「市町村合併に伴って生ずる固定資産税評価の問題点とその対策」 MIA協議会副会長 不動産カウンセラー 山 本 英 次 はじめに 合併における市町村の取組については、合併協議会の下に幹事会が置かれ、その下に 専門部会、そして分科会が置かれ、さらにワーキンググループないし担当者会議が設置 され協議・調整が進められることが一般的であると思われる。 合併協定項目は、合併相談コーナー・ホームページでは大項目 27 項目、各種事務事 業の取り扱いとして 40 の小項目が挙げられている。 このうち地方税は、通常総務専門部会や住民専門部会といった部会が担当し、市町村 民税、固定資産税、軽自動車税、都市計画税等が協議されているが、固定資産税につい ての調整内容は、多くの協議会で「納期」 「税率」 「減免」等の項目が列挙されているに 過ぎない。それ以外の事務内容については、担当者会議ないしワーキンググループで協 議・調整を進めなければならない。 では、その必要協議項目はどの程度の数に及ぶのであろうか?私の関与するある合併 ブロックでは、土地固定資産税評価・課税関係のみで 714 項目に上っている。別のブロ ックでは 500 強、また別のブロックでは 900 項目に上るところもある。これらの数は、 他の部門に比して多いか少ないかは定かでないが、いずれにせよ膨大な項目の協議・調 整が必要であることは否めない。 本稿では、何故固定資産土地部門において、かかる多大な事務統合が必要であるか、 また、その内訳と問題点は?そして、その対策としてどのように対処すべきか?につい て、現在進捗中の実際の市町村の取組を元に、その概要をご報告させていただきたい。 1. 市町村合併における土地固定資産税 ― 市町村間の事務内容相違、過去の経緯のしがらみ、専門家の不在、説明責任 − 合併協議の中にあっても、特に固定資産土地評価、課税部門においては、次のような 状況から、他の部門に倍して多くの困難を伴うことが予想される。 ① 市町村長に価格決定権が委ねられていること ② 本則課税が実現していないことから過去の経緯を保持しつつ各年の評価、課税を 行わなければならないこと ③ 昭和 38 年基準年度以降幾多の法改正や基準改正が行われており、その経緯と現状 把握が困難であること ④ 家屋や償却資産、民税と異なり、合併によるルール統合により現在の価格・課税 標準額に大きな変化が生ずる可能性があること ⑤ システム導入、資料整備の程度が市町村間で異なること ⑥ 電算仕様、システム等が独自に構築されており、これらの統合に極めて繊細さが 要求されること ⑦ 合併途上においても評価替え・課税事務は停滞することなく遂行することが要請 され、専門職として統合事務に特化することが困難であること ⑧ 合併までの期間が極めて短いこと(一般的に) ⑨ 以上の事務統合調整の経緯と結果を合併後の議会や納税者に明確に説明する準備 をしておく必要があること 2.合併後に想定されること − 評価額・課税標準額の変動、電算統合による取扱変更、議会・納税者等への説明 − 評価替えによって価格が変動することは、地方税法からみても当然のことであり、合 併によって均衡化が一層進むことは、極めて望ましいことであろう。価格水準について も、平成 6 年、宅地の公示価格 7 割評価実施以降、全国的に均衡化が進み、評価替えご とに隣接調整も行われており、評価替えによる価格変動は合併に特有の事とは思われな い。 ここで言う変動とは、評価・課税ルール統合(変更)による変動である。ルールとは、 単に比準表や所要の補正等だけでなく、地目判別、画地認定、データ計測、データ作成、 図面資料、電算システム、事務手続き等あらゆる項目に及ぶ。これらルールの統合を行 うと現在の評価額・課税標準額が激変する場合がある。その例は以下のとおり ① 評価額の変動 ア. 認定地目が変わる場合 a. 増額の場合 b. 減額の場合 イ.認定地目が変わらず評価方式等の変更により変動する場合 a. 増額の場合 b. 減額の場合 ウ.所要の補正等の変更により変動する場合 a. 増額の場合 b. 減額の場合 ② 課税標準額の変動 ア.認定地目が変わる場合 a. 増額の場合 b. 減額の場合 イ.認定地目が変わらず評価方式等の変更により変動する場合 a. 増額の場合 b. 減額の場合 ウ.所要の補正等の変更により変動する場合 a. 増額の場合 b. 