(一社)日本繊維製品消費科学学会 学会誌「繊維製品消費科学 Vol.53」No.7 より転載 ウェットクリーニング(水系洗浄)の新概念 新洗浄原理と方法の考察と検証 株式会社ハッピー 橋 本 1.はじめに 1-1 背景 衣服メンテナンス業の一種であるクリーニング 業界は今,低価格競争に陥っている.総務省家計 支出統計による 1 世帯あたりの年間支出額と,住 民基本台帳に基づく世帯数により算出されるクリ ーニング業界の市場は,1992 年の約 8170 億円を ピークに毎年減り続け,2011 年には,約 3899 億 円に激減している. このようなクリーニング市場激減の背景には, 「ファストファッションの台頭 (買う方が安い)」, 「家庭洗濯機の高性能化」,「デフレ経済による 安価競争」等が考えられる.「安い・早い」とい う利便性や生産の効率化を求め過ぎた大量生産・ 大量消費の経営を続けても,顧客が真に求める技 術的付加価値は高められず,さらに低価格競争に 陥るだけであり,クリーニング市場を回復させる ことは困難だろう. また,全国百貨店協会が発表した 2011 年の全国 百貨店売上高は 6 兆 1525 億円で,ピークだった 1991 年の 9 兆 7130 億円の約 3 分の 2 まで落ち込 んでいる.百貨店の売上高の約 4 割強は,衣料品 が占めているため,衣料品販売の低迷が問題とな っている.これにも様々な要因があると思うが, 消費者によるクリーニングに対する不満が,衣料 品販売低迷の要因の一つと考えている。 なぜなら,当社が 2008 年に実施した衣服購買調 査:消費者一万人(年収 1000~5000 万円)アンケ ートによると,クリーニングに出すことで,衣服 の寿命が短くなることを知っているという回答が 50%を超えた.高級な衣服を購入するのをためら う理由としては,「流行」「価格」がトップで, 続いて「高品質・高級な衣服を買ってもクリーニ ングでキレイにならない」「すぐに着られなくな ると思うと購買意欲が薄らいでしまう」という答 えが多い.特に,メンテナンスが難しいとされる 英 夫 デリケートな素材を用いることが多いラグジュア リーブランド製品はメンテナンスが難しい.つま り,「すぐに着られなくなる衣服に高いお金を出 すのは無駄遣いになるから安価な衣服でガマンす る」という理由で,買い控えている層が確実に存 在することが明らかになったのである.一方,衣 服がキレイになり,衣服の寿命が長くなるメンテ ナンスのサービスが,仮にあるのなら「より品質 の高い高級な衣服を買う」という回答が全体の約 80%を占めた.消費者の多くは高級衣服の購買意 欲があるものの,十分なメンテナンスができない ことの経済的デメリット(負の負担)に問題意識 を持っていることがわかった. 衣服販売の低迷は,クリーニング業界だけでな く,アパレル業界・繊維業界・流通小売業界・物 流業界と,幾多の業界へ波及してしまう.衣服メ ンテナンス業の見地からこのような問題を解決す るには,顧客が真に求めるクリーニングサービス を根本的に見直し,技術的付加価値を高めて衣料 のメンテナンスにおけるイノベーションを創造す ることが必要不可欠である. 1-2 環境と揮発性有機化合物(VOC) 現在の商業洗濯において,生産性を重視したド ライクリーニングに頼る現状をあらためて見直さ なければならない時期がきている.ドライクリー ニングでは,塩素系有機溶剤と石油系有機溶剤の 2種類が主に使用されており,このうち,塩素系 有機溶剤は,高い発ガン性や神経障害との因果関 係が数多く報告されている(2006 年 7 月 15 日付 ワシントンポストより).一方,石油系有機溶剤 については,光化学オキシダントの原因物質とし て知られている. これら揮発性有機化合物(VOC)による環境汚 染問題に関して,2007 年 6 月に,京都大学で開催 された「第 13 回 地下水・土壌汚染とその防止対 1 策に関する研究集会」で,株式会社イー・アール・ エスの佐藤利子女史より,「ドライクリーニング 溶剤による土壌・地下水汚染に対する法制度を利 用した対策・管理および未然防止について」が発 表された.当発表では,VOC の管理と未然防止の ための法制度と取り組みが,アメリカと日本の例 を対比して紹介されている. また,ヨーロッパにおいては,塩素系有機溶剤 による環境・健康被害対策に早期に取り組み, VOC の排出規制について厳しく法制度化されて いる.