大島英世 37 吉備国際大学 臨床心理相談研究所紀要 第5号,37−46,2008 虐待する母親への身体軸をタテ真っ直ぐに立てる動作療法の研究 A study of Dohsa-therapy for mother who treated their child cruelly by training mother's body-axis to stand straight 大島 英世* Eisei OHSHIMA Abstract Present paper is a study of dohsa-therapy to mother who treated their child cruelly, by training her body axis to stand on straight. The therapeutic training was applied to relaxation of body and restoration of body-axis. According as progression of the training mother became able to control her emotion by herself like as her control of tension and motion of body. The author discussed on psychological effects, especially therapeutic value of dohsa experience by cruel mother to hold firmly her body axis straight on the earth. Key words:cruel-mother, body-axis, dohsa-therapy Ⅰ.はじめに がみられたため報告する。動作療法のいろいろ 児童虐待の問題は年々増加を増し、2006年度 な課題の中でも特に姿勢をタテ真っ直ぐにす における児童相談所での虐待対応の件数は、前 る、タテ方向に力を入れるという体験が転機と 年度より2,871件増加し、過去最多の3万7,343 なり安定化するという治療体験が特徴的であっ 件に上回ったことが報告された(週刊福祉新聞 たためそこに重点を置き、その心理的な変化に 2007、厚生労働省調べ)。 ついて考察する。 こうした児童虐待の問題は社会的な問題とし て取り上げられ、虐待を受けることによる心身 Ⅱ.事例の概要 への影響、こころのケアについて様々な試みが 子どもを叩く、否定的な言葉で責めることを なされるようになった。こうして、虐待を受け 主な主訴とする3事例(以下A子、B子、C子) る方の子どもの保護や支援は法的にも守られ、 に対し、各々個別に動作面接を行った。 支援体制を積極的に行う地方自治体の体勢も充 子どもとの関わり方や母親自身が抱える問題 実してきているが、虐待をする親への支援はま など3人には類似点が多くみられた。彼女達の だ模索の段階にある。 もつ問題、動作療法を導入した経緯、治療の手 このような状況において、筆者の勤める相談 続き、その経過について報告する。 室で、子どもを叩いてしまうと訴える母親に対 1.事例について し臨床動作法を適用した結果、母親自身が心理 事例1:A子(40歳、主婦) 的に安定し、子どもとの関わり方について改善 動作面接:全31回。 *吉備国際大学大学院臨床心理学研究科博士課程 〒716-8508 岡山県高梁市伊賀町8 Graduate School of Clinical Psychology, Kibi International University Iga-machi 8, Takahashi, Okayama, Japan(716-8508) 38 虐待する母親への身体軸をタテ真っ直ぐに立てる動作療法の研究 A子の家族:夫、長男5歳、次男3歳。長男に 感できるような体験が必要と思われた。 対し、物を投げつける。子どもが泣くとイライ 3.身体軸をタテにすることについて ラし、大声で責めながら怒鳴りつける。 動作療法(成瀬,1992)は、脳性マヒ児の肢 事例2:B子(26歳、主婦) 体不自由改善の訓練法として成瀬悟策とその研 動作面接:全27回 究者たちによって研究開発された臨床動作法を B子の家族:夫、長女4歳、長男2歳。落ち着 基礎においている。動作とは、からだの持ち主 きのない長女に対し、 「いなくなればいいのに」 である本人・「主体」 が意図した身体運動を実現 などのことばで責めながら叩く。 