Untitled

。劇団未来半島
﹁ゴジ ラ﹂
日月8 ・
9日
大橋泰彦/作 仁 木
@⑫
宏/演出
佐野洋子/作 劇 団 四 紀 会 家 族 劇 場/脚色
岸本敏朗 /演出
100万回生きたねこ』
劇団四紀会 r
2月 8 ・15・2
1・22日、 3月 13・14日
表紙のことぱ
中
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:
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:
首
四紀会の舞台は、こうした清水さんのような
う存分腕を奮っていただきたいと思います 。
申しわけないことをしました。次回にまた、思
けられ、清水さんに力を出し切っていただけず、
作権の関係上、絵本の原画を使うことが義務付
1 0 0万 回 生 き た ね こ ﹂ の方が著
今回は、 ﹁
ています。
シだけでなく、舞台美術でも大変お世話になっ
ターの清水みどりさんにお願いしており、チラ
ラシデザインは、演劇教室卒業生でイラストレー
震災後に家族劇場を再開してから、大半のチ
多く、今回は後者の形態となりました 。
l本 ま た は 新 作 と 再 演 の2本 立 と い う ケ l スが
中 山 年 の ブ ラ ン ク を 除 き 四 回 目。 演 目 は 、 大 作
毎年新春に行っている家族劇場公演は今年で、
里
7
。劇団石るつ
﹁
相寄る魂﹂
2月比日
ギイ ・フ ォ ンイ / 作
利光哲夫/演 出 境 野 修 次
③
⑧
演出補
協力者の皆さんによって、支えられているので
あります。
小池倫代/作 我 孫 子 正 好/演出
日月9日
。劇団海鳴り
﹁
恋歌がきこえる ﹂
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100万回生きたねこ j
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作2
6~主
印 1
南 4
日E
貞月
人 4
/日
演
出
田 ー 』
門
子 3公 術
/ 月号座
。神戸職演連
﹁
雄さん﹂
n日
。劇団すがお
﹃
桑名高古焼│沼波弄山物語巴
2月沼田
栗木英章/作 吉 良 史 郎/演出
﹁ WO
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﹂
。劇団はぐるま
4月山・日日
豊/作 三 島 幸 司 /演出
ø~ヨ
ø~当
2月幻
本多弘志/作
︿﹀劇団名芸
﹁
楽
屋
﹂
4月 9 j同日
清水邦夫/作 栗 木 英 章/演出
成
井
。青年劇場
﹁ ULFG
弟の戦争﹂
2月m lお日
ロパ lト・ウエストール /作
篠原久美子/作 高 瀬 久 男/演出
2 5雲
神ヨ貧
@⑮
@⑮
⑮⑫
4
砂 もくじ
グラピア (舞台)…
•
1
巻頭言・…・….... …・……-・…………………………
-……藤沢
薫
6
働きながら演劇活動シリーズ (
3
)
創造の栄養は職場活動から・..........................
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「リアリティ」と「自由さ Jと 一一役者たちが話しあった一一-
1
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馬山あげての演劇祭…....・…一..
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・ ・・・・・・・・・・…・・・・こばやしひろし
2
8
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・ ・-津田
北京演劇事情一訪中記・………...・ ・
3
5
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伸
4
5
ベルリンでの在外研修を終えて……・………………...・ ・・・堀江ひろゆき
5
2
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追悼 梶 武 史 … . . 勝手に逝きやがって」………....・......…・岸本敏朗 5
6
5
8
北から南から (劇団通信)
劇評 劇団石るつ『相寄る魂j …・ー…………...・ ・-………・・鈴木 太郎
東京芸術座『遠い水の記憶l……………・・………・・
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劇団銅鐸 Xヴァイトクス・スタジオ rsakura
ーイン・ザ・ウインドJ ・
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青年劇場 rGULF (
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レフ)一弟の戦争J.………・
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関西芸術座『リズム j … … … … … … … … … ・ … … … … 神 津 和 明
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s 心の面影 マイケルと私-j-.…・ ・
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人間座 『翁家j … … ……・・……・・・・・…・・・・…・…
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上野市民劇場『芭蕉翁桃青ーその内なる枯野から j …・一久保田 明
劇団名芸『楽屋一男と女の』……・… .
•••.
••••••.…・……
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全リ演関東ブロック「新春大交流会 J報告
河東けいさんに心のこもったおめでとう
藤沢薫さんの「わが芝居人生」一一出版を祝う会
梶武史きんを偲ぶ会
新刊紹介「子どもの夢-子どもの劇 J 戎 一郎著
2
∞4年 7月中旬以降の公演
福田陽子
栗木英章
郡司勇
平田康
赤松比洋子
里中真
城谷護
8
0
8
2
8
3
8
5
8
7
8
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卯
9
1
9
2
9
4
9
5
9
7
9
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1
0
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1
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1
0
1
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情報 BOX
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第 2回八雲国際演劇祭11
1月3-7日
全リ演(東)
第 8図作家会議の報告
7
5
7
6
7
7
7
9
。劇団かすがい
﹁
貧乏物語巴
日
5月羽田
井上ひさ し /作 楢 崎 英 三 /演出
劇団演集『坂の上の家J.…………・・……………………
1
1
神戸職演連 I
雄さんJ.一一....…-………………………今泉おさむ
劇団四紀会『大工と鬼JH
∞万回生きたねこ j ……・…
劇団かすがい『貧乏物語J.…・………………・…・……
。
観劇記 『夏の夜の夢ームーンアンドサン J ……・…....・ ・-杉本進
7
4
。劇団だいこん座
﹁
空とぷ大どろぼう﹂
5月幻日
小田健也/作 石 川 富 志 夫/演出
)…
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劇団を訪ねて(劇団「ひの J
。劇団名古屋
﹁
あした天気になあれ﹄
5月HiM日
ふたくち つよし/作
久保田明 /演出
湾劇会議
2004年 7月 3日発行 第 1
15号
1
0
2
G
3⑧
~
~
頭
長
藤
沢
薫
あるシンポジウムで﹁私は長い間、世のため人のため
てから若い人から﹁藤沢さんは、金と名誉のために芝居
に芝居をやっていると思っていたが、今では自分のため
をやっているんですか﹂と、怒るでもなく、冗談でもな
だった。もの心ついた時から、なんのために、誰のため
戦争が終り、気がついたら民主運動のデモ隊の隊列の
く真面目に質問され、返す言葉を失なった。
にやっていると言えるようになった﹂と発言した。終っ
中にいた。戦時中に培われた国のために尽す体質は、﹁平
この年齢になると、若い人との年齢の聞きはますます
大きくなるばかりだが、大抵のことは理解しているつも
戸惑うことがある。
りだ。だが、ときたま自分が痴呆になったかと思うほど
私は自分の体験から、中学・高校生たちに﹁正解を求
める前に、まず自分がどう思うかを考えよう﹂と言って
きない、かつてこんな時代があっただろうか。
日本だけではない、世界も狂っている。
世界の超大国アメリカは、アフガンにイラクに圧倒的
無をめぐって始まった。最大の大量破壊兵器は核兵器で
りをつくしている。イラク戦争は﹁大量破壊兵器﹂の有
な軍事力で侵略し、﹁民主主義﹂の名のもとに暴虐の隈
これをやれと命令されれば素直に応じる。だが自由に
ある。自らはそれを使い、大量に蓄え、核実験を繰り返
を歴史は教えてくれた。
時代に翻弄されず、常に根元的な問いかけをする必要
れはなにをすればいいのか。
窒息寸前の世論が息を吹き返す日はないのか。われわ
成の論調に変わってきた。
﹁時代は変わった﹂と、マスコミもいっせいに改正賛
ことはできない。
る時期に、自らそれを捨て去ろうという愚考を見過ごす
幻世紀を展望する9条の思想が、これから力を発揮す
和憲法9条の改悪は、もはや時間の問題となっている。
日本国民が必死に守ってきた世界に誇る平和主義 ・平
とうと λ自衛隊のイラク派兵を強行した。
唯一の被爆国である日本が、そのアメリカに追随して
ヵ。
しながら、他国には禁じて軍事力で抹殺しようというの
やれと言われた途端、なにをやっていいのか分からなく
このような過酷な労働状況は、労働者から完全に余暇
好で、反撃の狼煙はあがりそうもない。
ずたずた寸断された組織は、完全に団結権を奪われた格
権利状態に追いやられ、資本のなすがままになっている。
りは日常茶飯事となり、労働協約もへったくれもない無
況に陥っている。リストラの名による労働者の大量首切
子どもたちばかりではない。労働現場は戦後最悪の状
なんとも恐ろしい危険な状況ではないか。
という語い文句とは裏腹に、生きる力を奪われたに等しい。
たちから考える力を奪ってしまったむだ。﹁伺性の尊重﹂
の聞に培われてきたO ×式の管理教育が、完全に子ども
れば、まだ反発も生まれよう。これは、ここ二・三O年
かも誰に強制されたわけでもない、強制されたのであ
戦時中の﹁自己喪失﹂は過去のことではなかった。し
なる。完全な自己喪失ではないか。
いちばん苦痛だ﹂と聞いて、背筋が寒くなった。
んでもいいから好きなことをやってみろと言われるのが
先日、ある高校生が﹁僕は先生から、自由にやれ、な
きた。
に気づくまで時聞がかかった。
己の実態を省りみず正義の上にあぐらをかく倣慢な体質
るべき自己喪失の状態は、もの創りにとっては致命的だ。
それと気づかないまま十数年の歳月が流れた。この恐
の中に根深く巣くっていたのだ。
していた。大義名文の旗の下に、命令に準じる体質が僕
和・民主﹂と名を変えて、そのまま民主運動にスライド
の名誉であると、骨の髄までたたきこまれていた。
るしかなかった。
り作品創りの中で苦汁した先人の後を辿りながら確かめ
本来の自分を取り戻すのは容易なことではない。やは
議
に生きるのかの訓導を受け、国のために死ぬことが最高
中学3年で終戦をむかえた僕は、根っからの軍国少年
らずも自分が生きてきた戦後史をたどることになった。
今度、﹁わが芝居人生﹂なる本を出すことになり、図
巻
の権利をも奪ってしまった。働きながら文化活動すらで
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働きながら演劇活動シリーズ
京浜協同劇 団
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けでなく身構えました。
務員たちは大喜びでしたが、男性たちは、びっくりしただ
めていました。ゴローちゃんを連れて行ったので女性事
から、掃除も終ってそれぞれの職場で﹁乾杯﹂をやり始
向かいました。ちょうどその日は年末の納会の日でした
私は定年退職をする日に、お礼のあいさつに人事室に
です。
ば、相手がガタガタ言ってきてもびくつくことはないの
ことだと思うのです。それさえ自分の中にしっかりあれ
なことは許しませんよ﹂ということを相手に分からせる
さというのは、強がって見せることではなく、﹁理不尽
のです。そういう人をいっぱい見てきました。本当の強
分の思うようにならないと、もろくもくずれてしまう
れが変わると寝返ったり、やめていってしまいます。自
とやる﹁強い人﹂がいます。しかし、そういう人ほど流
うのです。組合活動でも同じですが、威勢よく、パァ l ッ
胸を打たれます。本当に優しい人は本当に強い人だと思
インドのガンジーという人の非暴力主義を見て、私は
と生き残る権利は守るのです。
ない、体をかわすのです。体はかわすけれども、ちゃん
というか、相手が突っ込んできたらまともにはぶつから
やっている腹話術の人形のことです。ブラックユーモア
﹁えっ、そんなに大変なんですか?﹂
﹁会社が危機存亡のとき、だからです。﹂
﹁なぜ辞めなければならないんですか?﹂
人事室に呼び出され、﹁辞めてほしい﹂と言われたのです。
実は私も定年(印歳)前に肩一たたきをされたのです。
やりたい演劇活動をやってきたのです。
うです。組合活動をやって言いたいことを会社に言い、
いことをやって、最後まで生き残れたんだからな﹂。そ
ました。﹁お前はいいな。言いたいことを言い、やりた
いたからです。還暦の同期会のとき、同期生たちが言い
人でした。みんなぞれ以前に肩たたきで辞めさせられて
人が一緒に入社したのですが、定年退職式のときは私 l
の片田舎から上京してある大企業に就職しました。約制
話は定年退職時のエピソードから始めます。私は九州
動をどうやって続けてきたのかを語れというのです。
創造の栄養は職場活動から
劇団をやっていなかったら職場でがんばれなかったか
もしれない。職場で活動していなかったら劇団活動も続
けられなかったかもしれないlll私は働きながらの演劇
生活叫年聞を振り返って、そう思うのです。
私たち全リ演の多くの劇団員が、﹁働きながらの演劇
活動﹂です。しかし、一口に﹁働きながら﹂といっても、
働きながら演劇活動を続けるということは大変なことで
す。でも、大変、だからこそその活動には重味があるとい
えるのではないでしょ、っか。
コ ローちゃんに 教 わった
昨 年8月、全リ演東会議の熱海ゼミが聞かれたとき、
私は腹話術の﹁ゴローちゃん﹂で定年退職のときのエピ
ソードを話しました。それがきっかけとなって、今回の
執筆を頼まれたのです。働きながら活動しながら演劇活
﹁そうです。﹂
﹁じゃ、辞めるわけにはいきませんよ
﹁なぜです?﹂
﹁会社がそんな大変なときに、自分だけのうのうと退
職金をもらって辞めていくわけには行きません。会社を
111
人事室の2人、固まる。長い間。
建て直すまでがんばります﹂
こうして私は 1人生き残ったのです。同期生が言いま
にも教えておけよ﹂
した。﹁そんなうまい断わり方があったのなら、俺たち
そうしたことをだれに教わったかというと、ゴロー
ちゃんです。ゴローちゃんというのは私が却年前から
城
谷
(
3)
韓国語で腹話術をやる筆者 と
ゴローち ゃ ん (韓国馬山市で)
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ゴロ l ﹁いい企業って、首切りや人減らしをしないで、
地域に貢献するんだって﹂
があるから﹂とか、﹁今は母の介護があるから﹂と言つ
てはやりたいことを先送りする人がいます。でもそうい
なぜなら、やれる条件が整うなんてことはほとんどあり
う人の多くは先になってもやりたいことがやれません。
ませんし、仮りにやれる条件ができても今度は自分の体
城谷﹁ゴローちゃん、そう一吉田うなよ。。年間もおせわ
んだよ﹂
がいうことをきかなくなっていたり、まわりの環境が悪
になった会社なんだから。今日は退職のあいさつに来た
とやりました。会社構内では演説行為をやってはいけな
化していてやれなくなったりしてい るものです。
でいわばクパスポート。をもらい、ピルの l Fから7 F
人生は一度しかないのですから、やりたいことがあれば
をやって、次に二つ目をやって:::とできるでしょうが、
私は思うのです。人生が二度も三度もあるのなら一つ
いと就業規則にありますが、私のやったことは演説では
まで回って、﹁リストラなんかに負けるなよ﹂と労働者
てもいいじゃありませんか。例えば、仕事が忙しい人も、
そのときから始めればいいのです。 100%はできなく
わず笑ってしまいました。﹁飼い犬﹂はやがて、同期生
と言いました。そうか、私は﹁飼い犬﹂だったんだ。思
l
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1
0
ありません。芸であり、あいさつに過ぎません。人事室
を励まして回ったのでした。一杯気嫌の納会ですから、
回しか行けないからダメという発想から、﹁私だって週
もいいからその時聞を確保して劇団に来ることです。-
お母さんの介護をやらなければならない人も、週l回で
どこに行ってもゴローちゃんは大喝采を浴びました。
飼い犬に手を噛まれた話
﹁働きながら、組合活動をやりながら、演劇活動がよ
l回行けるじゃないか ﹂と発想を切り換えるのです。そ
私は回歳で働き始めました。寮から会社へ行き帰りす
くできるね﹂とまわりの人たちからよく言われます。﹁よ
る毎日は味気なくて耐えられませんでした。一緒に何か
うすれば1回は2回になっていく可能性もあるのです。
できるものならそうしたかったのです。でも私は働かざ
きる人はそれだけの仕事をしているのです。私だって、
を創り出す仲間がほしくなり、劇団に入りました。週3
く﹂なんかできていないのです。演劇活動だけに専念で
るをえなかったし、組合活動からも逃がれられなかった
回、劇団に通う日々は楽しいものでした。
ところがある日、私の人生を大きく変えるできごとが
のです。
よく、﹁今は組合活動があるから﹂とか、﹁今は子育て
起こったのです。私に労働組合の職場代議員という役が
回ってきたのです。現場では選挙をやるほどでしたが、
人がいなかったのです。このため、くじ引きとか指名と
私のいる船の設計という職場では組合の役員なんてやる
かでやっと選出するというありさまでした。労働組合に
ついて何の知識も関心もない私はある日、会社の労務に
ライキが提案されるので反対してくれというのです。私
呼び出されました。組合の今日の代議員会で春闘のスト
は﹁反対するもしないもない、職場の代表なんだから職
配って意見を聞いたところ、圧倒的多数が﹁ストライキ
場の人の意見に従う﹂と答えました。職場の全員に紙を
をやるべきだ﹂という意見だったのです。当然私は職場
にくらべ年収250万円の格差をつけられます。
﹁同期にくらべ車l台 分 く ら い 差 が つ い た ろ う 。 ど う
目をつぶって通り過ぎることもできないわけではあり
だ 、 こ の へ ん で 考 え 方 を 変 え た ら ? ﹂ 労 務 は 私 に 車l
ませんでした。しかし、人間には譲れることと譲れない
しかし、これが会社側の私に対する差別の始まりで
なかった私を目覚めさせてしまったのです。私が職場代
ことがあります。私は仲間たちと凶人で、不当な差別だ
した。そして私が組合活動から足を洗えなくなっていく
議員になってから、会社側は私の対抗馬を立候補させて
として会社を訴えます。またまた忙しくなるのですが、
台分の差をつけて転向を追ったのです。
私を落とそうとしましたが、失敗しました。それどころ
人権を侵害するのを許しておいて、劇団でいい芝居がで
きるわけはありません 。労働者におおいかぶさっている
か、職場代議員より上の執行委員選挙でトップ当選して
後に、会社側は私のことを﹁飼い犬に手を噛まれた﹂
しまったのです。
スタートだったのです。会社側は労働組合に何の関心も
の意見に従いました。
労働組合の執行委員をやっている
頃の筆者 (
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6歳〉
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圧政とたたかわずして﹁働く人々を励ます芝居﹂はでき
した﹁七O演劇行動﹂で造船労働者の苦悩を描いた﹁波
生かせないか、しきりに考えていました。東リ演が提起
沢参吉を中心とする集団創作グループに加わり、造船現
うちぎわ﹂という作品を書き上演しました。そして、黒
ないはずです。京浜協同劇団は、職場でもがんばってい
る人を多くかかえてきたのです。
職場の体験を演劇 に生かす
いくのは、実際には大変なことでした。出番のある稽古
事件といえよう﹂と新聞に劇評を書いてくださいました。
た。劇作家の大橋喜一氏は、﹁この公演は川崎の文化的
は現場をよく描いたということで大きな反響をよびまし
場 を 描 き ま し た 。 題 し て ﹁ 九O 二番船、進水/﹂。これ
の日に、重要な会議とダブったときは泣きました。いろ
とはいえ、職場、活動、芝居の三つを同時にやって
んな仕事を片付けるため、徹夜、睡眠3時間という日も
職場活動の経験から学んだものを劇団活動に生かせた
佐藤張二のダイナミックな装置も話題となりました。
例としては、今述べた創作の他に制作・普及活動があり
続きました。﹁急ぐ仕事は忙しい人に頼め﹂の諺どおり、
活動の方も劇団の方も仕事が次から次へと舞い込んでく
ます。
組合活動には会社という相手があります。勝っか負け
るのです。仕事をこなすため、﹁今日やる仕事﹂という
メモ帳を作り、毎朝書き込んでは済んだ項目を消してい
るかなのです。だから、劇団と違って、目標がはっきり
また、労組や民主団体に対し、どのように働きかけてい
きます。 1日平均却項目からお項目くらいあります。重
けばよいかも学びました。どうやって具体化していくか、
しています。目標を明確にし、それに向かっていろんな
一番辛いのは、職場や活動仲間の一部から劇団活動
それが大事であることも学びました。もちろん、職場活
作戦を立てるわけです。そこにも学ぶものがありました。
が単なる﹁趣味﹂と心か思われなかったとき、逆に劇団
動をやることによって友人がふえ、券も広がっていくの
やっていくのです。
の一部から組合活動が理解されなかったときでした。そ
要な項目にはO 印をつけてやっていきます。毎日それを
れでも職場や劇団の仲間たちがやはり支えてくれたので
です。
1V
和九
い
、 l億6500万円の稽古場建設へとつながっていく
た、私自身を奮い立たせることになり、身丈にも合わな
を頼まれ、回回ばかり話してまわりました。それがま
売れました。そして全国各地から制作についての講演
出 版 し た と こ ろ 、 お か げ さ ま で5 0 0部 が 飛 ぶ よ う に
﹁わくわく制作、いきいき劇団﹂という小冊子を自費
こうした経験をまとめて、今からちょうど叩年前に
られません。
長と肩を抱き合って公演の成功を喜び合ったことが忘れ
にーーということを実践したのです。後藤陽吉実行委員
す。問題提起や目標は大胆に、しかし、やることは綴密
が、ここでも職場活動の経験を生かすことができたので
ることができました。この公演の制作を担当したのです
7600人の人々に観ていただくことができ、成功させ
な問題が次から次へと起こりましたが、結果としては約
せ集めであることからくる困難、作者との髄艇など困難
品であるだけに、いろんな妨害もありました。また、寄
のNLP(夜 間 離 発 着 訓 練 ) 反 対 の た た か い を 描 い た 作
ク叩集団の合同公演﹁西風に起つ ﹂が あ り ま す 。 三 宅 島
ドド
いろんな経験を生かした仕事に、全リ演関東ブロツ
す
。
を得るには、稽古場にとじこもっていてはできないので
年に2回も3回もやる公演で毎回100人 前 後 の 観 客
す。その支えがなければできなかったのです。
さて、職場活動をやっているんだから、その体験が
造船現場をリア jレに描いて大きな反響をよんだ集団創作劇 f
九O二番船、進水 !J
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私は、何か一つの構想を実現するためには5年くらい
つまでは﹂と力んでしまうのです。私はそういうのが嫌
も暗く重たいイメージがあります。﹁今は苦しいが、勝
と答えてもいいかと思います。争議というのはどうして
勝因は何かと関われれば、﹁楽しくたたかったから﹂
はかかると思っています。劇画﹁はだしのゲン﹂を劇化
いです。何事も﹁今﹂が楽しくなければ力は湧きません。
のです。
するときも原作者の中沢啓治氏に断わられ、 5年かかっ
どうやって今を楽しくするか、それが結果として勝利に
私が腹話術を始めるきっかけの一つは、争議のことを
てようやく上演許可をいただくことができたのです。赤
市民の皆さんに分かってもらうためです。仲間の一人は
字が続いていた劇団の公演会計を黒字に転じさせるにも
は5年かかりました。劇団員の力量を高めると共に劇団
講談でそれを訴えましたし、紙芝居のようにパネルにし
結びつくのです。
の収入をふやすため、提起した﹁一人一芸﹂運動もやは
5年かかりました。稽古場建設も構想から実現するまで
り数年かかりました。
て分かりゃすく宣伝もしました。また、争議をやってい
ている人も少くありません。そこで、尺八や三味線、太
る人やそれを支援したりする人たちの中には音楽をやっ
制作の仕事は、ω不可能を可能にする、ω仲間を奮い
ω集団を生き生きさせることだと思っていま
立たせる、
トランペット、ピアノなど洋楽器をやっている人たちに
鼓など和楽器をやっている人たちと、ギタl、ドラムス、
す。どうやればみんながその気になるか、それを考え続
けることです。
元彦さんに話を持ち込んだところ、﹁面白い、やりましょ
ところ、加入くらいの人が集まりました。作曲家の安達
和洋混合のオーケストラをやってみないかとよびかけた
こうした制作についての考え方、劇団の創造活動から
劇団で得たものを職場活動に
学んだものを職場や地域での活動に応用したことも数多
う﹂となって、とうとう実現したのです。その集会には
なりました。
1500人の人たちが来てくれ、争議勝利に大きな力と
くあります。
私は大企業に在職中、臨時工裁判支援、組合活動家差
別争議、日歳以上賃金カット事件の三つの裁判をたたか
てそのことが、もう職場で差別は許されないのだという
定年は印歳なのに不況を理由に日歳で退職させられる
モラルを築いていくのです。
い、いずれも勝利解決を果たすことができました。
ことになったとき、私たちは﹁定年まで働こう﹂とよび
です。しかし、﹁働きながら﹂の人でしか知らないこと
﹁甘い﹂とか﹁時聞がない﹂など負の面が多いのも事実
﹁
働きながらの演劇活動﹂といえば、職業劇団と違って、
職場から創造の栄養を
かけ、﹁希望の会﹂という会を作りました。その新興宗
教にも似た名称が、つけたのか、予想を上回る人々が結集
してきました。そして、とうとう印歳まで働く権利をと
また、日歳になると自動的に月額3万円(約l割)が
や﹁働きながら﹂の人でしか表現できないものがあるは
り戻したのです。
カットされるようになったときも、これは年齢差別だと
ずです。それをいかに深めていくかが私たちの課題です。
職場に根を張り、そこから創造の栄養を吸収しなければ
高齢者に対するこうした差別やいじめは、バブルがは
じけて以来、多くの企業で常態化しつつありました。い
ますが、職場が単に﹁めしの夕、ネ﹂を稼ぐ場にならない
意味がありません。若い人にフリ lターが多くなってい
して裁判に訴え、カットされた3年分をとり戻しました。
わば。常識。になりつつありました。しかし、私たちは﹁認
人の心を揺さぶり、人と人とを結びつけ、新しい共同社
私たちの演劇行為が、単なる個人的趣味にとどまらず、
ことを願うばかりです。
められないものは認められない﹂として起ち上がりまし
た。そして私たちの勝利は社会に一石を投じることにな
れソ寺品、しれん。
組合活動家差別に勝ったとき、工場の門前で従業員の
H地域を創り出すことにつながっていったらいいなと
思うのです。
会
労働や生活を通して、人生の深部で観客と同じ呼吸を
退社時に。ふるまい酒。をやりました。四斗樽を門前に
しながら、共に生きていくところにアマチュア主義の良
並べ、﹁皆さんのご支援で勝つことができました。一杯
やってください﹂とお酒をすすめたのです。女性にはチョ
さがあるのではないでしょ、っか。
(京浜協同劇団代表、全リ演事務局長)
コレートを配りました。これは帰りの電車の中や翌日の
