大空間建築の覆いに対する建築家のアナロジー表現

大空間建築の覆いに対する建築家のアナロジー表現
アナロジー表現
KJ 法
正会員 奥山 信一 *
同 ○ 中村 義人 **
同 塩崎 太伸 ***
同 大嶽 陽徳 ****
大空間建築
現代日本の建築家
覆い 1. 序
大空間を内包する建築の屋根の造形は建築の内
外に大きなスケールをもって表出されることから、建築家は
その造形に対して、周辺建物のスケールへの対応や、大ス
パン架構の構造的・技術的解決方法など様々な思考を設計
論において述べている。このような大空間建築の設計論に
おいて、建築家は、
「波がゆらめくような覆い」といったア
ナロジー表現を用いることが多い。このようなアナロジー表
現は、屋根に対する建築家の認識に対する理解を容易にす
ると同時に、建築家の創造的な発想が読み取れる言説の一
1)
形式である。そこで、ここでは大空間建築 の設計論にお
いて屋根に関して用いられたアナロジー表現とその根拠を
検討することで覆いという建築の初原的な概念に対する建
築家の思考の広がりを明らかにすることを目的とする。
2. アナロジー表現の参照対象と着目性質 資料とした
2)
論説 の中のアナロジー表現を検討すると、分析例(図1)
では、
「波」という事柄を用いて覆いを表現している。この
ように引用された事柄を参照対象として抽出する。次に、波
のもつ性質の中でも「シルエット」という言葉を用いてその
形態の側面に注目していることが分かる。このように建築家
が参照対象のいかなる側面に注目しているかということを
着目性質として抽出する。その結果、参照対象は建築・都
市や乗物・道具といった人工物と、自然環境や生物といっ
た自然物の2つで捉られ(表1)
、その数は比較的後者の方
が多くみられた(132:152)
。また、着目性質は、参照対象の
形やその機構に着目する《形態的性質》
(以下、
《形態》
)と
参照対象の有り様に着目する《様態的性質》
(以下、
《様態》
)
の二つに大別した。さらに、
《様態》は参照対象がもつ社会
的背景に着目する〈状態〉と参照対象が環境の中で現象す
る様子に着目する〈情景〉の2つに分類した(表2)
。
3. アナロジー表現の参照根拠 分析例(図1)をみると、
アナロジー表現を用いることで「周辺の建物と対比させる」
という建築家の思考が読み取れる。このようなものをアナロ
ジーの参照根拠として抽出し、その意味内容を相互に比較
検討した 3)( 図 2)
。その結果、周辺環境との関係で覆いを形
成する[景観の創出]
、
場所に固有のイメージを表現する[地
域性の表現]
、建物の用途や内部の活動を表現する[機能の
表出]
、新しい技術を模索する[技術の提案]
、内部空間に
独自の性格を構想する[空間の性格の創出]の5つ内容で
捉えられた。さらに、参照根拠が覆いの外側・内側のどちら
に関して述べられているかを読み取り【覆いの外側】
、
【覆い
No.110 幕張メッセ北ホール sk9801 槇文彦
参照対象:波→自然物
Ⅰ期においてわれわれがイメージしたのは、
この巨大な施設を海岸線に対して重畳する丘のシルエット
として見立てる点にあった。…Ⅰ期が凸面カーブを主調としたシルエットの構成を試みたのに対し、Ⅱ期
着目性質:シルエット→《形態》
では凹面によってシルエット上の対比を試みた。比喩的に言うならば〈山〉に対して
〈波〉
である。
参照根拠:景観の創出【外側】
図1 分析例
表1 参照対象の分類
人工物
建築 都市
建築 38
住宅 (a) 7
[景観の創出] 97
132 自然物
48 乗物 道具
伝統的民家
トンコナン住居 お屋敷
マレーシアの伝統住宅
古代イラン住居
農家 沖縄の民家
屋根 (b) 8
屋根裏 斗キョウ 瓦
和風建築のシルエット
伝統的屋根2
せがい造り 小屋組
乗物 36
飛行体 (f) 20
84 自然環境
円盤2 銀色の飛行体 UFO
