2つの共振モードが近接した圧電振動子の等価回路定数算出法の開発 山形大学工学部技術部 基盤技術室 山吉康弘 の振動速度 v0 は fr で極大となる共振特性を示 1.まえがき チタン酸ジルコニア酸鉛などのセラミックス すが,この特性は,RLC 直列電気回路を流れ や水晶・LiNbO3 などの単結晶は,電気的エネ る電流の振る舞いと全く等価であるため,振動 ルギーと機械的エネルギー間の変換作用であ 子の機械的振動をそれと等価な電気回路に置 る圧電効果を有しており,それを利用した圧電 き換え,その回路定数の値を指標として圧電 振動子は,フィルタやセンサ,アクチュエータ 振動子の評価を行うことができる。 などの広い分野に応用・実用化されている。従 図2(a)に単一の共振モードのみを考慮した 来から,圧電振動子の性能を電気的アドミタン 圧電振動子の等価電気・機械回路を示す。理 ス特性から算出した等価回路定数で評価する 想変成器の右側が機械的共振特性を表す機 方法が一般的に用いられている[1,2]が,その 械回路であり,r,m,s は等価機械抵抗,等価 多くは単一の共振モードを対象にした方法で 質量,等価コンプライアンスである。左側は誘 あり,結合共振モードや縮退分離した共振モ 電体としての電気特性を表す電気回路であり, ードのように他の共振モードが近接している場 Cd ,Rd は制動容量と誘電損失抵抗である。A 合には非常に誤差が大きくなり,正確な評価が は電圧と振動子先端の集中力 F0 との間の変成 できない。そこで,今回,2つの共振モードが 比であり,力係数と呼ばれており,この値が大 近接した圧電振動子に適応できる等価回路定 きいほど,電気と機械的エネルギー間の変換 数の算出方法を開発した。 効率が高い。図2(b)は等価電気回路であり,R, L,C は等価電気抵抗,等価インダクタンス,等 2.圧電振動子の等価回路 図 1 に基本的な圧電振動子の構造を示す。 板厚方向に分極軸がそろった長方形板であり, 両面に給電用の電極が成膜されている。電気 端子に周波数 f の交流電圧 V を印加すると, 価容量である。圧電振動子の評価には,共振 尖鋭度 Q(=2πfrL/R)および容量比 γ(=Cd/C) が代表的に用いられる。Q は大きいほど振 動損失が小さく,γ は小さいほど電気機械結 圧電逆効果により長方形板に繰り返し周波数 f 1 :A I の伸縮歪が生じる。圧電振動子の材料定数や 形状で決まる固有周波数 fr に f が一致すると v0 Im m s F0 V Rd r Cd 長方形板の伸縮歪の振幅が極大化し,機械的 に共振する。このとき,周波数 f と振動子先端 (a) 等価電気・機械回路 V(f) F0 v0 I R L C I V Rd Cd Poling (b) 等価電気回路 図1.基本的な圧電振動子の構造 図2.圧電振動子の等価回路 合効率が高い。なお,振動子には振動姿態 が最小となるように最小自乗法を適応して, によって共振周波数が異なる無数の共振モ x0 ,y0 ,r0 を以下の式から求める。ここで,εi ードが存在するが,ある特定の共振モード =(Gi-x0)2+(Bi-y0)2-r02 である。 に着目した場合,その共振周波数近傍に他 の共振モードが存在しなければ,それらの ( ∑ G − ∑ G ∑ G ) (N ∑ G B − ∑ G ∑ B ) ( ∑ G B − ∑ G ∑ B ) (N ∑ B − ∑ B ∑ B ) N (∑ G + ∑ G B ) − ∑ G (∑ G + ∑ B ) N (∑ B + ∑ G B ) − ∑ y (∑ G + ∑ B ) x0 1 N y = N 0 2 り扱うことができる。 算出法 等価回路定数を算出する方法はいくつか報 告されている[1,2]が,誘電体損失は実用上無 視できる場合が多いことから,ほとんどの方法 では Rd が考慮されていない。しかし,厳密な評 価を可能とするために Rd を考慮した等価回路 定数の算出方法を考案した。図3に圧電振動 子の共振周波数近傍における電気的アドミタ ンスの周波数特性の典型例を示す。Q の比較 的大きな圧電振動子のアドミタンス特性は,ほ ぼ円形になる。そこで,周波数 fi に対するコン ダクタンス Gi とサセプタンス Bi を数点測定し (i=1~N),それらの離散的なデータ群(Gi, Bi) を円の方程式で最小自乗近似して求める方法 を考えた。以下にその手順を示す。 1.測定したデータ群(Gi, Bi)(i=1~N)を,中心 座標(x0 ,y0 ),半径 r0 の円の方程式(G- x0)2+(B-y0)2=r02 で近似し,残差自乗和 Σεi2 B Bmax i i i 3 i 3 i 影響は無視でき,単一共振モードとして取 3.