標準予防策 Standard Precautions

標準予防策
Standard Precautions
1. 標準予防策(スタンダードプリコーション)とは
・ 感染が疑われているか確定しているかに拘わらず、医療ケアが提供されるい
かなる現場においても、すべての患者に適用される一群の感染予防策である。
・ 汗を除くすべての湿性生体物質(血液、体液、分泌液、排泄物、傷のある皮
膚、粘膜)は伝播しうる感染性微生物を含んでいるかもしれないという原則に
基づいている。
・ 患者ケア時の標準予防策の適用は医療従事者と患者の相互関係や予想される
血液、体液、病原体の曝露の性質によって決定される。
・ 具体的な対策
(1) 手指衛生
(2) 個人防護具の適切な使用(手袋、ガウン、マスク、ゴーグル、フェースシ
ールド)
(3) 呼吸器衛生/咳エチケット
(4) 患者配置
(5) 安全な注射手技
(6) 患者に使用した医療器具の取り扱い
(7) 環境の維持管理
(8) リネン、食器類の適切な取り扱い
(9) 腰椎穿刺時の感染防止手技
2. 具体的な対策
(1) 手指衛生
1) 種類
・ 普通(非抗菌性)石鹸または抗菌性石鹸と水による手洗い。
・ 水を必要としない、アルコールをベースにした製剤(擦式アルコール手指消
毒薬など)を使用。
2) 方法
・ アルコール製剤は、石鹸手洗いより殺菌効果は迅速で効果的である。ただし、
1
アルコールは揮発すると活性は持続しないため、他剤(クロルヘキシジンや界
面活性剤)を加えていないものは効果の持続はない。
・ 手が肉眼的に汚れていない場合は、擦式アルコール手指消毒薬を用いる。
・ 手が肉眼的に汚れている場合は、石鹸手洗いを行う。
・ 手袋をはずした後も、手指衛生を行う。
3) 手指衛生の実際
・ 流水下石鹸手洗い
① 流水で水洗いし、付着した有機物を取り除く。手指に付着した有機物は消毒
剤の作用を減弱させる。
② 石鹸を用いて少なくとも 15 秒間、全ての表面を十分に泡立て、互いに強く
すり合わせる。
③ 指先、爪周囲、指間、手背、手首および親指の付け根を十分に洗う。
④ その後、流水で十分に石鹸、消毒剤を取り除きペーパータオルでパッティン
グするように水分を拭き取り乾燥させる。
⑤ 手首、肘、ペーパータオルで蛇口を閉める。
・ 擦式アルコール手指消毒薬
① 手指消毒薬を 2~3 プッシュ手掌にとる。
(ゴージョー®MHS:1 プッシュ 1.3ml)
② 両手全体にまんべんなくすばやくのばす。
③ 指先、爪周囲、指間、手背、手首および親指の付け根に擦り込み、十分乾燥
させる。
4) 手指衛生による皮膚炎(手荒れ)の予防と対策
・ 石鹸は皮膚刺激と乾燥があるので、手に汚れがない場合は日常的に保湿剤・
軟化剤入りの擦式アルコール手指消毒を推奨する。
・ ハンドローション/クリームは、指を容器内に入れず、少量ずつ手に取るこ
とができる容器(チューブ型、ポンプ式)を選択する。
・ 手荒れがひどい場合:①皮膚科医の診察を受ける。②ペーパータオルはこす
らずパッティングして水分をとる。③ラテックス手袋に原因がある場合はパウ
ダーフリー、プラスチック製など非ラテックス製品に変える。④患者ケア時は
綿製の手袋を着用した上にラテックス/プラスチック手袋を装着する。
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CDC「医療現場における手指衛生のためのガイドライン
(2002 年)」の勧告
非抗菌性石鹸
(普通の固形石鹸など)
・ 手指が目に見えて汚れている場合
・ 血液、体液などで汚染されている場合
・ 炭疽菌が疑われる場合など
・ 患者に直接接触する前
・ 中心静脈カテーテル挿入時に滅菌手袋を着用する前
・ 導尿カテーテル、末梢静脈カテーテルなど外科的処
置を要しない侵襲的医療器具を挿入する前
速乾性手指消毒薬を日常
的に用い手指消毒する
・ 患者の健常皮膚に接触した後
・ 体液、排泄物、粘膜、非健常皮膚、創処置の後で目に
見える汚染のない場合
抗
菌
性
石
鹸
と
流
水
で
も
可
・ 同一患者の汚染部位から清潔部位に移る場合
・ 患者の近傍物品に接触した後
・ 手袋をはずした後
CDC「隔離予防策のためのガイドライン(2007 年)」の勧告
手指が目に見えて汚れている場合またはタンパク性物質に汚染
されているとき、血液・体液によって見た目に汚れているとき
