病態生理からアプローチした薬物療法 糖尿病:Diabetes mellitus(DM)

病態生理からアプローチした薬物療法
糖尿病:Diabetes mellitus(DM)
食の是正は極めて重要で、インスリン需要を減らし、食事に
よるグルコース負荷を軽減する。血糖値の目標値を表3に示し
た。2型DMでの基本は食事・運動療法だが、血糖コントロー
田村 和広
東京薬科大学
内分泌分子薬理学教室准教授
ルが不良の場合はインスリン注射または内服薬投与を行う。
インスリン抵抗性を示す場合にはインスリン抵抗性改善薬、
主にインスリン分泌不全が見られる場合はスルホニル尿素系
糖尿病は最も罹患率の高い代謝異常疾患で、インスリン
の分泌と作用が低下することで起こる。糖尿病の治療には
医療従事者(医師、薬剤師、看護師、栄養士等)の協力体
制が不可欠であり、生活習慣の改善と正しい薬物使用の指
導を行うことが重要である。
●激増する糖尿病患者と治療の必要性
糖尿病(Diabetes mellitus、以下DM)は、脳卒中や虚血
表1 糖尿病の病態による分類
分類 インスリン依存状態(1型)
インスリン非依存状態(2型)
インスリンが絶対的に欠乏
し、生命維持のためにイン
特徴 スリン療法が不可欠。急性
合併症として糖尿病ケトア
シドーシスを起こしやすい。
自己のインスリン分泌能は、種々
の程度に維持されているが、相対
的に不足している。急性合併症と
して高血糖性高浸透圧昏睡を起
こしやすい。
臨床 血糖値:高い、不安定
指標 ケトン体:著しい増加
血糖値:様々だが、比較的安定
ケトン体:わずかな増加
性心疾患などの背後にある動脈硬化を引き起こす原因であり、
メタボリック症候群の病態を構成する。また、DM性腎症から
新たに透析導入になる患者は、毎年1万人を超える。2002年の
調査ではDM患者は約740万人、予備軍を含めると罹患者は
1620万人に及ぶ。DMは根治はできないが、管理することで
QOLの維持と寿命の確保が可能である。治療の目的は、血糖
コントロール不良のために引き起こされる代謝異常の改善と、
重大な合併症(網膜症、腎症、神経障害、動脈硬化症)の発
症と進展を抑えることにある。食事療法、運動療法と併せて、
薬物による血糖、血圧、脂質代謝のコントロールが必要である。
●糖尿病の病態生理と治療
DMは、大きく1型DM(インスリン依存性)と2型DM(イ
ンスリン非依存性)に分けられる(表1)。わが国では95%以
上は2型DMである。1型は、主に小児〜青年期に発症する自己
免疫機序による膵島炎(詳細は今なお研究中)で、β細胞が
破壊されインスリン分泌能を失い、通常は、絶対的欠乏によ
りインスリン依存状態に至る。一方、2型は、肥満、過食、ス
トレス、加齢や未知の遺伝的素因などが関わり中高年に多く
発症する。インスリン抵抗性の増加やインスリン分泌の低下
(分泌能は十分ではないが残存している)が起きる。
治療の基本は食事療法で、他の治療法を組み合わせる(表
2)。運動療法も長く続けていく基本的治療である。肥満と過
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治療
1.インスリン頻回注射(3 1.食事療法
〜4回/日)
2.運動療法
2.食事療法
3.経口血糖降下薬またはインス
3.運動療法
リン
〔日本糖尿病学会編、糖尿病治療ガイド2008-2009、文光堂、2008をもと
に作成〕
表2 糖尿病治療のねらい
治療の標的
対処法
①インスリンの補充
インスリン療法
②インスリン分泌の刺激
SU薬、速効型インスリン
分泌促進薬
③食事から供給されるグルコース量の軽減 食事療法、α-GI
④末梢組織でのグルコース取込み・消費
の促進
運動療法、BG薬
⑤インスリン感受性の改善
運動療法、ピオグリタゾン
塩酸塩
表3 血糖など各指標の目標と評価
血糖値指標
コントロールの評価とその範囲
優
良
可
不可
HbA1c(%)
5.8未満
5.8〜6.5
未満
6.5〜8.0
未満
8.0
以上
空腹時血糖値
(mg/dL)
80〜110
未満
110〜130
未満
130〜160
未満
160
以上
食後2時間血 80〜140
糖値
(mg/dL)
未満
140〜180
未満
180〜220
未満
220
以上
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体重:BMI値=18.5以上24.2未満=体重kg÷(身長m)
血圧:130/80 mmHg、脂質代謝:総コレステロール(200mg/dL未満)、
LDLコレステロール (120mg/dL未満)
、中性脂肪(150mg/dL未満)、
HDLコレステロール(40mg/dL以上)
