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e-NEXI
2010 年 5 月号
➠特集
水ビジネス特集
①水ビジネスの国際展開に向けた課題と具体的方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
経済産業省 水ビジネス・国際インフラシステム推進室 佐藤孝一
②モルディブ共和国における水事業への参画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
株式会社日立プラントテクノロジー 環境エンジニアリング事業部 小川昭彦
③「マレ上下水道会社」への「日立プラントテクノロジー社」の事業参画式典に参加して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
独立行政法人日本貿易保険シンガポール事務所長 金子実
∼NEXI 発 連載シリーズ 第 4 回∼「バーゼル・ツー・ショック」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
独立行政法人日本貿易保険総務部経営企画グループ長 三村純一
➠カントリーレビュー
パキスタン:回復に出遅れ感目立つパキスタン経済・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
発行元
発行・編集 独立行政法人日本貿易保険(NEXI)
総務部広報・海外グループ
e-NEXI (2010 年 5 月号)
水ビジネスの国際展開に向けた課題と具体的方策
経済産業省
水ビジネス・国際インフラシステム推進室 佐藤孝一(さとう・こういち)
0.はじめに
世界的な「水問題への関心の高まり」に呼応し、「水ビジネス」が急拡大している現状を踏まえ、
我が国水関連産業が有する高度な技術と経験を有効に活用し、世界の水問題の解決に向けて
積極的な役割を担うことが期待されている。
このような問題意識の下、経済産業省は、我が国水ビジネスが国際展開していく上で必要な情
報収集、現状分析及び課題の明確化並びに具体的な方策等を検討するため、2009 年 10 月より
「水ビジネス国際展開研究会(座長:伊丹敬之東京理科大学大学院教授)」を開催し、同年 4 月
に報告書を取りまとめた。
1.世界の水ビジネス市場の見通し
(1)世界の水ビジネス市場の見通し
<地域別>
地域別に見ると、南アジア、中東・北アフリカが、年間 10%以上の市場の成長が見込まれる。ま
た、市場規模の観点からは、東アジア・大洋州が、北米・西欧の市場を今後 20 年の間に抜き去り、
世界最大になる。
国別には、中国、サウジアラビア、インドが、市場規模及び市場の成長率の両面から見て注目さ
れる。
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(図 1 世界水ビジネス市場の地域別成長見通し)
<事業分野別・業務分野別>
水ビジネス市場は、2007 年の約 36 兆円規模から、2025 年には約 87 兆円に成長すると予想さ
れる。事業分野毎には、運営・管理サービス業務と素材供給・建設業務はおよそ同程度の市場規
模が見込まれる。
特に、ボリュームゾーン(市場の太宗を占める)は上下水道分野。この分野は、2007 年には市場
全体の約 90%に当たる 32 兆円の市場規模であるのに対し、2025 年には市場全体の約 85%にあた
る 74.3 兆円の市場が見込まれている。また、規模こそ小さいが、海水淡水化、工業用水・工業下
水、再利用水はいずれも今後急速に市場が成長する分野として注目される(2025 年には 2007 年
の約 3 倍)。
2
2
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(図 2 世界水ビジネス市場の事業分野別・業務分野別成長見通し)
下水
<民営化された市場>
近年のインフラ分野における PPP(Public Private Partnership「官民パートナーシップ」)の進展に
伴い、水処理の分野における民間活力導入への期待は大きく、今後、民営化された市場の成長
率は年間 8.4%と、市場全体の成長率である 4.7%を遙かに凌ぐ成長が見込まれている。
(2)海外企業の動向
国際的に企業が参入可能とされる世界の民営化された水市場は、給水人口ベースで見ると、
1999 年の 3.5 億人から 2009 年には 8 億人に拡大している。ただし、その市場におけるプレーヤーを
詳細に見ると、欧州主要企業が占める割合は 2001 年の 7 割をピークに減少の方向(約半減;
2001 年:73%、2009 年:34%)に転じている。これは、水事業の太宗において、企業が技術等を通じ
て差別化を図ることが難しくなってきていることが要因であると考えられる。こうした中で、近年はシン
ガポール、韓国等の新興国企業や現地の企業による事業の受注が増加している。
(図 3 世界の民営化市場と同市場に占める主要各社のシェア)
3
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(3)我が国企業の動向
我が国民間企業は、「部材・部品・機器製造」では水処理機器メーカーが、「装置設計・組
立・建設」ではエンジニアリング企業が、「事業運営・保守・管理」では商社等が分野毎に分かれ
て参画している。
また、これまで海外市場のプロジェクトにおいては、水メジャー等がプライム・コントラクターとなり
