世界の自動車販売合計に占める構成比は 29.7%であった。南米では 328 万 4037 台で,構
成比は 4.9%であった。西欧では,1709 万 7774 台で,構成比は 25.4%であった。東欧で
は,463 万 6153 台で,構成比は 6.9%であった。アジア・太平洋では 1928 万 1914 台,
構成比は 28.6%であった。アフリカでは 114 万 9951 台で,構成比は 1.7%であった。中
近東では,197 万 6938 台で,構成比 2.9%であった。
過去数年間(1999~2006 年)における北米の自動車市場は毎年 2000 万台弱あり,世界自
動車市場の約 3 割を占める。そのうち米国市場は 1700 万台を維持している2。2006 年に
おける車種別自動車販売台数における米国の構成比を見てみると,乗用車 46.5%,小型
トラック 51.2%,中型商用車 1.5%,大型商用車 1.7%である3。
米国では主な交通手段が車であり,安定した自動車需要がある。米国市場では,これま
で世界の主要な自動車市場として順調に販売台数が増加してきており,自由競争市場であ
るため新規参入車は販売を拡大することが可能である。
また,2007 年の世界自動車販売台数のうちトヨタは GM を上回り,936 万 6000 台で,
世界第一位の販売を達成している4。2007 年におけるトヨタの業績データによれば5,自動
車売上高が約 23 兆円で,連結ベース車両生産台数は 818 万台に達した。また,地域別連
結ベースの車両生産台数をみると,日本が全体の 62.3%を占めており,次いで北米で
14.7%を占めている。また,連結車両販売台数をみると,日本で 227 万 3 千台,海外で 625
万 1 千台の合計 852 万 4 千台の販売を達成している。その地域別内訳をみると,北米 34.5%,
日本 26.7%,欧州 14.4%,アジア 9.2%,その他の地域 15.2%の順になっており,北米の
販売比重が最も大きいことがわかる。また,北米市場における販売のうち約 80%は,米国
市場によって占められている。
1
2
3
4
5
FOURIN(2007)『世界自動車統計年刊 2007』8 頁。
FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』46 頁。
FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』46 頁。
『日本経済新聞』2008 年 1 月 24 日朝刊。2008 年 1 月 25 日夕刊。50%以上の連結子会社の販売台数
を含む。
トヨタの業績については,
「トヨタ自動車財務データ」
http://www.toyota.co.jp/jp/ir/financial/high-light.html を参照 (2008 年 1 月 30 日アクセス)。
- 89 -
2-2 米国におけるレクサスの沿革と発展
自動車産業では,新興国市場の自動車販売台数が拡大しているものの,ガソリン価格高
騰,燃費規制や先進国の自動車需要の停滞等によって,自動車産業を取り巻く環境が厳し
くなってきている。各社は自社の強みを発揮させ,自動車販売低迷に対応していかなけれ
ばならない。
このような状況下で,米国自動車市場において,今や収益力や株主時価総額等でビッグ
スリーを上回るトヨタが躍進してきた理由として,1970 年代以降の小型車の開発と燃費効
率の良さが挙げられる。また,1990 年代になると,乗用車生産の標準化の確立が成功に寄
与した。さらに近年では,SUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)よりも乗り心地の
良い CUV(クロスオーバー・ユーティリティ・ビークル)セグメントのレクサス RX(日本
ではハリアー)が導入されている6。さらに,トヨタは,環境規制にいち早く対応してハイ
ブリット車を開発し,プリウスやレクサス RX にハイブリット車用電池を搭載するなど,
新たに付加価値のある自動車を生産・販売している。
トヨタのレクサスは 1989 年に北米で高級自動車として販売され,現在では中南米,欧
州,アフリカ,アジア,オセアニア,中近東で販売されている。図 1 に示すように,世界
71 ヶ国の販売台数は, 2006 年に 43 万 739 台であった7。米国におけるレクサスの販売台
数は 2006 年に 32 万 2434 台となり,持続的に販売台数が伸びている8。
また,J.D. パワー・アンド・アソシエイツによる米国自動車耐久品質調査のブランド別
ランキングでは,レクサスが,キャデラック,BMW,ジャガー,メルセデス・ベンツ等の
競合他車をしのいで 13 年連続第 1 位に評価されている9。さらに,同社による米国自動車
初期品質調査のブランド別ランキングにおいても,レクサスは毎年高く評価されている10。
FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』
,9 頁。
FOURIN(2007)『世界自動車統計年刊 2007』
,56 頁。
8 FOURIN(2007)『世界自動車統計年刊 2007』
,56 頁。
9 「米国耐久品質調査のブランド別ランキングで,ビュイックとレクサスがトップに」
http://www.jdpower.co.jp/press/pdf2007/2007USVDS_J.pdf(2008 年 1 月 30 日アクセス)
米国自動車耐久品質調査(VDS)は,消費者を対象に新車購入後 3 年が経過した時点での車の耐久品質
を調べるものである。この調査では車両性能別に「走行性能分野」,「エンジン分野」,「トランスミ
ッション分野」等の 9 つのカテゴリーにおける不具合をユーザーが指摘している。今回は 2003 年型の
新車の乗用車およびライト・トラックのユーザーを対象にした。回答数は 4 万 7620 人である。また,
VDS スコアは 100 台当たりの不具合件数により算出され,スコアが低いほど耐久品質が高いと判断さ
れる(pp100: Problem per 100 Vehicles)。なお,自動車耐久品質が高いことによって下取り価格を高く
維持できるため,中古車価格は高くなる。また不具合件数が少ないことが顧客の購入意向を強めてブラ
ンド評価を高める。
10 「米国における自動車初期品質調査,セグメント別ランキングでフォードグループが躍進」
http://www.jdpower.co.jp/press/pdf2007/2007USIQS_J.pdf (2008 年 1 月 30 日アクセス)
