船員教育の現状と改革の動きーフィリピンの動きー 掲 載 誌 ・ 掲 載 年 月 : 日 本 海 事 新 聞 1204 日本海事センター企画研究部 研究員 野村摂雄 序 フ ィ リ ピ ン 人 船 員 は 、世 界 の 海 上 輸 送 に と っ て も 、フ ィ リ ピ ン の 経 済 に と っ ても、さらには日本の商船隊にとっても、格別の存在である。 フ ィ リ ピ ン 海 外 雇 用 庁 ( POEA) に よ れ ば 、 約 34 万 人 ( 2010 年 ) の フ ィ リ ピ ン 人 船 員 が 海 外 船 社 の 下 で 働 い て い る 。 今 日 、 世 界 で は お よ そ 150 万 人 の 船 員 が 働 い て い る と さ れ て い る こ と か ら す る と 、4.4 人 に 1 人 が フ ィ リ ピ ン 人 船 員 で あ る 。こ れ ら フ ィ リ ピ ン 人 船 員 に よ る 2010 年 の 本 国 へ の 送 金 額 は 、38 億 ド ル ( 2010 年 ) を 超 え ( 表 1 参 照 )、 同 国 の GDP( 同 年 1,996 億 ド ル ) の 1.9%に 相 当 す る 。 【 表 1: フ ィ リ ピ ン 人 船 員 に よ る 本 国 へ の 送 金 国 及 び 額 ( 2010 年 、 上 位 5 ヵ 国 と 世 界 合 計 )】 (単位:千米ドル) 1位 米国 2位 ノルウェー 322,556 3位 日本 310,707 4位 英国 263,114 5位 ドイツ 232,566 世界合計 1,935,109 3,806,108 出 典 : POEA 統 計 1 ま た 、 日 本 商 船 隊 ( IBF 協 約 適 用 船 舶 2,331 隻 ) に つ い て 見 れ ば 、 507 人 の 日 本 人 船 員 に 対 し 、 36,004 人 の フ ィ リ ピ ン 人 船 員 が 乗 り 組 ん で お り ( 表 2 参 照 )、 4 人 に 3 人 が フ ィ リ ピ ン 人 船 員 と い う 状 況 に あ る 。 【 表 2:日 本 商 船 隊( IBF 協 約 適 用 船 舶 )国 籍 別 乗 組 員 割 合( 2012 年 4 月 1 日 時 点 )】 乗 組 員 数 (人 ) シェ ア( %) 36,004 74.8 イン ド 3,740 7.8 中国 2,075 4.3 ミャン マー 1,936 4.0 韓国 1,003 2.1 ベトナム 839 1.7 日本 507 1.1 2,024 4.2 48,128 人 100.0% フィリピ ン そ の他 合計 出典:国際船員労務協会統計 し か し な が ら 、 フ ィ リ ピ ン の 船 員 教 育 に 関 し て は 、 欧 州 連 合 ( EU) が 欧 州 海 事 安 全 庁 ( European Maritime Safety Agency) の 現 地 調 査 に 基 づ き 、( 1) 船員教育施設の設備が整っていないこと、 ( 2)設 備 が 技 能 習 得 の た め に 適 切 に 使用されていないこと、 ( 3)教 育 環 境 が 安 全 性 確 保 の 面 な ど で 十 分 で な い こ と を指摘するなど、十分でない面が見られる。 本 稿 で は 、本 年 1 月 の 当 セ ン タ ー の 現 地 調 査 を 踏 ま え 、フ ィ リ ピ ン の 船 員 教 育 制 度 の 現 状 と 改 革 の 動 き に つ い て 紹 介 す る 。 要 点 を 先 取 り し て 言 え ば 、( 1) 一 般 の 初 等 ・ 中 等 教 育 機 関 が 日 本 の 12 年 に 対 し て 10 年 で あ る こ と 、( 2) 船 員教育機関に関わる行政機関が輻輳していること、 ( 3)商 船 大 学 生 の 実 習 機 会 2 が限られていること、 ( 4)商 船 大 学 の 卒 業 生 の レ ベ ル が 区 々 で あ る こ と 、な ど の現状に対して改革が模索されているのである。 1.初等・中等教育 フィリピンでは、基本的に 6 歳から始まる初等教育 6 年間及び中等教育 4 年 間 か ら 成 る 「 6-4 制 」 で 、 初 等 教 育 の み が 義 務 教 育 と さ れ て い る 。 中 等 教 育 を 修 了 す れ ば 、 高 等 教 育 を 行 う 大 学 ( 4~ 5 年 間 ) や 職 業 技 術 訓 練 を 行 う 専 修 学 校 ( 1~ 2 年 間 ) に 進 学 す る こ と が で き る 。 日 本 と 比 べ る と 、 初 等 ・ 中 等 教 育の期間が 2 年間短いことが特徴である。 2011 年 、 フ ィ リ ピ ン 政 府 は 、 海 外 雇 用 主 に よ る フ ィ リ ピ ン 人 労 働 者 に 対 す る 評 価 を 高 め る こ と を 狙 い と し て 、初 等 教 育 の 前 年 に 1 年 間 及 び 中 等 教 育 修 了 後 に 2 年 間 の 学 校 教 育 を 追 加 す る 方 針 を 打 ち 出 し た 。