特に,ドイツでは,塩素系有機溶剤の使用 制限に関する罰則規定が厳しいこともあり,1991 年に 1 万 5 千台稼働していた塩素系有機溶剤のド ライクリーニング用洗濯機が,2000 年には 2720 台に激減している. 日本では,ドライクリーニングによる VOC 排 出抑制は自主的な取り組みに委ねられているが, 環境・健康問題がグローバル化している今日にお いて,欧米を中心に各国に広がっているドライク リーニング溶剤使用における規制強化の動向に鑑 みると,生産性を重視したドライクリーニングに 頼る現状を改めて見直さなければならない時期に 来ているのではないだろうか. 以上を考察していくと,クリーニング業の現場 では,洗浄後のアイロン仕上げを考慮しつつ,い かにして繊維にダメージを与えずにシミ汚れを除 去するかという「洗濯方法」を考案しなければな らない.その洗濯方法は,業者によって千差万別 であるが故に,ウェットクリーニングの定義を決 めることは難しいと思われる。 したがって持論ではあるが,衣服をメンテナン スする立場からすると,ウェットクリーニングマ ークの 3 段階絵表示の基準が,繊維への物理的機 械力の強弱を評価数値(基準)で規定すれば,そ の評価数値に合わせて,どの洗濯方法を用いるの か,または取り入れるべきかの判断は,業者(プ ロ)に委ねるのが良いのではないかと思量する. 以上を考察すれば,ウェットクリーニングとい う言葉および定義を消費者に徹底して周知する必 要があることを付記しておく. 1-4 水系洗浄(ウェットクリーニング)と仕上げ の二律背反 化石資源や地球環境,健康被害,さらには建築 基準法の第 48 条における第 3 種危険物取扱と都市 計画法との兼合いの課題など,グローバル化が進 む繊維製品(衣料)のメンテナンスを考えると, 1-2 でも少し触れたように,有機溶剤(ドライク リーニング)に頼るのではなく,水という溶剤を 選定しなければならなくなるのは,近い将来の必 然的課題になる. 前項でも触れたように,国内の洗濯取扱い絵表 示を国際整合化する場合には,商業洗濯と家庭洗 濯の明確な棲み分けを図ることで,プロによるウ ェットクリーニングの価値が高まると考える. これにより,プロ向けのメンテナンスが必要か, 家庭向けのメンテナンスで足りるか,という各繊 維製品メーカーによる製品仕様も正確になり,洗 濯仕様も明確になってくる. とは言え,水洗いやドライクリーニングを含め た既存の洗浄方法では,衣服の汚れ落ちに関する 洗浄効果と,衣服の繊維と形態の維持に関する洗 浄効果が二律背反して存在する. つまり,繊維を保護し形態を崩すことなく洗い 上げ,一方の仕上げ面において生産工程数もドラ イクリーニングに勝るとも劣らない効率を生む水 系洗浄の実証実験が必要不可欠になる. そこで,有史以来の洗浄原理である「たたく・ね じる・もむ」という方法から脱却し,「ドライク リーニング」と「水洗い」における二律背反を克 1-3 洗濯取扱い絵表示の改訂における商業洗濯 (ウェットクリーニング)について 2014 年に予定されている JISL0217(繊維製品の 取扱いに関する絵表示記号及び表示方法)の改正 (ISO 絵表示と整合化)により業者による「水洗 い」,いわゆるウェットクリーニングが可能であ ることを示す商業洗濯取扱い絵表示(以下「ウェ ットクリーニングマーク」と示す)が導入される. クリーニング業界紙(ゼンドラ新聞社「全ドラ」 2012 年 7 月 1 日号トップ面)によると,『今まで は,参考であったケアラベルに業者向けの表示化 が初めて規定されることになり,パークや石油系 ドライの表示やウェットの絵表示が登場する』と し,また,『ウェットは,普通・弱い・非常に弱い の三つの規定がある』としている.さらには, 『今 まで,補完的メニューとしていたウェットを単体 メニューとする必要性もあり,それ以前に,ウェ ットの技術を備えておくことが求められてくる』 とある. この記事から理解できることは、次代を見据え た先進的な業者(プロ)においては、ウェットク リーニングを意識しており、一つの洗浄・仕上げ 方法として、その準備に入っていると考えられる. 2 服した新しい水洗いの原理・方法を発見・発明し た. この洗浄方法では,ドラム内壁に設けられた S ラインカーブを回転し,満水にしたドラム内に複 雑な流れを発生させることで,衣服が宇宙遊泳を するようにフワフワと広がる.この衣服の洗浄さ れる様が無重力状態にあるかのように見えたこと から,この洗浄方法を「無重力バランス洗浄」と 名称化した. 