地域通貨とエコマネーの導入実態と意義

地域通貨とエコマネーの導入実態と意義
1.地域通貨とエコマネーとは?
いく道として広まったシステムである。現在、
客員レポート
バブル経済の崩壊による不良債権の大量発
1980年の初頭から、世界の各地で地域通貨
生、世界的な金融システムの危機や動揺、不
が誕生し、現在は2,500以上といわれている。
況による企業の倒産や労働者のリストラ、森
その多くが地域からの富の流出を防ぐ目的
林破壊や地球温暖化、少子・高齢社会の急速
で、現金代わりに使われ、地域内の財やサー
な増加、家族・学校・地域・国家のコミュニ
ビスのやり取りに用いられている。各国及び
ティの崩壊、企業経営者や官僚のモラルや責
各団体で導入している地域通貨は一律のもの
任の低下、数多くの事件事故の発生など、
ではなく、その目的やタイプが異なるケース
人々の危機意識は最高潮である。これらの諸
が多い。すなわち、地域の経済循環を構築す
問題は、世界中で進行しつつあるグローバリ
るためにカナダのマイケル・リントンによっ
ゼーションと市場主義をその起源としている
て発案されたレッツ(LETS:Local Exchange
といえる。このような不安は1930年代がそう
Trading Systems)、コミュニティの再構築を
であったように人々の意識の中に新しい何か
目指してアメリカの市民運動家であるエドガ
を求めている中で、再登場したのが「地域通
ー・カーン博士によって考案されたタイムダ
貨」である。
ラー(Time Dollar)、富を地域で循環させよ
上記で述べた地域通貨には大きく分けると
うとコミュニティ活動家ポール・グローバー
2種類がある。一つは、低迷する地域経済の
を中心に導入されたイサカアワー(Ithaca
活性化のためのものであり、ある程度の換金
Hour)、地域経済の振興、コミュニティの財
性を持たせるものである。もう一つは相互扶
政等を目指したトロントダラー(Toronto
助によるコミュニティの再生を図ろうとする
Dollar)、地域コミュニティ内で財・サービス
ものであり、換金性よりは心の気持ちを表す
を交換するためのトラロック(TLALOC)、
手段として用いられている。
中小企業が国民通貨を使用せずにお互いに仕
日本には1990年代の後半から導入が始まっ
事を与え合えあい、取引を活発にしようとし
て、すでに140以上の地域や団体で地域通貨
たヴィア(WIR)、コミュニティの再生を狙
が導入されているが、その地域や団体の事情
って、人々が交流し知識が交換される生涯学
によって、その目的や形式は異なり、さまざ
習社会の一つのモデルを生み出したイタリア
まなタイプの地域通貨が流通している。その
の時間銀行等、さまざまなタイプの地域通貨
中で日本の国情を考慮し、日本ならではの地
がある。
域通貨を提案したのがエコマネーであるとい
える。
地域通貨は、そもそも1929年の世界大恐慌
エコマネーは、「エコロジー(Ecology、環
当時、最悪の経済状況下で、市民が自活して
- 11 -
コマネーを追加することができる。⑦エコマ
境)」、
「コミュニティ(Community、共同体)
」、
ネーが循環することにより、コミュニティの
「エコノミー(Economy、経済)」などの言語
を組み合わせた造語である。エコマネーとは、
「信頼」を醸成する効果がある。地域通貨と
一言でいうと、環境、福祉、コミュニティ、
共通点も多いが、最も大きな違いは5番目と
教育、文化など、今の貨幣で表しにくい価値
6番目の内容である加藤敏春氏はいう。
を、コミュニティのメンバー相互の交換によ
このように地域通貨は、地域コミュニティ
り多様な形で伝える手段である。こうした価
や商店街の活性化、福祉・環境・教育、美術
値をエコマネーで交換することにより人と人
などさまざまな分野で活用可能性を持つツー
との交流を促進し、結びつきを強めることを
ルとして注目されている。世界の各国で導入
ねらっている。エコマネーは現金や商品とは
されている地域通貨及び日本で最も多く導入
交換できず、お金では表せない価値を地域内
しているエコマネーについて、その効果のみ
で循環させる点に特徴がある。
ならず問題点、実際の課題、その普及や定着
日本で最初にエコマネーを提唱した日本経
に向けた組織や環境整備など地域通貨の今後
済産業省関東経済産業局総務企画部長加藤敏
のあり方について検討したい。この文書でエ