事業権を獲得し、我が国企業は、出資としての参加や、サブ・コントラクターとしての機器納入や
EPC が主体となっている。
我が国水ビジネス関連産業の強みは、海水淡水化等に用いる水処理膜の分野をはじめ、特
殊な産業用途向けの超純水製造、ポンプ、配管等の分野に競争力のある技術を有することなど
があげられる。また、耐震技術、漏水防止に関連する技術、下水再生利用等の「省水」の分野
においても高度な技術を有する。(海水淡水化に不可欠とされる RO 膜では、我が国企業の世
界市場におけるシェアが約 5 割)
一方、弱みとしては、我が国の水事業が長らく公営事業として実施されてきたため、我が国企
業には、海外事業案件の入札に際し必要とされる程度(給水量・給水人口、年数)の水事業の
運営・管理にかかる経験がないことがあげられる。また、従来公共事業を中心に原価主義で事業
を行ってきた企業の、顧客ニーズに応えつつ国際的に競争力のある価格を提示するための低コス
ト化も課題となっている。
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2.日本が狙うべき分野と目指すべき姿
(1)優先して取り組むべき事業分野
①市場を踏まえた事業分野の特定
市場の特徴を踏まえ、目指すべき姿を以下の 2 つに分類する。
(図 4 優先して取り組む事業分野)
ボリュームゾーン
「伝統的な上下水分野」
成長ゾーン
「日本が優位な水循環技術の活用が求められる分野」
(再利用水、海水淡水化、工業用水・工業下水)
2007 年:市場全体の約 90%
円
2025 年:市場全体の約 85%
32 兆
74.3
2007 年:市場全体の約 10%
円
2025 年:市場全体の約 15%
②ボリュームゾーン・成長ゾーンに共通する目指すべき姿
○ 今後水事業への参加を拡大し、より高い収益をあげていく観点からは、事業のリスクを適切
に判断し、プライム・コントラクターとして事業権を確保するとともに、「運営・管理」に主体的な
関与を行うなど、プロジェクトを一貫して行うことが可能な企業を育成・創出することが求められ
る。これにより、将来のメンテナンス、更新、部材の供給等の需要に際しても有利な条件で対
応することが可能となる。
③成長ゾーンにおいて目指すべき姿
5
4.2 兆
12.2
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○ 将来的な水処理にかかるニーズに対応したコア技術を握り、これらの技術についてライフサイク
ルの観点から従来型の技術と比較して遜色ないコストを実現し、その市場への展開を進めてい
くこと。
④ボリュームゾーンにおいて目指すべき姿
○ EPC の分野においてもボリュームゾーンを確保可能なコスト競争力をつける(海外への生産
拠点の移転等)こと。(特に長期的な事業リスクが大きい場合にリスクを最小限にしつつ EPC の
分野で利益を得ていく)
(2)優先して取り組むべき国・地域の特定
今後の市場の成長率に着目すれば、南アジア、中東・北アフリカの成長は顕著であり、我が国
が官民あげて取り組むべき重要な地域となっている。その中でも特に、中国、サウジアラビア、イン
ドは市場規模と市場の成長率の両面から我が国として戦略的に取り組むべき国である。また、日
本は 2007 年度において原油の 99.6%を海外からの輸入に依存しており、輸入先も中東地域が
大半(中東依存度は 86.7%)を占めている状況を踏まえると、資源確保戦略との連携も重要と
考えられる。また、これまでの経済関係や ODA 等の政策ツールの有効活用が可能な ASEAN も
重要な地域である。
3.我が国水関連産業の成長の道筋と行動計画
(1)我が国水関連産業の成長の道筋
我が国企業が海外において水事業の事業権を確保できない短期的な要因は、十分な水事業
の運営・管理実績を有しないため、入札事前資格審査を通過できないことにある。
また、事業運営・管理の実績が十分でなく、高コスト構造である我が国企業が、単に企業群を
形成して海外の水事業に参入しようとする取組は、場合によってはさらにプロジェクトの受注の可能
性を低減させるおそれがある。したがって、まずは、入札事前資格審査を満たす海外企業又は地
方公共団体等と協力する形態を基本として海外市場に参入し、我が国企業が運営・管理の実
績を蓄積させる取組が有効かつ必要で、主なアプローチとしては、以下の 3 つのケースが想定され
る。
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ⅰ)国内企業と海外企業が共同して、現地に事業会社を設立するケース
ⅱ)国内企業が海外企業を買収するケース
ⅲ)国内企業と地方公共団体等が共同事業会社を設立するケース
当面は、上記に代表される 3 つの類型を活用し、案件発掘・組成から獲得に至る各段階で、政
府及び政府関係機関の支援により、案件の受注を目指す。さらに、国内での包括的民間委託や
海外での事業を通じて事業運営のノウハウを吸収・蓄積することで、安定した事業運営を行う。
他方、海水淡水化、再利用水への需要の増加等から市場が拡大傾向にある水処理機器・技
術分野においては、新興国企業の技術面でのキャッチアップや価格競争力の面から我が国企業が
優位性を発揮し続けることが困難になりつつある局面が見られる。このため、我が国企業が強みを
有する技術分野や、今後の水処理システムにおいてキーとなる付加価値の高い技術については、
その技術開発及び実証支援などを、事業権の確保に向けた取組とは異なる時間軸で推進してい
くことが必要である。
