河川における微量化学物質の実態と評価

河川における微量化学物質の実態と評価
- 内分泌かく乱物質について 独立行政法人土木研究所
水環境研究グループ 水質チーム
鈴木穣
研究の背景
■英国(1980年代前半)において、下水処理水放流先河川で
野生ローチに雌雄同体(精巣に卵母細胞をもつ個体)の発見
ローチ
正常な精巣組織
精巣卵
■英国の主要な河川において野生ローチの捕獲調査
→下水処理場下流側で上流側よりも雌雄同体のローチが多い
・下水処理水中の女性ホルモン(エストロゲン)が影響を与えている可能性
・ノニルフェノールなどの化学物質の影響も考えられる
ノニルフェノール (NP)
エストロゲン
OH
CH3
好気的酸化
O
CH3
C9H19
HO
17β-エストラジオール
(E2)
・最も強力な発情作用
・動物から排出
OH
HO
エストロン
(E1)
・活性はやや低い
・動物の尿中に多く存在
・工業用洗剤の成分
■日本の河川における調査(国土交通省:平成10年~)
→河川水中から内分泌かく乱物質の検出
→2~3割程度の雄コイに血中ビテロゲニン*濃度の上昇確認
(*:肝臓で生成される雌特異的な卵黄タンパク前駆物質; 雄の雌化指標)
→両者間には有意な相関関係は認めらなかった
■日本の下水道における調査(国土交通省:平成10年~)
→下水処理場における内分泌かく乱物質の除去特性の把握
・ほとんどの内分泌かく乱物質について除去率が高い
・エストロゲンについては下水処理場によって除去率が異なる
エストロン (E1)
ノニルフェノール(NP)
0.1
エストロン<LC/MS/MS>
ノニルフェノール
0%
30
20
70%
10
0%
0%
0.08
処理水(μg/L)
処理水(μg/L)
40
処理水(μg/L)
50
17β-エストラジオール(E2)
0.0317β-エストラジオール<LC/MS/MS>
0.06
0.04
70%
0.02
0.01
70%
0.02
90%
0
10
20
30
40
流入下水(μg/L)
90%
90%
0
50
0
0
0
0.02 0.04 0.06 0.08
流 入下水(μg/L)
0.1
0
0.01
0.02
流入下水(μg/L)
0.03
内分泌かく乱物質に関する検討内容
1.水環境等における実態
(1)河川・下水道における実態
(2)エストロゲン様活性に寄与する物質
(3)流域負荷の湖沼底泥への影響
2.魚類影響
(1)エストロゲンのメダカへの影響
(2)河川水および下水処理水の評価
(3)エストロゲン様活性と魚類影響
3.下水処理場における挙動と制御方法
(1)エストロゲン類の下水処理場での挙動
(2)エストロゲン類の制御方法
4.日英間における魚類影響の差異に関する考察
1.水環境等における実態および挙動の把握
(1)河川・下水道における実態
①検討方法
エストロゲン様活性の測定
エストロゲン受容体にエストロゲン様物質が結合すると、その結合レベルに
応じてβ-ガラクトシダーゼが生成され、その濃度に応じて発色反応を呈する
酵母
hER
エストロゲン様物質
6日間
(28℃)
静地培養
ヒトエストロゲン受容体遺伝子
エストロゲン
ERE
β-Gal
mRNA
赤色
CPR
lacZ
黄色
CPRG
β-Gal
(Sumpter株)
活性値は、
E2等量濃度
(ng-E2/L)
として表示
②検討結果
河川水、下水、下水放流水のエストロゲン様活性の実態
・全国の60下水処理場、 94水系132地点のエストロゲン様活性を測定
・河川水に比べて下水放流水のエストロゲン様活性が、102倍ほど高い
・流入下水よりも下水処理放流水のエストロゲン様活性は低減
累積度数
(%)
しかし、処理方法や運転条件により低減率が大きく変化している可能性
100%
河川水
90%
流入下水
80%
放流水
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
0.01
0.1
1
10
エストロゲン様活性
100
1000
10000
ng-E2/L
河川水、下水、下水放流水のエストロゲン様活性の分布
(2)エストロゲン様活性に寄与する物質
①検討方法
遺伝子組み換え酵母法によるエストロゲン様活性(ng-E2/L)と
機器分析によるエストロゲン様物質濃度のE2換算濃度を比較
・各物質のE2換算濃度は、各物質濃度に比活性値を乗じて求めた
