SMBGは、2型糖尿病患者の寿命の延長に関連がある

Special Edition on ROSSO Study
February 2006
SMBGは、2型糖尿病患者の寿命の延長に関連がある
2005年9月アテネで開催された欧州糖尿病学会議
( E A S D : European Association for the Study of
Diabetes)で報告され、Diabetologia 誌に発表された
ROSSO Study(2006年 Martinら)の結論
歴史的に、血糖自己測定(SMBG:self-monitoring of
blood glucose)に関連するエビデンスは乏しく、あってもそ
の質は劣等なものであった。しかし、新たに確立されたエ
ビデンス(表1)はSMBGの効果を明確に物語っている。3
つのメタアナリシス(2005年 Sarolら、2005年 Welsch
enら、2005年 Welschenら)および国際的コンセンサス
会議(2005年Bergenstalら)が出した結論は全てSMBG
が2型糖尿病患者にとって有益なものであるという国際的
なコンセンサスを支持するものであった。[国際糖尿病連合
(IDF:International Diabetes Federation)ガイドライン;
http://www.idf.org/home/index.cfm?unode=B7462CCB3A4C-472C-80E4-710074D74AD3参照]:
“SMBGは、自己管理教育における不可欠な要素として、
新たに2型糖尿病と診断されたすべての患者が利用でき
るようにしておく必要がある。”(IDF Global Guideline,
2005, 標準的ケア)
最近発表されたROSSO(Retrolective Study SelfMonitoring of Blood Glucose and Outcome in People with
Type 2 Diabetes)Studyの結果も、この一連のエビデンス
を支持している。この研究では、定期的に血糖の自己測
定を行っている2型糖尿病患者の合併症発症、死亡が、
行っていない患者と比較し、著しく低いことも明らかになっ
ている。
(図1)
SMBG実施群においては合併症の発症と死亡が抑制されている
従来の研究とは異なり、ROSSOはエンドポイントとして
HbA1c値ではなく、死亡と合併症発症を用いた初めての
研究である。SMBGを実施している患者は、実施していな
い患者と比較して、合併症発症が32%、死亡は51%低い
という結果が得られた。(潜在的介入要因補正後:図1参
照)インスリン治療を受けていない患者にも、SMBG実施
によるリスクの減少が認められ、SMBG実施患者で合併
症発症が28%、死亡は42%低くなっている。(潜在的介
入要因補正後:図2参照)
このドイツの複数の医療機関で実施された後ろ向きコホー
ト研究は、1995年から1999年までの間に2型糖尿病と診
断された3,268名の患者を対象に平均6.5年、つまり延
べ20,000年に及び追跡し、データ解析を行ったものであ
る。
ROSSO Studyの結果は、SMBGの効果を支持する新
たなエビデンスに重要な追加となるものである。
ROSSO Studyの背景
最近行われたROSSO Studyの結果によると、SMBG
は、2型糖尿病患者の糖尿病関連の合併症発症、あらゆ
る原因による死亡の減少に関連がある。この傾向は、イン
スリン治療を受けていない患者にも共通である。
つまり、治療内容に関わらず、SMBGが2型糖尿病患者
の寿命を延長する、糖尿病管理の不可欠な要素であるこ
とを示している。
最近の糖尿病の権威による国際コンセンサス会議は、
SMBGが疾病管理ツールとして重要な役割を果たしてい
ることを強調する声明を出している。(2005年Bergenstal
らによる:表1参照)加えて、2つのメタアナリシスが、SMBG
が多角的アプローチによる糖尿病治療戦略に組み込まれ
た場合、HbA1c値を著しく減少させると結論づけている。
(2005年 Sarolら、2005年 Welschenら:表1参照)し
かし、これらの前向き研究は全て追跡期間が数年に過ぎ
ず、臨床的エンドポイントについての解析はなされていな
い。
日常的なケアでは、SMBGを実施している2型糖尿病患
者の代謝コントロールは、SMBGを実施していない患者と
比較し、しばしばより悪化している場合がある。これは、
SMBG実施患者においてより病状が進んでいることを反
映した結果かも知れない。しかし、SMBGを実施している
患者のより健康的な生活習慣やよりよい疾病管理が、糖尿
病合併症のリスクを低下させているといえるだろう。
表1.2型糖尿病におけるSMBGの有用性を支持する重要
な論文の概要
Self-monitoring of blood glucose as part of a multi-component
therapy among non-insulin requiring type 2 diabetes patients: a
meta-analysis
目的:インスリン非使用2型糖尿病患者がSMBGを実施した場合、SMBGを
実施しない場合と比較して、よりHbA1c値を大きく下げることができるか否かを
検証。
方法:メタアナリシス。8つのRCTが研究対象基準に合致した。このメタアナリ
シスでは、SMBG実施群がSMBG非実施群と比較して、よりHbA1c値の平
均を大きく下げたと強調している。
結論:多角的アプローチによる糖尿病管理においてSMBGを用いることにより、
インスリン非使用2型糖尿病患者のHbA1c値が改善した。
Sarol JN et al (2005) Current Medical Research and Opinions; 21 (2): 173-183
Self-monitoring of blood glucose in patients with type 2 diabetes
mellitus who are not using insulin (review). The Cochrane Database
of Systematic Reviews.