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また、これらの 3 つの類型を通じた事業権確保のほか、中核拠点・メガシティ・産業回廊・産業
大動脈における鉄道などのインフラ開発・整備事業とパッケージでの受注や、中東地域における
IWPP、大規模 LNG プラント等の他プラント建設・運営とパッケージでの受注を通じた事業権の確
保も、プロジェクトにおける事業経験を蓄積する観点で有効活用するべきである。また、政府開発
援助(ODA)を活用したインフラ整備に運営・管理を追加し、我が国企業が実施するなどの取組
も同様に有効である。
(2)事業権確保に向けた政府・政府関係機関・地方公共団体等による支援策
○我が国企業によるコンソーシアム形成支援
効率的な給水、地域に対応した下水処理・再生利用を含めた水循環システムの構築等、
地域(国)が直面する水循環システムのより大きな課題に対して、包括的にソリューションを与
えるような事業を実施する際、情報共有を図った上で、実施体制(コンソーシアム)の構築を支
援する。
(参考)低炭素型・環境対応インフラ/システム型ビジネスにおけるコンソーシアム形成等支援
事業(水ビジネス分野)
研究開発期間:平成 21∼22 年度
予算額
:8 億円の内数(平成 21 年度第 2 次補正予算)
○官民連携の推進
我が国企業が長期的かつ安定的に海外における水事業を展開していくためには、その基
盤となる健全な国内市場の整備が必要である。このため、我が国がこれまで培ってきた安全か
つ安定的な水供給の重要性と歴史を踏まえた上で、必要かつ可能な範囲での民間活力の
導入に向けた取組を関係省庁と連携して推進していく。これにより、地方公共団体が有する
水道事業の運営・管理、耐震化、危機管理等のノウハウと、民間企業が有する事業経営・
効率化ノウハウを組み合わせた相乗効果を創出する。
<公益的法人派遣制度との整合性の検討>
第三セクターに地方公共団体の職員を退職派遣する場合についてガイドラインなどの形で
明確に示すことにより、関連事業の国際展開を促す
<水事業の広域連携・包括的民間委託の導入に向けた地方公共団体の取組推進>
広域連携・包括民間委託の活用事例の収集、民間活力を導入した場合のコスト削減効
果を明確化するための調査を実施する。
また、地方公共団体における PPP、PFI(Private Finance Initiative「民間資金を活用した
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公共事業」)制度の積極的な活用が進むよう、地方公共団体の首長、水道事業管理者に
対して個別に協力を要請する。
○戦略国との水政策対話
我が国が主要マーケット国での水事業の事業権を確保するためには、各国の水に関連する
政策、水資源、水利用環境に関する知識を深めた上で、必要な協力を進めていくことが重要
である。このため、我が国が市場として重視する戦略国との間で政府間の対話の枠組みとな
る「水政策対話」を設置し、水分野についての意見交換を定期的に行い、我が国が、より初
期段階から相手国の水ビジネスへ市場への進出を支援する。
・日アラブ政策対話の実施
・日サウジアラビア水政策対話の実施
○JBIC・NEXI・JICA・産業革新機構を通じた金融支援等の強化
プロジェクトの運営・管理への十分な質的関与(事業の経営及び運営・管理に対し、「人
的関与」、「株式の出資比率を高める」等)を行う形で出資等を行う者に対し、より政策的
意義が高いプロジェクトとして、政策的な金融面での支援(JBIC、NEXI、JICA(投融資)、
産業革新機構)を重点化する。
○技術開発・実証支援(NEDO)
我が国の水関連産業が強みを有する革新的な要素技術の開発、これらの要素技術を活
用した FS 調査及び実用化の検証となる実証研究(モデル事業)を強化する。現在、新エネル
ギー・産業技術総合開発機構(NEDO)において、以下の事業を実施している。
○情報収集強化等(JETRO・JCCME)
<JETRO の海外ネットワークを活用した企業支援>
水ビジネスの海外展開に際しては、相手国の中央・地方政府や国営企業等の公的機
関との関係が鍵を握っている。JETRO は、55カ国71カ所の海外ネットワークを有する公的
機関としての立場を活用し、海外の水ビジネス関係者と我が国企業との橋渡しを行う。
<財団法人中東協力センター(JCCME)による情報収集及び企業支援>
JCCME の駐在員事務所のネットワークを活用して、サウジアラビアの水関係機関が発表す
る入札案件について、ジェッダにある同センターの水デスクから定期的に情報を発信する。ま
た、リヤド等の駐在事務所を介して、現地のニーズを発掘すると同時に、日本の技術情報
を現地の企業や関係機関に発信することにより、我が国企業のビジネスチャンスを拡大等す
る。
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○人材育成(要人招聘)事業拡充・強化
・研修生受入・海外研修事業及び専門家派遣制度の積極的活用
・受入研修生の有効活用
・地方公共団体等が所有する研修施設の有効活用 等
○国際標準化(ISO)への取組強化
2016 年に予定されている ISO 総会において、上下水道サービスの分野で我が国が持つ優位
かつ世界に普遍すべき技術を ISO 24500s 改正案に盛り込むべく、必要な国内の体制を構築
し、検討を開始する。具体的には、厚生労働省及び国土交通省と協力し、今年度中に上記
国内の検討 WG 委員に民間企業からの参画を得て、現行 ISO/TC224 の見直すべき項目