しようと努力する心理過程(成瀬,2000a)であ 事例3:C子(32歳、主婦) るが、ダウン症、自閉症などの発達障害児、統 動作面接:全34回 合失調症(鶴,1982)やうつ傾向(清水,1992) 、 C子の家族:夫、長女1歳。抑鬱がひどく、心 神経症(藤岡,1992)、PTSD(土居,2007)な 療内科に通院しながら育児をしている。子ども どの症状にも有効であることが報告され、心理 が1歳半になり自己主張を始め、反抗的態度を 治療として有用・有効なことが明らかになって 見せるようになった頃から言うことをきかない きている。 と叩いたり蹴ったりするようになる。 2.問題 子どもが泣くとイライラする、切羽詰まった これまで、動作課題については、脳性マヒ児 の訓練から始まったため、からだの部位・部分 など局部的な緊張の弛めや動きの動作が基礎的 気分ですぐカッときて子どもの存在を否定する な課題であったが、近年、身体軸(成瀬、2007) ことばで責めるという訴えはどの母親にも共通 を重視したタテ系の課題が重要視されるように し、激しい怒り、攻撃性の表出の仕方が問題で なってきている。 ある。子どもの態度や状態が母親を不安定にさ 身体軸を真っ直ぐにし、タテになるというこ せ、衝動的に攻撃性を表出するパターンが共通 とについて成瀬(2000b,鶴2000)は、脳性マヒ してみられ、攻撃的な言動、行為はその渦中に 児の訓練において、寝たきりの子どもが立てる おいては抑制が利かず、日常的に繰り返され、 ようになるためには、身体軸(成瀬,2000)を 習慣化していた。また、自己中心的で子どもが 確立することが重要であると述べ、動作訓練で 悪いと訴え、夫婦関係においても夫は自分を分 寝たきりだった子どもが初めて一人でお坐りが かってくれない、夫に責められている気がする、 できるようになった時、ほとんどの子が左右に 夫の言うことをきく気にはなれないなど、被害 大きく、ゆっくりと眼と顔を動かして周囲を見 的、反抗的態度が強く、協調的な人間関係が失 渡し、その直後から弱々しかった表情、仕草、 われている。 言葉遣いから対人態度まで驚く程しっかり逞し これらのことをまとめると、被害的な認知パ く変化することを発見した。身体軸をタテにす ターンが存在し、生活の些細なことで不安定に るためには、姿勢の歪みを作っている緊張を弛 なって感情コントロールが困難になり子どもに め、自由に動かせるようにすることが必要であ 暴言、暴力をふるうという行動パターン、ここ るが、姿勢を歪めている緊張をうまく弛めて身 ろのあり方により育児や生活上の人間関係での 体軸がタテになるに従い、外界環境の認知や対 不適応になっている。感じ方、捉え方の歪み、 応の仕方、上下の実感、距離感の確実化、左右 柔軟性の乏しさ、不安や怒りの感情の不適切な の認知が分化して左右差が明確化し、自体中心 表出、コントロール感の乏しさが問題であり、 の世界観がそこからできはじめる。 そこで母親自身が心理的に安定し、こころの拠 脳性マヒ児の動作訓練からは、身体軸がタテ りどころとなる安定感、自己存在の確かさを実 になることによって外界との対応、認知の仕方 大島英世 39 が変化することがわかってきたが、心理療法に では、猫背のように身体軸がくの字に大きく折 おいて身体軸をタテにすることによってこころ れ屈がり、腰は反っていた。肩は肩こりで首か のあり方がどのように変化するか、具体的な事 ら肩にかけて硬い緊張があり、両肩を内側にす 例報告はこれまでなされていない。そのため、 ぼめるようにしていた。背面から診ると身体軸 本事例では、身体軸をタテにすることによって は程度の差はあるが側彎、右に回転するような どのような心理的変化が起こったか、特にイラ 捻じれがある。 イラ感に対する感情コントロール、子どもや自 立位姿勢では、膝が屈がり、足首が硬いため 分に対する気持ちの変化について検討する。 足裏全体が床についていない。躯幹部の歪みに 4.からだの特徴 伴って骨盤が捻じれ、重心が片側だけに偏り、 A子、B子、C子にはからだの不調、硬さ、 動き、姿勢、動作について類似した特徴がみら れた。 からだ全体が不安定である。 ボディダイナミックス(図1)にA子の姿勢 の特徴を太線で記入して載せた。 1)からだの不調 肩こり、腰痛があり、ひどく疲れることが多 いという点が共通していた。肩こりは肩がパン パンに張った硬さが顕著にみられ、慢性化した 肩こりとなっていた。肩の痛みやきつさに対し て自覚が低く、中には慢性化して感じがなくな っている人もいた。腰痛では常時痛みがあると いうものではなく、時々腰痛がひどくなり寝込 むか、寝込むほどではなくても横になっている など、腰痛が生じることによって日常生活が円 滑にいかなくなるというものであった。 