船舶の大きさによる許容船間距離の差異 - J

船舶の大きさによる許容船間距離の差異
○渕 真輝(神戸大学大学院海事科学研究科)
臼井 伸之介(大阪大学大学院人間科学研究科)
藤本 昌志(神戸大学大学院海事科学研究科)
広野 康平(神戸大学大学院海事科学研究科)
持田 高徳((独)航海訓練所)
Differences in Allowable Distance between Ships due to Ship’s Specific Type
Masaki FUCHI (Graduate School of Maritime Sciences, Kobe University),
Shinnosuke USUI (Graduate School of Human Sciences , Osaka University),
Shoji FUJIMOTO (Graduate School of Maritime Sciences, Kobe University),
Kouhei HIRONO (Graduate School of Maritime Sciences, Kobe University),
Takanori MOCHIDA (National Institute for Sea Training)
1.はじめに
船舶でも、自動車でも、歩行中の人間であって
も、移動体同士は、その特性に応じた適度な間隔
をあけて移動している。海上交通工学1)や国際
海上交通ルールの解説2)では、目安として船舶
の進路方向に船の長さの12倍(12L:Lは船舶の長
さ)
、左右および後方に4Lの領域に他船を入れな
いようにすることで安全航行が可能であると述べ
ている(図1参照)
。
12L
4L
4L
図1 他船を入れない領域の目安
しかし、上述した数値は狭い水道や港内の観察
調査から、また船舶の操縦性能を基にした目安で
ある。実際の船舶運航現場では他船を入れない領
域を数値で設定し、その基準に達した時点で衝突
回避操船を行っているのではなく、個々の操船者
が状況に応じて判断している。また、国際海上交
通ルールも具体的な数値基準を示しておらず、ど
の程度の船間距離をとるかは個々の操船者の判断
に委ねられている。したがって操船者によって許
容する船間距離が異なることが推察される。
2008年房総半島沖の太平洋上で、海上自衛隊の
イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し
たように、大きさの異なる船舶が衝突するケース
は枚挙にいとまがない。このように許容船間距離
に関する情報が重要であるが、これまで船舶の大
きさによる許容船間距離の差異について調査した
例は少ない。本研究は、大型、中型および小型の
船舶を操船する実務経験者を対象とし質問紙調査
を実施した。
2.調査方法
調査協力者は、大型の船舶の実務経験者として
外国航路船舶の操船者(以後、外航群という)20
人、中型の船舶の実務経験者として国内航路船舶
の操船者(以後、内航群という)10人、小型船舶
の実務経験者として小型漁船の操船者(以後、漁
船群という)20人であった。
外航群が操船する船舶は平均総トン数111,763t、
内航群が操船する船舶は平均総トン数6,270t、漁
船群が操船する船舶は総トン数20t未満の漁船で
あった。調査は直接個別に依頼した。
想定する航海場面と尋ねた船間距離の概要を図
2に示す。
他船
他船
自船
自船
対右船間距離
対左船間距離
図2 想定する航海場面と尋ねた船間距離
他船が針路交差角90度で右から接近する場面で
は、自船が他船の船首方向を横切る際の許容する
船間距離を尋ねた(以後、対右船間距離)
。反対
に左から接近する場面では、他船が自船の船首方
向を横切る際の許容する船間距離を尋ねた(以後、
対左船間距離)
。
対右船間距離と対左船間距離は、自船と他船を
入れ替えた関係となっている。国際海上交通ルー
ルでは、他船を右に見る船舶が衝突を回避しなけ
ればならず(避航船)
、他船を左に見る船舶は針
路速力を保持しなければならない(保持船)
。し
たがって、対右船間距離は他船の前方を横切る場
合、対左船間距離は自船の前方を横切らせる場合
の許容船間距離となる。
想定させた自船は、先行研究3)に準じ、外航群
がコンテナ船(全長280m、総トン数53,000トン、
速力22ノット)
、内航群が神戸大学大学院海事科
学研究科附属練習船深江丸(全長49m、総トン数
450トン、速力11ノット)
、漁船群が全長15mで速
力11ノットの漁船とした。遭遇する他船は自船以
外の上述した船舶とした。よって、外航群、内航
群、漁船群がそれぞれ避航船または保持船となり、
互いに関係する状況を想定させたことになる。
3.結果
結果を表1に示す。全6場面についてそれぞれマ
ン・ホイットニーのU検定を行った。併せて表1に
結果を示す。
表1 各関係での各群の許容船間距離
N
Mean(mile)
SD
U
外航群―内航群
外航群 対右船間距離
内航群 対左船間距離
20
10
1.2
1.3
0.45
0.87
92.5
n.s.