(新たに追加すべき事項を含む)の検討に着手する。
また、既に合意されている規格について早急に JIS 化を行う。
さらに、下水分野については、地域的な取組として、中国・韓国・ASEAN と共通の標準を策
定するための場を APEC に設置する。
(3)強みを活かした企業戦略の構築
我が国企業は、他の産業にも見られるように顧客の求めるニーズに応じて、必要となる要素・技術
を組み合わせて提供し、ライフサイクルで収益をあげていくソリューション型のビジネスモデルに移行すると
ともに、中国や現地の企業との価格競争にさらされる分野については、生産拠点の海外移転や、技
術的仕様のダウングレードを通じた低コスト化により価格競争力を維持・強化することが必要である。
また、コアとなる技術(組合せ)をブラックボックス化し、知的財産権で保護するとともに、それ以外の
摺り合わせ部分を単に自社製品のインターフェースから国際的な基準とすることで将来の市場を広げ
ていくなど、中期的に競争優位性を確保する企業戦略も求められている。
4.中長期的な目標設定
足下における「世界の水ビジネス市場」は約 36 兆円といわれている。今後、地球規模での人口
の増加や経済発展・工業化が進展し、水需給が逼迫することが予測され、2025 年の世界の水ビ
ジネス市場は、約 87 兆円に成長すると予想される。
他方、各国の水関連産業がシェアを分け合うのは、あくまで「民営化された水ビジネス市場」であ
る。足下において、「民営化された海外の水ビジネス市場」は 7.5 兆円程度だが、その成長率は市
場全体の成長率を上回るとされており、2025 年には約 31 兆円に成長すると予想される。
現在、我が国水ビジネス関連産業の海外での売上は、千数百億円程度と試算される。
一方、水処理機器・技術の優位性や、上下水道事業の運営・管理ノウハウの蓄積を考えた場
合、我が国水関連産業が、増大する世界の水問題に貢献できる余地は極めて大きい。特に、モン
スーン気候に位置する我が国は、四季の変化に伴い生ずる水循環サイクルの多様な要請に、柔軟
に対応可能な技術と豊富な経験の蓄積を持ち合わせる。これらを強みとし、市場のボリュームゾーン
10
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に対しては、相手国・客先の多様なニーズにきめ細かく対応する形での積極的な事業展開を通じた
市場の獲得が期待される。
今後、報告書に記載した行動計画について、官民一体となって取り組むことにより、2025 年の民
営化された海外の水ビジネス市場のうち、我が国水関連産業が 1.8 兆円(民営化された海外水ビ
ジネス市場の約 6%)を獲得することを目標とする。
(図 5 我が国水ビジネス関連産業の目指す目標)
(兆円)
1.8兆円
2.0
1.5
2025年の民営化された海外
の水ビジネス市場のうち、
我が国水関連産業が約6%の
シェアを獲得することを目標
に掲げる。
1.0
(参考)
2025年における民営化された海外
の水ビジネス市場: 約31兆円
0.5
千数百億円
0
2007年
2025年
(参考)水ビジネスの国際展開研究会のホームページ
http://www.meti.go.jp/topic/data/091015aj.html
11
(出典)経済産業省調査
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モルディブ共和国における水事業への参画
株式会社 日立プラントテクノロジー
環境エンジニアリング事業部 小川昭彦(おがわ・あきひこ)
㈱日立プラントテクノロジーは 2010 年3月にモルディブ共和国政府から、同国の上下水道運営事業
会社である Male’ Water and Sewerage Company Pvt. Ltd.(MWSC)の株式の 20%を取得し、MWSC
の経営に参画することとなりました。
株式の取得にあたり国際協力銀行(JBIC)と民間金融機関の協調融資により資金を調達致しました
が、JBIC による融資は環境投資支援イニシアティブに基づく上下水道分野への初の融資です。またカン
トリーリスクをヘッジするために(独)日本貿易保険(NEXI)の投資保険を活用させて頂きましたが、NEXI
におかれましても水事業展開支援の第一号案件であります。
MWSC はモルディブの首都マレに 1995 年に設立され、現在、マレ島をはじめと7つの島で上下水道事
業の運営を行っており、同国の総人口の約 40%をカバーしています。また新規に 6 つの島の上下水道運
営ライセンスを取得しており、今後、同国の上下水事業の整備が拡大することが期待されています。
モルディブでは、すでに当社のグループ会社であるシンガポールの RO 膜システムメーカーである
Aqua-Tech Engineering and Suppliers Pte. Ltd.が海水淡水化装置を約 200 台納入しております。今
回、当社が MWSC の経営に参画することにより、日立グループが保有する環境技術、省エネ技術、IT 技
術を活用して、安全で安心な水の安定供給はもとより、効率的な事業運営により MWSC の発展はもと
より、モルディブの持続可能な発展に貢献していきたいと考えております。
また、本事業への参画により当社グループ内に上下水道の運営、管理ノウハウが蓄積されます。この
実績をベースに、今後、中東地域などのアジアベルト地帯をはじめ、グローバル規模で上下水道運営事
業を展開することが可能となります。
モルディブはインド洋北部、スリランカの南西約 675 キロメートルに浮かぶ群島諸国であり、北緯 7 度か