ステルスの表面塗装 グライダー3
甲殻飛行体 翼2 宇宙船7
人力飛行機2 プロペラ
地形 19
山 (k) 14
海 湾洲 浜
川2
自転車等 (h) 2
乗物 自転車
表2 着目性質の分類
《形態的性質》
131
《様態的性質》
○ 参照対象の形や物的組成に着目 〈状態〉☆
コンドル 翼3 水鳥 鳥7
水棲動物 (q) 13
魚 鱗2 魚の骨 巻貝
鯨の背骨 鯨4 貝殻2
海の生き物
各種動物 (r) 24
昆虫の殻 昆虫 繭2
カブト虫 ごきぶり
卵2 馬の背 蛇の骨
タマちゃんの頭 龍4
親亀子亀 生命体2
アメーバ
自然現象 49
大気 (m) 22
空気 雲12
風 空4 天空3
水 (n) 20
水の流れ3
波8 渦2
滴5 水面
天体・宇宙 (o) 7
宇宙2
天体の軌道
三日月2
月 太陽
84
動物 62
鳥 (p) 12
海・川 (l) 5
マスト 帆 船2 船底 竜骨2 舟3
北前船 タンカー ヨット
道具 48
宗教建築 (c) 10
容器・覆い (i) 25
寺院2 カテドラル 教会2
ヘルメット 編み笠 傘3 天蓋3
伊勢神宮 母屋庇
麦藁帽子 幕 鳥籠 箕
パンテオン ドゥオモ コロシアム
曲げワッパ 土器 竹籠 壺
捩れコバン 風呂敷 釜
各種建築 (d) 13
風船 気球 風袋 シャボン玉
蔵3 町道場
あずまや パビリオン
各種道具 (j) 23
テント小屋 テント 工場2
折紙2 ノコギリ 銅器 提灯
駅 城 前方後円墳
行灯 編みタイツ 羽衣2 鉛筆
扇子 鏡餅 食パン 足跡
都市 10
共振器 ふいご 弓矢2
都市・構築物 (e) 10
ジグソーパズル ブランクーシ
市 歌舞伎町 橋2
メタルチューブ カラクリブラックボックス
インフラストラクチャ ガレリア
伝統文様 ポールスター 曼荼羅
集落 港 広場2
68 生物
アルプスの峰々
稜線 山5
裾野 丘2
地球の丸み
地層 島
舟(g) 14
152
身体 (s) 13
身体 背骨 合掌 女性
呼吸 胎内 ボクサーの腕
競輪 スポーツ3
植物 22
植物 (t) 22
木4 林2 森3 柳 葉2
葉脈 松葉 花 蕾 種
ブッシュ カンピョ- 睡蓮
参照対象の有り様に着目
89 〈情景〉★
153
64
周辺と調和
周辺と調和
20
周辺と対比
シンボルをつくる
6
新しい風景の創出
周辺と対比
20
6
圧迫感の消去
4
周辺を
引き立てる
2
新しい技術の駆使
8
見え方の操作
4
1
表情をつける
15
重量感の消去
8
モアレをつくる
1
周囲の
性格をつくる
3
軽やかな
架構システム
3
見え方の
多様化
3
複雑な機能
を同居させる
1
人の流れを
処理する
1
Analogical Thought of the Large Span Shelters by Contemporary Japanese Architects
地域のイメージ
市民に
愛されるイメージ
1
2
用途に
相応しい空間
3
人に優しい空間
2
自然に
都市を埋め込む
近い空間
1
6
空間の質を作り出す
27
人にはたらきかける
21
[空間の性格を創出] 67
図2 参照根拠の意味内容
地域特有の形をつくる
10
18
1
架構システムの提案
31
多様化な見え方
5
用途を
覆いに表す
環境へ
の対応
2
環境制御
10
周辺要素を引用
しシンボルにする
3
サイン性を与える
1
[技術の提案] 61
耐久性の向上
1
都市との
関係を考える
2
存在を
曖昧にする
1
[機能の表出] 26
【覆いの内側】
を対象として
参照根拠を語るもの
3
地域の
伝承の表現
5
1
地域の
歴史の表現
8
1
町のイメージ
18
1
地域の原風景
1
[地域性の表現] 52
註)図 中 の 数 字 は 参 照
根拠数を示す。
また、
【 覆 い の 内 側 】の 枠
外のものは【覆いの
外側】
を示す。
NAKAMURA Yoshito et al.
