71 滋賀大学教育学部紀要 教育科学 No. 59, pp.71 - 87, 2009 ダウン症者の思春期における教育実践 ―― 仲間をくぐっての自分づくり ―― 久 保 容 子・白 石 恵理子 Educational Practices for Students with Down Syndrome in Puberty ―― Self-formation through Peer Relation ―― Yoko KUBO and Eriko SHIRAISHI 1 .問題と目的 思春期は、第二次性徴による身体的変化にはじまり、身体だけではなく心理的にも大きく変化して いく時期である。思春期を含む青年期は、学童期までにつくりあげてきた比較的安定した依存構造を つくりかえ、自我の再構築を遂げていくプロセスでもあり、そこには大きな揺れや葛藤を伴う。それ は、ダウン症等の知的障害のある子どもたちにおいても同様である。内分泌系の変化にともない、生 理的なレベルにおいても感受性が強まりやすいという誰にでも共通してみられる特徴とあわせて、知 的障害があるゆえに新しい身体図式を獲得すること自体に認識上の困難を抱えたり、親や教師とは異 なる新たな社会的関係を構築するうえで制約があったりと、障害ゆえに揺れや葛藤がより強まりやす い面ももつ。しかし、一方で、知的障害がある場合においても、新たな社会的関係のなかで自分の位 置を築き直すことを通して、親など身近な大人に依存していた段階から自分自身が自らの生活と人生 の主人公であることを意識し直す時期である(白石、2002) 。 小崎ら(2009)は、20 歳台に「退行」の症状を発現し、日常生活の適応水準に顕著な低下が見ら れたダウン症者を対象に、症状の発生と推移について、対象者と環境との関係、思春期等の他のステー ジの発達状況との関連で分析している。「退行」の原因として、 「保護者等の喪失や仕事の内容や作業 所での対人関係の変化と結びついた心理的ストレスによる不安や緊張の高まりと継続、そしてその結 果としての心の不調和や変調」を挙げている。一方で、比較的早期から障害があることに配慮した教 育が行われてきて、不適応症状を見せるまでは「周囲とのかかわりをスムーズに受け入れている」 「一 見問題なく過ごせていた」事例も多くあった。加齢にともなって起きる壮年期以降の「退行」 「老化」 とは異なり、上述した青年期の発達課題との関係で、20 歳代の「退行」の意味を検証する必要がある。 また、喪失体験や環境の変化は避けて通れないことであるが、それが「退行」に結びついた背景を考 慮すると、「本人の自己決定や自主選択といった自我発達が十分に行われた上での、周囲との人間関 係やコミュニケーションの構築であったかどうかという、いわばより子どもの内面に立ち入った発達 課題の検討や教育実践が行われてきたか」という検討が必要であろう。 本校のダウン症生徒の個別の教育計画では、「周りの流れに合わせて気持ちを切り替えて行動でき ること」を挙げていることが多い。活動に入りにくい、自分のペースで行動し時間がかかる、次の活 動に気持ちを切り替えにくいといったダウン症者にみられやすい特徴が背景にあると考える。そうし 72 久 保 容 子・白 石 恵理子 た姿に対し、活動に入る際の生徒自身の心の揺れや葛藤を十分に受け止めてきたか、活動に入れない ことを頑固さ、できなさといった問題行動としてのみ捉えていないか、スムーズに活動できることを 追求し、一見問題なく過ごせていることをよしとすることで、本人の自己決定や自主選択といった自 我の発達を支援していたのか等々、内面に立ち入った発達課題の検討を行い、これらの視点で丁寧に 教育実践を捉えなおすことが重要と考える。本稿では、中学部に在籍した 3 名の女子の育ちに焦点を あて附属特別支援学校中学部での実践を検証したい。 その際、上述した思春期の発達課題を考慮すると、親や教師ではない仲間関係のなかで自分をみつ めることがとりわけ重要であると考える。本研究では、この点に着目しながら、中学部での教育実践 の検証を行う。 2 .方法と対象者 (1)方法 S 大学教育学部附属特別支援学校中学部に在籍したダウン症生徒 3 名(いずれも女子)の 3 年間の 学校生活の記録を通して、教育実践を分析し、考察を行う。その際、 『仲間をくぐっての自分づくり』 への着目から、性教育、劇活動、総合的な学習を取り上げる。 (2)対象者 3 事例は、4 歳台から 6 歳台の発達年齢にあると考えられる生徒たちであり、就学前には療育とあ わせて保育園や幼稚園を利用し、小学校の特別支援学級、特別支援学校小学部を経て、中学部に入学 してきている(表 1 参照)。3 事例とも、家庭的にも安定し、附属特別支援学校にも安定した状態で 入学してきた。 表 1 中学部入学時の様子 A 家族構成 新版 K 式発 小 6 時 達検査 2001 全領域 4:10 の結果 認知・適応領域 5:4 言語・社会領域 4:5 中学部 入学時の 様子 B C 父、母、姉、本人、妹、弟 2 父、 母、 本 人、 妹 の 4 人 家 父、 母、 本 人、 弟 の 4 人 家 人( ひ と り は、 中 3 の 時 に 族 族 生まれる) 中1時 全領域 5:5 認知・適応領域 5:5 言語・社会領域 5:7 中 1 時 全領域 6:8 認知・適応領域 6:10 言語・社会領域 6:7 小 6 から特別支援学校に編 地域の小学校特別支援学級 地域の小学校特別支援学級 入。 同 校 中 学 部 に 進 学。 入 から特別支援学校中学部に から特別支援学校中学部に 学 時、 環 境 の 変 化 や、 集 団 入学。幼児期に肥満体型に 入 学。 小 学 校 2 年 生 ま で 通 の違いなどから、隠れたり、 な る。 発 音 が や や 不 明 瞭。 常学級で過ごす。3 年から入 動きが止まったりすること 苦手なことに対する意識が 級。整理整頓が苦手で忘れ が多かった。きょうだいが 強い、電車の中でも独り言 物 も あ る。 食 事 が 遅 く、 よ 多く、両親が十分話を聞い が 多 い。「 ア イ ド ル 」「 お か くこぼしてしまう。調子に てやれないと保護者が語る。 しやさん」にあこがれてい 乗ってのいたずらが,度を 軽い難聴がある。言葉が不 る。 中 1 の 1 学 期 途 中 か ら 超 し て し ま う こ と が あ る。 明瞭で、思いを上手に伝え 一人で公共交通機関を使っ 仲良くなりたい相手の気を にくい。文字を書き始める て通学できるようになる。 引こうとしてかえってトラ と止めにくく、授業が始まっ ブルになることが多い。中 1 ても教室に入りにくかった。 の 1 学期途中から一人で公 中 1 の 1 学期途中から一人 共交通機関を使って通学で で公共交通機関を使って通 きるようになる。 