ら赤道直下まで、820 キロメートルにわたって点在する約 1,200 の島から構成されています。その多くは無
人島であり、約 200 の島に人が住んでいます。首都はマレ。地方行政区は自然のアトール(環礁)を単位
として、20 の行政区に分けられています。人口は約 30 万人(2006 年の国勢調査)でその約 1/3 が首都
マレに集中しています。
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モルディブの全体地図
モルディブには 20 のアトールがあり、複数の
島から構成されています。首都マレのあるマ
レアトールは 16 の島から構成されています。
下図はマレアトール全体を示します。
マレアトール(○はマレ島)
○で囲った島が首都マレ島。右側は空港のあるフル
マレ島。
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1. モルディブの水事情
モルディブは海抜が 2m 程度であり、川や湖などの表流水がありません。このため昔は雨水と地下
水が唯一の水源でした。年間の平均降雨量が約 1,900mm と比較的多く、乾期の 1 月から 3 月を
除いて平均的に降雨があります。地方の島では住民が家の屋根を使って集めた雨水を飲料水、生
活用水として使用し、1月から 3 月の乾期、あるいは水が不足するときには地下水を活用してきまし
た。この地下水は淡水レンズと呼ばれる淡水の地下水層から井戸で汲み上げられます。淡水レンズ
水は地中に浸透した雨が比重の重い塩水地下水層のうえに浮かぶような形で貯留するものです。
しかし、1980 年代から首都マレでは、急激な人口増加による地下水の汚染、地下水の過剰揚
水による塩水化の問題が深刻化しました。マレ島は幅約 1.5km、長さ約 2.5km と小さな島のため住
居が過密し、十分な雨水を収集するための屋根と貯留するタンクの設置場所が確保出来ず、飲
料水、生活用水を地下水に依存せざるを得ませんでした。したがって住民の健康に直接影響を与
える飲料水、生活用水の汚染は深刻な問題でありました。住民は安全な水を求め、公共水栓で
長い列を作らなければならず、貴重な時間をこの作業に割くことになり、多くの生産活動に影響がで
ました。
この問題を解決するためモルディブ政府は 1995 年に MWSC を設立し、海水淡水化による飲料
水、生活用水の供給を本格的に開始しました。1995 年当時のマレの人口は約6万人、海水淡水
化装置の給水能力は 3,000m3/日でした。このときに建設された配水槽は、現在は使用しておりま
せんが MWSC 本社敷地内に残っています。
MWSC 設立後 14 年経過した 2009 年時点では、給水対象人口は約 10 万人、給水能力は
13,500m3/日に増大しています。ここ数年の水需要の伸びは前年度比 10%/年以上であり、自然
人口増に加え、地方島からの移住、生活様式の変化が大きな水需要増加の要因となっています。
この人口増を限られた土地で受入れるためにマレ島では現在、建物の高層化が進んでいますが、
MWSC の水供給がこの高層化の実現に大いに貢献しています。安定した安心な水供給により住民
生活が向上し、経済発展に貢献していると言えます。
マレ島の全景
幅約1.5km×長約2.5kmの小さ
な島に人口は約10万人が居
住。
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2. マレ上下水道会社(MWSC 社)
MWSC 社の概要、事業内容、及び上水システムを以下に紹介します。
(1) 会社概要
会社名
本社所在地
設立
代表者
資本金
従業員数
Male’ Water and Sewerage Company Pvt. Ltd.
Fen building, Ameenee Magu、Male', Republic Maldives
1995 年
Mohamed Ahmed Didi (Manageing Director)
267 百万ルフィア(約 20 億円)(2008 年度末)
250 名(2009 年)
MWSC本社
(手前は事業開始時に使用し
ていた配水槽(高架タンク))
(2) 事業内容
MWSC は現在、7つの島で上水、下水の運営を行っており、モルディブの約 40%を担っていますが、
さらに新規にライセンスを取得した島の事業を行うことにより約 50%に拡大することになります。
事業内容
事業運営を
実施している島
ライセンス取得済
島
名
Male’
Hulhumale
Thilafushi
Maafushi
Vilingili
Gan
Thinadoo
1アトールと 2 島
合計
※人口は 2006 年の国勢調査による
15
人口
(人)
101,137
4,570
1,311
2,185
7,601
2,749
4,442
29,891
153,886
給水能力
(m3/日)
13,500
450
50
500
500
260
180
*2,000
17,440
備
考
給水対象人口:119,553 人
給水能力:15,440 m3/日
*計画能力
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(3) 上水システム
マレ島の上水システムの概要を紹介します。
原水(海水)は島内 11 ヶ所に設置された井戸ポンプにより汲み上げられ MWSC 本社内にある海
水淡水化プラントに送水されます。はじめにろ過により原水中の不純物を除去したあとに RO