目的:インスリン非使用2型糖尿病患者におけるSMBGの有用性について検
証。
方法:Cochrane Databaseによるシステマティックレビュー。6つのRCTが研究対
象基準に合致した。SMBGの結果は血糖コントロールの目標を達成するため
に食事や生活習慣を微調整する際に用いられた。SMBGが生活の質
(QOL)や、より良く生きること、低血糖発症頻度の改善に有用であるかどうか
については、データが不十分であった。
結論:SMBGは、インスリン非使用2型糖尿病患者個人が疾病のより良い管
理を達成するために有用である。
Welschen LMB et al (2005) Issue 2. Wiley & Sons Ltd
Self-monitoring of blood glucose in patients with type 2 diabetes
who are not using insulin.
目的:インスリン非使用2型糖尿病患者の血糖コントロール、QOL、より良く生
きること、患者満足度、低血糖発症頻度において、SMBGが有用であるかどう
か、SMBGを実施しない従来の治療法と比較して検証。
方法:メタアナリシス。6つのRCTが研究対象基準に合致した。全般的な
SMBGの有用性については、対象群と比較して、統計学的に有意にHbA1c
値が低下した。
結論:インスリン非使用2型糖尿病患者において、SMBGはHbA1c値の改善
に有用であった。
Welschen LMB et al (2005) Diabetes Care; 28 (6): 1510-17
The role of self-monitoring of blood glucose in the care of people
with diabetes: report of a global consensus conference.
目的:血糖コントロールの最適化、低血糖発症頻度の抑制等におけるSMBG
の役割を明確にするためのコンセンサスによる声明を発表する。
方法:コンセンサス会議報告書。SMBGはすべての糖尿病患者の糖尿病管
理プログラムにおいて不可欠の要素であるとして推奨する声明が含まれてい
る。また、異なる患者グループにおけるSMBGの実施回数についての推奨も
発表された。
結論:糖尿病の自己管理教育を通じて、患者はそれぞれの血糖コント
ロールの目標値を達成するために、食事、運動や他の治療を微調整す
るために、SMBGの結果をどのように活用すべきか学習することが
できる。
Bergenstal RM et al (2005) The American Journal of Medicine; 118: 1S-6S
こうした理由から、ROSSO Studyは、診断から平均6.5
年の追跡ができるようデザインされ、SMBGの実施と、糖
尿病関連の合併症発症,およびあらゆる原因による死亡
の関連についての研究を可能にした。つまり、解析のため
に延べ20,000年分の患者データを準備したことになる。
これまで、血糖コントロールとSMBGの関連性を示唆した
観察的研究は、SMBGを実行する患者はよりよい血糖コ
ントロールを達成するためのモチベーションの高い人々で
あることが考えられるとして、批判を受けてきた。しかし、こ
の問題については、2004年のKarterらによる、大規模な
研究(対象患者24,312名)が取り組んでいる。
Karterらの研究は、SMBGが臨床上、統計上、よりよい
HbA1c値に関連していることを示している。この研究では、
疾病管理の指標として、主要な糖尿病治療法の種類やコ
ンプライアンス、生活習慣(これらの指標は全て血糖値測
定頻度、血糖コントロールに関連すると考えられる。)を補
正して、データ解析が行われた。
この関連性は、薬物療法および生活習慣の改善によって
治療を行っている1型・2型患者の両方に認められる。この
研究の潜在的限界は軽微なものであるが、言及されるべき
である。観察的研究としての性格上、SMBGと疾病コント
ロールの間の因果関係については、憶測されるべきでは
ない。コントロールがうまくいかないと、コンプライアンスの
低下を招いたり、医師による励ましが増えることもありうる。
反対に、測定が増えたということは、治療が活発に行われ
ていることを表していると考えられるが、それはコントロール
の悪化の結果である可能性もある。限界はあるものの、こ
の研究が地域の一般的な医療機関と比較して、より均質
な治療が行われている可能性が高い健康管理施設1箇所
において行われているという事実は特筆すべきである。さ
らに、24,000名もの患者を対象にしたこの研究の規模の
大きさ、統計的評価の基準の厳しさを考えれば、この結果
が、糖尿病の型(1型か2型か)、治療内容(インスリンか、