学できるようになる。 ダウン症者の思春期における教育実践 73 3 名が入学した S 大学教育学部附属特別支援学校中学部は、各学年定員 6 名程度で計 18 名程度が 在籍している。クラス集団は、例年 1、2 年生を 2 つに分け、1 年生 3 名・2 年生 3 名計 6 名からなる 「1 組」「2 組」と、3 年生 6 名の「3 組」から構成されている。1、2 年生混合の「1 組」 「2 組」では、 1 年生に 2 年生がモデルとなり先輩としての役割を果たしたり、3 年生は中学部での最高学年として の自覚を促すような働きかけや取り組みをしたりする中で、仲間との育ち合いを期待している。学習 集団は表 2 の通りである。 表 2 中学部の学習集団 学 習 集 団 クラス集団 課題別学習集団 学年集団 領域・教科 「日常生活の指導」「朝の会・帰りの会」「総合的学習(クラスタイム) 」 「学活」 小規模 「国語・数学」(4 ~ 5 グループ) 中規模 「家庭」「美術」(3 ~ 4 グループ) 「1・2 年作業」 「3 年作業」(陶工) 「音楽」「体育・トレーニング」 「生活単元学習(新しい仲間,中学部フェスティバ 学部全体の集団 ルなど)」 「総合的な学習(交流)」 「学部行事(登山合宿,スキー合宿,運動会の集団演技など) 」 学校全体の集団 「みんなの時間(全校縦割りの集団) 」 生徒会執行部(一部) 3 .思春期を迎えての身体と心の変化 (1)身体の変化~第二次性徴 中学部になると多くの生徒は第二次性徴期に入り、身長など目に見える部分のほかに内部器官にも 変化が起こる。この 3 名も、小学校高学年から中学部の時期に初潮を迎えたが、生理時にだるかった り、お腹が痛かったりという訴えに教師も共感し、うまく言えない状態を言葉で表現しながら、自分 で訴えられることを大切にしてきた。胸のふくらみなどの変化も感じており、更衣室では、女子同士 楽しい雰囲気の中でふさわしい下着などを話題にしたり、女子だけの性教育にとりくんだり、体の変 化を肯定的に受け止めたりできるような会話をしたりするなど日常生活の中で取り組んだ。 合宿や行事の宿泊時も一緒に入浴したり着替えたり、身だしなみを整えたり、校外学習時の私服の 着用で TPO に合わせた服装を考えたりするなど積み重ねを大切にしてきた。 (2)思春期を迎えての心の変化 中学部になると、体だけではなく、心も変化してくる。 「それまで素直に聞いていたことも聞かな くなってきた」 「今までのように話さなくなってきた」というように、 保護者との関係も変化してくる。 自立心の高まりと依存心との間で葛藤が生じてくる。また、異性への関心も芽生えてくる。 A は保護者が外食に誘ってもついていかなかったり、一人で勝手に外に出て行ったりするようにな り保護者との関係が変わっていった。自分から進んでお手伝いなどもするが、自分のやり方を通し、 頑として言うことを聞かないなど関わりが難しくなった。外出などいろいろなことが自分でできるよ うになってきて自分の思いで行動することが増えた。2 年生になると 1 年下の男子生徒 D に好意を寄 せ、手紙を書いたり一緒に帰ったりすることが増えた。手紙の量がどんどん増え、授業にまで影響が あった。 B は、家族の中での「かわいい」存在からはなかなか抜けきらないが、校外学習では、一人で集合 場所に来れるようになるといった変化が見られた。1 年、2 年と高等部の憧れの先輩を見に昼休みに 体育館に行くことを楽しみにしていた。その先輩が卒業してからは、1 年下の男子生徒 D に好意を寄 せ、手紙を書くことがあった。また、学校に来る実習生や介護体験の学生の中で好みのタイプの男子 74 久 保 容 子・白 石 恵理子 学生と一緒に遊んだり勉強したりすることが楽しみとなっていた。電車内でも好みのタイプの男性に 好意的な視線を送ることがあった。 C は、日頃忙しい両親と休日に外出を楽しむなど家族との関係は特に大きな変化はなかった。2 年 生から 3 年生にかけて、1 年下の男子生徒 D と仲良くなりたいという思いが高まり、A と競うように して、手紙を書いたり、遊びに誘ったりするようになる。しかし、くすぐったり抱きついたり、強引 に遊びに誘ったりしてしまい、気持ちが伝わりにくかったり、自分だけ手紙をもらえないなど相手に 受け入れられず傷ついて泣いたりすることもあった。 3 人とも、1 年生 1 学期途中から自主通学ができるようになった。通学途上で、駅で休憩したり、 携帯電話を使って音楽を聴いて使いすぎたりといったトラブルもあったが、その都度話し合ってきた。 学校以外にも校外学習の集合など、一人で行ける範囲も広がり、自立心が高まった。しかし、一人で 行動することが増えた分、通学途上の危険についても学ぶ必要があり、後で述べるように性教育の授 業で取り上げた。 4 .中学部の教育実践①――性教育の取り組み (1)実践の概要 性教育の授業を学期に 1 回実施した。大きくなった自分と小さい頃の自分の比較、体の変化の知識、 人との関わり方やマナー、自分の身を守ることなどの学習をその時々の課題に応じて実施した。学習 内容は表 3 ~表 5 にまとめた。また、養護教諭が女子だけの性教育として、女子の体の変化、生理に ついて、排泄など清潔についての授業を行った。 表 3 性教育の学習内容(1 年生) 学習集団 4 歳後半~ 6 歳頃の発達年齢の 1 年生 4 名の集団である。内訳は、男子 1 名、女子 3 名(A、B、C) 単元名 「大きくなった自分~おつきあいのマナー」 ・大きくなった自分を意識する ねらい ・自分も相手も大切な存在であることを知る 学 期 ・大きくなった自分と小さいときの自分のひととの関わり方の違いを知る ①大きくなった自分を知る 1 ・教師や自分の赤ちゃんの時、幼児期、小学生の時、今の自分の写真の比較をする ・生徒の等身大の型を取り、赤ちゃん(50㌢) 、幼児期(120㌢)の人型と比較をす 学習内容 る ②こんなときどうする ・抱きつく、だっこ、おちんちん・うんこなどを言う、足を広げて座る、ドアを開 けて着替える、知らない人に一緒に遊びに行こうと誘われる、身体に触っていい 学 期 2 かと聞かれる 単元名 「大きくなった自分~身体の変化と生活」 ・第二次性徴に関わる外見と、各器官の変化、役割を知る ねらい ・プライベートゾーンを大切にする気持ちを高める ・プライベートゾーンを大切にした行動様式を身につける ダウン症者の思春期における教育実践 75 ①前時を振り返る ②模造紙に人型を写し取る ③外見の変化を話し合う(第二次性徴の外見の部分) 学習内容 ④器官の発達と役割を知る(第二次性徴の体の内の部分) ⑤プライベートゾーンを知る ⑥男女に分かれて更衣やトイレのマナーなど行動様式を身につける ⑦まとめ 単元名 「男の子、女の子はどこがちがうの?