減額の場合 以上の項目は、 「合併後機械的に新ルールによる評価に切り替える」 「激変緩和措置を 図る」「63 年評価に遡って比準課税標準額から変動させる」 「前年課標は固定する」 「5 年間の不均一課税措置を検討する」等、各事案について、それぞれ取扱いが異なり、法 的根拠、納税者への説明を考慮して決定すべきであろう。また、地方税法 6 条 2 項の不 均一課税の適用、合併特例法の 5 年間不均一課税特例、また地方税法 349 条 2 項の考 え方を示すべきものと思われるが、ここでは、取組途中であること、並びに紙面の都合 から、後日機会があれば述べることとしたい。 3.事務統合への準備と考え方 ― 評価額の調整でなく、評価額決定ルールの調整を − 前述したように、評価の変動には、「評価替えによる変動」と「評価ルールの変更に よる変動」がある。課税においても同様に、税法改正による変動と課税ルール変更によ る変動がある。 評価替えについては、合併時にあってもこれまで同様、不動産鑑定士やシステム業者 といわれる既存の専門職業家に委託し、適正な時価と水準均衡を図ることが望ましい。 しかしながら、評価ルールや課税ルールは行政としての固定資産事務の根幹であり、誰 かに頼んで作ってもらったり統合してもらったり、というわけにはいかないであろう。 過去の経験や、原則として他からの指導はないけれども、合併ブロック担当者の叡智 を尽くし、先進合併事例や専門家の意見を聞きつつ、将来の新市課税体系確立の為、統 合を推し進めることが必要であろう。その為には、当該ブロックに見合った、統合カリ キュラムを作成し、これを事務統合プログラムとして取りまとめることが必要である。 4.固定資産税事務統合プログラムとその必要性 ― 現況把握、市町村間異同対比、調整会議、事務プラン、事務取扱要領、施行管理 − 以下、実際の市町村において適用されている固定資産税事務統合の為のプログラム を参考に、その内容と必要性そして具体的な適用を説明したい。 ① 固定資産税事務統合プログラムの一例 ア.市町村合併支援プログラム「合併プロ®」 ① 現況調書 ② 市町村間異同リスト ③ 土地評価事務プラン ㋐ 事務プラン素案 ㋑ 事務プラン確定版 ㋒ 調整会議議事録 ④ 土地評価事務取扱要領 ⑤ 事務プラン実行の施行管理、補修正 ② プログラムの必要性 ア.新市の円滑な事務遂行と新課税体系の確立のために ① 旧市町村状況把握 →評価課税全項目網羅*拾い出しでは駄目* ② 市町村間の異同把握 →項目整理、突合一覧化 ③ 事務統合 →様式、手続き等 ④ 評価ルール統合 →評価方法、評価マニュアル等 ⑤ 課税ルール統合 →地目、画地認定マニュアル等 ⑥ 電算統合 →項目、桁数、ファイルレイアウト、ロジック 課税標準算定ルール、従前補正適用方法等 イ.情報開示と説明責任のために ① 調整協議 →調整会議議事録 ② 決定すり合わせ →決定経緯説明書と決定根拠説明書 ③ 申送り(継続審議) →地区別・項目別評価適用説明書 ④ 決定事項 →土地評価事務取扱要領(事務取) ⑤ 激変緩和 →暫定特例の制定 ⑥ 開示方法と手続 →プログラムの議会承認と事務取扱要領の条例化 ⑦ 新市担当者事務引継 →窓口説明、新市担当者への手引き ⑧ カウンセラーの委託 →司会調整、第 3 者介入による開示統合アピール ウ.新市の財政構築のために ③ ① 事務プラン →新市の財政担当部局への予算、人事上申 ② 予算組立 →プランの実行、人的対応、施行管理、補正 プログラムの具体的適用 ア.具体的適用 ① 相談員、専門カウンセラーの派遣 ② 当該合併ブロックの状況に合わせて事務統合ステップの課程を構築 ③ 先進合併事例、先進事務統合事例紹介 ④ 調整会議を進めながら事務統合を支援 ⑤ 先例、法令との適合性チェック、協議調整 ⑥ 統合計画、統合過程、統合結果等の書類(成果)を作成 ⑦ プログラム実行についての施行管理を行うと同時に適宜補修正を行う 5.先進市では・・・ ― ① 合併パターン 調整中の項目実際例 − 合併パターンと実際の合併プログラム施行中の市町村 ア.単純型(町+町+町) 御前崎市他、佐々町他、 阿蘇市、かほく市、南阿蘇村他、瑞穂市 イ.複合型(市+町+村) 磐田市他、杵築市他、臼杵市他、竹田市他 ウ.併合型(大規模市+町+村) 豊田市他 ② 調整中の項目実際例 「磐南地区調整会議での主要な協議事項とその内容」 【第 2 回 平成 15 年 8 月】 1.