(Reverse Osmosis)によりろ過されます。RO はエネルギー回収装置を備え、高圧ポンプの圧力を
再利用することにより電気代を低減します。ろ過された処理水は脱気塔により異臭味を除去し、浄
水槽に貯留されます。浄水槽からは送水ポンプにより島内にある貯水槽に送られ、配水ポンプにより
島内に配水されます。配水ネットワークの配管には HDPE(高密度ポリエチレン管)が採用されており、
漏水率が5%程度と非常に低い値となっています。
モルディブの電力は全てディーゼル発電機により供給されていますが、MWSC は自前の発電機設
備を保有し、24 時間断水することなく、安定した水供給を行っています。
水質管理は本社ビル内に水質分析室を設置し、毎日水質分析を行い、供給されている水が水
質基準を満足していることを確認しています。
貯水槽
(5,000m3×2槽)
発電機(5.5 MW)
P
P
P
P
砂ろ過器
RO装置
浄水槽
3
(13,500 m /日)
(5,000 m3×2槽)
P
原水ポンプ
海水淡水化装置(RO 装置)
16
マレ島内上水ネットワーク(約 65km)
浄水槽
発電機
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(4) 料金徴収
毎月、MWSC スタッフが各家庭を訪問し水道メーターの検針を行い、請求書を発行します。住民
は MWSC の窓口、銀行振込みなどにより料金の支払いを行います。下水道料金は水道料金の請
求に含まれます。水道メーターの検針のついては一部地域において試験的に自動検針システムの
導入を行っています。現在の総顧客数は約 27,000 です。
水道料金支払いカウンターの様子
3. 今後の水事業
モルディブが今後も持続可能な成長を続けるためには安全な飲料水を安定して供給すること、な
らびに下水道整備を推進していくことが重要です。
マレ島では今後、増大する水需要に対して施設の増設が不可欠となります。2018 年には水需
要が現在の倍になるとの予測もありますが、マレ島では施設の建設に必要な土地が十分確保でき
ません。現状のシステムの効率化と当地にあった最適な将来計画の策定が必要です。また、マレ島
以外のライセンスを取得している島はもとより、それ以外の地方の島の上下水道整備も合わせて進
めていく必要があります。さらにモルディブの電力供給はディーゼル発電に依存しています。同国では
現在、国策として CO2 削減に積極的に取組んでおり、風力発電、太陽光発電などの再生可能エ
ネルギーの導入を検討しています。MWSC においても CO2 削減は大きなテーマであり、風力、太陽
光発電による飲料水供給が必要となっていきます。
日立グループではグループが保有する環境技術、省エネ技術、IT 技術を活用して、これらの課題
に積極的に取組んでいき、モルディブの上下水道の発展に貢献していく所存です。
4. 結び
「21 世紀は水の世紀」と言われており、急激な人口増加や新興国の経済発展に伴って世界各
国で水不足や汚染が深刻化しています。本事業への参画はそうした問題に対し取組んでいく第一
歩であります。その意味でカントリーリスクの高い同国案件において NEXI の投資保険の付保というサ
ポートを頂だいたことはたいへん意義のあることと考えます。
当社は今後もこの事業を通じて得られたノウハウ等を活用して海外水事業に積極的に取組むこ
とにより、世界各国の水を中心としたインフラ整備事業に貢献していきたいと考えております。
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e-NEXI (2010 年 5 月号)
「マレ上下水道会社」への「日立プラントテクノロジー社」の事業参画式典に出席して
独立行政法人日本貿易保険
シンガポール事務所長 金子実(かねこ・みのる)
モルディブの上下水道運営事業会社である「マレ上下水道会社」に、日本の「日立プラントテクノロジー
社」が事業参画することを記念する式典が、去る4月11日、モルディブの首都マレで開かれました。この
事業参画に対し海外投資保険の引受けを行った
日本貿易保険(NEXI)を代表して、同式典に出席
してまいりましたので、式典の状況や出席しての感
想等を、簡単にご紹介させて頂きます。
モルディブは、インド洋に浮かぶ約1200もの島か
ら成る国で、その名は、「島々の花輪」を意味するサ
ンスクリット語に由来すると言われています。とても美
しい観光資源豊かな国ですが、各島が大変小さく
スピーチをするモハメッド・ナシード大統領
低地なので、海の侵食に弱く、2004年のスマトラ
沖地震の際には、津波により大きな被害を受けました。このような中で、モルディブ政府は、外国からの投
資を呼び込むことにより経済基盤を強化したい意向を持っており、今回の式典にも、大統領及び閣僚2
名が出席するなど、「日立プラントテクノロジー社」の事業参画に対するモルディブ政府の強い期待が伺わ
れました。
モルディブは、海水に囲まれた国なのですが、上水用の
淡水資源に乏しく、十分な上水の供給を行うために、海
水の淡水化等を行っています。このプロセスには電力が
必要で、現在はそのための電力を、主として化石燃料を
使った発電によりまかなっているそうですが、化石燃料の
輸入にかかる費用は、モルディブにとって大きな経済的負
担になっているとのことです。また、このような状況は、同
国が、地球温暖化に歯止めをかけるよう世界に呼びかけ
ていることとも、矛盾してしまいます。モハメッド・ナシード
マレ島遠景
大統領は、式典のスピーチの中で、現在の化石燃料を
使った発電を、モルディブの豊かな太陽光や風力などを