春氏は、「LETSや地域通貨は、基本的には、
コマネーというのは世界の様々な地域通貨の
その地域内や仲間同士のみで流通するお金を
一種類であるとの捉え方を持って述べたいと
つくることで、地域外にお金を逃げていかな
思う。
いようにする方法である。つまり、従来のお
金に対する「補完通貨」である。一方、エコ
2.地域通貨の仕組みと取り引き
マネーは、時間を単位にして、人の善意に対
する感謝の気持ちなど、市場経済の尺度では
1)地域通貨の導入手順
測れない価値に対して支払われるものであ
る」とエコマネーと地域通貨のちがいを語っ
地域通貨やエコマネーを始めるためには、
ている。
どのように進めていけばよいのであろうか。
エコマネーの特徴として、①地域の生活者
上記で述べたように各地域で導入する地域通
自身が発行する。住民団体やNPO(非営利
貨は、様々な形があり仕組みも多様であるの
組織)のような行政以外の組織で運営される。
で、ここではエコマネーの基本的な流れにつ
②サービスメニューの登録が必要。「してほ
いて述べることにする。
しいリスト」と「してあげられるリスト」が
冊子やインターネットのホームページなどで
①必要性の検討
配布される。③一定期間経過すると振り出し
自分が住んでいる地域を将来どのような特
に戻る(有効期限がある)。あるいは、期間
性をもつ地域にするか、最も地域で必要とす
中に価値が次第に減価していく。④貯めても
るものは何か。地域の発展のために誰が、何
利子が付かない。⑤現金との交換や、商店で
時、何処で、何を、如何して、何故という疑
売られている商品やサービスを購入すること
問をはっきりする事から始められるのであ
ができない。⑥エコマネーの値付けは取り引
る。この中でも「誰が」するのかの質問は当
きする生活者が行う。1時間当りのサービス
然、「私」である。残り五つの疑問に応えな
について○○エコマネーということが基準に
がら明確な地域のイメージを作り上げていく
なる。ただし、「思いやり」や「感謝の気持
必要がある。最も地域発展の支えとなるのは
ち」を表す場合はプラスαとして補助的なエ
「地域住民の協力や支えあう」ことであるが、
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エコマネーはこれに必要な「地域コミュニテ
住民を参加させることが大事である。委員会
ィを再生」するツールである。
では、地域住民各自から「できること、して
あげたいこと」、「してほしいこと」の登録を
しかし、このように地域通貨がさまざまな
効果をもたらすツールであっても、地域住民
受けて、「サービス・メニュー表」を作る。
や地域のリーダーがどのような意向を持って
これは、冊子あるいはインターネットで見れ
いるのかをアンケートやヒアリング調査によ
るようにすればよい。
このように参加者のニーズを把握するとと
り把握する必要が求められる。
もにエコマネーの流通実験に参加させるメン
バーを募集する。実際の本格実施にはできる
②地域通貨の検討会または委員会の構成
だけ多くの人々の参加を呼びかけるための広
パイオニア的役割を果たすメンバーが中心
報活動も積極的に行わなければならない。
となり、○○研究会、○○検討会、○○委員
会などを設置し、地域通貨に対する勉強会や
⑥実験開始(最低第3次実験)
情報収集、事例調査などを行う。
上記のように登録した「サービス・メニュ
ー表」を用い、一定の期間を定め、実験に入
③目的や事業内容の確定
地域通貨の対象になる地域発展のために必
る。第1次実験を分析して課題を見出し、補
要なすべてが対象となる。しかし、そのため
完していく反復実験を行うことにより、本格
には上記の検討会で予め、十分な検討を行い、
実施に備えての完璧な体制づくりができる。
具体的な行動指針が提示されなければいけな
北海道栗山町の場合、第1次実験の課題と
い。その第一歩となるのは、導入目的や事業
して、コーディネーターによるマッチングが
内容を確定し、環境、福祉、コミュニティ、
必要であることがわかった。第1次実験にお
教育、文化など各分野についての具体的な進
いては、「サービス・メニュー表」を各メン
め方や各自の役割を定める。
バーに配布してサービスの提供を希望する人
から電話などでコンタクトしてもらう方式を
取ったのであるが、顔見知りでない人にコン
④先進事例地の見学及び分析
タクトしづらいという声があがった。そこで、