現在において,この「無重力バランス洗浄方法」 は,その原理による方法特許および装置特許を国 内(JP3841822,JP3863176)はもとより,アメリ カ ( US7650659 , US7810361 , US7823421 , US8061163),ヨーロッパ(EP1860225),中国 ( CN759496 ) , 韓 国 ( KR10-0839089 , KR10-0820475),ロシア(RU2394118),オース トラリア(AU2006224031)など,海外でも取得し ているが,原理と理論の立証の完成は見ていない. 本論では,無重力バランス洗浄方法を実機化し て生産ラインに組み込み,実証実験の結果から得 られた理論とその実証成果を記述する. 物が内壁に当たることなく,ドラムの中で漂わせ るという無重力バランス洗浄方法という洗浄原理 を発明した…開発当初は,ドラムの回転によって 遠心力が発生し,被洗物がドラム内壁に「へばり付 いてしまう」ことが予測されたが,ドラム内壁の S ラインカーブによって解決された(2-2 参照). 無重力バランス洗浄方法の開発にあたり,実際 にテスト用の手回し式ドラムを製作し,5 種類の 比重のボールを使い,凹凸のピッチや高さの異な る様々な S ラインカーブを描く内壁とドラムの回 転速度とを組み合わせて,2295 通りのテストを行 った. このテストで,ドラム内壁における S ラインカ ーブの形状と回転数の組み合わせによっては,テ スト用ボールがドラム内で円弧を描いて回転する 様子が観測された(Fig.2). その結果,S ラインカーブを描く内壁と回転数 の組み合わせでは,ドラムの内側に小さな水流が でき(渦界流),さらにその内側に潮目のような 流れの壁(潮界流)ができることがわかった. また,この S スラインカーブを内壁に設けたド ラムにリボンを入れて回転させると,その回転数 によって,リボンがドラム内で潮界流に沿って自 然に広がっていく様子が観測された(Fig.3). さらに潮界流の内側には,被洗物が無重力状態 にあるかのように漂う擬似無重力状態が発生する ことが発見された(Fig.4). 2.新しい水系洗浄の方法と原理 2-1 無重力バランス洗浄方法の開発に至る経緯 京都では,一昔前まで河川で反物を流して,染 めの後の余分な染料を流す,いわゆる「友禅流し」 が行われていた(Fig.1). Fig.1 友禅流し(断面イメージ図) この「友禅流し」からヒントを得て,繊維に負 担をかけずに洗浄できる方法として,大量の水の なかで被洗物が自然に漂うような洗い方を考案し た.しかし, 一反の反物の長さは,12~13 メート ルもあり,人工の河川を造るためには,それ以上の 長尺が必要となる.これを工場内に設置するのは 実質困難であり,仮に工場内に人工の河川が造れ たとしても,水量の確保や環境の問題が起きるこ とは容易に想像された. したがって,長尺のも のをわずか 60 センチメートルの円の中に縮小・縮 減し,「友禅流し」と同様の効果を得られないかと いう発想に至った.そうして,ドラムの中に水を 満水に張り,その中に水の流れを作ることで被洗 Fig.2 3 比重 1.0 のボールによるテスト Fig.3 リボンによるテスト Fig.3 リボンによるテスト Fig.4 に沿って,ドラム内に流速の異なる層が発生し, 潮界流の内側に圧力分布が形成される. また,潮界流の内側領域は,流速の異なる層に 基づく圧力分布による影響だけでなく,ドラムの 周方向の回転による遠心力が作用する.これらの 圧力分布や遠心力の作用により,潮界流の内側に は,複雑な流れが発生する. この潮界流の内側に発生する水流は,ドラムを 充填させた水による浮力により水中に浮いた衣服 を広げる.したがって,潮界流の内側に,衣服を 浮遊させる擬似無重力状態が形成される. このように,ドラム内に水を充満した状態で, 内壁の S ラインカーブを回転させることで,内壁 への衣服の衝突を防ぐ潮界流を形成すると同時に, 潮界流の内側に擬似無重力状態を発生し,衣服を 広げるように浮遊させて洗浄する「無重力バラン ス洗浄方法」が実現される. 無重力バランス洗浄方法のドラム内模式図 2-2 無重力バランス洗浄方法の原理 手回し式ドラムを用いたテストにより,満水に したドラム内の擬似無重力状態が,被洗物をドラ ム内壁に衝突させずに水中に浮遊させる洗浄(無 重力バランス洗浄方法)を可能とすることがわか った.