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医学フォーラム
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医学フォーラム
<部 門 紹 介>
京都府立医科大学大学院医学研究科神経発生生物学
教 室 の 概 要
教養生物学教室は,平成 15年の大学院重点化
に伴い,物理学教室と一緒に生命情報分子科学
となり,平成 21年に分かれて現在の神経発生生
物学となりました.5年前にも紹介記事を掲載
してもらいましたが(120巻 7号)
,再び機会を
いただきましたので,改めて教室の歴史から近
況まで報告させていただきます.
教室の沿革:京都府立医科大学の歴史で生物
学の教授が出てくるのは,大正 10年に医科大学
に昇格してからで,2名の教授が教育を担当さ
れています.新制大学になってからは,昭和 30
年に進学課程が設置されて生物学教室ができま
した.昭和 32年から助手のポジションが 2つつ
き,当初から 3人体制で研究と教育とを行って
きました.昭和 55年には助手のひとつが講師
に代わり平成元年には助教授となり現在に至っ
ています.
近況:平成 20年に小野が生理学研究所から,
平成 22年に後藤仁志が助教として生理学研究
所から,翌平成 23年には野村真が准教授として
カロリンスカ研究所から着任し現在の体制に
なっています(スタッフのプロフィルは,前回
の教室紹介をご覧ください)
.平成 24年に野村
准教授が J
STさきがけに採択され,これに伴っ
て川見美里と有村一弘が技術補助員として採用
され,有村は平成 27年 10月に退職しました.
図 平成 28年 2月の教室員.前列右から,野村(准教授)
,小野(教授)
,後藤(助
教)
.後列右から川見美里(技術補助員)
,Ma
x
i
meVr
i
e
s
(修士課程大学院生)
,山
下航(博士課程大学院生)
.生物学実習室の実験台側面は鮮やかな紅ですが,白黒
写真でわからないのが残念です.平成 28年 4月からは修士課程の学生がもう一人
増える予定です.
医学フォーラム
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大学院生は,平成 22年に修士課程に宇野葵,上
田貴之が入学し,グリア細胞の発生や転写因子
機能に関する研究を行いました.平成 25年に
は同じく修士課程に橋本祐樹が入学し,成体神
経幹細胞に関する研究に従事しました.平成
27年 4月に京都大学大学院生の山下航が博士課
程 2年に編入学し,大脳皮質の進化生物学的起
源に関する研究に従事しています.さらに平成
27年 9月から,日本- EUの修士課程神経科学分
野のダブルディグリープログラムで Ma
a
s
t
r
i
c
ht
大学(オランダ)から Ma
x
i
me
Vr
i
e
sが編入学し
ました.写真は,平成 28年 2月現在の教室員で
す.
この 5年間で大きな出来事というと,花園学
舎から下鴨キャンパスへの引っ越し,野村准教
授のさきがけ研究員への採択,後藤助教のアメ
リカ・コネチカット大学への留学などがありま
す.下鴨に引っ越して実習室にも空調がつき,
夏でも快適な実習ができるようになりました.
キャンパスの引っ越しでは,荷造りの過程で
書架の奥に埋もれていた古い記録を目にするこ
とができ,教室の歴史は『京都府立医科大学百
年史』から知ることができました.また教室の
歴史とは直接の関係はありませんが『大学百年
史』には,大正時代に予科の学生が定期試験受
験資格における講義への出席の厳格化に怒り等
持院にたてこもるストライキを決行した,とい
うくだりがありました.
「時代は変われど学生
気質は今も昔」ということがよくわかり,ス
タッフ一同腹を抱えて笑いました.
研
究
神経系の形成機構の解明をテーマとして,電
気穿孔法による遺伝子導入と組織学的解析法を
中心とした実験手技を用いて,活発な研究活動
を行っています.以下,研究テーマと概要を紹
介します.
グリア細胞の発生機構と系譜解析:神経科学
分野ではグリア細胞は長い間,神経細胞の隙間
を埋める細胞であるとみなされてきましたが,
最近ではグリア細胞の神経機能への積極的な機
能的関与が明らかにされ,これに伴ってその発
生機構も注目されるようになってきました.当
教室ではグリアで発現する転写因子に着目して
系譜解析を行い,脳機能の構造基盤形成の仕組
みを調べています.ニワトリ胚を用いて細胞特
異的にレポーター分子を発現させてその細胞運
命を明らかにしたり(De
vBi
o
l2011,Pl
o
s
One
2012
)
,ニワトリでのオリゴデンドロサイトの
分布を調べたり(Ge
neEx
prPa
t
t
n2011
)して
います.また,リガンド誘導型 Cr
eマウスを用
いて,マウスのグリア細胞の起源やターンオー
バーを調べています.
神経回路形成:転写因子 Ol
i
g2はオリゴデン
ドロサイトの発生分化に必須ですが,脳の発生
の初期では領域特異的に発現しており,脳内の
パターン形成における機能が予想されていまし
た.遺伝子欠損マウスの表現型解析,マイクロ
アレイや i
ns
i
t
uhy
b
r
i
d
i
z
a
t
i
o
nによる発現解析な
どから,Ol
i
g2が脳の領域を作り出し,その過程
で回路形成の領域特異的な調節能が備わって神
経回路を正しく作っていることが明らかになり
ました(De
v
e
l
o
pme
nt2014
)
.現在では,Ol
i
g2
系譜細胞による神経回路調節能を広く解析して
います.