使った発電に切り替えたいとの希望を、強く表明していました。
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e-NEXI (2010 年 5 月号)
「日立プラントテクノロジー社」が投資する本件は、
海外の水事業に日本企業が運営・管理を含めて参
画するもので、このような案件への海外投資保険の付
保は、NEXI にとって第一号案件となります。(注:淡水
化プラント等の機器輸出については過去に付保実績
があると思われますので、上のように水事業の管理・運
営といった経営参画案件の第一号という記載にさせて
頂きました。)発電や鉄道といったインフラについては既
にかなりの付保実績があるにもかかわらず、水事業に
マレ上下水道会社の海水淡水化装置
ついてはこれまで付保実績がなかった要因の一つとし
て、人々の生活に必要不可欠な極めて基本的なサービスであるという水事業の性格を反映して、日本で
は水事業の民営化が比較的慎重に進められて来たため、水事業に管理・運営の実績を持つ企業が少
ないことがあげられると思われます。
モルディブ政府は、現在、様々な公共サービスの民営化を進めており、この「マレ上下水道会社」の民
営化もその一環です。マフムード・ラジ航空通信大臣兼民営化委員会委員長は、式典でのスピーチの
中で、「日本の企業文化には、良好な企業統治や企業の社会的責任といった考え方が備わっており、そ
れらが『マレ上下水道会社』に浸透することが、モルディブ国民の利益となることを信じている。」と述べてい
ました。モルディブは、1965年までオランダやイギリスの保護国だったところで、比較的ヨーロッパの影響が
強く感じられる国です。「マレ上下水道会社」も、デンマークの支援を受けて、1995年に設立されました。
もし「和魂洋才」という概念が今日でもあるとすれば、「洋才」だけではなく「和魂」の部分も、モルディブの
人々の間で喜んで受け入れられることになれば、本当にうれしいことだと感じました。
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e-NEXI (2010 年 5 月号)
∼NEXI 発 連載シリーズ 第 4 回∼
バーゼル・ツー・ショック
独立行政法人日本貿易保険
総務部経営企画グループ長 三村純一(みむら・じゅんいち)
友人から一年後に返すとの約束でお金を借りて、住宅を購入したらどうなるだろう。一年後に返済
を迫られれば、泣く泣く住み慣れた住宅を売り急ぐほかないだろう。
企業が、工場を建てるための資金を借り入れる場合も同じだ。そこで生産された製品を販売し利
益を上げて完済するのに数年はかかるのが通常である。期間一年の資金しか借りられないなら、経
営者は新規の設備投資に躊躇するだろう。
十年前のアジア危機も今回の国際金融危機も、その本質は変わらない。借り換えを前提に、短
期の借入金を設備投資や不動産(証券)投資に当てたまではよかったが、借入金の期限が到来す
る度に次々と資金を回収され、遂に資金繰り破綻に至ったということだ。
現在、国際的に活動する銀行に対しては、貸出先の倒産等のリスクに備えたクッションとなる自己
資本が十分にあるかどうかで、その健全性が測られる。しかし、それだけでは「監督不行き届き」だった
との反省から、今後は、お金を返す期限に合わせてタイミング良く現金化できるような資産を持ってい
るかを、経営健全性の評価基準に加える。これが、「新バーゼルⅡ」規制案の中核部分である。
しかし、これは、貸出人(銀行)の流動性リスクを借入人(企業)に転嫁することに他ならない。期
間のミスマッチを内部に抱えつつ信用を創造する、銀行業の本来的な付加価値を否定するものだ。
特に中小企業は、資金繰り不安から生産・販売活動を抑制せざるを得なくなるであろう。
また、日本の銀行がお金を貸してくれれば、大型プラント機器を輸入したいという商談があるとしよ
う。日本の輸出者にとっては、輸入者がいかに優良先であっても、銀行が短期調達したドル資金を
長期で貸してくれなければ、その商談を断念せざるを得ない。
いまやアジアは世界の成長センターである。アジア向け輸出は、アジア自身の成長を加速させると
ともに、世界経済の成長にも我が国の雇用創出にも貢献する。流動性基準の導入が、景気回復
の芽を摘むような新たなショックを生まぬよう、規制当局に望む。
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新バーゼル規制案の概要
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銀行セクターの強靱性の強化
ü
自己資本の質の強化
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リスク捕捉の強化(取引相手方のリスクの取扱強化等)
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レバレッジ比率(補完的指標)の導入
ü
プロシクリカリティ(景気変動増幅効果)の抑制
流動性リスク計測、基準、モニタリングのための国際的枠組
ü
流動性カバレッジ比率(短期的ストレス下の流動性確保)
ü
安定調達比率(資金の運用調達構造のミスマッチ抑制)
(出典:バーゼル銀行監督委員会及び金融庁資料により NEXI 作成)
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e-NEXI (2010 年 5 月号)
《カントリーレビュー》 パキスタン : Islamic Republic of Pakistan