特 に 前 者 は「 5 歳 児 を 対 象 と し た 義 務 教 育 と し て 、フ ィ リ ピ ン 人 の 学 力 レ ベ ル を 底 上 げ す る 画 期 的 な 取 り 組 み で あ る 」と 政 府 は 主 張 し て い る 。し か し 、こ の 方 針 は 、全 土 で 実 施 す る ための予算や学校側の準備が整っていないとして教員組合が猛反発している こともあって、今後、順調に導入されるかは予断を許さない状況にある。 2.船員教育等に関わる行政機関(図 1 参照) フィリピンの学校教育のうち、初等教育及び中等教育については教育省 ( Department of Education)、 商 船 大 学 ・ 総 合 大 学 な ど の 高 等 教 育 に つ い て は 大 統 領 府 直 属 の 高 等 教 育 委 員 会( Commission on Higher Education)、専 修 学 校 な ど の 職 業 技 術 訓 練 に つ い て は 労 働 雇 用 省 ( Department of Labor and Employment ) の 技 術 教 育 技 能 開 発 庁 ( Technical Education and Skills Development Authority) が そ れ ぞ れ 所 管 し 、 監 督 を 行 っ て い る 。 3 【 図 1: フ ィ リ ピ ン の 主 た る 船 員 教 育 関 係 行 政 機 関 】 高 等 教 育 委 員 会 は 、 商 船 大 学 と し て 、 フ ィ リ ピ ン 国 立 商 船 大 学 ( Philippine Merchant Marine Academy、 以 下 PMMA) な ど 国 公 立 11 校 、 ア ジ ア ・ 太 平 洋 海 事 大 学( Maritime Academy of Asia and the Pacific、以 下 MAAP)、日 本 郵 船 が 現 地 の パ ー ト ナ ー と 共 同 運 営 す る NYK-TDG MARITIME ACADEMY ( 以 下 NTMA)な ど 私 立 87 校 の 計 98 校 を 認 定 し て い る( 2011 年 7 月 時 点 )。 技 術 教 育 技 能 開 発 庁( TESDA)は 、部 員 を 養 成 す る た め の 専 修 学 校( 2 年 制 ) と し て 71 校 を 認 定 し て い る ( 2011 年 7 月 時 点 )。 海 事 訓 練 評 議 会 ( Maritime Training Council) は 、 STCW 条 約 ( 1978 年 の 船 員 の 訓 練 及 び 資 格 証 明 並 び に 当 直 の 基 準 に 関 す る 国 際 条 約 )を 満 た す 船 員 教 育 訓 練 機 関 と し て 、 先 に 述 べ た 商 船 大 学 の 一 部 を 含 む 84 校 を 認 定 し て い る ( 2011 年 7 月 時 点 )。 4 な お 、船 員 に 関 す る 行 政 が 図 1 の よ う に い く つ か の 機 関 に 複 雑 に ま た が っ て い る こ と を 、欧 州 海 事 安 全 庁 は 問 題 視 し 、フ ィ リ ピ ン 政 府 は 目 下 、再 編 を 検 討 中という。 3.船員教育制度 フ ィ リ ピ ン の 船 員 教 育 は 、中 等 教 育 修 了 後 に 始 ま る 。船 舶 職 員 を 養 成 す る た め の 教 育 は 、 商 船 大 学 で 行 わ れ て い る ( 図 2 参 照 )。 【 図 2: フ ィ リ ピ ン の 船 員 教 育 モ デ ル と 受 験 資 格 】 商 船 大 学 で は 、 航 海 士 に な る た め の 海 上 輸 送 学 士 ( Bachelor of Science in Marine Transportation, 以 下 BSMT) 又 は 機 関 士 に な る た め の 船 舶 工 学 学 士 ( Bachelor of Science in Marine Engineering, 以 下 BSMarE) の 学 位 を 取 得 す る こ と が 可 能 で あ る 。高 等 教 育 委 員 会 は 、両 学 位 認 定 の 要 件 と し て 、1 年 間 の 乗 船 実 習 を 規 定 し て い る(「 海 事 教 育 の た め の 方 針 、基 準 及 び ガ イ ド ラ イ ン 」 5 ( 2005 年 改 訂 版 ) 第 11 条 )。 こ れ ら 学 位 を 有 し て い れ ば 、 船 舶 職 員 試 験 ( 後 述 の OIC-EW 及 び OIC-NW) を 受 験 す る こ と が で き る 。 