芽胞(クロストリジウム・ディフィシルや炭疽菌など)に接触
標
したおそれのある場合
・ 患者に直接接触する前
準
予
手 指 が 目 に 見 え て ・ 血液、体液、排泄物、粘膜、健常でな
汚れていない場合、 い皮膚、創部ドレッシング部位に触れた後
防
ま た は 非 抗 菌 性 石 ・ 患者ケア中に汚染部位から清潔部位に
策
鹸 と 流 水 で 目 に 見 手が動く場合
え る 汚 れ を 取 り 除 ・ 患者のすぐ近くにある無性物(医療器
いた後
具を含む)に触れた後
・ 手袋を外した後
*感染経路別予防策下においても基本的な手洗い方法は変わりない。
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非抗菌性/抗菌
性石鹸と流水
による手洗い
速乾性手指消
毒薬による手
指衛生が好ま
れる。(抗菌性
石鹸と流水に
よる手洗いで
も良い)
(2) 個人防護具の適切な使用
1) 基本事項
・ 防護具は湿性生体物質に曝露する時、または、それが予期される時に、曝露
する範囲を防護できる適切なものを選択する。
・ 同一患者の処置でも、異なる身体部位のケアを行う際は防護具を交換する。
・ 病室の外部環境を汚染しないよう、患者ケア区域から去る前に使用した防護
具全て脱ぎ廃棄する。
・ 同一患者に対しても再使用しない。
2) 取り外し方法
・ 使用後は、①手袋、②ゴーグルやフェースシールド、③ガウン、④マスクの
順で取り外す。
・ 手袋
① 手袋をした反対側の手で脱いだ手袋の外側をつかんで取り外す。
② 手袋をした手で脱いだ手袋を掴み込む。
③ 手袋をはずした手の指を、手袋をした手の手首のところで滑り込ませる。
④
⑤
・
①
②
③
④
最初の手袋の上にその手袋を脱いで被せる。
廃棄箱に手袋を捨てる。
ガウン
結び目を外す。
首および肩の部分からガウンを取り外す。
ガウンの外側を内側にしてくるむ。
ひとまとめにして捨てる。
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全ての医療現場における全ての患者のケアの為の
標準予防策の適用のための勧告
構成成分
勧告
血液、体液、分泌物、排泄物、汚染物に触れた後;手袋を外した直
手指衛生
後;
患者と患者のケアの間
個人防護具(PPE)
手袋
ガウン
血液、体液、分泌物、排泄物、汚染物に触れる場合;粘膜や創のあ
る皮膚に触れる場合
衣類/露出した皮膚が血液/血性体液、分泌物、排泄物に接触するこ
とが予測される処置および患者ケアの間
マスク、ゴーグル、
血液、体液、分泌物のはねやしぶきを作り易い処置や患者ケアの間
*フェースシールド
(特に吸引、気管内挿管)
汚れた患者ケア
器具
環境制御
織物と洗濯物
微生物が他の人や環境に移動する事を避ける方法で取り扱う;肉眼
的に汚染していれば手袋を装着する;手指衛生を実施する
環境表面(特に患者ケア区域の高頻度接触表面)の日常ケア、洗浄、
消毒のための手順を作成する
微生物が他の人や環境に移動する事を避ける方法で取り扱う
リキャップしない、曲げない、折らない、使用した針を手で取り扱
針およびその他の鋭
わない;リキャップが必要ならば片手ですくう手技のみを用いる;
利物
(利用出来れば)安全器材を用いる;使用した鋭利物は耐貫通性容
器に入れる
患者の蘇生
口および口腔分泌物との接触を避けるために、マウスピース、蘇生
バッグ、その他の換気器具を用いる
次の様な状況では個室を優先する;伝播の危険性が高い、環境を汚
患者配置
染させ易い、適切な衛生を保持しない、感染後に発症したり不運な
結末になる危険性が高い
症状のある人々にはくしゃみ/咳をする時には口/鼻を覆うように
呼吸器衛生/咳エチケ
指導する;ティッシュを用い、手を触れなくても済む容器に廃棄す
ット
る;気道分泌物で手がよごれた後には手指衛生を遵守する;(患者
が耐えられれば)外科用マスクをするか、空間的分離(できれば 3
フィート(約 1m))を維持する
* 気道エアロゾルによって伝播する感染症が疑われているか確定している患者にエアロ
ゾルを産生する処置をしている間は、手袋、ガウン、顔面/眼防御に加えて、フィットテス
トされた N95 もしくはそれ以上のレスピレータを装着する。
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処置別防護具の選択
サージ
処置
手袋
エプロン
ガウン
