慢性腎不全の治療、 日本の現状、 世界の現状 慢性腎不全に対する治療 腎臓は老廃物の排出、体内の水分量の調節、血液 や体液の酸性度、アルカリ度、電解質の調節以外にも、 ビタミンDの活性化や赤血球増加因子の分泌などの働 きを行っている。これらの働きが障害されると、いわゆ る腎不全状態に陥る。急性腎不全は、保存的療法に て回復することが多いが、慢性に移行すると、これらの 病腎移植、 その可能性を求めて 腎機能を代行する方策を施さないと生命を維持するこ とは難しい。 腎機能を代行する方策としては、現在、透析と腎移 植がある。透析は人工の膜もしくは腹膜を用いて血液 藤田士朗 米国フロリダ大学医学部移植外科助教授 中の老廃物をその膜に開いた穴を通して排出したり、 必要な物質、電解質などを体内へ吸収させたりする仕 組みで、用いる膜により、血液透析と腹膜透析に大きく 二分される。 血液透析は体外に誘導した血液を人工膜を通して、 おおむね週3回、1回につき3∼5時間かけて、物質の入 生命を維持するための腎機能を代行する方策 という点において、重篤な合併症を持つ患者や ブラッドアクセスの困難な少数の患者を除けば、 透析よりも腎移植のほうが、生活の質、生存率、 国家的な費用、患者の満足度で、より優れている ことが明らかである。 ただし、移植をするための腎臓がそのニーズ に比べて圧倒的に不足している現状もあり、病 腎移植も選択肢のひとつとして、発展していく可 れ替えを行うもので、日本の場合、慢性腎不全患者の 95%強がこの治療を受けている。 腹膜透析は腹腔に挿入した管により、腹腔内へ透析 液を出し入れすることにより、物質の入れ替えを行うも ので、自然落下で継続的に行うCAPD(Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis:連続携行式腹膜透 析)や夜間に機械を用いて行うAPD(Automated Peritoneal Dialysis:自動腹膜透析) などがある。 日本の場合、慢性腎不全患者の約4%がこの治療を 受けている。治療にかかる費用は血液透析の場合、 能性が高いと思われる。ここでは、ドイツ・エッ おおむね年間約600万円で、そのほとんどが国の補助 センで開催された国際学会にて機会を得た、日 の対象となっている。国が年間これらの透析に対して 本の病腎移植症例発表に対する参加者の反応な 払っている費用の総額は1兆2500億円程度で、日本の どを中心に紹介する。 総医療費31兆円の約4%である (2003年度)。 腎臓移植は、文字どおり、心臓死、脳死、生体から 得られた腎臓を移植するもので、年間約1000件施行さ れているが、そのほとんどが家族や親戚からの生体腎 移植で、心臓死、脳死からの献腎は年間150から200件 にすぎない。その費用は約600∼700万円であるが、移 植後は年間120∼180万円程度である。 治療における透析と移植の比較 透析と移植の比較であるが、重篤な合併症を持つ 患者やブラッドアクセスの困難な少数の患者を除けば、 透析は設備と人材が確保できれば、いつでも誰にでも 可能である。デメリットは、時間を拘束されること、腎 機能の全ては代行されないので、長期に続けるとさま ざまな合併症が現れること、水分、食事の制限が常に 8 Vol.32 07.8 DOCTOR'S NETWORK 1. 日本におけるドナー年齢分布 70-歳 20-49歳 70-歳 病腎 5059歳 (n=42) 60-69歳 70-歳 60-69歳 0-19歳 60-69歳 献腎 50- (n=2559) 59歳 20-49歳 生体腎 2049歳 (n=6999) 50-59歳 (日本移植学会雑誌 , 2005) あること、旅行や災害の際の透析施設の確保が必要な 80∼85%は家族や親戚からの生体腎臓移植であり、リ こと、腕にシャントによる拡張した静脈がみられ、美容 ストの患者に回る心臓死や脳死からの腎臓は年間150 上や精神衛生上の問題があることなどである。 から200件にすぎず、リスト上の患者の平均待機時間は 腎移植の場合、腹部に傷は残るものの、時間の拘束 16年となっている。 はなく、水分、食事の制限もない。また、薬さえ確保す これらの数字を欧米と比較すると、生体、死体を含 れば、旅行も自由である。