し か し 、ほ と ん ど の 商 船 大 学 は 、練 習 船 を 有 し て い な い た め 、乗 船 実 習 先 は 学 生 が 自 ら 確 保 し な け れ ば な ら ず 、学 位 取 得 の 制 約 と な っ て い る 。BSMT 又 は BSMarE の 学 位 を 保 有 し な い 学 生 は 、 技 術 教 育 技 能 開 発 庁 ( TESDA) が 資 格 証 明 を 行 う「 一 般 目 的 部 員( General Purpose Rating)」、 「 通 常 海 員( Ordinary Seaman)」 又 は 「 熟 練 海 員 ( Able-Bodied Seaman)」 の い ず れ か と し て 3 年 間 の 乗 船 勤 務 を 行 え ば 、受 験 資 格 を 得 る こ と が で き る 。ま た 、一 般 目 的 部 員 等 の 資 格 に つ い て は 、2 年 制 の 専 修 学 校 を 修 了 す る こ と に よ り 取 得 す る こ と も 可 能である。 以 上 が 基 本 と な る フ ィ リ ピ ン の 船 員 教 育 で あ る が 、 2006 年 に 、 世 界 的 に 船 舶 職 員 不 足 が 見 込 ま れ た こ と 、ま た 、フ ィ リ ピ ン 国 内 で は 一 般 大 学 工 学 部 の 卒 業 生 の 失 業 が 増 加 し た こ と な ど を 背 景 と し て 、ブ リ ッ ジ プ ロ グ ラ ム が 導 入 さ れ ている。 ブ リ ッ ジ プ ロ グ ラ ム は 、一 般 の 大 学 で 電 子 工 学 又 は 機 械 工 学 の 学 士 を 得 た 者 を 対 象 と し 、高 等 教 育 委 員 会 の 認 定 を 受 け た 教 育 機 関 に よ っ て 提 供 さ れ る 。電 子 工 学 士 に は 1 年 間 、機 械 工 学 士 に は 6 か 月 間 の プ ロ グ ラ ム で あ り 、プ ロ グ ラ ム 受 講 生 は 、プ ロ グ ラ ム の 受 講 前 に 2 年 間 又 は 受 講 後 に 6 か 月 間 の 乗 船 勤 務 を 経ることで、機関士試験の受験資格を得る。 川 崎 汽 船 で は 、 本 プ ロ グ ラ ム が 導 入 さ れ た 2006 年 か ら 、 国 立 ビ サ イ ヤ ス 工 科 大 学 と 提 携 し て 、そ の 優 秀 な 卒 業 生 を 選 抜 し 、予 め 自 社 の 研 修 セ ン タ ー で 導 入 教 育 を 施 す な ど の 取 り 組 み を 行 い 、 2011 年 ま で に 100 人 以 上 の 機 関 士 を 養 成している。 な お 、先 に も 述 べ た よ う に 、商 船 大 学 の 学 生 が 乗 船 実 習 先 を 見 つ け ら れ ず に 大 学 中 退 を 余 儀 な く さ れ る こ と は 、国 内 外 か ら 船 員 教 育 の 大 き な 問 題 の 一 つ と し て 指 摘 さ れ て い る 。海 外 船 主 の た め に フ ィ リ ピ ン 人 船 員 の 配 乗 を 行 う 国 内 の 6 業 界 団 体 は 、 す べ て の 商 船 大 学 が 少 な く と も 1 学 年 の 25% の 学 生 の た め の 乗 船実習先を用意することを約束させるよう高等教育委員会に対して提案して いる。 こ れ ら を 受 け て 高 等 教 育 委 員 会 は 、2012 年 1 月 26 日 に「 BSMT 及 び BSMarE の 乗 船 実 習 に 関 す る 実 施 ガ イ ド ラ イ ン 」を 作 成・公 表 し た 。同 ガ イ ド ラ イ ン は 、 商 船 大 学 で の 1 年 間 の 乗 船 実 習 を 含 む 4 年 間 の 学 習 に 代 え て 、3 年 間 の 大 学 で の学習と 3 年間の乗船勤務とで学位を取得することも認めることとしている。 ま た 、商 船 大 学 に 対 し て は 、自 ら 練 習 船 を 用 意 す る か 、若 し く は 海 運 会 社 と 連 携 し て 乗 船 実 習 先 を 確 保 す る か 、い ず れ か に よ り 学 生 に 対 し て 乗 船 実 習 の 機 会 を 与 え る こ と を 求 め て い る 。 同 ガ イ ド ラ イ ン は 、 2012 年 6 月 か ら の 実 施 予 定 とされており、商船大学は相当の努力が求められている。 4.