神奈川県産業技術センター研究報告 No.21/2015 エッセンシャルオイルの劣化に関する研究 化学技術部 環境安全チーム 内 田 剛 史 猿 子 卓* 岩 本 卓 治 エッセンシャルオイルは植物の花や果実などから抽出した揮発性物質であり,これらの香りや抗菌作用を利用し た化粧品や芳香剤などの日用品に利用されている.しかし,精油の劣化による異臭や皮膚に付着した際の障害が問 題となっている.そこで,劣化原因と起因物質を調査するための評価法について検討した.その結果,精油の種類 により熱や水分,紫外線による劣化が生じること,精油の種類によって劣化の原因が異なることが明らかとなった. キーワード:エッセンシャルオイル,精油,劣化,酸化,紫外線,熱,水分 気下で加速試験を行い,24 時間保管した時の成分を分析 1 はじめに した.紫外線による影響では UV-A 波長領域(365 nm)で 香り成分はリラックス,食欲増進効果などの心理的作 強度 5 J/cm2 を与えた時の評価を行った。水分の影響では 用を与えることから美容やリラクゼーションに利用されて 精油が疎水性で水と混じりあわないため,アセトン溶液中 いる.この香り成分の中でエッセンシャルオイル(精油) に水と精油を同量混合し,硫酸で pH 4 に調整したのち, は植物の花や果実などから抽出した揮発性物質であり,こ 50 ℃の雰囲気で,3 時間保持したものを分析した. れらの香りや抗菌作用を利用した化粧品や芳香剤などの日 2.3 分析方法 用品に利用されている. 生成物についてはガスクロマトグラフ質量分析計(GC- しかし,新しい精油は目的の効能が得られるが,長期 MS)を用い定性および定量分析を行った.また,有機酸 保管した場合には精油の劣化により異臭を生じたり,皮膚 についてはイオンクロマトグラフ(IC)により,酸化反応 に付着した際には障害を起こしたりすることがある.この によって生成した過酸化物についてはヨウ化カリウムと混 ような劣化原因と生じる障害は精油の種類によって異なる 合し,遊離したヨウ素をチオ硫酸ナトリウム水溶液より滴 ため,劣化原因に応じた評価法を決める必要がある. 定して,過酸化物価(POV)として算出した. そこで,精油の品質管理を行うために必要な評価項目 と評価方法を検討した. 3 結果および考察 3.1 熱による影響 2 実験方法 80 ℃で保管した精油については,ベルガモットの香り 2.1 測定試料 に違いは感じられなかったが,ラベンダーとオレンジスイ 精油の中からラベンダー,オレンジスイート,ベルガモ ートの香りは変化していた.そこで,GC-MS により加熱 ットの 3 種類を用いた.オレンジスイートとベルガモット 前後の成分を比較した. は柑橘系果実であり,果皮から抽出した精油であり,ラベ ベルガモットについては GC-MS のクロマトグラムに違 ンダーは花のついた茎を主として抽出したものである. いは見られなかったが,ラベンダーについては加熱により 2.2 劣化実験 主成分であるリナロールと酢酸リナリルが減少し,リナロ 精油の劣化は酸化,加水分解や重合反応によって異なる ールオキシドの増加がみられた.オレンジスイートについ 物質に変化することが原因であり 1),その要因として高温 ては図 1 に示すように,主成分であるリモネンが減少し, (熱),光(紫外線),水分よる影響が考えられる. リモネン酸化物のピークが増加していた.主たる生成物は そこで,これら 3 つの要因について各精油を用い,成分 酸化物であることから,熱による酸化反応により精油の劣 の変化を調査した.熱の影響については 80 ℃の空気雰囲 化が生じることが明らかとなった. ベルガモットの成分はリナロールと酢酸リナリル,リモ +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 現所属 *信州大学 ネンであり,ラベンダーとオレンジスイート両者の成分を 63 神奈川県産業技術センター研究報告 No.21/2015 1.0 (x10,000,000) 0.9 加熱前 リモネン 8 添加後 0.7 6 酢酸リナリル 強度 0.6 ホ ルト 強度 加熱後 添加前 リナロール 0.8 4 0.5 0.4 0.3 リモネンオキシド 2 0.2 0.1 0 0 1 2 3 4 5 6 min 7 8 9 10 11 0.0 15.0 12 17.5 20.0 22.5 25.0 27.5 30.0 保持時間 min 保持時間 min 図 3 水添加によるラベンダーの劣化 図 1 オレンジスイートのクロマトグラム (加熱による影響) れなかったが,ラベンダーとベルガモットでは含有する酢 含んでいるが今回の測定では香りの違いやクロマトグラム 酸リナリルの減少がみられた.図 3 にラベンダーのクロマ の違いは見られなかった.柑橘類にはトコフェロールが含 トグラムを示すが,酢酸リナリルの減少とともにリナロー 有していることが知られており,酸化防止剤としての役割 ルが増加していることがわかった. を果たしている.精油の精製方法によってトコフェロール これはエステルである酢酸リナリルが加水分解によって の含有量も変化することから 2),本研究で使用したベルガ 酢酸とリナロールに分解したことを示している.IC によ モットに含まれる酸化防止剤成分の影響が考えられる. り酢酸濃度についても測定したところ,分解前に 190 ppm 3.2 紫外線による影響 であった酢酸が 8 %にまで増加していることが明らかとな 紫外線による影響は「光毒性」といわれ,紫外線を吸収 った.この高濃度の酢酸がラベンダーとベルガモットの水 する物質が光活性化を生じて皮膚等に障害を起こすもので 分による劣化での異臭原因であることが明らかとなった. ある.この際にフリーラジカルの生成などによる酸化作用 が原因であるといわれている 3). 4 まとめ そこで酸化作用によって増加する過酸化物価を定量し, 精油の劣化による原因と評価方法を検討したところ, 光毒性の影響を検討した.この際に光毒性が知られている ベルガブテンを含有しないフロクマリンフリー(FCF)のベ 次のことが明らかとなった. ルガモットを比較として用いた.図 2 に示すようにベルガ (1)長期間高温での保管は酸化反応が促進され,酸化物 モットの過酸化物価が紫外線照射によって増加している. の生成による劣化が進行することが明らかとなった. ベルガモット(FCF)については照射による過酸化物価に変 (2)光が当たる環境では,紫外線により光毒性を示す物 化が見られないことから,UV で励起されたベルガブテン 質によって過酸化物が増加することが明らかとなった.ま による酸化反応により,過酸化物が生成したことが明らか た,光毒性の評価手法の一つとして過酸化物価での評価が となった. 利用できることが示された. 3.3 水分による影響 (3)精油にエステル化合物を含む場合には,水分の影響 によって加水分解が生じ,異臭物質の原因である有機酸が 水による影響について,水との反応物を GC-MS により 生成することが明らかとなった. 分析したところ,オレンジスイートでは成分に違いは見ら 過酸化物価 meq/kg 10 UV照射前 UV照射後 8 文献 1) D. G. ウイリアムズ;”精油の化学”,フレグランスジ 6 ャーナル社,P. 64-67 (2000) . 4 2) 伊福靖, 前田久夫;“インライン搾汁方式で採取した 柑橘精油中の抗酸化成分”, 日本食品工業学会誌, Vol. 2 25, No. 12, P. 687-690 (1978) . 3) 岩本義久;”医薬品の光毒性と光アレルギー”,日本細 0 ラベンダー 図2 オレンジ スイート ベルガモット ベルガモット FCF 菌学雑誌, Vol. 48, No. 3, P. 523-531 (1993) . UVA照射による過酸化物価の変化 64
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