異性との中学生らしいつきあい方」 ・男女の身体の違いを知る 学 期 ねらい 3 ・プライベートゾーンを大切にする気持ちを高める ・プライベートゾーンを大切にした行動様式を身につける ・いろいろな人との関わり方を知る ① 1、2 学期の復習をする ・大きくなった自分、大切にしたい自分、プライベートゾーン 学習内容 ・男の子、女の子の体の違いを知る ②体の部位や第二次性徴の変化を知る ③「にじの輪」(注)を見て、どの人とはどのように接したらよいのかを考える ④ 1 年間のまとめをする 表 4 性教育の学習内容(2 年生) 学習集団 4 歳後半~ 6 歳頃の発達年齢の 1 年生 1 名、2 年生 4 名の集団である。内訳は、男子 1 名(2 年生)、女子 4 名(A、B、C と 1 年生) 単元名 「大きくなった自分~自分の体、相手の体を大切にする接し方」 ・大きくなった自分を意識する ねらい ・自分も相手も大切な存在であることを知る ・身体の変化に気づき、プライベートゾーンを大切にする気持ちを高める ・「大きくなった自分」の人との関わり方、接し方について知る 学 期 ①大きくなった自分を知る 1 ・教師や自分の赤ちゃんの時、幼児期、小学生の時、今の自分の写真の比較をする ・生徒の等身大の型を取り、赤ちゃん(50㌢) 、幼児期(120㌢)の人型と比較をす る 学習内容 ②男女の体の変化とプライベートゾーンについて知る ③こんなときどうする ・だきつく、触る、見せる、くすぐられた時、触られた時、結婚しよう、好きと言 われた時、誘われた時 ・自分が楽しくても相手がいやな時はどうする、自分が「いや」な時は「いや」と 言うなど 76 久 保 容 子・白 石 恵理子 単元名 「大きくなった自分~自分の体、相手の体を大切にする接し方」 ・大きくなった自分を再認識する ・自分も相手も大切な存在であることを知る ねらい ・身体の変化に気づき、プライベートゾーンを大切にする気持ちを高める 学 期 ・「大きくなった自分」の人との関わり方、接し方について考える ・学んだことが生活の中で生かせる 2 ①大きくなった自分を認識する ②男女の体の変化とプライベートゾーンについて振り返る ③自分は周りの人にどのような接し方をすればいいかを学ぶ 学習内容 ・お父さん、お母さん、きょうだい、友だち、近所の人、先生、お店の人、実習の 先生など ④こんな時どうする ・抱きつく、手をつなぐ、寄り添って座る、手紙のやり取り、裸や下着を見せる、 くすぐる、触られる、誘われたときにどうする 単元名 「大きくなった自分~体の変化と生活」 ・第二次性徴に関わる外見と、各器官の変化、役割を知る ねらい ・プライベートゾーンを大切にする気持ちを高める 学 期 ・プライベートゾーンを大切にした行動様式を身につける 3 ①今までの学習を振り返る ②外見の変化を話し合う(男女別に分かれて) ③器官の発達と役割を知る 学習内容 ④プライベートゾーンについて考える(男女合同に) ⑤学校生活での行動を振り返る ⑥ 1 年間のまとめをする ・『わたしのはなし』の絵本を使って 表 5 性教育の学習内容(3 年生) 【1、2 学期】4 歳後半~ 9 歳頃の発達年齢の 3 年生 5 名、2 年生 1 名の集団である。 学習集団の 特徴 内訳は、男子 3 名(2 年生 1 名、3 年生 2 名) 、女子 3 名(A、B、C) 【3 学期】4 歳後半~ 9 歳頃の発達年齢の 3 年生 5 名、2 年生 2 名、1 年生 2 名の集団 である。内訳は、男子 5 名(1 年生 2 名、2 年生 1 名、3 年生 2 名) 、女子 4 名(A、B、 C、2 年生 1 名) 学 期 1 単元名 「心と体の成長を見つめよう」 ねらい 自分の身体の変化を見つめる 中学生という年齢を意識した異性への関わり方について知る ①体の変化を見つめよう 学習内容 ・生徒の等身大の型を取り、赤ちゃん(50㌢) 、幼児期(120㌢)の人型と比較をする ・身長以外の変化について考える ダウン症者の思春期における教育実践 77 ②心の成長を見つめよう ・友達(異性)との関わり方を振り返ろう ・自分がされて嬉しかったこと、嫌だったことの発言を求め相手のことを考えた関 わりかどうか考える ③中学生らしい関わり方について ・小さい時は大丈夫でも中学生として、よい行動かどうかを考える(甘える、抱っこ、 寝転ぶなど) ・絵本『わたしのからだはわたしのもの』を使って自分や相手の心やからだを大切 にすること、大きくなった自分を意識して行動することの大切さに気付く 単元名 「きれいにしよう~手の洗い方、歯の磨き方~」 ねらい ・手洗いが正しいやり方でできる ・歯の正しい磨き方ができる 学 期 ①手をきれいに洗おう 2 ・片栗粉を使ったスライム状のもので遊ぶ ・手を洗う 学習内容 ・イソジン液に手をつけ手にこった汚れを染め出す ・手を丁寧に洗う ②歯をきれいに磨こう ・歯の汚れの染め出しをする ・歯の模型や日めくり式は磨き手順カードを使って正しい磨き方で歯を磨く 単元名 「身を守る方法を知る」 ねらい ・異性との接し方やマナーについて方法を確認する(1、2 学期の復習) ・ネットの危険性について知り、自分の身を守るにはどうしたらよいか考える ①今までの学習を振り返る 学 期 3 ・マナー、関わり方 ②人との関わり方、自分のからだの守り方について考える ・異性との接し方について具体的に学ぶ ・知らない人の声をかけられたときの対処法をロールプレイで学ぶ 学習内容 ・体を触れられたときの対処法 ・身近にある危険な場所(駐車場、エレベーターの中、電車の中、寂しい公園など) を警視庁のホームページを使って学習する ⑤ネットの危険性について学ぶ ・インターネットを安全に利用するために気をつけなければならないことを考える (個人情報、オンラインショッピングなど) 注) 「にじの輪」とは、 虹のような半円を描き、自分を中心に、体を触れてもい い人、握手をしてもいい人、挨拶をする人、知らん振りを する人と円の外に行くほど関係が変わっていく。 「両親」 「きょうだい」「異性の友達」「実習の先生」「お店の人」 「電 車で出会った人」など、自分の周りの人との関わりがどこ にあてはまるかを考えていく学習。 78 久 保 容 子・白 石 恵理子 (2)1 年生の取り組み 中学部に入学して新しい生活に戸惑いながらも、生活や合宿などでも「自分のことは自分でする」 という意欲を持って過ごし、公共交通機関を使っての一人通学もできるようになった。仲間との活動 も楽しめる生徒たちだが、異性も含めて抱きつくなど他の人に必要以上にベタベタと関わろうとして、 相手に受け入れられなかったり、気持ちをうまく伝えられずに仲良くなれなかったりするなどの実態 があった。