カルマ
スク
通常の気管吸引(開放
フェイス
シールド
マスク・ゴ
ーグル
○
△
×
○
△
△
×
×
×
×
○
×
○
○
○
ガーゼ交換のみ
○
△
×
△
×
創洗浄を伴う場合
○
○
△
△
△
○
○
×
×
×
接触予防策下
○
×
○
△
△
健常皮膚の保清
×
×
×
×
×
破綻した皮膚の保清
○
○
△
△
×
陰部の洗浄・清拭
○
○
△
△
×
接触予防策下
○
×
○
△
△
含嗽・口腔内清拭
○
×
×
△
△
ブラッシング
○
△
×
○
○
接触予防策下
○
×
○
○
○
ラインの
穿刺
○
△
×
△
△
取り扱い
抜針
○
△
×
△
△
尿路カテ
バッグからの集尿など
○
○
×
×
×
接触予防策下
○
×
○
×
×
式)
、鼻腔・口腔吸引
吸引
気管吸引(閉鎖式)
接触予防策下(多剤耐
性微生物など)
創処置
閉鎖式ドレーンの排液
を排出する場合
保清
口腔ケア
ーテルの
取り扱い
* ○装着 △必要に応じて装着 ×不要
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(3) 呼吸器衛生/咳エチケット
・ くしゃみ、咳をする時は、口と鼻を覆うよう指導、外科用マスクを装着させ
る。
・ ティッシュを用い、手を触れなくても済む容器に廃棄する。
・ 気道分泌物で手が汚れた後は手指衛生を行う。
・ 空間的距離(理想的には3フィート(約1m)以上)を維持する。
(4) 患者配置
・ 感染性微生物が伝播する可能性がある場合(分泌物、排泄物(便失禁など)、
創部からの排膿、が封じ込められていない)、可能であれば個室管理とする。
・ 個室優先順位:
-接触予防策を必要とする患者(多剤耐性微生物の保菌または感染が判明してい
るか疑われる患者)
-伝播を促進するような状況(封じ込められていない排膿、便失禁など)の患者
・ 個室が利用できない場合、同じ病原体を発症または保菌している患者を一室
にまとめて、集団隔離する(コホーティング)。
・ コホーティングも不可能な場合、多床室ではベッドとベッドの間に1m以上の
空間的距離をおき、カーテンを引く。ただし、以下の患者との同室は可能な限
り避ける。感染すると不幸な結末になってしまう危険性が高い状態の患者、免
疫不全の患者、創部が開いている患者、長期滞在が予想される患者など。
・ 透析室では、HBV 抗原陽性患者に対し特別な勧告があり、これに基づき配置
する。
(5) 安全な注射手技
1) 注射剤の取り扱い
・ 各々の注射には滅菌の単回使用の使い捨て注射針および注射器を用いる。注
射針のみ交換し、一つの注射器から複数の患者へ薬剤投与はしない。
・ 単回量バイアル使用の方が、複数回バイアルより好ましい。
2) 鋭利器材の取扱い時の注意事項
・ 採血、静脈注射、留置針の挿入を行うときは、必ず手袋を着用すること。
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・ リキャップしない。リキャップせざるを得ない時は、トレーなどにキャップ
を置き、トレーの角や壁を使って行う。
・ 病室で鋭利器材を使用する時は、携帯用針廃棄容器を用意し、使用直後その
場で廃棄する。
・ 使用後の鋭利器材は、使用者自身が破棄する。
・ 使用後の鋭利器材の手渡しはしない。
・ 使用後の鋭利器材(シリンジの針、持針器についた針・メス刃など)を手で
分解しない。
・ 可能な限り安全装置付き器材を使用し、確実に安全装置を作動させる。
3) 採血、注射実施時の準備
・ ベットサイドで採血、注射を実施する際は、必要物品とともに携帯用針廃棄
容器と手袋を持参する。
4) 鋭利器材を落としてしまった場合の対処
・ 素手で拾わない。
・ 鋭利器材をむき出しのまま持ち歩かない。
・ 患者・面会者などスタッフ以外の人が発見した場合、自分で拾わずスタッフ
へ連絡するよう依頼する。
(6) 患者に使用した医療器具の取り扱い
・【洗浄・消毒・滅菌】を参照
・ 製造元の説明書に従い適切な方法で洗浄する。
・ 有機物を除くための洗浄は、消毒・滅菌より常に先行して行う。
・ 感染経路別予防策下の患者に、指定されたノンクリティカル医療器具(聴診
器、血圧計カフ、電子体温計など)を提供する。できない場合は、使用後に消毒
する。
(7) 環境の維持管理
1) 一般病室における清掃
・ 病室の環境表面の清掃は洗浄で十分であり、消毒する必要はない。汚れと埃