6
7
- 90 -
自動車企業間における熾烈なブランド競争において,持続的に自動車販売台数を増やし
ブランド評価を高めているレクサスは,米国でどのように事業を展開してきたのだろうか。
そこで,レクサスの沿革と発展をみてみよう。
トヨタは米国市場では,もともと小型トラックや大衆車を販売していたため,トヨタの
主力車は経済的なコモディティ製品として認識されていた。そこで,ユーザーのニーズの
多様化に対応するため,1983 年 8 月に,豊田英二会長により,米国市場での最高級車の
開発が決意され,プロジェクト・チームが発足した。プロジェクトでは,BMW7 シリーズ ,
ジャガー,メルセデス S-クラスのようなプレステージ・イメージを追及する車の開発が構
想され,世界の高級車より優れた「グローバル・ブランド」確立が意図されていた11。
また,販売方法として,米国トヨタ自動車販売会社(Toyota Motor Sales and Inc.;以下
TMS 社)は,富裕層をターゲットにし,高級感を演出するため,これまでのトヨタの既存
のディーラーと区別し,限定的にレクサス専用販売店を創設したのである。
レクサスは米国市場での事前調査を加味して,1989 年 1 月に初の LS400 モデルを米国
市場に投入した。そのレクサスは,プレミアム・ブランドとして,ユーザーに優雅なデザ
インで高級感を提供しつつ,車の乗り心地の良さや静粛性等の高品質も体感させている12。
このようなレクサス車の特性とは,他社が達成できなかった高級デザインと機能性を両立
する自動車を創造したことである13。
レクサスは,欧州車のブランドのように,ユーザーが持つブランド・イメージを統一さ
せるため,トヨタが「トヨタらしさ」を明文化させたトヨタバリューのように,全世界の
ユーザーに伝えるべき共通の価値として,レクサスピラミッドやレクサス・ブランド・ス
テートメントを明文化している。それは,
「高級の本質の追求」というブランドの理念をよ
り具体化させたものである。その表現の解釈は,地域によって若干異なることもあるが,
米国自動車初期品質調査(IQS)とは,乗用車・ライト・トラックを新車で購入・リースした消費者を
対象に,購入後 90 日間の車両性能分野別の初期品質を調べるものである。この調査では,車両性能分
野別に「走行性能分野」,「エンジン分野」,「トランスミッション分野」等の 9 つのカテゴリーから
成る 135 項目に関するユーザーの不満をモデル別に 100 台当たりの不具合指数件数として算出してい
る。
11 Mahler, J. (2004), p.31.
12 遠藤(2007), 79-84 頁。遠藤は「プレミアム・ブランドとは,プラスアルファの対価を支払ってでも手
に入れたいと思わせる『特別な価値』
『プラスアルファの価値』と指摘している。また,
『プラスアルフ
ァの価値』は,製品やサービスから得られる『機能的価値』と顧客の感性に訴える『情緒的価値』の 2
つの側面から捉えられている。
13 遠藤(2007), 220-221 頁。遠藤は,レクサスの米国での成功の背景として,
「日本車ならではの高品質,
高級車の機能性,レベルの高い接客とアフターサービス等『機能的価値』を求める顧客層にレクサスは
大きくアピールした」と指摘している。
- 91 -
ブランドの本質に関する基本的なものは変わらない14。レクサスのブランド戦略において,
デザイン・フィロソフィーの確立だけでなく,ドライブの快適な時間を約束するというラ
イフスタイルの提供により,明文化されたコンセプトが広く支持された。
そのレクサス・ブランド理念にもとづき,三位一体となった開発・生産・販売担当によ
り,事業が展開されている。なお,レクサスは,製品の仕様,品質基準,および走行性能
を世界標準化させている15。
以上に述べたように,レクサス車の特性として,高性能や高級感のある品質を追求し,
ユーザーに車の乗り心地の良さを体感させるために,完璧な品質にこだわったことが挙げ
られる。
レクサスはその後,2~3 年ごとにモデル・チェンジを行い,品質の信頼性を高めながら,
効果的な製品展開を行ってきた。そしてレクサスは早くも 1990 年 7 月に J.D. パワー・ア
ンド・アソシエイツの米国自動車初期品質調査部門で第 1 位になった。1991 年 12 月には