誘電体損失を考慮した等価回路定数の 2 i r02 = 1 N (∑ G 2 i i i 2 i − 2 x0 i i i i i 2 i 2 i ∑G + ∑ B i 2 i i 2 i i 2 i i − 2 y0 i −1 i i 2 i 2 i ∑ B )+ x i 2 0 + y 02 2.点 O から円の中心(x0,y0)を通る直線と点 O から測定点(Gi, Bi)を通る直線とのなす角 度をφi とすると fi は tanφi=(Bi-y0)/{Gi-(x0 -r0)}との関数で表すことができる。φi=0 に おける周波数が共振周波数 fr であるから, tanφi=0 となる周波数を以下に示す Neville の補間法を用いて求めて,fr とする。このとき, fi に対してφi が単調減少する範囲のデータ点 のみを用いると解が発散しにくい。 N 0, 0 = f1 k=1, 2 ~ N-1 に対して N k , 0 = f k +1 N k, j = tan φ k +1 N k −1, j −1 − tan φ k − j +1 N k , j −1 , (j=1, 2 ~ k) tan φ k +1 − tan φ k − j +1 f r = N N −1, N −1 3.制動容量を Cd=Σ(y0)/ωr として求める。ここ での Σ(y0)は手順1~4を繰り返す過程で求 めた各 y0 の値の総和であり,ωr=2πfr である。 4.(fi, Gi, B0i)に対して改めて手順1から繰り返 (f1, G1, B1) (f2, G2, B2) し,x0,Σ(y0),r0 が収束するまで繰り返す。こ (fi, Gi, Bi) こで B0i=Bi-ωiCd であり,ωCd の周波数依存 性による y0 の変化の影響を取り除くことにより, y0 低 Q の振動子にもある程度対応できる。 φi O 5.x0,Σ(y0),r0,fr の収束値を用いて,誘電損 r0 失 抵 抗 を Rd=1/(x0-r0) , 制 動 容 量 を (fN, GN, BN) Cd=Σ(y0)/ωr として求める。 Bmin 1/Rd x0 Gmax G 図3.圧電振動子のアドミタンス特性 6.xi=ωi/ωr-ωr/ωi として,下式から共振尖鋭 度 Q を求める[2]。 1 Q= ∑ xi(Gi − R が非常に接近している。表2は,それぞれの各 )(ωi C d − Bi ) d 1 ∑{xi(Gi − R 共振周波数の近傍のデータ(●および○印) )}2 を用いて,前節で示した単一共振モードの等 d 7.等価インダクタンスを L=RQ/ωr から求める。 2 8.等価容量を C=1/(ωr L)から求める。 4.近接した2つの共振モードの等価回路定数 図4に,2つの共振モードが近接した圧電振 動子のアドミタンス特性を示す。2つの円が重 なった特性となっている。図5に2つの共振モ ードを考慮した圧電振動子の等価電気回路, 表1に図4に示した圧電振動子の等価回路定 数を示す。1st モードと2nd モードの共振周波数 Susceptance B [mS] 0.2 と略す)で求めた等価回路定数である。表1の 値と比較すると特にγ,Cd,Rdの誤差が大きい。 そこで2つの共振モードが近接した圧電振動 子にも適応できる方法を考案した。それは,他 方の共振回路を除外して単一共振法を交互に 繰り返すことによって,2つの共振モードを分 離して等価回路定数を求める方法である。以 下にその手順を示す。なお,Y=G+jBである。 1. 2つの共振モードの共振周波数fr1とfr2の近 傍 の デ ー タ 群 [fi, Yi] ( i=1~N1 ) と [fj, Yj] (j=1~N2)をそれぞれ測定する。 0.1 2. [fi, Yi]を用いて単一共振法で,R, L, C, Cd, Rdを求め,R1(1), L1(1), C1(1), Cd1(1), Rd1(1)とす 0 f=4.990~5.023 kHz る。 -0.1 -0.2 価回路定数を求める方法(以後,単一共振法 3. R1(1), L1(1), C1(1)からY1(fj)を計算し,[fj, Yj (fj)- Y1(fj)] を用いて単一共振法で,R, L, 0 0.1 0.2 0.3 0.4 Conductance G [mS] 図4.2つの共振モードが近接した圧電振 動子のアドミタンス特性 R1 Rd Cd R2 L1 L2 C1 C2 Y1 Y2 Rd2(1)とする。 