また、生活の中で足を大きく広げて座ったり、床に座り込んで靴をはいたりと体の大切な 部分が見えることに無頓着な面があった。一人での通学ができるようになったことで、自信も持てて きたが、電車内のマナー、危険から身を守るなどの課題も生じてきた。そこで、表 3 の学習を実施し た。 ⅰ)A の性教育の様子 1 年生の 1 回目の学習で、赤ちゃんの時の写真と小学生のときの写真と今を比較して、 「大きくなっ た」という意識が持てた。「赤ちゃんはかわいい」 、今は「中学生だから」ということで、甘えたい気 持ちはあるものの、我慢しなければという葛藤があり、だっこをしたり抱きついたり、足を広げて座 ることについては「恥ずかしい」と言う。学習後の座る時や靴の履き替え時に足を閉じるなど、気を 配れるようになった。ペープサートの演技や実際の練習で見知らぬ人からの誘い受けた時にどうする かの学習では「おうちかえる」「いや」「自分でかえる」などと話して断れた。 3 回目の学習では、ビデオでの振り返りや、ロールプレイの時は、今までの学習をよく覚えていて、 「恥ずかしい」「中学生だから」と答える。体の部位も子宮や卵巣にも関心を持ち、若干の混乱はある が、「赤ちゃんのお部屋」などを答えることができた。 「にじの輪」の絵を見ての学習では、実際に、 教師が目の前で演じることで、「きょうだいは手をつないでもいい」 「友だちは握手やハイタッチ」な どの関わり方の区別をするようになった。学習後、着替えをする時、 「性教育で習ったから」と胸を 隠して着替える姿がみられた。 ⅱ)B の性教育の様子 1 回目は、自分や友達の幼い時の写真を、興味を持って見ていた。自分の赤ちゃんのときの写真が 映ると自信を持って「わたし!」と答える。周りの友だちが「かわいい~」と言葉をかけると恥ずか しそうにする。だっこをしたり抱きついたり、足を広げて座ることに対して「恥ずかしい」と言う。 学習後の座るときや靴の履き替えでは、気をつけるようになった。ペープサートの演技で見知らぬ人 に誘われると、無視したり、「いかない」と言う姿がみられた。 3 回目の学習では、ビデオを使って 1、2 回目の学習を振り返った。ロールプレイの時には、今ま での学習をよく覚えていて、「恥ずかしい」「中学生だから」と答えた。 「にじの輪」の絵を見ての学 習では、高等部の生徒をどこに分類するか考える時に、最初は「しらんぷり」に置き、その後、迷っ て「あいさつ」、次に「あくしゅ」をする人に移動していたが、最後にカードを自分の側に寄せ、 「好 きな人に手紙を出せばいい」など気持ちが発展していった。そのままの気持ちで行けば、 「体を触れる」 なども「いいよ」となりかねない様子だった。こうしなければという判断はできるものの、 「かっこ いい」「やさしい」人に「弱い」傾向がみられた。 ⅲ)C の性教育の様子 自分や友達の幼い時の写真を「○○さんや」「かわいい」など興味を持って見ていた。身長の伸び を感じるために自分たちの型を取る学習でモデルになり、大きくなったことを実感した。ロールプレ イで抱っこをしてほしい人を尋ねると「だっこ」は大好きで「もっとしてほしい」と言うが、周りの 人が「恥ずかしい」と何度も言うのを聞いて自分も「恥ずかしい」と答える姿がみられた。ぺープサー トの「おじさん」に誘われるとそのままついていってしまった。練習しても、 「うん、いいよ」とつ いていったが、何回か繰り返すことで「いや」「いけない」と逃げていけた。 3 回目の学習では 1、2 回目の学習をビデオでの振り返り、再度、ロールプレイをおこなった。今 までの学習をよく覚えていて、「恥ずかしい」「中学生だから」と答えた。ただ、楽しい雰囲気には流 ダウン症者の思春期における教育実践 79 されてしまい、教師に抱っこをしようと誘われると「いいよ」と答えていた。 「にじの輪」の絵を見 ての学習では、概ね、妥当な答をしていたが、B が高等部の生徒のことを話していると、 「好きな人 には手紙を出せばいい」などアドバイスをしていた。 ⅳ)3 名の 1 年間を通しての育ち 発毛やのどぼとけ、乳房など見てわかる部分の変化、内部器官の成熟への流れは、受け入れやすかっ た。内部生殖器官の用語は、精巣、卵巣、子宮のみとし、補助的に精子、卵子を示した。説明は、 「赤 ちゃんのもとができる場所」「赤ちゃんが育つ場所」 「赤ちゃんのもと」という言葉で行い、生命誕生 のための器官としておおむね理解した。男女の下腹部、女性の乳房を、命の誕生と生まれた命を保つ ための重要部位として押さえた。恥ずかしさやマナーなどの倫理的要素をはぶき、身体機能に基づく 区域としたことで納得しやすかった。ロールプレイでの問いかけも 3 学期になると具体的な場面をイ メージしながら考えられるようになった。 (3)2 年生の取り組み ⅰ)A の性教育の様子 身体の変化については真剣に聞き意見も出せた。自分のわきの下を確認し、胸について大事にする ということを強く意識できた。授業後の着替えでも気をつけられた。しかし、授業後も「○先生、大 好き~」と抱きつくこともあった。2 学期のロールプレイでは、例が自分のことだと心当たりがある ときに、机に顔を伏せ、してはいけないことと認識している姿があった。教師への抱きつきも「ハイ タッチ」と関わり方を変えていた。 ⅱ)B の性教育の様子 身体の変化について意見が出せた。ロールプレイでは、 「知らない人について行ってはダメ」と言っ ていたが、憧れの高等部の先輩が例に出ると、答えに詰まって、一緒についていきたいという願いを 発言していた。2 学期の「にじの輪」の学習では、その先輩との関わり方を、 「挨拶や言葉で関わる人」 に分類していた。 ⅲ)C の性教育の様子 身体の変化について意見が出せた。ロールプレイでは、 「さわることはだめ、しない」としっかり 言えるようになった。ロールプレイでは、抱っこされている友達を見て「アウト」とはっきり言って いた。 ⅳ)3 名の 1 年間を通しての育ち 1 学期は、さわる、だきつく、こちょこちょするなど教師が寸劇をすると、いずれも「プライベー トゾーンだからだめ」という答えが返ってきた。赤ちゃん人形は大好きで、 「かわいい」 「小さい」と 大事に抱っこしたり、なでたりしていた。される側での対処については、 「いや」ということも友だ ち同士だとすぐにでてきたが、電車の中での痴漢行為に対しては、なかなか自分で「嫌だ」 「助けて」 ということに気づけなかった。「さそわれたらどうする?」では、誘われてついていくこと自体につ いて考えてほしかったが深まらなかった。 2 学期は、その時点で課題になっていた、人がいやな思いをする話し方、下着や体を見せる、友達 がいやといっているのに触ったりくすぐったりする、 「大好き」という手紙のやり取り、素敵な男性 に誘われた時、遊びのルールを自分勝手に変えるのは、などのロールプレイに取り組んだ。