環境負荷物質の分析に関する研究

論文
長野県工技センター研報
N o.1,p.P 29- P32(20 06)
環境負荷物質の分析に関する研究
- 樹脂中臭素系難燃剤の定量法 -
曽根原浩幸*
下里直子* 永谷
聡*
Study on Analysis of the Environmental Load Substances
- Examination of Quantitative Method of Brominated Flame Retardants in Plastics -
Hiroyuki SONEHARA, Naoko SHIMOSATO and Satoshi NAGAYA
樹脂中臭素系難燃剤の定量法について,波長分散型蛍光X線分析装置及びガスクロマトグラフ質量
分析装置により検討を行った。臭素系難燃剤を 0ppm~数百ppm含有するポリエステル及びアクリル樹
脂を作製して,臭素の蛍光X線強度を測定した。樹脂の種類により,蛍光X線強度による検量線の傾
きが異なることを確認した。コンプトン散乱強度による規格化により,検量線の傾きが補正できた。
作製した検量線を用いてポリエチレン標準試料の臭素定量分析を行い,良好な結果が得られた。デカ
ブロモジフェニルエーテル(DBDE)含有のアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂( ABS)標準
試料やDBDE及びテトラブロモビスフェノールA( TBBPA)含有のポリエステル樹脂について,ガスク
ロマトグラフ質量分析法(GC-MS)の検討を行い,蛍光X線分析法と併用した分析法を考案した。
キーワード:環境負荷物質,臭素系難燃剤,蛍光X線分析法,ガスクロマトグラフ質量分析法
1
緒
言
品の全数検査を検討している企業から,分析費用を抑え
製品中の環境負荷物質の含有量を調査したいという企
業からの相談が,2002 年以降増加してきている(図1参
て他の分析法で評価できないかという相談を受ける機会
が多い。
照)。国際的な背景には EU(欧州連合)で 2000 年に発行
そこで今回,蛍光X線分析法により臭素の定量分析を
された使用済み自動車に関する ELV 指令や,2002 年に
行い, GC-MS による分析対象製品を最小限にすること
採択された WEEE 指令(電気電子機器廃棄物に関する指
で,分析費用,分析時間等を抑える方法について検討し
令),RoHS 指令(電気電子機器に含まれる特定有害物質
た。蛍光X線分析法により製品中の臭素定量分析を行い,
の使用制限に関する指令)等による規制があり,国内では
臭素系難燃剤換算で規定量以上臭素が含有する製品につ
2001 年に大手ゲーム機メーカーの製品からオランダの
いてのみ,GC-MS による定性分析を行い臭素系化合物
安全基準以上のカドミウムが検出された問題を契機に,
を特定する。更に規制対象の臭素系難燃剤が含有してい
いくつかの国内大手企業が自主対策としてより厳しい規
る製品については, GC-MS による定量分析を検討する
制値を設定して,素材,部品等の調達を進めてきた現状
という分析法を考案したので報告する。
がある。
RoHS 指令では,臭素系難燃剤のポリ臭化ビフェニル
300
相談件数
分析件数
量を,閾値 1000ppm として規制している。臭素系難燃
剤の定量法は, GC-MS による分析が一般的であるが,
溶剤抽出による前処理に公定法がなく,個々の具体的な
件数
(PBB)及びポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)の含有
200
100
試料に対し個別に前処理法を検討する必要がある。また
PBB,PBDE にはそれぞれ 200 以上の異性体があるため,
製品中の含有量を算出する際には,各異性体の標準試料
0
2001
図1
化学チーム
2003
2004
年度
も必要であり,分析費用は高額である。そのため自社製
*
2002
環境負荷物質分析依頼の状況
(精密・電子技術部門)
- P29 -
2005
図2
検量線用樹脂試料