表-1 各物質の E2 に対する比活性値
物質
略号
比活性値
17β-エストラジオール
E2
1.0
エストロン
E1
0.3
ノニルフェノール
NP
0.001
②検討結果
比活性値を用いた下水処理水中エストロゲン様活性への
寄与物質の算定
・E1、E2、NPがエストロゲン様活性の主要な部分を占める
エストロゲン様活性
・E1の寄与率が最も大きい
(ng-E2活性等量
100
/L)
80
60
下水処理水
YES
NP
E2
E1
40
20
0
2 19 17 9 18 3 12 10 23 14 25 21 1 20 15 24 4 16 5
6 13 11 8 22 7
下水処理水のエストロゲン様活性(YES)に対する
NP, E2, E1の寄与率
(3)流域負荷の湖沼底泥への影響
①検討方法 手賀沼底泥についてエストロゲン類やNP類の鉛直分布測
定と年代測定を実施
②検討結果 エストロゲンはエストロン(E1)が蓄積; 増加と減少
ノニルフェノール類はNPとNPEOの形態で存在
Nonylphenol(NP)
Estrogen(E1,E2)
(μg/kg-dry )
( μg/kg-dry )
0
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
Depth(cm)
Nonylphenol
Ethoxylate,Nonylphenoxy
Carboxylic Axid
200
400
( μg/kg-dry )
600
0
0
0
0
10
10
10
20
20
20
30
30
30
40
40
40
50
50
50
60
60
60
70
70
80
80
80
90
90
90
70
E1
E2
200
400
600
800
NPEO
NPEC
底泥への蓄積状況は、流域の社会構造・活動を反映
Estrogen(E1,E2)
(μg/kg-dry )
( μg/kg-dry )
0
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
Depth(cm)
Nonylphenol
Ethoxylate,Nonylphenoxy
Carboxylic Axid
Nonylphenol(NP)
200
400
( μg/kg-dry )
600
0
0
0
0
10
10
10
20
20
20
30
30
30
40
40
40
50
50
50
60
60
60
70
70
80
80
90
90
70
80
90
E1
E2
200
400
600
Pb210による年代推定
800
1995年
③
1982年
1964年
②
①
NPEO
NPEC
利 根
大堀川
① 1965年頃からの急激な人口増加
(約30万人→1990年:約120万人)
②手賀沼に流入する下水処理水、浄化槽処理水
の増加
③流域下水道建設による排水のバイパス
大津川
T
T
内分泌かく乱物質に関する検討内容
1.水環境等における実態
(1)河川・下水道における実態
(2)エストロゲン様活性に寄与する物質
(3)流域負荷の湖沼底泥への影響
2.魚類影響
(1)エストロゲンのメダカへの影響
(2)河川水および下水処理水の評価
(3)エストロゲン様活性と魚類影響
3.下水処理場における挙動と制御方法
(1)エストロゲン類の下水処理場での挙動
(2)エストロゲン類の制御方法
4.日英間における魚類影響の差異に関する考察
2.魚類影響
既存の研究
実下水処理場で、コイ成魚に対する曝露試験を実施
・下水二次処理水への暴露により、ビテロゲニンの生産を確認
・しかし、再現性が低く、試料中のエストロゲン様活性の他に、
コイの生殖周期などが大きく寄与している可能性
↓
雄ヒメダカを用いた影響試験
(1)エストロゲンのメダカへの影響
①検討方法
E2, E1を被験物質とした曝露試験とビテロゲニン測定
・曝露方式: 流水式
・設定濃度: 5.0、12.6、31.6、79.5、200ng/L
・供試魚: 月齢約5か月のヒメダカ成魚の雄
・供試個体数: 試験区あたり60個体
・飼育水温: 24±1℃
・照明: 16時間明/8時間暗
②検討結果
E1の曝露濃度における肝臓中のビテロゲニン濃度
・31.6ng/L以上の濃度では、曝露時間に依存してビテロゲニンが増加
・2週間曝露でビテロゲニン濃度は定常となる傾向