る人が増える中で、こうした﹁変わったこと﹂をやるこ
職場で大きな話題となりました。ピラを受け取らなくな
とによって、何が勝ったのかが話題となるのです。そし
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'"働きながら演劇活動シリーズ (
一役者たちが話しあった-
右側から、森本拓治郎清水泰子・よ
し だ は じ め 小 田 原 美 保 ・境野修次・
藤井康雄・重野恵国いとう工リコ・護
柔一・安原昇
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Iリティ j 亡 I
自由主j 亡
今
あ 、 な ん か つ か ん だ ぞ!ψ
というとき
司会きのう編集委が集まって、
きょうをどうすすめるかつて酒飲
んだんだけど(笑)、いやちょっ
とは話したんだが、あまりいい知
恵はでない。まあ、みんな相当な
参加者(敬称略)
いと、つエリコ (
石るつ )
(
蒼 生 樹)
(
青 年 劇 場)
(
京 浜 協 同 劇 団)
(
京 浜 協 同 劇 団)
(
東京芸術座)
清水泰子
重野恵
(
埼芸)
小田原美保
藤井康雄
護柔一
森本拓治郎
(
土くれ )
司会﹁演劇会議﹂編集委員
あ お い 一き
安原昇
ルもふくめてなんとか創ってくれ
境野修次
よしだはじめ
かった気がした。あれから却年余、
ときに成り立つんだなあ、ってわ
芝居つてのは自分が心を動かした
柔、それだよ。といわれ、そうか、
面を、タちがう、もう1因。クもう
1因 。 と 一 晩 中 く り か え し 。 そ れ
た仕事で、怒っているセリフの場
古過程から相手役とアドリブ的に
女 々 ﹂ っ て 芝 居 を や っ た と き。 稽
さったと感じたのは、 ﹁
逗ましき
当り前なんだけど、両方があわ
お 客 側 の 受 け と め が ち が う のは
カケにしてやっていくうち、ク護
ど、つなんだろ、つとい、つことをキツ
で、自分がほんとに怒ったときは
んだなあって経験したんだけど。
にいわれた。そういうこともある
んだが、。よかったよ。とみんな
の材料でね、それで当日を迎えた
るってのか、自分のなかの手持ち
んだよね、全部自分にひきつけ
ぱいで、役を創る時聞がもうない
なあ。セリフを入れることにいっ
も、ど、つしてなのかわからなかっ
た。 い く ら か 経 験 し て き で 、 そ の
といわれることがたまにあって
役にぶつかっていて、。よかった。
重野はじめのころ、ガムシャラに
こと専門劇団の人にききたい 。
経験がなかなか出来ない 。 そんな
で舞台を重ねながら発見していく
ら上演回数が少なくて、同じ作品
巧,
,
l
1
6
役者、だから、集まりのアンサンブ
るだろ、っとい、つことになって。で
(
青年劇場)
郡司勇
あのときはよく理解してなかった
つくっていって、コメディが生ま
﹁
青 年 劇 場﹂ 会 議 室
悦年3月 比 日 (
日) 午 後
NAOMI(石るつ )
中谷源
も、はじめの切り口として、それ
ぞれ演ってきた仕事で、クなんか
わかった。という体験、それがど
うしてだったかもふくめて出し合
うところからいきたい。
けど、そのことが役割りの出発点
れていったんですけど、 4 ステー
藤井逆のことになるが、﹁鉄道昌(﹂
ないようにと意識しながらも、役
ひとびと
るね。
で音松の役者が倒れちゃって、急
者として快い体験でした 。
清水。よかったんじゃないか。モだ
人物が少し見えできたり、こう創
でもわたしたちアマチュア、
だか
めだあ。っていう役者の思いと、
た 。 上 演1週 間 く ら い 前 だ っ た か
に代役をやることになっちゃっ
ほっぽや
だったんだろうな、って思いがあ
所時
ジ と も 同 じ と こ ろ で 同 じ ようない
い 反 応 が か え っ て き て 、 の り す、
ぎ
ス﹂で小田健也さんを演出に迎え
護柔だいぶ以前、﹁金冠のイエ
協
力
場日
見えて、おもしろくないんでしょ
お客からは﹁作った﹂ことばかり
で、自分ではそう思つてなくとも、
すね。いわゆる﹁作っちゃう﹂ん
という気持ちが出てきちゃうんで
こんどは﹁観せよう、観せよう﹂
ろうなんて考えたりしてくると、
大橋喜一さんの﹁芋虫﹂という芝
ことがある 。江戸川乱歩の原作で
いとう不思議な感覚の体験をした
いるときに客に届くようです。
相手役と交流をきちんとつくって
よう﹂が前に出ているとダメで、
験もしました。観客にどう ﹁
投げ
頼すればいい舞台になるという体
るもの、顔、からだ、そして心と
役者つてのは、自分のもってい
あった 。 その回の公演のあと、実
にすがすがしい思いだった 。
あという解放感、快さというのが
いるものを出しきっちゃったかな
の展開を考えている自分。持って
ら実に冷静に舞台の隅々を見、次
いと思う。 とにかく自分のすべて
うね。﹁愛が聞こえます﹂の耳の
を使って、戯曲の意図にどうや っ
の自分を超えることなんかできな
もぎとられた夫と彼に性行為をい
て近づいていくしかない 。 それが
脳、それで演るしかないから、そ
どむ妻、そして悲劇的結末をたど
役者の作業かなあって、このごろ
るでしょうが、傷痩軍人で手足を
ことがどうにもわからなくって、
る、おどろおどろしいドラマなん
居を演ったとき、知ってる人もい
でも続けているうち、ぁ、聞こえ
だけど。
聞こえない役を7年くらい演って
る、聞こえないはあまり関係ない
きまして、最初は﹁聞こえない﹂
んだ、同じなんだ、と思えたある
旅公演のなかで障害者のお客
ないけど、一波が出てきて、鼻水と
こえたところで、なんだか分から
かな、大正時代の ﹁ジンタ﹂がき
だときに浮かべたイメージ、それ
だよね 。 でも、作品を最初に読ん
考えてもろくなことはできないん
安原あまり考えてないんだよね、
つくづく考えてます。
が多い上演もあるのね、そんなと
いっしょにそれこそほとばしるよ
は、ああやろう、こうしようより
が頭のどこかに残ってる 。稽古で
あるとき、行為が終わったあと
き、客席に対してへんな意識をも
の。感動しているわけじゃない、
うにグシヤグシヤにあふれできた
とき、フツと肩の力が抜けて役に
たずに、ホントにふつうの状態で、
思ってる 。 そうすれば何かがでて
のことがいちばん大事だといつも
くっていけば、相手役も観客も信
う創るかなんかまったく考えても
それ ﹂ な
よ
。 っていう。なにが ﹁
んだかわかりゃしない 。(笑)ど
悲しかったのでもない、泣きなが
の役に立つんだろうと思い、他
うち (
東京芸術座 ) では ﹁
役の
年譜﹂を書かされるんですが、何
近づいていける気がしました。
舞台のアンサンブルをしっかりつ
くる、と思うので、セリフはあま
いなかった 。打ち上げのとき ﹁
あ
も、相手のセリフをよく聞く、そ
り覚えようとしない、稽古のなか
人にもよくいわれてました 。ある
ない、という経験ありまし たね。
でいつのまにか入る事が多い。
れは自然だったよ﹂といわれて、
。
そうかなあ九でも﹁あれ﹂その
どっぷり感情をいれて創ると、
考える、それが ﹁
年 譜 ﹂ とかか
ワークショップで、
日年 ﹂とあ
﹁
。
るセリフ、その人の日年をお客に
わってるんじゃないか。といわれ、
。ハァ と わ か る 気 が し た ん で す
ψ
ものなんて覚えてないんですよ
小田原自分がいいと思ったときに
が、お客にわかる表現はむずかし
ちゃんとわからせるしゃべり方を
げしく動いていても半分は覚めて
はお客はいいと思わないってよく
くとも、脚本はそうか、こう読ん
ね
。
るって状態が理想かもしれないん
ともそうですよね、﹁いいよ﹂と
でいくのかというヒントを与えら
自分じゃ気持ちよくても﹁ダメ ﹂っ
ていわれる 。 たしかに、感情がは
だけど、それがむずかしいんだよ
ね。ともすると感情に流されるこ
いわれでもなかみがわからない。
れた気がしました 。
へ行ってまた稽古場に来る。さっ
かえし深夜まで、そこから会社
ばる ﹂ っ て 芝 居 で 、 稽 古 を く り
いんでね、一生これでいくんで
しょ 。(笑) ﹁看護婦のオヤジがん
りをそこにふくめてぶちまけた。
。全部あなたのせいよ10 と泣き
叫ぶんでしたけど、演出家への怒
のね。そのときわたしのセリフは、
やってこない、イライラしていた
を通して、舞台の上でその役者の、
司会みんなの発言には共通するも
のがある気がする 。役を創る営み
いわれるじゃないですか。演出家
との多いタイプなんで、ぼくは。
。よかった。と思うことがな
研究生のころ、稽古が延びに延
き護柔さんがいったような状態。
そしたら﹁それだよ﹂。人にもい
そこで生きてる存在感があるかど
森本
びて、わたしのところになかなか
:そして本番、舞台に出ていっ
えないし、くりかえすこともでき
﹁実在感﹂ ﹁自由さ﹂ のある演技
て戻つできたら、演出がクそれだ
o
mv
l
-1
9
居もあって、そこでは情緒過多は
またプレヒトのように提示型の芝
たっぷりでなきゃ成り立たない、
かなあ、人情的なドラマでは情緒
藤井芝居の質にもよるんじゃない
うかがポイントになってること。
マンス﹂なんです。はじめはJ﹂
いったら、それはまさに﹁パフォー
重野若い人の小劇場芝居を観に
いう役創りが必要だと思ってる。
員し﹁構築﹂していく創造、そう
れた役をからだと感情と知性を動
て。 でも、ぼくはね、作品に描か
現だったんですね、過去の体験を
んだよ 。といわれて、ガ l ンとき
ました。つまりは ﹁つもり ﹂ の表
そんなに教えてくれなくてもいい
うれしいということを、ぼくらに
の手紙がどこから来て、わたしは
そ
をやったんです。ゃったあとで 。
の場で手紙を読むってことがな
かったんです。そのとき、 。
ああ、
示すことが頭にあって、いま、こ
ですが、演ってる人が役と状況を
演じる ﹂ こ
そうか。と思った、 ﹁
れはつらいなあ。と思ってたん
は、ナレーター的な立場をもちな
かなんかとびこえて、入りこんで
疑いなく信じて、客がどう感じる
とでなく、その場の発見が重要な
ゲリから来た遺書﹂でのぼくの役
がら相手役との芝居もある 。台本
にはなんの説明もないんだよね 。
やってるんですよ。わたしは役創
え。ただ、つくっているのが観客
もらってくると思、つんですけどね
くは、創るありょうは作品から
なくちゃいけない、創っていくプ
ランをもたなくちゃいけない 。 ぼ
た方がいいとか考えて演じていか
るんじゃないかな、と思、つよ、つに
うになって、舞台での存在感が出
こうやって、こ、つ創っている。よ
みえてしまう。。わたしが信じて、
と﹁つくっている﹂がどうしても
とかなと思う。それが中途半端だ
りの基本は、信じてそこに入るこ
れは、きわめて ﹁カツコいい ﹂ こ
んが自分の体験を語ったけど、そ
る﹂というのは大切なことじゃな
いかな。さっき、いとうエリコさ
司会役者が ﹁
創りながら自由であ
者が ﹁
自由さ ﹂を感じることです。
んだということをです。 そこで役
にはかなわない。 の体験に近いこ
的に統一した ﹂状態だったんだな、
れるか 。
﹁あまり創らない﹂といっ
観にいって、チェ lホフの世界は
もなく﹁モスクワ芸術座﹂が来日、
それを演出といっしょにけずった
りき﹂でもいいと思、つんですよね、
森 本 稽 古 の は じ め に は ﹁つもりあ
えがあればゃれてるはずだもん 。
l
qL
一2
0-
ラl
そぐわない 。 このあいだの ﹁
だから、ここは客に向かって話し
から丸見えなのはいやだな。
表現﹂の﹁手紙を読む﹂というの
とを自分たちがやっているという
﹁異化 ﹂と ﹁同化 ﹂ とを ﹁
弁証法
とばでいえば、プレヒトのい、っ
むかしむかし﹃ワ l ニヤ叔父さ
あるワークショップで﹁日常の
ん﹂のソ 1 ニヤを演ったことがあ
ことになればいいなあ、と思って
でダメなら、それではこれで 。
は、いま重野さんのいった﹁自由
るんですよ、なんにもわからない
やっています。
た安原さんはどう創ってるかな 。
ロシア人にはかなわないと思いま
(
笑)
りふくらませたりして 。ただ、観
ようだな。 ﹂(笑)何やっても森本
した。あの人たち﹁お芝居﹂して
安原役の年齢が問題かなあと思
う。うちの場合、どんな役でもや
ほんとに退屈なんですよ、ソー
拓治郎であって:・:、いろいろ表
のに、出てくる人聞はいつも同じ
ニヤもいじらしそうなことなんか
客がいうことに、﹁芝居はちがう
しないんですよね、そこにいる
るんですが、﹁寅さん ﹂ ならいい
けどね 。
小田原こうすればできるなんて
るでしょ。江戸時代を借りた現代
(
﹁そりゃそうだ﹂﹁あれば稽古し
わたしにはないなあ、そういう支
劇なんだけど、時代劇というスタ
ていて、いちばんひかれたのは重
なくていい﹂の声 )今まで話きい
野さんの ﹁
自由さ ﹂ということぱ。
イルが、程よい距離感を生み、観
ている気もして、。ああロシア人
客にリアルに伝える仕組みになっ
うちは﹁雷もの﹂の芝居もや
まげ
思い出した体験です。
思ったこと、いま話をききながら
現をつくってもいいような気がす
ないんですよね、。ああ、退屈だ
らなくてはいけなくて、自分の現
在と大きくかけはなれた年齢の役
を演るときにはどうしてもつくっ
ちゃう。若い役だと体型とか動き
とか若さを示そうとする、そうい
う役と自分とのずれに苦しむこと
があるね。 ﹁
自由さ﹂、ほんとに理
想だと思うし、たまのたまにない
こともないけど、それが創れれば
いいと思うよ。
清水﹁結論﹂みたいのがでちゃっ
たようで、(笑 ) これ以上いえな
い感じ。 (
笑)
だけ。そういう芝居がしたいなと
わ。ってエレ lナさんがいうと、
いう状態にどう入れるか、どう創
カ ツコよすぎるけど 。(笑 ) それ
さ﹂と重なっていると思う。そう
からただただ演ってしまって。ま
護柔舞台で﹁パフォーマンス﹂を
れ
くりひろげる役者がいる、 J﹂
なってます。
三
〉
もどうしていいかわからない。役
んな求めてるじゃないですか、で
舞台の上で自由になる、それをみ
もね。
由である﹂のはむずかしい問題か
じゃないかなあ。いま新劇で﹁自
のためにはいい環境が必要なん
りしてね。とにかく役のイメージ
なんとかなるときもたまにあった
いとき、なんとかしようと思うと
んですよ。(笑)なんともならな
があるときはなんとかいくんだけ
ど、それがないときは空まわりし
にいかない。つくり方は役者それ
らないと、心が自由になるところ
であることを信じられるよ、つにな
に近づけない、自分がおばあさん
ある程度つくらないとおばあさん
の役をやることがあるけど、形を
わかりたい。うまくいかないとき
のしかた、歴史をふくめた生活が
マもそう、だけど、役の人物の存在
がら思ってたんですけどね。ドラ
が出発じゃないか、と話をききな
﹁わかる﹂﹁わかりたい﹂というの
藤井ぼくの場合、創るというより
き、いちばん辛いと思います。長
演出家と抱いてる夢がちがうと
舞台ができちゃうし、逆もある。
ちゃうと、マホウがかかっていい
る。作品に対して劇団全体がホレ
有できるといいプロジェクトにな
役割についても。全員がそれを共
え、作品全体についても、役の
清水﹁イメージ﹂は大切ですよね
てる。
ぞれで、外から入っていく人もい
は、それがアイマイなとき:::つ
く劇団やってると、夢を共有し
役・作品へのイメージをもっ
に恵まれて、演出家にも恵まれて
ないと。
心が大事というけど、外をつく
る、わたしはそ、つかな。
なんてことはないけど、しゃべり
もりになっちゃう。すべてわかる
らないと近づけない。おばあさん
演出家の﹁ダメ出し﹂も、役者
てるつもりになって、実際はで
でいってしまう状況があるんです
きていないのにどんどんとりくん
かたとか、その人のクセもふく
本人にはわからないことが多いの
めてわかりたいと思、っ。﹁わかる﹂
それぞれにあわせて出されないと
ね。はたできいてるとよくわかる
てるとい、つことかな。
ことをキーワードにして役創りし
ね
。
し、正しいと思っても、本人に伝
メ﹂なんじゃない。(笑)﹁自由﹂
いうことかなってね、そしたら芝
手がかりがないときは﹁念ずる﹂
ぐれた戯曲をやるべきだと思いま
たまには、ほんとにいい本、す
司会
ほんとに具体的なものじゃないか
居が少し変わってきた、そういう
す。たくさんのイメージをもらえ
役への近づきのきっかけは
わらなければ、﹁ダメ出し﹂は﹁ダ
な、作品によっても、ひとによっ
ことがありましたね。
習して、これができたら役が全部
護柔﹁ある馬の物証巴で、若い叡
。
者の役、指笛吹くのを練習して練
ないのかなあ。
るよね。それぞれ経験あるんじゃ
と感じたり思ったりすることがあ
そのための技術が必要。例えば、
はとにかく﹁演じる﹂んですよ、
らセリフをどうしゃべるか。役者
それを観客がどう見るか。それか
﹁相い寄る魂﹂では、まず着るもの、
う、頭のなかで。このあいだの、
に。戯曲を読んで、映像にしちゃ
ジをつくっちゃうんですよ、最初
けど、あの人えらいからね。(笑)
て。そうだ、そのとおりと思う
演技としても成り立たないんだっ
ス﹂。両方がないと役者としても
え方、もうひとつは﹁演劇的セン
歴史に対するその人間の切実な考
す。一つは、﹁現実感覚﹂、現実や
要なのは二つのことだといってま
司会久保栄が、役者・演技に必
るしね。
ても、その時々によってちがいは
あるけれど。
できた(笑)、そういう思いがあっ
ロシアの俳優の﹁自然さ﹂は、演
ことばでいうと簡単だが、現実に
いとうわたしはね、自分でイメー
た。自分のなかのハードルをとび
技術をもっているからで、つまり
は
ね
・
・
・
・
・
・
。
安 原 稽 古 や っ て る と き 、 ﹁ア/﹂
こえられたら、自信につながって
自然に見える立居振るまいや、物
Zよ
役創りに有効に働いたって経験が
言う術を・・・・・・。
まず、自分で、イメージを探し
ね、芝居大好きというやつが演劇
ν令
あるんですけどね。
藤井その芝居で、ぼくは公爵の役
出さなきゃダメだと思うの。はっ
演劇的センスとは別のことだから
を演ってね、ぼくは体型が前天皇
的センスがなかったり。(笑)
護柔芝居が好きだということと
に似てるっていわれて、猫背で、
そうじゃないのが多いから:::本
から学ぶということなのかな。だ
きり示されてる脚本もあるけど、
善しましてね、すると気持よくな
から創作劇を多くやっていても、
歩き方も美しくない。歩き方を改
る瞬間があるんですよ、ああこう
ηJU
,u
η
n
t
υ
ηノ
u
力的で、何か月かのあいだとりつ
かれた 。そのあと二つの劇団の﹁美
たとき、登場する人びとが実に魅
いとう﹁美しきものの伝説﹂をやっ
通の想いを持つということで、少
し意図的にやっているんだ 。
う役者はのびないと思うね 。
る役者もいますよね、でもそうい
うまさがあればずっといいという
ことでね 。 :::うまさだけを求め
い、それはもう伝える手段として
うまさ下手さはあまり問題ではな
とだろうね 。真実が伝えられれば、
さだけを求めてはいかんというこ
しき:::﹄を観たんだけどほんと
清水でも、 ﹁
う ま さ ﹂追 求 型 の 人
﹁アンサンブル﹂をつくる苦労
よう ってことで 。﹃郡上の立百姓﹂
すよね 。作品の世界を共通認識し
て考えたら、それらには、いわゆ
につまらなかった。どうしてかつ
でも同じねらいを持ってればその
行ける人が見てきた 。今度のラ 1
笠まで炭坑の荒れ果てた様子など
れが充分あったとはいえないんだ
なかった。わたしたちの舞台にそ
ギーがない、エネルギーの発散が
チュア劇団はメンバーがいろんな
みんなへの刺激にもなるん じ ゃな
いですか 。われわれのようなアマ
特徴をよく生かすことができて、
り、現地調査ってことをやるんで
﹁
京 浜 ﹂ の場合、可能なかぎ
では定次郎の墓までパスで出か
る ﹁う ま さ ﹂ は あ っ て も エ ネ ル
護柔
け
、 ﹁
北 の 提 灯 ﹂ では北海道の三
ゲリの芝居でもシベリア抑留体
けれど、少くとも全員に熱い思い
団としての共通認識を役者同士が
験者の話をきく学習をもった 。集
えない 。ありのままの 一人ひとり
ところからきてますし、いまさら
藤井黒沢参吉の門下生だからい
が協同体つくって一つのもの創っ
はあって、そのことが芝居には大
うんじゃないけど、黒さんがよ
も っている力は大きいと思うな。
ない仕事はあるんだけど、当然。
ていくことに徹するしかない・
考え方、生き方をやり直せってい
藤井稽古後、役者の話し合い、と
くいっていた。ク芝居は必ずしも
同じことやってでも通じ方、受
切だなって思うのよね。
くに悩んでるやつを入れて :::ま
かクって。ク下手でもいい。とは
うまくなくてもいいんじゃない
ひと りひとりのやらなくちゃいけ
ダメっていって 。(笑 ) ゃったか
いわなかったけどね 。(笑 )う ま
あ飲むんだけど、演出は入っちゃ
らどうということないんだが、共
ゃ。(笑 )
けとめ方がパラついてかなりツラ
だれか輝いている人が
ぃ。 でも、 、
でてくれば、 それにはげまされ、
いもあって、そのせいにして何も
原点は、一人ひとりのものの考
まが。わたしにはわからんヘ先
す作品を出すと、お兄さまお姉さ
じゃないですか。若い人が共感示
小田原うちは総会でレパを決める
する、それはお互いにね。
司会専門劇団ではどうなんでしょ
え方がちがうこと、共通認識をつ
しなけりゃダメだ、という気持が
いっしょにやろうって気にもな
る。
、つね、ど、つやってアンサンブルを
くるために、いろんなとりくみを
くふうして、つみ重ねの稽古をし
の?。となる 。 お互いに認めあう
つくるのか。
ていく、ほっといたんじゃアンサ
は世代をこえて受け入れられるん
ンブルは生まれない。
安原入ってくる人は初代、ずっと
作品もあるし、ほんとにいい戯曲
輩がたの J﹂れはいいのよ。とい
う作品に、若者たちは ク
何がいい
重 野 そ う で す ね え :::どうなんで
ー
レ
よ
、
っ。
藤 井 初 代 が3人ほしいっていった
ら、すぐそろうでしょ、こっちは
きびしくなってるんだよ。(笑)
ようで、。リアリズム派。はいま
ではアマチュアと同じ困難がある
りにくくなっている傾向。その点
司会専門劇団でも、若い人が集ま
かということになる。(笑 ) そん
はいったい何をしようとしてるの
ら作品もえらぶもんだから、うち
げよ、つということになる、そこか
かく入ったんだから役につけてあ
いから、レパ選びに苦労する。せっ
藤井若い人を定着させるのに、個
てね。
後はいったいどうなるんだろうっ
に感じることがありますね、日年
ともふくめた危機感を芝居づくり
でもそうなんですよ、そういうこ
清水劇団のなかだけでなく、観客
でしょうがね。
小田原同じことをいっていても、
な現状があって、役につけないと
やってるのは田代、ひらきが大き
初代の人と感じ方が大きくちが
人の、演技の、なんでいっちゃい
笑)
1人しかいない。 (
うってこと、年配の人がぼやいて
られない状況もある。 (
笑)
心配しちゃって。 (
笑)
清水ほんとねえ、 ﹁
登 校 拒 否 ﹂を
しょうもないなあ。(笑)
森本うちも同じような状況:::
1年くらいでやめちゃう:::どう
覚のちがいがアンサンブルのとれ
アンサンブルはいかなるものなり
ますよ 。わかるんだけど、世代感
ない理由じゃないよな、という思
2
4
2
5
司会﹁石るつ﹂のように外から参
加してもらう人がそれぞれ自分な
りのものをもってるから、その力
が発揮されるといい仕事ができる
場合もあるんじゃないかな。
いとうやはり﹁不登校﹂は心配し
ますよ、客演だって。(笑)
んじゃないかなあ。
く、その積み重ねでいくしかない
はということでしょうがねえ 。
どんどん意見も行動も出さなくて
がくいちがうこともありますね、
森本演出のねらいと自分の思いと
そんなとき、わたしはうまくしゃ
べれないんで :::無言の抗議を続
演出とのかかわりはどうなのか
藤井演出者によってずいぶんちが
けます。 (
笑)そのときは、他の
く見てくれてますから、参考にな
劇団員にきくのがいいですね、よ
ることが多い。
らかにし、役の役割を示しつつ稽
古をすすめる演出者もいるが、や
安原演出とぼくとの役のイメージ
うんですよね、テーマや展開を明
たくさん観客が集まってるんです
りながら考えていこうとするひと
森本若い人たちのやってる芝居に
よね、あの人たちがぼくらの芝居
のつきあわせは上演1 ヵ月前くら
いからはじまるのかなあ、その前
が多いのかな。うちは演出経験者
の5 ヵ月、演出は新人教育にもっ
がけつこういるんだけど、どっち
にしても、役者の側からいうと、
ぱ ら か か り っ き り。
を観てくれたらどんなにいいか。
団の数もお客もほんとに多い。
役者の自立が求められているん
どうすればそれができるのか。劇
司会そこをすすめると﹁制作﹂問
だ、と思ってる。
いとう世代間の較差は昔からあっ
という顔しちゃって、みんな。(笑)
小田原でも、いま、クそうだなあ。
すすめる場合が多いようです。わ
うより、じっくりかまえて稽古を
と役者との緊張関係ですすむとい
多いからかもしれませんが、演出
重野うちでは、かなりお年の方が
いる 。
笑)
、表現を直すようにして
ね (
から、素直にきいて:・・なるべく
は客観的にみているところがある
やはり気がつくことがある。演出
演出との仕事では、いわれると
笑)
題になるからね。 (
たんじゃないかな、永遠に続く課
たしは稽古場が楽しくなればいい
さて、演技の発見、アンサンブル
しょにやって、そのなかでわかり
題。やっぱり、一つの芝居をいっ
など、いろいろ話していただきまし
中堅以上が増え、演出と役者
護柔演出に。護柔、お前にまかせ
たが、作品とどのようにかかわるか、
清水
きるようになり、鋭いかかわりを
る。といわれちゃうと、正直のと
さらに、作品と役者の聞に演出者が
なぁと思っていて、役者の方から
もたなくなっている傾向。役者が
ころ、さてどうする、とわからな
いる、その演出者とのかかわり方、
あっていく、お互いに変わってい
成長していく努力をする一方、演
いことがある。新しい刺激、自分
など、もう一歩、深めたいところで
ずかしいんだ 。
出も劇団の中で育っているという
で問題を持ちこんでこないと、演
予定の時聞をこえてしまいました 。
とが互いの腹の内をよむことがで
実態をつくりたいですね。
かるんだが。
技も芝居もよくならないことはわ
るしね。常になにかに挑戦してい
分の演技をみてみることが必要か
ときには演出の視点から全体や自
いに舞台を見合って、より具体的に
設けたい。できれば、参加者がお互
今日の座談会を契機に、次の機会を
ていくでしょ、経験主義におち入
藤井油断してるとどんどん後退し
ないとダメになる。演出も役者も
もね。
んでいるといい劇団になり、それ
みんながそれぞれなにかに挑
かっちゃいないなと思︾つよ。
は特別なんだという目でみる、わ
うとやっている、すると藤井さん
きた。自分では必死になって守ろ
ど、そうじゃない傾向が目立って
というのが不文律になっていたけ
入るときには台本をはなしましよ
ないけど、刺激を与えることにな
も、背中見て育つというわけじゃ
ね。その勝負の姿が、若い連中に
ことがないといけないんでしょう
んじゃなくて、演出に挑むという
ほっとかれて、手前で創るって
創造的にね。そして役者の方も、
勝負しなくちゃいけないんだね、
ば、演出はベテランの役者とこそ
司会みんなの尻馬に乗っていえ
す
。
日はその第一歩ということで終りま
て論じ合うことができると信じ、今
ここでは役者が劇団の垣根を越え
題を論じ深めあうことは少ないが、
現実的には劇団間での互いに創造問
各劇団の創造方法の違いもあり、
演技創造を論じあえるといいと考え
それは同じ。うちでは、立稽古に
がいいアンサンブルになるんだろ
るんじゃないかな。
みなさん、ご苦労さまでした。
ます。
う、と思うんだけれど、それがむ
幻
-2
6-
馬山あげての演劇祭
小学校で敗戦、韓国に帰ったといわ
れるが、日本語は遠いかなたである。
なかなか通じない。改めてまったく
韓国語に無知の日本人の体質を考え
堂々たる玄関口なのだ。歩いている
の釜山でもある。それが今や韓国の
に向かわなければならない、恨み
固と思ってこなかったからに他なら
らいたい問題である。大切な対等の
なぜ、だろう。読者も一緒に考えても
隣国の韓国語は学ぼうとしないのは
ざるをえなかった。英語は学ぶが、
人の目も輝いている。女性も美しい。
ない。
こばやしひろし (
劇団はぐるま)
私にとっては感無量のものがあっ
まったくいない空港に降りるのは不
ハングル文字ばかりで馬山にあと何
車がぐんぐん飛ばすが、道路標識は
高速道路に入るやトラックや乗用
と手を出してこられた。私は手を
なり、﹁小林先生ょうこそょうこそ﹂
相龍先生も現れた。私の顔を見る
が仕込みから帰ってきた。会長の李
明日本番の名芸や仙台小劇場の人々
そ、っこ、つしている、っちにいよいよ
安なものである。栗木さんの顔を見
キロかまったくわからない。漢字が
た
。
てほっとした。馬山まで印キロ約1
まったくないのにはまいった。この
握り返しながら﹁お言葉に甘えてま
日本語で答えるしかなかった。李会
ザンヨン
たが、高層ビルの灯が目に入る。見
時間という。日はすっかり落ちてい
旅で漢字があったらと何度思ったか
いりました。お世話になります﹂と
ホテルでは副会長の李光硯先生の
長は英語も自由に使えるのに、私は
で女学校を経営していたので釜山を
出迎えを受けた。先生は慶南新聞の
国際人でないとしみじみ恥ずかしく
