住宅等における室内空気汚染の現状と対策について 片山 勝正 1.研究の背景と目的 近年、化学物質による健康被害の一つとして、住宅における室内空気汚染が顕著化しており、シック ハウス症候群や化学物質過敏症を訴える患者が多数報告されている。このような疾病の存在は既に周知 されており、国も建築基準法等の法整備や、厚生労働省策定の化学物質の室内濃度指針値により規制を 設けている。しかしながら、これらの規制は室内に 900 種類存在するといわれる化学物質の一部を対象 とするものに過ぎず、国民生活センターの統計を見ても、シックハウスに関する全国の相談件数に減少 が見られない。そこでこの研究では、住宅建材に用いられる化学物質に焦点を当て、法規制等の対策が 室内空気汚染問題の解消に向けて有効に機能しているのかを調査することにした。また一方で、2008 年 3 月に改装された本学の 14501 実習室において刺激臭を多くの学生が感じたことから、この問題を身近 な室内空気汚染の事例と捉え、簡易法によるホルムアルデヒドの室内濃度測定を継続的に行い、その実 状を調査した。 2.研究の内容と方法 室内空気汚染の原因物質及び健康影響:建材や家具に用いられる化学物質について用途及び毒性とシ ックハウス症候群等の疾病について調査した。相談件数:国民生活センターのシックハウスに関する相 談件数と、さいたま市が公開しているデータを用いて調査した。法規制等による対策:化学物質室内濃 度指針値(厚生労働省)、建築基準法(国土交通省) 、住宅の品質確保の促進等に関する法律(国土交通省) を含めて、シックハウス対策に関係する法規制を調査した。また、日本工業規格(JIS)や日本農林規格 (JAS)等の規格について調査した。企業の対応:業界全体の認知度及び対応を把握するために、2002 年 に国民生活センターが建築関連企業 757 社に対して行ったアンケートを用いて調査し、事例の一つとし て大和ハウス工業の取り組みについても調査した。室内空気汚染の事例調査:2008 年 5 月 13 日∼2009 年 12 月 16 日の期間に、 本学 14 号館 14501 実習室において簡易法によるホルムアルデヒド濃度の測定を 毎月一回行い、20 ヵ月分のデータをとった。 3.結果と考察 (1)建材から発生する室内空気汚染の原因物質及び健康影響 建材やカーテン等の家具に用いられる化学物 質の毒性症状を表 1 に示す。これらの物質の毒 性症状は主として、眼や喉といった粘膜の刺激 及び全身の倦怠感や目眩、頭痛である。また高 濃度で長時間暴露された場合に意識低下や肺水 腫、痙攣など症状が重症化するようなものがあ る。これらの化学物質が原因で引き起こされる 表 1.建材に含まれる化学物質と毒性症状 建材 発生する化学物質の例 トルエン、キシレン、ヘプタン、アルコール類、メチ 有機溶剤、塗料 ルエチルケトン、酢酸エチル、ブチルエーテル、ブチ ルアルコール ケロシン、クロルピリホス、アレスリン、ペルメトリ 殺虫剤、防蟻剤 ン、フェニトロチオン、ダイアジノン チアベンダゾール(TBZ)、p-クロロメタキシレノー 防菌、防カビ剤 ル、イソプロピルメチルフェノール、ホルムアルデヒ ド エムペントリン、ヒノキチオール、フェニトロチオ 防ダニ、殺虫剤 ン、フェンチオン、TBZ、p-ジクロロベンゼン、ナフ タレン、アレスリン 芳香、消臭剤 接着剤 症があり、どちらも医学的に未解明な状況であ 難燃剤 る。 可塑剤 咳、頭痛、吐き気、息切れ、 腹痛 眼を刺激・咳・頭痛・嘔吐 粘膜の刺激、神経系への影 響、呼吸不全、痙攣、意識喪 失 リモネン、a-ピネン、p-ジクロロベンゼン、植物抽出 眼・皮膚・粘膜への激しい刺 油 激、咳、頭痛、嘔吐 清掃剤、ワックス エタノール、デカン、トルエン、キシレン 疾病としてシックハウス症候群と化学物質過敏 毒性症状 眼や気道を重度に刺激、咳、 頭痛、嘔吐 眼や気道を重度に刺激、咳、 頭痛、嘔吐 ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、トリメチル 粘膜の刺激、咳、気管支炎、 ベンゼン、ヘキサン、アルコール類、アセトン、メチ 肺水腫、頭痛、嘔吐 ルエチルケトン 眼・皮膚・気道を刺激、頭痛、 リン酸トリブチル、リン酸トリス(2-クロロエチル) 意識喪失、吐き気 眼・皮膚への刺激、中枢神経 フタル酸ジブチル、フタル酸ジエチルヘキシル 系への影響 (2)相談件数の現状 国民生活センターに寄せられた 1997 年か 700 604 600 ら 2008 年までのデータを見ると、2003 年に 件 数 ピークを迎えているものの、10 年間でおよそ 448 250∼600 件の間を推移し、減少傾向にあると 200 は言えなかった(図 1) 。