2)からだの硬さ・動きの鈍さ 図1 A子の姿勢 からだを動かしたときの動きの鈍さ、からだ の硬さが顕著にみられた。特に硬いのは、肩、 4)動作の特徴 首、肩関節、肘関節、肩胛骨の内側と周辺、躯 動作療法を適用する過程でみられた動作の特 幹部、腰、股関節、足首などで、からだ全体が 徴についても類似した傾向が見られた。動作特 一塊になったような未分化で慢性的な緊張があ 徴には次のようなものがあった。 った。腰を反らせている緊張の辺りには、もと ①からだ、動作の感じが乏しい。 もとはぐらぐらとしてうまく力を入れられない ②援助に依存的で主動的な動作、主動で試行錯 箇所があった。このような慢性化した凝りや緊 誤する動作に変換しにくい。 張がからだのあちこちにあり、意図的に動かそ ③セッションでの体験の積み重ねの効果が弱 うとするとギシギシきしむような鈍い動きとな く、からだ、動作の感じが不確かな状態に戻 り、自分のからだであるにも関わらず動かして りやすい。 いる感じが実感できないなど、からだの硬さ、 ④援助動作に伴う感じがネガティブで動作が滞 動き、感じの鈍さが顕著にみられた。 りやすい。不安感、イライラ感、させられ感 3)姿勢の歪み などに留まり、現状乗り越えへの努力に積極 母親自身には自覚されていなかったが、姿勢 の歪みが顕著であった。側面から診た坐位姿勢 的な援助を必要とする。 40 虐待する母親への身体軸をタテ真っ直ぐに立てる動作療法の研究 5.心理的な安定に必要と思われる体験(アセ スメント) 2)動作課題 あぐら坐位での前屈、肩上げ、肩開き、躯幹 被害的な感じ方、些細なことで不安定に陥る、 部のペコポコ、前屈から軸立て。膝立ち、重心 感情コントロールが困難になり、子どもに暴言、 移動。立位での踏み締め、重心移動、足の踏み 暴力を奮うというこころのあり方を安定させ、 付け。 子どもと安定した関わりを構築するには、母親 自身が心理的に安定し、こころの拠りどころと なる安定感、自己存在の確かさを実感できるよ Ⅳ.面接過程の概要 経過については、3事例とも類似していた。 うな体験が必要であると思われた。ことばでは そのため、どの事例にも共通した部分を面接経 子どもが悪いという発言に終始し、母親自身を 過の概要とし、全体を3期に分けて報告する。 見つめ直すことに抵抗が生じて向き合えない状 日常生活の様子については、面接の始めに聞き、 態であったが、肩こり、腰痛などのからだの悩 その後動作面接を実施した。 みに対しては受け入れがよいなど、動作であれ なお、動作療法では、クライエント自身の動 ば自分自身とも向き合いやすいと思われたため 作による努力過程を主たる治療体験と捉え、ク 動作療法を適用することとした。 ライエントが語ることばについてはありのまま に聴くだけに留め、内省や洞察を促すような働 Ⅲ.方法 1.導入の手続き それぞれの事例に対し、子どもを叩いたり責 きかけはしない。 〈 〉はセラピスト、「 」はクライエント の言葉。 めたりした後に生じる自責、後悔の気持ちを聴 き、繰り返さないことと気持ちのコントロール 第1期 肩や腰を弛め、自体感・動作感がわか ってきた時期 の必要性について話し合い、その方法として動 作療法を紹介し、同意を得て導入した。 A子 (#1〜#6) 、B子 (#1〜#14)、C子 (#1〜 2.援助方法 #8) 動作課題を提示し、まずクライエントが課題 を遂行し、困難な体験について援助する。 この時期は、動作面接導入時期にあたり、か らだに注意を向けること、力を入れる、弛める、 姿勢・動作特徴を踏まえ、からだ・動作の感 動かすことを通して、からだの感じや動作の感 じを実感すること、動作が主動的に変化し制御 じをつかみ、主動で動作を行えるようになるこ できるようになること、身体軸の屈がり、反り、 とを目標とした。 捻れを作り出している慢性緊張を弛めて身体軸 1.からだ、動作の感じ、主動感へ を真っ直ぐにする、タテの力を入れることを目 どの事例もすんなりとあぐら坐位になれた。 指した。援助上の注意としては、動作に伴う体 あぐら坐位から前屈をして腰、股関節などを弛 験として不安などのネガティブな感情を体験し める〔前屈〕課題では、課題を理解しているが、 た時の乗り越え体験が必要と思われるため、動 自発的にからだを動かすことはなく、じっと坐 作から注意が逸れて不安にとらわれないよう動 ったままでいたので、背を軽く前に押すように 作に注意を向け、からだの緊張感として処理し、 援助するとじりっと少し動いては止まり、動作 乗り越えの体験を援助する。 