何度か通っている。汚くて臭くて貧
編集長だった人で詩人ということで
大変なご馳走である。私は機中
いた。
回出つれ 。
しい釜山である。韓国人にとっては
ある。神奈川県の藤沢市で生まれ、
歓迎パーティーは叩時から始まっ
ンガポール、それに日本である。日
た。モンゴル、中国、ベトナム、シ
であった。李会長から最初に私にス
で軽食が出たのでビールを飲むだけ
小劇場凶人、それに私たち顧問団と
は慌てたが、子どもの頃の、あの貧
ピーチが指名された。いきなりで私
しい釜山とともに独立がどんなにす
いうか、見学団が7人、馬山国際演
藤さん、京浜の城谷夫妻、福井たけ
らしいものか、目で見、肌で感じま
杯になった。﹁独立がどんなにすば
ばらしく、尊いものか、私の頭は一
ん、石るつや埼芸に出ているフリー
ぶえの柴野さん、劇団大阪の清原さ
劇祭と最初に道を聞いたすがおの加
本勢は明日出演する名芸幻人、仙台
パーティーでも日本人が半分占めて
祖国を奪われ、その祖国を後に日本
私は植民地時代、父が当時の京城
違えるような近代国家である。
わからない。
の栗木さんが迎えてくれた。知人が
仕込みの最中にもかかわらず名芸
間却分。釜山空港には、翌日本番で
名古屋空港を問時、釜山まで1時
長
川島さん(池袋小劇場)と私である。
した﹂といったら、もうそれで胸が
はいえば子どもの頃の友人を含め、
熱くなった。植民地朝鮮にかんして
今どこでどうしているか、言いたい
ことできりがない思いでした。思い
のまま話すので通訳のことに気づか
なかった始末である。
通訳は梁秀美さん、慶南大学の 4
年生である。細身のなかなかの美人
である。私は帰国の前夜までお世話
になった。
アオザイの似合う
ぺトナムの劇団のみなさん
モンゴルの劇団の人たちに愛婿を
ふりまく域谷護とゴローちゃん
2
8
2
9
議
馬山国際演劇祭振興会の李会長(左〉と
全リ演からのおみやげのダjレマを贈る筆者
馬山国際演劇祭は凶日からお日ま
で凶日間、叩ヵ田辺劇団の競演であ
る。岐阜と同じ却万の都市とは信じ
られない。百万都市ではないかと思
われる活気である。片道4車線の道
路が交差し、車でいっぱいで夜のロ
時ごろまで人と車が通っていた。
私は実質目、日の2日だけである
から、韓国の 2劇 団 と 日 本 、 ベ ト
ナム、モンゴルの5劇団しか見れな
かった。
最初の日の日程でいくと、名芸の
、 4時であり、仙台
﹁楽屋﹂が2時
た。オープンセレモニーにでないわ
けにいかないので、 4時の仙台小劇
場を諦め、名芸とヨヒンダン劇団の
いので言葉の壁をどう乗り越えるの
外国で芝居を上演した経験はな
﹁オグ﹂を選んだ。
か夢の後で﹂が4時であるが、前日
か、それが心配である。名芸は日本
小劇場の石垣政裕作/演出の﹁いつ
から上演されている閉幕劇韓国のヨ
ほどのセリフを韓国語で表現すると
語でやるという。仙台小劇場は4割
いう。舞台を見ていないので何とも
ンヒダン劇団の﹁オグ﹂が大変な評
半に上演され、 7時にはオープンセ
いえないが、日本語でも生きたセリ
判なのである。それが3時半と7時
レモニーが聞かれることになってい
力いっぱいの演技だった。
そしていよいよ評判の韓国劇団で
という意味らしい。題名は﹁オグ﹂
じというわけにはいかないと思う。
固まれた小劇場で印人も入れば満席
通訳の梁さんは葬式の5 つの行為と
訳してくれたが、作・演出はリl デッ
いうのだがソウルの劇団で町の仲間
の感じになることだ。それだけでも
クという。漢字に直せばと聞くと、
ある。劇団名はヨンヒダンコリべと
国の観客に、言葉が通じない観客に
役者は救われたと思う。それでも異
李潤津というの、だろうか、といわれ
名芸のお芝居で何より救われたのは
固まれているという緊張感からは解
る。何しろハングル文字は表音文字
会場である。地下のL字型の客席に
なかったというが、仙台の観客と同
劇団名芸「楽屋」
していて実に楽しい芝居であった。
から非常に民族的な味が舞台に充満
のおなかにいて臨月である。幕開け
を育て、今は孫もいる。 2人目は嫁
洋戦争にとられ、女手一つで子ども
ノモ婆さん(菱富姉)は夫を太平
ティーにも出席しておられた。
人は有名な女優らしい。初日のパー
いうのである。主役は萎富姉、この
な漢字が想定され、確定できないと
弘、浩、寛とあるように、いろいろ
で、ひろしといえば博もあれば宏、
放されてはいなかったようである。
「いつか夢のあとでJ
フとしてなかなか観客に伝わらない
のに、韓国語で素直に観客に溶け込
めるのか、数年日本にすんでいる中
国人や韓国人でも相当なまりが出る
ことを考えると言葉の壁は簡単では
ないと思う。毎年のようにこの演劇
祭に参加しておられる柴野さんと名
古屋空港から一緒だったので、観客
との関係について聞いたところ、案
の定、観客は少ないというのである。
ほぽ5分の lぐらいしか入っていな
いという。 5分の l では舞台が沸く
はずがない。
名芸は栗木慶子さんが舞台のシ
チュエーションを英語と韓国語で導
入していた。通訳の梁さんがとても
お上手でしたとほめていた。ほめら
れていいというものでない。無理が
ない、意外にいいということかもし
れない。それが舞台の難しいところ
である。
仙台小劇場も観客と違和感は感じ
のんびり新聞を読みながらの息子の
たたいて洗濯をしている。そのリズ
歌に合わせてお嫁さんが忙しく棒で
ムに合わせて孫が踊るのだが、たた
く棒のテンポがすごく早くなったり
遅くなったり、それが実に楽しい。
それでもう拍手であり、客席は完全
に舞台に引き込まれた。
ノモ婆さんとのやり取りは韓国語
だからまったくわからないがくり返
しの爆笑である。そうこうしている
うちにうとうとと眠ると舞台奥から
敗戦日本のみすぼらしい軍装の夫が
現れる。肩のたすきに大東亜戦争と
書いであったように思う。 2人は耐
えられなく抱きしめる。若い二枚目
んだままだから戦争で死んだ夫とわ
だから最初は息子かと思ったが、死
かった。夫は出てきても常に無言で
ある。
そこへ客席から楽隊が入ってく
る。みんな民族楽器である。ノモ婆
今、
-υ
3
0
2
さんの長寿を祝うお祭りである。楽
臨月の嫁も夢中になって踊りお腹を
テンポも速い。極限に迫るテンポだ。
れがわからないのが淋しい。踊りの
るが、たびたび爆笑に包まれる。そ
は言葉の壁でわからないが、それを
びにつかったり、そのあたりの経緯
息子が抱え込み、博打をしたり、遊
ラマは展開する。その多くを次男の
典が集まったが、その金を中心にド
徳がどうか知らないが、たくさん香
葬式も終わってノモ婆さんのお
させるのである。
抱えて産気づくのだが、それがまた
あの世で耐えられなくなった婆さん
しい踊りが舞台いっぱいに展開され
りに入る。その途中で倒れる。兵隊
爆笑を誘う。ノモ婆さんも楽しく踊
客席は悲鳴を上げての笑いの禍だっ
体を扱う人と死体の演技表情には
した死体がベキベキと音をたて、死
の爆笑は文字で表現できない。硬直
なのである。死体を棺に入れるまで
これがまた民族色豊かで爆笑爆笑
また客席を沸かしていた。一幕四場
ないがあの世からでてくる。これが
げた鬼なのか、七福神なのかわから
うすると大きな大きな男根をぶら下
たそれを夢中になって争い拾う。そ
いに撒き散らすと、兄弟親戚が、ま
んはその金を取り上げ、舞台いっぱ
らいっぱい金が出てくる。ノモ婆さ
なっていたが、雨で昨晩と同じロイ
はMBCホ1ルの広場で行、つことに
その後のオープニングセレモニー
た
。
で馬山にいった価値があったと思っ
しい芝居だった。これを見ただけ
が再び現れるのである。そして一族
た。ノモ婆さん役の菱富姉の死体に
二幕四場であるが、役者が場割をめ
ヤルホテルで行われた。馬山の政財
姿の夫が迎えにくる。二人は手を取
なってからの演技力表現力はたいし
くって次々と展開するのである。楽
1 0 0万 か ら2 0 0万 ウ ォ ン と い
全部を叱り飛ばす。むろん、次男か
たものだ。死体だからセリフはない
李会長に﹁どれほど助成があるので
う。安い入場料ではないと思った。
り合ってあの世に向かう。それで一
が腹を抱えての爆笑をつぎつぎ誘発
すか﹂と失礼を承知で聞いたが、会
ら巻き上げる。下着の中から靴下か
界、文化人の出席のパーティーであ
長は﹁ほんの少し﹂というだけで答
幕を終わり、二幕は葬式で始まる。
ソウルから韓国を代表する演劇人も
る。春川の国際演劇祭の朴完緒会長、
私は少なくとも参加劇団以外のわれ
本番を待つ劇団名芸の 2
1人
フォーラムとかかれた部屋に案内
ンホテルに案内された。馬山演劇
翌日目日も雨である。昼アリラ
まさに国際演劇祭である。
国語が、英語が、韓国語が飛び交う。
り上がりようだ。モンゴル語が、中
るうちに各国のテーブルは大変な盛
華やかきである。アルコールがまわ
出席していた。昨夜の倍の賑わいと
げで、大名旅行なのである。呑んで
ていい。どちらにしてもそのおか
われわれには縁の遠い政治力といっ
力であることはわかる。悲しいかな
を見ても李相龍会長のすごい政治
を集めるオープニング・セレモニー
告にならない。ただ地元の財政界人
います﹂という。これでは正確な報
通 訳 の 話 で は ﹁ 固 か ら2 億 と か
3億ウォン助成されていると聞いて
えてくれなかった。
が会場である。奥がお盆、上手がス
る。馬山の東隣の昌原市の文化会館
した。ソウルの専門劇団のようであ
かくだから韓国の芝居を見ることに
と韓国の芝居がダブルのだが、せっ
その日、同じ4時から中国の京劇
きないからである。
いわれわれにこのお返しはとてもで
いいのか疑問に思った。政治力のな
われは滞在費を出すべきだといった
議でならなかった。-劇団日人とし
して財政的にまわっているのか不思
かれたような思いすら持った。どう
日帰るのだが、なにか私のために聞
ら驚く。せめて入場料と思ってもう
もちで金はまったく要らないのだか
に降りてからすべて馬山国際演劇祭
からホテルへ送ってもらって、釜山
食って車でホテルから会場へ、会場
タリ﹂。パツタリというのは坂の名
なかった。題名は﹁泣いて登るパツ
はその立派な設備を使いこなしてい
こへ出しても恥ずかしくない。芝居
ライディングの3面舞台である。ど
地主パク家の奉公人シ 1クツボン
で別れるドラマの展開である。
て却劇団で300人である。 3泊し
私が観た韓国の劇団の入場料は
前である。その坂で出会い、その坂
円にしても500万である。それに
30000ウ ォ ン 。 平 均 の 給 料 が
けとってくれない。
連日の華やかなパーティーである。
ても1000人近い。-泊5000
が、いいといわれる。それで甘えて
パーティーだという。確かに私は明
された。各国の代表を集めてお別れ
3
qL
q3
丹、
υ
、
qυ
にパク家の大学生の長男が子どもを
つくってしまう。親は絶対に認めな
い。認められないまま長男は大学に
戻るが、それでお別れである。しか
し、シ1クツボンのおなかは大きく
なり、男の子が生まれる。長男の子
やり子どもを取り上げ里子に出して
と認知できない鬼のような親は無理
しまう。それが出会いから別れ、歌
になるなと思うと演歌調の歌が歌い
上げられるのである。しかも生演奏。
悲しいときは悲しく、必ず音楽が入
京地明畠物事情
間、日本演劇協会友好訪中団の一員
として中国演劇界の方々と交流する
上忠(日本演劇協会専務理事、劇作・
機会があった。メンバーは団長・津
演出家)、副団長・松原剛(日本演
劇協会会員・元日本大学芸術学部名
誉教授)、秋元実(日本演劇協会監
事)、津大防一枝(演出家 ・劇団民
劇団民芸)、
芸)、披岸喜美子(女優 ・
日 (水)
それに私ども夫婦である。
松井昌彦(舞台芸術学院総務主任)、
-8
成田から中国東方航空で北京空港
に日時着、約3時間のフライト(時
差は 1時間)中国国際旅行社の通訳
として華やかに成功する。パク家の
されたシ 1クツボンはクラブの歌手
最初から手拍子の出るなかなか活
である。モンゴルはロックである。
舞台でのモンゴルとベトナムの出演
その後、繁華街での特設オープン
いた。
長男は他の女と結婚するが麻薬で没
気あふれるロックだった。それに比
な大衆劇がまだ韓国にあることに驚
落する。そしてシ lクツボンを頼っ
る。客席からはそのたびに拍手が沸
てくる。その三角関係でシ iクツボ
ベベトナムのマイムは地味で派手な
き起こる。子どもも奪われ、追い出
ンは殺されかけるがもみ合うなかで
ん﹂が出演した。戦争責任を韓国語
ロックのあとだけに気の毒だった。
でいったのだが日本語でないのでと
この前座に城谷夫妻の﹁ゴローちゃ
どもなのである。その検事が死刑を
ちりでアドリブが効かない。奥さん
る。ところが検事は里子に出した子
求刑し、最後、検事服をぬいで被告
のプロンプで切り抜けていた。
かない。韓国のエネルギーと素直に
qJ
F
h
υ
3
4
逆に殺してしまう。そして裁判にな
のシ lクツボンに﹁オモ一一、オモニ﹂
その晩も代表だけでなく全参加
とひぎまずき泣き崩れるのである。
そうだと思っていたがじわっと一課が
ある。言葉の壁はまったくない。こ
受けていいのか、翌日釜山を離れて
の財政規模なのかまったく想像もつ
者のパーティーがあった。どれだけ
こで歌になる、ここで拍手がでると
待の負い目から逃れることはできな
も私はこの熱い熱い心のこもった接
日本の﹁滝の白糸﹂の移し変えで
出るから不思議だ。
セリフなんかあまり苦にする必要が
かった。
)
。
た(入場料150円
あった。客席には欧米人もかなりい
しての京劇は無限な魅力の展開]と
ランス語で[中国国粋│芸術性と
券の裏に中国語、英語、日本語、フ
だが観光としては充分である。入場
ることができた。演技力は今ひとつ
娠影O K (無料)、珍しい隈取を見
廊下で役者がメ lクをしていて写真
記念撮影(有料)もサービス、また
(前進座座友)
S1a-
出叩
,
思うとそのままその通りになるから
ないのである。古いというよりこん
ー訪中記
金誠氏の出迎えを受け天壇の近くに
ある宿舎新北維飯庖(レインボーホ
テル)に向かう。国慶節が終わった
ばかりで天安門付近はまだ慶祝の装
飾があちこちに残っている。
ホテルでの夕食に舞芸 l期の同級
生(津上・披岸 ・伸)である陳明氏
夫妻、彼らの長男夫人馬馳女史、劉
平(中国社会科学院文学研究所副研
日 (
木)
の公演をしているから、筆者は実に
神﹂﹁俊寛﹂﹁勧進帳﹂﹁佐倉義民伝﹂)
年、前進座がこの劇場で、歌舞伎(﹁鳴
こは首都劇場の中にある。 1960
叩時、北京人民芸術劇院訪問、こ
-9
究員)氏、康勝利(松原先生の教え
子)女士などと会食しながら打ち合
わせ。
さっそくげ時泊分から京劇﹁拾玉
鏑﹂﹁孫悟空﹂を梨園劇場(前面飯
庖内)で観劇。ここは観光的劇場で
土産物もたくさんあり、女優などと
津
田
観客の高校生たちと
昨 年 叩 月8 日から日固まで 6日
j~
のただ ずまいに懐かしきがこみ上げ
川知年ぶりに訪れたわけで、そのまま
られないテンポだ 。併設されている
煉瓦を敷き詰めており日本では考え
UA
小劇場は初日とのこと 。
実は筆者など卒業した舞芸は、
てきた 。
裏手にある本部会議室で任鳴副
ていて、院長の秋田雨雀先生が親し
院長と会見、院長は現在空席とのこ
が、いただいた名刺には国家 一級導
かった中国戯劇協会会長郭沫若氏に
らなくなり、その建設資金を募集し
演 (
演出家) で北京劇場導演委員会
年頃行政命令で校舎を移転せねばな
主任、北京青年連合会副主席とあり
日中国戯脳協会の方々が l万元 (
邦
実現することができたということが
なって最も早く創立された高等芸術
うだ。創立は 1950年で新中国に
に半年ほど留学したあと就任したそ
館に案内される 。書斎、客間などが
劇場内に併設されている曹馬記念
な戯劇家欧陽予情など多数の 一流演
門学校を合併したものである 。著名
華北大学文筆学院、南京国立戯劇専
学校の 一つで、延安魯迅芸術学院、
再現されており、﹁雷雨 ﹂ の舞台装
劇人の指導を受け校庭には氏の胸像
で2 5 5 0余 人 に 達 し 、 教 職 員 は
3 1 1人で内訳は教授お人、副教授
は学費が貸与される。在籍者は全部
から l万元支払われ、生活困窮者に
と 学 院 か ら 技 能 に 応 じ て 5 0 0元
人とも画家とのこと、徐院長は日本
創作演出し、同時に戯劇舞台の教化
もに高い内外の優秀話劇芸術作品を
水準の優れた話劇芸術を表現、生産
り豊富な伝統を探索継承発展し、高
優秀の才能ある舞台、映像俳優によ
あり行政棟、教学棟、稽古場、体育
敷 地 は 全 部 で 約 4 0 0 0坪ほど
が花壇の中にある 。
日人、講師羽人、国家級専門家l人
、
界と民族の先進文化の成果を体現す
性、実験性を不断に追求し、終始世
する基地である。 NTCCは品質と
人である(以上同学院凶年度入学案
の入場券を無心すると初日のため、
ここで院長に今日初日の当話劇院
ることを目的としている 。
会見後、教室で劉立漬副学院長
ば ら ま い で あ っ て 3枚、だけなら何
とかなるとのことであった 。 しかし
ス実習デッサン教室見学(石膏像)。
昼食はなんと学院の接待で四川料理
を告げているところへ自転車であと
込んで﹁再見/﹂と手をふって別れ
5枚の入場券をかざして、走りこん
我々が帰るときマイクロバスに乗り
午後は中国国家話劇院訪問、越亮
で来た人がいたのだ。一同さすが政
る
。
院長はジーパン姿で気さくに談笑、
協委員(日本でいえば国会議員に当
開演は7時日分。北京人民芸術劇
目
一
冗
。
たる)と感嘆したものだ 。券は l枚
日代後半だろうが若々しく二枚目
験話劇院が合体して創立された。最
年ロ月、中国青年芸術劇院と中央実
ここは国立劇団 (NTCC) で凶
だ
。
をク巴国布家風味酒楼。でご馳走にな
指導の話劇稽古見学、舞台美術コー
内による)。
博士課程教師白人、修士課程教師犯
院長、劉国富書記などと会見、 2
次 い で 中 央 戯 劇 学 院 訪 問。 徐 期
置模型も展示されていた 。
の 一つにもなっていた 。
にしていないので今度の訪問の目的
人民芸術劇院の中にある曽馬記念館の
「
雷雨」の舞台模型
あったのだが、その御礼もまだ正式
貨約152万円)を寄せられ建設が
建設資金援助を依頼、日年ロ月、訪
績優秀者には奨学金制度があり、国
術職業専門学院を開設した。学業成
る。さらに閃年には影視(映像)芸
校舎があり1200余人が学んでい
育学院を併設、別の敷地に約千坪の
年l万元。また2001年、成人教
士課程の研究科があり、学費は本科
科4年制)330人。他に修士、博
行政管理)コlスがあって、定員(本
台美術、映像芸術、芸術管理 (
文化
学科は演技、演出、戯劇文学、舞
ルも近くにある。
園児童芸術劇院劇場、北京音楽ホー
都劇場、中国国家話劇院小劇場、中
などの名勝、旧跡に固まれ、また首
り、天安門、故宮、景山・北海公固
している。学院は北京市の中心にあ
験劇場があって学生の上演実習に供
いる。また囲内先進的水準を持つ実
も約600坪訂万冊の蔵書を擁して
に応じて増改築され、図書館だけで
館、食堂、寄宿舎などがあり、必要
と次の芝居の仕込中で舞台一面に木
多忙であるらしい 。劇場を垣間見る
とで、氏はまだ初代に見える若手だ
北京人民芸術劇院 (
うしろが首都劇場)
内 v
h
内︿U
今、
υ
ヮ
,
院(首都劇場)小劇場に︽恋愛的犀牛﹀
を観に行く。直訳すれば。犀の愛。だ
いるらしい。ちょっとミュージカル
喜劇仕立てで客席は笑い声が絶えな
れられているよ、つに思われた。
舞台前をあちこち動きまわって舞台
日なのに T Vカメラやカメラが狭い
る。午前中は中国戯曲学院訪問、団
たのに一向に天気が勝れず曇ってい
晴れた北京の秋を期待して行っ
-叩日(金)
や客席を撮りまくって目障りになっ
長、副団長は社長勝院長と会見、そ
い。ただし違和感があったのは、初
たことである。日本なら舞台稽古の
の間我々は稽古場で男子、女子生徒
演(卯年)は好評だったが評判が出
ほとんど若い男女だ。再演もので初
というシl ンから始まった。客席は
ていく。男は演奏と唄をやめない。
椅子ごと倒して体を上手へひきずっ
こへまた 1人でできて弾語りの男を
木製の椅子に腰掛けて唄いだす。そ
の男がギターを弾きながら出てきて
開演の調べが鳴り、下手からl人
X) でワークショップをやったとき
を演じた)ベシェク氏が(シアター
クl ンで﹁真夏の夜の夢﹂のパック
学教授で俳優、演出家(シアターコ
、っ。どこかポーランドのクラクフ大
劇学院演技部卒)は孟氏の夫人とい
た主演女優の都菅さん(∞年上海戯
がった。聞くところでは明明を演じ
ろ話して客席には共感の笑いが盛上
舞台に出てきて花束を受け、いろい
カl 一アンコールでは演出の孟氏も
学院は 1950年中国戯曲学校を
する任務を持っている。
宿舎を擁し、高、中級の人材を教育
小劇場、体育館、教室、図書館、寄
術学校及び放送局、テレビ局、大、
教育する大学である。劇団、中等芸
ろで、全国のさま、ざまな劇種を英才
唯一の高級京劇俳優を養成するとこ
国戯曲学院は京劇教育の最高学府で
の揮去が大きく掲げられている。中
{徳芸双馨継往開来︼という江津民
劇場も見学。劇場入口のロピーには
などの基本訓練を見学、また大、小
時に済ませて客が入ったら許されな
ミ。
た頃には終わってしまい、今度は大
の演出手法に似ていた。また女優の
基礎とし、始めは文化部(文部省)
v
分演出も改められ凶年版として期待
演技も随所に京劇風の仕草が取り入
が飼育係の恋愛だと言う。
され、見損なった連中がつめかけて
尚小雲、程硯秋、萄慧生の 4大名優
などと共同して演目など主要な課程
中国戯曲学院全景
戯曲改進局戯曲実験学校と称し、日
が来校して授業、京劇教育の改革と
回年代以来養成した5000人近
発展の需要を確保した。
い高、中級の人才は全国各地の舞
年正式に中国戯曲学校と制定。沼年
高等学府に改制、中国戯曲学院と改
台上下、劇場内外でそれぞれ中堅と
新しい京劇教育の発展需要に応じて
名、初年中専部を設け引き続き中等
学院敷地は約1万6000坪、総
なって活躍している。
建築面積は約1万8000坪。建築
中専部を中国戯曲学院附属中等戯曲
学校と改めた。学院は建学以来4回
費は印億になるという。一演劇ジャ
京劇芸術家の培養を強化した。部年
にあったが、中華人民共和国建園田
ンルでまったくうらやましい限りで
校舎を変えた、始めは東城草操胡間
周年記念にあたり、現代化した新校
ある。しかも放送設備などは北京
という。また緑化美化問題から約
市内のどこよりも最高最新である
舎を豊台区万泉寺に落成、∞年教学
学院は演技、演出、音楽、戯曲文
区全部が入った。
演技コ i ス は 高 級 京 劇 演 技 専 門
5800坪、総面積の約部%を花園
人養成の基地として、沼年創立以来
を教育、毎年卒業公演で教学の成果
学、舞台美術、芸術教育など6 コー
四
M 年。中国京劇優秀
教育のほか、何年より修士学位研究
を対外的に発表、海外公演も数次出
に造園する予定である。
生制度を開始、
400余人が卒業。演目、肉体訓練、
演し、学院と国家は大変高い評価を
スと成人教育弁公室がある。本専科
青年演員研究班。を発足させ、成人
級俳優教授7人、国家2級俳優副教
得ている。
声楽、京劇上演史など。現在国家l
授8人、他に却人を越える客員教授
教育と留学生教育をも開始、全日制
本科教育体系を確立。
建学当初は内外に有名な梅蘭芳、
-38
3
9
中国国家話劇院
泊有亮院長
演出コ l スは京劇演出家を養成す
る基地である。加余年にわたって研
究生、本専科生と修士生300余人
を養成。さらに映像演出も加えてい
る
。
音楽コ lスは京劇の作曲と京劇の
器楽演奏人を養成する基地である。
作曲と作曲技術理論と音楽演奏の2
学科と4専門科(多劇種作曲、 M I
D I音楽制作、京劇器楽演奏、民族
器楽演奏)を漸時形成語養してきた。
ター作曲課などもある。
京胡課、古筆課、弦和課、コンピュー
表している。
舞台美術コ l スは圏内芸術学院校
戯曲文学コ l スは京劇の編成、並
びに映画、 T V脚本の創作を実践中
一つである。
中最も影響を持つ三大舞台美術系の
3年、専科修了後本科昇級は2年
。
留学生コ l ス は 但 年 招 収 し て 以
来、米、英、独、スイス、仏、日、
韓国の留学生と中国辺地の蒙古、香
港、台湾などの学生合わせて前後
対しては京劇演技、音楽、演出、劇
250余人来校学習した。留学生に
文学と舞台美術などを主要課程と
し て 開 設 し た 。 学 制 は l、
2年 の 短
期高級進修班、 4年 制 本 科 、 修 士
研究生であり、京劇のほか中国語の
と香港、蒙古、台湾の中で8人が北
学習班も開設している。外国留学生
京国際アマチュアコンクールで l等
賞、-人が2等賞を獲得した。その
ンデルマンは童話︽夜鷹︾を京劇に
中でドイツ人留学生カルツェン ・グ
脚色、作曲し、国内外から好評を博
で初年に創立、却年来本専科生、修
芸術教育コ l スは錦年創建され、
した。留学生の寄宿舎設備をさらに
条約締結お周年、鑑真和上日本東渡
ある保利劇院に向かう。日中友好
想像を絶する行き違い、劇場管理の
由、生活習慣や民族性の違いからの
を通してのスタッフ聞の言葉の不自
で大変な困難があったようだ。通訳
一事が万事で舞台稽古にかかるま
席に掛けられなかったようだ。
苦笑いしていた。それまでず!と客
のおかげで客席に掛けられたよ﹂と
てくれたのだ。後で十島君が﹁君ら
を日本の演劇界を代表する者と認め
けてよいことになった。つまり我々
がきた。同時にスタッフも客席に掛
かい椅子に掛けてください﹂と連絡
始を待っていると﹁どうぞ客席の柔
か。少し勝手が違うと思いつつも開
パシティは1300といったところ
の席もそこに用意されていた。キャ
子に掛けて迎えてくれた。我々一行
などが客席の通路に折りたたみの椅
の寺田義雄氏、音響効果の田村恵氏
の美術の中島八郎氏、東京舞台照明
入ると、演出の十島英明君や顔馴染
とを歓迎する。
う多くの留学生が来校学習されるこ
優雅な環境と清潔安静にしていっそ
京劇舞台美術、演技、音楽教師の 3
士生を培養し、既に院団の専業演出
創作の中核である。
戯文コ 1スは現在、活コ l スで中
学制は本科4年、専科2年、夜間
専科を開設。
大(職業人) 3年、通信大(職業人)
でいる。既に才能ある学生たちは協
国及び西欧の劇場史や文学史を学ん
力して北京でおよそ叩の小公演を発
のだが、今はその断絶を一生懸命埋
最近日本でも京劇公演があり、上
めているところだろう。
ついで北京京劇院へ、時間の関係
弁公室主任常保全氏に会見、偲年度
海雑技団の公演もあったのでご覧に
でここは団長、副団長が表敬訪問、
﹁日本演劇年鑑﹂贈呈。﹁北京京劇院
雲、程硯秋、有慧生など。四大名女
1250周年記念。井上靖原作、︽天
昼食後、もう一つの訪問目的で
なった方もあると思う。
形。といわれる流派と馬連良、張君
平の蔓︾(北京国際演劇祭参加)前
立された。その前身は梅蘭芳、尚小
簡介﹂をいただく。京劇院は乃年創
主演する北京京劇団である。
進座公演の舞台稽古見学と激励のた
秋、謹富英、装盛戎、越燕侠などの
京劇院といえば、日年梅蘭芳存命
劇院は天安門から東へ約4キロのと
ここで思わぬ誤算があった。保利
めである。
ていて︽貴妃酔酒︾の妖艶な演技に
ころにあって、浜松のアクテイホー
の際も周信芳、馬少波などが活躍し
で東京でも公演され、印年筆者訪中
感嘆したものだが、印年の文化大革
んで楽屋口に向かったが中に入れな
ルに似た造りでホテルの中にある新
い。藤川矢之輔が顔を出してくれた
しい劇場だ。座の連中に会うため勇
年に再建されたものと思われる。印
のだがパスがないと駄目だという。
この簡介にはまったく触れてなく乃
年当時は戯曲学院の卒業生たちが先
結局入れなくて皆には会えず劇場正
命で弾圧され、自殺者もでたのだが
結成して公演していた。いわゆるク
面から入ってくれとのこと、客席に
輩の第一団についで第二、三回、を
百花斎放、推陳出新。の時代だった
4
0-
4
1
中国餓曲学院 女子学生の扇の使い方訓練
たのでトラブルはなかったようであ
センターでは全部座側に任せてくれ
揚州の揚州大劇院、上海の話劇芸術
方も5時になればストップだ。が、
く、ロ時になればピタツと止め、夕
み最中でも休憩は仕事の区切りでな
で規制が厳しくなったようだ。仕込
くところによれば事故があったよう
にして解決するといった具合だ。聞
として下ろしてくれない。結局手動
で止まってしまう。交渉しても頑
しかも電動だと舞台から叩センチ上
してやっと降りるといった具合で、
側の責任者がボタンを押す人に合図
も日本の舞監が合図してそれを中国
厳しい規制、バトンひとつ下ろすに
劉徳有氏が通訳なしで中国語と流暢
会長(中国共産党文化部前副大臣)
表して中国対外文化交流協会常務副
グの招待会に出席した。中国側を代
劇場近くの亜州大酒家でオープニン
まずと恩われた。終わって6時から
ないのだ)明日の初日の成功はまず
が(舞監でさえも客席におりてこれ
えた。劇団の連中には会えなかった
理解にとても効果を上げるように思
だ。各場面をつなぎ中国人の観客の
いうことで解放軍の劇団出身だそう
優で、もうすぐ定年で教授になると
さんといって国家話劇院の一級俳
語りかける。これは予期しなかった
だけに正直圧倒された。聞けば宮部
裳で落ち着いた中国語で時代背景を
れ、演劇、仏教、他各界の方々が出
緒あふれる日舞︽お祭り︾も披露さ
方々が出席。河原崎国太郎の江戸情
パ ー テ ィ に は お よ そ2 0 0人の
いに期待しております﹂。
進座の皆さんの素晴らしい舞台を大