市販標準試料 BCR-681
(左:プレート状 , 右:チップ状)
表1 蛍光X線分析装置の測定条件
表2 ガスクロマトグラフ質量分析装置の測定条件
分析線
Br Ka 0.1041nm
注入量
1μL(Splitless)
X線管球
Rh
注入口温度
300℃
管球フィルター
Al
使用カラム
X線照射径
25mmφ
分光結晶
LiF 200
昇温条件
50℃-350℃(20℃/min)
管球電圧
60kV
カラム流量
He(1ml/min)
管球電流
50mA
質量範囲
m/Z 100~1000
2
2.1
図3
(左:ポリエステル , 右:アクリル)
実
BCR-681)を直径 35mm,厚さ 5mm のテフロン製リング
験
樹脂試料の作製
2.1.1
DB1HT
(長さ15m,内径0.25mm)
内にもり,ホットプレス加工でプレート状ポリエチレン
樹脂原料及び試薬
標準樹料を作製した。
樹脂原料として,ポリエステル樹脂(クリアポリエステ
2.1.4
ル,㈱エポック製)及び同樹脂用硬化剤(PN10cc,㈱エポ
GC-MS 用のポリエステル樹脂作製
DBDE 及び TBBPA を溶解させたトルエン溶液を調整
ック製),アクリル樹脂(SS101,㈱エポック製)及び同樹
して2.1.2と同様の方法で,DBDE 及び TBBPA 含
脂用硬化剤(ナイパー BO10cc,㈱エポック製)を用いた。
有ポリエステル樹脂を作製した。なお今回作製したポリ
有機試薬として,DBDE(東京化成工業㈱製),TBBPA
エステル樹脂は,DBDE が 700ppm,TBBPA が 1400ppm
(東京化成工業㈱製),トルエン(試薬特級,関東化学㈱製)
程度含有するよう調整しながら作製した。
を用いた。
2.2
樹脂標準試料として,ポリエチレン標準試料
蛍光X線分析装置による検量線の作製
2.2.1
CERTIFIED REFERENCE MATERIAL BCR-680,BCR-681
実測強度による検量線の作製
検量線用ポリエステル及びアクリル樹脂について,各
3)
( European Com mission - Joi nt Research Centre for
濃度毎厚さ 5mm 程度の試料 2 枚を重ねて
InstituteReference Materials and Measurements ),ABS 標
リップス㈱製波長分散型蛍光X線分析装置 PW2400 によ
準試料( ACABS201 PBDE 0.1% ,㈱分析センター製)及
り臭素の蛍光X線強度及びロジウムコンプトン散乱強度
びポリエチレン標準試料(ACPE101 PBDE 0.1% ,㈱分析
(分析線波長:0.0643nm )をそれぞれ測定した。測定条
センター製)を用いた。
件を表1に示す。濃度と実測強度から臭素の検量線を作
2.1.2
製した。
蛍光X線分析法の検量線用樹脂試料作製
臭素が 1000mg/L 程度になるように DBDE を量りと
2.2.2
, 日本フィ
規格化強度による検量線の作製
り,トルエンに溶解させた。ポリエステル樹脂とトルエ
臭素の蛍光X線強度を同時に測定したロジウムコンプ
ン溶液をポリプロピレン製容器内に適量量りとり混合し
トン散乱強度を用いて規格化を行い 4),濃度と規格化強
た後,更に硬化剤を加えて混合した。ガラス板上に置い
度から検量線を作製した。
た直径 31mm ,厚さ 5mm の塩化ビニル製リング内に混
2.3
検量線法による市販標準試料の臭素定量分析
合液を流し込み,室温で自然乾燥させて樹脂試料を作製
ホットプレス加工で作製した 5mm 程度のプレート状
した。アクリル樹脂についても同様に試料作製を行い,
ポリエチレン標準試料(BCR-680,BCR-681)をそれぞれ 2
樹脂中臭素含有量が 0ppm ~数百ppm の検量線用樹脂試
枚重ねて,臭素の蛍光X線強度及びロジウムコンプトン
料を作製した。作製した検量線用樹脂試料を図2に示す。
散乱強度を測定した。また市販のチップ状 BCR-680 ,
なお樹脂作製法は,中野らが開発した方法
2.1.3
1~ 2 )
