レセプトデータを利用した 新規糖尿病治療薬処方状況の

9
研究紹介
レセプトデータを利用した
新規糖尿病治療薬処方状況の検討
新潟大学大学院医歯学総合研究科 血液・内分泌・代謝内科学分野
鈴 木 亜 希 子
はじめに
以上糖尿病薬の内服歴がないもの、入院歴がない
2型糖尿病患者は世界的に増加しており、血糖
もの、また薬物開始後半年以内に3回以上処方を
コントロール不良での心血管疾患や糖尿病性細小
受けたもの、とした。
血管障害などの合併症が問題となっている。血糖
コントロールのため、食事運動療法などの生活習
結果
慣改善が指導されるが、必要に応じて薬物療法が
新規に糖尿病薬物療法が開始されたのは、約
選択され、現在多くの糖尿病治療薬が発売・使用
5,500名 で あ り、 平 均 年 齢51.7±10.4歳、 男 性
されている。欧米ではアメリカ糖尿病学会・欧州
65%、約50%の対象が降圧剤内服、約40%がスタ
糖尿病学会のガイドラインにて、2型糖尿病患者
チンを内服していた。このうち治療開始月の薬剤
に対する薬物療法の第一選択薬はメトホルミンと
が単剤であったのは約65%、2剤併用での開始
定義されているが、本邦では2型糖尿病に対する
23%、
3剤併用10%、
4剤以上併用開始2%であった。
第一選択薬は定義されていない。各医療機関の判
単剤で開始された対象の第一選択薬は、スルホ
断で薬物選択がされているが、実際の薬物治療に
ニル尿素剤(SU)22.3%、DPP4 20.3%、ビグア
おいて第一選択薬としてどのような薬剤が使用さ
ナイド剤(BG)16.3%、αグルコシダーゼ阻害
れているかの報告は少なく、
売上ベースでの報告、
剤(α GI)14.7%、チアゾリジン(TZD)11.0%、
糖尿病専門医による横断面での報告 はあるが、
インスリン9.8%、速攻型インスリン分泌促進薬
実地診療での現状は明らかとなっていない。また
4.9%、GLP-1受容体作動薬0.5%であった。本邦
2009年12月にインクレチン製剤である DPP4阻害
にて DPP4が長期処方可能となった2011年以降に
剤(DPP4)が本邦でも発売され処方数が急増し、
限定すると、DPP4での薬剤開始が42.8%と増加、
糖尿病薬物療法に大きな変化をもたらしていると
BG 16.6%、SU 13.1%、α GI 9.0%、TZD 5.2%と
予想される。そこでレセプトデータを使用し、糖
第一選択薬は変化していた(図1)
。また追跡終
尿病患者に対する新規治療薬の処方パターンを解
了時は、単剤で開始された症例の46%の症例が多
析し、その傾向と問題点を検討したので、その結
剤併用となっており、第2選択薬としては、SU
果を報告する。
に は DPP4や BG、BG に は DPP4や SU 剤、αGI
1)
には DPP4や SU が多く選択され、第2選択薬と
方法
しても DPP4が多く使用されていた。
日本医療データセンター(JMDC)の構築して
2剤併用で治療が開始された対象の検討では、
いる診療情報明細書を用いたレセプトデータベー
開始時薬剤は SU +α GI 20%、SU+BG 19%、
スを用いて、20歳~ 75歳の約110万人のデータか
SU + TZD 15 % と SU と の 併 用 が 多 く 全 体 の
ら、2005年~ 2012年において新規に糖尿病薬物
63%に SU が併用されていた。2011年以降の新規
療法が開始された症例の処方パターンを検討し
処 方 に 限 定 す る と、SU + DPP4 19 %、SU+BG
た。新規薬物療法開始の定義は、薬物開始前1年
17%、BG+DPP4 15%、SU+ α GI 13%の組み合
新潟県医師会報 H26.3 № 768
10
図1 DPP4i 長期処方開始前・後での第一選択薬の変化
わせが多く、DPP4併用が増加していた。
ンスは明確ではない。
急増する糖尿病患者の多くを非専門医が診療し
考察
ている本邦において、その処方パターンを分析す
レセプトデータを用いることで、新規糖尿病薬
ることで、問題点を明確にして提起することは重
に関して本邦における症例ベースの糖尿病薬物療
要であると考える。
法の実態を明らかにした。35%もの症例で薬剤治
療開始月から2剤以上の薬剤が使用されているこ
謝辞
と、DPP4使用が単剤使用・併用使用とも急増し
本研究に対して平成25年新潟県医師会学術研究
ていること、BG の使用は欧米に比べ少ないこと、
助成金を賜り、この場をお借りして感謝申し上げ
などの傾向と問題点を認めた。また SU + DPP4
ます。
の併用は低血糖発症リスクが高く日本糖尿病学会
からも注意勧告が示されているが、実臨床では薬
文献
剤開始月からのSU+DPP4併用を多く認めていた。
1)Oishi M, Yamazaki K, Okuguchi F, et al:
日本人を含む東アジア人に多く認められる糖尿
Changes in oral antidiabetic prescriptions
病患者の病態として、高度肥満が少ないこと、イ
and improved glycemic control during the
ンスリン分泌能が低く、インスリン抵抗性が強い
years 2002-2011 in Japan (JDDM32). J
ことがあげられる 。白人糖尿病患者に多いイン
Diabetes Invest 2013 DOI: 10.1111/jdi.12183.
スリン過剰分泌とインスリン抵抗性を認める肥満
2)K odama K, Damon T, Yamada S, et al:
症例に対してはメトホルミンが第一選択となる
Ethnic differences in the relationship
が、東アジア人では個々人の病態に応じ、インス
between insulin sensitivity and insulin
リン分泌低下とインスリン抵抗性のどちらが主体
response. Diabetes Care 2013; 36: 1789-1796.
2)
なのか判断した上での薬剤選択が必要となる。処
3)Kim YG, Hahn S, Oh TJ, et al: Differences
方の増加している DPP4は高度肥満のないアジア
in the glucose-lowering efficacy of dipeptidyl
人でより効果が高いことも報告 されており、今
peptidase-4 inhibitors between Asians and
後本邦における第一選択薬となる可能性もある
non-Asians. Diabetologia 2013; 56: 696-708.
3)
が、現段階では長期安全性と合併症予防のエビデ
新潟県医師会報 H26.3 № 768