〔日本糖尿病学会編、科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン第2版、南
江堂、2007をもとに作成〕
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病態生理からアプローチした薬物療法
薬を考慮し、分泌不全が高度であるときにはインスリン治療
改善薬(ピオグリタゾン塩酸塩):チアゾリジンジオン誘導
に切り替える。食後高血糖が顕著な場合は、グルコシダーゼ
体である本薬物は、脂肪細胞の分化に関わる核内受容体であ
阻害薬や速効型インスリン分泌促進薬を使用する。
るPPARγのアゴニストとして作用する。脂肪組織でのアデ
●使用薬物の特徴、その機序と副作用・相互作用
ィポネクチンの産生を上げ、骨格筋での糖取込みを促進、イ
【インスリン製剤】インスリン療法が必要となる病態は、1型
ンスリン抵抗性を改善させる。副作用としてLDH上昇は頻度
DMに加え、糖尿病性昏睡時、膵全摘例、重症感染症、大きな
が高い。重篤な副作用には、心不全の増悪、発症、浮腫や肝
外傷、中等度以上の外科手術時など。製剤はヒトインスリン
機能不全がある(表4禁忌参照)。体重増加にも注意。
とインスリンアナログが使用されている。現在、作用発現パ
3.糖吸収を抑制する薬物
ターンから超速効型、速効型、中間型、混合型、持効型に分
GI):小腸では炭水化物が、α-グルコシダーゼの働きで単糖
α-グルコシダーゼ阻害薬(α-
類される。それぞれの型の特性、用法・注意点などは専門書、
に分解されて吸収される。α-GIは単糖への分解を抑えて吸収
研修などによってきちんと習得していただきたい。
を阻止する。未消化糖質は小腸下部に移行し、小腸全体でゆ
【内服薬(経口抗糖尿病薬)】
っくり消化吸収される。食前の内服により食後の過血糖は改
1.内因性インスリンの分泌を促す薬物 ①スルホニル尿素薬
善される。副作用は腸閉塞様症状、肝機能障害、低血糖など。
(SU薬):膵β細胞からのインスリン分泌を促す。その機序
小腸下部に移行した糖質により腸内細菌が発酵を起こし、腹
はβ細胞のSU受容体に作用してATP感受性Kチャネルを閉鎖
部膨満、放屁増加、下痢が一部の患者でみられる。
し、β細胞の脱分極により電位依存性Caチャネルを開口させ
4.合併症治療薬 アルドース還元酵素阻害薬(エパルレスタ
る(図1)。インスリン分泌能がある程度残り、十分に機能し
ット):グルコースからは、アルドース還元酵素の働きでソ
ていない状態が適応となる。副作用は低血糖、無顆粒球症に
ルビトールが生成される。本酵素を阻害して、ソルビトール
要注意。SU薬は血清アルブミンと強く結合する。ピラゾロ
蓄積によるしびれ、疼痛などの頻度が高い末梢神経障害を抑
ン・プロピオン酸系などの抗炎症薬、ワルファリン、サルフ
制する。効果は、食前投与で高い。この代謝物により、尿が
ァ剤などとその結合部位で競合するため、併用すると遊離型
赤色になる。副作用は血小板減少や肝機能障害など。
SU薬が増え、作用を増大させる。②速効型インスリン分泌促
進薬(ナテグリニド、ミチグリニド):SU薬と構造は異なる
図1 インスリンの分泌機序
が、SU受容体を刺激し、インスリン分泌を促進させる。吸収
・SU薬
・速効型インスリン
分泌促進薬
が早く効果発現が早い。食直前投与によって高血糖を抑制で
ATP感受性
Kチャネル
Ca2+ 電位依存性
Caチャネル
きるので、食後高血糖のコントロールが不良な患者に用いら
れる。重篤な副作用として心筋梗塞や突然死の報告がある。
SU受容体
2.インスリン(様)作用を高める薬物 ①ビグアナイド(BG)
薬(ブホルミン塩酸塩、メトホルミン塩酸塩):SU薬とは異
脱分極
ATP
K+
Ca2+
なりインスリン分泌促進作用は示さない。詳細な機序は不明
だが、腸管での糖吸収の抑制,末梢組織のグルコース摂取能
(利用)の亢進、肝臓の糖新生の抑制などが知られている。主
に、肥満などにより肝や筋肉のインスリンに対する反応が悪
くなった患者に用いる。副作用は乳酸アシドーシス、重篤か
つ遷延性の低血糖を起こすことがある。②インスリン抵抗性
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インスリン
グルコース
グルコース-6-リン酸
〔NEW薬理学改訂第4版、南江堂、2002をもとに作成〕
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病態生理からアプローチした薬物療法
●服薬指導とその注意点
長く服用を続けていると効果がなくなる場合もある(2次無
シックデイの対処法については必ず説明しておく。シック
効)
。ピオグリタゾン塩酸塩では低血糖は起こりにくいが、む