デメリットには、手術自体に めた腎臓移植の総数では、人口の違いを考慮しても、 伴う危険、術後に飲み続けなければならない免疫抑制 アメリカの7分の1、ヨーロッパ諸国の4分の1から5分の1 剤の副作用としての、骨粗しょう症、易感染性や癌の発 にすぎない。死体腎臓だけを比べれば、その差はさら 症率の増加などが挙げられる。 に広がり、アメリカの約50分の1にすぎない。このように、 透析の場合、その生存率は全体としては10年で 39.2%である (日本透析医学会2003年)。これと比較し 腎移植へのアクセスの面で日本の慢性腎不全患者は非 常に不利な状況におかれている。 て、腎移植の場合、献腎移植(死体腎)の10年生存率 は77%で、生体腎移植の10年生存率は82%である。 腎臓の生着率はもちろん、これより劣るわけだが、たと 病腎移植への期待と可能性 え移植腎臓機能を失っても、生存率は透析のみの場合 1月20日の松山、4月17・18日の大阪、東京での講演を よりも高いことが示されている。医療従事者ですら、こ 短くまとめたものが上述のものである。上記以外にも、 の生存率の差を知らない者が多い。 米国でのドナー拡大の取り組みなどもお話しさせてい 日本移植者協議会の移植者実態調査(2002年8月実 ただいた。それらは、Dr.リチャード・ハワードやDr.テ 施) によれば、移植後の健康状態はまったく健康、ほぼ ィモシー・プルートらにより、もっと詳しく述べられると 健康と答えたものが合わせて73.1%、移植後の社会復 思われるので、ここでは割愛させていただく。 帰の状態が健常者とほぼ変わらない、健常者には劣る その後、6月11日にドイツのエッセンで、万波誠医師ら がほぼ普通の生活と答えたものが合わせて90.2%であ による日本の病腎移植を国際学会の場で発言する機会 った 。腎 臓 移 植 を 受 け てよか ったと答 えたものは を得た。その発表では、時間の都合上、悪性腫瘍の症 97.2%にのぼり、移植に対する満足度はかなり高いこ 例の詳細と42例全体の結果を中心に発表した。16例 とが示されている。 の悪性腫瘍症例では、尿管がんの局所再発が1例ある 以上のことより、透析よりも腎移植のほうが、生活の 質、生存率、国家的な費用、患者の満足度で、より優 れていることが明らかである。 ものの、その他にレシピエントへのがんの伝播はなく、 またドナーへの悪影響はなかった。 3月下旬に報道された市立宇和島病院での25例の生 存生着率に関しては、虚偽ではないが、残りの17例の 腎臓移植患者数の実態 生存生着率がとても素晴らしいこと (10年生着率で 85.6%)や高齢のドナーが非常に多いこと (70歳以上の 日本では、現在、年間約3万人の患者が新たに透析 ドナーは病腎移植では42.9%、日本の移植では献腎 を導入されている。同時に約2万人の透析患者が毎年 2.1%, 生体腎4.3%) を考慮しておらず、両者を合わせた 亡くなっているので、透析患者の増加は年間約1万人 生着率は、ドナーの年齢を考慮すれば、死体腎臓のそ である。現在26万人をこえる慢性腎不全患者が透析 れと全く遜色なかった (グラフ1-4) 。 を受けており、その中で、1万人をこえる人が腎臓移植 を希望して、日本移植ネットワークに登録している。 年間の腎臓移植の総数は約1000件であるが、その 会場からの質問は、シンシナティの医師から、 「われ われも同様の移植をした。生存率、生着率に問題はな く、がんの再発も認めなかった。ただ、追跡期間がや DOCTOR'S NETWORK Vol.32 07.8 9 2. 献腎・生体腎移植成績との比較:グラフト生着率 や短かった。日本の症例の追跡期間はどれくらいか」 と 100 いう質問があり、 「最初の症例が1990年ごろなので、最 (%) 長は17年の追跡期間がある。平均ではおそらく6∼7年 80 ではないかと思うが、詳しくは調べてみたい」 と答えた。 その後、同じ方からのコメントで、がんの場合は免疫抑 制剤としてラパマイシンなどを使うとよい、 と示唆があり、 われわれもそう考えていると答えた。 次の質問は「患者に部分切除を勧めないのか」 とい うもので、これに対しては「われわれはたとえ高齢者で 60 40 病腎移植 (n=42) 1年 77.8% 5年 50.4% 10年 39.7% 20 0 も部分切除を強く勧めている。