を止める緊張が生じた。〈ここで少し力が入っ 3.面接構造・動作課題 てきましたね〉と課題動作に付随して出てくる 1)面接構造 緊張に気付かせるとすっすっと弛め始め、前屈 各事例につき週1回50分。 していった。からだをいっぱいまで屈げたとこ 大島英世 41 ろでは、肩、首、腕と緊張が強く出るので、そ な感じが確かになると、すっかり落ち着きを取 れらの随伴緊張を弛めるように言うと、弛めて り戻したような様子に変わった。 いるつもりでかえって力を入れてくる。そのた め、そこに援助の手を当てて緊張の具合に気づ 2.この時期の難しさについて かせると、じっと動かないで止まっていた。試 動作に実感が伴うようになるに従い、自発的 行錯誤する様子が見られないため、肩に手を置 な動作が現れ始めた。〔前屈〕 課題では自らから き、〈力を入れてみましょう〉と伝えるとぐっ だを前へ倒していき、〔肩上げ〕課題でも自発的 と力を入れてくる。その緊張の感じは「わかり に肩を上げ、動作の滞りや焦りなどの緊張は解 ます」とつかめたため、〈それを抜きましょう〉 消した。ところが、面接中に動作の実感、主動の と伝えるとスッと弛めてくる。こうして、力を 動作が現れ始めても、次の回には元の鈍さに戻 入れた感じを手がかりに、弛めた感じをつかん ってしまい、動作面接が3、4回過ぎても変化し でいった。最初の2回程では、前屈で弛めたあ なかった。そのため援助の工夫が必要となった。 とのからだの感じの変化は「特に・・」「わか この現象については、問題を自分のこととして りません」と変化していなかったが、肩、腕、 受け止められないこころのあり方、相談には来 首の随伴緊張を確実に弛めていくようになった ているが人任せにしたい、自分自身と向き合う 頃には「軽くなりました」と自体感が変化した。 ことに防衛的になっているというこころのあり 〔肩上げ〕課題では、肩こりで肩がパンパン 方の現れではないかと思われ、どのようにして に張っており、肩は内側に閉じるように緊張し 乗り超えの体験を援助するかが課題となった。 ている。〈肩を上に上げてみましょう〉の課題 に対し、最初から主動で動かす人はいなかった。 3.第1期の日常生活体験の変化 援助の手を肩に置いて上へ軽く動かして方向を 1)A子の日常生活体験 示すと、A子はじりじりと小刻みな動作ですぐ 来談当初、子どもに対して怒鳴りつける、叩 止まり、B子は一気に最大限のところまで上げ、 く、物を投げるのを止められない、自分自身に C子はびくっとして最大限のところまで上げ ついては、子どもを保育園に送った際に泣かれ た。肩を下ろす動作はどの人もガクガクと止ま ると不安定になる、保育士に馬鹿にされている りながらの動作であった。A子は肩の感じが全 と感じると訴えていた。第1期では、子どもが く分からないというので、力を入れる課題に切 喧嘩をすると逃げ出したい、消えてしまいたい り替え、動作の感じをつかむことを課題とした。 と激しい感情を伴いながら訴える一方で、子ど B子は過剰の動作になってしまうので、動作の もに向けることばを選ぶようになった(#4)。 感じに注意を向けてゆっくり動かす動作コント A子が少し落ち着いてくると子どもは後追いを ロールを課題とした。C子は「焦る」感じにと しなくなり、A子に甘え始めた(#5)。A子は らわれていたので、肩の感じに注意を向け、ゆ 「大丈夫だろうと思えた」気持ちでの母子分離 っくりと肩を上げることを課題とした。どの人 を初めて体験した。子どもを叩くことをやめる も力を入れる感じを明確に感じられると弛める ように心がけるようになったが、子どものけん 動作もできるようになり、弛めながらゆっくり かが続いたときは「自分が怒っていることをわ 動かすことで、からだの感じ、動作の感じは かって欲しかった」と目の前でクッションを壁 「自分で動かしている感じです」と確かな感じ にぶつけるなど、激しい怒りの表出や攻撃的な (主動感) 、自己操作の感じに変化していった。 行動パターンは変わっていない。 動作に実感が伴うようになると、表情はがらっ と変化し、穏やかに変わった。からだの「らく」 2)B子の日常生活体験 来談当初、子どもを叩く激しい怒りと後から 42 虐待する母親への身体軸をタテ真っ直ぐに立てる動作療法の研究 生じる自責で抑鬱的な状態であったが、「気持 偏っているのが一般的だが、ここでは、からだ ちが溢れ出してこない、泣かなくなった(#3) 」 を真っ直ぐにして重心を真ん中に位置づけ、そ と落ち着き、ことばである程度責めると「もう こでの確かな感じをつかむこと、左右、真ん中 いい」と思えたことに気づいた(#3)。