吉備国際大学 国際貢献講演会 大学院社会福祉学研究科 第5回国際講演会 実施報告 紛争地域の子どもたちからのメッセージ 〜アフガニスタン、アフリカにおける教育支援〜 2012 年1月 21 日(土)13:30〜15:00 岡山県国際交流センター2階 国際会議室 講師:内海 成治 さん (お茶の水女子大学客員教授・大阪大学名誉教授) この講演では、紛争地域で暮らす子どもたちに 焦点をあて、アフガニスタンやアフリカにおけるフィ ールドワークから、教育復興支援について多角的 な分析が示されました。 講演概要 紛争後の復興に取り組んでいるアフガニス タンでは、学校教育制度の復興が大きな課題 の一つとなっています。タリバン政権時代に は、女性の就労が禁止され教育の機会も大幅 に制限され、小中学校も建物ごと破壊されて いました。紛争後の教育復興は、文字通り、 瓦礫のなかからの再出発を意味します。日本 を含め、先進国や国際機関の支援は、学校の 建物そのものの再建から教員の養成まで多岐 にわたります。 紛争後の国や地域の子どもたちの生活の実 態と支援のニーズを把握するために、これま でに、アフガニスタン・バーミヤン、ケニア 北部ウガンダ、南スーダンを対象として、自 分自身、フィールド調査を行ってきました。 子どもたちの教育を阻害する要因は何であ るのか、とくに女の子たちがなぜ学校に行け ないのか、私たちは何をすべきなのか、とい った国際協力の課題が、これらのフィールド 調査の根底にあります。 バーミアンは、アフガニスタンの首都カブ ールから車で9時間という距離にあり、伝統 的な地域社会であり、女子教育への制約が残 っています。バーミアンから車で4時間のバ ンデミール湖畔では、中学校を併設した小学 校がありながら、地元住民は放牧生活を営ん でいるために生徒の登校に支障が生じていま す。27 名の女子生徒が登録していますが、 夏には山上の露営地に移動するために5名し か登校できないのです。 (小学1年生の女の子たち、夏は山上の露営地に異動 するため 7 割の生徒が欠席しておりこの5名だけが登 校. 講師撮影) バーミアンから車で 30 分のデュカニ村(人 口約 4500 人、約 640 世帯)でも民族的な 背景によって 子ども の教育への態度は 異 な り、学校その ものは 男女共学になって い て も、実際には女の子が学校に通っていない家 庭も少なくありません。 次に、アフリカの子どもの教育支援につい て、ケニア・マサイ(ナロック県)の調査を 紹介しましょう。マサイはサバンナ草原に住 む人々で、子どもたちの登校時の目印になる よう、小学校の校庭にアカシアの木が2本植 えられています。イルキーク・アーレ小学校 はその木にちなんで命名されています。 (デュカニの学校, 男女共学小中学校, 講師撮影) バーミアンでのフィールド調査から、女の 子が学校に行けないのは、地理的要因、社会 的要因、経済的要因、ジェンダー要因のため であることが明らかになりました。こうした 状況での女子教育支援としては、学校・分校 を建てる場所への配慮(地理的支援)、女性 教員の養成と女性の生活改善(社会的支 援)、学校給食の制度化や貧困家庭への就学 支援(経済的支援)、男女平等を推進するた め の啓 発広 報や法 律の 整備(ジェン ダー支 援)などが必要だと考えられます。 (パルジュイ村で水汲みの仕事をする女の子たち, 講 師撮影) ( 校 庭 に 2 本 の ア カ シ ア の 木 が あ る た め Il Keek Aare(マサイ語で2本の木の意味)小学校と呼ばれる, 講師撮影) 個別の生徒について就学状況のフローダイ アグラムを作ってみると、18 人中半数は途 中で落第していることが分かりました。この ダイアグラムは、個々の生徒の軌跡を視覚化 し、マージナル・グループ(中退や落第)、 中間グループ(落第しながら遅いペースで進 級)、コア・グループ(順調に進級)を特定 し、グループごとの割合を把握できます。マ ージナル・グループのリスクに適切に対処す ればその子どもは編入学などで立ち直ること もできるのです。 マサイの社会は強靭さと脆弱さを併せ持っ た社会ですが、ケニアの近代教育システムそ のものは柔軟性を欠いていて、マサイの子ど もたちにとっては不利なのです。伝統社会と 近代化のはざまでマサイの子どもたちにとっ ての最低限の生活・教育保障では、小学校と 教員が主要な役割を担っています。 アフガニスタンやアフリカ諸国でのフィー ルド調査で出会った子どもたちから学んだこ とはたくさんあります。教育支援として、子 どもに何かを届けようとする時、私たちは、 その子にとって本当に何が大切なのかを理解 しなければなりません。困難な状況におかれ ている子どもたちに何かをしてあげたい、何 かを届けてあげたいという「熱い思い」だけ ではなく、知識と思慮、つまり「英知」が必 要です。 南スーダンは 2011 年7月 9 日に独立し たばかりの国ですが、20 年以上の独立戦争 では戦死者は 200 万人におよび、寡婦や孤 児が多数残されています。 こうした状況での復興にとって、子どもが 再び小学校に通えるように生活・学習環境を 再建する教育復興には、とりわけ大きな意義 があるといえます。 国際協力、とくに教育復興支援に関わって きた中で、今の自分の思いは、「小さなこと でも大切なことはたくさんある」、「何もで きない・してあげられないと思ってしまう前 に、何ができるかを考える」ということで す。熱い思いを形にするためには「思い続け る」こと、困難の中にいる子どもたちを「忘 れない」ことです。 最後に、ロシアの文豪ドストエフスキーの 言葉でこの講演を締めくくりたいと思いま す。 (ジュバ第 1 女子小学校の校舎と生徒, 講師撮影) 「子どもが苦しまねばならない世界は根 底から間違っている」 (ジュバ第 1 女子小学校の教室, 講師撮影) この講演会は 107 名が聴講、大学生を中心とする若 い世代の方々が半数近くを占め、講演会終了後も、会 場で次々と個別に講師に質問する姿が印象的でし た。 (文責 MT) 主催:吉備国際大学大学院社会福 祉学研究科・岡山国際 貢献推進協議会
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