そして,この無重力バランス洗浄方法にお ける擬似無重力状態は,ドラム内壁を構成するS ラインカーブの回転により,渦界流と潮界流とが 発生して形成されることも発見された. これらの発見から,無重力バランス洗浄方法の 原理は,次のように考えられる. エスラインカーブの内壁がドラムを満水にした 水中を回転するため,S ラインカーブの凸部分(突 起)がドラム内壁側の水を掻くようにして,S ラ インカーブの凹部分(窪み)の水をドラムの周方 向に移動させる.ドラム内壁に構成される S ライ ンカーブは,滑らかな曲面を形成されるため,S ラインカーブの凹部分の曲面に沿うような流れが 形成され,この凹部分で回転するような渦状の流 れ(渦界流)が発生する. さらに,この渦状の流れは,ドラムの周方向の 回転に合わせて回転することで,ドラム内壁近傍 に沿って連続した流れを形成する.このドラム内 壁に沿う流れ(潮界流)がドラム内壁近傍に発生 することで,ドラム内壁への被洗物の衝突が防が れる. ドラムの内壁側に S ラインカーブの回転による 水流が発生する一方で,ドラムの中心側の水はS ラインカーブの回転の影響を受けないため,ほぼ 滞留した状態となる.すなわち,ドラムの内壁側 ではドラムの周方向に沿って流速の速い流れが発 生する一方で,ドラムの中心側はドラムの周方向 の流れは緩くなる.これにより,ドラムの径方向 2-3 無重力バランス洗浄方法による汚れ落ち 無重力バランス洗浄方法の汚れ落ちについて検 証する.無重力バランス洗浄方法の汚れ落ちを検 証するため,EMPA(スイス連邦材料試験研究所) 製の綿による汚染布「EMPA105(現:EMPA103)」 を使用して,ドライクリーニング・無重力バラン ス洗浄方法・通常の水洗いそれぞれの汚れ落ちを 比較した(Fig.5). 【洗濯条件】 <ドライクリーニング> 石油系有機溶剤 洗浄時間:10分 <無重力バランス洗浄> 洗浄洗剤:日華化学「サンフレンド BX」 中性 界面活性剤:- 洗浄温度:40℃ 洗浄時間:10分 ゆすぎ時間:5分 ゆすぎ回数:2回 <通常の水洗い> 洗浄洗剤:花王アタック 弱アルカリ性 界面活性剤:直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリ ウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル 洗浄温度:40℃ 洗浄時間:10分 ゆすぎ時間:5分 ゆすぎ回数:2回 4 通常の水洗い 無重力バランス洗浄 ドライクリーニング 原 布 2-4 繊維への影響の有無(第三者機関による評価 その 1) 無重力バランス洗浄方法による繊維への影響の 有無について,2006 年,ドイツ NRW 州立ニーダ ーライン大学に試験を依頼した. その内容は,シルクおよびウール素材に,ワイン, ケチャップ,潤滑油,血液,化粧品,標準的な汚 れを大学で付与したものを,無重力バランス洗浄 方法で洗浄したあとの,汚れの除去度合い,繊維 の損傷,風合い,通気性等々の物性試験をおこな ったものである.その試験結果は,以下のとおり である. 白布 カーボンブラック /オリーブ油 (1)走査型電子顕微鏡による検査 シルクについて,通常の水洗いをおこなった場合, 繊維表面の外観が大きく変化するはずだが,無重 力バランス洗浄方法では,洗浄前後で外観の変化 はほとんど見られなかった.また,ウールについ ても損傷や変化の痕跡を残すことなく,すべての 汚れのタイプが洗浄によりきれいになっている. 血液 ココア 血液/ミルク/ カーボンブラック (2)表面粗さ ウールおよびシルクともに,洗浄前と比べて, 摩擦係数はまったく変わらなかった. 黒色硫化染料 (3)曲げ特性 ウールにおいて,クリーニング工程による変化 は認められない.また,シルクに関しては,洗浄 前よりも柔軟性を増している. 白布の原布 赤ワイン Fig.5 (4)弾性特性 弾性特性について,ウールおよびシルクともに, 洗浄前と比べて,ほとんど変化しなかった. 人工汚染布による洗浄方法比較実験 (5)通気性 ウールについては,洗浄前と比べてあまり変化 しなかった.シルクについて,洗浄前と比べて, 低下していることが確認された.