磐南地区全体としての平成 18 年度評価替え方針の確認・確定 <土地評価統一の基本方針> 宅地及び宅地比準土地:H18 評価替えは、土地評価システムの仕様を5市町村で 標準化しておき、状況類似区分から画地単位までの細目のう ち引き続き検討を要するものについては、H21 評価替えま でに行う。 上 記 以 外 の 地 目 :地目評価方法の異同を把握、分析したうえで、評価額の変 動を考慮しつつ必要なものから統一を行い、引き続き検討を 要するものについては、H21 評価替えまでに行う。 <H18 評価替えにおける主な統一予定項目> ① 路線価比準表 ② 地価形成要因データの調査方法、基準等 ③ 画地認定・計測基準(可能な項目のみ) ・・・その他 2.合併に際しての前年度課税標準額の扱い ① 新市の電算システムに課税データを乗せ換える際、合併市町村の H17 年 1 月 1 日 時点で凍結したデータを磐田市に集める。合併前年度課税標準額はそのまま固定さ せるか?過去へ遡って再計算させないか?合併後に異動があった筆から遡り再計 算を適用させるか検討協議。 ・・・その他 【第 3 回 平成 15 年 9 月】 1. 「宅地」評価に係る異同把握と統合スケジュール 異同状況把握、検証の結果、以下の重要課題を抽出。また、「宅地評価統一のための 6 ヵ年計画表」を作成・協議。 <重要課題> ① 認定が未完の宅地比準土地の取扱い(認定・計測作業をどうするか?) ② その他地区の評価方法の統一(新電算の補正率表をどうするか?) ③ 所要の補正の統一(水路補正、高圧線下地、面積過大の補正をどうするか?) ・・・その他 2.不均一是正期間(合併特例法改正部分)についての考え方 総務省の見解 :5 年間の不均一是正期間は、税率に関する規定で、評価ルールは 合併後不均一があってはならない。 磐南地区の見解:合併後の評価ルールについても可能な限りは統一を図るが、統一 のために費用、人員、時間等が必要なものについては、継続審議。 【第 4 回 平成 15 年 11 月】 1. 「宅地」評価に係る重要課題の検討 「宅地」評価の重要課題である以下の項目について検討を行った。特に③所要の補 正の統一にあたっては、該当筆を把握し、評価額のシミュレーションを行い、平成 18 年度評価替えは、暫定特例的な補正率を設定することも視野に入れて調整する。 ① 画地認定・計測方法の統一 ② その他地区の評価方法の統一 ・・・その他 2.次年度土地評価システム業務の実施計画と予算措置について 事務プラン作成の段階で把握した追加作業のうち、予算措置が必要なものについて 以下の通り見積書を提出した。 ① 路線価拡大地区についての路線価算定費用 ② 区画整理地区についての仮換地評価用路線価算定費用 ③ 新市用画地認定計測マニュアル作成費用 ・・・その他 3.電算統合に向けての確認事項 電算統合の担当部署に対して、以下の事項に関する確認協議を行った。 ① 状況類似番号、標準宅地番号、路線番号の統一、桁数の確認 ② 画地番号の統一、桁数の確認 ③ 画地計測データ、比準割合の取り扱い ④ 所要の補正の取り扱い ⑤ 一般農地の単価番号(路線番号)の確認 ⑥ 雑種地の電算上の分類 ・・・その他 【第 5 回 平成 15 年 12 月】 1. 宅地以外の地目の課題整理、評価方針協議 宅地以外の地目の課題を整理し、以下の項目について評価方針を協議した。評価ル ールの統一によって生じる評価額の激変については、緩和措置をとることも含め、地 区別価格決定理由説明書等を作成することを検討する。 ① 市街化区域農地の評価プラン ② 宅地介在農地の評価プラン ・・・その他 【第 7 回 平成 16 年 2 月】 1. 合併後の地目変更土地の課税標準額の取り扱いについて 合併後に地目変更があった土地については、新市の課税計算ルールに従って再計算 されるため、近隣の地目変更がない同一地目間の課税標準額に不均衡が生じる可能性 がある。これに対する対処案を以下の通り紹介した。 ① 用途毎の負担水準の均衡化の程度を見ながら、均衡化がある程度進んでいれば新 市の課税計算ルールを適用する。 ・・・その他 【第 8 回 平成 16 年 4 月】 1. 