の除去を行う。
・ ただし、表面に付着している汚れが不明な時、多剤耐性菌が存在するか不明
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である時には消毒を行う。
・ 床面は、細菌や埃が飛散しないように除塵し、きれいなモップで丁寧に拭く。
または掃除機をかける。
・ 日常清掃は、埃の除去を心がけ、床だけでなく換気口、カーテンレール、モ
ニター等の埃も除去する。
・ 高頻度接触表面(手が高頻度に触れる環境表面:ドアノブ、ベッド柵、ライ
トスイッチなど)は、最低 1 日 1 回湿式清掃を行い埃や汚れを取り除く。常時消
毒薬を用いる必要はない。
・ ただし、接触予防策下にある高頻度接触表面は、病原微生物により高度に汚
染されている可能性があるため、1 日 1 回以上の消毒が推奨される。(アルコー
ルを含ませたガーゼなどで清拭消毒を行う)
・ アルコールの環境表面への使用は小面積に限定すべきであり、面積が広い環
境表面には洗浄剤を用いる。
・ 緑膿菌は水まわりに生息するため、清掃による清潔環境維持を心がける。
・ 病室で消毒薬の噴霧、ホルマリン薫蒸、オゾン処理は行わない。
・ 血液あるいは体液が付着した場合は、有機物を除去した後、次亜塩素酸ナト
リウム液(500ppm)で消毒する。
(消毒用アルコールの使用も検討)物理的除去
ができず、直接血液などを処理する場合、次亜塩素酸ナトリウム液(5000ppm)
を用いる。
・ 多量の血液か体液を含む場合や、検査室で血液や培養液がこぼれた場合、有
機物を除去した後、次亜塩素酸ナトリウム液(5000ppm)で消毒する。
(参考)次亜塩素酸ナトリウム液の希釈方法
希釈後濃度(水1Lに対して)
5000ppm
1000ppm
500ppm
200ppm
ピューラックス
90mL
17mL
8mL
3mL
(6w/v%次亜塩素酸ナトリウム)
(1:12)
(1:60)
(1:120)
(1:300)
ミルクポン
1L
111mL
53mL
20mL
(1w/v%次亜塩素酸ナトリウム)
(1:2)
(1:10)
(1:20)
(1:50)
* 1000ppm=0.1%
* 5000ppm はその都度調製する。200~1000ppm は 1 週間サイクルで調製する。
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2) 清掃の場所と頻度・方法
分類
医療機器表面
ハ
ウ
ス
キ
ー
ピ
ン
グ
表
面
(
環
境
表
面
)
場所
清掃の方法
・医療機器のモニター類
・あらかじめドレープなどでカバー
・清拭清掃
ほ と ん ど 接 水平面
・定期的な清掃(1 日 1 回)
触 し な い 環 ・床
・汚染時の清掃
境表面
・退院時の清掃
垂直面
・汚染時の清掃・洗浄
・壁、カーテンなど
高 頻 度 接 触 ・オーバーベッドテーブル ・1 日 1 回以上の定期的な清掃または
環境表面
・床頭台
消毒
・ベッド柵
・接触予防策下にある場合、アルコ
・ナースコール
ールを含ませたガーゼなどで 1 日 1
・ドアノブ
回以上、清拭消毒
・ライトスイッチ
・手すり
・テレビのリモコン
・パソコンのキーボード
・流し台
・ポータブルトイレ
(8) リネン、食器類の適切な取り扱い
1) リネンの取り扱い
・ 物品を振るったり、感染性微生物をエアロゾル化するかもしれない方法で取
り扱わない。
・ 汚れた物が身体や衣類に接触するのを避ける。
・ 汚れた物は、指定された容器入れる。感染性のある物はビニール袋に密閉し
「○○(感染名)」と明記し洗濯に出す。
・ 漂白剤の量、洗剤量、洗濯機の回転数によって、低温度(22~50℃)でも十
分に微生物を減らすことが可能である。
2) 食器類の取り扱い
・ 食洗機に用いられる熱湯と洗剤の組み合わせは、食器類や食事用品の除染に
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十分である。そのため、特別な予防策は必要ない。
・ 再利用される食器を感染経路別予防策が必要な患者に用いても良い。
・ 洗浄するための適切な手段がなければ、使い捨て製品を使用しても良い。
(9) 腰椎穿刺時の感染防止手技
・ サージカルマスクを装着して行う。
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