<Point of view >
アジアの新興市場国が力強い経済成長を見せるなか、パキスタン経済の回復の足取りは重い。商業・投
資環境を改善し、民間主導の経済成長を促すには、治安、貧困、インフラ整備など山積する課題の解
決が必要。そのために財政改革、就中、VAT 導入による財源確保や電力料金引き下げなど補助金削
減などを行い、速やかな財政基盤の強化が求められている。
中国、インド、インドネシアなどアジアの新興市場国が経済の力強い回復を見せている。先頃発表
された IMF の世界経済見通し(WEO)によれば、日本を除くアジア諸国の 2010 年の経済成長率は
8.7%と予測されている。しかし、パキスタン経済に目を移すと、成長の蚊帳の外に置かれたような状態に
あり、力強い経済の回復にはまだしばらく時間がかかりそうである。
1.回復に出遅れ感目立つパキスタン経済
先述の WEO によれば、パキスタンの GDP 成長率は 09 年 1.9%に留まり、10 年、11 年にはそれぞれ
3%、4%に上昇が予想されるものの、アジア全体の成長速度の半分にも満たない。
パキスタン経済には、生産性の低い農業や繊維産業が主体といった構造的な問題だけでなく、不
安定な治安など投資環境の魅力不足、電力などのインフラ整備不足、政府の財政難による投資不
足など、経済成長を妨げている複数の“不足”が存在する。政府はこれらの不足に対して無策ではな
いものの、民族・宗教問題、貧困問題、既得権層の反発などが絡むため、支持基盤が盤石とはいえ
ないザルダリ大統領以下、パキスタン政府が大胆な改革に及び腰となっている。
複数の“不足”に実効性ある政策を政府が打たない限り、パキスタンの経済成長は海外支援と外
部環境の改善に依存した不安定な状況が続くことになろう。
2.財政目標で未達も出ている IMF 融資プログラム
08 年末に国際収支危機に陥ったパキスタンでは、本年末まで IMF の融資プログラムが続く。合意さ
れた融資額 113 億㌦のうち、既に約 6 割が IMF より貸し出されている。パキスタン中央銀行の外貨準
備高は、プログラム開始直前の 35 億㌦から、現在(4 月 17 日時点)111 億㌦に増えたが、実際はこ
れまでの IMF 融資実行額が積み上がったようなものである。
現在、パキスタン政府は IMF と 09 年末時点のコンディショナリティ達成状況について協議中だが、財
政赤字が目標を上回ったこと、電力料金引き上げ(補助金カット)、新年度(7 月~)後に導入する
VAT の内容等を巡り、IMF と政府の折り合いがついていないとみられ、2 月中に予定されていた 12 億㌦
のトランシェの実行が遅れている。
IMF や世銀は、かねてから対 GDP 比 10%以下の税収の低さを問題視してきており、財政健全化に
向け政府が VAT 法案を成立させることができるか注目される。
3.金融市場には期待を示すシグナルも
成長著しいアジアの中で見劣りはするものの、経常赤字が大幅に減少するなど、国際収支の悪化
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e-NEXI (2010 年 5 月号)
に歯止めがかかり、外貨資金繰りが改善するなど経済は最悪期を脱しており、金融市場からは悲観論
は後退し、期待を示すシグナルも見えている。
IMF 融資直前に、ソブリン格付けを CCC+に落とした S&P は、昨年 9 月、IMF や援助国のサポート
による外貨流動性改善をもって B-に戻している。証券市場は KSE30 指数が 09 年初から 240%近く
上昇し、ルピーの対ドル相場も 80 台前半で落ち着いている。08 年末には 5,000bps.前後に達した政
府の CDS スプレッドも 4 月 29 日で 655bps.(CMA によれば、デフォルト確率は 36%と依然高いが)まで
低下した。
09/10 年度(09 年 7 月~10 年 2 月までの 8 か月間)の FDI 流入額は前年同期比で半分(13 億
㌦)に留まるが、証券投資の流入には回復の兆しも見られる。
4.政府への不満を和らげるため、大統領権限を縮小
経済の浮揚や投資環境の改善には、内政や治安など、いわゆるポリティカルリスクの低下も不可欠
である。
2007~08 年にかけて、ブット元首相暗殺、ムシャラフ大統領辞任など内政は混乱を極め、その間に
政府の統治の行き届かないアフガン国境地域だけでなくイスラマバードなど都市部にもイスラム過激派
のテロが拡がりをみせ、パキスタン政府は内外の信認を喪失した。
ザルダリ大統領は 4 月、重要な政治決断を下した。これは 18 度目となる憲法改正により、大統領の
下院解散権の撤廃や首相の 3 期目以上の就任を可能とする等の内容を含むもので、大統領権限の
縮小を意味するものである。もともと大統領率いる与党パキスタン人民党の公約であるが、これを実施
することで、政府に対する各所からの反発を和らげることを狙ったものと思われる。しかし、大統領や閣
僚の汚職などに対する野党あるいは司法の追及が続けば、再び政局を迎えることになろう。
パキスタン経済が持続可能な経済成長を実現するために、財政改革、とりわけ VAT 導入による財
源確保、電力等補助金の削減を実施することが重要である。その実現に向け、政府は年末までの
IMF 融資プログラムの中で、残り 4 回の IMF によるレビューという“テスト”を確実にクリアしていかなければ
ならない。
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