医学フォーラム 285 医学フォーラム <部 門 紹 介> 京都府立医科大学大学院医学研究科神経発生生物学 教 室 の 概 要 教養生物学教室は,平成 15年の大学院重点化 に伴い,物理学教室と一緒に生命情報分子科学 となり,平成 21年に分かれて現在の神経発生生 物学となりました.5年前にも紹介記事を掲載 してもらいましたが(120巻 7号) ,再び機会を いただきましたので,改めて教室の歴史から近 況まで報告させていただきます. 教室の沿革:京都府立医科大学の歴史で生物 学の教授が出てくるのは,大正 10年に医科大学 に昇格してからで,2名の教授が教育を担当さ れています.新制大学になってからは,昭和 30 年に進学課程が設置されて生物学教室ができま した.昭和 32年から助手のポジションが 2つつ き,当初から 3人体制で研究と教育とを行って きました.昭和 55年には助手のひとつが講師 に代わり平成元年には助教授となり現在に至っ ています. 近況:平成 20年に小野が生理学研究所から, 平成 22年に後藤仁志が助教として生理学研究 所から,翌平成 23年には野村真が准教授として カロリンスカ研究所から着任し現在の体制に なっています(スタッフのプロフィルは,前回 の教室紹介をご覧ください) .平成 24年に野村 准教授が J STさきがけに採択され,これに伴っ て川見美里と有村一弘が技術補助員として採用 され,有村は平成 27年 10月に退職しました. 図 平成 28年 2月の教室員.前列右から,野村(准教授) ,小野(教授) ,後藤(助 教) .後列右から川見美里(技術補助員) ,Ma x i meVr i e s (修士課程大学院生) ,山 下航(博士課程大学院生) .生物学実習室の実験台側面は鮮やかな紅ですが,白黒 写真でわからないのが残念です.平成 28年 4月からは修士課程の学生がもう一人 増える予定です. 医学フォーラム 286 大学院生は,平成 22年に修士課程に宇野葵,上 田貴之が入学し,グリア細胞の発生や転写因子 機能に関する研究を行いました.平成 25年に は同じく修士課程に橋本祐樹が入学し,成体神 経幹細胞に関する研究に従事しました.平成 27年 4月に京都大学大学院生の山下航が博士課 程 2年に編入学し,大脳皮質の進化生物学的起 源に関する研究に従事しています.さらに平成 27年 9月から,日本- EUの修士課程神経科学分 野のダブルディグリープログラムで Ma a s t r i c ht 大学(オランダ)から Ma x i me Vr i e sが編入学し ました.写真は,平成 28年 2月現在の教室員で す. この 5年間で大きな出来事というと,花園学 舎から下鴨キャンパスへの引っ越し,野村准教 授のさきがけ研究員への採択,後藤助教のアメ リカ・コネチカット大学への留学などがありま す.下鴨に引っ越して実習室にも空調がつき, 夏でも快適な実習ができるようになりました. キャンパスの引っ越しでは,荷造りの過程で 書架の奥に埋もれていた古い記録を目にするこ とができ,教室の歴史は『京都府立医科大学百 年史』から知ることができました.また教室の 歴史とは直接の関係はありませんが『大学百年 史』には,大正時代に予科の学生が定期試験受 験資格における講義への出席の厳格化に怒り等 持院にたてこもるストライキを決行した,とい うくだりがありました. 「時代は変われど学生 気質は今も昔」ということがよくわかり,ス タッフ一同腹を抱えて笑いました. 研 究 神経系の形成機構の解明をテーマとして,電 気穿孔法による遺伝子導入と組織学的解析法を 中心とした実験手技を用いて,活発な研究活動 を行っています.以下,研究テーマと概要を紹 介します. グリア細胞の発生機構と系譜解析:神経科学 分野ではグリア細胞は長い間,神経細胞の隙間 を埋める細胞であるとみなされてきましたが, 最近ではグリア細胞の神経機能への積極的な機 能的関与が明らかにされ,これに伴ってその発 生機構も注目されるようになってきました.当 教室ではグリアで発現する転写因子に着目して 系譜解析を行い,脳機能の構造基盤形成の仕組 みを調べています.ニワトリ胚を用いて細胞特 異的にレポーター分子を発現させてその細胞運 命を明らかにしたり(De vBi o l2011,Pl o s One 2012 ) ,ニワトリでのオリゴデンドロサイトの 分布を調べたり(Ge neEx prPa t t n2011 )して います.また,リガンド誘導型 Cr eマウスを用 いて,マウスのグリア細胞の起源やターンオー バーを調べています. 神経回路形成:転写因子 Ol i g2はオリゴデン ドロサイトの発生分化に必須ですが,脳の発生 の初期では領域特異的に発現しており,脳内の パターン形成における機能が予想されていまし た.遺伝子欠損マウスの表現型解析,マイクロ アレイや i ns i t uhy b r i d i z a t i o nによる発現解析な どから,Ol i g2が脳の領域を作り出し,その過程 で回路形成の領域特異的な調節能が備わって神 経回路を正しく作っていることが明らかになり ました(De v e l o pme nt2014 ) .