大脳皮質の進化的起源に関する研究:哺乳類
の大脳皮質は風船状に表面積が拡大し,内部に
6層の特徴的な層構造を形成します.この哺乳
類型の大脳皮質が進化の過程でどのようにして
獲得されたのかは大きな謎に包まれています.
この問題に取り組むため,哺乳類と非哺乳類
(爬虫類,鳥類)の皮質相同領域の発生過程を比
較し,遺伝子機能改変による表現型模写実験を
行うことを目指しています.当教室では,羊膜
類(哺乳類,爬虫類,鳥類)すべての系統の胚
操作と遺伝子導入が可能な,国内外でも非常に
稀有な実験設備が整っています.さらに,爬虫
類胚の恒常的な採取のために,一年中交配が可
能なマダガスカル産の地上性ヤモリ(ソメワケ
ササクレヤモリ)のコロニーを維持しています.
これまでに,爬虫類胚の神経幹細胞の特徴的な
動態とその背景にある分子基盤の解明 (Na
t
ur
e
Co
mm2013
)
,爬虫類胚の遺伝子操作系の確立
(Fr
o
nt
i
e
r
si
nNe
ur
o
s
c
i
2015
)
,霊長類と鳥類に
医学フォーラム
共 通 し た 神 経 幹 細 胞 の 発 見 (De
v
e
l
o
pme
nt
2016
) といった研究成果を発表し,大学と J
ST
共同でのプレスリリースを行ない,京都新聞で
も 2度紹介されています.また昨年は NHKス
ペシャル「生命大躍進・ついに知性が生まれた」
の企画アドバイスも行ないました.
中枢神経系の発生とエネルギー代謝の変化:
神経系の発生過程では,組織構築に必要なエネ
ルギーを,どのように獲得し秩序だって細胞内
で代謝するかは,未だ明らかとなっていませ
ん.当教室では,脳内のグリコーゲンに着目し
て,その細胞内代謝の中枢神経発生における生
理的意義を,主に組織学的・分子生物学的手法
を用いて研究しています.発達期の脳内では,
神経幹細胞やアストロサイトにグリコーゲンが
豊富に存在することを明らかにしており,さら
にその代謝を阻害すると,細胞の動態に異常が
生じることを見出しています(und
e
rr
e
v
i
s
i
o
n
)
.
また現在,グリコーゲン代謝関連分子のノック
アウトマウスを作製し,より詳細な組織構築へ
の影響を解析しています.
これらの研究テーマや教室の得意とする実験
手技を用いた共同研究も盛んに行っており,他
大学の研究者が来室して実験することもしばし
ばあります.
学
部
教
育
医学科 1学年へ「生物科学」を通年科目とし
て提供しています.細胞の構造と機能を分子の
言葉で説明できるようにする,というのが本来
の目的です.ただ,入学試験で生物を選択して
いない学生にとっては,初めて聞く言葉が多く
フォローするのに二苦労という声をしばしば耳
にします.そういう学生でもすんなり基礎医学
の講義に入れるように生命科学分野への親和性
をつけることも目標として,補講やレポートの
チェックに勤しんでいます.
後期には「現代生命科学」も開講されており,
前期から開講されている生物科学の内容を踏ま
えて,
「様々な疾患の原因となる分子細胞生物
学的基盤は何か?」を題材として講義を進めて
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います.講義内容は分子遺伝学,幹細胞生物学
から発生,腫瘍,老化,さらに神経科学までの
生命科学分野を幅広く扱い,基礎・臨床医学講
義の礎となるような知識と論理的思考を身につ
けさせるようにしています.講義では単元内容
に関連した動画を紹介し,学生からの質問紙に
はコメントと資料を添付して返却するなど,学
生の学習意欲の向上・維持に努めています.
生物学実習では,顕微鏡観察,マウスなどの
生体構造観察,大腸菌を使った実験,ニワトリ
胚を用いた発生過程の観察などを行って,生物
への興味を深めるとともに基本的な実験器具の
使い方の指導もしています.また,嵐山モン
キーセンターでのサルの行動観察もあります.
ニホンザルでは,ボスザルというものが決して
けんかに強かったりハーレムを形成したりする
ものではなく,集団に安定や安心感をもたらす
年長サルの人格者(猿格者?)であることを,
センターの方から学んでいます.
三大学教養共同化:三大学共同化講義には,
「生物学的人間学」を看護学科の科目として提供
し,さらに「現代社会とジェンダー」に 2こま,
「意外と知らない植物の世界」に 1こま,
「生命
科学講話」に 2こまに参画しています.
その他:小野が着任してから,春休み中に希
望者を対象として体験的な実験を始めました.
最初の年に参加した合田君
(平成 26年卒)
が,大
学案内で小さく触れてくれました.後藤助教が
着任して以降は,本格的に PCR実習を始めてお
り,毎年数名の参加者がいます.
お
わ
り
に
今後も研究においては,神経発生生物学の名
前が示すように様々な視点から脳の形成過程を
明らかにしていきたいと思っています.また教
育においては,どうしても知識の詰込みに陥り
がちですが,生物学もしくは生き物や細胞の面
白さも学生に伝えることができるよう頑張って
いきたいと思います.
(文責 小野)