Vitellogenin conc. (ng/mg-liver)
100000
S.Control
12.6ng/L
79.5ng/L
10000
5ng/L
31.6ng/L
200ng/L
1000
100
10
1
0.1
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
Exposure days
E1曝露による肝臓中ビテロゲニン濃度の経時変化
14
(2)河川水および下水処理水の評価
①検討方法
現場設置型の魚類曝露試験装置を考案・作製
第1槽:浮遊物質除去、流量調節
第2槽:水温調節(25℃)
第3槽:魚類曝露
日長条件・給餌の調節
現場型メダカ曝露試験水槽
河川水質自動監視所に魚類曝露試験装置を設置して
曝露試験を実施
・試験河川:
・試験地点:
拝島橋
日野橋
石原
代表的な都市河川である多摩川
3地点
最上流
3箇所の下水処理場の下流
8箇所の下水処理場の下流
多摩川調査地点位置図
下水処理場に魚類曝露試験装置を設置し、メダカを二次処理水
と放流水(砂ろ過水)に曝露
流
入
最初沈殿池
最終沈殿池
ばっき槽
砂ろ過
放
流
P
二次処理水 放流水
②検討結果
河川水曝露
・エストロゲン様活性が20ng/L-E2程度と高かった最下流の1ケース1地点
で、ビテロゲニン生成を観察
下水処理水曝露
・処理条件や処理トラブルにより、エストロゲン様活性は大きく変動
・高いエストロゲン様活性の後に、ビテロゲニン生成の傾向
40
ビテロジェニン
エストロゲン活性
40
30
30
19.1
20
20
11.3
10
10
雄メダカVTG平均値 (ng/mg-liver)
エストロゲン活性 (ng/L-E2)
50
0
0
試験開始
第1週
第2週
第4週
河川水のエストロゲン様活性とメダカの肝臓ビテロゲニン生成状況
(3)エストロゲン様活性と魚類影響
・エストロゲン様活性が
10ng/L-E2を超えると、顕著
にビテロゲニン濃度が上昇
・この傾向は、E1(活性値は
E2の約0.3)曝露により観
察されたビテロゲニン生成
の傾向とほぼ一致
10000
ビテロゲニン濃度(ng/mg-liver)
河川水および下水処理
水のエストロゲン様活性
とメダカのビテロゲニン
濃度との関係
1000
100
10
1
0
0
1
10
100
エストロゲン様活性(ng-E2/L)
(◇:下水処理水曝露試験 ■:河川水曝露試験
試料水のエストロゲン様活性とメダカビテロゲニン
濃度との関係
内分泌かく乱物質に関する検討内容
1.水環境等における実態
(1)河川・下水道における実態
(2)エストロゲン様活性に寄与する物質
(3)流域負荷の湖沼底泥への影響
2.魚類影響
(1)エストロゲンのメダカへの影響
(2)河川水および下水処理水の評価
(3)エストロゲン様活性と魚類影響
3.下水処理場における挙動と制御方法
(1)エストロゲン類の下水処理場での挙動
(2)エストロゲン類の制御方法
4.日英間における魚類影響の差異に関する考察
3.下水処理場における挙動と制御方法
(1)エストロゲン類の下水処理場における挙動
1)下水処理場におけるエストロゲン類の濃度の実態 (20下水処理場)
10000
1000
最大値
75%値
10
25%値
最小値
1
E2
E1
E1-3S
0.1
E2-3,17diS
100
E2-3S
エストロゲン濃度 (ng/l)
・E2濃度は大きく削減
・二次処理水中のE1は、流入下水よりも高い場合がある。
・硫酸抱合体は、二次処理水中に残存している。
流入下水
二次処理
水
2)下水処理場におけるエストロゲン様活性の挙動調査
冬季に、硝化抑制のため酸素供給量を制限する処理場において
・エストロゲン様活性が生物処理工程で増加する傾向
冬季調査
500 mg-E2/day
返流水
44
1140 1450
A
返送汚泥
D
976 mg-E2/day
1048
返流水
440
1036
739 mg-E2/day
C
B
引抜汚泥
36
夏季調査
1355
1895
A
引抜汚泥
886
459
339 mg-E2/day
C
D
B
返送汚泥
1462
溶解性
懸濁性
下水処理工程におけるエストロゲン様活性のマスバランス調査結果
A:最初沈殿池 B:曝気槽
C:最終沈殿池
D:塩素接触槽
(2)エストロゲン類の制御方法
・エストロゲンの分解が進行する条件?