(現在では,こ の課題は解決している.) この人工汚染布を使った洗浄実験結果から,無 重力バランス洗浄方法は,通常の水洗いと比較し て,汚れ落ちは劣っているが,ドライクリーニン グと比較して,カーボンブラック/オリーブオイ ル,血液,ワインで明らかにドライクリーニング より汚れが落ちていることがわかる. このように,無重力バランス洗浄方法は,通常 の水洗いよりは洗浄力が劣るものの,ドライクリ ーニングよりは汚れ落ちがよい.つまり,無重力 バランス洗浄方法も水洗いであることから,ドラ イクリーニングで対応できなかった汚れを落とす ことが可能であることがわかる. 以上(1)~(5)の結果より,無重力バランス洗浄方 法はほとんど繊維に影響を与えず,風合いもその ままで,繊維の特性がほとんど変化していないと 評価された. 5 2-5 形状の変化の有無(第三者機関による評価そ の 2) 無重力バランス洗浄方法の繊維に与える損傷度 合について,2006 年,ドイツのホーエンシュタイ ン研究所に測定評価を依頼した. 同研究所は当社に対し,アパレルメーカーが「水 洗い不可」としたウール素材のメンズ,スーツ 1 着,ウールレーヨン混防素材のレディス,ジャケ ットとスカート各 1 着,合計 4 着を試験材として 提供してきた. 同研究所の評価試験では,収縮と表面構造にお いて起こり得る変化を評価する目的で,上記洋服 4 着の試験材を用いた事前予備調査を実施した. 事前予備調査において,試験材は,未処理の新品 状態で,まずホーエンシュタイン研究所で採寸さ れる.そして,当社で各試験材に対して無重力バ ランス洗浄方法による水洗い 5 回とプレスを行い, その後同研究所で再度採寸し,変化が認められる かどうかを調査した. その後に,これらの試験材について,寸法の変 化,プレス仕上げの質および表地と裏地の双方に おける表面品質の変化について評価を行った.こ れらの評価について,ホーエンシュタイン研究所 代表の Schloss Hohenstein 氏から 2006 年 9 月 16 日付けに受け取った評価証は,以下のとおりであ る. (1)寸法の変化 洋服寸法の変化はすべて,たて方向,よこ方向 ともにごくわずかで,有機溶剤を用いた洗浄処理 の場合の通常許容範囲内に収まっている. える寸法変化も肉眼で確認できるいかなる変化も 見られない. このホーエンシュタイン研究所の試験結果によ り,無重力バランス洗浄方法を用いて洗浄した場 合,形状の変化がなく洗浄でき,ドライクリーニ ングで洗浄した場合と,同程度の洗いあがりを実 現していることが証明されたものと考えられる. 3. 繊維を傷めない水系洗浄 3-1 洗濯機による機械力の測定 既存の水洗い用の洗濯機は,ドラム式,アジテ ータ式,パルセータ式の 3 種類の洗濯機に分類さ れるが,いずれの種類の洗濯機も,「たたく・ね じる・もむ」という機械作用に基づいて,洗濯時 の洗浄力を得ている.この洗濯機による機械作用 は,洗浄効果を高める一方で,衣服の繊維に損傷 を与えるという欠点がある. 洗濯機による衣服が受ける機械作用を評価する方 法 と し て , デ ン マ ー ク 技 術 研 究 所 ( Danish Technological Institute , Clothing and Textile institute:以下 DTI と示す)で開発された MA (Mechanical Action)2)-4) がある. 3-2 水洗いによる衣服へのダメージ 水洗いによる衣服の繊維に与える負担を検証す るため,DTI の MA 布を使用して,洗濯機の機械 作用を測定した. 測定に使用した洗濯機は,日本プレス製作所社 製のドラム式洗濯機(IDEAL180A)とし,以下の 2 条件で測定した. (2)プレス仕上げの質 洋服はすべて美しくプレスが掛けられている. 【条件 1】ドラム内の洗浄液を深度 3~4(約 50~ 60ℓ)にした状態で,常温の水による 10 分間の揺 すり洗いを行った後,タンブル乾燥. (3)洋服の外観 それぞれの繊維表面は,新品と比較して,まっ たく,もしくは,ごくわずかしか変わらない. 【条件 2】ドラム内の洗浄液を深度 3~4(約 50~ 60ℓ)にした状態で,常温の水による 10 分間の揺 すり洗いを行った後,自然乾燥. それぞれの洋服の裏地には,若干のシワが見ら れる.これは,水に曝したことによって繊維が膨 潤した結果であり,水洗い中に衣類にかかった機 械力とは無関係である. 