レクサスの年間販売台数が 7 万 1206 台に達し,米国における輸入車販売の第 1 位を記録
した。
1993 年 10 月にレクサスは業界初の認定中古車制度 (Certified Pre-owned Program;
以下 CPO)を導入し,高級中古車市場でも販売規模を拡大させている16。このプログラムに
は,認定中古車制度の広告,100 ポイント点検プログラム(機械部品および外観両方の修理
を含む),修理基準,およびディーラー向けの条件(例えば,認定された車と認定されてい
ない車とを一緒に展示しない等)が含まれている。
また,レクサスはインターネット再販システムを立ち上げ,インセンティブの内容を変
更しながら,ディーラーが需要と供給のアンバランスを修正できる環境を整備した17。さ
らに,CPO を導入することによって中古車の販売においてもブランド価値が維持されてい
る。
レクサスは 1998 年に高級 CUV というセグメントをつくり,フルライン(RX,GX,LX)
2004 年の大石芳裕編著『グローバル・ブランド管理』白桃書房のグローバル・ブランド管理の実態を
より深く掘り下げるべく,今回のインタビュー調査では,レクサスのグローバル・ブランド管理につい
て,日本・海外を中心に 2007 年 8 月 3 日にトヨタ自動車株式会社で,レクサス営業企画部販売計画室
室長にヒアリング調査を行った。とりわけ,
「海外におけるレクサスのブランディング」に関してディ
ーラー政策との観点から,
「ブランディングとしてのディーラー政策」について質問した。
15 『Automotive Technology』, 2005 年秋号,135 頁。
16 FOURIN(2003)『北米自動車産業 2004』
,259-261 頁。
17 FOURIN FOURIN(2003),『北米自動車産業 2004』
,259-261 頁。
14
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で揃えている18。この CUV は,用途の広さと有用性を備え,同時に乗用車のような乗り心
地で,高速道路やオフロードでも快適に走行でき,場所や時間を選ばない。また,ユーザ
ーのニーズに応え,今日のライフスタイルに適応している。この CUV は,ユーザーから
高く評価され,レクサス車の販売を牽引することになった。1998 年 7 月にはレクサスの
年間販売台数が米国市場で初の 8 万 3041 台に達した。2003 年 1 月に初めて北米で RX330
の生産を発表した。さらに,2005 年 4 月に世界初のハイブリット高級車 RX400hを投入
した結果,RX の販売台数は,2004 年の 10 万 6531 台から 2006 年には 10 万 8348 台へと
増加した19。このようにして 2006 年には,レクサス全体の年間販売台数が 32 万 2434 台
に達したのである20。
図1
世界 71 ヶ国のレクサスの販売台数の推移(2002 年~2006 年)
台
500,000
450,000
400,000
世界71ヶ国
350,000
北米
300,000
米国
250,000
西欧
200,000
中・東欧CIS
150,000
アジア・太平洋
100,000
アフリカ
50,000
0
2002
2003
2004
2005
2006
出所:FOURIN(2007)『世界自動車統計年刊 2007』
,56 頁にもとづき筆者作成。
18
19
20
FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』65 頁。
FOURIN(2007)『世界自動車メーカー年鑑 2008』115-116 頁。
FOURIN(2007)『世界自動車統計年刊 2007』56 頁。
- 93 -
3 レクサスのブランディングとディーラー政策
3-1
レクサスのブランディング
多国籍企業がグローバルにマーケティングを展開するにつれて,グローバル市場におけ
るブランド価値の重要性は高まっている。現代におけるグローバル・ブランドの本質とは
どのようなものなのか。ブランドとは,
「ある売り手あるいは売り手グループの財またはサ
ービスを識別し,競合業者の製品・サービスから差別化しようとする特有の(ロゴ,トレー
ドマーク,包装デザイン等の)名前,または,シンボル」21である(Aaker 1991)。また,