しかし、 に重心を自由に移動させる動作で、重力に対応 安定してはおらず、子どもを大声で怒鳴っては するようにタテ真っ直ぐに重心を安定させるこ 後悔することは繰り返され(#6)、変わらず叩 とを主な体験とした。 くこともあった (#14)。B子は自発的に話さず、 〔前屈から軸立て〕課題は、前屈姿勢から背を ことばも具体的ではなかったが、動作面接が進 丸めずに胸を反らせてからだを起こし、真っ直 むに従い、自発的に話し、自分自身の気持ちに ぐな姿勢になる課題であるが、躯幹部が猫背様 ついてよく語るようになった。「子どもとしっ にくの字に折れ屈がっていると、そこにぐっと くりこない」感じや「子どもは私のことを恨ん 力を入れて起きるのが容易ではない。しかし、そ でいると思う」などの不安な気持ちが語られた こに力が入ると背筋が真っ直ぐな姿勢ができる。 が、子どもが悪いと後に付け加え不満を言う話 A子は〔前屈から軸立て〕課題でぐっと背を し方であった。 反らせ、図1で示す4の部分に思い切って力を 3)C子の日常生活体験 入れて起き上がり、真っ直ぐになった。その時、 C子は抑鬱がひどい状態にあり、側で遊ぶ子 ストンと肩の力が抜けてタテ方向に力が入り、 どもの様子に全く関心を向けずにじっと押し黙 タテに真っ直ぐな姿勢に変わった(#24)。身 ったまま面接を終える状態にあったが、動作面 体軸を真っ直ぐにしたままで左右に〔重心移動〕 接が進むに従い、ポツポツと話すようになった。 を試みて、左右の重心が明確になると積極的な 日常生活ではイライラして泣き叫び(#1)、夫に 動作に変化し、自発的に腰を動かし、重心を移 対する不満で怒りっぽくなっている、子どもと 動させてくるようになった。重心を真ん中にピ 自然に遊べない、「遊ばなければ」と無理に遊ん タリと定め、真っ直ぐな姿勢で止まる感じをじ でいる心境が語られるようになった(#6)。ま っくり感じた後、「自分は等身大でいいと思え た、 「育児では思いがけないことがある。自分の てきた。今の力は子どもと等身大の自分のため 時間をとられてしまう (#8) 」と不満を語った。 に使いたい」としみじみ語った。 B子は、坐位で屈がっている4の部分に「き 第2期 身体軸をタテにして重心が安定した時期 つい感じがする」と違和感を訴えた。援助で4 A子 (#7〜#27) 、B子 (#15〜#20)、C子 (#9〜 に手を当てて、〈ここに向かって背中を屈げる #23) ように力を入れてみて〉と促すと、試行錯誤の 第1期では受動的な動作から主動的な動作へ 末に屈げ始めた。動かした感じがわかると思い の展開が定着、促進しなかったため、第2期で 切った動作に変わり、反らせる方へもからだを は治療体験を促進的にするために弛め課題中心 開くように動かしていき、きつい感じは消失し から、身体軸をタテ真っ直ぐにして重心を安定 てタテ真っ直ぐになった。〔重心移動〕をする させる課題を試みた。重心を安定させるために、 と真ん中でピタリとからだが静止し、肩の力を 〔前屈から軸立て〕課題で身体軸を立て、 〔坐位〕 抜いて真っ直ぐな身体軸だけで坐位を保持した 〔膝立ち〕課題で重心移動をして、重心の明確 (#19)。そのとき初めてじっくりとからだの感 化と安定化を図った。 じを味わい、「子どもがかわいいと思えない。 前はそうじゃなかった・・・あの子はどうして 1.タテになり重心を安定させる 自然な坐位姿勢では、重心が左右どちらかに 欲しいと思っているんだろう」と初めて子ども の気持ちに思いを巡らせ、素直な気持ちで自分 大島英世 43 ごせるようになった(#7)。また、イライラし を見つめた。 C子は、坐位姿勢で4がグラグラとして「定 ても物を投げない、大声で怒鳴らずに過ごし、 まらない感じ」と不安定感を訴えた。腰、5、4、 子どもの気持ちを考えるようになっていった。 3と下から〔ペコポコ〕課題で前後に動かして 「子どもは自分の気持ちを言えないのではない 弛め、タテに積み重ねるようにして身体軸を真 か(#8)」 「自分は子どもと向き合っていない。 っ直ぐにしていった。その過程での動作は、は 本当は子どもと遊びたい(#9)」と素直な気持ち じめはぼんやりとして鈍いものからぐっと迷い で自分をみつめ、子どもと走り回って遊び、生 なく動かしてくる動作に変化し、屈がっていた き生きとした生活を始めた(#11)。また、「イ 4を反らせてクッと真っ直ぐにはまる感じが出 ライラを子どもに八つ当たりしている(#20)」 た時、「あっ」と声を上げ、ストンとタテの力を と気づき、母親としての自分の態度を振り返り、 入れた。