結果,機械作用の弱い水洗いで行った場合であ っても,条件 1 のようにタンブル乾燥を行うと, MA 値は 64 となり,繊維へのダメージが大きいこ とがわかった(Fig.6). それに対して,条件 2 のように自然乾燥を行っ た場合,MA 値が 55 となり,タンブル乾燥に比べ て小さくなるものの,やはり繊維へのダメージは 小さくない(Fig.7). (4)評価 この水系洗浄方法で洗浄した洋服は,有機溶剤 を用いて洗浄した繊維と比較して,許容範囲を超 6 また,家庭用洗濯機として,Panasonic 社製のパ ルセータ式洗濯機(NA-F70PX6)を用いて,以下 の条件 3 による洗濯条件で DTI の MA 布による測 定を行ったところ,ほつれた部分の糸がほぼ切断 され,測定不能となった(Fig.8). 件であっても,その洗浄効果を得るためには機械 作用が必要となるため,繊維にダメージが与えら れる.その一方で,ドライクリーニングは,水洗 いと異なり,繊維の収縮や膨潤がなく,洗浄によ る繊維へのダメージが小さいとされる. そこで,繊維に与えるダメージについて,水洗 いと比較するために,ドライクリーニングにおい ても,DTI の MA 布による測定を行った.測定に 使用した洗濯機は,日本プレス製作所社製のドラ ム式洗濯機(AUTOSOL251A)である,また,そ の溶剤に石油系溶剤(日本石油化学社製,ニュー ソル DX ハイソフト)を使用して,10 分の洗濯を 行った後,自然乾燥により乾燥させた. 結果,MA 値は 13 となり,ほつれた糸の本数が ほとんどなく,繊維に与えるダメージが格段に小 さくなることがわかった(Fig.9). 【条件 3】浸け置き洗いコースにより常温の水で 10 分間のソフト洗浄を行った後,自然乾燥. MA 布全体 Fig.6 拡大 条件 1 の水洗いをした DTI の MA 布 MA 布全体 Fig.9 MA 布全体 Fig.7 拡大 条件 2 の水洗いをした DTI の MA 布 MA 布全体 Fig.8 拡大 ドライクリーニングした DTI の MA 布 3-4 無重力バランス洗浄方法による衣服へのダ メージの検証 水洗いは,ドライクリーニングに較べて,環境 に優しく汚れがよく落ちるものの,繊維を傷める だけでなく,衣服形態の安定性や風合いを損なう ため,「洗う」という作業コストと仕上げる作業 コスト,いわゆる生産性の低さに多くの問題点が ある.一方,ドライクリーニングは,「形状変化 させない,素材特性を変化させない」ことが長所 となっている. このことから,水系洗浄にドライクリーニング の長所を取り入れることで,繊維を傷めず,汚れ 落ちもよい水系洗浄が実現できる.つまり,ドラ イクリーニングにおける MA 値「10」以下となる 水系洗浄を実現することで,「ドライクリーニン グ」と「水洗い」における二律背反の問題を克服 できる. そこで,新しく発明した原理による水系洗浄「無 重力バランス洗浄方法」について,その衣服の繊 維に与える機械作用を検証するため,DTI の MA 布を用い,株式会社ハッピー社内の無重力バラン 拡大 条件 3 の水洗いをした DTI の MA 布 これらの DTI の MA 布を使った試験から,水洗 いでは,衣服にやさしいとされるソフトな洗浄を 行ったとしても,繊維に与えるダメージは大きい ことがわかる. 3-3 衣服へのダメージを低減するドライクリー ニング 上記の試験結果からも明らかなように,既存の 洗濯機による水洗いでは,衣服にやさしい洗濯条 7 ス洗濯機を使用して,条件 2 と同様,常温の水で 10 分の洗濯を行った後,自然乾燥により乾燥させ た. 結果,MA 値は 5 となり,MA 布におけるほつれ た糸の本数がまったくなく,ドライクリーニング と比べても,繊維に与えるダメージが小さくなる ことがわかった(Fig.10). MA 布全体 がなく,ドライクリーニングと同程度の洗い上が り感が出せる. しかも,擬似無重力状態の中で洗浄(水の極小 脈動)することにより,被洗物である衣服は大き く広がるため,衣服における界面活性剤と触れ合 う面積が大きくなり,高い洗浄効果が得られる. また,いわゆる物理的機械力が加わらないことで, シルクやウールなどの動物繊維の洗浄に適してい るといえる.「無重力バランス洗浄方法」は,水 洗いの長所である「洗浄力」を引き出した上で, ドライクリーニングよりも,風合いや手触り感が 良くなる. 従来の水洗いと「無重力バランス洗浄方法」と で実際にジャケットを洗浄した結果を比較してみ ると,その洗浄結果は,Fig.11 及び Fig.12 に示す ように,明らかに違いがある. 