カナダのLETS方式、アメリカのイサカア
ワー、イタリアの時間銀行などの先進事例や
第2次実験では、ある町内会を選びサービス
日本の先進事例を見学及びその分析を通し
提供者とサービス受領者をマッチングするコ
て、自分の地域に適合した形の地域通貨やエ
ーディネーターを配置したところ、利用者に
コマネーに作り直し、導入する。
好評を得、やり取りが増加する結果が出た。
総合分析し、①からもう一回フィードバッ
このように実験を重ね、試行錯誤を通して地
クし、再検討を行い、最終的に事業内容や進
域の特性に合ったエコマネーを作り上げるこ
め方を確定するとともに、地域の特性に合っ
とが必要である。
た地域通貨の名前と、通貨発行形式などを決
⑦本格実施のための体制づくり
定する。
地域でエコマネーの流通を始めるには、参
加者の募集、説明会の開催、紙幣や通帳の準
⑤メニューの作成及び参加メンバーの募集
エコマネーはあたたかい心をつなぎ、それ
備、メニュー表の作成など、多くの作業と経
が人と人をつなぎ、コミュニティで信頼を創
費が必要となる。このためにはエコマネーの
造することであり、可能な限り、多くの地域
実施に携わる住民の熱意が必要なのはもちろ
- 13 -
2)エコマネーの仕組み
<図表1> エコマネーの仕組み
エコマネーは、地域コミュニティにおいて、
運営団体
メニュー表
住民同士の相互扶助や交流になりうるサービ
スすべてを対象にしているので、あるサービ
メンバー加入・
サービス登録
(受領、提供)
メンバー加入・
サービス登録
(受領、提供)
スを提供することによって得たエコマネー
で、別のサービスを享受することができる仕
組みである。
連 絡
提 供 者
サービス提供
住民、行政、企業、各種NPO、組合等の共
依 頼 者
同イニシアティブにより、エコマネー運営団
エコマネー支払い
(資料)
『あたたかいお金「エコマネー」
』p.39
体(NPOなど)が設立される。エコマネー運
営団体は、自治体や町内会・自治会などの協
加藤氏作成
力を得て、本人からサービスの提供と受領に
関する希望を徴取して集計し、会報やインタ
ん、運営組織の確立や事務所の確保、資金の
ネットのウェブなどでサービス・メニュー表
調達の安定化が必要である。
を作成するなどの任務を果たす。
また、エコマネーの特徴は、利子が付かな
3)通貨発行形式
いのはもとより、ある一定の期間が経過する
と振り出しに戻ることなど、エコマネーの運
地域通貨は発行形式によって紙幣形式(硬
営を支える人材の育成も不可欠である。この
貨を含む)、通帳形式、手形形式に分けるこ
ためには行政や企業とのパートナーシップが
とができる。しかし、必ずしも一つの形式で
重要であると考えられる。
はなく、二つ以上を併合しているケースが多
<図表2> 紙幣(硬貨)の様々な見本
(由布院の硬貨)
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やサービスを取り引きした後に参加者各自が
い。
紙幣形式は北海道栗山町「クリン」、小樽
所有する通帳や管理運営団体が管理する電子
市「タル」、滋賀県草津市「おうみ」、アメリ
上の口座などにお互いの受け渡し結果を記録
カのニューヨーク州イサカ市「イサカアワー」
する形式である。紙幣形式が管理運営団体等
などに代表される。紙幣を発行する形式の地
による集中発行であるのに対し、通帳形式は
域通貨は、実際に紙幣と言うものが存在する
各個人の信用保証の連なりによって構成され
ことから、見て触れることが可能である。ま
ているため、メンバーシップの中でスムーズ
た、紙幣自体にコミュニティ独自の図柄や標
な運用が可能である。なお、参加登録制であ
語を印刷することにより、非常にシンボリッ
るため、誰が参加者かがはっきりしており、
クで多くの人々に対するアピール性を有する
流通範囲を明確にすることができるという利
と同時にコミュニティ内外に向けたメッセー
点もある。以下のサンプルは、北海道苫小牧
ジを発信することができる。以下のサンプル
市の「ガル帳」、下川町で用いられている地
は、各地域で導入している通貨発行型の例で
域通貨「LETS Fore」である。「LETS Fore」
ある。
は、4回織り上げると名詞サイズの大きさに
通帳形式は北海道苫小牧市の交換リン「ガ
なり、常に財布などに入れやすく工夫してい
ル」、下川町「Fore」、千葉県千葉市「ピーナ