Aaker(1999)によると,グローバルなブランドとは,ブランド・アイデンティティ,ポジ
ション,広告戦略,パーソナリティ,製品,パッケージ,外観,使用感等に関して世界的
に統一されたブランドのことである22。Aaker(1991)によれば,コスト・メリットを活かせ
る普遍的な要素は世界標準化されるが,ブランド資産等の固有の要素は各国の市場に現地
化されることを指摘している23。さらに,Aaker(1999)によると,多国籍企業がグローバル
なブランドを展開する際,国や地域別に政府の規制,商慣行,文化規範,顧客の嗜好等を
考慮し,部分的にブランドを修正する可能性があると指摘している24。つまり,多国籍企
業は国や地域別に顧客や市場特性が異なることを認識しなければならないが,同時にグロ
ーバルな効率性を活かしながらグローバルなブランドを創造することで,自社ブランドを
確立しなければならない。
それでは,ブランドはどのように創造され,その製品がブランド化されるのであろうか。
Keller(2000)によれば,ブランド化の条件として,
「ブランドは顧客の知覚や個人特性によ
る影響を受けるため,顧客に製品のラベルを示し,ブランドの意味を教えることが必要で
ある」25。また,Keller は,
「ブランディングとは,精神的な構造を創り出すことと顧客が
意思決定を単純化できるように,製品・サービスについての知識を整理させることにかか
わっている」と指摘している26。
余田・首藤(2006)によると,
「
『ブランディング』とはブランドを作り上げ,メンテナン
スしながら,さらにいっそう強くしていく一連の活動を指す」27。また,彼らは,
「ブラン
21
22
23
24
25
26
27
Aaker(1991),p.7., 邦訳 9 頁。
Aaker(1999),p.306., 邦訳 392 頁。
Aaker(1991),p.268., 邦訳 374 頁。
Aaker(1999),pp.306-307., 邦訳 392-394 頁。
Keller(2000),p.10., 邦訳 46-47 頁。
Keller(2000),p.10., 邦訳 46-47 頁。
余田・首藤(2006),32-33 頁。
- 94 -
ディングで最も重要なのは『企業と顧客の関係性』であり,顧客との約束を果たし,その
期待に応え続けることで,できあがる企業と顧客との長期的で揺るぎない精神的な関係
(絆)こそがブランディングの目指すべきものである」と指摘している28。
レクサスが米国市場で競争力を高めてきた背景として,顧客によるブランド評価が高ま
ってきていることが挙げられる。レクサスのブランドに対する顧客の評価は,単なるイメ
ージではなく,イメージを含む顧客の心の中に刻まれたブランドに対する評価やロイヤル
ティからなる「信念」でもある。
本稿では,Keller や余田・首藤によるブランディングの定義に依拠し,メーカーとディ
ーラーの協働的なディーラー政策も包含して,レクサスがブランディングをどのように米
国市場において実施してきたのかについて検討する。また,レクサスは,持続的に顧客評
価を高めてきたブランドをどのように確立してきたのかについて,ブランドの組織内浸透
活動やディーラー販売網の構築とその販売・支援活動の管理を通じた専売店の役割につい
ても明らかにしていきたい。
3-2
自動車ディーラー・システム
まず,米国ディーラーの主導的な活動の影響要因となる米国のディーラー・システム29を
検討し,米国自動車市場における自動車ディーラーの特徴を明らかにしてみよう。
下川(1987)は,米国と日本において自動車の流通および販売システムは同じであるが,
運用面での相違があると指摘している30。その運用面での相違とは自動車メーカーとディ
ーラーとの関係のあり方やディーラー経営のあり方にある。具体的には,販売形態や自動
車市場の特質,ユーザーの気質,流通や販売における環境等の相違がある。
下川(2004)は,米国の自動車販売はフランチャイズ契約にもとづき実施され,ディーラ
ーにはメーカーのマーケティング・システム構築への一体化が求められるとともに,ディ
ーラーの経営的自立性も強調されると指摘している31。
米国のフランチャイズ・システムにおいて,ディーラーの経営的自立性が強調される理
由として,①公正取引をめぐり,ディーラーの最低限の権利が保証されているため,排他