従来の水洗いでは,「収縮」と「傷み」がおこ り,シルエットが崩れている.一方,「無重力バ ランス洗浄方法」は繊維に対する影響がほとんど ないため,ドライクリーニングと同程度の洗い上 がり感が出せる. 拡大 Fig.10 無重力バランス洗浄方法による DTI の MA 布 このように無重力バランス洗浄方法は,水を用 いた洗浄であるにもかかわらず,繊維へ与えるダ メージがドライクリーニングよりも小さいことが わかる.つまり,無重力バランス洗浄方法は,繊 維へのダメージを抑え,衣服のシルエットと風合 いを維持させる洗浄といえる. 4.「無重力バランス洗浄方法」のまとめ 4-1 無重力バランス洗浄方法の洗浄効果 「無重力バランス洗浄方法」により,従来の水 洗いの欠点を打ち消し,ドライクリーニングの長 所を取り込むことに成功した. 例えば,背広の場合,表地がウール,芯地に綿・ ウール,裏地にレーヨンというように,生地が複 合的に使われているが,「無重力バランス洗浄方 法」なら,どの素材も収縮しないために,型が崩 れず,風合いを損なわずに洗える.さらに,ドラ イクリーニングに匹敵する生産性を保ちながら, 水洗いのメリットである汚れ落ちを実現できる. 従来型の水洗い洗濯機では,ドラムに 3 割ほど の水(浴比 1:3~4)を入れて回転させて洗浄す るため,洗濯物はねじれ,丸まり,ドラムの内壁 に叩きつけられる.これが生地の「収縮」と「傷 み」を生み,そして,シルエットを崩す原因にな っていた. 一方,無重力バランス洗浄方法は,上述したよ うに,「擬似無重力」の状態で洗うため,水によ る洗浄であっても,ねじれず,丸まらず,生地を 傷めることがない.つまり,「無重力バランス洗 浄方法」の場合,物理的機械力が一切加わること 無力洗浄方法 従来の水洗い Fig.11 ジャケットによる洗浄比較結果 1 8 4-3 水系洗浄を工業化(インダストリアル化) 上述したように,既存の水洗いの作業工数は, ドライクリーニングに比べると作業時間で約 8 倍, コスト的に比較すると,約 20 倍の時間が必要であ り,その生産効率が非常に悪い. 水洗いは,環境の面でも洗浄効果の面でも,ド ライクリーニングより格段に優れていることがわ かっていながら,敬遠されるのは,この生産効率 の問題と,手作業の割合が多いことによる,品質 の均質化と安定化が難しいという点にある. しかしながら,「無重力バランス洗浄方法」で は,従来の水洗いや手洗いと違って,繊維に対す る影響がほとんどなく,ドライクリーニングと同 程度の洗い上がり感が出せる.これにより,ドラ イクリーニングに近い工数で作業を行なうことが できるだけでなく,品質の均質・安定化にもつな がった. このように,「無重力バランス洗浄方法」は今 まで難しいとされていた,作業時間の短縮と品質 の均質・安定化を実現し,「水系洗浄」の工業化 を可能にした. 従来の水洗い 無重力洗浄方法 Fig.12 ジャケットによる洗浄比較結果 2 4-2 各洗浄による仕上げ時間の比較 上記の DTI の MA 布を使用した試験結果から明 らかなように,従来の水洗いは,水により繊維が 膨潤することから,繊維へのダメージが大きい. これに加え,従来の水洗いは衣類の目詰まりや型 くずれを起こし,収縮・膨潤して風合いを損なう という欠点があるだけでなく(浸漬する手洗いの 方法でも繊維特性の変化, 形状変化が発生する) , 繊維素材のもつ性格・特徴をなくしてしまうこと も問題である. これらの理由から,水洗いした衣類を元のカタ チに戻すことは大変困難であり,仮に戻せたとし ても,ドライクリーニングの約 40 倍の時間がかか る.以下に,実際に背広の仕上げ時間を比較した 結果を示す. ・ドライクリーニングの場合…約 3 分 ・水洗い(浸潰)の場合 …約 120 分 このように,水洗いはドライクリーニングに比 べて仕上げの生産・作業性が極端に悪くコストが 見合わない.そのため,水洗いは環境の面でも洗 浄効果の面でも,ドライクリーニングより格段に 優れているにもかかわらず,クリーニング業界か ら敬遠されていた. 一方,無重力バランス洗浄方法により洗浄した 背広の仕上げ時間は,約 15~20 分となり,ドライ クリーニング(約 3 分)の場合と比べて,5~7 倍 の時間がかかるものの,既存の水洗い(約 120 分) と比べると,大幅に時間が短縮される. 5.結び 前述してきたように,水洗いは,汚れ落ちに関 してドライクリーニングよりも洗浄効果が高いに もかかわらず,その洗浄後の形態変化が大きいだ けでなく,繊維そのものにも大きいダメージを与 える.