タテ真っ直ぐの感じに浸りながら「こ 子どもと対等に腹を立ててしまう自分について こだとしっかりしている。この方がらく」と安 考えるようになった(#27) 。 定した感じをつかんだ(#19)。初めて自発的 2)B子の日常生活体験 に語り「子どもを激しく叱ってしまうのはなん とかならないでしょうか」と自分を振り返った。 子どもに怒っている最中に「肩が痛くなった」 と気づいたことが報告された(#19)。その時B 子は痛みが出た右肩をさすり、肩の痛みが変わ 2.タテに力を入れる、のる感じ るのと同時に「気持ちも落ち着いた」という自己 〔膝立ち〕課題で脚に力を入れて踏み付ける、 処理体験をしていた。イライラした気持ちは続 かなくなり、叩かなくなった(#16)。「子どもの 膝立ちでの〔重心移動〕を行った。 A子は、〔膝立ち〕課題では脚に力を入れて 泣き声を聞いても根に持たなくなった(#16)」 いるつもりで上体を大きく反らせ、脚には力が 「気持ちの切り替えができて、自責しない (#17) 」 入らずグラグラした。援助で上体を反らせてく とイライラの感じ方が変化し、とらわれなくな る動きを止め、脚に力を入れないと立てないよ った。 うにし、踏ん張らせると、初めて両脚にはっき 3)C子の日常生活体験 りと力を入れて踏み付けて膝立ちし、タテにな C子は、夫に対する不満、舅、姑に対するネ という ガティブな気持ちについてよく語るようになっ 感じ」「探さなくてもある、 自分がある 」と た(#14)。イライラして爆発することを押さ 確かな感じを感じながらつぶやいた。 えられない状態にあり「エスカレートしそうで った(#13)。この時「ここに ある B子は、〔膝立ち〕課題にはそれまでにない 不安(#19)」と語ったが、重心を安定させ、 生き生きとした表情で取り組み、初めて膝立ち 身体軸をタテ真っ直ぐにした後では(#20)、 をして脚に力を入れたとき「わー」と驚きの声 夫にきつく言うのを止め(#21)、子どもを叩 を上げた。両脚に力を入れることを意識してぐ かないよう心掛けるようになった(#23) 。 っと力強く膝で踏み付けて立つと、「安定して いますね」「子どもが泣くと頭にイライラが出 第3期 身体軸の捻れを真っ直ぐにし、踏み締 め感が明確化した時期 てくるんです」とイライラする自分を客観的に 振り返り、素直に見つめた(#15)。 A子 (#28〜#31)、B子 (#21〜#26)、C子 (#24 〜#31) 3.第2期の日常生活体験の変化 1)A子の日常生活体験 子どもの甘えを十分に受け入れ、叩かずに過 身体軸の折れを真っ直ぐにして重心が安定 し、主動的な動作様式が定着してきたため、立 位でタテに力を入れる、踏み締めて立つ体験を 44 虐待する母親への身体軸をタテ真っ直ぐに立てる動作療法の研究 中心課題とした。特に、躯幹部の身体軸の捻れ 2.第3期の日常生活体験の変化 に焦点を当て、真っ直ぐに安定させてから坐位 1)A子の日常生活体験 の〔軸立て〕課題、立位の〔踏み締め〕課題を行 い、全身がタテ真っ直ぐになることを目指した。 A子は結婚と育児によって中断していた趣味 を再開したいと思い立ち、習い事を始めた (#29)。イライラに対しては新聞を読んで気を 1.身体軸の捻れを弛めてタテ真っ直ぐにする、 踏み締めてタテの力を入れる ボディダイナミックスで示す3、4から回転 するようにからだを捻じる緊張パターンがあ り、慢性化、習慣化して著しく姿勢を歪めてい 紛らせる方法で対処し、「どうにかできる程度」 まで落ち着いた(#29)。また、子育て支援の ための母親グループに自ら参加した(#30) 。 2)B子の日常生活体験 「ちょっとしたことでイライラする自分が嫌。 る。そのため、坐位の〔ペコポコ〕課題で捻じ イライラしない方法を知りたい(#21)」と自分 れ部位に焦点付けをし、捻じれパターンの緊張 について気づきが深まり、「イライラすること を止め、前後に身体軸を動かして身体軸の上部 に疲れる(#21)」と自分の感じがよくわかるよ と下部の間を真っ直ぐにつなげることとした。 うになった。イライラしても怒鳴らずに過ごせ、 これは、全身を真っ直ぐにして踏み締める、タ 怒鳴ることがあっても以前ほどの激しさではな テになるために極めて有効な課題と思われた。 くなった。「生活は波がなく穏やか(#26) 」と感 身体軸の捻れを真っ直ぐにして〔立位の踏み 締め〕を体験したA子は、ぐっと踏み締める力 じ、中断していた趣味を再開した。 3)C子の日常生活体験 を入れたことで頭から足までタテ真っ直ぐにな 積極的に外出を始め、子どもを連れて児童館 った(#28)。