る。さらに、破れにくい紙を使ったのみなら
ッツ」及びカナダ・バンクーバー島のコモッ
ず水にも耐えるようなものを使用している。
クス・バレーでマイケル・リントンにより創
手形形式は、大分県湯布院町「yufu券」、
始された「LETS」などに代表される。通帳
日本全体を流通範囲としている「ワット券」、
形式の地域通貨は、紙幣発行は行われず、財
メキシコの「トラロック」などに代表される。
<図表3> 通帳式の様々な形態
年月日
交換相手
ガル勘定
交換内容
(物品、サービス、知識)
提供した時 提供を受けた時
+
−
+
−
+
−
+
−
+
−
ガル残高
交換相手
サイン
<北海道苫小牧市「ガル帳」>
Fore 収支表
氏名: 番号:
# いつ
1
2
3
4
5
何を
誰と
サイン
収入
+
+
+
+
+
<北海道下川町の地域通貨「LETS Fore」>
- 15 -
支出
-
繰越
収支
りの手法であると語っている。
<図表4>手形の見本(湯布院町のyufu)
①コミュニティの課題を、従来のように税
金を投入する行政の手法ではなく、ビジネス
チャンスとして捉えてビジネスの手法により
解決する。
②担い手は、アントレプレナーシップ(起
業家精神)をもってコミュニティの課題を解
決する「市民起業家」である。
③NPOやボランティア活動などの非営利活
動によって生まれたコミュニティ価値を経済
的な価値に変換する。
手形形式の地域通貨は、財やサービスの受け
④営利活動と非営利活動の両面を有する。
た後に受益者個人が手形を振り出し、相手が
⑤生み出された経済的価値をもって、NPO
通帳を持っていなくても、取り引きの行うこ
など地域コミュニティの運営団体の活動の財
とのできるタイプである。
源とする。
⑥介護、福祉、育児、家事支援、教育、環
4)エコポイント
境保護、動物愛護、ものづくり、観光、まち
北海道栗山町で実施しているもので、1冊
づくり、インターネットのコンテンツをつく
15枚綴のもので、1枚に5ポイント分の押印
るビジネスなど、いろいろな分野にわたるも
欄を設けており、さらに切り取り線を入れて
のである。
いるので、5ポイント貯まった時点でカード
すなわち、地域住民自身による地域コミュ
を切り取って500クリンと交換できるように
ニティの再生活動を「活動」のレベルから雇
なっている。
用を生ずる「ビジネス」にする必要がある。
切り取られたカードから、運営団体ではど
地域コミュニティの再生活動を「ビジネス化
の参加者がクリンと交換したかを把握するた
する」ことによって、スピードがつき、継続
め、各カードの右上に「参加者No.」を付
性が生まれ、地域コミュニティの多様な人、
けている。表紙裏面には利用方法などについ
モノ、カネ、情報を巻き込んで展開し、地域
ての説明も記載している。サイズはほぼカー
社会の信頼を得ることができる。
ドサイズと同様。横95mm×縦55mm。試験流
エコマネーの普及のために設置した「エコ
通スタート時に、参加者1人に対し1冊(15
マネー・ネットワーク」は、エコマネーを導
枚綴)配布する。
入しようという地域コミュニティに対する支
援組織としてさまざまな活動を展開し、その
5)コミュニティ・ビジネスの実行
成果は目覚しいものであると思われる。
エコマネーの提唱者である加藤敏春氏は、
「コミュニティ・ビジネス」とは、地域の生
3.地域通貨の普及傾向と特徴
活者・住民が主体となって、地域の課題をビ
ジネスチャンスとして捉えて“地域課題解決
1)各国に広がる地域通貨
ビジネス”を推進することにより、地域にお
けるコミュニティの再生と地域経済の活性化
現在、われわれが使っている一般通貨(国
とを同時に達成しようという新しい地域づく
民通貨)は、①交換手段としての機能、②計
- 16 -
という指摘もある。
算単位としての機能、③価値保証の手段とし
ての機能、④投機の手段としての機能、⑤経
イサカアワーはイサカ地方の地域経済振興
済圏を維持する手段としての機能が上げられ
ため、利用可能な地域を限定した地域通貨を
ている。以下の図でわかるように90年代に入
導入することによって、その地域内での経済
り世界でさまざまな地域通貨が発行され、そ
循環を作ることである。トロントダラーも地
の数が急速に伸びていることがわかる。この
域経済の振興、コミュニティの再生を目指し
地域通貨は一定の地域コミュニティでしか流
ている。市内の交換所で1:1のレートでカ
