ゲーム理論が経済・社会・進化を解明する —部分ゲーム完全均衡— 丹野忠晋 2003 年 7 月 27 日 (9) 1 マツイ参入ゲームの均衡 今回はいよいよ展開形ゲームの部分ゲーム完全均衡をバックワード インダクショ ンで解く事にします.最初はマツイ参入ゲームです.どのようなゲームだったか もう一度思い出しましょう. 例1 イチローが営業しているお店の近くにマツイが出店する計画を持ってい る.マツイが出店すれば イチローは,価格引き下げで対抗することが出来る.あ るいは入ってきたのはしょうがないので仲良く市場を分割して共存を図ることも 出来る.イチローが市場を独占したときは彼は 2 の利得を得るが,マツイの利得 は 0 となる.イチローが闘いを挑んだときは双方傷つき −1 の利得で,仲良く市 場を分け合えば 1 の利得となる. マツイ参入ゲームの木は次のようになります.それぞれのゲームの終了点に各 プレ イヤーの利得が付いて,丸いカッコの上にイチローの利得,下にマツイの利 得を書きます. このゲームの木を見ながらバックワード インダクションで均衡を見つけましょ う.バックワード インダクションの手順は以下の通りでした. 1. ゲームの最後から推論を始める 2. そこで行動するプレ イヤーの最適な行動を求める 3. 2 で定まった行動を与えられたものとして前に向かって次の行動を行うプレ 1 2 0 退出 マツイ 戦う 参入 イチロー 仲良く −1 −1 1 1 図 1: マツイ参入ゲームの木 イヤーの最適な行動を行う 4. ゲームの開始時期—ゲームの木の根—に到達したらそれで終わり.それまで 2 と 3 を繰り返してプレ イヤーの行動を求める. 手順 1 から始めます.ゲームの最後は三ヶ所あるのですが,マツイの退出は彼の 参入に関するイチローの行動が分からなければ解けません.ですのでイチローの 行動から見てみましょう.イチローにとってマツイが参入してきたら,戦って疲 2 0 退出 マツイ 戦う 参入 イチロー 仲良く ここから 始める −1 −1 1 1 図 2: マツイ参入ゲームの最終節 弊するよりも仲良くした方が利得が高い.(1 > −1.) よって,イチローは「仲良 く」を選びます.これがバックワード インダクションの手順2で,その行動が次 の図に太線で描かれています. 次に手順3に移りましょう.まだマツイの番が残っていますのでゲームは終わっ ていません.手順2で求めたイチローの行動を所与としてマツイの行動を考えま 2 2 0 退出 マツイ 戦う 参入 イチロー 仲良く −1 −1 1 1 図 3: マツイ参入ゲームのイチローの行動 しょう.このとき,マツイが参入を選んだらイチローは仲良くしてくれるという ことを推論の基礎とします.つまり,マツイが参入したら 1 の利得です.それと 退出で 0 の利得を比べると参入の方が利益が高いので,マツイは参入を選びます. これで木の根まで到達してゲームの始めまで来ましたのでバックワード インダク ションは終わります.そうするとゲームの結果は以下のようになります.そして, 2 0 退出 マツイ 戦う 参入 イチロー 仲良く −1 −1 1 1 図 4: マツイ参入ゲームの均衡の結果 バックワード インダクションで導かれた戦略の組 戦略の組 = (マツイの戦略, イチローのの戦略) = (参入, 仲良く) が部分ゲーム完全均衡となります. バックワード インダクションで導出された戦略の組を部分ゲーム完全 均衡という. 3 1.1 イチローの空脅しの不可能性 例えば,次のような戦略の組を考えてみましょう 戦略の組 = (マツイの戦略, イチローのの戦略) = (退出, 戦う) イチローはマツイが参入した場合に戦うという意思を表明することによって,マ ツイの参入を阻止する場合です.脅しによってイチローは利得 2 を手に入れること が出来ました.しかし,この戦略の組は部分ゲーム完全均衡ではありません.つ 2 0 退出 マツイ 戦う 参入 イチロー 仲良く −1 −1 1 1 図 5: マツイ参入ゲームの空脅し まり,イチローが参入してきたら戦うということは単なる空脅しな訳です.イチ ローにとっては入ってきたら仲良くすることがより良い選択となります. 2 展開形バージョン食べ物屋出店ゲームの均衡 次に展開形バージョン食べ物屋出店ゲームの均衡を探し出しましょう.どのよ うなゲームだったかもう一度思い出しましょう. 