現在では,Ol i g2 系譜細胞による神経回路調節能を広く解析して います. 大脳皮質の進化的起源に関する研究:哺乳類 の大脳皮質は風船状に表面積が拡大し,内部に 6層の特徴的な層構造を形成します.この哺乳 類型の大脳皮質が進化の過程でどのようにして 獲得されたのかは大きな謎に包まれています. この問題に取り組むため,哺乳類と非哺乳類 (爬虫類,鳥類)の皮質相同領域の発生過程を比 較し,遺伝子機能改変による表現型模写実験を 行うことを目指しています.当教室では,羊膜 類(哺乳類,爬虫類,鳥類)すべての系統の胚 操作と遺伝子導入が可能な,国内外でも非常に 稀有な実験設備が整っています.さらに,爬虫 類胚の恒常的な採取のために,一年中交配が可 能なマダガスカル産の地上性ヤモリ(ソメワケ ササクレヤモリ)のコロニーを維持しています. これまでに,爬虫類胚の神経幹細胞の特徴的な 動態とその背景にある分子基盤の解明 (Na t ur e Co mm2013 ) ,爬虫類胚の遺伝子操作系の確立 (Fr o nt i e r si nNe ur o s c i 2015 ) ,霊長類と鳥類に 医学フォーラム 共 通 し た 神 経 幹 細 胞 の 発 見 (De v e l o pme nt 2016 ) といった研究成果を発表し,大学と J ST 共同でのプレスリリースを行ない,京都新聞で も 2度紹介されています.また昨年は NHKス ペシャル「生命大躍進・ついに知性が生まれた」 の企画アドバイスも行ないました. 中枢神経系の発生とエネルギー代謝の変化: 神経系の発生過程では,組織構築に必要なエネ ルギーを,どのように獲得し秩序だって細胞内 で代謝するかは,未だ明らかとなっていませ ん.当教室では,脳内のグリコーゲンに着目し て,その細胞内代謝の中枢神経発生における生 理的意義を,主に組織学的・分子生物学的手法 を用いて研究しています.発達期の脳内では, 神経幹細胞やアストロサイトにグリコーゲンが 豊富に存在することを明らかにしており,さら にその代謝を阻害すると,細胞の動態に異常が 生じることを見出しています(und e rr e v i s i o n ) . また現在,グリコーゲン代謝関連分子のノック アウトマウスを作製し,より詳細な組織構築へ の影響を解析しています. これらの研究テーマや教室の得意とする実験 手技を用いた共同研究も盛んに行っており,他 大学の研究者が来室して実験することもしばし ばあります. 学 部 教 育 医学科 1学年へ「生物科学」を通年科目とし て提供しています.細胞の構造と機能を分子の 言葉で説明できるようにする,というのが本来 の目的です.ただ,入学試験で生物を選択して いない学生にとっては,初めて聞く言葉が多く フォローするのに二苦労という声をしばしば耳 にします.そういう学生でもすんなり基礎医学 の講義に入れるように生命科学分野への親和性 をつけることも目標として,補講やレポートの チェックに勤しんでいます. 後期には「現代生命科学」も開講されており, 前期から開講されている生物科学の内容を踏ま えて, 「様々な疾患の原因となる分子細胞生物 学的基盤は何か?」を題材として講義を進めて 287 います.講義内容は分子遺伝学,幹細胞生物学 から発生,腫瘍,老化,さらに神経科学までの 生命科学分野を幅広く扱い,基礎・臨床医学講 義の礎となるような知識と論理的思考を身につ けさせるようにしています.講義では単元内容 に関連した動画を紹介し,学生からの質問紙に はコメントと資料を添付して返却するなど,学 生の学習意欲の向上・維持に努めています. 生物学実習では,顕微鏡観察,マウスなどの 生体構造観察,大腸菌を使った実験,ニワトリ 胚を用いた発生過程の観察などを行って,生物 への興味を深めるとともに基本的な実験器具の 使い方の指導もしています.また,嵐山モン キーセンターでのサルの行動観察もあります. ニホンザルでは,ボスザルというものが決して けんかに強かったりハーレムを形成したりする ものではなく,集団に安定や安心感をもたらす 年長サルの人格者(猿格者?)であることを, センターの方から学んでいます. 三大学教養共同化:三大学共同化講義には, 「生物学的人間学」を看護学科の科目として提供 し,さらに「現代社会とジェンダー」に 2こま, 「意外と知らない植物の世界」に 1こま, 「生命 科学講話」に 2こまに参画しています. その他:小野が着任してから,春休み中に希 望者を対象として体験的な実験を始めました. 最初の年に参加した合田君 (平成 26年卒) が,大 学案内で小さく触れてくれました.後藤助教が 着任して以降は,本格的に PCR実習を始めてお り,毎年数名の参加者がいます. お わ り に 今後も研究においては,神経発生生物学の名 前が示すように様々な視点から脳の形成過程を 明らかにしていきたいと思っています.また教 育においては,どうしても知識の詰込みに陥り がちですが,生物学もしくは生き物や細胞の面 白さも学生に伝えることができるよう頑張って いきたいと思います. (文責 小野)
© Copyright 2024 Paperzz