にとってなじみの深い劇団です。前
ら歓迎します。前進座は中国の観客
ました。私は中国側を代表して心か
そして艦真和上の里帰りが実現でき
テl マ曲が流れるなか﹃天平の蓋│
この二つを記念するために前進座は
周年、鑑真和上東渡1250年で、
﹁今年は中日平和友好条約締結お
夜行で南京へ。
4人は京劇鑑賞、団長と秋元監事は
この夜、パーティに出席しなかった
席されあすの初日の成功を祝った。
ついに天候は崩れ雨もよいで風
最終に、外国の演劇︽天平の蔓│鑑
﹁叩月日日ク北京国際演劇祭。の
客は深く感じとった。(北京日報)
文明を非常に礼賛していることを観
全体の中で、隣国日本が中国の古い
知らずと響き渡っていた。この芝居
も強く寒くなってきた。初日は劇場
この芝居は却年前に日本で初演。団
真東渡︾が保利劇院で上演された。
全権大使夫妻、︿︿天平の蔓﹀里帰り
がずらりと並び、阿南駐華日本特命
金中国事務所などから贈られた花輪
現実的な表現で演じている。舞台は
蔓︾の中で歌舞伎的形式をとり払い、
る。歌舞伎俳優として氏は︿天平の
演は却年来の夢だった﹂と語ってい
長であり主演の嵐圭史氏は﹁この公
彼は歌舞伎の発声技法を鍾真和上を
鑑真和上に扮する嵐圭史氏である。
した。全体を通して最も光るのは、
の葺l鑑真東渡
力強さと強靭さを含み、唐の高僧鑑
いておだやかであり、表現は内面に
V
深い印象を残した。この芝居の社大
撮れている。感動的な物語は観客に
真が自らを犠牲にして仏法を広く伝
-42-
保利劇院の正面 前進座が公演した
る
。
な日本語で歓迎の挨拶をされた。
予定より5分 遅 れ て 開 演 の 銅 鐸
鑑真東渡﹄のタイトル。ついで唐の
︽天平の葺﹀を携えて来訪されました。
が鳴り渡り、団伊玖磨作曲の社大な
女性に扮したナレーターが華麗な衣
。初日の新聞評
て言葉が理解できるのだが、拍手は
-什日(土)
ロピ lに中国政府文化部(文部省)、
公演を支援する会﹀の鵜川会長(桐
演ずる中に取り入れ、セリフは落着
昨夜、日本の前進座劇団が︽天平
人民対外友好協会、日本国際交流基
蔭学園理事長)、中江利忠副会長(元
大変精微で優れており、気品に満ち
一桐蔭学園理事長代理一行など、満
えようと東渡した、数々の困難を鋭
パンフレ、ソト
-43-
を保利劇院で上演
朝日新聞社社長 ・現顧問)、宮腰栄
席の会場に若い人たちは戯劇学院や
な歴史背景は、今日の圏内、海外の
日本語学科の学生たちである。
く再現している。
この公演には歌舞伎的な誇張した
た内容の設い作品となった。中国の
古典的な寺院の情景は真に迫ってお
た写実的な表現がより多く使われて
いる。そのため、観客には分かり易
表現は少なく、芝居の情況と一致し
出演俳優は皆日本語でセリフを言っ
い。このように時代の発展に順応し
り、道具から衣裳に至るまで、中国
ているため、観客は字幕を見て初め
の特長をとてもよく活かしている。
演劇祭参加演目の中で、最も充実し
中国訪問公演の前進座
文化交流の重要なできごとを再度検
な音楽、舞台も客席も、当時の日中
おおらかな衣裳、雄大な気字、重厚
るに値する。写実的な表現、上品で
す技法は、圏内の演劇界が参考とす
て伝統芸術の演技術を合理的に活か
など、初めて見るものもあった。私
記念館見学。中国国民党空軍の写真
のたもとにある中国人民抗日戦争
感する。周りは今も農村地帯だ。橋
常に嘘と欺腕から始まったことを痛
東西を問わず、時代を問わず戦争は
部違った動物の彫刻であった。洋の
だ。しかしやっと空は晴れてきた。
年より1ヵ月半早く寒波が来たそう
国参観、長城付近は昨夜雪が降り例
城)、明の十三陵の内の定陵、顧和
他のメンバーは八達嶺(万里の長
組織など
日(月)
ダツクをご馳走になる。
その夜は友人一家の招宴で北京
証したといえる。(京華日報)
弓事 実は全然知らされてはいなかっ
の記憶では中国に空軍があったとい
公演は大成功だった。
た。市内に戻り雨と強風のなか天安
以上が今回の訪中行のあらましで
分成田空港着。
午後3時却分北京空港発、 7時却
-MM
私たちはこの日公式の訪問を終わ
門、故宮参観、その夜は朝陽劇場で
雑技公演観劇。
4
り、北京市郊外の日中戦争の戦跡﹁慮
なか石の橋をわたる。この橋はマル
溝橋﹂見学、雨ますます激しくなる
つつあるというが、人民を主人公と
ある。中国は市場経営を取り入れ
して強力な国家の力を背景に文化事
日(日)
松原副団長は中央戯劇学院、中国
-MM
戯曲学院、舞台美術学会、国家話劇
コ・ポ1 ロも見ていてその美しさを
愛でマルコ・ポl ロ橋とも言われて
業のインフラを整備して後継者を養
の行政下で文化団体は端いでいる。
成している。わが日本は自民党政権
駆け足の不充分な視察であったが、
という感じでした﹂佐藤伸枝・引
ち、生活している人たちの集まり
とは、ずいぶん違、?││働く人た
文化人とか芸術家とかいう雰囲気
(2004年1月お日)
このことを強く感じた次第である。
02005年秋、日中演劇交流回年
O在日中国人演劇家たちと交流支援
展北京挙行
ou尺中国舞台美術車尽展への招聴
O日中両国演劇交流の在り方
院の方々と検討会。
V
いるとのこと、橋の欄干の石柱は全
︿劇団﹁ひの﹂
・﹄
よしだはじめ
の活動報告(を手みじかにすませ)、
スにはじまり、劇団・個人それぞれ
付かないような考えを相手の人か
あることから、ふだん自分が思い
ました。それぞれの劇団に個性が
り上がってるってコトに、感動し
ちが、演劇というものを通して盛
歳、﹁本当にいろんな世代の人た
いときを過ごした。
の参加者があったことへの驚き、刺
もっとも新しい加盟劇団だ。しか
﹁全リ演﹂にとって、﹁ひの﹂は
﹁劇団﹃ひのどの誕生は││
という意見もある。
ら聞いた﹂吉田浩巳・回歳
飲み、食い、(歌い)、語る、たのし
座﹂若手のエ、不ルギツシユなダン
﹁国野にルネッサンスを1
2月却日、劇団﹁ひの﹂の稽古場で、
関東ブロックの﹁新春交流会﹂がも
、
たれた。 8劇団と個人加盟者3人
参加者印人近くの盛会。﹁東京芸術
その後、劇団﹁ひの﹂では、この
日出席した劇団員叩余人の感想を載
せたパンフレットをつくって、集
激をうけた経験が口々に語られてい
し
、 1973年に創立され、初年も
まった人たち・劇団に送った。多く
るが、そのなかに、
きるぞ、と勇気づけられました﹂
なくともあんな年までは芝居がで
が多かったのには、ああ、僕も少
州街道の要衝である。いくつかの大
摩川、南には多摩正陵がつづく、甲
王子とのあいだにはさまれ、北に多
日野市は東京の南多摩、立川と八
の活動歴をもっている劇団である。
m歳、﹁正直に言って、
﹁想像していたよりご年輩の方
田中勉
-44-
-45-
膚溝橋上に立つ量医者
榊原和子さんの 2人が転居、﹁劇団
1973年、ここに池上洋通さん、
生地として、訪れる観光客も多い。
地、今年は﹁新選組﹂の土方歳三の
に参詣や行楽の人びとの足が向かう
幡不動﹂や﹁多摩動物公園﹂など
学が都心から移ってきており、﹁高
持されている。
劇団のスローガンとして今にまで保
た﹁日野にルネッサンスを!﹂は、
したのだ。創立にあたって掲げられ
年4月、日野に革新森田市政も誕生
団の集いがもたれる。しかも、この
が掲載され、その年5月初日には結
の対応、広報紙に何度も﹁よびかけ﹂
る
﹂
的向上に貢献することを目的とす
劇創造をつうじて、市民の文化
﹁劇団﹁日野﹂は、よりよき演
池上さんたちは都内でかつて﹁民衆
っ人は知っているかもしれないが、
の市内小学校巡演をはじめとして、
ての、﹁北風のくれたテーブルかけ﹂
翌年、日野市児童福祉事業とし
稽古場公演を観たときだった。
夫作﹁火のようにさみしい姉がいて﹄
接したのは、去年ロ月幻目、清水邦
わたしが﹁劇団ひの﹂にはじめて
上演を観て感じたこと
である。
ひの﹂が誕生する。古い活動歴をも
劇場﹂として活動していた劇団のメ
以降、﹁市民文化祭﹂、﹁憲法記念行
定めるや、さっそく市の社会教育課
よれば、池上さんは、この地を居に
昨年発行された﹁却周年記念﹂誌に
治体と深いかかわりをもっている。
劇団は、創立当初から、地域・自
創立時から一貫して持続してきてい
ア、﹁障害者青年学級﹂への協力を、
もなっている。そして特記したいの
は、﹁難楕集団検診﹂へのボランティ
の参加が継続され、その活動の核と
事﹂その他市民・地域の文化活動へ
たのだ。詳しく述べることはしない
の上演は不適当だと﹁予想﹂してい
わたしは、この作品の今の時点で
くふうされ、場面の展開はスムーズ
ほんとうに狭い舞台空聞がたくみに
もしろく、また表現の質は高かった。
舞台は、予想(?)に反して、お
ンバーである。
を訪ね、日野に演劇や文学の市民組
ることだ。
その年の初演をみてからわたしは
てのみ成り立つ芝居ではないか、と
ぜひあなたにつくってほしい、役所
る。。そうしたサークルがないので、
まえた、健康な視点が舞台創造に充
はなく、上演者の、いまの状況をふ
﹁怨念﹂のしたたりおちるドラマで
わたしが思い続けていた、過去への
の冒頭、その第一は、
る﹁劇団﹁ひの﹂目的・創造理念﹂
9 つの項目にまとめあげられてい
稽古場公演のレパをたどってみる
と
、 A- カミュ﹁誤解﹄、 G ・ロル
にしっかりと据えている。
はだいぶ前からその上演を一方の柱
に力を入れる劇団は多いが、﹁ひの﹂
活動を経た 1978年の時点におい
は、作者清水邦夫の、加年代前半の
が、﹁火のようにさみしい姉がいて﹂
に流れた。
織があれば参加したいと相談してい
ずっと思っていた。新宿アlトシア
ちているように感じられた。
その印象は、わたしの先入観がく
横内謙介﹁ジプシー﹂、坂手洋二
岡安伸治﹃ドリームエクスプレス﹂、
カ﹁血の婚礼﹂、山田太一﹁ジャンプ﹂、
ψ
との市
ターでの上演活動、﹃器ょ、おれた
の大河をくだる時﹂などのドラマ
反応、後に劇団機関紙﹁きまぐれ﹂
ずされただけでなく、周りの観客の
もできるかぎり協力したい
ちは弾丸をこめる﹂﹁ぼくらが非情
世界、時川幸雄の演出、石橋蓮司や
﹃スナプキンの手紙片井上ひさし
清水邦夫﹃ラブレター﹄、鴻上尚史
﹃危険な話﹂、原田宗典﹃分らない国﹂、
に示されている。そしてつけたして
に載せられた共感の意見からも充分
わり、清水自身の木冬社結成、。流
いえば、﹁劇団ひの﹂は、清水邦夫
蟹江敬三の出演する舞台の時代が終
れ去るものはやがてなつかしき。の
作品をすでに2本上演してきた経験
﹁マンザナ、わが町﹄、 A ・ド l フマ
の世界、過去と現在へのわかちがた
ン﹁谷間の女たち﹄、堤泰之﹁見果
1 9 8 8年に現在の稽古場がで
うにさみしい姉がいて﹄で体験させ
が想像される上演である。﹁火のよ
て、幅ひろくまた意欲的なとりくみ
をもっているのだ。
副題をもっ﹃楽屋﹄につづくドラマ
い情念とが混請する、それまでの総
きあがってから、﹁ひの﹂の上演は、
てもらったような舞台づくりが、そ
てぬ夢﹂、同﹁煙が目にしみる﹂とあっ
ところが、この︿現実と虚、歴史
春(または夏)市民会館や公会堂で、
れぞれにあったにちがいない。
括でもあり新しい作品群の出発、と
と現在の入りまじる、混沌としたた
かりな舞台415ステージ、冬、稽
市民や児童を対象としたかなり大が
してそれ以上に、﹁劇団ひの﹂の舞
う形が定着しているように思われ
古場での81mステージの公演とい
その歴史と生活を、真実において
劇団の創造方法は、人間と社会、
思っていた。
たかいのゲ!ム世界﹀は、まさに現
台が現代に生きるわれわれに、前向
る。﹁全リ演﹂でも稽古場での公演
﹁目的・創造理念﹂の第2項に、
代に通用するものであったのだ。そ
きにさし出しているのを見たのだ。
-46-47-
る
。
る、劇団のたくましさがある気がす
をも通して、課題に挑戦し具体化す
る活動と並行した実験的なとりくみ
姿勢でなく、広範な観客を対象とす
えるのではなく、また固定した創造
とあるのだが、これを観念的にとら
ざすものである。
造された舞台こそ、われわれのめ
い感性と鋭くたしかな理性とで創
に澄んだ目でとらえ、みずみずし
とする。現実の生活をあるがまま
えがこうとするリアリズムを基本
劇団員の明るい言動や反応にそのこ
も言い切れないのだが、稽古場での
してない、つまりあたたかい 。 これ
優しい(おとなしいというのでは決
が)。 劇団員への演技指導は丹念で
にふれただけ、だから断定はできない
われる、一つの芝居と何回かの稽古
心くぼりが豊かにされている(と思
演出している。彼の舞台づくりには
いからは佐藤さんがすべての舞台を
りをもっている)。 1985年くら
ちろん今でも劇団とは強いかかわ
場をとって劇団現場をはなれた(も
ころだ。
﹁全リ演﹂のなかに多く見てきたと
組織も発展していく事実をこれまで
がしっかりしている劇団は、創造も
作とスタッフに力量をもち、体制
受けていることもいえるだろう。制
照明などに専門人の指導と協力とを
らない。また、作曲・うた・ダンス・
きたことも大きいといわなくてはな
あいだ一貫して制作の任にあたって
つ、創立者の榊原和子さんが初年の
り立っているのであろうが、もう一
力、地域の人たちの支えによって成
んだけの力でなく、メンバーの努
そうした劇団づくりは、 佐 藤 さ
ょ、木からおりてこい﹄の稽古には
上勉原作・佐藤利勝脚色の﹃プンナ
﹁ひの﹂は今、 6月 下 旬 上 演 の 水
﹁稽古﹂をかいまみてーーー
だけではないだろ、っ。
感じたのは、わたしの主観的な想い
の歴史、記録の集積などからそれを
それから146号にわたって発行、
れてきた(叩種%号)が、刷出年1月
から現在の ﹁
きまぐれ﹂となって、
なタイトルを付けて機関紙が発行さ
歴史にかなりのペ 1 ジをさいてい
る。 百年の劇団創立から、さま、
ざま
冊子﹁初年史﹂は、機関紙活動の
とを感じた)。
はじめて観た劇団﹁ひの﹂の舞台
だったのだが、わたしは、そ、つした
印象を受けた。
丹念な﹁劇団づくり﹂
﹁劇団ひの﹂の代表は佐藤利勝さ
んである。創立者で初代の代表池上
洋通さんは、約叩年のあいだ演出も
担当したが、地方自治を研究する立
パソコン入力、写真入り、カラl版
と、内容・表現が次第に充実してき
ているのが見てとれる。
また、劇団内ニュースとしての﹁け
いこばだより﹂は、乃年7月から﹁劇
団﹁ひの﹂ニュース﹂ (
制作ニュース )
として通刊173号、さらに組織さ
れた後援会、 ﹁
劇団﹁ひの﹂応援団
げんでいる 。2月の下旬と 4月のは
生んでいるよ、つだ 。
れに力が入れられ、現実的な成果を
団と地域とを結ぶものとしてそれぞ
る。劇団と支持者、劇団員同士、劇
く評価されるとしても、個々の俳優
ルがしっかりとれていることが大き
舞台での役者の演技は、アンサンブ
い印象がある。一度観せてもらった
員が他集団とくらべてさほど多くな
実働数却人ほどか、経験豊かな劇団
せが行われた。
はある)、完成した脚本の読み合わ
チュア劇団にとって不可避の条件で
きない人がどうしてもいるのはアマ
加者がそろって (
もちろん出席で
じめ、その場に立ち会わせてもらっ
ほめすぎたとは思わないが、いい
の形象力・表現力にはまだ未熟な部
も、﹁ひの﹂はその歩みを着実に伸
だが、そういう現状があるにして
当然として、極端なかたよりがみ
学生まで、若い人の層が厚いのは
こと。印代から印、却、そして中
-構成するメンバーの幅が広い
2月 辺 日 第 1回の稽古、上演参
た
。
ところだけをとりあげたように見え
分があることも否めない。
さくら組﹂も%年から﹁SAKUR
ANEWS﹂を羽号発行してきてい
るかもしれない 。 なかに入ってよく
ばしていく劇団だといえよう。メン
られない 。
みればさまざまな矛盾と困難とがあ
劇団﹁ひの ﹂ は決して大きな劇団
バーの顔つき、言動、そして、活動
るはずである 。
ではない 。現在構成するメンバーは
48-4
9-
代表の佐藤さん
制作の榊原さん
「
求める芝居からその後劇団活動に
毎年とりくむ市民・児童の参加を
(
佐藤さんが語るところによれば、
﹁目的・創造理念﹂
いる 。
会議や作業にあてられて
曜は劇団運営にかかわる
ているとのことだ。毎木
主性にもとづく劇団民主
の第3項に ﹁
劇団の組織
主義である。それは、組
子ども時代から成人してまで継続
しているメンバーもある、とのこ
と。他の福祉活動のとりくみから
織活動での 一般的民主主
参加してくる人がいる。なかには
劇団に接してくる事例も多いよう
も、それは例外ではない 。
だけでなく経験者に対して
A
n
f
加者、
それぞれに全員が拍手。新しい
2
の実態づくりに具体的な
ある ﹂とあるのだが、そ
いうこつの側面の結合で
民主主義の特殊な形態と
義と創造活動の過程での
原則は、劇団構成員の自
だ。
)
(
その光景はたいへんにあたたか
にみえる。 )
努力が払われているよう
の仕事を必ず分担してもらう。毎
れば、金曜と日曜にかな
ースケジュール表によ
計画では、今の稽古場敷地に仰年
りかえされる。この日の稽古は、
2 場面の稽古は何度も何度もく
と佐藤さんは苦笑する 。)
めの練習が中心になってしまう、
最近は、劇団員の訓練、舞台のた
るとりくみを志向していた、が、
訪ねてきたいくつかの﹁全リ演﹂劇
はかなり小さい。わたしがこれまで
着していった。しかし、この稽古場
秋 (
冬 ) の意欲的な公演がここで定
がかりな市民・児童劇とならんで、
がった 。前に述べたように、春の大
現在の稽古場は、路年にできあ
劇団 ﹁ひの ﹂ は確実にその計画を
外の実行委員会が動きだしている 。
はすでに2年前からはじめられ、内
つくる予定。建物建設費4500万
円 で 、 劇 団 積 立 2 0 0万 、 市 民
カンパ 3 0 0万 、 劇 団 の 個 人 負 担
4000万の予算を立て、とりくみ
こんでいくというねらいがあるよ
そして地域の文化のよりどころとす
芝居のためにも、観客のためにも、
態を全国の仲間にも示していっても
はずだ。そうあってほしい、その実
リ演﹂にとっても大きな力を加える
l
c
u
-50-
一人ひとりが自分と役紹介、
い、劇団がメンバーをたいせつに
4月4日 ダ ン ス の 練 習
していることが感じとれる 。 これ
も佐藤さんの話だが、入団してき
日の稽古当番は、その日の記録を
り時聞をとってダンスか
と一つの場面の立稽古。
パソコン入力して、だれでも、い
あるいは両方)が専
歌 (
た人には、その条件に応じて劇団
つでも、どこでも読めるようにし
と思われたのだ 。
)
夏から工事開始、叩年春に完成させ
る。現在より 一倍半以上は広く、下
に事務所と稽古場 (
小 劇 場) を充
演出の強い指示のもと、内容や表
団のなかでいちばん小さいといって
実現するだろう。 それを拠点として
実させ、上に倉庫や劇団員住居を
現にギリギリと切りこんでいくも
いいかもしれない。半分を舞台にと
くだろう。そしてなによりも地域と
豊かな芝居づくりの歩みを重ねてい
いてふれないわけにはいかない 。
新しい稽古場建設のとりくみにつ
さらなる拠点づくり
門家によって指導される 。
(
はじめは、芝居の稽古にかかわ
りなく歌・ダンスの練習を考えて
いた 。市民のなかに、そうした文
のではないよ、つにみえた。
81
mステージとしてもその数にはかぎ
も切といったところだろうか。
ると、観客は却名、ぎっしりつめて
ろうが、それには、動き、せりふ、
アンサンブルを、みんなが、自分
うだ。そういう仕事を充分果たし
るために、新しい稽古場建設のプラ
らいたい、と心から願う。
りがある。
た上に役表現の形象化や相互の関
ンを具体化する必要があった。
も集団としても、からだに馴らし
連が深められていくのではないか
結びついた。日野のルネ ッサンス 。
を前進させるであろうし、それは﹁全
(
ドラマの質、稽古の段階にもよ
化要求があることで、それに応え
ダンスのけいこ
ベルリンでの在外研修を終えて
難民 ・不法滞在を含め、多種多様な
堀江 ひろゆき
私は文化庁の在外研修制度を受け
人々の集まり、東西ドイツ統一後日
劇団大阪
て、昨年9月から初日間、ベルリン
年目の発展と矛盾、それらがすべて
ベルリンに集中し、象徴といえるの
に滞在した。
即日間の研修期間で河本の舞台を
ではないか。統一日年目の光と影は
れ、旅人である私には大変刺激的で
観劇し、いろんな人たちとの出会
れ先のグリプス劇場の代表者フォル
あり、ヨ ー ロッパの中央に位置する
ベルリンの演劇に少なからず反映さ
カl ・ルlドヴィヒ氏には大変世話
ドイツの首都ベルリンの激動の時代
いを持つことができた。特に受け入
になり、感謝している。短期間では
を垣間見たように思える。
シェークスピア、チェ lホフ、イ
あったが、一日一日が充実し、自分
自身にとって予想以上の成果を得る
わらず、ベルリl ナ ・
アンサンブル、
ドイツ劇場、シヤウピュ lネ、フオ
ルクスピュ lネの 4劇場は圧倒され
る。州政府の文化政策の成果であり、
観客人口の多さ、成熟度であると思
うのだが、うらやましい限りであっ
た
。
グリプス劇場では観客と一体と
なった舞台に正直なところ、カル
チャーショックを受けた。青少年演
劇の中心的存在、だが、満席の中での
子どもの反応、それを観察する教師
や劇団関係者、創る側と観る側が共
に舞台を造り出しているさまは、改
めて新鮮な思いで感じることができ
た
。
機能の移転に伴う建設ラッシュと大
ぬきには考えられないと思う。首都
在のベルリンというドイツの首都を
ドイツの演劇事情を語る場合、現
いである。古い伝統的劇場にもかか
は、主な劇場に於ける舞台機構の違
をひきつけていた。特に印象的なの
代に置き替え、内容は挑発的で観客
どの古典を何本も観たが、すべて現
にとって、ユダヤ人問題は永遠の十
ベルリ ンの演劇 事情
改造、そこへ急激な人口増、移民・
トロ・ウイ﹂﹁母﹂﹁屠場の聖ヨハン
字架だ﹂といっていた。
プセン、レッシング、プレヒ ト な
青少年劇団も120ある。その劇団
ナ﹂﹁小市民の結婚式﹂だが、旧BE の伝統的造り方から、何とか脱皮
はない。ごく当り前の上演に過ぎな
ことができたと思っている。
いわれ、ドイツ人口8200万人に
の年間観客動員数は4000万人と
しようとするこころみを感じ、刺激
い﹂。国家の分断という修羅場を潜
場内は大改装し、旧B ・
E のレパー
しょ、っとしているよ、つに思える。劇
が総監督に就いて旧B-E色を一掃
ル (B ・E) はクラウス・パイマン
が創立したベルリ lナ・アンサンブ
中心劇団の一つである、プレヒト
れを支える民衆のエネルギーを感じ
員で、ベルリンの演劇を通して、そ
の舞台を観たが、どの舞台もほぼ満
本
のロ時開演の追加公演でやっと観る
発売日に即売し、手に入らず、夜中
組みが続いた。特に﹁ D i e - u
d e n﹂(ユダヤ人)はチケットが
争案内﹂の朗読劇と意識的な取り
トラツセ﹂の朗読劇、プレヒトの﹁戦
いたドキュメント﹁ロ lゼン ・シユ
ダヤ人の夫を持つ妻たちの抵抗を描
者ナl タン﹂﹁Die-uden
﹂
ホl ホフ lトの﹁神の代理人﹂、、
ユ
なった上演である。レッシングの﹁賢
のはユダヤ人問題と戦争がテl マに
B-Eの 舞 台 で 特 徴 的 で あ っ た
同 じ ド イ ツ 劇 場 の ア l サ1 ・ミ
プラボ!の声が飛びかっていた。
費かということを語って、観客席は
がいか何に無意味なエネルギーの浪
廃物の山が高く築かれていき、戦争
出のプレヒトの﹁肝玉お母とその子
場に於けるべ lタ1 ・ツアデック演
B-Eの舞台に限らず、ドイツ劇
えた。
る民主主義の成熟度にあるように思
種多識な人種を受け入れ、過去を認
ルリンの演劇の多様性と前衛性は多
りぬけてきたこともあるだろう。ベ
﹁意識的に特集を組んでるわけで
劇グループ、商業舞台が多数あり、
劇場(劇団)が160あり、その他
にプライベートの劇団、フリl の演
ドイツには、行政が助成している
対して、約半数の人々が劇場に足を
的に観ることができた。
トリーの、っちハイナl ・ミユラl演
ことができた。それだけドイツ人に
ラl の﹁セールスマンの死﹂は、現
m
出の﹁アルトロ ・ウイの興隆﹂以外
とって敏感な上演であるのだろう。
運んだ計算になる。
すべてを放棄したという。数多い役
ル lド
グリプス劇場のフォルカ1 ・
今回の初日間の滞在期間で、
者の内一人を除いてすべてを替え、
在のI T時 代 に 置 き 替 え 、 大 き く
どもたち﹂では戦争が進むにつれ、
識することで未来を見い出そうとす
プレヒトの執務室まで壊したと聞
ヴィヒに問、ったところ、﹁ドイツ人
ることができた。
く。今回観たプレヒト作品は﹁アル
。
4
FD
Fh1u
内
ぺU
『崎明
てもハラハラする危険を感じさせ
ど、その斬新な装置は観る者にとっ
演まで5 ヵ月のブランクが生じるほ
落に落ち腰骨を折る事故があり、初
ル・レーベルグがリハーサル中に奈
げていた。主役のハンス・ミヒアエ
メを背景にモダンな舞台につくり上
人間の欲望を、日本の浮世絵やアニ
﹁都会のジャングル﹂は、あくなき
つくるシヤウピュ lネのプレヒトの
凝縮されていた。常に斬新的舞台を
苅り込まれ、 1時記分の上演時間に
の国や州の文化政策が挙げられる。
える舞台機構、財政的な支えとして
それに加え、大胆な改作・描写を支
劇に対する成熟度の高さを感じる。
の違い、それを受け入れる観客の演
3時間以上がぎらにあり、都市機構
で勝負していた。ベルリンの舞台は
半と、上演時間にしばられず、中味
パ1 ・ヤング﹂が休憩なしで3時間
テネシーウィリアムスの﹁フォ l エ
﹁ 悪 霊 ﹂ が 休 憩 を 入 れ て 4時間半、
スピュ lネでは、ドストエスキ!の
大変重要な役割をもっていて、劇団
在がドイツの青少年演劇にとって、
割を担っている。この教師たちの存
団、劇場と学校を結ぶ仲介者的な役
当の教師が各校に3 1 4人 い て 、 劇
している。ドイツの学校には演劇担
の反応を観察し、判断の正否を検討
されるのだが、それだけに生徒たち
をしている。文芸部員によって判断
人まで、作品内容によって年齢制限
連れられてやってくる。 6歳 か ら 大
学生から高校生までの生徒が先生に
同じシヤウピュ lネのイプセンの
ことはできないが、その額の大きさ
立の劇団)は一概に日本と比較する
助成金(私立の民間劇団)、交付金(州
ている。
ちを劇場に連れてくる役割まで担っ
他の教師に対する啓蒙、その教師た
との話し合い、子どもたちへの指導、
た
。
﹁人形の家﹂ (NORA) は、現代の
に驚く。
ドイツの青少年劇場の発展は、 1
968年のフランスの五月革命とい
グリプス劇場には、毎日のように小
えてくる不思議な劇場﹂といわれる
﹁小さな空聞から大きな社会が見
で
、 9本の舞台を観たが、毎回満
主義や性の自由化・連帯といった言
族というモデルが疑問視され、平和
でのあらゆる権威が揺らぎ始め、家
われた学生運動に端を発し、それま
現在最も注目されているフォルク
文化、日常文化、社会文化、児童文
席状態で、子どもたちの素直な反応
(グリプス劇場から見えたこと)
青少年劇場と教育
人間関係の希薄さと満たされぬ欲望
を描く中で、夫に叩発もの銃弾を浴
びせ、入口にへたりこむノラで終る
大胆な改作がなされ、観客席はプラ
葉が新たなキーワードになる中、文
化などの概念が生まれることになっ
にカルチャーショックを受けた。 6
ボ 1 の声が飛びかい、いっせいに足
化に対して新しい理解が生まれ、新
た。その中で国も児童文化(青少
﹁
プ1イング﹂、気に入ると﹁拍手と
歳の子どもたちが気にくわないと
を踏み鳴らして上演を称えていた。
文化政策が発展し、社会のすべての
援を行うようになった。グリ
指笛﹂、舞台に参加している。終演
年文化教育)に取り組み、財政的支
プス劇場はその中心的役割を
-アンコールでは共感の足踏
後のカ1
生活領域が文化に組み込まれ、産業
担ってきた劇団で、指導者で
みで劇場が割れんばかりである。﹁ハ
した舞台をシラl劇場ワークショッ
ロ lナ チ ﹂ と い う 高 校 生 を 対 象 に
気の出る舞台﹂と名づけて
プで観た。終演後、生徒たちの討論
ヒが﹁元気の出る舞台﹂﹁勇
いるその舞台は、お年間、老
て
、 1時間余、今見た舞台の内容を
会が始まり、演劇担当教師が司会し
あるフオルカ 1 ・ル lドヴイ
し、常に高い評価を受け、今
深め、共通のものにしていった。す
若を問わず多くの観客を魅了
やドイツ圏内のみならず、海
べて劇場に足を運んで、同じ条件で
ラツツという地下鉄の駅を
しい現実を子どもたちに提供する一
支えを背景に、未来に対する夢と厳
このように地域の人びとと先生の
芝居を見る教育システムがある。
出たところにあり、 380席
流の舞台が創られていることに感銘
グリプス劇場はハンザプ
外でも上演されている。
ラl劇場ワークショップとい
を有する中劇場で、他に、シ
を受けた。
て活動している。今回の滞在
う 小 劇 場 (100席)を持っ
グリプス劇場「地下鉄 1号線J(グリブス劇場 J
'
¥ンフレ、ソ卜より〕
E1u
p
h
υ
-54-
梶武史
語らずとも肌で感じ合えていた 。
だから彼にすれば、﹁だれが勝手
に死にたいもんか﹂と私に対して
年目に梶武史を失った。今度は急
んでしまった 。 そして劇団創立訂
﹁
安らかになんか眠るな/﹂と叫
盟友新木祥之が急死、その弔辞で
立たしくなる。劇団創立日年目に
ら、思い通りにならないと大変腹
は本来非常にわがままな性格だか
書くくらいいやなものはない。私
何がいやだといっても追悼文を
沢瑛子、そして私の5人が結局、確
木祥之は彼の親友で、久保孝志、古
得した。結成してすぐに加わった新