自分のこ とと心当たりがあることは、表情が変わるなどの様子が見られたが、話の進め方によっては考えさせ るより、模範的な答えをせざるを得ない状況に追い込んでいないかの配慮が必要であった。また、女 子の生徒のお尻の拭き方が、前から後ろに行われていないことがわかるなど日常での清潔についての 指導の大切さが明らかになった。 80 久 保 容 子・白 石 恵理子 (4)3 年生の取り組み ⅰ)A の性教育の様子 好きな人への手紙がエスカレートしていった。本人の気持ちを大切にしつつ、日常の生活の中での ルール作りをしていった。言葉ではわかっていても、自分の「こうしたい」という思いは強かった。 ⅱ)B の性教育の様子 憧れの先輩が卒業したことで、学校生活の中では憧れの存在はいないが、実習の学生や電車の中で 「すてきな人」を見つけ、ハートマークなどのサインを送ったこともあったので、そのことも話題に 取り上げどうすればよいかを考えた。A、C は手紙がエスカレートしていったが、B は、日常の生活 の楽しいことを手紙で書き綴るなど相手が読んで楽しいような手紙を書いていた。 ⅲ)C の性教育の様子 好きな人への手紙がエスカレートしたり、相手にちょっかいを出して嫌がられて傷ついたりという ことがあった。相手に自分を見てほしいときにどのようにすればいいのか、相手からされて嬉しかっ たことは何か考え、自分はどうしたらいいのかを考える場を持った。言葉ではわかっていても、行動 にはできにくく、その都度じっくり話し合うことが必要だった。 ⅳ)3 名の 1 年間を通しての育ち 友達関係が深まるにつれ「~が好き」 「見つめていたい」 「触れたい」といった気持ちが大きくなり、 実際に異性のプライベートゾーンに触るような行動も見られた。また、好きな人をめぐっての軋轢も 生じ、その都度、教師が間に入って、どうすればよいかを考えた。そこで、お互いを大事にするとい う視点からの授業を組み、考えていった。 (5)3 年間を通して 3 年間繰り返し取り組むことで、生徒たちの精神的な発達もあり、1 年生ではただ楽しく学習して いたことも、3 年生では、理解度が高くなると同時に、時には机に顔を伏せたり、答えを渋ったりなど、 自分の問題としてとらえている姿がみられた。イメージしにくい内容については、できるだけ見てわ かるように視覚的な教材を用意した。考えを深める手立てとしては、2 つのものを比較させたり、ペー プサートやロールプレイなどで実際に自分も演じてみてどう感じたかを考えさせたりするようにし た。また、話題も日頃の生活で問題になっていることを取り上げた。このような設定の場では、正し いと思われる答えをみんな答えられるようになったが、それが日常の生活の中で行動に反映されると は言いがたかった。自分が大切にされてきたこと、自分を大切にすること、相手を大切にすることと いうことの理解が抽象的でどう迫るかが課題であった。 5 .中学部の教育実践②――生活単元学習『中学部フェスティバル』 (1)実践の概要 生活的な課題に立ち向かわせる意欲を引き出し、生活の広がりと充実を目指すことをねらいとして、 学部全体で取り組む「新しい仲間」「中学部フェスティバル」と、クラスごとで取り組む「卒業に向 けて」(3 年)「進級に向けて」(1、2 年)「お別れ会に向けて」を行っている。仲間と一緒に力を合わ せて共通の目的に向けた学習する楽しさや達成感、そして教科学習では修得しがたい経験が、この学 習での大切な要素であると考えている。 特に 3 名は、劇の取り組みで生き生きと活動できた。 (2)『オズの魔法つかい』(1 年生) 3 名とも花の妖精役で、 『花の子ルンルン』の曲に合わせて自分たちで考えたダンスを中心に演じた。 その後も音楽が始まるとすぐその世界に入るなど 3 年間を通じて 3 名の心に残る役となった。 ダウン症者の思春期における教育実践 81 ⅰ)A の様子 第 1 希望はドロシー、第 2 希望は南の魔女役だったが、他 の役に決まったため、練習の始めは、気持ちも落ち込んでい た。しかし、ダンスの曲を聴いたり衣装を見たりしたことで、 自分の役をとても気に入り、グループの仲間と楽しみながら 意欲的に練習し、台詞を大きな声ではっきりと言えるように なった。また、アドバイスも受け入れ、自分の演技にいかせ た。小道具のつぼ作りでは、休み時間にも自分から取り組む など思いを込めて作れた。本番前は、動きやせりふを覚えた ことで演技がやや早くなったが、本番では「がんばった、来 年も劇をがんばる」という達成感を持って終えられた。本番後、ダンスを、附属中学校との交流やお 別れ会の時に友だちに上手に教えるなど、劇の成果の広がりが見られた。 【お客様へのお礼状】 中フェス見に来て下さりありがとうございました。ようせいチームをしました。たのしかった。ド ロシーをやりたいです。 ⅱ)B の様子 第 1 希望は良い魔女、第 2 希望はオズだったが、衣装やダンスが気に入り、グループの仲間と一緒 に楽しみながらダンスや台詞の練習に意欲的に取り組めた。長い台詞は難しく早口になりがちであっ たが、練習中のアドバイスを受け入れたり、家庭でも練習を重ねたりしたことで、自分の演技にいか せた。小道具のつぼ作りでは、休み時間にも自分から取り組むなど思いを込めて作れた。本番では、 練習の成果をいかして堂々と演技することができた。本番後も、ダンスを友だちと踊ったり、自分以 外の役の台詞のやり取りを楽しんだりするなど、劇の成果の広がりが見られた。 【参観に来てくれた小学校のときの先生へのお礼状】 ○○先生へ 中フェスを見に来てくださりありがとうございました。かわいいようせい見てくれてありがとうご ざいます。だんすできました。せりふもがんばりました。また、らい年もぜひ見に来てくださいね。 ありがとうございます。 ⅲ)C の様子 第 1 希望は、西の魔女、第 2 希望はドロシー、第 3 希望はライオンで、自分の希望を変えようとし なかったが、かわいいピンクの衣装を見て「かわいい衣装やなあ」と一緒に身に着けてうれしそうに ポーズをとるなど気持ちも切り替わった。みんなと一緒に楽しんで練習に取り組めた。踊りの振り付 けを考えて発表したり、役になって台詞や踊りの練習をしたり、積極的に活動できたが、台詞を言う タイミングをつかむことが難しかった。本番では、同じ役の友だち同士で「がんばろうね」と励まし 合っていた。出身小学校の特別支援学級の友だちの声援を受けて、はりきって劇に臨めた。今までの アドバイスを受け入れて、練習の成果を発揮できた。 【出身小学校の友だちへのお礼状】 「○○学級へ オズのまほうつかいはおもしろかったですか。西のまじょのでしパートモンキーこわかったですか。 