デイにはインスリン需要が増すのでインスリン注射を中止せ
くんだり太りやすくなることに注意。心不全の患者に対して
ず、血糖の自己測定をこまめに行うことも重要。また、他の
は、水・Naの貯留作用により、症状を悪化させるので使用し
医療機関を受診する場合は、自分が使用中の薬物名と量を必
ない。α-GIで低血糖が現れた時は、ブドウ糖かブドウ糖入り
ず、医師か薬剤師に伝えるよう指示する。【インスリン療法】
ジュースを飲むように指導する。また、α-GIやBG薬では胃腸
各注射薬の特性についてはよく勉強して指導できるようにし
障害の頻度が高いが、症状は徐々に収まることが多いので、
ていただきたい。最も注意すべきは低血糖で、強い空腹感、
そのまま内服を続けるよう伝える。
冷や汗、手のふるえ、頭痛、ふらつきなどが現れたら、ブド
●高齢者への服薬指導のポイント
ウ糖を含む飴やスティックシュガーを口に入れることを指導、
【インスリン療法】代謝能が低下しているため成人の初期量の
その携行を促す。血糖値の改善と共に体重が増えることがあ
1/2量から開始する。昏睡などの緊急時には速効型も積極的に
【内服薬】SU薬、BG薬、α-GIでは、インスリン使用
り注意。
使用する。血糖コントロール不良の場合には網膜症が多発す
時と同様、一番の注意点は低血糖である。たびたび現れる場
ることが知られている。【内服薬】BG薬は高齢者(肝・腎機
合は、治療薬の種類と量が適当でない場合があるため、医師
能が低下)
、下痢・嘔吐で脱水の危険性がある場合は使用しな
または薬剤師に相談するよう伝える。規則正しい食生活に合
い(禁忌参照)。α-GIでは胃腸障害作用により腸閉塞様の症
わせて服用しないと空腹時低血糖を起こすことがある。また、
状を起こすことがあり注意する。
●その他、薬剤師として知っておくこと
表4 経口抗糖尿病薬の禁忌
内服薬
【インスリン療法】たとえ何も自覚症状が感じられなくても合
禁忌患者
重症ケトーシス、糖尿病性(前)昏睡、インス
リン依存性DM、重篤な肝・腎機能障害、重
スルホニル尿素(SU)
症感染症、手術前後、重篤な外傷、胃腸障
薬
害、スルホンアミド系薬過敏症歴、妊婦・
妊娠の可能性
重症ケトーシス、糖尿病性(前)昏睡、インス
速効型インスリン分泌 リン依存性DM、重症感染症、手術前後、重
促進薬
篤な外傷、妊婦・妊娠の可能性、透析を必
要とするような重篤な腎機能障害
乳酸アシドーシスの既往歴、 軽度も含む腎
機能障害、肝機能障害、ショック・心不全・心
筋梗塞肺塞栓等心血管系・肺機能に高度障害
およびその他の低酸素血症を伴いやすい状
ビ グ ア ナ イ ド ( B G ) 態、過度のアルコール摂取者、脱水症、下
薬
痢・嘔吐等胃腸障害、高齢者、重症ケトーシ
ス、糖尿病性(前)昏睡、インスリン依存性
DM、重症感染症、手術前後、重篤な外傷、
栄養不良状態、脳下垂体・副腎機能不全、妊
婦・妊娠の可能性、BG系薬過敏症歴
心不全及び既往歴、重症ケトーシス、糖尿
インスリン抵抗性改善 病性(前)昏睡、インスリン依存性DM、重篤
薬
な肝・腎機能障害、手術前後、重篤な外傷、
妊婦・妊娠の可能性
α-グルコシダーゼ阻 重症ケトーシス、糖尿病性(前)昏睡、重症感
害薬(α-Glucosidase 染症、手術前後、重篤な外傷
inhibitor; α-GI)
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併症を防ぐために治療に取り組ませることが大切である。イ
ンスリン非依存的状態であっても、血糖コントロールのため
【内服薬】患者のインス
にインスリンはしばしば使用される。
リン分泌能、肥満度、インスリン抵抗性の度合の評価により、
合併症、年齢、肝腎機能、服薬のコンプライアンスなどを考
慮して選択、併用する。2型DM患者に対してインスリン製剤
と内服薬(経口血糖低下薬)の併用も可能である。インスリ
ン抵抗性が高い場合は、ピオグリタゾン塩酸塩またはBG薬を
優先するか併用するとよい。末梢神経障害に対しては、エパ
ルレスタットのほか、ビタミンB12や牛車腎気丸が処方される
こともある。疼痛性神経障害の自覚症状の改善に心室性不整
脈治療薬でもあるメキシレチン塩酸塩が、また皮膚潰瘍を伴
う神経障害にPG製剤も使用される。さらに、DM性腎症の治
療にACE阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)
が有効であることも明らかになってきている。
〔参考書〕糖尿病テキスト:板倉光夫著(南江堂)/糖尿病治
療の手引き:日本糖尿病学会編(日本糖尿病協会・南江堂)
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