トホームで数時間ねばってついに説
主な理由だった。私は元町のプラッ
は二度と味わいたくないというのが
解散に追い込まれ、そのような苦渋
の会というサークルを立ち上げたが
はなかった。高校在学中にわらじ
た。その結成にむけて彼は乗り気で
と知っているので、切り捨てたの
いおうと私がひるむことはない
されたこともある。どのように
もそこまでいうかと思、つくらい評
なえてきた 。私の演出した舞台で
私のやることにことごとく異をと
ここ叩年くらい、彼は囲内では
残りだ﹂といいたかったろう。
監視してチェックできないのが心
もしれない。とりわけ、﹁お前を
口をついて出そうになっていたか
死ではない、もう不治であること
固たる劇団建設への夢を託すように
岸本
を知らされて3年余り、劇団員は
だろうが、周りは随分心配してふ
劇団四紀会は 9人でスタートし
きりで話さずじまいとなった 。
と口をついて出そうで、結局2人
残してお前は勝手に死ねるのか﹂
私は正直できなかった。﹁我々を
前者も変貌を重ねつつ、 笠告と融合
をしめたが、時代がかわっていき、
う。無念ゃるかたない思いはお互い
感はない。梶武史にしてもそうだろ
世紀近くもかけてきていまだその実
きるとは思わなかった。しかし、半
もちろん叩年や初年で夢が実現で
すべてにおよんでくる。
ういう見方もあるかと感心さえし
と実感していたから、なるほどそ
だった。土台は共有しているのだ
思議と彼にはいくらやれでも平気
つかったほどだった。私の方は不
立基盤がある。ひとつは国鉄演劇
が、劇団四紀会は大きく二つの存
前にも言ったことがあると思う
ば制作論ではこうなる。
ずると長くなる。ひとつだけ、例え
この違いは非常に多岐にわたり、論
のがここ叩年ぐらいだった、だろう。
して、新しい理念に向かおうとする
本に打ち込みたいのだが、という。
しがあるうちに退職して、芝居一
うなるかわからないし、今割り増
あった。日歳が停年だが国鉄がど
梶武史、回歳を超えて相談が
た。その違いはどこかで検証して
という大看板をパックにした職場
有無をいわさず、前者がその主流
団の存立理念としては初期の頃は
けた私なんかが中心であった。劇
年亡くなった北島三郎の感化を、つ
純文学的傾向の流れで、これは昨
う流れを演劇にこめつつも、やや
ていた。今ひとつは民族伝承とい
るし、創造にもはずみがつき、その
絶対基本で、そのことで自分も変わ
員ひとりひとりが切符を売ることが
いからだ、とするが、前者では劇団
いとすると舞台そのものが面白くな
もらうことが必要で、観客が増えな
どん配ってより多くの人たちにみて
のために例えば招待券なんかはどん
れば、必ず人々の支持はうける、そ
人々が喜び、楽しい舞台を創り続け
極端にいえば、後者では本当に
う、深い疑問がのこされたままで
なんて果たしてありえるのかとい
らないのか、そうなると夢の実現
ぱり人間はいつかは死なねばな
い。ただ、残された我々には、やっ
に思い残すことはないかもしれな
揮されたと思う。そのことでは彼
んのこと、行った先々で十二分発
却年、彼の才能は全リ演はもちろ
く超えてはばたいた。それから約
の彼の活動の場は劇団の枠を大き
諸手をあげて賛成した。それから
2004年5月8日
ことなくしてわれわれが芝居をして
差は演技、演出、劇団組織、等々の
ある。
﹁雪やこんこん﹂(引年)の舞台より
いく意味はないという。このような
年金も充分あるというので、私は
演劇の素地で、それを彼が代表し
H
おかなければという気持ちもする。
たつに割れるのではないかと気を
なっていく。
敏
朗
ことあるごとに彼を励ましたが、
劇団四紀会
﹁勝手に逝きやがって﹂
追
悼
日出
Fhd
,
ヴ
野外劇公演になります。会場
︹劇団海鳴り︺
も港をサイドに山が眺める絶
、
第沼田定期公演﹁恋歌がき
好のロケーション 。花の煽薬
凡 こえる﹂(小池倫代 /作・我
山h
がオホーツクではどのよ、つに
孫子正好/波出)は、昨年日
しょうか 。
同 月9目、市文化会館2ス テ ! 変化するで
ぜひ観光を兼ねて、夏の紋
ジをほぼ満席 (250席)で
別へお越しください。
吟 終了することができました。
﹁真夏の夜の夢﹂ lオホーツ
九 観客、仲間の感想もおおむ
ク ・人・自然・愛、一幕六場
ね好評でしたが、ベテランと
いがらし陽子/作・神山昭 /
時 若い役者のカの差やコミユニ
土)午後7
7月3日 (
演出 '
川 ケ1シヨン不足というご意見
p
r もあり、どうしたら著い人た
時、紋別市海洋公園流水プ
ι ちをのばしてゆけるか、責任 ロムナード特設舞台
※お知らせ、北海噌泡一演劇集団
怜 を感じる・ところです。
機関紙﹁ほっかいどう演劇﹂
年が開け、市内音楽・舞踊
伸
m号が発刊になりました。p 団体とのジョイント合同公演 m
冊1000円。 お問い合わせ
が決まりました。演目はシエ
イクスピアの﹁真夏の夜の夢﹂ は、我孫子まで。
を海鳴りのいがらし陽子がオ
︹
劇団さっぽろ︺
ホ1ツク版に翻案。北海道文
毎日が崖っぷちという状況
化財団の補助金も決まり、総
は続いていますが、何とか稽
古と本番を続けてもいます。
いま、できることを何でもや
ろうと思っています。
稽古場を中心に、創立必周
年と銘うって、アトリエ公演
やファミリー劇場などの取り
定例の﹃む
組みを始めました 。
かし話の世界﹄午後4時開演
に夜の部も増やし、 4月は、
アトリエ公演・楠本幸男さん
の﹁結婚申し込み ﹂を併せて
上演しました 。劇団と同じ町
内に、イラクで人質になった
今井くんの実家があり、上演
当日が﹁無事解放 ﹂のニュー
スの直後だったこともあり、
否応なしに、戦争と平和につ
いて考えさせられました 。イ
ラクからの撤兵が 一刻も早く
実現してほしいものです。
楠本さんには本当にお世話
になりました 。和歌山大空襲
人を超える市民参加
ei 勢100
何
内
丹
符
れ
(宮津)
す。
︹劇団未来半島︺
年金、年金という言葉
注五月の
が、五月の蝿 (
北国にはいないが)のように
空間を飛び回って、マツコと
う るき
五月蝿く、いささかウンザリ
気味の今日ですが、やっと、
ここ下北も桜咲き、そして
散って、暖かくなってまいり
ました。とはいえ、まだストー
ブに朝晩火が入ってしまうこ
とも多く、やっぱ北園、油使
うなあ、と、改めて思うなか、
劇団でもいよいよ、今年の行
事の数々が動き始め(還すぎ
/)ました。
8月 の 地 元 商 庖 街 の 方 々
とのイベントでの、ちょっと
した演劇祭・:いや、 1日だけ
の3 つ程度のお芝居の集まり
的なイベント。 7月にやる予
定だった新作書き下ろし公演
(本がいまだ書けず)も、 9
月にずれ込む様子。そして、
︹
劇団弘演︺
桜の開花時期になんと雪が
降り(口年振りとのことで
す)、おかげで例年より長︿
花を楽しむことができたこの
春でした。
今年の本公演の演目は北原
なお /作・作間しのぶ /演出
﹁ノアの住む国﹂に決定しま
ロ月の加周年記念公演の出演
者スタッフ募集と、その新作
台本の準備。地元F Mコミュ
ニティーラジオのラジオド
これはl年通して )準
ラマ (
備。その他いろいろ:・諸々
がひとかたまりにやって来
て、フォール寸前/:・ワン l
ツ1 1 ス、で、肩浮かし
て、ロープに逃げて、る、場
合じゃなくって、ひとつひと
つ小さなことからこつこつと
・いや、どんどん大きく進め
ないとマジ、間に合いません。
後半の修羅場が見えるようで
怖いです。(仁木宏)
m小樽の第l回実
海道演劇祭行委員会が小樽で開かれまし
た。上演作品は全部観劇しよ
うという王旨で5作品が決ま
りました。また、最終日目月
f U日(月 ) には柄本明氏の
講演が決まっています。この
一
一 記念講演の主催は財団法人北
市
川
、 海道文化財団です。小樽市は
、 全国でただ一つの赤字の予算
見 計上した自治体です。事務局
長吉川勝彦氏の奔走もむなし
市
岡
内 く補助金はいっさいありませ
ん。北海道演劇祭なのですが
市
州 寂しいかぎりです。
時
mM 新芸が季加している合同作
m
ぬ 品の﹁燈が目にしみる ﹂ の稽
怜 古は9回あったのですが、参
m
m 加 劇 団 の 一 つ が5月 ・羽
月 日の公演だったり、キャスト
時 それぞれの仕事の関係などで
刊 なかなか足並みがそろいませ
門 ん。演出も自劇団とは勝手が
門 違って少しとまどってるよう
刊 にも見受けます。でも、 6月
ら からは、軌道に乗ると思いま
劇団通信
︹劇団新芸︺
日) 第 包 囲 北
5月 時 日 (
す。 (
を記録した市民参加劇 ﹁
ささ
の業きらきら ﹂も読ませてい
ただきました。ぜひ再演の機
会を持ちたいと思います。
劇団の財政支援を訴えて、
民主団体や組合への働きかけ
を行ったり、アルバイトをし
ながらの稽古と、劇団員は、
文字通り、体力と気力で頑
張っています。
目下の最小限の目標は、夏
まで、この苦境をどう乗り
切って行くかですが、社会状
あり
況を考えると、劇団の ﹁
方 ﹂そのものを考え直す時期
に来ていることも確かで、こ
の1年をかけて、どんな答え
を見つけ出せるのかが課題で
長谷川京子)
•
した 。 この作品は戯曲ではな
ゆ
く、県内の団体が主催する ﹁
きのまち幻想文学賞﹂の長編
賞を受賞した絵本です。
一つ の 星 を 崩 嬢 さ せ て し
まった人間。別の星で生き延
びた者の再生・復活の鍵は、
ひとつぶのドングリの実だっ
た:といった大筋ですが、今
目的問題提起を織り込んだ希
望 と 幻 想 に 満 ち た 物 語 で す。
挿絵も大変魅力的で、この絵
をどうにかして効果的に舞台
にあげたいと頭をひねってい
る最中です。基本的には朗読
の形をとるものの、フリ lハ
ンドにして、役者の動きや照
明、そして挿絵のカを借りて
未知の空間を創り上げたいと
考えています。その意味では
かなり実験的な舞台になりそ
うですが、昨年創立紛周年の
節目を迎えた弘演にとって、
4年目の新たなスタートにふ
さわしい作品といえるかも知
れません。すでに稽古もはじ
-5
8-59-
晶~~
J
e
輝かしき前年の勢いを借
り、﹁煙が﹂の死装束と位牌、
さらには骨おい(骨箱を包む
金色の布)などを求めて通い
つめるうち、近所の葬儀屋さ
んとはしっかり顔なじみにな
りました。当初、﹁セットで
なければお売りできません﹂
などと言われたもの(セツ
トで買ってどうするんじゃ)。
団員数は半減しましたが、 O
︹演劇集団土くれ︺
第臼回公演の日程が決まり
ました。例によって﹁麻布演
劇市﹂参加公演です。この﹁麻
布演劇市﹂は港区の財団との
共同事業で、今年げ年目にな
ります。日集団が年間8本の
公演を維持しています。会場
費無料、公演日程の優先確保、
実行委員会のための経費など
の支援が重点で、このほか区
揖設への宮在、制作費若干が
援助されています。
既に稽古が始まりました。
歌あり踊りありで、今後の
稽古の過密化は避けられませ
ん。今年は京浜協同劇団の﹁い
のちの鐙﹂ 6月公演に助っ人
としてかかわりながらの稽古
です。序盤の遅れを夏場にど
れだけ回復できるかがかぎで
す。(石塚)
3月号では﹁体調万全で頑
張る﹂と一言ったものの、目が
見えなくなり両目手術する惨
事になってしまい﹁もう演劇
もできなくなるのかなあ﹂と
心配もありましたが、無事に
手術も終わり見えるようにな
ったので、今度こそ体調万全
で稽古に取り組みたいと思い
ます。心配かけてスミマセン
でした。(泣)
さて、私の悲惨話は置いと
いて(笑)、私たち劇研は上
ン、ポン、タンの3人の子分
をつれて、風船を盗んだり、
市長さんの帽子を盗んだり、
音のでるもの、自転車のペ
ルや教会の鐘を盗んだりしま
︹劇団ひの︺
2月mB(日)、関東ブロ
ック新春交流会が劇団﹁ひの﹂
のけいこ場で催されました。
東京芸術座、青年劇場、京浜
協同劇団、蒼生樹、石るつ、
劇団埼芸、土くれ、個人参加
の方々・:総勢必人が集まりま
した。夢と希望を語り合う、
熱気にあふれた素敵な集いで
した。劇団員の皆が全リ演の
方々と触れ合うことができ、
大いに刺激とになった貴重な
催しでした。
現在、 6月に上演する﹃プ
ンナよ木から下りてこい﹄に
︹劇団仙台小劇場︺
韓国の馬山国際演劇フェ
スティバルで石垣/作﹁いつ
か夢の後で﹂を上演してきま
こばやし議長夫妻にもお越 し
いただきました 。
全国ツア lは﹁十二人の怒
れる男たち﹂と﹁夏の庭﹂で
夏休みをのぞいてロ月まで。
劇団存続と後継者育成は一
体の関係です。ただ今、女優
の卵3人を育成中です。来た
れ、演劇人志望者/(郡司)
民をどこへ引き連れて行こう
としているのか。米軍支援の
自衛隊イラク派兵の継続、そ
れをより強化するための有事
七法案を民主が与党と一体と
なった翼賛国会で成立させよ
うとしている。一方、国民の
生活と生存を左右する法案を
作る国会議員が﹁年金﹂の﹁未
納﹂だ﹃未加入﹄だとかまび
すしいが、何をか一言わんやで
ある。我々演劇人は、﹃平和﹄
と﹁自由﹂をもっとも希求し
ている。これ無しには演劇活
動ができないからである。こ
れに﹃生活の安定﹂が加われ
ば申し分がない。能力と演劇
的センスを除いては。
さて、今年の春のアトリエ
公演は、神品正子/作・印南
貞人/演出の﹃速い水の記憶﹄
を好評裡に終演し、来年から
﹃
の
宮
山
口
gm-包 │ 速 い 水 の 記
憶!﹄とバージョンアップし
て全国ツアーをします。
このアトリエ公演には遠路
大どろぼうのマヌケンはア
(作間しのぶ) 開きました。県内加盟5劇団
演作品の台本選びをしていま
す。そのマヌケンをつかまえ
のなつかしい顔ぶれが青森市
す。キヤパ
2
0
0
人
で
の
多
目
よ、っと、クロンとマリン、そ
︹劇団支木︺
に集合。情報交換をするうち
的ホ lルで、しかも、舞台が
してツヨイン警部とタダシン
F 本年は、劇団創立川町年目の ﹁共同の倉庫を持って衣装や 狭く大変ですが、会員もl人 署長が追いかけるのですが、
れ スタートの年。年2回公演の
道具を保管、再利用できない
増えたから、今まで以上に頑
マ
ヌ
ケンたちはいつのまにか
ぬ うち、春公演は﹁煙が目にし
か﹂など、イイ感じの意見が
張りたいです。
風
船
に乗ってお空を飛んでい
悦 みる﹂(堤泰之/作、堅倉喜郡
たくさん出ました。仲間って
まっ、何はともあれ、健康
っ
てしまいます。という大活
内 / 演出)を、 6月初日と7月
本 当 に い い ね 。 ( 空 勝 ) 第一で稽古に取り組みたいも
劇
で、風船を100個ほど用
内 1日の2ステージ、予定して
のです。病気すると何もでき
意
したり、腕りがあったりと
丸 います。
︹黒石演劇研究会︺
ませんからね:・。さあjて、
にぎやかでした 。
円
こんにちは/夏も近づく
今年の舞台の台本はどれにし
今回も小学生、中学生が5
料
今日この頃、皆さんはいかが
ましょう?早く探きなくち
人 出 演 、 大 人7 人 で 計 ロ 人
何
お過ごしでしょうか?
ゃH (
一
一
一
浦) のキャスト。相変らず稽古へ
内
の出席率が悪く苦労しました
斜
︹劇団だいこん座︺
が、なんとか公演することが
ぬ
春の公演は小田健也 /作・
できました。﹁とてもファン
石川富志夫 /演 出 ﹁ 空 と ぷ
タジックで、大どろぼ、つの話
大どろぼう﹂を5月辺日に鶴
なのに夢があって楽しかった
岡市中央公民館ホ 1ルで上演
です﹂と好評でした。子ども
'し幸子lv
れ
へ
。
たちもまたぜひ出演したいと
はりきっています。
何
れ
拘
剥
約
納 Bや当地の若手劇団、フリ l
A の役者さんたちの協力を得
約 て、稽古は順調に進んでいま
刊 す
。
れ
きて、奥羽プロック会議を
した。私たちに対するホット
唱
一
も なもてなしの気持ちに打たれ
V ました。上演当日は激しい雨
、 で観客数も少なかったのです
も が、日本語コ 1スの高校生が
も たくさん見にきてくれて安心
‘
ぬ し ました。舞台作りは、さす
% がに仙台での公演とは違い、
a
屯 難しいところはありました
% が、現地スタッフの行動力に
市 よって乗り切ることができま
均 した。
れ
文化の違いを肌で感じるこ
との大切さとそれを乗り越え
市
州
持 て一緒に仕事をすることの醍
醐味を味わうことができまし
川
品
議とも交流を続けてい
ぬ たo A
ぬ きたいと思っています。
込
帰国後すぐ、太白区手作り
演劇(来年2月)の準備にか
かっています。
追伸一劇団仙台小劇場は 4月
初日付でNPO法人として再
︹東京芸術座︺
日本丸ょ、どこへ行く/
日本の舵取り責任者は国
-60-61-
向けてけいこに励んでいま
す。市内のホール2 ヵ所で4
ステージ上演します。
少年少女の犯罪や・少年少
ます。
HH
(佐藤利勝)
SAK
﹁
︹劇団銅銭︺
年来の夢実現
4Hm
したこの作品。極限状況の中
での両民族の悲劇と抵抗、人
間の生命や愛と尊厳、両国の
文化・伝統、精神世界そして
武士道、表現する事モリ沢山
ネルギーに満ちあふれた。
日リ共通の歴史、ソ連によ
るシベリア強制抑留を題材に
スタジオP Sと銅録との合同
公演が大成功のうちに幕。 3
月お日、俳優座劇場は音と光、
日・リの俳優たちが発するエ
リトアニア、ヴアイトクス・
女を巻き込んだ事件。体罰に
よる子どもの犠牲も後を絶ち
ません。イラクでは、子ども・
老人を含めて多くの民間人が
殺害され、最近では拘束者へ
の残虐な行為が明らかにされ
ました。いのちを脅かす事件
や出来事が途絶えません。
プンナは、いのちのつなが
り、いのちの尊さをうたいあ
げた物語です。いのちの問題
の作品でした。
俳優の1人として驚いたの
はリトアニアの俳優たちの自
由で大胆、力強く骨太な演技
表現。無言のうちに表現され
ている抵抗や鋭い批判は、表
現の自由が無い時代に培われ
た手法と感じた。
URA-イン・ザ・ウインド﹂
を正面からみすえて、﹁生き
る喜び﹂﹁いのちの輝き﹂を
かもしだすエネルギッシュな
舞台を目指しています。
4年後のけいこ場建設に向
けて、﹁新けいこ場建設協議
会準備会﹂が発足しました。
9月から運動が展開される予
タ 定です。全リ演の皆様からも
終 運動の経験を学びたいと思つ
ています。よろしくお願いし
れ
創
アター公演﹁雨の庭﹂、﹁キュ
7
リー夫人﹂の旅公演、 6 ・
ると6割減ったそうです)。
今 年 も2月 公 演 ガ ル フ か
ら
、 3月のウイークエンドシ
他)﹁悪魔のハレルヤ﹂ジエ
なっています。とはいえ、本
年は、創立却周年の年にあた
lムス三木/作・演出の初日
を開けました。
ります。蒼生樹では、夏と冬
春名幹彦さんの原作﹁秘密
の記念公演に加え、加年の蓄
のファイルicIAの対日工
積、思い出をいっぱいつめた
作﹂を下敷きに、 cIAの活
記念誌の発行、楽しいパーテ
ィ ー 巴 t c を企画してい
躍に焦点を当てて戦後の日米
関係を問、つジェ lムス三木さ
ます。公演はもちろん、そち
らもぜひご参加えいただきお
ん海身の書き下ろしです。楽
しませてくれながら、ええっ
楽しみください。
7 月 に は 夏 ら し く 、 長 崎 P こ ん な こ と が / あ り1
原爆を取り上げた﹃明日﹄│ 1P とぞっとさせられ、今
一九四五年八月八日、長崎│ まさに起こっているイラクで
の戦争のこと、北朝鮮による
井上光晴/作・小松幹生/脚
日本人投致問題のことなどが
色・浅田重行/演出。ロ月に
頭をよぎっていきます。こん
は、落語の﹁死神﹂をモチー
な芝居見たことない/でも
フにオリジナル作品で営物の
.・・皆さん・・・動員が・・・どうです
ヂ 上演を予定しています。
も
か・:?本当に厳しいですよ
(
岡
本
あ
ず
さ
)
ねー(話は遠いますが学校公
演の実施校は今年の白書によ
ω
︹青年劇場︺
こんにちは、皆さんお元気
ですか?私たちは劇団創立
周年記念公演第1弾 / 5
、
月公演(5月お日1 6月6日
紀伊国屋サザンシアターその
今までにないあまりに斬
新な演出に、お客様の感想は
まさに賛否両論。でも実際に
抑留を体験された元日本兵の
方々から、あの頃の不安感や
怒りを実によく表現していた
と感想をいただいたことはう
れしいことでした。
4月2日、彼らは帰国。丸
2 ヵ月間の作品づくりを通し
て、言葉、文化、民族の違い
を乗り越えて心が触れ合い、
認め合えたことは個人、劇団
としても、大きな財産になり
ました。この公演のためにお
力添えをいただいた日・リ両
国の方々に感謝です。
会昨年、池袋演劇祭で優秀
賞を受賞した﹁B i g B r
other﹂の旅公演が京都
から始まりました。少年犯罪
とそれを見守る大人たちを描
いたこの作品、一般公演での
大人の方から、学校公演での
中高生までとても喜ばれまし
た
。 9月には東京でも再演し
月の﹁口才のオルゴール﹂、﹁ケ
プラlあこがれの星海航路﹂、
﹁真珠の首飾り﹂の地方公演
とパタパタです。でも大変だ
ω
けど、どの作品も今こそ多く
の人に届けたい作品だなって
改めて恩います。
﹁どうしてあんな残酷なこ
とができるの?どうして家族
があんなつらい思いをしなく
てはならないの?どうして年
をとってこんなめにあわなき
ゃいけないの?﹂ニュースを
見ながらそんな思いを持って
いる日本中の人に。 9月は劇
団創立 周 年 ・ 飯 沢 匡 没 後
叩周年公演﹁夜の笑い﹂第
触﹂より│の公演も控えてい
2部﹁接触﹂│烏尾敏雄﹁接
ます。赤信号点滅中でも、と
にかくみんなで力を合わせて
/ 晴 れ る や グ ハ レ ル Iヤ
(正治恵美)
︹劇団矯芸︺
みなさん、こんにちわ。前
ます。少年犯罪の増加する今
の日本で、観に来たお客様と
ともにこの問題を語り合える
作品として大事にしていきた
いと思います。
﹁らぶそんぐ﹂と﹁センポ ・
スギハアラ﹂が旅に出ます。
両作品とも例年より少ない公
演数ですが、観てくださった
お客様に喜んでいただけるよ
うガンバリます。(黒田志保)
︹劇団蒼生樹︺
4月初日・ 5月l目、かな
がわド Iムシアターで﹁がん
ばれツ/日本国憲法﹂が上
演されました。本年で国回目
となる横浜の憲法ミュージカ
ルに、脚本・演出で漬田重行、
スタッフ・役者で劇団有志が
参加しました。
5月四日には、座内で総会
を行い、 2003年度の現状
(総括)また、 2004年 度
の活動方針を決めました。当
劇団でも座員の減少が問題と
回の通信はチヨットしたトチ
リがあってパスしてしまいま
した。ほんと、つにすみません
でした。
私 た ち は 昨 年5 月 、 念 願
の初めての稽古場公演を終
えた後、中心メンバーの仕
事や病気による休固などもあ
って、一時期、活動が弱まり
ました。台本選、びに多くの時
間を費やしたり、上演可能な
本の読み合わせまでしました
が、結局、決定まで至らず、
劇団の佐藤逸平に創作台本を
委嘱することになりました。
当初、世相を反映した現代劇
という線で作家に一任しまし
たが、劇団員の川村から、山
本周五郎の﹁かあちゃん﹂は
どうかとの提案があり、全員
で原作を読んだところ圧倒的
な支持があり、改めて作家に
お願いし、﹁かあちゃん﹂の
脚色作品を次回公演とするこ
とに決定しました。
そして、 4月末に台本が脱
、
丹phv
u
-62
l小劇団公演で﹁一人語り﹂
と﹁雪女房﹂(さねとうあき
ら/作)を新しく中川正臣/
演出で打ち上げた。
。今春の公演は、 6月 日 目
(日)市民文化祭に井上ひさ
し/作﹁貧乏物語﹂(演出/
伊藤幸夫)に挑戦している。
劇団の歴史上、初の女優だけ
の舞台である。全員が、仕事、
家庭をもち、これらを乗りこ
え稽古にかけつけて来る。女
性だけの声が稽古場に飛びか
い、ゴ言葉の魔術師井上ひさ
し。の台詞を一字一匂おろそ
かにしないで、深めあって稽
古している姿は見事である。
河上肇の姿は舞台に登場しな
いが、一貫して民衆の立場に
たって生き抜き、多くの人々
に信頼され、愛されてきたマ
ルクス経済学者の姿が浮かび
あがってくる井上作品の魅力
を舞台化する、むつかしさと
楽しみを味わいながらの稽古
である。
森本景文さんから、早々に示
唆に富んだメモをいただいた
ことにも誌面を借りてお礼を
申し上げる。
-劇団の代表が久保田明から
岩田史郎に交替した。新代表
を中心に一層劇団を活性化し
たし。
-公立ホ 1ルの指定管理者制
度など、国や自治体の動きを
どうとらえたらいいか。本当
に地域の人たちに支えられる
劇団であるためには何が大切
か。全リ演こそ、その実践を
通して、方途を示すべきでは
ないか。夏の総会、演劇フエ
スに期待する。
︹劇団名芸︺
4月91m日の第9回研究
公演﹁楽屋│男と女の│﹂は、
実験劇場としては初の 9 ス
テージでしたが、目標を越え
る547人のお客さんに楽し
んでいただきました。そして
ナント初の海外公演へ。会リ
08月沼日﹁第4回しずおか
平和のための文化の集い﹂が
市内文化団体が中心になって
関かれる。総合演出を劇団の
伊藤幸夫が担当、劇団は小島
真木/作﹁淡墨色の桜たち﹂
の上演を予定している。平和
を願う8月のつどいが4年間
続いたことは静岡では画期的
なことであり、ぜひ今年も大
成功できるよう、その準備に
入った。(山崎三郎)
︹劇団名古屋︺
・春の公演﹃あした天気にな
あれ﹂(ふたくちつよし/作
年にしていこうと思います。
﹁聞に咲く花﹂の稽古は、
ただいまテーブル稽古の段階
に進んでいます。終戦から2
年たった激動する昭和辺年の
愛敬稲荷神社を舞台にして、
世の中に混乱、翻弄されなが
らもたくましく生きる人々を
描いた作品です。
日本は終戦直後、数多くの
問題を残したまま新しい時代
を迎えました。そしていまだ
に課題を抱えながら私たちは
生きています。作品を掘り下
げるにつれ、見えてくるもの、
まだまだ見えてこないものを
団員たちでああだ、こうだと
言いながら深めています。さ
て、これから忙しくなってい
きます。作品にかける熱い思
いを絢にがんばります。どう
ぞご期待を/(森幡洋子)
︹劇団からつかぜ︺
今年で創立回周年を迎え
ます。記念公演として9月四
日、回目、﹁閣に咲く花﹂が
決定しました。そして新しい
試みとして、 9月 四 日 に か
らつかぜ O Bへのアトリエ公
演後、レセプションを行いま
す。創立回周年という年月と
共にからつかぜと芝居を愛す
る人々、これからも一緒に活
動し続けるメンバーがより深
め合い、意義のある節目の l
︹岡崎演劇集団︺
みなさん楽しみにしている
全リ演演劇フェスティバルの
準備が始まりました。
三重県での開催ですので、
私たち中部ブロックの役割も
あるよ、つです。フェスティバ
ル会場でお会いしましょう。
きて、私どもの劇団の方は、
現在、マキノゾミ/作・浅井
克彦/演出﹁高き彼物﹂の稽
古に入っています。上演は7
月日日(土)6時半、日日(日)
l時半、岡崎市せきれいホー
ルです。その後は、秋に稽古
場で子供劇場の上演を予定し
ています。観客は、稽古場の
近くの子供会です。毎年の恒
例行事になってきていますの
で、子どもたちも楽しみにし
ているようです。(平岩)
国の多くの仲間と究流できる
ことを今から楽しみにしてい
ます。桑名で熱い出会いをし
ましょう。よろしく/命木木山
演共催の。馬山国際演劇祭。
へ仙台小劇場と共に上演参加
してきました(馬山小劇場5
月日日 2ステージ)。
飛行機に初めて乗る人も含
めて大挙目人の参加で、田
舎劇団の一世一代晴れ舞台と
いう雰囲気でしたが、劇団馬
山や多くの現地スタッフ、日
本の加藤武夫氏(すがお)た
ちのおかげで無事終えること
ができました。モンゴル、ベ
トナム、中国、シンガポー
ル等々、たくさんの国の人と
出会えたのも嬉しいことでし
た。これで半年近い﹁楽屋﹂
との付き合いに区切りをつ
け、今は夏恒例の子ども劇場
に向かっているところです。
そして、いよいよ全日本演
劇フェスティバルが近づいて
きました。韓国から劇団馬山
も来日上演してくれます。中
部ブロックとしては成功の
ためこれから打ち合せをしつ
つ、準備活動を始めます。全
.
.
.
.
.
.
.
.
.
I
l
稿し、いま稽古に入っている
ところです。毎回目人前後が
出席し、やっと稽古らしくな
ってきました。
この﹁かあちゃん﹂は天保
の改革があった頃の、江戸は
深川あたりの長屋の話で、働
き者で気風のいいかあちゃ
んが﹁ひょっとして、魔がき
して・::﹂入ったのかも知れ
ない若い泥棒を改心させ、こ
ともあろうに同居させるとい
う、今ではとても考えられな
いお話です。閉塞した時代に
あっても、家族、隣近所、支
え合いながらエネルギッシュ
に生きる江戸の庶民たちーを
どう表現できるか、が課題で
す。(中山浩充)
︹劇団静芸︺
。昨秋口月、座付作家小島真
木の創作劇﹁風に吹かれて蓑
虫﹂公演で、劇団創立国周年
を記念することができた。
ヂ新しい年を迎え、ファミリ
久保田明/演出)は6ステ
ージ、観客745人。椅子を
100脚ほど用意したが、毎
回不足し、一部お帰りいただ
くほどの盛況だった。
舞台は、地元新聞に﹁小さ
な会場はパンク状態。客席も、
尻が痛くなるような折り畳み
いすでは、観劇の楽しみもそ
がれてしまう。そんな悪条件
下でも、芝居は文句なしに面
白かった。・::入院患者への
同情が激励に変わり、やがて
彼らに励まされている自分が
いる。いつの間にか、尻の痛
みも忘れていた﹂と評された。
脚本のよさに、ごとうてる
よ、岩田史郎、谷川伸彦、渡
辺和江らが今回もいい仕事を
し、新人河村陽子、今泉志穂
も熊山命に舞台を務め、客演メ
ンバーがお客さんを集めるこ
とと舞台を創ることの両面に
わたって協力してくれた結果
と思、っ。
昨春公演された劇団未来の
6
4
6
5
"
"
"
I
I
!