ようせいのだんすはおもしろかったですか。ドロシーとかかしをたすけるところ、どうですか。ら いねんもたのしみにしてください。」 82 久 保 容 子・白 石 恵理子 (3)『西遊記』(2 年生) A は羅刹女、B はナレーター、C は猪八戒と 3 名別々の役を演じた。それぞれ相手の台詞や動きの タイミングに合わせての演技に挑戦した。 ⅰ)A の様子 希望通りの役になり、楽しく意欲的に練習に取り組めた。台詞を覚えるまでは自信が無く、小さな 声だったが、台詞の練習を何度も繰り返し、舞台上で大きな声ではっきりと言えるようになった。羅 刹姉妹の友だちと台詞や動きを合わせるために熱心に練習し、 「ソレソレ」とあおぐ場面や、顔を見 合わせて「ネー」と言う場面など息の合った演技ができた。衣装をつけ、お化粧をすることで気持ち が高まり、はりきって本番に向かえた。自分の出番や流れも分かって、最後までしっかりと演技をし、 やりきったという思いが持てた。 ⅱ)B の様子 ナレーターとして、家でも練習するなど意欲的に取り組めた。最初は、早口になったため、大きな 声でゆっくり話すことを目標にして発声練習や台詞を読む練習に努力し、台詞に表情をつけながら、 はっきりとした発音で読めるようになった。途中で追加になった台詞も、戸惑うことなく読めた。慣 れてくると他の人の動きもよく見て、ペアの友だちとタイミングを計りながら自分たちの出番になる と前に出ることができるようになった。リハーサルでは観客が多く、最初、動きが止まってしまった が、「ドキドキする」といいながら、何度か出番に出るうちに慣れてきて途中から観客に手を振るな どパフォーマンスも見られた。終わってみると「楽しかった」と感想を言っていた。本番では、緊張 もなく堂々と出番を楽しみながら演技ができた。 ⅲ)C の様子 「八戒役がしたい」という強い希望をもち、第 1 希望がかなったことで、期待感をもって学習を始 められた。役になりきって演技しようと努力し、アドバイスもしっかり聞き、普段の話し方に比べて 人に伝わるようにゆっくり台詞を話そうと意識できた。相手との掛け合いも本番直前にマスターした。 舞台での練習では、緊張し、萎縮することもあったが、リハーサルで演じられたことで自信をつけ、 本番では練習の成果を発揮し、達成感を持てた。 (4)『3 にんたろうと鬼たち』(3 年生) 3 年目は、『ももたろう』をアレンジした『3 にんたろうと鬼たち』を題材にした。主役級として C はりんごたろう、B はいちごたろう、A はあかべえ(赤鬼、鬼のリーダー的存在)を演じた。自分た ちが中心という意識がとても高く、たくさんの台詞もしっかり覚え、はりきって演技ができた。 ⅰ)A の様子 役割決めでは、ペープサートを見て、 「おもしろい鬼の役がしたい」と自分の思いが言えた。少しずっ こけたせりふを青鬼と言ったり、ポーズを決めたり、掛け合いしたりすることを楽しめた。前半は、 欠席のために練習ができなかったが、学校に来られるようになってからは、気後れすることなく、練 習に入れた。3 年間で最も動きが複雑で、台詞も多かったが、台詞を早く覚えて、動きを工夫しなが ら演じられた。小学部の教師から「短期間でよく覚えたね」と誉めてもらい、達成感を感じていた。 当日も楽しんで演じられ、練習の成果が発揮できた。 ⅱ)B の様子 出入りや、他の人と動きを合わせることが多い役だったが、仲良く、いろいろな動きややり取りを 楽しみながら、体当たりの演技ができた。台詞はゆっくり丁寧に言えた。台詞が変更になった時に気 持ちが少しくずれることもあったが、すぐに立ち直り練習に取り組めた。休み時間にもセリフを読ん で練習するなど意欲的で、練習の回数を重ねるごとに、声が大きくなった。本番でも堂々と演じられ た。 ダウン症者の思春期における教育実践 83 ⅲ)C の様子 台本を丁寧に読み、自分の台詞を覚え、3 にんたろうの仲間意識をもち、タイミングを合わせて演 技できた。出入りや、他の人と動きを合わせることが多い役だったが、アドバイスを受け入れて真剣 に練習できた。また、ダンスの振り付けを自分たちで考える時には、 「こうしたらいいんじゃないかな」 とアイデアを出して、体を動かしながら考え、友だちと一緒に生き生きと踊れた。本番では落ち着い て演じ、劇終了後の友だちのコメントに喜んだ。 6 .中学部の教育実践③――総合的な学習「クラスタイム」 (1)実践の概要 生徒自身が持っている興味・関心からの体験等を大切にしながら、主体的・創造的な活動を楽しみ、 成就感を持たせることをねらいとして「クラスタイム」の活動に取り組んでいる。生徒たち自身が自 分の思いを出し、計画・調べ・実施・まとめという活動を通し、 「楽しかった」 「もっとしたい」など の思いが膨らむことを大切にしている。表 6 に 3 年間の学習内容を記す。 表 6 3 年間の活動内容 活 動 内 容 テーマ「自分たちの好きなことをしよう~やってみよう!いろんなこと!」 〔A、B〕 6 月 「梅小路公園へ行こう」二条城、レストラン、梅小路公園へ 6 月「たこ焼きを作ろう」~特別参観日、親子でわたがしやたこ焼き作り 10 月「びわ湖放送、プラネタリウムに行こう」 びわ湖放送、バイキングレストラン、生涯教 育センターでプラネタリウム 年 生 1 11 月「プールとカラオケに行こう」 障害者福祉センターの温水プールとファーストフード店、 カラオケ 12 月「コカコーラ工場と錦市場へ行こう」コカコーラ工場見学と錦市場で昼食、市場見学と買 い物 テーマ「さかな・ふしぎ・発見」〔C〕 6 月「南郷水産センターへ行こう」南郷水産センターで魚のえさやり、金魚、ザリガニ釣りな どを体験 6 月「たい焼きを作ろう」~特別参観日、親子でたい焼き作り 10 月「竹生島へ行こう」船で竹生島へ、今津の魚屋さんに質問 11 月「琵琶湖博物館へ行こう」 琵琶湖博物館で質問 12 月「2 組の水族館」今まで学んだことを行かして教室を水族館にしようと展示物を作って館 員として説明、たい焼きも作って販売 テーマ「むかし 発見」〔A、C〕 年 生 2 6 月「むかし発見 part1 坂本の街へ行こう!」坂本でそば打ち見学、日吉焼き体験、鶴喜 そばの昼食、穴太野石積み見学、旧竹林院でお抹茶体験、坂本ケーブルカー体験 6 月の特別参観日 親子で手打ちそば作り 10 月「むかし発見 part2 彦根城へ行こう!」彦根城見学、 「ひこにゃん」に会おう、彦根の 町で食事、散策 11 月「むかし発見 part3 琵琶湖博物館へ行こう!」昔の物の展示を見学、 レストランで昼食、 カラオケ 12 月「むかし発見 part4 教室を博物館に!」