28
余田・首藤(2006),32-33 頁。
塩地(2002),8 頁。塩地(2002)によれば,自動車フランチャイズ・システムの概念は「自動車製造業者
をフランチャイザーとし,各地のディーラーをフランチャイジーとし,ディーラー契約に基づく取引関
係の総体である」
。
30 下川(1987),1-13 頁。
31 下川(2004),99-118 頁。
29
- 95 -
的フランチャイズ契約や排他的テリトリー制が禁止されていること,②ディーラーの短期
的利益の追求やディーラーの交代や入替え件数が多いため,日本のディーラーと比べ,メ
ーカーとディーラーの長期的な相互信頼による安定的関係は弱いことが挙げられる32。
このような事例から,米国では,ディーラーの経営的自立性がディーラーのモチベーシ
ョンを高め,ディーラーの主体的な顧客創造活動を促進させていると言える。
このようなフランチャイズ・システムによる販売を通じて,ディーラーの経営的自立性
が顕著にみられる背景には,ディーラーに対する保護策やディーラーによる短期的な収益
性の追求が要因となっていることが考えられる。
日本と米国のディーラー・システムを比較すると,以下の特徴が挙げられる33。日本で
は,メーカーの直営の販売店とフランチャイズ契約のディーラー販売店が,併用されてい
るのに対して,米国では,全てフランチャイズ契約のディーラーによって自動車が販売さ
れている。一般に米国の自動車販売ではメーカーとの関係は短期志向で,人材の流動性が
高く,ディーラーの交代が早い。また,ディーラーはメーカーの統制に縛られず,ディー
ラーの企業家精神が発揮され易い。一方日本では,メーカーとフランチャイズ契約のディ
ーラーの関係は長期志向で,系列関係により自動車が販売されている。販売形態は,店舗
販売だけでなく,訪問販売も行われている。さらに販売員によって,車検,修理,保険等
のメンテナンスのきめの細かいアフターサービスが行われている。
米国レクサスは,米国の自動車流通システムと同様に,フランチャイズ・システムによ
って自動車を店舗販売している。その一方で,アフターサービスへの特化やディーラー支
援等の日本的販売方法システムを取り入れている。
3-3
レクサスのディーラー政策の特徴
レクサスは自動車サービス満足度調査や自動車セールス満足度調査等のブランド別ラン
キングにおいて,BMW やメルセデス・ベンツ等の競合ブランドを凌いで 1991 年以来ト
ップクラスの地位を占めており,業界平均スコアより高い評価を得ている34。自動車サー
ビス満足度調査では,レクサスの修理客から接客対応やサービスの質に対する評価が高い。
32
下川(2004),101-105 頁。
塩地・キーリー(1994),152-154 頁,孫(2003),14-16 頁。
34 「米国の自動車アフターサービス,予約の顧客より予約無しの顧客の方が満足度は高い」
http://www.jdpower.co.jp/press/pdf2007/2007USCSI_J.pdf (2008 年 1 月 30 日アクセス) なお,米国
自動車サービス満足度調査(CSI)とは,車の新車購入者およびリース利用者を対象に,平均的な車の保
証期間である新車購入後 3 年間に販売店から受けたアフターサービス(整備・修理等)に対する顧客満足
33
- 96 -
それではなぜレクサスは高い評価を得ているのであろうか。レクサスのディーラー政策
の特徴に注目し,その影響要因を明らかにしてみよう。
米国における高級ブランド車種別のディーラー数・専売店数とディーラー1 店舗当たり
の平均販売台数を比較してみると,2004 年の欧州ブランドの専売比率では,BMW は
36.8%で,メルセデス・ベンツは 43.9%,米国ブランドの専売比率では,キャデラックが
11.7%に対し,同年における日本ブランドの専売比率では,レクサスは 78.6%,アキュラ
は 81.7%, インフィニティは 95.3%であった35。欧米車のブランドと比較し,日本車のブ
ランドの専売比率が顕著に高いことが指摘できる。また,同年の 1 店舗当たりの平均販売
台数をみてみると,欧州車のブランドでは,BMW が 765 台,メルセデス・ベンツは 676
台,米国車のブランドでは,キャデラックが 157 台に対し,同年における日本車のブラン