通することができない。
ナダドルと交換できるが、交換されるカナダ
地域通貨のうち最も数が多いのは、LETS
ドルの額面の10%はコミュニティ機関の支援
方式である。LETSとは、地域内の財・サー
のための基金に直接寄付される仕組みであ
ビスを地域内で流通する地域通貨を用いて交
る。
これらに対して、タイムダラーは地域の経
換しようというものであり、その数は99年現
済の活性化を目指して生まれたのではなく、
在1,600地域以上にのぼっている。
地域コミュニティの再生を目指し、「助け合
LETS導入の主たるねらいは、国民通貨を
補完する通貨として地域内のみで流通する通
い」を主たる目的としたのである。しかし、
貨を作り、地域内で資金循環を作り上げるこ
タイムダラーは地域により、また時代的な背
とにより地域内の経済循環を構築しようと言
景により、お金との交換性が要求された場合
うものである。これに対して貨幣の流通する
交換できる融通性を持っている。日本では、
範囲が従来の国民通貨のような貨幣経済であ
タイムダラーを参考にした「時間預託」が65
ったり、取り引きの関係を貨幣経済と同様に、
団体で、有償ボランティア運動の対価として
債権・債務関係で捉えていたり、通貨の発行
発行される「ふれあい切符」がおよそ320団
をNPOが中央で一元的にコントロールするな
体でそれぞれ発行されている。
ど、現在のお金の代替として構成されている
<図表5> 90年代以降活発化する地域通貨
(資料)B・リエター『The Mystery of Money』
- 17 -
2)日本に広がる地域通貨
育、商店街の復興につながり、結果的には地
域や市街地の活性化と結びつくことがわか
日本には、1990年後半に地域通貨又はエコ
る。
マネーというのが導入され始めてから現在ま
で、本格実施や実験段階、導入の検討などが
北海道の下川町で流通しているフォーレ
行われているところを合わせると、全国で
は、モノやサービスを交換し、地域コミュニ
140ヶ所以上ある。各地域や団体で導入して
ティの活性化を図ろうとするものである。フ
いる地域通貨を目的別、形式別に正確に区分
ォーレは1時間当りの仕事量を、その仕事の
することは難しい。地域通貨はそもそも一つ
内容ごとに○○フォーレと換算する。今のと
の目的を持つものではなく、二つ以上にまた
ころ1時間千フォーレ(1フォーレは1円を
がる特性がある。図表6で示すように、地域
目安)としているが、これは北海道の最低賃
通貨やエコマネーは介護・福祉の相互扶助、
金よりも高い。フォーレは、何かをしてもら
地域コミュニティ、地域づくり、環境、教育、
おう、してあげることで移動し、手持ちの通
商店街の活性化などさまざまの分野で導入す
帳の額も増減する。マイナス5千∼1万の間
ることができる。これらは一つの目的から始
は、黄信号、マイナス1万円以上で赤信号と
められてもその波及効果は複数で表れる。
し、取り引きに制限を加えることとしている。
地域通貨やエコマネーの導入段階は、参加
苫小牧市の地域通貨「ガル」は、人と人と
人数も少なく、その趣旨をよく理解する人は
の交流が「つながる」のが「ガル」に由来す
すくないが、実験段階を経て、だんだん普及
るという。「ガル」を利用する会員になるた
され、その旨をよく理解するひとが多くなり、
めには、既存の会員2名の推薦と入会金500円、
地域コミュニティが活発になり、それが地域
年会費1,000円を支払い、ガル帳を受け取り、
活性化につながると言うこととなり、相互に
取り引きを始める。入会費や年会費はガル帳
関連することがわかる。
やリスト、会報作成の経費として使用する。
それで、正確に分類することは難しいが、
半年1回ずつガル残高が集計され、プラス残
各地域や団体で導入する主な目的から分類を
高の保有者から5%をガル活性化資金として
試みたことから、地域の相互扶助により、地
徴収し、委員会の報酬として支払われる。
小樽市では、2000年「おたるエコマネー実
域のコミュニティが再生し、それが環境や教
<図表6> 日本の地域通貨の区分
導 入 地 域 及 び 団 体
北海道栗山町(クリン)、富山県富山市戸山福祉生協(キトキト)、北海道小樽市
(タル)、青森県むつ市(ゆい)、千葉県東金市(どんぐり)、福井県小浜市(地域痛
心券)、兵庫県神戸市東灘区(らく)、兵庫県尼崎市(らく)、愛媛県関前町(タイ
ムダラー「だんだん」)