今までのクラスタイムを展示物を作って紹介、 焼きそば・うどんやさん開店 84 久 保 容 子・白 石 恵理子 テーマ「ぼくたち わたしたちのまち 大津~いってみよう みてみよう しょうかいしよう ~」〔B〕 6 月「近江八景をめぐって」唐崎神社見学、名物「みたらし団子」を食べて、堅田のレストラ ンで食事、浮御堂散策 6 月の特別参観日 親子でお団子作り 10 月「近江八景をめぐって」三井の晩鐘で三井寺、矢橋帰帆島公園へ 11 月「近江八景をめぐって」石山寺へ紅葉を見に行った後、瀬田川のリバークルーズ、レスト ランで昼食、瀬田の唐橋を渡って唐崎焼き窯元見学 12 月「近江八景をめぐって」粟津の晴嵐散策、唐崎焼き窯元でお皿作りと壁飾り作り テーマ「したことないことやってみよう」〔A、B、C〕 7 月「社会就労センターこだまへ行こう!」でクッキー・パン作りを見学、喫茶コーナーで休 年 生 3 憩、レストランで昼食後、ミシガン乗船 10 月「大阪の NHK 放送局見学と中之島新線に乗りに行こう」 アナウンサーやお天気キャスターに挑戦、ドラマのセットや収録風景の見学、開通した 中之島線に乗車 12 月「自分だけのインスタントラーメンを作ろう」 池田市のインスタントラーメン記念館でカッ プヌードル作り、レストランで昼食後、チキンラーメン作りを体験 3 月お別れ遠足 奥田忠左衛門窯信楽陶芸村で信楽狸作り、レストランで昼食後カラオケ (2)A の様子 1 年生では、校外学習を楽しみに活動できる。プールやカラオケという自分がイメージできること では、話し合いに参加できた。レストランの食事など調べることで自分がしたいこと、食べたいもの などの思いを膨らませることができた。書くことが好きで、しおりの記入や、振り返りの写真を手が かりに思いを書く活動に熱心に取り組めた。 以下は、2 年生時の「坂本の町に行こう」での様子である。 事前学習では、見学地の写真を貼ったり、昼食のメニューを決めたりと期待感を持って活動でき た。一日クラスタイム当日は坂本散策を学級の友達と楽しめた。みんなと一緒に行動することが目 標だったが、駅から歩き出したときに先に行ってしまい、声をかけても戻れなかったので目標を再 度確認し、約束した後はみんなと一緒に行動できた。日吉焼きでは、 熱心に作品を作り、 描きたいハー トも自分で工夫して描けた。旧竹林院では、インタビューのファイルを自分で用意するなど意欲的 だったが、恥ずかしくて小さな声だったので、何度か言い直してインタビューを終えることができ た。質問に答えてもらったことはよく聞いており、教師と一緒に内容を確認して記録した。ケーブ ルカーの展望台では大きな声でクラスの歌を歌って楽しめた。翌日の振り返りの学習では写真を手 がかりに、経験したことを短い文章にまとめられた。 (3)B の様子 1 年生では、どんなことがしたいのか率先して意見を発表することは難しかったが、クラスタイム の流れがわかってくると期待感がもててきて、事前の調べ学習で友達と一緒にインターネットで調べ たり、しおりに日程や持ち物などを記入したりと意欲的に活動できた。今まで経験したことのないこ とも自分の好きなカラオケやプールと社会見学が組み合わさったり、クラスの友達と一緒に活動した りすることで楽しさがふくらんでいた。 2 年生になると、先輩としての意識が持てるようにリーダーとしての役割を設定した。 ダウン症者の思春期における教育実践 85 以下は、3 年生時の「社会就労センターこだまへ行こう」の様子である。 事前学習では、 「私はクッキー屋さんをしたいな」と自分の考えを友だちに発表した。昼食場所に ついては、自分の意見だけでなく友だちの意見をも聞きながら、話し合いが進められた。一日クラ スタイム当日は、一人で時間通り集合し、期待感を持って参加した。友だちと仲良くクッキー作り を見学したり、ミシガン船上でのパフォーマンスを心から楽しんだりしていた。翌日、学校のクッ キー作りでは大変意欲的で、トッピングも工夫し、素敵なクッキーを作ってみんなに喜ばれた。 本人の感想(しおりより) 「イケメンのお兄さんが大好きです。大きなボールがあってびっくりしました。 」 (4)C の様子 1 年生では、魚をテーマに南郷水産センターでの体験、竹生島散策、琵琶湖博物館の見学、学校で 自分たちの博物館作りといった一連の学習を行った。絵を描くことや写真を見ながらのまとめ活動を 楽しんでいた。 以下は、2 年生時の「琵琶湖博物館へ行こう」の様子である。 積極的に自分の行きたいところや持ち物、約束などの意見を発表できた。カラオケの順番や曲を 決める話し合いでは、歌う順番が希望通りにならなくて困っていたところ、友達に「一緒に歌おう」 と誘われ、友達と一緒に歌うことを楽しみに順番を譲れた。当日は、博物館の展示に興味を持ち、 友達と一緒に熱心にしおりに見たことや調べたことを書き込んだり、スケッチをしたりした。カラ オケでは、事前に決めた約束や順番を守り、大きな声で楽しんで歌えた。 (5)3 年間の育ち 「話し合い→計画→調べ学習→しおり作り→実行→まとめ」の学習の流れがわかってくると、 「楽し かった」「次は~をやりたい」という期待感が芽生えていった。自分が好きなことを他の人が一緒に することで楽しさが増したり、他の人が好きなことをやってみることで面白いと思えることが増えた りした。写真の下にコメントを入れることで、振り返りやすかった。個人のファイルに事前の学習、 当日のパンフレット、事後の振り返りの記録を入れたり、教室掲示をつくったりすることで、折に触 れては思い出して話題にするなど楽しめた。 2 年生になると、1 年生のときの経験をベースにクラスのリーダーとしての活動を入れていった。 具体的には、集合の確認、挨拶などである。クラスの話し合いのときにも意見が言えるようになって 86 久 保 容 子・白 石 恵理子 いった。 3 年目は、3 年間で友達関係が深まっている一方、大きな声で話す生徒の意見に流されないように A や B の表情を見て言葉を拾い上げたり、一緒に思いを言葉にしたりするなどの配慮が必要であった。 ともすれば、1、2 年生で経験した内容がベースになって意見が出てくるので、それをベースにしな がらも、中学部最後の学年としての意識を持って、経験を広げることを大切にし、 「今までやったこ とないことをやってみよう!すてきな思い出いっぱい作ろう」というテーマで話し合って進めた。す べてを一人でということは難しいものの、最寄り駅での集合・解散、JR、地下鉄、バスなどの公共 交通機関の利用、切符の購入、レストラン等での食事の利用法やマナーなど生活面での積み重ねでで きることも増えていった。また、活動自体の面白さのほかに、共通の思い出ができることで、話題が 広がった。 7 .考察 思春期は、不安や葛藤が強まりやすい時期であるが、それは、学童期までの親や教師との信頼関係 に基づく自我が、自分へのまなざしの深まりや他者視点の獲得によってゆらぐことと大きく関わって いることが多い。