ドでは,レクサスが 1384 台,アキュラが 755 台,インフィニティが 768 台であった36。
米国における高級ブランドの中で,レクサスの平均販売台数が最も多いことがわかる。こ
のようにレクサスの専売比率は比較的高く,ディーラー1 店舗当たりの平均販売台数が特
に多い。さらに,トヨタのディーラーとレクサスのディーラーとを比較すると,トヨタの
専売比率は,2000 年に 62.3%,2001 年に 63.1%,2002 年に 64.3%,2003 年に 65.1%,
2004 年に 66.1%であったのに対し,レクサスの専売比率は,2000 年に 74.2%,2001 年
に 75.5%,2002 年に 77.5%,2003 年に 78.6%,2004 年に 79.5%であり,レクサス・ブ
ランドの専売比率がトヨタ・ブランドより顕著に高いのである37。また,レクサスのディ
ーラーは専売比率が高いだけでなく,ディーラー1 店舗当たりの平均販売台数も高い。こ
のように,専売ディーラー制の採用は,高級ブランドとしての差別化機能を強化するのに
重要な役割を果たしているのである。レクサスは少数ディーラー制の採用によってディー
ラー数を毎年 200 店前後に制限することでディーラーの収益性や商圏を守っているのであ
る。
度を調べるものである。米国のアフターサービスの総合的な満足度スコアは,「入庫時対」,「サービ
ス・アドバイザー」,「サービス実施中の経験」,「サービス・デリバリー(サービスにかかる時間と
サービス後の車両返却)」,「サービスの質」,「ユーザーに親切なサービス」からのユーザーの評価
をもとに算出されている。
「米国自動車業界全体で,セールス満足度が過去最高レベルに」
http://www.jdpower.co.jp/press/pdf2006/2006USSSI_J.pdf (2008 年 1 月 30 日アクセス)米国自動車セ
ールス満足度調査(SSI)とは,新車購入時の販売員対応に関する顧客満足度を「販売店設備」,「セー
ルス担当者」,「書類・ローン手続き」,「納車プロセス」,「車両価格」の要素をもとに総合的に分
析するものである。
35 FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』95 頁。
36 FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』95 頁。
37 FOURIN(2005)『北米自動車産業 2006』268 頁。
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そのレクサスの専売店のディーラーでは,ブランド概念を統一化しようとしている。本
社とディーラー間においても共有化されている憲章やブランド概念は,「レクサス憲章
(The Lexus Covenant)」として,レクサス関係者と顧客との神聖な契約という意味がこめ
られ明文化されている。それはレクサスの基本方針を示し,ディーラー間の一体感を強化
するのに役立っている38。
図 2 に示すように,TMS 社のレクサス事業部と各ディーラーでは,販売のベスト・プラ
クティスを共有している。このようなレクサス事業部によるディーラー支援によって,レ
クサス事業部とディーラー間で長期的な信頼関係が醸成されてきたのである。
また,ディーラーでは修理・メンテナンス情報に基づき作成された自動車カルテを活用
し,各市場にあった顧客サービスを提供している39。米国のウィンスコンシン州の販売店
「レクサス・オブ・マディソン」では,販売員が納車 1 ヵ月後に,再度顧客の自宅を訪ね,
車の機能に関する顧客の疑問・要望に応えるサービスも独自に行っている 40 。また,
Lancaster 社長はディーラーからの意見を反映させた結果,自社店舗をターゲット顧客で
ある富裕層が居住する郊外地域に移転させ,顧客への適切なアフターサービス等による販
売力を強化したのである41。
このように現地のディーラーからの提案を販売活動に活かすことは,米国において企業
家精神の強いレクサス・ディーラーの持続的な動機づけを高めることにも繋がる。さらに,
TMS 社に創設されたトヨタ・ユニバーシティの支援による充実した研修プログラムを受け
たディーラーの営業スタッフが質の高い製品とサービスを提供することにより,レクサ