4. R2(1), L2(1), C2(1)からY2(fi)を計算し,[fi, Yi (fi)- Y2(fi)]を用いて単一共振法で,R, L, C, Cd, Rdを求め,R1(2), L1(2), C1(2), Cd2(2), Rd2(2)とする。 5. 上記の3,4を k 回繰り返して,R1(k), L1(k), C1(k), R2(k), L2(k), C2(k)が一定の値に収束し たときの値をそれぞれR1, L1, C1, R2, L2, C2 図5.2つの共振モードが近接した圧電振 動子の等価電気回路 表1.近接2共振モードの等価回路定数 st C, Cd, Rd を求め,R2(1), L2(1), C2(1), Cd2(1), とし,また,Cd1(k), Rd1(k), Cd2(k), Rd2(k)をCd1, 表2.単一共振法による等価回路定数 nd 1st mode 2nd mode fr [kHz] 4.999846 5.010041 1000 Q 787.859 1054.22 50 γ 621.198 -93.9283 1 mode 2 mode fr [kHz] 5.00 5.01 Q 1000 γ 100 Cd [pF] 500 Cd [pF] 3134.64 -836.902 Rd [MΩ] 1.0 Rd [MΩ] 0.0205401 0.0327976 Rd1, Cd2, Rd2とする。ここで,Cd1とCd2および る。2つの共振モードのfr, Q, γの値は,表1の Rd1 とRd2 は同じ値になるべきであるが,両 値と良く一致している。また,CdとRdの平 者の平均値をCd, Rdとする。 均値も良く一致している。図6(a)(b)に,計 なお,上記の手順で,アドミタンス円の大 算に使用したデータ点を●印で,また表3 きな共振モードを[fi, Yi],小さな共振モード の等価回路定数を用いて計算したアドミタ を[fj, Yj]とした方が分離・収束しやすい。 ンス特性を実線で示す。両モードともに, 表3は,上記アルゴリズムによって10回繰り 計算値はデータ点と良く一致している。図 返し計算を行って求めた等価回路定数であ 中には,他方の共振回路を除外した場合の 表3.繰り返し分離法による等価回路定数 1st mode 2nd mode fr [kHz] 5.00 5.01 Q 997.529 1000.45 γ 99.6431 50.2874 Average アドミタンス特性を破線で示したが,近接 した他方の共振モードの影響が大きいこと がわかる。なお,本手法の開発プログラム の作成には日本ナショナルインスツルメン ツ社のLabVIEWを用いた。 Cd [pF] 499.401 502.731 500.1066 Rd [MΩ] 1.13247 0.996331 1.0644005 4.まとめ 誘電体損失を考慮した単一共振モードの等 価回路定数を算出する方法を示すとともに,2 Susceptance B [mS] 0.2 つの共振モードが近接した圧電振動子の等価 Fitting curve 回路定数を算出する方法を開発した。それは, 0.1 単一の共振モードの等価回路定数を求める方 Data points 0 法を,他方の共振回路を除外して交互に繰り 返し計算することによって,2つの共振モードを Neglect Y2 -0.1 f=4.995~5.005 kHz -0.2 0 0.1 0.2 0.3 0.4 Conductance G [mS] 分離して等価回路定数を求める方法である。 アルゴリズムは比較的単純であるが,繰り返し 過程において,2つの共振回路が分離できれ ば,比較的広い範囲の Q や γ をもつ圧電振動 (a) 1st mode 子にも適応できると考えられる。 0.2 Susceptance B [mS] Neglect Y 1 0.1 Data points LabVIEW の技術講習受講のため,山形大 学技術部 個人研修の補助を受けた。また,日 0 f=5.005~5.015 kHz 頃ご指導頂いている電気電子工学分野 広瀬 -0.1 -0.2 謝辞 精二 教授と田村英樹 助教に感謝致します。 Fitting curve 0 0.1 0.2 0.3 0.4 Conductance G [mS] (b) 2nd mode 図6.繰り返し分離法によるアドミタンス 特性 参考文献 [1] 山本,菅原,富川,近野, 音響学誌, 34-8, 1978, pp. 455-461. [2] 照沼, 西垣, “圧電振動子の等価回路定数測 定法”, 25-V-3, pp. 19-20
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