例2 最初,イチローはアメリカに進出して食べ物屋を開こうとしている.イ チローはハンバーガー屋かすし屋を経営することを企画しています.イチローの 出店を見た後にマツイは新たにアメリカに食堂を開店しようとしています.マツ イもハンバーガー屋かすし屋を出店することが出来ます.同じ食べ物屋を出すこ とは激しい競争を巻き起こし双方とも 0 の利潤を得ます.イチローがハンバーガー でマツイがすし屋ですと,イチローは洋食が好きで石川県出身のマツイは海の幸 が好物なので共存することが出来て双方 4 の利得になります.反対にイチローが 4 すし屋でマツイがハンバーガー屋の場合は,得意な料理ではないものの同じ料理 で顧客を奪い合うことがないために,二人とも 3 の利得となります. 展開形バージョン食べ物屋出店ゲームの木は次のようになります.マル括弧に ハンバー ガー マツイ ハンバー ガー スシ ハンバー ガー イチロー スシ マツイ スシ 0 0 4 4 3 3 0 0 図 6: 展開形バージョン食べ物屋出店ゲーム 入っている数字は上がイチローの利得,下がマツイの利得に対応しています. このゲームの木を見ながらバックワード インダクションで均衡を見つけましょ う.手順1です.ゲームの最後は四ヶ所あるのですが,マツイの二つの節での行 動を分析します.最初にイチローがハンバーガーを出店したときのマツイの行動 を見てみましょう.この時,マツイは明らかにイチローのハンバーガーと違うス シを出店した方が利得が上がります.(4 > 0.) よって,マツイの行動は以下のよ うになります. 手順2で考える行動はまだあります.イチローがスシ屋を出店したときのマツ イの行動を見てみましょう.この時も明らかにイチローと違うお店を出した方が 最適となります.(3 > 0.) ですから,マツイはハンバーガー屋を出店します. これで手順2が終わりました.ここでマツイの戦略を定めたことになります.つ まり, マツイの戦略 = (スシ屋, ハンバーガー屋) です.括弧の最初の項目は「 イチローがハンバーガー屋を出店した時にマツイは 5 ここから 解く ハンバー ガー ハンバー ガー マツイ スシ ハンバー ガー イチロー スシ マツイ スシ 0 0 4 4 3 3 0 0 図 7: イチローがハンバーガーの時のマツイ 0 0 ハンバー ガー マツイ 4 ハンバー スシ ガー 4 3 ハンバー イチロー ガー 3 スシ マツイ スシ 0 0 図 8: イチローがハンバーガーの時のマツイの行動 ど うするか 」を,括弧の二番目の項目は「 イチローがスシ屋を出店した時にマツ イはど うするか」を表していたことに注意してください. 次に手順3へ移りましょう.今求めたマツイの行動を所与としてイチローの行 動を定めます. 1. イチローがハンバーガーを選ぶ → マツイはスシを選ぶ 2. イチローがスシを選ぶ → マツイはハンバーガーを選ぶ ということが分かっています.上の 1 のハンバーガーの時のイチローの利得は 4, スシの時のイチローの利得は 3 となります.よって最適なイチローの行動は 4 と なります.これでゲームの最初に戻ってきたのでバックワード インダクションは 6 ハンバー ガー ハンバー ガー マツイ スシ ハンバー ガー イチロー スシ 次はここを 解く マツイ スシ 図 9: イチローがスシの時のマツイ ハンバー ガー ハンバー ガー マツイ スシ ハンバー ガー イチロー スシ マツイ スシ 0 0 4 4 3 3 0 0 0 0 4 4 3 3 0 0 図 10: イチローがスシの時のマツイの行動 終わりました.その時の戦略の組は 戦略の組 = [ハンバーガー屋出店, (スシ屋, ハンバーガー屋)] となります.つまりこれが部分ゲーム完全均衡です.上の表記法の復習ですが,鍵 括弧の最初の項目がイチローの戦略,二番目の項目がマツイの戦略になっていま す (マツイの戦略はまたマル括弧でペアが出てきます).この時,イチローはハン バーガー,マツイはスシを出店して各々が得意な食べ物を扱うことになります.均 衡では両人とも上手く行っていますね. 7 ハンバー ガー ハンバー ガー マツイ スシ ハンバー ガー イチロー スシ マツイ スシ 0 0 4 4 3 3 0 0 図 11: バージョン食べ物屋出店ゲームの均衡 8
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