の内側】
(以下、
【外側】
【内側】
)として大別した。その数は
前者が多くみられた(175:128)
。
4. アナロジー表現と参照根拠の対応 参照根拠の意味内
容のまとまりごとに着目性質の内訳を検討し、覆いの内外で
分けて整理した(図3)
。ここで、
[景観の創出]と[空間の
性格の創出]はそれぞれ【外側】と【内側】に限定される
内容であるが、その他の参照根拠に関しては[地域性の表
現]と[機能の表出]は【外側】に、
[技術の提案]は【内
側】に資料数の偏りがみられた。以上を前提に着目性質と
の対応を検討する。まず【外側】を中心とした参照根拠を
みると、
[景観の創出]は《様態》と、
[地域性の表現]は《形
態》との対応が顕著にみられた。このことは、
前者のよう
に場所に限定されない水準で覆いの【外側】の見え方を構
想する場合は参照対象の情景的な現れ方に着目する傾向が
強いが、後者のように土地に固有のイメージを外観により表
現するといった明確な目的がある場合は参照対象の具体的
な形態を表徴するという定型化した傾向を示すものである
と考えられる。一方、
【内側】を中心とした参照根拠をみる
と、
[技術の提案]は《形態》と、
[空間の性格の創出]は《様
態》との対応が顕著にみられた。このことは、前者のように
大スパン架構の構造的合理性を追求し、覆いを物理的に成
り立たせるという水準では、参照対象の物理的な機構に着目
するという定型的な思考がみられたが、後者のように空間に
【覆いの内側】
を対象として参照根拠を語るもの 128
「木をかごのように編む」という案
とか釜 の様な 内側からふくらみ
は…竹かご は、その自由な曲面を
をもった空間体を作りたいと思っ
日常的に目にしたり使っていたり
たんです。ろくろをまわしている
してイメージしやすいが、プロダ
うちに次第に膨らんでくる、ああ
いうエネルギーを内包する…
97
クトの範疇にあるものだし、
「編む」
が…
参照対象:竹かご→人工物
着目性質:編まれた曲面→《形態》
参照根拠:空間の性格を創出【内側】
参照根拠:技術の提案【内側】
現象 建築
67o☆ 道具
現象
植物
9e☆
56-3f★
74-2f☆
74-3j☆
137-2j☆
142i☆
都市
乗物
道具
動物
39f★
56-3f★
34i★
道具
168-4i★
17m★
現象
108m★
168-3m★
動物
157-2t★
73b☆
165-2e☆
29c☆
99d☆
109i○
84-2j○ 158-3j○
62-1r○ 107-3r○ 155-1r○
124t○
48
35-2i☆
60i☆ 76-1i☆ 127i☆ 153-1i☆
22i☆
160i☆ 105-2j☆ 122j☆ 153-3j☆
153-2i☆
46m☆ 58-1m☆ 67m☆ 113m☆
13m☆ 43-2m☆
129-1m☆ 129-2m☆ 166-2m☆ 14-2n☆ 58-2n☆ 129-3n☆
150n☆
7s☆ 23-1s☆ 69-3s☆ 145s☆
20-1q☆ 162-2r☆
163-2s☆
114-4t☆ 166-1t☆
147t○
148t○
63a○ 11c○
88c○ 101d○
乗物 147-1f○ 25g○
89i○
道具 45-1i○
31-1j○ 56-4j○
76-2j○
18o○
地形
22r○
動物 147-2p○
12s○
植物 86-3t○107-2t○
107-3t○ 141-5t○
建築
44-1c○
道具
130j○
36-2k○ 52-1k○
56-2k○ 74-1k○
90k○ 141-1k○
168-2k○
52-2l○
52-3l○
123l○
現象 82-1m○ 110-1n○
128-1o○
36-1q○ 32-2r○
75r○
47r○
105-1r○ 158-2r○
135s○
10t○
植物
動物
19d☆ 48-2a★
8d☆
1-2c☆
6c★
136-1d★ 158-1d★
115d☆
35-1e★
64-1e☆ 154-2e☆
117-3f☆ 86-1g☆ 117-4g☆ 23-3f★ 48-1f★
58-4f★ 64-2f★
117-6h☆
125f★
132f★
66-2g★
87i☆ 136-3i☆ 136-5i☆ 45-2j★
道具
96j★
104j☆ 136-4j☆
97j☆
建築
都市
乗物
37
100i○
16k○ 37-1k○ 52-1k○ 93-1k○ 52-2l○ 52-3l○
地形
94n○ 106-2n○ 117-1n○ 139n○
現象 138-3o○ 106-1l○
70q○ 106-3q○ 112-1q○ 134q○
92p○
42q○
動物
111r○
126r○ 138-2r○
148q○ 44-2r○ 102r○
144r○ 162-1r○
40t○ 148t○
21t○
植物
建築
道具
地形
動物
植物
38-4b○
33j○
91k○
134q○
80-3t○
38-2j○
31-3r○
138-1t○
73
119c★
54f★
86-2f★
14-1g★
57f★
117-2f★
20-2g★
133j★
165-1j★
118-1k★ 151-1k★
地形 147-4l☆
現象 141-2m☆ 147-5m☆ 168-1m☆ 38-1m★ 41-1m★ 121m★ 141-4m★
161n★
118-2n☆ 141-3n☆ 147-3n☆ 56-1n★ 82-2n★ 151-2n★