外航群 対左船間距離
内航群 対右船間距離
20
10
1.3
1.7
0.71
1.36
95.5
n.s.
外航群 対右船間距離
漁船群 対左船間距離
20
19
0.8
0.2
0.4
0.37
43.5
p <.01
外航群 対左船間距離
漁船群 対右船間距離
20
20
0.8
0.3
0.54
0.38
75.0
p <.01
内航群 対右船間距離
漁船群 対左船間距離
10
20
0.5
0.2
0.29
0.35
27.0
p <.01
内航群 対左船間距離
漁船群 対右船間距離
10
20
0.5
0.3
0.28
0.35
37.0
p <.01
外航群―漁船群
内航群―漁船群
4.考察・まとめ
外航群が想定する自船の12Lは1.8mile、内航
群が想定する自船の12Lは0.3mile、漁船群が想
定する自船の12Lは0.1mileとなる。外航群と内
航群の関係では、それぞれが許容する船間距離に
有意な差は無く、平均値は1.2~1.7mileであった。
12Lの値と比較すると、外航群は許容する船間距
離を短くし、反対に内航群は許容する船間距離を
長くすることで許容する船間距離が一致している。
このことから互いに配慮していると推察される。
外航群と漁船群、内航群と漁船群が関係する場
面では、外航群および内航群は漁船群よりもいず
れの関係においても許容する船間距離が長い。外
航群および内航群が避航船の場合、すなわち保持
船として行動を制約される側が漁船群である場合
を考えると、外航群および内航群が漁船群の前方
を横切る船間距離は、漁船群が前方を横切らせる
許容船間距離よりも長く、漁船群には葛藤が生じ
ない。反対に、漁船群が避航船の場合、すなわち
保持船として行動を制約される側が外航群および
内航群である場合を考えると、漁船群が外航群お
よび内航群の前方を横切る船間距離は、外航群お
よび内航群が前方を横切らせる許容船間距離より
も短く、外航群および内航群に葛藤を生じさせる。
本調査結果から、船舶の大きさによって許容船
間距離が異なることが示唆された。外航群または
内航群が保持船で漁船が避航船の場合、すなわち、
外国航路船舶または国内航路船舶の左から漁船が
横切り態勢で接近する場合に、外国航路船舶また
は国内航路船舶の操船者に葛藤が生じる可能性を
指摘した。漁船群の許容船間距離が短い背景を探
ること、葛藤を解消するようなハード的ソフト的
解決策を検討することが必要であると考える。
(本研究は科研費(課題番号:21710170)の
助成を受けたものである。
)
参考文献
外航群と内航群が関係する場面では、いずれも
有意な差は見られず、外航群が避航船で内航群が
保持船の場合、および外航群が保持船で内航群が
避航船の場合でも許容する船間距離に差はない。
外航群と漁船群、内航群と漁船群が関係する場
面ではいずれも有意な差が見られ、漁船群よりも
外航群、内航群の方がいずれの関係でも許容する
船間距離が長い結果となった。
1) 藤井 弥平・巻島 勉・原 潔: 海上交通工学,
pp.121-125 , 海文堂,東京,1981.
2) 海上保安庁交通部安全課(監修): 図解 海
上衝突予防法,p.18, 成山堂 ,東京,2008.
3) 渕 真輝・藤本 昌志・臼井 伸之介・広野 康
平:船型経験が避航判断に及ぼす影響, 日本
航 海 学 会 論 文 集 , vol.122, pp.121130 ,2010.