、鹿児島県西之表市(ドンが)
コミュニティ形成 東京都多摩ニュータウン(COMO)、東京都早稲田商店街(軒先パソコン塾)、北海
(再生)又はコミ 道帯広市の森市民農園(サラダ)、山形県鶴岡市(もっけ)、群馬県前橋・高崎市
(ありがとう)、群馬県太田市、神奈川県横浜市(えこ)、神奈川県藤沢市(善)、神
ュニティ活性化
奈川県大和市(LOVE)、静岡県磐田市(ポエマ)、愛知県豊田市(エコー)、岐阜県
岐阜市(ギフト)、岐阜県多治見市(りょう)、三重県伊勢市(セタ)、京都府京都
市(仁)、大阪府河南町(ちゃこーる)、大阪府吹田市(モモマネー)、兵庫県神戸
市東灘区(かもん)
、兵庫県姫路市(千姫:電子マネー)、兵庫県加古川市(RIVA)
、
兵庫県氷上郡(みと)、島根県松江市(だがぁ)、熊本県人吉市(JAIYO)、熊本県
水俣市(結い)、大分県湯布院町(yuhu)
長野県飯田市、東京都渋谷区(アースデーマネー)、長野県飯田市(ムトス)、滋賀
環 境 対 策
県野洲町(エコサンカード)
、京都府京都市(キョートレッツ)、鳥取県鳥取市、
目的別の区分
介 護・福 祉
- 18 -
商 店 街 活性化
市街地・まちづく
り・地域活性化
ものやサービスの
交換
生 涯 学 習
ボランティアサー
ビス(活動)の活
性化
千葉県千葉商店街(ピーナッツ)、高知県高知市(エンバサ)、東京都世田谷区(ダ
イヤスタンプ)、神奈川県横須賀市(リング)、新潟県上越市(ごまんただすけいー
ねかね)、静岡県清水市(E.G.G.S)、三重県四日市市(シップ)、岡山県倉敷市(ら
っきょ銭)、高知県高知市(エンバサ)
長野県駒ヶ根市(ずらー)、富山県高岡市(どらー)、滋賀県草津市(おうみ)、兵
庫県宝塚市(ZUKA)、広島県広島市(カントリー)、北海道札幌市(ガバチョ)、
北海道苫小牧市(ガル)、北海道帯広市(Cee)、宮城県仙台市(まちづくりチケッ
ト)、宮城県登米町(ポートン)、群馬県桐生市、群馬県前橋市(間)、埼玉県さい
たま市(エッコロ)、千葉県柏市(エッグ)、神奈川県横浜市、石川県金沢市(もろ
み)、静岡県天竜市(ベア)、愛知県西尾市、京都府(ハミー)、京都府綾部町(ゆ
ーら)
、大阪府大阪市(カマ)、山口県山口市、高知県高知市(優)
、
北海道札幌市(からっと)、北海道富良野市(ふらのフラン)、北海道黒松内町(ブ
ナ∼ン)、北海道下川町(Fore)、北海道女満別町内(メルン)、北海道白老町(は
ぷ)、宮城県仙台市(ビー)、宮城県川崎町(ノラ)、福島県会津若松市(会、会s)、
東京都世田谷区(クラブ)、富山県高岡市(ドラー)、福井県鯖江市(えちぜん・徳)、
山梨県高根町(福)、長野県上田市(まーゆ)、長野県穂高町(ピース)、長野県豊
丘村(ダニー)、愛知県名古屋市(なーも)、愛知県半田市(LETSチタ)、岐阜県大
垣市(すまいる)、兵庫県神戸市長田区(ミクラン)、兵庫県神戸市須磨区(れい)、
兵庫県但東町(シルク)、広島県東広島市(カントリー)、香川県高松市(せと)、
愛媛県松山市(いまづ)、愛媛県松山市(となりぐみ)、愛媛県久万町(いっしょう
けんてつだいますめい券)、愛媛県久万町(はねがい)、愛媛県津島町(お助けカー
ド)、愛媛県玉川町(バンブー)、福岡県福岡市(よかよか)、長崎県北松浦郡(パ
ール)
、大分県中津市(fuku)、鹿児島県入来町(エッグ)
、沖縄県(しおせん)
富山県富山市(夢たまご)
、
秋田県峰浜村(桃源)、神奈川県川崎市(福)、富山県富山市(ゴー!ゴー!チケッ
ト)、長野県伊那市(い∼な)、長野県四賀村(エコビー)、静岡県(ぱれっつ)、静
岡県浜松市(だら)、愛知県長久手町(時間券)、岐阜県津市(mie)、三重県四日市
市(ポート)、三重県松阪市(ループ)、滋賀県山東町(ルッチマネー)、大阪府寝
屋川市(ありがとう)、奈良県明日香村(コースター)、兵庫県神戸市長田区(アス
タ)、山口県山口市(ワピー)、愛媛県新居浜市(わくわく)、愛媛県波方町(ゆう
ゆう)
、福岡県大牟田市(コール)、佐賀県富士町(BigLeaf)、
岩手県盛岡市NTT岩手支店、広島県海田町(エコマネー)
、
インターネットでの
サービス交換
地域産業(企業)の購買層拡大 東京都大田区(玉DENマネー)、新潟県村上市、
知識・地域資源の 東京都小金井市(こがね)、東京都立川市(ポラン交換リン)、鹿児島県鹿児島市
(アース=E)
、
活用
コミュニティビジネスの促進 東京都三鷹市、神奈川県、