143o☆
61p★
24p★ 48-3p★
動物 66-4q☆ 74-5q☆ 117-5r☆ 23-2p★
81-1r★
156s☆ 69-1p★ 69-2p★ 140p★
131r☆ 163-3r☆
107-1t★
64-3t☆
植物
28a○ 147b○ 31-2c○
53h○
51f○ 106-4g○
建築
乗物
都市
乗物
現象
動物
80-1e☆
83-2m☆ 83-1n☆
128-2n☆ 143o☆
163-3r☆ 38-3s☆
110-3e★
58-4f★
建築
乗物
現象
動物
98-1m☆
98-2n☆
116-1s☆
85a★
68-2f★
1-1g★
30p★
95p★
140p★
81-2r★
77g★ 84-1g★
112-2s★
建築
建築
58-3d☆
74-4b○
65-1c○ 地形
55e○
65-3k★
動物
道具
116-2i○
163-1r☆
136-2i○
167r☆
動物
植物
67
27d○
地形
61
]
植物
32-1b☆
120e☆
37-2f☆
40
26
空[ 間の性格を創出
建築
都市
乗物
108m★ 現象
146o○
110-2m★ 動物 65-2p○ 66-3q○ 112-3q○
114-2s○
3s☆
植物 80-4t○ 80-5t○ 107-2t○
159b○
164d○
52
建築
]
現象
建築 114-3a○ 154-1a○ 137-1b○ 155-2b○
159b○
4c○
2d○ 62-2d○
都市 93-2e○
59g○ 62-3g○ 66-1g○
乗物 114-1f○
78i○
89i○
72i○
26i○
道具
79j○
68-1j○
162-3i○ 56-4j○
101d○
31-1j○
84-2j○
5o○
80-2t○
[ 術の提案
] 機[能の表出 ] 技
道 建築
15a○
具
103d○
43 乗物
-1i 138-5g○
★ 道具
68-1j○
138-4j○
ことも人の手による身近な行為だ
【覆いの外側】
を対象として参照根拠を語るもの 175
参照
根拠
地[ 域性の表現
芦北町総合交流促進施設 ワークステーション
空間としての豊饒性を、例えば 壺
註 1) ここでは、大空間建築とは構造設計が必要と考えられる、梁間のスパンが 15m 以上ある
空間をもつ建築を原則としてる。
2) ここでは、国内の建築誌の中で代表的と思われる『新建築』に資料 1955 年から 2010 年
までに掲載された大空間建築作品に付記された設計論の中でアナロジー表現が読み取れる
全 168 作品の設計論をもとに、284 アナロジー表現を分析対象としている。
3) ここでは、KJ 法をもとにアナロジー表現の参照根拠の意味内容を分類、整理している。
川喜田二郎『発想法』中央公論社
景
観 の 創 出 ]
[ 藤沢市秋葉台文化体育館 槇文彦
性格を創出するという感覚的な水準では、覆いが内包する
大空間は建物の用途や運営などと密接に関わっているため、
参照対象の具体的な形態は表現されにくくなり、その抽象
的な状態に着目したイメージを投影するという傾向を示す
ものであると考えられる。
5. 結 以上、大空間建築の設計論における覆いのアナロ
ジー表現の参照対象と着目性質及びその参照根拠を抽出し、
それらの関係を検討した。その結果、覆いの外側からの見え
方を設計の主題とする場合は、参照対象の現象的な側面に
着目し、大空間建築の覆いによって都市景観をつくり出そう
とする思考と、明確な形をもって大空間建築を場所に固有な
ものとして位置づけようとする思考があることがわかった。
一方、覆いの内側の大空間の性格を構想する場合は、内部
空間に抽象的な状態のイメージの投影をする傾向が強く、こ
れは公共的な性格の強い大空間建築に対する社会的な制度
や機能的な要請への対応により、建築家は明快な形のイメー
ジを投影しにくい傾向を示すものであると考えられる。
105-1r○
植物
157-1t☆
41-2t○
凡例
51 a ☆
着目性質
参照対象
資料番号
桐生市市民文化会館 坂倉建築研究所
酒田市国体記念体育館 谷口吉生
ハイテク技術に支えられる今日の
外観は薄い金属の膜面による軽快
桐生と、絹織物の桐生の歴史に通
な表現であり、…体育館の建築は、
底する「繭」をイメージコンセプ
あたかも突然舞い降りた銀色の飛
トとしている。…蚕の繭に相似し
行体がひととき羽を休め、再び浮
た形の今までにまったく知られて
遊するような敷地と遊離したたた
いない数式による美しい曲面…
ずまいである。
参照対象:繭→自然物
参照対象:飛行体→人工物
着目性質:美しい曲線→《形態》
参照根拠:地域性の表現【外側】
参照根拠:景観の創出【外側】
図3 アナロジー表現と参照根拠の対応
* ** ***
****
東京工業大学大学院 教授・工博
東京工業大学大学院 修士課程
東京工業大学大学院 助教・工博
東京工業大学大学院 博士課程・工修
Professor, Tokyo Institute of Technology, Dr.Eng.
Graduate Student, Tokyo Institute of Technology.
Assistant Prof, Tokyo Institute of Technology, Dr.Eng.
Graduate Student, Tokyo Institute of Technology, M.Eng.