船員教育改善の試み 商 船 大 学 を 卒 業 し た 者 が 最 初 に 受 け る 船 舶 職 員 資 格 の Officer-In-Charge of a Navigational Watch Licensure Examination ( 以 下 OIC-NW ) 及 び Officer-In-Charge of an Engineering Watch Licensure Examination( 以 下 OIC-EW)試 験( PRC が 実 施 す る 口 述 試 験 )の 合 格 率 は 、50%前 後 と 言 わ れ て い る( な お 、直 近 の 合 格 率 は 、OIC-NW( 2012 年 3 月 実 施 )が 52.1%、OIC-EW ( 2012 年 1 月 実 施 )が 61.7%)。ま た 、大 学 に よ っ て ば ら つ き が 大 き く 、さ ら に 、二 度 目 以 降 の 受 験 で あ っ て も 合 格 で き な い 卒 業 生 を 出 し て い る 大 学 も 多 く ある。 こ う し た 現 状 に 対 す る 取 り 組 み と し て 、日 本 の 海 運 会 社 で は 、例 え ば 日 本 郵 船 は 2007 年 に 商 船 大 学 ( NTMA) そ の も の を 設 立 し 、 優 秀 な 教 員 を 確 保 す る く も ん とともに、 公文 式の学習方法を導入するなど、基礎教育を充実させた船員教 育 を 提 供 し て い る 。商 船 三 井 で は 、7 つ の 商 船 大 学 と 提 携 し 、産 学 リ ン ケ ー ジ プ ロ グ ラ ム ( ”Academe-Industry Linkage Program”) に 基 づ き 教 員 の 研 修 な 7 ど の サ ポ ー ト を 通 じ た カ リ キ ュ ラ ム の 充 実 支 援 を 行 い 、3 年 次 の 奨 学 生 に は 自 社 の 施 設 で 1 年 間 教 育 し 、こ れ を 大 学 で の 単 位 と し て 認 め て も ら う な ど 教 育 レ ベルの底上げを図っている。 こ の よ う な 個 々 の 会 社 や 大 学 と し て の 取 り 組 み に 加 え 、業 界 を 挙 げ て の も の と し て 注 目 さ れ る の は 2005 年 に 開 始 さ れ た MSAP ( Maritime School Assessment Program) で あ る 。 MSAPは 、 フ ィ リ ピ ン ・ 日 本 船 員 配 乗 代 理 店 協 会 ( PJMCC: The Philippine-Japan Manning Consultative Council) の ほ か 4 団 体 i で 構 成 さ れ る JMG( The Joint Manning Group) が 、 全 国 の 商 船 大 学 の BSMT及 び BSMarE課 程 に あ る 2 年 生 を 対 象 と し て 毎 年 2 月 に 行 う 試 験 で ある。 英 語 及 び 数 学 並 び に 基 礎 的 専 門 知 識 を 科 目 と す る MSAP は 、 学 生 の 試 験 結 果 を 以 て 、当 該 学 生 の 属 す る 大 学 に お け る 教 育 の 質 を 可 視 化 し 、個 々 の 大 学 に お け る 船 員 教 育 の 強 み・弱 み( 改 善 す べ き 点 )を 明 ら か に す る こ と が 目 的 で あ る。 高 等 教 育 委 員 会 は 、各 大 学 に 対 し MSAP へ 参 加 す る よ う 積 極 的 に 働 き か け 、 他 方 、業 界 サ イ ド で は 、MSAP の 上 位 合 格 者 に 対 し 乗 船 実 習 の 機 会 を 付 与 す る 特 典 を 用 意 し て い る 。こ う し た 取 り 組 み に よ り 、MSAP に 参 加 す る 大 学 は 当 初 は 17 校( 2005 年 )で あ っ た が 、年 々 増 加 し 、2012 年 に は 81 校 が 参 加 し て い る。 MSAP の 結 果 は 、大 学 に 通 知 さ れ 、受 験 生 に 伝 え ら れ る と と も に 、各 大 学 の 船 員 教 育 の 改 善 に 向 け 、 活 用 さ れ る こ と が 期 待 さ れ て い る 。 2011 年 の MSAP の 結 果 に つ い て 見 る と 、85 校 の 学 生 16,719 名( 航 海 科 9,695 名 、機 関 科 7,024 名 ) が 受 験 し 、 合 格 率 ( 正 答 率 50%以 上 が 合 格 ) は 22.9%で あ っ た 。 The Filipino Association for Mariners’ Employment、 The Filipino Shipowners’ Association、 International Maritime Association of the Philippines、 Philippine Association of Manning Agencies and Shipmanagers, Inc. i 8
© Copyright 2024 Paperzz