経口血糖降下薬か、食事・生活習慣の改善か)に関わら
ず、糖尿病患者全体を代表したものであると言えるだろう。
ROSSO Studyのデザイン
ROSSO Studyは、統計学的手法により2群間のバック
グラウンドを補正し、パラレルに実施した後ろ向き・比較・
疫学的コホート研究である。(表2、表3参照)
対象患者は12の地域から選出された。総計で3268名の
1995年1月1日から1999年12月31日までに2型糖尿病
と診断された患者を、2003年末まで後ろ向きに追跡した。
患者のデータは、ドイツ各地の192の一般内科医から集
められた。これらの施設は、都市部、地方の両方から、無
作為に選出した3000以上の施設リストから拾い上げたも
のである。
一般医は、治療中の患者のうち、年齢、性別、糖尿病治療
法、診断時、および少なくともその1年後のSMBG実施の
有無に関して条件に合う患者を全て研究対象に含んだ。
45歳以前に糖尿病の診断を受けた患者は除外された。
(表4)
データは医師の医療記録から抽出され、研究の流れに沿
うようデザインされた記録フォームに入力された。この記録
フォームは、モニターによりオリジナルの医療記録と比較
検証されている。
事前に設定された研究のエンドポイントは、致命的と非致
命的(あらゆる原因による死亡と合併症発症)に分かれ、そ
のうち非致命的エンドポイントとは下記を含む。
・ 心筋梗塞
・ 脳卒中
・ 足切断
・ 片眼または両眼失明
・ 透析を必要とする腎不全
非致命的エンドポイントの解析は、追跡期間中の最初の
発症をもとに行う。死亡解析時には、それ以前の非致命的
エンドポイントは無視することとした。
なぜ後ろ向き研究か?
ランダム化比較試験(RCT:randomised controlled trial)
が科学的根拠に基づく医療(EBM:evidence-based
medicine)における最も価値がある研究だとみなされること
の多い世界では、観察的研究は軽視される傾向にある。し
かし、RCTはその外的妥当性、実用性に限界がある。
RCTの研究対象、実施施設の選択の仕方を考えると、
RCTが現実世界の研究でなく、この研究の結果が日常の
患者治療に取り入れられるものであるとは言えないのでは
ないか(2006年 Martinらによる)ということがわかる。一
方、観察的研究はより“現実”を反映したものである。
SMBGを実施している2型糖尿病患者のグループと実施
していない患者グループの関連性は、ROSSO Study
で使用されたような疫学的調査プロトコールを使用して解
析することができる。このデザインは治療に関連して発生
する現象、例えば、外来糖尿病管理における日常的な治
療の中で見られる現象などの評価も容易にするものである。
後ろ向き研究は、明確な試験対象患者基準、大規模なバ
ックグラウンドデータ、潜在的介入要因に関するデータの
収集、統計学的手法による各群間の不均衡の補正、多数
の研究対象、長期にわたる追跡期間、一定のエンドポイン
トなどを特徴とする観察的研究の一様式である。
後ろ向き研究デザインとしてデータを収集することにより、
過去に遡って医療現場から入手したデータを使用する前
向き研究の手法を流用した観察的研究は、RCTでは不可
能な“現実”データへの到達を可能にしている。
表2.
ROSSO Study対象患者のバックグラウンド
患者情報:
臨床検査値:
総計:
3268 名
平均追跡期間: 6.5 年
平均年齢
男性:
60.0 歳
女性:
64.6 歳
性別
男性:
49.0%
女性:
51.0%
退職者率:
55.0%
私営保険加入率: 3.0%
居住地域
大都市:
48.0%
小都市:
37.0%
地方:
15.0%
BMI (体重÷身長の 2 乗) :29.8
血圧
収縮期:
拡張期:
149.0mmHg
87.0mmHg
空腹時血糖値:
167mg/dL
HbA1c(標準値を 6.1%として補正):
7.7%
クレアチニン:
0.96mg/dL
トリグリセリド::
233mg/dL
コレステロール:
236mg/dL
HDL コレステロール: 48mg/dL
LDL コレステロール: 149mg/dL
表 3.
SMBG 実施群と非実施群のバックグラウンド比較
SMBG 実施群
総計
1479
平均年齢
60.5
BMI
29.9
血圧:収縮期 (mmHg)
148.0
拡張期 (mmHg)
87.0
空腹時血糖値 (mg/dL)
181
HbA1c(%)(標準値を 6.1%として補正) 8.1
トリグリセリド (mg/dL)
253
コレステロール (mg/dL)
235
HDL (mg/dL)
48
LDL (mg/dL)
148
SMBG 非実施群
1789
64.0
29.8
150.0
87.0
156
7.2
217
237
48
145
表4.