『
司司F
︹劇団はぐるま︺
総
岬
研究所の泌期生卒業公演
市
岡
、 が無事終了しました。 4月
、 叩、日日の2日間で4ステ 1
m
m ジ、観客動員は目標の300
伐 には達しませんでしたが、脚
鈴 本選びから上演まで、自分た
ぬ ちの力でやり遂げたことは、
これからの大きなカになるこ
市
崎
時 とでしょう。彼らが選んだ台
内 本は、成井豊 /作﹁TWO﹂
何 で、研究所担当の三島幸司が
時 演出しました。この研究生の
問 うち、 4人が入団し、夏のミ
斜 ュIジカル劇場にも出演しま
す
。
内
町
怜
この夏の公演は、年が明け
内 でもなかなかタイトルさえ決
内 まらず、ちょっとハラハラし
何 ましたが、劇団内で題材を探
内 し、何回かの討議を重ねて、
れ いずみ療が書き下ろした﹁ア
約 ラピアものがたり消えたオ
判 アシス﹂と決定しました。今
ぬ もなお戦火の続く里泉を舞台
駅 に、現在と民話の世界を行き
合いで確認し全面的に協力す
花
一
も ることにしました。(河野)
私 ︹劇団上野市民劇場︺
為
占領下のイラクにおける、
為 アプグレイプ刑務所での米軍
伐 の虐待問題は、まさしく大国
汎 の者りが、人の行動までをも
兎 粗暴にする結果となったので
市 はと、本当に悲しい出来事に
怜 胸が痛むばかりです。
喝
さて、稽古場でのふれあ
H
怜 い小劇場、﹃芭蕉翁桃青iそ
の内なる枯野から1﹄は好評
市
州 のうちに終えることができま
怜
制 した。初演より改稿されてよ
り人間松尾芭蕉に焦点が絞ら
れて、内なる業が昇華され芭
蕉独自の俳句世界が作られた
であろうことが分かりゃすく
なったと恩われましたが、地
元のお客様には賛否両論でし
た
。
次回公演は、地元に縁の深
い作家である検光利一の戯曲
作﹁男と女と男﹄を7月日日
てご案内しますので、ぜひ参
加をご検討ください。
今年はプレということで県
内の劇団によって同じような
演劇祭を計画しており、わが
劇団も例年は春に行っている
﹁近代一幕劇﹂をこれに合わ
せて参加します。
来しながら、戦いの無意味さ
と、未来への希望をこめた作
品に仕上がっています。すで
に立ち稽古の段階に入ってい
ますが、たくさんのお客さん
の期待に応えられる舞台にな
るものと確信しています。
(内図書鼎)
そのため空白となった5月
は一般公演として﹁夜の来訪
者﹂を四年ぶりに再演するこ
とになりました。
また夏・桑名での﹁全日本
演劇フェスティバル﹂が終了
した8月お白から叩日間、ポ
ルトガル・トマ 1ル市の友好
劇団との合同公演のため、 6
年ぶりに渡欧、﹁種子島﹂を
再演します。州境の大河を海
に見立て、河川敷と船を使っ
た大がかりな野外劇になりそ
うです。
この他の計函としてロ月の
。たけのつ子劇場。は、今回
も劇団はぐるまのご支援で6
月から﹁オズの魔法っかい﹂
︹劇団京芸︺
今期も、﹁そうぺえまっく
ω
日(日)却B(日)4ステージ、
稽古場公演﹁銀河旋律﹂この
作品は再演です。演劇塾から
若い入団者が数名あり、後々
のスケジュールとの関係で、
急遜作口聞を決定する必要に迫
られ選定しました。
第 回公演│第2回ホテル
シアター、 6月5日(土) 2
日ステージ、桑名シティホテ
ル紫雲の問、朗読劇﹁印歳
のラブレター﹂ NHK出版か
ら﹁印歳のラブレター﹂から
│住友信託が全国から公募し
たはがき1枚のラブレターを
一冊の本に!この中から出演
者が好きなものを選んで構成
します。劇団員は若いのでほ
とんどの出演者は公募の市民
です。これら一連の公演が終
わっていよいよ﹁全日本演劇
フェスティバル I Nくわな﹂
の受け入れに突入です。
の準備に入ります。
︹劇団やまなみ︺
.来年は劇団創立町周年とな
ります。記念公演の第1弾と
して﹁モモと時間どろぼう ﹂
第2弾創作劇上演を予定して
います。また、県内の劇団に
よびかけて﹁父と暮せば﹂の
経験をもとに合同公演を計画
しています。
月羽田(土)に﹁ふたり
のイlダ﹂を県立文学館で公
演します。現在 (
5月 下 旬 )
週3回の立ち稽古で追い込み
にはいっています。が、各々
の事情で稽古への集中がいま
いちというところもあり、演
出や舞監などは胃の痛い恩い
で頑張っています。
- やまなし文化祭総合舞台が
県内の文化団体が参加して来
年1月に県民文化ホ 1ルで開
かれます。劇団では県の担当
者と本来の県民文化ホ!ルに
たちかえることを数回の話し
︹関西芸術座︺
本 誌 が 発 行 さ れ る 7月 に
は、全リ演の仲間の皆さん
は
、 8月 の 全 日 本 演 劇 フ ェ
スティバル参加への準備中で
しょう。その頃関芸は、 2年
m
ろけのけ﹂、﹁アスモデウス﹂、
﹁ラスト ・ラン ﹂、﹁さよなら
竜馬﹂が、各地での巡演を開
始いたしました。﹁アスモデ
ウス﹂は、文化庁の本物の舞
台芸術体験事業として、
月
4日の新潟を皮切りに、富山・
石川・福井・京都と南下いた
します。付属俳優教室は昨年
お休みさせていただいて、こ
の4月、幻期生をむかえて授
業が始まりました。
D Dシアター(京芸稽古場)
での公演をなににするか、た
だ今検討中。久々に一般のお
客様にお会いすることができ
るのは、とても楽しみなこと。
その節にはどうぞ皆様、お運
びくださいますように。
7
︹劇団たけぷえ︺
来年目月に﹁国民文化祭・
現代劇大会﹂が私たちの街で
開催されます。小さい街での
大きな事業で、すでに昨年秋
から劇団代表の柴野を中心に
準備が進められております。
古い街の特色を生かし、﹁街
なか演劇祭﹂と銘打って古い
薬問屋などの町屋、神社仏関、
戦前の芝居小屋といった建物
を会場にした演劇祭を計画し
ております。当日、街角のあ
ちこちで、一人芝居や小演劇
を一斉に上演しようというも
のです。
全リ連加盟の劇団には改め
(日)午後2時i前 田教育会
館蕉門ホールと決定していま
す。公演をひかえて劇団員が
猛稽古中です。今回が初舞台
となる+右手もおりますので、
皆でカを合わせて頑張りたい
と思います。(大東)
︹劇団すがお︺
新緑の美しい季節で、絶好
の春公演の稽古日(?)が続
いています。
さて、劇団すがおと公募の
市民で演ずる﹁桑名演劇塾﹂
第4回 公 演 栗 木 英 章/作・
吉良史郎/演出﹁桑名高古焼
l沼波弄山物語﹂は2月沼目
(土)、無事に終了しました。
観客1600人、桑名市長も
出演するという、ま、お祭り
ですが、地元に伝わる陶芸家
の話として、多くの観客、市
民に感動を与えました。
第槌回公演│第凶回ななわ
小 劇 場 成 井 豊/作・坂下和
代/演出、 5月辺日(土)お
-6
6-
-67-
t
ili-可
% に一度のファミリー劇場ぬ4
、 7月初日の初日を前に、
鳴 が
九 あつい稽古をつみあげている
九 ことでしょう。 4回とも演出
伐 を担当する松本昇一一一と、女優
、 であり座付若手作家の勇来佳
t
加とのコンピは、ますます好
、
師
関
調
です。学校 ・演劇鑑賞会レ
パ1トリI ﹁少年H﹂も、中
川
品 学校巡回公演﹁ひとりぼっち
市
崎
内 のロピンフッド﹂も、 I学期
内 を元気に走り始めました。し
﹁ かし、文化行事 ・体育祭まで
作 とりやめて授業数をふやそう
れ とする現状は、劇団を財政危
ぬ 機に追いこんでいます。
凡
前号の追伸です。
山 平成お年度大阪芸術貨を、
岩田直二が、大阪市文化功労
る 貨を河東けいが、また関西俳
れ 優協議会新人賞を﹁少年H﹂
九 の兄妹役の梶山文哉と析崎由
勺 佳が、合わせて4人が受賞し
九 ました。
人
昨年の秋から、自主企画プ
い ロデユ 1ス公演が続きます。
柑 と思っていただければ幸いで
す。彼らはみんなの代表だか
r m らです。最終的には人にはそ
っ れぞれ自分にしかない輝きを
、 持っているんだよという形で
相 幕を降ろします。みなさん、
相 それぞれの自分自身をみつけ
恥ましょう。(朝丸)
︹劇団大阪︺
臥 春の本公演が中止となり、
川 劇団稽古場ではプレヒト・ケ
お ラ1プロデュースによる﹁小
、 市民の結婚式﹂ベルトルト・
市川明/翻訳 怜 プレヒト/作 ・
M 堀江ひろゆき/演出の稽古の
H 真つ最中です。劇団大阪のメ
K ンパーを中心に毎日の稽古に
、
熱
が
入ります。
九
また、今年は新人募集ワ
匂 1クショップも6月より開講
し、新人発掘に力を入れてい
きます。次回の劇団通信では、
町 ぜひとも新人入団/の明る
司 いニュースをお届けできれば
け と思います。
今年に入ってからでも、 5
作品が開花しました。
演出家も作家も、演技者も
自分たちの手で、カで、企画、
制作に挑戦してゆく姿勢は、
創造意欲の発露です。
(小笠原)
︹劇団未来︺
大阪春の演劇まつり参茄
第臼回公演ふたくちつよし
/作﹃山茶花さいた﹄ (6月
日日1日 日 森 の 宮 プ ラ ネ ッ
トホ 1 ル)の本番が間近に
迫っています。稽古に入って
問もない3月初め、演出・の森
本景文が病気入院という事態
になりましたが、幸い4月末
より復帰、波田久夫との共同
演出で進めています。大道具
の仕上げ、役作りと、いよい
よ終盤に向け各々悪戦苦闘し
ていますが、よい舞台をめざ
し熱のこもった稽古場となっ
ています。この公演に2人の
新人が出演しています。また
そして、この夏の全日本演
劇フェスティバルでは昨年春
に公演致しました﹁スナlを
探して﹂広島友好/作 ・熊本
一/演出で、キャストも新た
に非常に限られた稽古日数で
m
(伊藤)
の上演の運びとなりました o
月の秋の本公演と稽古が重
なることもあり、今年の劇団
は夏以降が忙しくなりそうで
すが、皆様とまたお会いする
のを楽しみにしております。
︹劇団 コ1 ロ︺
今年の新作は次のように決
まりました。
たけした"し
ハV F u n v
nu
剛&剛 o
原作/内海隆一郎﹁大づち小
づち﹂(河出書房新社刊)
脚色/土勝弘之演出/村上
嘉利美術/円斉照明/福
井邦夫衣裳/三沢和子音
楽/仙波宏文効果/須川由
樹制作/栗原和子
その後続いて2人の入団者が
あり、スタッフの一員として
参加しています。
4月凶日和太鼓教室生8人
(
男4 ・女4) の卒業発表会
をしました。次の教室は9月
8日(水)から始めます。未
来演劇塾 ・ワークショップを
開きます。 7月3日(土)よ
り週1回3 ヵ月。現在、参加
者募集中です。
4月白・お目、大阪自立演
劇連絡会議(劇団息吹、大阪
府職演劇研究会、劇団大阪、
劇団きづがわ、座 ・わだち、
劇団未来)の交流会が劇団息
吹でありました。わが劇団か
ら叩人が参加しました。全国
の皆さん、この8月、桑名で
お会いしましょう。楽しみに
しています。(則清)
︹
大阪府職員演劇研究会︺
この原稿を書いている今、
台風が通過しています。パン
とかクッキーを販売する仕事
中井剛日歳タケシと呼
ばれたりゴウと呼ばれたりバ
ラバラだ。家族は母親だけ。
その母親が宮大工の工務庖に
食べて寝て仕事も世話してく
れるとこ頼んどいた、と勝手
に決めて来た。棟梁といわれ
るオツサンは﹁まあ、興味湧
くまでプラプラしとき﹂わけ
わからん・。
会場ワッハ上方
日時 9月3日15日
(四橋)
︹劇団息吹︺
全リ演演劇フェスティバル
m桑名に、去年、劇団創立必
周年記念公演で好評をいただ
いた﹃日本の牛﹄をもって参
加します。皆さん大いに笑っ
てください。
でも、その前に、春の公演
を成功させなければなりませ
信が皆様にお目にかかるころ
ん
。 5月お日から羽目までの
3日間、 4ステージ。この通
をしている私にとって雨は悩
みの種ですね。必要ではある
のですが降りすぎても困りも
のです。
さて、 6月の公演に向けて
けいこに励んでおります。今
回は劇団メイクアップジエル
と府職との合同公演が実現し
ました。多数の候補作が挙が
りましたが、最終的に﹁ジユ
エリ1BOX﹂という作品に
決まりました。
この作品はメイクアップ
ジエルの問中敏子さんのオリ
ジナル作品で、何年か前に実
際に上演されたものです。
それを改稿して役者も変
わって新たな作品として上演
します。日常的に何らかの悩
みを抱えていきづまった7人
の人物が登場する物語です。
彼らが一堂に集い、それぞれ
のことで悩み苦しみ、それぞ
れの発見をし何かが見えて来
ます。そんな彼らを観て﹁自
分も同じだ﹂﹁そうだよね﹂
にはもう終わっています。
劇団始まって以来、初めて
別役実さんの作品に挑戦しま
す。しばらくの問、中国へ、
勉強のため留学していた、坂
手日登美の復帰第 l回演出 ・
別役作品2本・﹁寝られます﹂
﹁トイレはこちら﹂。それと劇
団にとっては再演になりま
す、川村光夫さんの﹁めくら
ぶんど﹂を﹁ざとうえぴ﹂と
題名を改め上演します。
﹁ざとうえぴ﹂のほうは木
田昌秀演出です。 1日に3本
も上演するのは、劇団にとっ
て初めてです。とにかく初め
てづくしの春の公演です。も
ちろん大阪春の演劇まつり参
加作品です。演劇まつりもお
回をかぞえます。よく続いた
ものです、まず羽田をめざし
て頑張ります。
8月の桑名でお会いできる
ことを願って、すみからすみ
まで、とざいとうざい 1、ま
ずはこれまでチヨン。(柳辺)
-68-69-
・
ω
-m-U
︹劇団かすがい︺
劇団かすがいお周年記念公
演第l弾﹃貧乏物語﹂(井上
ひさし/作・楢崎英三/演出)
を5月沼目・却日に尼崎ヒツ
コロシアターで無事終えるこ
とができました。今回は﹁お
周年記念公演を成功させる実
行委員会﹂もたち上げ、団員
のみならず、サポートメンバ
ーとともに、日々、制作活動
にも力を入れてきました。
3回 の 公 演 は い ず れ も 大
盛況でした。これだけたくさ
んの人たちが、この公演のた
めに動いてくれているのだか
ら、成功しないはずがないH
と役者陣もいつも以上に熱
のこもった稽古をこの半年間
続けてきました。支えてくれ
天国の梶に喜んでもらえれば
と、表も裏も大車輪で追い上
げているところです。それで
は皆さん、フェスティバルで
お会いしましょうH (里中)
︹劇団きづがわ︺
県民小劇場でサークル員でJ
若手の自主公演﹃タイムリ
R勤務の本多弘志/作﹁雄さ
ミット﹄(オカハシカヲリ/
ん
﹂
を上演しました。
作・河塚俊哉/演出)は、ケ
国鉄からJ R へ、分割民
イコ場で4月日、日日の計4 営化当時の職場を描いたもの
ステージで約加人のお客様に
で、人材活用センターと称し
観ていただき、無事終了しま
て駅や工場の片隅の小屋に労
した。スタッフ・キャストの
働者を収容し、草むしりや文
ほとんどを若手だけのカでや
鎮作りなどをさせた。そんな
りとげ、大きな自信になった
中
で﹁雄さん﹂は、ある無人
のではないかと思います。
駅に配置され、自分の職場が
きて、劇団創立 周 年 記
ど、つなるのか、ど、つ生きれば
念公演﹃稲の旋律﹄(旭爪あ
よいのかを悩み、考え、成長
かね/原作・佐伯洋・西村康
してゆきます。
悦・松本喜久夫/脚色・林田
職場の問題を職場の労働者
時夫/演出)は、クレオ大阪
が脚本にし、職場の仲間に観
東で、叩月日
日に公
てもらう。私たちの芝居創り
演することが決定しました。
の一つの柱でもあり、全芳で
今、脚本の改稿討議などをし
取り組みました。初日は神戸
ながら、ケイコを始めており
職演連の第臼回公演、 2日目
ます。久々の。創作劇。です。
は第必回﹁国鉄演劇祭﹂とし
乞、ご期待ください H
て、岡山職場演劇集団の創作
(山田)
劇
﹁インターナピテレ﹂との
二本立てでした。観客席には
8
位協
会社資本や行政当局による不
当な差別と闘い続けている方
M ︹神戸職演連︺
、
r‘ 私たちは、 2月2 ・2目
四 紀 会 創 立 メ ン バ ー の 1人
であり、西リ演の議長も務め
させていただきました梶武史
が
、 4年間に及ぶ闘病生活の
末
、 4月7日、ついに婦らぬ
人となりました。享年η歳
。
全リ演の皆様には、大変なお
気遣いをいただき、本当にあ
りがとうございました。梶亡
き後も、劇団員一向、全力で
頑張ってまいりますので、変
わらぬご支援のほどよろしく
お願い申し上げます。
梶武史の死という、私た
ちにとっては、阪神淡路大
震災以来ともいえる事態に遭
遇し、上演予定だった﹁カン
ナの咲き乱れるはて﹂を急逮
変更、追悼公演と銘打ち、彼
が演技者として光彩を放っ
た﹁雪やこんこんl湯の花劇
場物語l﹂に取り組む運びと
なりました。残念ながら6月
上演のため、今回万発行時に
は終わっていることになりま
すが、今現在は、だれよりも
︹劇団四紀会︺
既報の通り、私ども劇団
たちが多くおられ、共感の涙
と拍手をいただきました。
今回の公演も、神戸ドラマ
館ボレロの皆さんの全面協力
を得て実現できたことを申し
添えます。また、ボレロの皆
さんとは5月3日の﹁憲法会
議﹂主催の集会に、毎年優れ
た評価を得ている、創作寸劇
として﹁トレピアの歪み﹂を
成功させました。今後ともよ
ろしくお願いいたします。
︹神戸ドラマ館ボレロ︺
4月9 日 、 故 梶 武 史 氏 の
お葬式に参列させていただき
ました。梶さんのお人柄を象
徴するような快晴で、まつ車円
な空と白い雲、そして、笑顔
のご遺影が心にしみました。
数々の竣かいご指導を私たち
は忘れません。ありがとうご
ざいました。心よりご冥福を
お祈り致します。
さて、久しぶりの劇団通信
となりますが・・・ 0
オープンした、客席数200
のホ lル。風光明婦な景勝地
にあります。遠方の方もぜひ
一度おいでください。なお、
恒 例 の 憲 法 集 会 が5月3
目、兵庫県民会館で行われま
した。今年も、浜嶋氏の書き
ひず‘の
おろし作品﹁トリピアの歪﹂
で職演速さんと共に参加。加
分ほどの寸劇で、ストーリー
は、自衛隊が復興支援の名の
下にアメリカによって破壊し
つくされたトリピア国へのり
こむとい、つタイムリーなもの
(この作品に興味ある方はボ
レロまで一報ください)。
今年は憲法への関心が高
まってきているのか、パイプ
椅子を追加するほどの盛況ぶ
りでした。
集会の成功につづき、我々
たスタッフと、観にきてくれ
たお客さんには本当に感謝し
ています。
この充実感と自信を次の公
︹シアター生駒︺
とってもうれしいお知らせ
をさせていただきます。劇団
ボレロの公演8月7、
8日﹁見
果てぬ夢﹂も大成功といきた
いものです。しかし、あと3 カ
月/充実した稽古で、集中
していきたいと思います。
(山本圭子)
演につなげていこうと、 7月
からは、お周年記念公演の
第2弾の準備に取りかかりま
す。ロ月4日・ 5日、またま
た井上ひさし作品で﹃イヌの
仇討﹄をピッコロシアターで
上演します。こちらもすでに
気合い充分、実行委員会メン
バーとともに、ロ月に向けて、
また走り始めます。この作品
に早くも興味を示してくれた
お客さんや、役者として出て
みたい/という方も何人か
いて、第2弾公演もにぎやか
に稽古が始まりそうです。
(松下若夫)
﹃月の砂漠﹂は﹃ドラマの森③﹂
に収録された、楠本幸男の新
境地。作者には珍しく、家庭
の問題に真つ正面から取り組
んだ作品です。また、これま
で楠本による作・演出が続い
ていましたが、今回は山入演
出による楠本作品という初め
ての組み合わせです。ご期待
ください。
劇団の方は新入団員がな
く、入手が足りない状態です。
劇団員募集のポスターをつく
ったり、マスコミに要請した
りですが、今年はどういうわ
けかとんと音沙汰がありませ
ん。みなさんの劇団ではいか
がでしょうか。
︹演劇集団和歌山︺
ようやく公演内容が決まり
ました。9月お日﹁月の砂漠﹂、
和歌浦ア1トキューブ。会場
は劇団稽古場すぐ近く、昨年
今,
-
-70-
8
(岡)
︹テアトルハカタ︺
毎年のように年間スケジュ
ールの検討時期のため、検討
中の作品もあり、ハツキリ書
けないこともあり、ついつい
のびのびになってご迷惑をか
けることになってしまう。お
客様あっての私たちの仕事、
現在、自前公演は少なくして
いるもので、本公演抜きの、
現在のスケジュールです。
九州エネルギー館ホ l ル
で
、 6月日日(日)﹁大きな
柿の木の下で ﹂(サルカニ合
戦より)徳満亮一//作・中村
ジヨ1/演出。他に叩会場で
﹁プレ lメンの音楽隊 ﹂、養護
学校も含め町おこし文化事業
として決まっています。
劇団という形に関して、こ
のままでいいのか?いろい
ろな形の集団体制が活動して
いる現在、これからの若い人
たちの問題も含めて、改めて
温故知新。(中村)
︹演劇集団あり︺
昨年、鳥取県文化財団へ
﹁ふるさとの文学作品をドラ
マリ lデイング﹂としての上
演を提案し、財団主催で、大
正期に翻訳、評論、劇作、女
性解放運動と活躍した、生団
長江の戯曲を、指導者を迎え、
参加者公募を行い、凶日に公
演しました。新しい創造活動
と評価され、今後も継続が見
込まれています。
この公演には﹁あり﹂から
も数人が関わるなか、並行し
て日月9日、兼平陽子/作﹁懐
かしき人々﹂を病後の前田昭
/演出で行いました。
作品内容から、高齢者優待
を行い家族の観客も多く、家
庭内対話もあったり、狭い街
ゆえに高齢者の同窓会的集い
が、何組も見られて、昼夜2
回公演で600人ほどの観客
がありました。
県事業の﹁ドラマリ lデイ
ング﹂では、キャスト・スタツ
の長い間の念願希望でありま
した新人オーディションに、
マスコミ各紙のご協力もあっ
て、なんとロ人の応募があり、
目下演劇ワークショップに参
加し頑張っております。
私たち熟女組は(演出家は
若手、古手と言っております)
初めての試みとして朗読劇
﹁広島第二県女二年西組﹂(関
千枝子著)(熊本一演出)を
6月幻日(日)午前日時、午
後日時の2回公演で生駒の新
しいホ 1ルISTA ﹁はばた
き﹂で上演、ロ月4日(土)
には生駒演劇鑑賞会で﹁印年
目の戦場神戸﹂を生駒中央公
民館サンホ 1ルにて公演予定
です。
﹁原爆﹂﹁震災﹂と社会性テ
ーマ性の高い 2作品が続きま
すが、あまり気負うことなく
生命の尊さ、平和の尊さをそ
れぞれの想いで伝えることが
できたらと願っております 0
低下に驚いている昨今です。
﹁夏の夜の夢1﹂では近年
にない盛り上がりで、演じて
いて、客席が笑いで津波のよ
うに波打つのを体験しまし
た。﹁喜劇作家とか喜劇役者
とか、そんな幸福な身分にな
れるものなら、わたしは周囲
の者に憎まれても、貧乏して
も、りっぱに堪えてみせます。
屋根うら住まいをしても、黒
パンばかりかじって、自分へ
の不満だの、未熟さだのに悩
んだってかまわない。その代
わり、わたしは要求する、笑
いを・:・本当の、割れ返るよ
うな笑いを。:::(両手で顔
をおおう)頭がくらくらする
.
・
・
・
・
・
あ
あ
/
﹂
次は秋か冬に、家族向け音
楽劇の予定。広島友好書き下
ろし。
(引用はチェ lホフ﹁かも
め﹂神西油少し変えて
あります)(広島友好)
A(
フの完全分離などの恵まれた
面もあり、集団離れが見られ、
反省もあります。
9月公演﹁ら抜きの殺意﹂
にむけて新しい仲間も多く迎
え、体制を固め稽古に入って
います。国語の先生の善意に
より、日本のことばの勉強会
も行います。({呂 昼義文)
︹劇団あしぷえ︺
今年開催される﹁第2回八
雲国際演劇祭﹂の参加劇団が
正式に決定しました。今回は
幻カ周辺劇団の問い合わせの
うち、日ヵ国H劇団からの申
し込みがあり、コンテスト公
演には、ベネズエラ、リトア
ニア、アメリカ、エストニア、
スペインからの5劇団、特別
公演として、日本からイエロ
ーマングループ、キューバの
子ども劇団、ベルギーの人気
ピエロ、そしてあしぶえが参
加します。その他、カナダ、
アメリカ、日本から審査員が
(
原
敬彦)
それぞれ l人ずっ、カナダ、
インド、パングラディッシュ、
コンゴ、ケニアからはオブザ
ーバーも参加し、合計日ヵ国
の人たちが集うとても賑やか
な演劇祭になりそうです。
さて劇団の方では、今夏公
演の新作﹁彦市ぱなし﹂木下
順二/作・国山土筆/演出の
稽古に励んでいます。舞台装
置もできあがり、回り舞台を
使った本格的な稽古が始まり
ました。生活の中で生まれる
︹おかしき︺︹笑い︺を鋭く描
いて、深い作品にしたい/と
みんなでがんばっています。
ぜひ、しいの実シアターへ足
をお運びください。
︹劇団演劇街︺
トラムさんとの合同公演
﹁夏の夜の夢ム 1 ンアンドサ
ン﹂も終わり、翌月の﹁注文
の多い料理庖﹂も終わり、一
息っきすぎて、劇団員の人数
︹劇団生活舞台︺
て、第l弾﹁夜の来訪者﹂ J今年創立印年を迎えます。
B-プリストリィ 1 /作・猿
印年の歴史は、ジグザグな道
渡公一/演出。第2弾﹁マン
でしたが、途絶えることなく
ザナわが町﹂井上ひさし/作・
進んできたことを誇りに、い
猿渡公一/演出を上演し、好
ま印年記念の夢に沸いていま
評のうちに終了しました。
す。第1弾は 9月口・回目、﹁ゆ
現在は、小品の戯曲を2本
かいなどろぼうたち﹂。
練
習用テキストとして稽古を
しています。-本は﹁しのだ
劇団の年間スケ ジュールの
妻﹂もう1本は﹁彦市ぱなし﹂
一つに憲法劇がありますが、
この母体である憲法劇団﹁ひ
です。両作品とも骨格のしっ
まわり一座﹂も今年創立日周
かりした戯曲で、現代に通じ
年をむかえました。
る人聞の愚かさ、したたかさ
などを内包している優れた脚
5月3日、憲法劇団﹁ひま
本です。若手たちは、昨年公
わり一座﹂は少年科学文化会
演した経験を生かし、役者と
館で﹁セピア色の戦争﹂を超
して新しい自分を開拓しよう
満員の観客を前に上演しまし
た。イラクへの自衛隊派遣│ と別メニューで、自分たちだ
有事法制の国会審議入りを前
けの練習日を作り、いろいろ
にして、平和憲法への危機の
なエチュードを稽古していま
反映でしょうか、翌日の大新
す。これから暑い、熱い季節
聞は千人の観客と驚きをもっ
が来ます。社会も少しづつで
すが変革の様子が見えてきて
て報道していました。
います。皆さんも大いに自分
に変化を求めて、羽ばたいて
ください。(新平)
︹福岡現代劇場︺
昨年、必周年記念公演とし
ni
臼
つ
勾
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q
δ
F
Jμ'υ'f'J
ペ
ペ ''Jμγ
その後も上演されてきた人気の高い
で上演され、日本では行年に初演、
1971年コメディ・フランセ lズ
ラムに記している。﹁細川寄る魂﹂は
たらす疎外﹂であると、公演プログ
会がひしひしと押し寄せることがも
定し、単なる消費者へと還元する社
いて﹁人間ひとりひとりの存在を否
演劇ライター
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今年は多くの劇団が節目の年を迎えている。印周年が俳優座、
印周年が青年座、東演、東京演劇アンサンブル、劇団仲間などで
ある。そして東京芸術座は必周年、青年劇場は却周年である。長
い歴史の積み重ねの上に今日の演劇運動が成立していることを思
わずにはいられない。そのような歴史的な財産から何を学び、新
たな出発点とするのか、課題は多くあるように思う。
劇団石るつ ﹃相寄る魂﹂
結婚したあとの生活の夢にまで、会
にか、愛の勝利とはなにか、 2人が
もので、第1次、第2次審査の結果
9チlムによる競演となった。上演
月に結成お年祭を聞く)が企画した
このコンクールは谷正雄が主宰す
るギイ ・フ ォアシィ ・シアター (5
シィ演劇コンクール﹂の参加作品。
﹁現代フランス演劇ギィ・フォア
ることはなかった。男と女の微妙な
着いたリズム感をもたせ、あきさせ
うが、せりふに大仰さはなく、落ち
闘してきた努力があってのことだろ
みせていた。覚えにくいせりふと格
の3本の作品に共通したテl マにつ
ック・ユーモア作家の第一人者。こ
であった。ギイ・フォアシィはブラ
ぴ、上演時間は却分以内という条件
本 ( す べ て 一 幕 劇 ) か ら l本を選
センター行き﹂﹁爆弾ごっこ﹂の 3
作品は﹁相寄る魂﹂﹁ストレス解消
走るのである 。野球でも水泳でも主
でも、なにしろ、走る、走る、走る、
シアターサンモ l ルのような中劇場
ザ・スズナリのような狭い劇場でも、
台を注目していくつかみてきてが、
アタl ・ダッシュである 。彼らの 舞
から、幸福とはなにか、戦争とはな
あなたの横に﹂と話しかける 。 ここ
のォここに坐ってもいいですか?