そして、新たな社会的関係のなかで自分の位置を築き直し、自我の再構築を行うの が思春期にはじまる青年期の発達課題となる。それは、さまざまな面で自分との共通点を多くもった 仲間関係の存在が大きな意義をもつと考える。ここでは、仲間関係をくぐっての、自己理解、自己表 現、自己決定について考察する。 なお、今回とりあげた 3 人の事例は、発達年齢的には 4 歳後半から 6 歳台にある。 「可逆操作の高 次化における階層-段階理論」によれば、2 次元可逆操作期から 3 次元形成期にある生徒である。こ の発達段階のもつ意味もふまえて考察を行う。 まず仲間関係について。3 名はよく笑い、よく泣き、 よくけんかをしながら友達と一緒に育ってきた。 A や B は係活動で自分の役割を持っているものの、時間に来られなかったり、切り替えができず人 を待たせてしまい友達に責められることもあった。C は友達に注目が集まってしまうと、注目を引こ うとして、相手にとっていやなことを言ったりし、その結果、A は動きが止まったり、隠れたりもし た。一方で、 「~さんなんか嫌い」といっていたのに、場面が変わると、仲良くなることも多々あった。 そうした、もめたり、仲良くなったりを繰り返し、その場その場で、出来事や思いを整理し、自分の 思いを伝え、相手の思いを聞き取るというやり取りを繰り返すことが学びの場であると考える。ダウ ン症者は社交的と見られがちであるが、相手の思いをくみ取って自分の思いや行動を調整することは 決して上手ではない。3 名は 2 次元可逆操作期から 3 次元形成期にあり、相手の思いと自分の思いを 正面からぶつからせたり、その違いにも気づきながら自分の思いを調整したり反発したりが可能な段 階にある。しかし、それは具体的な共有体験のなかではじめて可能になることである。その意味では、 たとえば劇活動という共通の目的をもった活動のなかで、役をとりあったり、相手と呼吸やタイミン グを合わせたりすることで学んでいくことは大きい。そこでは、自分は「○○がしたい」と要求をつ くっていることが前提となる。一方で、自分に話しかけてくる友達は受け入れているが、自分から関 わっていく関係を作っていくには、時間がかかっていた。3 名は入学後すぐに仲良くなったが、他の 友だちとは、話し言葉でやり取りできる友だちに関わっていくことが多く、コミュニケーションが取 りにくい生徒に対しては、一緒に遊んだり、学習したりするような場の設定が必要であった。 第二に、性教育について。思春期は、性を抜きに語ることはできない。第二次性徴にともなう身体 の変化は、自己の外見や内面をみつめることに結びつく。カナダ・ダウン症協会(2004)は、 「ダウ ン症のすべての人が、性的感情を持ち、また、親密な異性関係を求めている」こと、 「自分の体に満 足してそれを受け入れ起こる変化を理解し、自分に自信を持つことはすべて性に関する肯定的な見方 を育てる大切な要素」であることなどを踏まえ、性教育の必要性を述べている。3 名は、身体の外見 ダウン症者の思春期における教育実践 87 的な変化をとらえることはすぐに可能であったが、内面や、内面的成長に気づくには少し時間がかかっ た。しかし、3 年間の性教育のなかで、1 年生時にはただ楽しんで学ぶ姿から、3 年時になると、顔 を伏せたり、じっと考える様子もみせるようになった。まだまだ行動レベルの理解にとどまっている ことが多いが、自分を肯定的にとらえ、自分を大切にすること、自分の体と心の主人公になるための 知識を学び、意識を高める取り組みを、時間をかけて行うことが大切であるといえる。ただ、行動を 禁止したり、正しい答えを一方的に求めるものではなく、豊かな生活を見据えた内容の吟味が必要で ある。 第三に、自己表現について。3 名とも話し言葉だけでない手紙、ダンス、絵などの表現方法をもつ ことで、自信を持って自分を表現するようになった。劇活動では、衣装をつけ舞台装置の中に立つこ とで、現実の自分とは違う役に応じた動きや話し方を楽しめていた。3 名は演じること自体を楽しみ、 練習する中で自分の役への自信、友達の役(特に先輩)への憧れ、劇が終わった後、自分の役以外の 役を演じる楽しみを味わっていた。劇のテーマに友情や勇気などを取り上げ、台詞やテーマソングの 歌詞に盛り込んだ。また、手紙は学習の支障になることもあったが、手紙で思いを伝えられるという 自信は、彼女たちを大きく支えている。話し言葉でのコミュニケーションがかなりできる生徒たちで はあるが、構音の不明瞭さなど話し言葉だけでは苦手意識ももちやすい。複数の表現手段を保障する ことの大切さをおさえたい。 第四に、自己決定について。A は 3 年間で、一人で行けるところが増え、自信がついた。B は、独 り言が多かったが、だんだん少なくなった。好きなことや楽しかったことが増え、一方でいやなこと もがんばってやったという思いが持てることで、経験に裏打ちされた自信が持ててきたといえる。自 分で選ぶこと、決めることを大切にするためには、自分の意思がもてるような生活づくりと、自分に 対する信頼を築くことが大切でないかと考える。 A、B、C の 3 名は、活動への入りにくさ、時間が来ても止められない、自分のやり方からの修正 が難しい、苦手だと思ったことへのはいりにくさなどがあるが、活動への見通しをあらかじめ持つこ とで 気持ちを切り替えて取り組めることが増えた。1 年目より 2 年目…と繰り返すことで変わってき た。しかし、「できる」「がんばっている」と思っていても、がんばりすぎて後から泣き出すなど不安 定になることもあった。こうした姿をていねいに多面的にとらえ、行きつ戻りつしながら自我を太ら せていく過程を見守り支えることが必要であろう。 <参考文献> 白石恵理子:青年 ・ 成人期の発達保障 一人ひとりが人生の主人公、2002、全障研出版部 小崎大陽・坂本彩・黒田吉孝・白石恵理子・久保容子・栗本葉子:青年期知的障害者における「退行」等の臨床問 題へのライフコース的視点からのアプローチ――青年期ダウン症の「急激退行」の検討を通して、障害者問題 研究、Vol.37、No.2、2009、37 - 49 菅野敦・玉井邦夫・橋本創一編:ダウン症ハンドブック、2005、日本文化科学社 飯沼和三:ダウン症は病気じゃない 正しい理解と保育・療育のために、1996、大月書店 カナダ・ダウン症協会:ダウン症者の思春期と性、2004、同成社 池田由紀恵監修、菅野敦・玉井邦夫・橋本創一編:ダウン症ハンドブック、2005、日本文化科学社 池田由紀恵編:ダウン症児の発達と教育、1992、明治図書
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