CH3 OH
好気分解
CH3 O
HO
HO
17β-エストラジオール
(E2)
エストロン
(E1)
・不活性化したエストロゲン抱合体の挙動?
CH3 OH
O
S O
O O
17β-Estradiol 3-Sulfate
(E2-S)
Conjugate(抱合体)の一例
好気分解
1)固形物滞留時間 (SRT)制御によるE1除去
活性汚泥法におけるE1フロー
SRT 8.3 8.3d
SRT:
0.134
0.044
Sludge removal
Final settling tank
0.026
Reactor 2
0.029
Reactor 1
Primary settling tank
0.028
0.044
-SRTは、活性汚泥処理プロ
セス内に微生物が留まる時
間を示す
Effluent
0.006
-SRTは、活性汚泥法の重要
な運転条件
0.001
SRT 10 10d
SRT:
0.010
Final settling tank
Sludge removal
0.001
0.040
Reactor 2
0.031
Reactor 1
Primary settling tank
0.031
0.037
0.097
0.040
Effluent
0.009
-SRTが長いと、活性汚泥法
におけるE1フローを減少さ
せることができる
SRT 12.5
SRT:
12.5d
0.024
0.006
Sludge removal
Final settling tank
0.012
Reactor 2
0.030
Reactor 1
Primary settling tank
0.029
0.006
0.000
Effluent
N.D.
E1 in Sludge
E1 in Water
2)溶存酸素(DO)濃度 制御によるE1除去
-ほとんどの下水処理場では
敷地面積に制限がある
-SRTが短い処理場でも、DO
濃度を高めることで、処理
水中E1濃度を低減すること
ができる
下水処理水中E1濃度に対する生物反応槽
DO濃度の影響 (SRT=7日)
30
流入濃度範囲
E1 concentration n
[ g/L]
-長いSRTを確保するために
は、生物反応槽の容量を大
きく取る必要があり、処理場
の敷地面積が大きくなる
20
硝化抑制
10
硝化促進
0
0
1
2
3
4
5
DO concentration [mg/L]
3)微生物担体 を用いた制御方法
-活性汚泥処理後に微生物担体を用いた処理法(滞留時間:2時間)を追加
-E1濃度をほとんど検出限界以下に低減することができる
-メダカ曝露試験により、担体処理水は魚類に雌性化影響を与えないことを
確認
100%
二次
処理水
活性汚泥処理
担体
処理水
75%
累積頻度
流入
下水
50%
25%
0%
担体処理 急速
反応槽 砂ろ過
0.1
10
1
E1 [ ng・l -1 ]
100
担体処理水
下水処理水
予測無影響濃度(PNEC)
エストロン濃度の累積頻度
内分泌かく乱物質に関する検討内容
1.水環境等における実態
(1)河川・下水道における実態
(2)エストロゲン様活性に寄与する物質
(3)流域負荷の湖沼底泥への影響
2.魚類影響
(1)エストロゲンのメダカへの影響
(2)河川水および下水処理水の評価
(3)エストロゲン様活性と魚類影響
3.下水処理場における挙動と制御方法
(1)エストロゲン類の下水処理場での挙動
(2)エストロゲン類の制御方法
4.日英間における魚類影響の差異に関する考察
4.日英間における魚類影響の差異に関する考察
下水処理水放流先河川に
おける魚類の精巣卵
日本
英国
あまり見られない
一般的に見られる
下水処理法の性能
(中規模以上)
経口避妊薬の使用割合
下水処理水中の合成女性
ホルモン濃度
差異なし
0.6%
11%
検出限界以下
1ng/Lほど
・合成女性ホルモンの魚類雌性化影響は、E2の10倍程度
・日本における社会状況の変化に注意する必要がある
おわりに
・河川水、下水処理水のエストロゲン様活性に寄与する主要な
物質は、女性ホルモンのエストロン、次いで17β-エストラジ
オール
・湖沼底泥のエストロゲン様物質の蓄積状況は、過去の流域の
社会活動が反映されたものであると推察
・河川水・下水処理水をメダカに曝露させた場合、エストロゲン
様活性が10ng-E2/Lを超えると、ビテロゲニン濃度が顕著に
増加
・下水処理過程におけるエストロゲンの除去には、固形物滞留
時間(SRT)、溶存酸素(DO)濃度が影響し、微生物担体も効
果的
・下水処理水中の経口避妊薬の魚類影響について注意が必要