地目認定ルールの統一に向けて ① 異同リストで比較した具体的な土地利用現況別の地目認定事例を分析、検証し、 新市としての統一地目認定マニュアル素案を作成開始。マニュアル素案については、 合併市町村間全員で協議を行った。合併後の異動土地に対して適用する予定。 ・・・その他 【第 9 回 平成 16 年 5 月】 1.画地認定・計測ルールの統一に向けて ① 合併市町村間で特にばらつきが予想される画地認定事例の洗い出しを行った。異 地目で数筆一画地と認定する場合の事例に市町村間で大きな差がることが判明。画 地認定ルールについては地目認定ルールを確定した後、統一ルールを決定し、認定 パターンを記載した画地認定・計測マニュアルを作成するものとする。 ・・・その他 【第 10 回 平成 16 年 6 月】 1.雑種地及びその他地目の評価方法について 他県の雑種地及びその他地目評価法の市町村別一覧表を配布し、他市町村の事例 として、その評価割合、評価方法を紹介した。また、鑑定評価の観点から判定した、 土地利用現況別の雑種地評価割合一覧表も併せて紹介した。雑種地については、新 市として、市街化区域で 2 種類、調整区域で 2∼3 種類の分類にしたいとの要望が出 た。これらについては、その分類、評価割合等を今後できるだけ早い時期に決定す るものとする。 ―以上、議事録より抜粋・現在 17 年 3 月に向かって適法性、説明責任の観点から 調整事項の最終チェック中― 6.今 何をすべきか? −合併前に必ず「現況調書」作成を! 既に合併していたら?合併時不均一課税はあっても不均一評価は不可(総務省)− 平成 16 年 8 月 1 日現在、695 市 1,863 町 529 村、法定協議会 589 協議会、1,955 市町 村が協議進行中である。既に合併されたところもあるが、これまでの私の取組から合併 前に「現況調書」だけは必ず作成すべきである!と痛切に感じる。これは、ある合併市 の例だが、新市の税務課に一方の旧町職員が皆無となり、調整が極めて困難になった。 また、新市となって資料が散逸し、問題が起こっても対処が困難。新市で筆の異動をか けようとしたが、旧町の方式が不明確で方針が確定しないため異動がかけられない。な どといった話を聞いている。調整不足以前に、せめて旧町の「現況調書」さえあったら・・、 と痛切に感じたわけである。 既に合併された市町村に於いては、次の評価替えまでに少なくとも最低限、現況調書 から事務プランまでの作成は不可欠である。合併後一度でも評価替えを経由してしまう と、それ以降に価格や課税標準額を、合併を理由に変動させることは極めて困難となる。 同時に、問題が生じても過去の経緯が分からないので解決が困難となる可能性が高い。 既に合併された市町村で、評価替えを経由した後、担当になり「困惑している」とい う方を少なからず存じ上げている。 絶対にしてはならないことは、価格変動の説明を恐れて、ルール統合を先延ばしにし てしまうこと。これは将来に大きな禍根を残すことは言うまでもなく、後の担当者の方 を被害者にしかねない。合併後不均一課税はあっても不均一評価は不可。(総務省) ① 統合の基本は「固定資産評価基準」準拠 ② 統合の基礎は「現況調書」から ③ 合併時「評価ルール統一」は大原則 おわりに − 合併は固定資産税事務適正化の最大のチャンス!− これまで私が関与してきた市町村の職員の皆様は、この 50 年に一度という難事業に、 果敢に挑戦し、新市の将来像を構築すべく統合業務に精励されておられ、その真摯な態 度には深く敬意を表するものである。 固定資産税事務統合は、質・量とも多大な努力を要すると思われる。しかしながら、 この機会は評価・課税事務適正化の最大のチャンスでもある。これまでなかなか修正し 得なかった項目や価格体系の確立等、情報開示と納税者への説明責任という今の時代に 課せられた行政のスタイルに見合った事務体制を作る最大のチャンスとも言えるわけ である。 本稿で、不足の点は、拙著「実践・固定資産税土地評価実務テキストーぎょうせい刊 共著」、拙稿「資産評価情報・140 号、141 号―(財)資産評価システムセンター発行」 も会わせご高覧頂きたい。 最後にご協力いただいた市町村の皆様に感謝いたします、ありがとうございました。 (不動産鑑定士 株式会社日本エム・アイ・エー代表取締役)
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