るベンチのところへ彼が近づき﹁あ
プルなもの。冒頭、彼女の座ってい
がひとつと落ち葉が少しというシン
この作品の登場人物は ﹁
彼﹂と﹁彼
女﹂の二人。 セットは公園のベンチ
作品のひとつとなっている。
話 は 展 開 し て い く。 そして、﹁さよ
心理の違いや、落ち葉を拾うシ l ン
く、その走る姿がもう演劇的表現に
なら、また明日 ええ、また明日ね。﹂
﹁
﹂
というせりふで終わる。彼と彼女の
なっているほどである。ここは別格
題が違っても、走ることには変りな
た。ただ、 2人の会話がはずみ夢を
である。
ひとつにも情感があり安定感があっ
不安感や靖疑心などがあきらかにな
さが出ていれば、最後の現実に戻っ
語るシ l ンに、もう少し若さと明る
可能性をみいだしたようである。激
-の公演に触れて新しい舞台表現の
,
J
ター-ダッシュや劇団S-W ・A ・
この舞台の作家もランニングシア
ってくる。作者のいう人間疎外がも
たときとの落差が、より鮮明になっ
たのではないか、と思われた。
x)
(
2月凶日東京・両国・シアター
しい動きを抽象化してしまうという
ことであった 。 したがって、水泳選
あり、いきいきとした感性が素直な
際には水を使わないし、裸になるこ
手や生徒が泳ぐシ l ンはあるが、実
劇団創立必周年記念公演。劇団の
であるし、水泳シ l ンも動きだけの
ともない。プールはイメージで十分
処理で十分であった 。 このあたりは
ドラマをつくりあげたといえる。そ
スポーツをあつかった舞台として
演出の工夫、だろうか、ターンする動
アトリエをつかった小規模な舞台構
は、大阪を拠点にするランニングシ
のところが評価したい点である。
神品正子 /作 印南員人 /演出
東京芸術座 ﹃遠い水の記憶﹂
りはベテランらしい味のある演技を
井乃上芳晩、いとうエリコのふた
内容である 。
たらす現象への警告とも受け取れる
くれしながら、都会に住む人びとの
利光哲夫 /演出
太
郎
心の葛藤が、せりふの行聞にみえか
ギィ・フォワシィ /作
鈴
木
成が功を奏したと感じさせる爽やか
な公演となった 。水泳選手と視覚障
害者との体当たり的な交流が題材で
F
h
u
n
t
一7
4-
歴史的な劇団財産から学ぶものとして
圃
画
園
画
バルセロナ・オリンピックの平泳
ヵハシの鈴木健一朗、校長の浅田和
A-Bのダブルキャストだが、タ
ども、うまく処理されていく。
ぎでメダルが期待されていたタカハ
子など数人は共通している 。健一朗
の体が細いので水泳選手には見えな
きなどにもかなりリアルさがあった。
シは、代表選考会で無念の三位に終
わる 。優勝したのは若いハヤシであ
いぞと思っていたが、舞台ではそれ
らしくみせていたのは立派。視覚障
った 。 タカハシは、競技から遠、
ざか
り教師を目指す。そんなとき、都立
害者の中学生役をやった白木沙織、
谷合芳詩美、それに深井八郎 (
B)
の盲学校から保健体育の教師の要請
があり、それに応える 。視覚障害者
fンベリア抑留。 という題材に出合
ってから7年を経て実現した公演で
ある。リトラニア共和国はロシアの
西側、バトル 三国のなかでもっとも
南に位置する。人口は 3 7 0万人、
国立劇場は日ある 。歌や踊りの好き
な国民性をもっている国である 。演
出のヴアイトクスは2003年度リ
トアニア舞台芸術の最高賞 ﹁リトア
ニア・ナショナル賞﹂を受賞するな
ど、斬新な演出で知られている 。
﹁s
aKura﹂ は、シベリア収容所で
確かに出会っていた日本人とリトア
ニア人の共通体験をもとに、両国の
文化を織り交ぜながら、フィクショ
ンを多用して描かれた作品である 。
稽古中、劇団のひとりは ﹁
彼らの
てリトラニアとの交流を深めてき
アイワラス・ムツクス /作 ヨ lナス・ヴアイトクス演出
術家もリトアニア人なので、普段日
力も確かなもの 。作家、演出家、美
されることの連続です。彼らは国家
試験を通って俳優になるのでその実
自由で柔軟な演技発想には毎日驚か
﹁センポ・スギハアラ ﹂ のリトア
た。合同公演するための作品を探し、
た。リトアニアの俳優たちの演技力
﹁弟の戦争﹄(徳間書庖刊)を読ん
時ウエストールは、あの一方的な戦
岸戦争を主題にした物語ですが、当
場﹂)。そして、﹁弟の戦争﹂は﹁湾
t
巧
,
ヴ
-7
6-
が好演。豆腐庖夫婦の笹岡洋介・西
も持ち味を発揮していた。幡野寛の
堀鈴江 (
A)、ハヤシの中村亮 (
B)
シに敵意をもっ生徒の鈴木一郎をは
美術はシンプルな中に舞台に奥行き
の生徒と水泳を通しての交流が始ま
るが、 一筋縄ではいかない。タカハ
じめ、学校をとりまく環境も厳しい 。
をもたせ効果的であった。
(
3月青・ 4月2日墓京・寺輩・東墓講座アトリエ)
タカハシ自身が泳ぐことによって生
徒たちに自信をもたせていく過程な
劇団銅鐸×ヴァイトクス・スタジオ
。
P ・Sψ(リ ト ア ニ ア ) 合 同 公 演
ニア公演から叩年、銅鐸は劇団とし
ている。佐藤文雄や黒田志保などの
はさすがに力量を感じさせるものが
﹃
saKura-イン・ザ・ウインド﹂
本ではなかなか観ることのできない
動きが、暗い舞台のなかでも確認す
女性陣によるコーラス隊の存在であ
る。舞台上の効果などからみても意
黒
スタイルの演劇表現になります﹂ (
味不明で、理解することができなか
あった 。 不明瞭だったのは日本側の
医師としての立場からリトアニア人
った。
ることができたのは不思議でもあっ
の患者を治すなど、日本側の代表的
(
3月お日 東京・六本木・俳優座劇場)
た。主役のタケシ役の植木圭も好演。
いることが文面からもうかがえた。
な人物設定になっているが、そのあ
いる。かなり、大胆な刺激を受けて
舞台はロシアの辺境に建てられたシ
たりの強気な性格をうまく出してい
徒然に ﹂から)と記して
田志保の ﹁
ベリア強制収容所。 日本人兵士タケ
﹃
ロパート・ウエストール
飛びかい、アクションも多く動きは
ーリーの展開に魅了された記憶が残
だとき、一気に読ませる迫力とスト
篠原久美子 /脚本
青年劇場 GULF (ガルフ) ー弟の戦争﹂
シ・トクナガとリトアニアの女性・
看護婦のオヌテが出会い、お互いに
惹かれていく。しかし、この2人を
めぐって収容所内では事件は次つぎ
なかなか激しい。音楽も金属的で音
争や、戦争をめぐる報道のあり方に
品瀬久男/演出
量もあり喧騒だったが、舞台が熱く
っていた。原作者のロパ!ト・ウエ
と起こる。日本語とリトアニア語が
燃えていたのか、あまり不快感はな
強い怒りを覚え、後半部分を一気に
男から劇作家の篠原久美子に話があ
書き上げたそうです﹂とつづけている。
った。この二人のコンピはすでに ﹁
ケ
ストール (1929193) は、﹁イ
シベリアの犬になった8人の男た
子どもたちにも絶大な支持を得てい
プラ l │あ こ が れ の 星 海 航 路 ﹂ で
ギリスの児童文学作家で、数々の受
ちがしっぽをもって暴れ回る冒頭
の戦争﹂の翻訳者・﹁季刊青年劇
ました﹂と原田勝は記している(﹁弟
かった 。翻訳と字幕スーパーは川本
のシ1ンはインパクトが強い。この
舞台化にあたっては演出の高瀬久
犬たちが日本人捕虜と二役をこなし
賞歴を誇るだけでなく、読者である
原
樺子が担当している。
午
イ
園
画
読み物になっている。﹁最終的に舞
程など、忌嘩のない内容で興味深い
書き直しから始まって作品創造の過
にされている。この対談は、脚本の
グラムでの両人の対談でもあきらか
りハードな作業を経たことは、プロ
共同作業をしていた。今回も、かな
ートしていく。
ムだが、アンデイの行動はエスカレ
﹁夢﹂が始まったとおもっていたト
ラティ 1 フ。イラクにいる﹂と叫ぶ。
岸戦争が始まったとき、﹁俺の名は
ように悲しみゃ苦しみを訴える。湾
聞に載った難民の子にとりつかれた
を起こす。木から落ちた子リスや新
れば単調になりがちだったが役にと
所研修科一年の新人だが、ややもす
トムの反田孝幸はまだ文学座研究
てもよかったのでないかと感じた。
前半では幻想的な暗示を有効に扱っ
少なくとも後半からの登場でよく、
を証拠立ててしまったからである。
多感きが病的背景をもっていること
は面倒見のいい州議会議員。しかし、
てたくましいラグビーの名選手、母
族は理想的な家族だった。父は強く
1990年のロンドン。トムの家
が課題として残されていた。
の舞台にどのように反映させるのか
ここで問題提起されたことが、実際
かなくてはいけない﹂(高瀬)など、
やら、ある確信やらを土壌にしてお
たちができるのは構造やらアイデア
知のものなのです。だとすると、僕
場ではよくても釦%。後の却%は未
した時が完成ですから。だから稽古
登場によって、アンディのもつ心の
の登場が早すぎたことである。彼の
疑 問 に 思 っ た の は 精 神 科 医 ラ シlド
れていない思いをもった。構成的に
の未知﹂という部分がうまく昇華さ
全体的にいうと、高瀬のいう﹁却%
立していなかったことなどもあり、
方的に走ってしまい、会話として成
りな印象が散見されて、せりふが一
心にしたアンサンブルだけに、荒削
れていた。その半面、若い俳優を中
ていて、緊張感のある舞台が構築さ
だ け に 、 即 時 的 な テl マ性は際立っ
具体的な戦争をイメージしている
(2月沼田 東京・新宿・朝日生命ホ1ル)
的だった。
の美術、河崎宏の音楽はともに効果
静さが欲しいところだ。石井みつる
働いていたのだろうが、もう少し冷
からだ。スポーツ選手という意識が
大ぶりで空回りしている感じがした
て聞き取れなかったことと、動きも
ているにもかかわらず、せりふとし
親の杉本光弘だった。高い声を出し
価されていい。残念に思ったのは父
して演じたなみなみならぬ力量は評
精神的に難解さをともなう役を消化
りくむ懸命さ、アンデイの船津基の
台に上がった役者がお客さんに対峠
弟のアンデイは時おり不思議な行動
演劇評論家
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''' ν, vJ, ',v,ッ,v,,︿ハんヤ〆,,,, ν・'︿乍,ν,, ッ,,,,,,シ,,︿勺a,, 'J,
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'ぺ'a'
古い劇団に新しい波
松本昇 一二/演出
関西芸術座の中堅・若手を中心とした個性的な公演が続いた。
2 つについて書く。
勇来佳加
真ちゃんの生き方を肯定するため
一7
8一7
9-
リズム ﹂
関西芸術座 ﹃
森絵都/原作
を進め、笑いを散りばめ、観客を飽
情を説明するにとどまるが、全体の
れた脚色者、演出者はテキパキと話
きさせない。上演時間以上の内容を
居である。この種の芝居づくりに慣
ん。大人は眉をひそめるけれど、中
詰め込むための省略と誇張した演技
高校受験をやめ、バイ ト しながら
学生のさゆきには憧れの人だ。でも、
流れの中で各場面の役割を強調する
ために、個々の演技を薄くしたと理
技者たちによって支えられる。彼ら
に、彼に社会人として一人前になっ
解しよう。
辻棲のあわない展開にはならない。
に積極的に演じさせたのも、演出者
てほしいと苦心する大人たちの行為
軽快なテンポと躍動感は、若い演
ファミリー向けの、ちょっと深刻
の手柄だ。演技は一時的で単純な感
くちゃになりそうだ。
で、でも明るくて胸が温かくなる芝
からなくって、さゆきの心はめちゃ
やめて就職する?何がなんだかわ
表現が、時に過剰なほどだけれど、
和
明
り、バンドも解散。真ちゃんが歌を
神
津
真ちゃんの両親は離婚しそうにな
バンドで歌っている従兄弟の真ちゃ
脚
色
わっても、自分のままでいられる﹂
リズムをとれば、周りがどんなに変
て終わっている。そして﹁心の中で
れ以外の人たちは平板に描写され
役柄だが、家族や先生といった、そ
たちはテンション高く面白みのある
みは描かれていない。さゆきと親友
在させられ、個人の人格としての悩
さゆきにとってのシンボルとして存
ことは気になる。そして真ちゃんは
が﹁押しつけ﹂として表されている
谷は見かけは繊細だが、気が強くド
リストの方がふさわしいだろう。境
という設定より、常識をもったリア
想像力豊かでお話を作るのが得意、
ナミックな動きで観客の目をひく。
には大柄すぎるが、明瞭な声とダイ
女の子を具現化している。恒川は役
もなく、落ち込まないのが取り柄の
力みも見えるが、勉強が苦手で特技
オが頑張った。岡村は声に癖があり
砂)、境谷純(陽子)の中学生トリ
(2月 お 日 開 芸 ス タ ジ オ 所 見 )
で明るい演技で好感がもてるが、少
しは陰がほしい。
好演だ。真ちゃんの丸山銀也は素直
をわざとらしくなく示して、これも
思わせる。演じた紫翠聖はその変化
り、本当の主人公なのではないかと
いう彼こそ自分の夢をもっ人物であ
家業の魚屋を継いで日本一になると
ないが、次第に男らしくなってゆき、
き虫のテツが加わる。始めは目立た
する。これにさゆきの幼馴染み、泣
テl マとしては素直だろう。
の部分が描けた。むしろその方が、
くてはと気づくという、精神的成長
さなものでも自分自身の夢をもたな
分﹂の代理にしていたさゆきが、小
できたろう。だが若者たちが保護者
に富み〆芝居好き。を感じさせる。
る面白い俳優だが、その演出も工夫
が巧みで演技にユーモア感を漂わせ
員を集めたユニットだ。台詞まわし
優・福寿淳が中心となり、若い劇団
﹁れぷているず﹂は劇団の中堅俳
城土井大智の伊沢が、要領は悪
使われていた。
う手法、だが、今回は結構、効果的に
る。彼は初年前、学生時代の井沢が、
に、褐色の肌をした青年が訪ねてく
ある寺の新米住職・井沢のところ
異なり、人情喜劇に近いものがある。
とした暖かさは、松本演出とはまた
舞台全体から受け取られるほのぼの
﹂
ジも踏むというアンバランスを強調
﹃心の面影 j マイケルと私 j
岡村直美(さゆき)、恒川愛子(美
顔でマイケルと﹁交流﹂しているだ
いが誠実で、他人のために努力を惜
淳/作・演出
借金がもとでやくざに追われ逃げ込
けでは、舞台が止まってしまう。そ
しまない好人物を表現して、成功し
ω
刃O刀己一
とい、つモチーフがたつてこない。だ
がその代わりに、﹁リズム﹂の続編
にあたる﹁ゴールド・フイツシユ﹂
と併せて台本を作ったことによっ
んできた男に頼まれ、数日間、下
こで、逃げた男がマイケルを連れに
て、真ちゃんを﹁夢を追いかける自
宿で一緒に暮らした孤児、マイケル
戻ってくるのを待ち受けるため、や
ている。演技がこぢんまりしている
のぼる。
くざが伊沢の後輩の受験生に変装し
だった。井沢の記憶は初年前にさか
人々が他人に対して無関心にな
が、役の気持ちと自分の気持ちをう
を演じる増田宏之は、憎めない困っ
まくシンクロさせて、感情の動きが
た奴を演じて面白い。やくざを演じ
て部屋に居候するという不自然な設
ばなるまい。彼もやはり施設育ちで、
る梶山文哉は、持ち味が凄みから遠
り、親が子を虐待することが珍しく
る一人の善意に、周りの者が当たり
結局マイケルたちに同情し、親分を
いが、好人物を装う﹁後輩君﹂の時や、
自然に見えてくる。お調子者の友人
前のように協力してゆく、そんな心
にするだけの、彼を中心にした展開
裏切って足を洗うという展開を必然
伊沢の話に心を打たれてマイケルた
ことがもっと芝居を動かしてゆかね
のつながりの素晴らしきを描きたい
ちを見逃す決意をするあたりは、は
定が持ち込まれた。それなら、その
というのが、作者の意図である。演
がほしい。踏み込みが足りないとい
まっている。﹁リズム﹄と共通して
てまで他人のために骨を折ろうとす
技の深まりは不足するが、みんなで
ム﹄に共通するのだが〆なにげな
うもどかしきが感じられる。﹁リズ
ない風潮に対して、自分を犠牲にし
暖かく楽しい気分を作り出そうとい
人、太っ腹の大家のおばさんを、苦
出ている恒川愛子が、若者の中の大
施設で育ったため周りに蝿びる
エクセントリックな人物に凝ってし
い人。の描き方が弱く、笑いをとる
癖がついたマイケルが、若者たちと
まっている。
うことで、まとまっている。
の交流で彼が大きく変わってゆくと
舞台で演じられない場面をスライド
(4月お日 関芸スタジオ所見)
頑張った。
れるべき役だけに気の毒だが、よく
労して演じている。ベテランが振ら
ていることを誰にも隠さなければな
で映してゆく。注意を分散してしま
演出の工夫として、舞台転換の問、
らないとなれば、ドタパタの展開も
いう展開も描けただろう。彼を匿っ
圃
-80-
-81-
福
寿
画
『
圃
画
人間座
﹃翁家﹂
田口竹男/作
言葉に惹き付けられた京都の舞台
京都木屋町に印年続いた老舗旅
を記す。
館、翁家。女主人・つねが頑なに
守ってきたが、不景気と戦争に向か
う時勢には抗せない。こどもたちも
後を継ぐ意志はなく、時代の流れの
中で、翁家はついに人手に渡ること
になる。
巧みな京都弁が芝居の世界を作
り、登場人物を生き生きと 描写して
いる。複雑なニュアンスをはらんで、
複数の層にわたる感情をほのめかす
と同時に、表れる言葉と 本心の聞に
距離を置き、人間関係における武器
として働く。それはまさに。ソフイ
ステイケイト。という表現にふさわ
しい。そんな言葉に固まれて暮らし
A
談役になるかと思えば、借金取りか
ら逃げるためにたびたび翁家に潜り
込んでくる、頼りなきもある京男を
てきて、ふとすべての遠慮、気遣い
子・要吉で、二暑かを構える表具師で
ニム﹂から客演の松田潤はつねの息
落ち着いた演技で表現する。﹁アノ
がなくなって、ありのままの状況に
徹/演出
さらされた時、大きな寂しさの中
いことを他人のせいにして愚痴る、
ありながら、何かというと都合の悪
分が翁家を支えているという自負、
つねを演じる菱井喜美子には、自
をほのめかす。仲居のおくにの武田
ることによって、つねの強さ、圧迫
というよりウジウジした娘を造形す
わがままで甘えの強い坊ちゃん気質
維持しなければならないとい、主貝任
整子がまた良い演技で、主人二ゑを
チェホフの﹁桜の園﹂を、農地改革
感、雇い人への気配り、思い通りに
客観的に見ながら、そつなくつとめ
が抜けない男を見せてくれる。養女・
ならないこどもたちへの恨みと、そ
る遣り手ぶり。京都弁の扱いも菱井
を背景に、没落華族の話として京都
れを許してしまう母親の甘さ、そし
秀子を演じた江本佳代子は、控えめ
て無力を感じた時の孤独、こうした
の違いを示していた。それぞれの役
柄がたつてくる演技で、良い舞台に
とは異ならせ、主人と奉公人の立場
した演技の中に見せていた。適役だ。
(3月 別 白 人 間 座 ス タ ジ オ 所 見 )
仕上がっていた。
敦。世間慣れした商店主でつねの相
つねの弟の由造は﹁冬芽舎﹂の氏田
さまざまな感情を併せて、しゃんと
弁でやってみたくなった。
に落ち込んでしまうかもしれない。
4
ーその内なる枯野から﹄
久保田
た。パスを降り立った伊賀上野市産
(叩ステージ)
劇団名古屋の稽古場は熱田妙安寺
業会館前の観光案内所の女性は、福
杉森正美/演出
の境内にある。ここには芭蕉の﹁此
た。芝居小屋の在りかをていねいに
教えてくれた。上野市民劇場は市民
北さんの芝居のあることを知ってい
の道中に巡り、七部集の最初に位
権を持っている。半日、上野公園に
のうみに草鮭すてん笠しぐれ﹂の句
置する﹁冬の日﹂を成したのは名古
翁生{永から縁の地を巡った私は、そ
の締めくくりとして、丸の内芝居小
ある芭蕉翁記念館から俳聖殿、芭蕉
屋の職の立つ上野市民劇場の小屋に
屋であった。その名古屋から伊賀上
私は井上ひさしの﹁芭蕉通夜舟﹂を
座った。どんな芭蕉が現れるか。
ピルの 3 階 の 決 し て 広 く は な い
は芭蕉俳譜のわび、さび、かるみの
成り立ちを描く井上芭蕉論でもあっ
読んだ。歌仙にちなんでお景。これ
野まで高速パスで1時間半。車中で
碑がある。芭蕉が﹁野ざらし紀行﹂
島田九輔/作
﹃芭蕉翁桃青
上野市民劇場︿ふくきたわかっ一人語り﹀
劇団名古屋
アトリエ公演を観てまわる
a
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e〆
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,
a
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a
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4
本
中部ゃフロック春の公演より
稽古場を劇場とすれば、手狭で
あっても本番さながらの稽古がたっ
ぷりできる。仕込みから本番までわ
ずか一目、ゲネプロすら不十分なま
い展開はしなくてすむだろう。キヤ
ま幕を開けるホi ル公演のミスの多
パは少なくてもステージ数を多くと
れる。土、日3 ステージ、初日・中
日・楽日がいいとこの公演に比べれ
ば
、 2週間にわたっての週末公演も
できよう。加えてご近所にも働きか
け、文字通り地域に根差す劇団の力
量のほどを確認もできよう。中部ブ
ロック3劇団のアトリエ公演はそれ
ぞれ積極的な意欲の感じられる公演
であった。
明
-828
3
松
圃
画
と、ゆっくりと現れた福北芭蕉が静
冥土への途次であろうか。ゆっくり
枯れ野であろうか。はたまた芭蕉の
けめぐり﹂の﹁夢﹂に現れ消える
した、﹁旅に病んで夢は枯れ野をか
す。そこはわずかなススキを背景に
空間に一度消えた明かりが再び射
という女性の存在を浮かびあがらせ
子どもをなしながら、早逝したお考
れる。島田作品では江戸に出る前に
まおうとした女性寿貞がいたといわ
恋の女性で、晩年の一時期、共に住
フィクションを交える。芭蕉には初
田九輔はここで大胆な仮説を立て、
つぶやく福北芭蕉の最後のことば
た男の﹁夢は枯れ野をかけめぐり﹂
とし、命ともし、俳聖とまで呼ばれ
も恩われた。俳譜を生涯のなりわい
生きることの、業が語られていると
の影と共に在らざるを得ない人間の
す。それは芭蕉のみならず、常に死
に解答はみえない。聞い続け生き続
の﹁夢はなんであったのかのう﹂と
けた人間芭蕉の姿がくっきりしてい
るのである。そして江戸の芭蕉の許
に妾奉公にきたお考似のお貞、さら
た
。
で全く別物になるのではないか。懐
自在な展開が、福北芭蕉には可能で
な語りを語らせてみないか。そんな
自身にも予測のつかないようなそん
女性の死の影と共にあったことを示
語りの本筋は、芭蕉の生涯が3人の
まうエピソードを加え、福北芭蕉の
のシェイクスピア﹁ハムレット﹂を
さて、男版﹁楽屋﹂は名芸なじみ
は思う。
り返って思う、その思いはその時々
人生はもはや変えようもないが、振
ふとこんなことを考えた。過ぎた
かに語りだした世界は::。作者島
に芭蕉が江戸に連れて行き、後に桃
一人芝居は時に観る者に過分の緊
印と名乗らせた友之助が妹の子では
なく、実はお考との聞に出来た芭蕉
の言いよどみにも余分な心配を感じ
張を強いることがある。ほんの少し
させてしまうことがある。福北さん
の実の息子であったと。その桃印が
らには桃印、お貞が芭蕉に先だって
は見事だった。少しの不安も抱かせ
お貞と通じ、芭蕉の許を離れる。さ
死ぬに至る悲劇の因が芭蕉その人に
ず、芭蕉の人生を静かに語っていっ
た。我と我が人生を語っているかの
あったと、語り続けられる。
子守する少年時代の芭蕉が不注
かしきが官房るとき、恥ずかしきに身
公演している名古屋の劇場の﹁楽
ようであった。
もだえしたくなるとき、悔しさに狂
はないだろうかと、私の夢はさらに
意ゆえに妹のおひさを水死させてし
い出したくなるときなどなど。演出
屋﹂。東京を捨て名古屋へ戻り、こ
くれば、劇団名芸のファンなら作者
してベテラン墓掘り(佐野秀明)と
なハムレット役者(佐藤智洋)、そ
若く長身の、まだ役者としては未熟
ガイモみたいな顔の男(高村真こ、
の﹁ハムレット﹂を演出するジャ
かけめぐったのである。
(4月9ju日)
の杉森正美さん、印分の語りがどん
な響きになって現れるか、福北さん
第9回研究公演﹀
劇団名芸 ︿
(9ステージ)
栗木英章/演出
西と東に別れているが、私の家から
は、清水邦夫に伍して、男版﹁楽屋﹂
劇団座付き作家である栗木英章さん
ぞらえられると、栗木さんの演劇論
込まれた赤い布が﹁民衆の旗﹂にな
て、栗木版ハムレットの随所に織り
-84
-85-
﹃楽屋 l 男と女の﹂
清水邦夫
地下鉄一本でつながっていて所要時
を加えた。さらにその外枠に、かつ
にもなっていた。
の当て書きと読めなくもない。加え
間却分。昨年の後半は名古屋劇団協
て舞台に立ったことのある、営業マ
劇団名芸での本格的な初演出に、
議会合同公演の稽古場として毎日演
られ、劇場に飛び込んで観る舞台と
さて、清水邦夫の本番﹃楽屋﹄は、
なる。もっとも、夢の続きと思えな
夢から覚めた営業マンが、夢にあお
ずは男版﹁楽屋﹂を始める。いささ
くもない。男とすれ違うナレーター
の仕事に倦んだ一時の夢として、ま
か幼い営業マンの演技は、さほどの
ン(山本龍介)を登場させ、この男
劇場で本公演、子ども劇場が繰りひ
効果はあげなかったが、この後展開
(栗木慶子)は﹁日々のいのちの営
ホlムシアターでもあって、この小
ろげられることもある。天井は高く、
する世界を親しみあるものにしたと
安定感がある。
舞台間口も広く、客席、舞台ともに
出に通ったなじみの場所だ。名芸の
劇団名芸の小劇場は、名古屋の
作
圏
画
い。悲しい日々には心をおだやかに
しみをまた憤りを抱かないでほし
みがときにあなたを欺いたとて、悲
が、時に切なく、哀しさまでも感じ
くる。それぞれの舞台にかける執念
を返してほしいとこの楽屋に戻って
を崩し入院していたD は、ニ lナ役
はないさ、毛穴ぜんぶから血が噴き
なく味わってんだよ:・:分かるはず
噴き出す思い・:・あたしゃ何十回と
の毛穴という毛穴からじわっと血が
験したことはないだろ、この髪の毛
パであり、この劇団の豊富な女優陣
出す感じ:::相手を刺すか、自分が
0.
保てば、きっとふたたびよろこびの
させた(チェ Iホフもまた名芸のレ
私が観た日の女優たちは、目の横
死ぬか::・あんた、自分が肌えるっ
日がおとずれようから﹂とつぶやく
には、かくなる葛藤もありなんと内
:ひとり:::一晩中5時間も6時
に火傷の痕のあるAを長田芳江、喉
間も・:あれは人閉じゃないよ、猛
ての聞いたことある?肌えるんだ
さて喉元の傷がB の自ら命を断っ
獣の肌え声だよ﹂と口にするときの、
よ:::アパートのトイレにこもって
たことを示し、目の横の火傷が A の
女優のすさまじい孤独や荒廃までも
は余談)。
空襲で死んだことを示すのは分かる
輪を知る者には思わせられもしたの
き な 枕 を 抱 え た 女 優Dを 武 藤 陽 子
として、さらに欲を言うならば、三
を、客席に届けていただろうか。
に包帯を巻いた Bを野田江美、ニー
が演じた。舞台は清水作品の引き締
まった構成と、 A、B の掛け合い漫
好十郎の﹁斬られの仙太﹂でその他
ナの扮装をしたCを近藤亜由美、大
ムよく、テンポよく運ぶ。せりふは
1977年 に ﹁ 楽 屋 ﹂ は 書 か れ
才的な言葉選ぴを、栗木演出はリズ
た。清水邦夫の目線には、戦争の死
があったに違いない。この芝居のラ
大勢の博徒役をしながらプロンプを
ストシl ンは、チェ 1ホフの﹁三人
明快に飛び交い、動きもめりはりが
たC の年が却で、初めて﹁かもめ﹂
姉妹﹂のラストシ l ン﹁生きていか
屍、安保闘争の死屍、そして、主役
死んでも楽屋から消え去ること
のニ l ナを演じること、﹁そりゃね
れた戦時の舞台を象徴していること
のできない A、B の、永久に訪れ
え、女優却年、だてに年齢はくっちゃ
なければ﹂というせりふ、﹁やがて
した A の体験が、男優が戦争に取ら
ることのない出番を待ってメイク
いないんだよ:::あんたなんて、体
の総意があってのことという。
手作りの仕事にしたいという劇団員
あり、観ていて飽きることのない、
する姿。やっと手に入れたニ lナ役
いや何と滑稽か。﹁三人姉妹﹂の世
を目指しながら果たせぬ女優の死屍
に苦しむC。C のプロンプ役で体調
界に似た哀切を確かに客席に届けた
は、客席に伝わったであろうか。ま
時がくれば、どうしてこんなことが
名芸版﹁楽屋﹂ではあったが:::。
いい舞台であった。
あるのか、何のためにこんな苦しみ
舞台は 1987年とプログラムに
があるのか、みんなわかるのよ﹂﹁わ
というせりふを死んだ女優たちが
じゃないわ。生きていきましょうよ﹂
たしたちの生活は、まだお仕舞い
若いもう一組があって、その舞台も
尚子、渡辺あゆみという、いくらか
あった。小川由子、中村透子、加藤
名芸の舞台はダブルキャストで
んでいる。坂は長崎の町を象徴する。
両親をその5年前の豪雨で失った
3人、兄と弟と妹が坂の上の家に住
ある。
語って終わる。だがそれは、この先
兄幸一(磯谷誠)は役所に勤め、弟
人が、家族を成している。朝の慌た
を担っているかのよ、っ。親のない 3
の靴下の世話までをやく妹が母親役
い、家事一般から、その兄の出かけ
の暮らしを支える兄は父親の役も担
藤有香)は高校生である。二掛か3人
慎二(谷口彰宏)は浪人中、妹直子(近
なかなかに面白かったという。
(4月91m日)
本番を迎えることのない、永遠に続
く稽古なの、だから、感情込めて3人
がいえばいうだけ、それは何と残酷、
﹀
劇団演集 ︿創立回周年記念公演 第2弾
﹃
坂の上の家﹂ (8ステージ)
松田正隆/作 村瀬きく子 /演出
ことさら誇張せず、アトリエにふさ
これが初演出という村瀬きく子は、
わしい心遣いで舞台を運び、若い 3
だしさにも、家族の心が感じられる。
られている。劇団演集のア ト リエ公
人の役者もよくそれに応えた。その
台所へと続く。過不足なく組み立て
ある。稽古場の階段を2階へ上ると
演はかつて一度N ・サイモンの﹁映
夕、兄の婚約者陽子(井上雪)が招
2階 へ。上手前方は仏間へ、後方は
左手に客席、右手に舞台が設えられ
いか。日周年記念公演の一つを、あ
画に出たい﹂を上演して以来ではな
劇団演集のアトリエは私の家から
て、舞台は茶の間になっている。舞
待され、ぎこちなくもあたたかい歓
自転車で叩分とかからないところに
台奥の廊下は上手に玄関へ、下手に
えてアトリエで持つこと、すべてを
風呂場と洗面所へ続く。舞台下手は
8
6
8
7-
圃 圏
に義姉の面影をみる。ここにも家族
に父の声の響きを感じ、叔父は直子
が今年もたずねてくる。兄弟は叔父
産を持って現れる叔父(沢田晴こ
日後、精霊流しの時期にきまって土
迎の一刻が演出される。それから数
公演に向けた劇団の心でもあろう。
者のそれぞれの役に向けた心、この
演出の作品に向けた心、 5人の出演
の心にも温もりを生んだ、と思う。
に流れていた。それが観ているもの
じる家族というものの温もりが全体
と続く、たがいを思いやる心のやさ
た﹂の後はレコード庖の話が延々
そうですか、・::そんならよかっ
体の方は、大丈夫とですか?