ス・ブランドの一貫性や信頼性が確立されたのである。このような専売店において,ディ
ーラーによる顧客への丁寧なサービスが継続的に改善されることにより,レクサスの品質
の高さが保証され,信頼性が高まったのである。つまり,ユーザーは製品そのものだけで
はなく,販売会社でのサービスによってもたらされる便益に対しても価値を見出したので
ある。
Mahler(2004),pp. 58-61., pp. 106-108.レクサスのコンセプトは,”We pursue perfection,so you can
pursue living.” We can. We will. 「我々は完璧を追い求め,あなたは生きることを追求する。我々は
できる。我々は実現する」である。それは,よりよい生活を送る顧客の時間を重視していることを意
味する。
39 FOURIN (2005)『北米自動車産業 2006』95 頁。その細やかなサービスとは,定期点検修理サービス
やレクサス車の代車サービス等である。
40 『日経ビジネス』2005 年 11 月 28 日号(43 頁)
。
41 Lancaster, J. (2005) 「FOCUS SESIONS DISC 5
変わる日本の高級車販売」
『2005 東京国際自動車
会議』日経 BP 社。
38
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図2
ディーラー政策からみたメーカー・ディーラー・顧客の関係図
出所:筆者作成。
4 結び
本稿では,ブランディングで重要とされる企業と顧客の関係に注目して,米国市場での
自動車企業間におけるブランド競争が,実はディーラー・システムに大きく依存するので
はないかという視点に立ち,その要因を検討した。レクサスのブランディングについての
考察により,ブランドの組織内浸透活動やディーラー販売網の構築とその販売・支援活動
の管理を通じた専売店の役割が明らかになった。
米国におけるレクサスの事例研究により,レクサスのブランディングの特徴として,次
の四点を明らかにした。①レクサスは,高性能・高機能で,かつ高級感のあるデザインを
兼ね備える製品・品質基準をグローバルに統一させている。②トヨタは TMS 社のレクサ
ス事業部を通じて高級車を販売するため,専売比率が高い独自のディーラー網を構築した。
また,レクサス事業部は,ディーラー数を少数精鋭に管理することによって,ディーラー
の収益性を確保してきた。③現地の顧客情報に基づくディーラーの意見が販売活動に反映
され,ディーラーの細やかな顧客サービスにより,ブランドの差別化機能が強化されてい
る。④ブランドの組織内浸透活動,顧客情報の共有化や人材育成等において,TMS 社・レ
クサス事業部のディーラー支援とディーラーの企業家精神を発揮した主体的なレクサスの
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ブランディングへの協働的な取り組みが,レクサス事業部とディーラー間における長期的
な信頼関係を醸成させ,レクサスを全米トップのブランド評価に導く影響要因となった。
本稿では,一次データによる顧客満足度やブランド資産評価の測定は行っておらず,ト
ヨタの資料や二次データに基づき,トヨタのブランディングとディーラーの協働的な関係
を論じ,米国におけるレクサスが製品・ブランド名をグローバルに普遍化し,ディーラー
政策によりディーラー・システムをローカルに最適化してきたことを明らかにした。
今後に残された課題として,レクサスのブランディング方式におけるグローバルな標準
化(普遍化)
,およびディーラー・システム,ディーラー政策やブランド理念共有等のロー
カル環境への適応とブランディング方式の融合のあり方についてさらに深く検討していく
必要がある。これらについては,今後実地調査を加味して,実証的・理論的に究明してい
きたい。
謝辞
本稿は,2007 年 7 月 29 日に行われた第 41 回多国籍企業研究会東西合同研究会於コー
プイン京都の報告に加筆修正して執筆したものである。適切なコメントをしていただいた
奈良県立大学津田康英先生,多国籍企業学会誌のレフリーの先生方,およびインタビュー
調査にご協力いただいたトヨタ自動車の担当者の方々に感謝申し上げたい。
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