その瞬間「あっ」と驚きの表情 へ行くようになった(#25)。夫と育児につい に変わり、「支柱があります」とタテの感じを て話し合い、夫婦の関係がよくなると(#31)、 伝えた。また、イス坐位でぐっと腰をタテに踏 「イライラしなくなった、叩かなくなりほっと み付けてからじっくりとタテの感じに浸ると している(#32)」と報告した。自分の体調が 「大丈夫」という気持ちに変わった。 B子は坐位の〔ペコポコ〕課題で捻じれを弛 悪い時に子どもに当たるということに気づき、 仕事復帰をした(#32) 。 めてクッとタテにはまる感じが出て、初めてじ っくりとからだの感じに浸り、「どうせ私が悪 Ⅴ.考察 いと思う癖がある」「責められると不安になる 子どもを叩く、責めてしまうという母親に動 んです」「子どもの頃からそうだった、悪い方 作療法を試みた結果、心理的な安定と主体的な に考えていないと安心していられないんでしょ 生活の仕方への変容がみられた。どのような治 うね」「なんでもすぐ身構えるんですよね」と 療要因があったのか、また、タテになる動作体 素直な気持ちで自分自身を見つめ直した。 験が心理的にどんな効果をもたらしたのか、動 C子は立位の〔踏み締め〕課題で両脚でぐっ 作に伴う体験から考察した。 と踏ん張った時、タテ真っ直ぐの立位が安定し た(#24)。その時「揺れない、落ち着いてい る」「強くなりたい、ヒステリックにならない でいれるように」と自分をみつめた。 1.動作療法における人間関係について 通常の心理療法においては、初期には治療者 ―クライエント間での信頼関係の形成が重視さ れ、治療的な関係が進むにつれて感情転移など を通した両者の相互性が治療要因として重視さ れる。 大島英世 動作療法では、クライエントの同意の下で導 45 トロールが可能になったこと、③身体軸の折れ、 入され、動作課題の実現努力のプロセスの中で 捻じれをタテ真っ直ぐにしたこと、④重心を安 動作努力の仕方の変容、自体、動作の感じの実 定させ、踏み締めてタテの力を入れたという体 感化、姿勢の安定化が図られる。つまり、クラ 験であった。 イエント自身の自己選択、自己操作、自己努力 第1期は弛め課題中心の動作体験によって、 による過程から成る。援助者は援助の手を通し 抑鬱的な気分が安定した。動作体験においては、 て動作を客観的な事実として感じ取り、一方で 動作面接で主動の動作に展開しても日常生活に クライエントの内的なこころの動きとして動作 入ればすぐに元に戻ってしまい、面接での体験 努力の仕方、動作に伴って体験される緊張感や が定着せず、停滞した状態に陥った。しかし、 不安感、安定感、充実感などの伴う体験を手が 第2期以降に身体軸をタテ真っ直ぐにする、重 かりとして援助をする。 心を安定させてタテの力を入れる課題に変えて 動作療法の援助では、このようなクライエン から、面接での動作体験が日常生活でも持続し、 ト自身の努力による治療体験を支え、クライエ 積極的、主体的な動作の仕方へと展開するよう ント自身が動作による試行錯誤を主体的にでき に変化した。この頃の日常生活の仕方では、イラ るようになるまでに援助をするのが適切な援助 イラする怒りや態度は変わりなかったが不安定 である。症状が重いクライエント程治療体験の さは落ち着き、子どもと一緒に遊ぶ、自分自身 始めには積極的な援助関係の下での援助を必要 について考える、気持ちの切り替えができるよ とする。しかし、ある程度安定し、主体的な活 うになるなど、積極的、主体的な生活の仕方へ 動ができるようになると、自己選択が可能にな と変化してきた。特に第3期で身体軸の捻れを り、積極的な援助がなくても自分で課題を見つ 立て直し、タテ真っ直ぐの姿勢で踏み締め、踏み け、自分の努力で緊張を弛め、気分を安定させ 付けの体験をしてから、イライラ感はコントロ 始めるが一般である。B子は子どもを叩きなが ールできる程度に落ち着き、子どもに攻撃的に ら肩の痛みに気づき、肩を動かせると痛みは消 ならずに現実的な対処をとるように変化した。 失し、イライラした気分も落ち着いた(#19) このように母親がそれまでとは全く違った生 が、B子のような体験は、まさに自己選択、自 活様式をするに至った過程にはどのような治療 己操作、自己努力、自己処理による治療体験で、 体験があったのだろうか。 動作療法の必須条件である。 タテになる体験では、より確かなからだ、動 しかしながら、全く信頼関係の無いところで 作の実感、主体的な動作への展開、確かな安定 動作療法は成り立たない。