長野県美麻村(縁)、熊本県水俣市(林)、
食品などの地域自給
、兵庫県西宮市(こく)
、
都市と農村の交流 山梨県白州町(まめ長者・r)、兵庫県神戸市中央区(こおみ)
職 員 研 修 三重県津市(大夢)、
鹿児島県川辺町(花子)、
障害者への助け合い
注:(
)は地域通貨名
行委員会」を構成し、「たる(taru)」という
ィが欠けている。エコマネーを気軽に利用さ
名前のエコマネーを流通させている。小樽市
せ、地域の人間同士の交流を活発にするとと
の「タル」は、小樽にちなんで名付けたもの
もに、それを村づくりの活性化に結び付けて
で、「百タル」、「五百タル」、「千タル」の3
いきたいということから始められた。第1次
種類の紙幣がある。これは、お金として評価
実験は、2001年11月∼2002年1月まで行われ、
しにくいボランタリーな活動やサービスの対
問題点を補足し、現在、第二次実験を来年3
価を交換する地域通貨である。導入背景は、
月まで実施する。これは3ヶ月ごとに「して
比較的古い町でありながらも地域コミュニテ
ほしい、してあげたいメニュー」を変える方
- 19 -
点である。
法で行われている。エコマネーを現場で実施
している事務局長として指摘する問題点は、
愛知県関前村の「グループだんだん」は、
①エコマネーの普及・啓蒙活動の難しさ、②
タイムダラーを導入したものである。メンバ
エコマネーの値打ちの基準(エコマネーの標
ーが20枚のチップをもらってサービスのやり
準化)、③現在流通されている国民通貨との
取りを開始する。チップがなくなると事務局
交換性のないエコマネーの限界性、④人の信
により追加のチップが発行され、新年度には
頼性の補償問題などを指摘している。その中
すべてのメンバーが20枚から再びスタートす
でも利用者から多く出されている希望は、あ
る。これにより、知らない人同士が親密にな
る程度はお金と変えられるシステムを導入し
ったり、困った時に気軽に援助を求められる
てほしいとの意見が多いようである。そして、
ようになり、助け合いの精神が広がるという
現在のお金に価値を持っている人々の考え方
積極的な効果があげられている。
をどのように変えるのかがエコマネーの成功
のカギであると考えられる。
エコマネーの代表サンプル地域と言えば、
4.結 論
やはり北海道栗山町である。最も早く実験を
始め、すでに3次実験が終わり、その結果を
最近はボランティアに参加する人々の動機
まとめ、本格導入に向けて準備する最中であ
が、単に自分の得た何かを社会に還元したり
る。栗山町は、くりやまエコマネー研究会を
与えることによって満足を得るだけでなく、
設置し、エコマネーの検討を始めた。セミナ
人との出会いや研究によって新しいことを学
ーの実施、海外事例調査、広報誌の発行、ビ
んだり、仕事に役立つ技術を身に付けようと
デオ政策など普及活動に力を入れた結界、全
いう実際的な傾向が目立つようになった。す
国の先進地であるという評価も出されてい
なわち、自己犠牲よりは、エコマネーの基本
る。
思想である相互扶助を求める傾向と変わった
鳥取県には、西伯町あいのわ銀行推進事業
といえる。このような考え方は一般化されつ
がある。これは超高齢者社会に対応すべく、
つ、地域通貨やエコマネーが広がる傾向を示
地域住民の自助・互助・互恵の精神をよりど
すことと予想される。
ころとし、恵まれない人を制度的に保証し、
この地域通貨は、全く新しい概念ではなく
また善意の人々の活動を社会に残し、もって
日本に昔からあった「結い」、「手間換え」、
地域住民がお互いに助け合い、信頼を高めな
といった言葉が表すように、相手の労働力を
がら「幸せで安心して暮らせる福祉のまちづ
借り、自らの労働によってお返しする「総合
くり」を目指すものである(西伯町あいのわ
扶助」により地域の同和が図られてきた。日
銀行推進事業実施要綱より)。西伯町の委託
本では地域通貨やエコマネーという言葉が流
を受けた西伯町社会福祉協議会が「銀行」の
行になったのはせいぜい5∼6年弱であるにも
運営に当たり、会員の活動時間は1時間1点に
かかわらず、その普及速度は止め所もないよ
換算され、口座に預託される。預託された点
うである。これはある意味では、人情もない、
数は、担い手が受けて担った時、利用できる
乾いた社会、個人社会の行き過ぎた現代社会
時間預託制である。エコマネーとの根本的な
に対して、反撃したいという気持ちが地域通