ROSSO 対象患者基準・除外基準
対象患者基準:
•
•
•
2 型糖尿病の診断を受けている
最初の診断が 1995 年 1 月 1 日から 1999 年 12 月 31 日の間
糖尿病診断時の医療記録に、年齢、性別、SMBG 実施の有無、
治療方法の明記がある
除外基準:
•
糖尿病発症が 45 歳以前である
ROSSO Studyの結果
インスリン非使用患者における合併症発症率
ROSSO Studyの結果は、SMBG非実施群と比較して、
SMBG実施群において致命的・非致命的エンドポイント
の発症が著しく少ないことを表している。2型糖尿病発症
から平均6.5年追跡された、3,268名の患者のうち、
・ 追跡期間中、47%がSMBGを実施している。
・ 致命的エンドポイント発症が120件、非致命的エンド
ポイント発症の合計が293件報告されている。
・ SMBGを実施している2型糖尿病患者は、致命的エ
ンドポイントの危険率が51%、非致命的エンドポイント
の危険率が32%低い。
・ SMBGによるリスク減少は、インスリンを使用していな
い患者にも認められる。 (図2参照)
追跡期間中、全研究対象患者の9%(293名)が非致命的
エンドポイントを経験している。その3分の2(186名)が
SMBGを実施しておらず、3分の1(107名)がSMBG実
施患者であった。
つまり、患者の合併症発症率はSMBG実施群で7.2%、
非実施群で10.4%となる。(p=0.002)
追跡期間中、対象患者のうち3.7%(120名)が死亡した。
死亡した患者の3分の2(79名)がSMBGを実施しておら
ず、3分の1(41名)が実施していた。
つまり、研究対象患者の死亡率はSMBG実施群で
2.7%、非実施群で4.6%となる。(p=0.004)
上記の通り、研究に用いたデータから、SMBG実施群に
おいて細小血管合併症の増加にも関わらず、合併症発症
率が約3分の1、死亡率が約2分の1少ないことが認められる。
興味深いことに、ベースラインでの代謝コントロール、
HbA1c値は、SMBG実施患者群で不良傾向を示してい
る。おそらく細小血管合併症の初期徴候と関連があるもの
と思われるこの代謝コントロール不良が、SMBGの実施決
定に影響を与えている可能性がある。
SMBGと良好な糖尿病の予後との関連は、複雑である。
SMBGは、疾病の進展そのものに影響を及ぼす治療行
為ではなく、あくまでも検査ツールのひとつである。
SMBGの効果は、おそらく、患者が自分の疾病をよりよく
理解していることと、エンパワーメントをより多く受けている
ことに関係があると思われる。
(図2)
この見方は、National Diabetes Support Team も強調して
おり、あるファクトシートの中で“SMBGから得た情報は、
生活習慣の見直し、習慣の改善に有効であることが多
い。”と述べている。(Factsheet No.1, 2003;
[email protected] で注文可)
加えて、医師もSMBG実施患者には違った態度で接する
のかもしれない。SMBGは、患者に対する自己管理スキ
ルの教育や、生活習慣の改善への動機付けを容易にする
可能性がある。
結論として、ROSSO Studyの結果は、SMBGの有用性
を更に裏付けるものであると言える。研究結果は、SMBG
が、現時点での患者の治療内容に関わらず、より良好な
糖尿病の予後、つまり、2型糖尿病患者の寿命の延長、の
指標であることを導き出している。SMBG非実施患者群と
の間に見られる差は、患者・医師の特質について補正した
場合や、インスリン治療を受けていない患者のみを解析し
た場合でも、同じように認められる。
References:
1. Bergenstal RM et al (2005) The role of self‐monitoring of blood
glucose in the care of people with diabetes: report of a global
consensus conference.
The American Journal of Medicine; 118: 1S-6S
2. Karter AJ et al (2001) Self‐monitoring of blood glucose levels
and glycemic control: the Northern California Kaiser
Permanente Diabetes Registry.
American Journal of Medicine; 111:1–9
3. Martin S et al (2006) Self‐monitoring of blood glucose in type 2
diabetes and long‐term outcome: an epidemiological cohort
study.
Diabetologia; 49:271-278
4. Sarol JN et al (2005) Self‐monitoring of blood glucose as part
of a multi‐componenet therapy among non‐insulin requiring
type 2 diabetes patients: a meta‐analysis (1966‐2004).
Current Medical Research and Opinions; 21 (2): 173-183
5. Welschen LMB et al (2005) Self‐monitoring of blood glucose in
patients with type 2 diabetes who are not using insulin.
Diabetes Care; 28 (6): 1510-17
6. Welschen LMB et al (2005) Self‐monitoring of blood glucose in
patients with type 2 diabetes mellitus who are not using insulin
(review).
The Cochrane Database of Systematic Reviews. Issue 2. Wiley &
Sons Ltd