そのため、多くの患者 0 20 献腎移植 (n=3372) 78.9% 60.6% 44.5% 40 60 変わらないと何度説明しても、やっぱり気持ちが悪い る。そういう患者から腎臓の提供を受けた」といった 80 両論なのだが、おおむね死体腎臓の少ないアジア諸 国からは、賛成や強い興味を示された。西洋諸国は、 もう少し用心深い対応で、症例がまだ少ないので、何 とも言えないという反応もあったが、可能性を言下に 120(月) 100 (%) もちろん、会場からの反応は、予想されたとおり賛否 100 3. グラフト生着率の比較: ドナー年齢 70歳 以上 から、ぜひとも取ってくれという患者が少数だがおられ 旨の返答をした。 80 (日本移植学会雑誌 , 2005) が部分切除を選択し、実際に行っている。ただ中には、 腎臓を残しても再発の危険は、腎臓を取ってしまうのと 生体腎移植 (n=8978) 90.2% 75.3% 57.5% 生体腎移植 (n=299) 60 病腎移植 (n=18) 40 20 献腎移植 (n=54) 0 0 否定するようなコメントはなかった。将来的には可能性 20 40 60 80 100 120(月) (日本移植学会雑誌 , 2005) を探ってみたいといったところであろう。 うれしいことに、この学会の主催者のDr. Broelsch (Professor of Surgery, Chairman department of 4. 病腎移植症例のグラフト生着率 100 General, Visceral and Transplantation Surgery, (%) University Hospital Essen, Germany)から、素晴らし 80 い発表だったと個人的にコメントをいただいた。その 60 他にも、有名な移植外科医のDr. S.T.Fan(Professor of Surgery, Department of Surgery, The University of Hong Kong Medical Centre, Hong 40 20 Kong, China), Dr. Sung Gyu Lee(Professor and Chairman, Department of Surgery, Asan Medical Center, University of Ulsan College of Medicine, 0 市立宇和島病院 以外 の症例 (n=17) 1年 85.6% 3年 85.6% 5年 85.6% 市立宇和島病院の症例 10年 85.6% (n=25) 1年 72.0% 3年 60.0% 5年 38.4% 10年 27.4% 0 20 40 60 80 100 120(月) (日本移植学会雑誌 , 2005) Seoul, Korea), Dr. Thomas Heffron(Associate professor, Surgical Director, Emory Transplant Center, Emory University Hospital, Atlanta, Geogia USA, 発表の時の議長だった)、Dr. Nansy Asher (Professor and Chair of Surgery, Department of Surgery, University of California, San Francisco, California, USA) らからも、肯定的なコメントを個人的 藤田士朗 ふじた・しろう にいただいた。 米国フロリダ大学 医学部移植外科助教授 病腎移植に関しては、世界のさまざまな地域でその 移植のバックグラウンドが違うため、全ての地域ですぐ さま広まるといったものではないと思うが、日本や東ア ジア地域のように、死体腎臓の提供に限りある地域で は、選択肢のひとつとして、発展していく可能性が高い と思われた。 10 Vol.32 07.8 DOCTOR'S NETWORK 1956年大阪府池田市生まれ。82年京都大学医学部卒業後、 山口県の都志見病院、愛媛県の市立宇和島病院を経て、米 国ピッツバーグ大学に留学。その後京都大学医学部移植外 科に戻り生体肝移植、ドミノ肝移植などに携わる。米国フ ロリダ大学移植外科アシスタント・プロフェッサー (助教授) として7年目を迎える。
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