2002 年∼2008 年のさ 0 437 431 379 400 300 512 496 500 256 365 318 283 249 100 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 年度 いたま市の相談件数では、2003 年度より相談 図 1.国民生活センターに寄せられた全国の相談件数 件数が減少に転じたという報告もあった。 表 2.関連法規及び適用範囲 (3)法規制等による対策 適用範囲 関連法規について規制適用範囲を区分したもの 分類 を表 2 に示す。大別して、国による法規制、JIS 指針値 測定方法 及び JAS、民間団体による各種規格により対策が 化学物質 建材ラ 室内濃度 測定基 換気設 住宅性 放散(含 ベリン 指針値 準 備 能表示 有)基準 グ 法規・規格名称 化学物質室内濃度指針値○ 室内空気測定規格 建築基準法 ○ ○ 住宅の品質確保の促 進等に関する法律 建材及び住 (品確法) 宅性能に関 する法規制 有害物資を含有する 家庭用品の規制に関 する法律(家庭用品 規正法) とられている。規制項目としては、化学物質の室 内濃度指針値、室内空気の測定基準、建材の化学 物質放散(含有)基準、換気設備の設置義務、住宅 (4)企業の対応 ○ ○ 日本農林規格(JAS) 性能表示、 建材ラベリングに関する規制があった。 日本工業規格(JIS) ○ ラベリング 新建築技術認定 規格 BL認定 ISM SV 室内環境配慮マーク 業界全体の対応については、室内濃度指針値の ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 周知度について「よく知っている」と回答した企 0.08 も 13%あり、とても進んでいるとはいえな 0.07 形で換気設備の設置や建材対策を進め、自 0.074 0.072 0.063 濃度(補正後:ppm) 室温(℃) 0.06 濃 度 (ppm ) かった。大和ハウス工業では、法令遵守の 0.068 0.067 0.05 0.04 0.03 0.049 0.048 0.039 35.0 0.072 0.064 30.0 0.062 25.0 0.046 20.0 0.036 0.035 0.021 0.025 0.024 0.0200.021 0.018 0.024 15.0 10.0 社開発の技術を導入するなど先進的な取り 0.02 0.01 5.0 組みがあった。 0.00 0.0 14501 実習室のホルムアルデヒド濃度と 室温の測定結果を図 2 に示す。夏季には、 3 6/3 6/1 0 6/2 4 7/4 7/3 0 8/2 1 9/3 10/ 0 3 11/ 1 26 12/ 26 1/2 1 2/2 6 3/2 4 4/2 8 5/2 6 6/2 3 7/1 4 8/2 0 9/2 10/ 5 2 11/ 5 2 12/ 5 16 5/1 (5)室内空気汚染の事例調査 0.0140.012 室 温 (℃ ) 業が 35.6%で、 「知らない」と回答した企業 日付 図 2.室温とホルムアルデヒド濃度の関係 厚生労働省の室内濃度指針値(0.08ppm)に近い値が検出されることがあった。また、室温に合わせて濃度 が変化し、夏季のように室温が高くなる季節ほど高濃度になることが分かった。冬季の暖房使用時と暖 房未使用時の測定 (6 回測定)では、平均して 2 倍のホルムアルデヒドが検出された。 4.まとめ 現在、シックハウスに関する相談件数に減少が見られず、その原因は法規制の対象が事業者中心のも ので、消費者に主眼を置いた法規の策定が十分に行われていないためであると思われた。また、業界全 体の認知度及び対応はとても進んでいるとは言えなかった。このことから、現行の室内空気汚染の対策 は問題の解消に向けて十分に機能していないことが分かった。将来的には、より消費者の目線に立った 法規制の策定をするとともに、建築関連企業全体が一体となって問題解決にあたることが重要である。 現時点で室内空気汚染を回避する方法としては、消費者自身が季節に合わせた効率のよい換気を行うな ど自主的な対策を行わざるを得ないと考える。
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