を用いた。
検量線評価用の樹脂標準試料作製
BCR-681 をそれぞれ厚さが 15mm 程度(約 5.0g )になる
ように蛍光X線分析装置サンプルカップ内に敷き詰めた
市販のペレット状ポリエチレン標準試料( BCR-680,
状態で 3),同様の測定を行った。図3に分析に使用した
- P30 -
0.18
ポリエチレン
アクリル
規格化強度
実測 強度(Kcps)
75
50
25
ポリエステル
アクリル
0.12
0.06
0
0
0
50
100
150
200
0
50
臭素検量線(実測強度)
図5
表3
200
臭素検量線(規格化強度)
ポリエチレン標準試料の臭素定量結果
プレート状及びチップ状 BCR-681 をそれぞれ示す。
認証値
2.2.2で作製した濃度と規格化強度による検量線
を用いて,臭素について定量分析を行った。
2.4
150
Br(ppm)
Br(ppm)
図4
100
プレート状
チップ状
BCR-681
98
97
104
BCR-680
808
803
蛍光X線分析法による臭素検出下限値の算出
838
(単位:ppm)
ホットプレス加工で作製したポリエチレン標準試料
(BCR-681)を用いて,臭素の検出下限値(LLD)を求めた。
なお検出下限値は,以下の(1)式を用いて算出した。
LLD =
3C
Rb
Rt - Rb
T
ポリエステル,アクリル樹脂それぞれについては直線
性のよい検量線を作製できたが,樹脂により検量線の傾
・・・・
(1)
きに違いがみられた。検量線の傾きはポリエステルの方
が大きく,樹脂の分子構造が影響していると考えられる。
ここで,Rt は臭素の蛍光X線強度(cps),Rb はバックグ
3.2.2
ランド強度(cps),C は標準試料の臭素濃度(ppm),T は
測定時間(今回は 100s)を表す。
2.5
規格化強度による検量線
図5に臭素の蛍光X線強度をロジウムコンプトン散乱
強度により規格化して作製した検量線を示す。
GC-MSによる臭素系難燃剤の分析
樹脂による検量線の傾きの違いは,蛍光X線強度をロ
DBDE 含有 ABS 標準試料 0.1g をカッターで削り取
ジウムコンプトン散乱強度により規格化することでほぼ
りトルエン 1g に 12 時間浸漬後,遠心分離を行い,上澄
補正ができた。
み液をフィルター(Millex 0.45 μm, MILLIPORE )でろ
3.3
過して分析用溶液を調整後,日本電子㈱製ガスクロマト
検量線法による市販標準試料の臭素定量
分析結果
グラフ質量分析装置(GCmate Ⅱ)により定性分析を行っ
表3にホットプレス加工したプレート状ポリエチレン
た。測定条件を表2に示す。
標準試料及び市販のペレット状同標準試料についての臭
DBDE 及び TBBPA 含有ポリエステル樹脂についても
素定量結果を示す。
同様に分析用溶液を調整して,GC-MS による定性分析
プレート状標準試料の臭素定量結果はきわめて良好で
を行った。
あった。また検量線用樹脂試料と比べて高濃度域にある
BCR-680 の定量結果も良好であり,広い濃度範囲で検
3
3.1
結果及び考察
量線の直線性が確認できた。チップ状標準試料の分析に
樹脂試料の作製
ついては,今回検討してきた蛍光X線分析法が,装置の
図2に示すように,今回作製した樹脂は,ポリエステ
仕様上から分析領域が直径 25mm,厚さ 10mm という大
ル樹脂については良好であったが,アクリル樹脂につい
きな試料を想定したが,実際に企業から持ち込まれる実
ては樹脂内に気泡が入り込む現象が見られたり,作製後
試料は小さい物が多いため,チップ状標準試料を分析領
数日でひび割れが生じる問題があった。樹脂作製法につ
域内に敷き詰めて分析することで,どの程度の精度で分
いては更に検討が必要である。
析可能か検討した。臭素の定量値はプレート状標準試料
3.2
に比べやや高めになった。これはチップ状試料で蛍光X
検量線の作製
3.2.1
実測強度による検量線
線強度及びコンプトン散乱強度を測定すると,プレート
図4に検量線用ポリエステル及びアクリル樹脂を用い