この水洗いの欠点は,機械作用を与えない 浸け置き洗いであっても,浸け置きした衣服を引 き上げるだけで,衣服に含まれる水の重力で形態 が崩れてしまうように,水系洗浄の大きな課題で あった. これに対して,当社が発明した無重力バランス 洗浄方法は,DTI 製の MA 布の結果から,ドライク リーニングよりも衣服に優しい洗浄であることが わかると同時に,EMPA 製の汚染布によるテスト の結果からは,汚れを十分に落とす洗浄効果があ ることがわかった.つまり,無重力バランス洗浄 方法は,洗浄後の形態変化についてドライクリー ニングと同等の洗い上がり感を出せると同時に, 衣服における汚れの多くを落とすことができ,ド ライクリーニングと水洗いの二律背反を克服した ものと言える. この無重力バランス洗浄方法の開発によって, 今まで水で洗うことの出来なかった着物(仕立て のまま)やベルベット(仕立てのまま)が水で丸 洗いできるようになった.着物については,明治 9 で高級な衣服(高付加価値商品) の購入を喚起し, アパレル業界・繊維業界・流通小売業界などにお ける市場の再活性化に貢献できると考えている. そして最後に,ドライクリーニングから水系洗 浄へシフトすることは,ドライクリーニングで問 題となっている地球環境汚染や健康被害に対する 新たな取り組みとして世界規模で求められるとい う予測から,今後もさらなる水系洗浄の技術品質 向上に努めていきたい. 時代から 100 年以上前に仕立てられた正絹の着物 を無重力バランス洗浄方法で洗浄したところ,そ の縫い糸や生地を傷めることなく洗い上げ,仕立 てた当時の発色も復元させた. 現在,当社工場で,独自に開発した 2 台の無重 力バランス洗浄方法用の洗濯装置が生産ラインに 組み込まれて稼動している.このように,生産工 程に,衣服の形態を損なうことのない無重力バラ ンス洗浄方法を組み込むことで,洗浄後の仕上げ 工程における作業効率を上げることに成功した. これにより,当社工場の生産性を当社比で 50%ア ップさせると同時に,その生産コストを当社比で 30%ダウンさせることを実現している. この機械作用に頼らない無重力バランス洗浄方 法のように,繊維を傷めることのない水系洗浄を 普及させることにより,今までメンテナンスでき なかったものを「もう一度キレイに仕上げる(再 現・復元・修復)」ことができ,消費者に衣服を 長く楽しんでもらうことができる.つまり,無重 力バランス洗浄方法であれば,上質でデザイン性 に富んだ衣服であっても,そのシルエットを崩さ ずにキレイに洗い上げることができるため,メン テナンスできないことで敬遠されつつあった上質 文献 1) 橋本英夫;繊維機械学会誌,Vol.60, No.4, p209 (2007) 2) Frantz Szaraz, ‘The mechanical action in washing machines – MA test Piece instruction and application’, Danishtechnological institute,11 (1982) 3) Ebbe Hilding-Hansen, Franz Szaraz,Jesper Blom-Hansen,‘Mechanical action in the washing process’,Textile Rental Magazine,106-111(1984) 4) 片山倫子,船橋良,藤川尚子,小澤玲子,「MA 値による機械作用の評価」,家政学会誌,54 [6],477-483(2003) 蒸気の流体制御機器の設計等,技術者としてメーカー勤務を経て独立.1975 年 ECC ハシモトを設立, 石油系溶剤浄油再生装置を開発.1979 年,㈱京都産業 を設立,クリーニング店の経営に乗り出す.2002 年,㈱ハッピーを設立. 従来のクリーニングの概念から脱却した「ケアメンテ」という新業態を創出. 2005 年,一般消費者への啓蒙活動団体として NPO 法人日本洗濯ソムリエ協会 を設立.2011 年,経済産業省サービス工学推進委員会の委員に就任.主な著書: 「小さな会社の負けない発想」(致知出版社),「サービス業の底力」(ダイ 橋本 英夫 ヤモンド社),「捨てない生き方」(ダイヤモンド社). 10
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