違いは、エコマネーは一定の期間がたつと、
貨を通して表れるのではないかと思われる。
振り出しに戻るに対し、時間預託の場合は短
しかし、地域通貨やエコマネーはいずれも
時間内にリセットすることができないという
まだ実験の初期段階であるところが多く、本
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格的に実施しているところも参加人数の確保
5.日本経済新聞社・日経産業消費研究所(2002)
と積極的なやり取りなどについて悩んでいる
『急増する地域通貨ー現在版「藩札」事情ー』
日経地域情報385:1-19
ところが多いのが現状である。
6.第一住宅建設協会(2002)『LETS的まちづく
現在、日本の各地で実施している地域通貨
り』city@life : 6-9
は、お金と交換性を持たせる形式もあるのに
7.細内信孝(2001)『コミュニティ・ビジネス』
対して、エコマネーは換金性を認めないで心
中央大学出版部
と善意の気持ちを表すものに限られる。実務
8.細内信孝(2001)『地域を元気にするコミュ
ニティ・ビジネス』ぎょうせい
に携わっている人々からの声は、参加者の中
9.岐阜県産業経済振興センター(2001)『地域
にはある程度は現在流通している国民通貨と
通貨の可能性』NO.111
交換性を持たせてほしいとの意見があるとい
10.ベルナルド・リエター(2000)『マネー崩壊
うことである。これらを導入することはそれ
ー新しいコミュニティ通貨の誕生ー』日本経
ぞれ長・短所があり、その議論は永遠に続く
済評論社
かも知れない。お金と交換できるとか、でき
11.あべよしひろ・泉留維(2000)『だれでもわ
かる地域通貨入門』北斗出版
ないとかの問題ではなく、運営の業によるも
12.白川昌生(2001)『美術、市場、地域通貨を
のと考えられる。
めぐって』水声社
世界各地及び日本の各地域で導入している
エコマネーや地域通貨は、確かに地域コミュ
<参考ホームページ>
ニティの再生を通して地域の商店街の活性化
1.エコマネーネットワーク
や村づくり、ボランティア活動の活性化など
http://www.ecomoney.net/
地域経済に大きく影響していることは確かで
2.くりやまエコマネー研究会
http://www.mskk.gr.jp/ecomoney/
ある。しかし、この活動を続けていってもっ
3.地域通貨おうみ委員会
と大きい効果をあげるためには、解決すべく
http://www.kaikaku21.com/ohmi/
課題も多いようである。例えば、地域通貨の
4.苫小牧市交換リング「ガル」
換金性の確保のための法改正、各地域通貨運
http://city.hokkai.or.jp/~ishikoro/garu.html
営委員会への運営費の支援、人材育成及び発
5.湯布院地域内交易システム「yufu」
掘、官と企業の参加、啓蒙・普及活動、利己
http://www.coara.or.jp/~yufukiri/letsyufu/yufu.html
6.西部忠
主義に対する人々の意識改革などがあげられ
http://www.econ.hokudai.ac.jp/~nishibe/
る。
(韓国・江原発展研究院研究委員)
7.くろねっと
http://www.d1.dion.ne.jp/~unizun/lets.html
8.レインボー
<参考文献>
http://www.rainbow-ring.net/
1.北海道(2000)『豊かなコミュニティづくり
9.LETS
を目指す地域通貨の可能性ー地域社会の創造
http://www.gmlets.u-net.com/
的な活性化を求めてー』北海道自治政策研究
10.イサカ・アワー
センター
http://www.lightlink.com/hours/ithacahours/
2.加藤敏春(2001)『あたたかいお金「エコマ
11.トロントダラー
ネー」
』日本教文社
http://www.torontodollar.com/
3.加藤敏春(2001)『エコマネーの新世紀』剄
12.タイムダラー
草書房
http://www.timedollar.org/
4.愛媛県(2000)『地域支え合いのきっかけづ
くり地域通貨』地域通貨検討委員会
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