て作製した臭素の検量線を示す。
状試料での測定に比べそれぞれの強度は小さくなるが,
コンプトン散乱強度の減少割合の方がやや大きいため,
- P31 -
9
30
6
TIC(×10 6)
TIC(×10 7 )
TBBPA
DBDE
3
20
DBDE
10
0
0
2
6
10
14
2
18
6
14
18
保持時間(min)
保持時間(min)
図6
10
ABS 標準試料トータルイオンクロマトグラム
図7
ポリエステル樹脂トータルイオンクロマトグラム
散乱強度による規格化を行うと定量値が大きくなるため
次のとおりである。
である。定量値の精度を向上させるには,プレート状試
(1) ポリエステル及びアクリル樹脂について,臭素が
料のように形状を一定にすることが重要であるが,今回
0ppm ~ 数百ppm含有する検量線用樹脂試料を作製し
のようにチップ状試料で分析した場合でも,スクリーニ
て,試薬量りとり量から標準値の値づけを行った。
ング的に臭素定量分析を行いたいという企業からの要求
(2) 実測の蛍光X線強度を用いて臭素の検量線を作製
に十分対応できる結果であると考える。
し,樹脂の種類により検量線の傾きに違いがあること
3.4
を確認した。
蛍光X線分析法による臭素検出下限値
( 1)式から算出した蛍光X線分析法による臭素検出下
(3) 臭素の蛍光X線強度をコンプトン散乱強度により規
限値は 0.13ppm であった。RoHS 指令等の規制値を十分
格化し,樹脂の種類による検量線の傾きの違いを補正
できた。
保証できる結果であり,今後実試料の分析へ応用してい
(4) ポリエチレン標準試料について臭素定量分析と検出
きたい。
3.5
下限値の検討を行い,良好な結果が得られた。
臭素系難燃剤の定量法について
(5) 樹脂中臭素系難燃剤の定量法について,蛍光X線分
図6に DBDE 含有 ABS 標準試料のトータルイオンク
ロマトグラム,図7に DBDE 及び TBBPA 含有ポリエス
析法及び GC-MS を併用した分析法を考案することが
テル樹脂のトータルイオンクロマトグラムをそれぞれ示
できた。
す。図6のように検出された臭素系難燃剤が 1 種類の場
参考文献
合,その組成式と蛍光X線分析法による臭素定量値から
臭素系難燃剤の含有量は計算できる。また図7のように
1)
中野和彦,本村和子,松野京子,中村利廣 .蛍光X
複数の臭素系難燃剤が検出された場合でも,規制対象の
線分析用の微量金属定量用プラスチック標準試料の
臭素系難燃剤が検出されなければ,GC-MS による定量
開発-原子吸光光度法及び ICP-AES への応用- .X
分析を検討する必要はない。このことで,標準試料や溶
線分析の進歩.35,101-112( 2004)
剤抽出による前処理法の問題から定量性に困難が多い
2)
橋本桂州,藤井毅浩,中野和彦,中村利廣 . 難燃剤
GC-MS を適用する必要が最小限になり,分析時間,費
定量用プラスチック標準物質の開発.第 41 回X線分
用等を抑えて臭素系難燃剤の定量的評価が可能になる。
析討論会講演要旨集 .(社)日本分析化学会X線分析
研究懇談会,35-36( 2005)
なお今回 ABS 標準試料及びポリエチレン標準試料に
ついて,GC-MS による SIM 法で DBDE 定量分析の検討
3)
セ精電部報.18,11-16( 2005)
標準試料からの DBDE 抽出効率はそれぞれ 70% 程度で
あり,定量分析として満足できる結果ではなかった。今
曽根原浩幸 .波長分散型蛍光X線分析装置による樹
脂中の環境負荷物質分析に関する研究 . 長野県工技
を行った。トルエンによる 12 時間の浸漬条件では,各
4)
千葉晋一,保倉明子,中井泉,水平学,赤井孝夫 .
3次元偏光光学系を利用したエネルギー分散型蛍光
後抽出効率の良い前処理条件の検討が必要である。
X線分析装置によるプラスチック中の有害重金属
4
結
元素の高感度非破壊定量.X線分析の進歩.35,
論
樹脂中臭素系難燃剤の定量法について検討した結果は
- P32 -
113-124(2004)