私のための援助者が 感の獲得へと積極的な動作活動の仕方が展開 居るという基本的な信頼感、安心感によってク し、持続的に変化した。そこでは、問題を自分 ライエントの努力過程を促進する人間関係は必 の悩みとして捉え、語り、自分自身と素直な気 要で、促進的な体験を支えるための安心感とし 持ちで向き合う、子どもの気持ちを考えるとい ての人間関係は極めて重要である。安定した安 う、捉え方、感じ方の変容が起こり、動作様式 心できる人間関係を基本におきながら、主たる の主体的変容と同様に主体的な心理活動が展開 治療体験のための動作が展開されるというの されたと思われる。そして、そうした治療体験 が、適切な治療条件といえる。 によって日常生活においても自分自身を客観的 に見る視座ができ、攻撃的な行動の誘因であっ 2.タテになる体験と心理的な変容について た子どもの泣き声、イライラ感にも囚われなく 動作体験の過程で有効と思われた体験は、① なり、捉え方、感じ方が変容した結果、子ども 自体と動作の感じを実感したこと、②動作コン に攻撃的にならない方法で対応し、落ち着いた 46 虐待する母親への身体軸をタテ真っ直ぐに立てる動作療法の研究 生活ができるようになったと推測される。 特に、身体軸の折れや捻れをタテ真っ直ぐに 共通の逸脱がみられたので、リラクセイション と身体軸の立て直しのための治療訓練を行った。 して重心を安定させ、それまでの存在の在り方 その結果、からだの緊張や動作を制御し、母親 を一変するように重力に対応させてタテまっす 自身が素直に自分と向き合えるようになり、感 ぐにからだを位置づける、タテに力を入れるとい 情コントロールが可能になった。特に虐待をす う体験が変容の転機であったことから、タテに る母親が身体軸をタテ真っ直ぐにして立つ動作 なる体験により、確かな安定感とこころの拠り 体験によってどのような治療効果を得られるの どころともいえる自己存在の確実感が体験され か考察する。 たことが、生活様式の変容につながったと思わ れる。 付記 些細なことですぐに不安定になる母親がタテ 本論文は、日本臨床動作学会第15回大会での になる体験によって揺るぎない安定感と新しい 事例発表に加筆・修正を加えたものである。当 自分の存在の仕方、自己確実感を自体の実感か 日司会をしてくださった鈴木芳宏先生、指定討 ら体験し、こころの拠りどころともいえる確か 論者の土居隆子先生、論文をまとめるにあたり な自分という実感が獲得されたことにより、自 ご指導、ご助言くださいました成瀬悟策先生、 分や子ども、家族、出来事への向き合い方が柔 園田順一先生に心よりお礼申し上げます。 軟で能動的、主体的な向き合い方へと変容して いったと思われる。 引用文献 週刊「福祉新聞」(2007):2007年7月23日 3.虐待をする母親への援助法としての動作療 法について 動作療法は一般の心理療法で顕著な効果が認 められているが、虐待をする母親たちはあまり 第 2349号 藤岡孝志(1992):神経症者への動作療法.臨 床動作法の理論と治療,現代のエスプリ別冊, 至文堂,成瀬悟策編,161-168 に切羽詰った感じで強烈な不安、怒りの感情に 成瀬悟策(2000a):動作療法.誠心書房. 満たされているので、普通の弛めや動きの動作 成瀬悟策(2000b):からだを動かすこころの 法ではなかなか効果が挙げられなかった。そこ 仕組み.実験動作学,現代のエスプリ別冊, でタテ真っ直ぐにからだを立て、しっかりした 至文堂,成瀬悟策編,9-18. 身体軸を作ることによって自己存在感、自分の 成瀬悟策(2007) :動作のこころ.誠信書房. 拠りどころを得て落着き、余裕を持って自分を 清水良三(1992):神経症性うつ病者へ.臨床 見つめ、子どもを理解し、安定した家庭生活を 動作法の理論と治療,現代のエスプリ別冊, 取り戻せるようになった。ここでは3例を挙げ 至文堂,成瀬悟策編,223-233 たが、その後も同様な事例をいくつか得たので、 鶴光代(2000):ひとがタテに生きる意味.実 身体軸の重要性を改めて確かめることができて 験動作学,現代のエスプリ別冊,至文堂,成 いるといえる。 瀬悟策編,245-254. 鶴光代(2007):臨床動作法への招待.金剛出 Ⅵ.まとめ 版 子どもを叩く、激しく責めるなどの虐待をす 土居隆子(2007):PTSD・心的外傷と臨床動 る母親に対し、動作療法による心理的援助を行 作法.動作のこころ臨床ケースに学ぶ,誠信 った。彼女たちには緊張と動き、及び身体軸に 書房,成瀬悟策編,175-200.
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