え、もう謝らんでよかですけん:・・
病院の陽子への幸一の電話は、﹁い
し出は、陽子に両親の被爆が原因の
りたいといい出す。だが、陽子の申
慎二が大学進学をやめて料理人にな
いたからと、婚約解消を申し出る。
ふっと直子が口にすることばがあ
く、叔父と直子が語る夜の場面で、
でもいうものがみえない。ラスト近
弟だけのこの5年の生活の、陰りと
小学生であったか。父母を失った兄
ぎたのではないかということ。妹は
む家のたたずまいが、小ぎれいに過
その上でいえば、兄弟たちが住
りのなさと重ねて問いかけておきた
しまってはいなかったかと、家の陰
ないか。それまでを明るさで流して
を松田正隆作品は苧んでいるのでは
避けることで保たれるような危うさ
しさが、たがいの陰りに触れるのを
の温かさが流れる。そんな中に、石
貧血症が出て、そのことを掛しての
を入学金に当てることにして兄も妹
転身は、叔父が置いて帰った3万円
を上ずらせる。慎二の調理学校への
なぎ、受話器を引き継いだ幸一は声
陽子の命に流れる核兵器のもたらす
は、兄弟の父母の命を奪った天災、
な妹の心のうちの小さくはない陰り
うてもしょんなかとに﹂明るく健気
たとは、なんでやろかつて・::。思
陽子が、自分には別に好きな男が
がほうり込まれる。
断りであったことが明らかになる。
て、思う時のあると。おらんごとなっ
る。﹁:・:ばってん、なんでやろかつ
も了解する。この舞台には、そうと
陰りではないか。
i
v
妹は陽子の入院する病院に電話をつ
はあからさまに口にされないまま通
民営化前夜に当たる、部年8月。郊
まった。政府の意図した、国鉄分割
ん﹀が職場の仲間、地域の人たちと
は刻々と変化していく。その︿雄さ
ている国鉄マンである。周囲の情勢
今泉おさむ
た元分会長の吉川夫妻。近くの高校
記者。まだまだ元気のいい、退職し
配置、出し入れがうまい 。取材する
通常なら無人駅のホ l ム。人物の
かどうかだけに追い込まれてくる。
は人間同士の情は失せ、生き残れる
しだす職場仲間の人間関係。そこで
にも追従する者、闘う者。ギスギス
局。それを見回る駅長。組合員の中
し励行などなどで締め付けてくる当
リーンアップ作戦、集改札での声出
外の駅ホ lムでの人間模様。駅のク
ままに描かれている。閑散とした郊
しの実態が、声高ではないが、生の
移行する過程での、露骨な組合つぶ
現在の、分割民営化されたJ Rに
いく過程が描かれている。
演劇評論家
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﹃雄さん﹂
ベテラン劇団ならではの見どころ
神戸職演連
れた。ここは名称とは裏腹に、態の
州崎雅晴 /演出
いい窓際族、リストラ要員でもある。
本多弘志 /作
第必回・国鉄演劇祭への参加公演。
そして与えられた仕事は、無人駅︿下
てい
過ぎし日、職場演劇、隆盛のとき、
川﹀の特別改札係。その仕事は、日
がな一日、ホ lムに立ち、さして乗
の演劇サークル。それを主体とする
︿演劇祭﹀が続いていたことに驚く。
降客のない、切符の集改札である。
その中核を担っていた国鉄グループ
この日、岡山職場演劇集団﹁インタ
外の駅ホ l ムが舞台。斉藤雄介は
身近に接する中で、自分はどう生き
ではなく、ただ、︿国労﹀に所属し
斉藤は取り立てて熱心な組合活動家
駅の信号係勤務であった。それが突
ていかなければならないかを感じて
時はすでに初年近く前になってし
ーナピテレ﹂の上演もあった。
然、人材活用センター行きを発令さ
-88-89-
••
固
画
る雄さんも、これからの自分の生き
なく、ほんわりと日々を過ごしてい
どなど。この仕事に不満を持つでも
それを追いかけてくる担任の大杉な
から抜け出して遊びに来るチイ子、
民にとって大事なことである。だが
への努力、サービスの向上などは国
いった。公共企業として、経済効率
この移行過程で組合活動は潰されて
チイ子の山本圭子もいい。思えば、
り果てた大工の前に、鬼が現れ、謎
される。日本一と自負していた大工
掛かり工事は幾たび架けても押し流
は暴れ川。時の大臣に命じられた橋
ていく。平安の京都。都に流れる川
岸本敏朗
客の子どもたちを楽しませている。
劇﹀ そのままだが、それはそれで観
加わるとなると、古くからの ︿童話
人化され、それにもちろん鬼たちも
を架けられる、だろうか。川も岩も擬
を手伝おうと。さてさて、大工は橋
を持ち掛ける。解けたら、橋掛かり
もこのままでは首が飛ぶ。はたと困
荒木昭夫 /作
(2月辺日 ・ 畳 県 民 小 劇 場)
とってプラスのことだったろ、っか。
同時に、組合活動の弱体化は国民に
方を考えるようになってくる。
坂井優の雄さんが好演である。そ
の喋り方、持ち味がこの舞台そのも
のを生かしている。吉川の菊地照て
劇 団 四 紀 会 ﹃大工と鬼﹂
OO万回生きたねこ﹂
﹃一
新作は、ガラッと異なり、現代、
品と新作を並べた。神戸市内と明石
ップダンスで始まる。原作を大胆に
たちの激しくリズミカルなヒップホ
岸本敏朗
地域と連携した公演活動。子ども
市で 6 ヵ所の地域公演。﹁おやこ劇
脚色している 。 登 場 す る の は 、 何 度
家族劇場/脚色
たちを含めた、家族が共に楽しめる
場﹂との連携もあり、会場はほとん
街のココソコで見られる少年少女
舞台。それを目指しての活動、初周
でもリセットできる﹃ロボット猫﹂。
地域劇団として結成部年の記念公演
大阪と神戸に挟まれた阪神間で、
いる。地域劇団が、子ども対象の舞
ゲ1タl の﹃お姉さん﹂も手馴れて
どもも楽しめる﹃家族劇場﹄。ナピ
染める色彩を使っている。大人も子
たち。その造形は、子どもたちに馴
舞台美術、さまざまに登場する者
と比較して、作者の才気が感じられ
り樋口一葉﹂・﹁マンザナ、わが町﹂
作者の女性出演者のみの﹁頭痛肩こ
の中では、さしていいとは思えない。
劇団の舞台で観ているが、井上戯曲
を観ている。この作品、いくつかの
別にして、回年﹁袴垂れはどこだ﹂
されている。それを見ると、最近は
ー ネ コ 死 ん じ ゃ っ たl の メ ロ デ
となのか。
本当に﹁可愛がる﹂とはどうするこ
年の舞台。開始したのは花年、と言
ッチコピ lどおりに襖絵絵本が次々
﹁絵本が舞台で動き出す﹄のキャ
あるが、町年からは毎年取り組んで
と聞かれていく中で、物語は始まつ
ト猫﹂は叫ぶ。ただ、﹃可愛がられ
を成し遂げたのは注目に値する。パ
楢崎英三
る﹄だけでは猫は生きられない。美
ンフには、地元・尼崎市長を始め、
井上ひさし /作
劇 団 か す が い ﹃貧乏物語﹂
いる。記念公演として、第l回の作
イに乗せて、どれだけ長生きさせ
るかを少年少女たちが競い合う。
100万回生きた、ということはそ
しい白いメス猫が登場する。﹁互い
れだけ死んだということ。﹁ロボッ
に﹂愛し合うことこその大切さ。こ
多くの祝いの言葉と共に、劇団のあ
台を創り上げる。言い古した言葉、だ
ない。こまつ座の初演パンフには河
ゆみとレパートリーのすべてが記録
の想いが、どう子どもたちに伝えら
が、劇団と何のしがらみもなく、観
れたか、である。
た舞台そのまま、正直に反応する観
上肇家庭史付き昭和初期・女性史年
ゃすいが、戯曲は初日の 1週間前に
表が付いていて歴史的背景は分かり
映させる。
λ
治安維持法違反
の社会での女性たちの生きざまを反
いった女中たちの有為転変が、当時
強要されて逃げ出してきた初枝、と
ニ、婦人記者志望だが芸者を母から
苗、未だ舞台に立てない新劇女優ク
内務省警保局エリートと結婚した早
結婚した美代、肇の教え子でもある
は女性ばかりの 6人。エセ占い師と
4人の歴代女中が加わって、出演者
捕され、処分保留の娘ヨシ。そこに
人と大森ギャング事件に加担して逮
で、獄中の河上肇の留守宅。ひで夫
舞台は昭和9年
手法も︿頭痛肩こり﹀と同様である。
かがわかりにくいし、エピローグの
物語﹂という題名が何を意図したの
脱稿という状態そのままに、﹁貧乏
出
っても、なかで旧年間のブランクが
どが家族連れで埋まっていた。
佐野洋子
演
出
演
出
客と対峠することは、劇団にとって
必要なことであろう。
(3月日日 ・ 畳 オ ル ピ ス ホ ー ル )
i
寅
-90-91-
原
作
--~
--_.-
._--_.
『司司.......---
⑩
いているのが気になったが、エピロ
ても落ち着きを見せ、好演である。
ていく頭として、事態の変化に対し
工藤律子 Hひでが、二暑かをまとめ
こうとする女たちの健気さ、という
苦しい時代の中でも、明るく生き抜
河上肇の写真が見下ろす下で、この
力の腕でもあろう。桟に掲げられた、
ーグでそれが剥がされ、当時の新聞
関みさと Hヨ シ は 、 明 る く 振 舞 う
ラストに再度、初枝を老婆として
ので、それが苦しい。
記事などが出てきたので納得はした
中に、ラスト近くの特高から受けた
長屋住宅。その正面の壁紙が浮
が、いま少し注意が必要である。舞
拷問の恥辱を告白するまでの、伏線
練りが足りないが、総じてテンポは
頭の勢いのいい台詞まわしは、まだ
たのはいい。よくまとめである。冒
し、この不十分な戯曲を面白く見せ
は各々のキャラクターの異なりを出
たのは納得できた。 4人の女中たち
としての憂いを表情の陰に蓄えてい
(5月 却 日 ・ 夜 ピ ッ コ ロ シ ア タ ー
その意図は何なのか。
ているということか。ではあっても、
は、若い初枝のみが、現在生き残っ
ものは感じられる。
を暗転ではなく、照明の変化で行っ
台は休憩なしの110分。場の転換
登場させ、他を紗幕の中に並べたの
いい。ただ思うに、ここは、東京弁
大ホール)
しているのか、ワクワクしながら見
いるので)いったいどのよ、つに料理
ぱ私も一度上演してみたいと思って
ている。これは、演出としての構成
西の湯田でホットな気分
﹃
夏の夜の夢│ム l ン ア ン ド サ ン │
﹂
劇団大阪
の歯切れよさを念頭に書かれている
午切
山口情報芸術センターは図書館
させていただきました。
なども入った総合芸術館、真新しく
た。作者の弁に﹁ヒポリタ逃げる、
広島さんの脚色は成功しておりまし
イントだと思うのですが、その点で
には、どう現代と切り結ぶかが、ポ
古典といわれる作品を上演する
公演、実は会館企画とのこと、チヨツ
りで、いたれりつくせりです。この
タツパ高く、袖が広い、ナラクもあ
﹁夏の夜の夢、ムーンアンドサン﹂、
熊本と2人で観劇に出かけました。
ものの大きな布の数ヶ所をひもでつ
軽やかさもあって(白い幅広、一枚
正面の森の中のシ 1 ンでは、装置の
んをあきさせません。テンポも良く、
舞台を会場いっぱいに使い、お客さ
から、いろんなところから登場させ、
す。客席の後ろから、横から、 2 F
いコンピです。演出のさえを見せま
に却代前半、脂が乗っています。い
広島さんと、演出の柳沢さんは共
が高いと言われている作品(できれ
やれば失敗の少ない、成功の確率
さんが転勤されたため、劇団活動を
トラムは、 4年 前 、 中 心 の 中 島
ています。
ての拍手は、当然厚く、長く、続い
なずいていらっしゃいました。終つ
そして核心の部分ではウンウンとう
わっていました。笑いあり、涙あり、
席の反応も実に良く、ピンピンに伝
いです。舞台がのっているので、客
よりヒポリタの走りきった姿が美し
シ1 シ ア ス の 存 在 感 、 そ し て な に
台は平場で、上から見おろします。
席くらいの中ホールで、客席高く舞
建ったばかりです。ホールは400
ヒポリタ逃げる﹂と書かれていまし
り上げ、樹木に見せたり、草原に見
中止されていたのが、このたび彼が
す。特に若い人たちは、思い切り良
役者たちも皆のびのび動いていま
に歩を進めている感じで、何かいい
喜びも倍加しました。演劇街は着実
いきした顔に出会い、また、我々の
こと。代表の藤原さんご夫妻のいき
ピリうらやましいですね。
たが、アマゾンの女王ヒポリタを大
せたり)たいへん美しいシ l ンを創
する女性として登場させ、ライサン
く好印象、魅力的です。ベテランの
王のシ lシアスとまじめな愛を追求
ダlデイミ1トリアスの若者2人に
作品が生まれそうな予感がします。
風が吹くかもと、ホ ットな気分にな
ク役の方の柔軟さ、ボトム役、な
りました。
方たちも達者な方が多く、特にパッ
えられないくらい動き軽やか冗舌で
ほれられ、森の中を走りまわるので
にほれます)。そして大いなる和解、
す。ォ lベロン、タイテ1 ニアの個
今年はどうも山口あたりから、いい
ハッピーエンド、 4組の男女の愛の
性的なつくり、イlジアスの実直さ、
んと広島さん、あの無口な方から考
形をおもしろおかしく、うまく描き
m ・mm日 山口情墾玄術センター)
(2月
分けていました。
ある(原作では2人の若者はへレナ
帰って来たので、また再開したとの
いに活躍させています。原作では、
り出していました。
高に楽しめる祝婚劇。
妖精と人問、男と女、日常と夢、最
広島友好/脚 色 柳 沢 悟/演出
w ・シェイクスピア /原作
山口で劇団演劇街とサークルトラ
進
始めと終りにしか出てこないのに、
ムの合同公演があると聞き、劇団の
本
圃
画
内ノ U
A吋d
J
内
nwd
︻
第2回八雲国際演劇祭︼
H月3日から 7日まで
づくりの演劇祭は確実に成長
を重ねてきました。
過去に開催した﹁プレ大会﹂
では3 カ国5劇団が、﹁第l
回﹂では5カ国7劇団が参加
しました。そして今回、イン
ターネットで世界へ情報発信
する一方、海外の演劇祭への
視察ゃ、劇団あしぶえが海外
の演劇祭に出演した際にP R
した結果、世界幻カ国幻劇団
から問い合わせが殺到、日ヵ
国比劇団から参加申し込みが
ホりれソ幸AF1
レれ九。
今回は特に﹁次世代を担う
子どもや若い人たちの参加﹂
に重点をおいて開催します。
牢キューバの子ども劇団来日
この劇団は、海外の国際演
劇祭でも高い評価を受けてい
ます。同世代の子どもたちは、
彼らの上演にきっと目を輝か
せることでしょ、っ。
*ベルギーのクラウンが上演
劇場が小さく客席に限りが
あるため、チケットを購入で
きなかった人や、年齢制限で
入場できない小さな子どもた
ちから中・高校生まで、多く
の人に演劇に触れてもらうた
め、劇場の近くに﹁子どもの
広場﹂を設けます。その目玉
がクラウンの上演です。こち
らは無料でたくさんの方に観
ていただけます。またこの広
場では、差いボランティアス
タッフたちがすすんでリーダ
ーとなり、フェイスペインテ
イングなどの企画も意欲的に
すすめています。
﹁演劇が暮らしに根づくた
めに、子どもや若い人たちに
もっと演劇に触れてほしい﹂
と考え、この好機を活かして、
将来、演劇や演劇祭に関わっ
-出席者
こばやしひろし、藤本昭(は
ぐるま)、鈴木弘文(夜明け)、
柴野千栄雄(たけぷえ)、小
島真木(静芸)、布施佑一郎
(からつかぜ)、境野修次(石
るって土屋隆司(演集)、栗
木英章(名芸)、伊藤豊子(は
にわ)、島田たろう、鈴木正
彦(個人)、長井満(柏崎演
劇研究会)に、︿酋﹀から楠
木幸男(和歌山)、東川宗彦(個
人)のお2人、そして基調報
告者として出席願った井上洋
氏(名古屋学院大学助教授)
の計回人である。
-討論作品
﹃イチャレパチョ l デl
ー少年たちの沖縄レポート﹂
作/藤本昭
﹁舞い降りた兵士﹄
作/島田たろう
﹃わが街は、緑なり﹂
作/柴野千栄雄
ていく茅や力をじっくりと育
てたいと思います。子どもや
若い人たちと共に、小さな村
から演劇による感動を広げま
す
。
今秋はぜひ、八雲村へ。
(八雲国際演劇祭事務本部
福因縁子)
08521Ml2400
-問合せ先
井上氏は加数年前、名古屋
演劇鑑賞会のサマ 1セミナー
で私とパスにたまたま並んで
座って以来、手紙などにより
細々とつながりを持っていた
縁で、今回やや強引に報告を
お願いした。
彼の専攻はイギリス行政史
(mm
世紀)であり、演劇とは
少し距離をおいた観客の立場
なのだが、リアリズム論の歴
史的経緯や、私の拙い問題意
識を記した愛知文団連の機関
誌内容とも連動させて、私た
ちの立ち止まっている地点を
的確に分析された。特に個人
的にこたえたのは。作創の動
機自体に潜む政治主義←主題
の限定←笑い、批評性の喪失。
という指摘である。
氏の言、つよ、つに。メッセ
ージ性は大事なことであると
-基調講演
そして観劇作品として、前
記﹃桑名高古焼:・﹂である。
参 加 劇 団 決 定 8ヵ国 9劇 団
〈コンテスト上演) 5劇団
リトアニア「アグリジャ j
エストニア fKAシアター」
ベネズエラ「テアトロ・サン・マーチン・デ・カラカス J
スペイン
「アウラ・デ・アート j
アメリカ
「アルトゥーナコミュニティシアター J
〈特別公演) 4
劇団
キューパ
「ラ・コルメニタ J
ベルギー
「ジョンナ・シアターj
日本
「イエローマン・グループj
日本
「劇団あしぶえ」
島根県八雲村で開催
﹁演劇を人々の暮らしの中
へ﹂という強い思いのもと
に、八雲村に﹁しいの実シア
ター﹂が生まれて叩年目にな
ります。劇団あしぶえが、地
域とともに一歩一歩創り上げ
てきた﹁八雲国際演劇祭﹂も、
今回で通算3回目となり、手
全リ演︿東﹀
栗木英章(劇団名芸)
日時/ 2月沼日(土)却日(日)
会場/三重県桑名市
市民会館会議室
会場は今年8月に開催され
る﹁全日本演劇フェスティバ
ル﹂のメイン会場で、ちょう
どお日に市民参加劇﹁巷説
桑名高古焼│沼波弄山物語﹄
(作/栗木演出/士口由民史郎)
が上演されていたので、その
観劇と合わせての会となった
わけです。したがって、この
劇の仕掛人でもあり、フェス
ティバルに開催(助成金っき)
への尽力をしてくれた劇団す
がおの加藤武夫氏にすっかり
お世話になりました。また準
備を手伝ってくれた島回たろ
う氏、鈴木正彦氏にもあわせ
てお礼申しあげます。
94-
-95-
第8回作家会議の報告
-総会のたびに創作の重要性
が確認され、書き手の一人と
して、あるいは﹁作家会議﹂
事務局として責任を感じてき
ましたが、やっと第8回目の
集まりを持つことができまし
た
。
桑名市民会館で
2月 28、 29日
、﹁ノ。
して、そのメッセージは﹁伝
える﹂のでなく、﹁提示して、
それが伝わる(各自で多様に
受けとめられるこというこ
とではないか。について、今
回の討論作品の話し合いでも
論議が深められていったと思
よく準備された資料を紹
介できないのが残念だが、末
尾に記されたウエスカ1の発
言も示唆に富んでいて、読み
ながら私は、平田オリザの近
著│﹁リアル﹂だけが生き延
びる│の次の一節を思い出し
た
。
:::演劇はテ l マではな
く、作家、演出家の世界観
で勝負する。:::﹁私とあな
たとはこんなに違うけど、一
つの共同体がつくれますか﹂。
演劇をつくることは、自己と
他者を峻別するこの間いから
始まる。・:
自作の舞台を観てもらうの
は、うれしい反面、冷や汗も、
どっと出る。作品については
甘い評価もいただいたが、結
局、長短ともども歌舞伎畑出
身の演出(吉良氏)に救われ
たというところだろう。地元
密着型の創作と舞台化の実践
ということで、今後も継続し
ていく計画なので見守ってい
ただければ幸いである。
-おわりに
︿東﹀作家会議も、かつて
は故萩坂氏もカを注ぎ、岡安、
平石、北野茨・:と力量ある作
者が参加、輩出していったが、
現在は期待に応えるに到って
いない。︿西﹀は﹃ドラマの
森﹄を刊行し続けて、間もな
く4巻目が出されるというこ
とで、注目し、また学んでい
きたいと思う。
今回初参加の長井氏は、地
元紙﹁越後タイムス﹂に好意
的な感想を寄稿してくださっ
-作品討論の概要
一、﹃イチャレパチョ lデ 1
1少年たちの沖縄レポート j
。出会えば友だち。と一言っ
たサブタイトルのつくこの作
品は、沖縄へ修学旅行に行っ
た高校生たちの行動をテンポ
よく追っているが、評価は厳
しい。一見、現代的のように
みえて作者のドラマ観は古く
て浅い。井上氏の﹁・:善とか
正義とか、悪とかいった観念
を人格化したものを動かして
いるに過ぎない:﹂がそれを
指摘している。ねばり強く創
作を続けている彼の作品の、
格闘、改稿、上演を期待した
、
。
LV
二、﹁舞い降りた兵士﹄
これは名古屋演集の創設者
で、東リ演元副議長の若尾正
也氏への思いを脚本化したも
のと言える。私が中座した関
係上、東川レポートを紹介さ
せていただく。
││戦後ある程度時聞が経
過して、天国から正巳という
人物が、婚約者であった女性
の心の中へ舞い降りてきたと
いうお話。﹁よくまとまって
いる﹂﹁いい演出と出会うこ
とが大切﹂﹁最後の、夢だっ
たのかとい、っところはカット
してもいいのでは・:﹂等々の
意見││
とも交流しつつ、この作家会
議を続けていきたいと恩う。
全リ演のより多くの参加を期
待して、とりあえずのまとめ
とさせていただく。
︿以上﹀
﹁新春大交流会﹂報告
た
。
ねばり強く書き続けている
人も散在するし、基調報告し
てくださった井上氏のような
逸材が各地にみえることも心
強い。少々あせりながら、︿西﹀
全リ演関東ブロック
その後、快く引き受けてい
ただき、実行委員会からの﹁つ
まみは乾き物だけではなく
て﹂とか、﹁やはり刺身はあっ
たほうが﹂とかの身勝手な注
文ごとも快く受け入れていた
だきました。
実行委員会では、何人くら
いの規模にしようかとか、と
ころで﹁ひの﹂の稽古場の広
さはどれくらいあるだろう、
とか、何人ぐらい入れるのか
な、とかと鳩首協議。まず、
各劇団、何人ぐらい見込める
2004年 ﹃夢と希望を語ろう﹄
久しぶりの関プロ新春交流
会が東京都日野市の劇団﹁ひ
の﹂の稽古場で開かれました。
何回かの東会議の総会で、
元気な活動報告もされていま
したので、激励かたがた元気
をもらいに劇団﹁ひの﹂でや
ろう。と関プロ事務局会議で
出され、その場で﹁ひの﹂に
電話を入れ、折よく劇団代表
の佐藤利勝さんがいましたの
で、申し入れをすることにな
りました。突然のことでびっ
くりしていました。
私見だが、島田氏の古巣演
集で上演が実現しないものだ
ろ、っか。
、﹁わが街は、緑なり﹄
桑名高古焼・
﹂
・
すでに作者の地元(武生市)
で上演された﹃君は、武生を
見たか/﹄の改題で全体に好
印象を与えた作品といえる。
ここも東川レポートを借用さ
せていただく。
ー武生市に伝統越前打ち刃
物職人のあとを受け継いだ伸
行のところで幼なじみの奈
津子(医者になってコンゴで
N P O活動)が戻ってくる。
医院の跡を継ぎ、伸行と結ぼ
れるが・・・・・・ゃんしき踊りや式
部会の活動などがからみ進行
していく。﹁テンポがよく好
きな作品﹂﹁奈津子の内面が
もう一つ分からない﹂﹁式部
の風景をもっと入れてもいい
のでは:・﹂等々の意見│-
回、﹁巷説
か出し合おうとい、つことにな
り、その結果、﹁ひの﹂は場
所提供者だから多くを見込め
るので、予算のこともあり、
全体で羽人を目標にしよう、
となりました。さて、次は当
日の会の内容について。今の
若手は、他の集団の活動がど
うなっているのか知りたがっ
ているし、交流したがってい
るとの認識のもとに、困苦し
いことは無しにして、自由交
流をメインにしようと衆議一
決。でもそれでは締まりがな
いから、全リ演事務局長・城
谷護さんから事務局報告を簡
単にしていただいて、その後、
各集団の活動報告を手短かに
やって、あとは自由交流とい
うことに落ち着きました。
きて、当日の2月却日の暖
冬の中でも一段と春めいてき
た日曜日。事務局実行委員メ
ンバーは、畳ロ時 fJR日野駅
集合で路線パスで劇団﹁ひの﹂
へ。パス停で降りて劇団に向
AUJ
phv
-97-
二二七三権報 .
s
.
1
:
JX
:
1
けているところでした。とり
が﹁新春交流会﹄の看板を道
路の目に付くところに取り付
か、つ途中、﹁ひの﹂の皆さん
あり開会に間に合わず。城谷
昨日から全リ演劇作家会議が
るつ﹂境野さんは、中部で
ら開会宣言。実行委員長の﹁石
た揃ったところで、司会者か
出席予定の顔ぶれがあらか
けていくつかの交流グループ
演劇活動仲間、すぐに打ち解
願いしました。
後は自由交流。初対面でも
劇団長老の細田寿郎さんにお
乾杯のご発声は、京浜協同
油上恵子の各氏 。
劇団﹁ひの﹂のみなさん、
は川島柳一・よしだはじめ・
こに4000万円貯めて新稽
団員?)が提供してくれた由。
しかも、な・な・なんと、こ
もの。よき協力者の篤志家(劇
若手による過激なパフォーマ
告に入る前に、亙ロル芸術座の
告。つづいて各集団の活動報
フェスティバル﹂を中心に報
韓演劇交流協定書﹂調印式と
今年の桑名での﹁全日本演劇
事務局長の事務局報告。昨年
末にあった韓国馬山での﹁日
時間で散会。有意義な1日で
の後片づけのことも考えて1
があり、去り雛い人たちでそ
の場で二次会。﹁ひの﹂さん
委員長境野さんの締めの言葉
とりあえず中締めをと、実行
ができました。予定の3時 間
があっと言、つ聞に過ぎ去るほ
です。
劇団未来半島の連絡先、
電話、 F A Xは次の通り
電話番号の訂正
(文責・東京芸術座・郡司)
ざいました。
ありがとうご 、
の交換。民家が建ち並ぶ路地
あえず﹁ご苦労様﹂とエ l ル
古場を建てるんだそうな。す
ンスのハダカ踊り、もとい、
した。
﹁ひの﹂の新稽古場建設へ
どの盛り上がりょうでした。
でに積み立てが始まってい
して、各集団活動報告。石
水着姿による集団ダンス。そ
緑 O
を通って劇団﹁ひの﹂の稽古
場へ。
稽古場は、民家を改造した
て、現在の到達点が棒グラフ
ちなみに参加者必人以上。
カンパ5 万2000円が集ま
りました。
るつの順番に境野さん間に合
で表示されておりました。こ
の意気込みゃいかん。劇団﹁ひ
披露。今日の手作り料理は、
う。劇団﹁ひの﹂は劇中歌を
仁町 5
木 2
63
の
2
宏
の﹂の熱気に圧倒されそうで
す
。
きて、﹁ひの﹂の劇団員総
参 加 費1000円。各集団、
お酒l本持ち寄り。
参 加 劇 団 H青年劇場・京浜
劇団﹁ひの﹂のサボ1タl の
みなさんの作とか。こういう
O
青
つ市
I
出での心のこもったたくさ
協同劇団・蒼生樹・石るつ・
2
2
女が主宰する朗読教室の受講
長を務める東灘文化協会、彼
もちろん、おけいさんが副会
出席は、京阪神の演劇人は
実現に漕ぎつけ、そして豊か
て、そのひたむきさとエネル
ギーに舌を巻いた。ある意味
ド研修の準備活動を身近に見
私個人では、アイルラン
﹁会﹂は、祝辞、﹁河東けい
な成果を持ち帰ったことに脱
では無謀とも思われる計画を
生、女子大の同窓生、神戸で
長年彼女と親交のあった人び
帽した。
のあゆみ﹂のスライド、鏡
だった。茨木のり子 /作﹁わ
たしがいちばんきれいだった
開き、歓談と進んだが、圧巻
とき﹂。もっと多くの若い演
東京、神戸で過ごし、阪中正
ある。:・女の立場ゆえの、関
西であるがゆえの口惜しきも
劇人に聞かせたかった、とい
夫に出会って演劇に志して半
幾度か味わった﹂とおけいさ
うのが素直な感想、もったい
ラン女優たちによる詩の朗読
ん自身は回想する。絶えず時
はおけいさんを含む関芸ベテ
代と社会に広い目配りをしな
がら、演劇に関しては自分に
細やかさと温もりの感じられ
めよう﹂と思い詰めたことも
対しても他に対しても厳しい
目を持ち続けたその歩みが、
願いが長︿大きく実現するこ
とを祈念したい。
いもの﹂とい、つおけいさんの
る、気持のいい会だった。
なかった。全体に手づくりの
関西芸術座の、
というより関西を
今は大きく花開いている。﹁セ
ールスマンの死﹄のリンダの
演技、﹁この子たちの夏﹄の
阪市文化功労賞受
賞をお祝いする会
が
、 4月お日に兵
大阪初演をはじめ、その活動
は目覚しい。
庫県立原田の森美
術館で関かれた。
代表する女優、河
東けいさんの大
世紀。﹁長い間には﹃もう辞
敗戦、戦後の激動期を大阪、
となど、 100人を起した。
第二次世界大戦の戦時中、
の﹂・東京芸術座。個人参加
劇団崎芸・土くれ・劇団﹁ひ
2
3
I
2
0
4
8
5
人々によって私たちの活動は
支えてもっているのだなあと
つくづく感じ入ったことでし
た
。
二県 3
物む 5
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7X7L
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i
5
I
4
8
7
鮒青〒
丸森 O
5
I
んの手料理。﹁乾き物だけで
なく﹂とか言った実行委員の
面々、感動ひとしおで、感謝、
感謝。
康
平田
神戸
﹁これからも、身体の続く
かぎり、人間への愛を彊い度
河東けいさんに
心のこもったおめでとう
-98-9
9-
J '了 ・ 二 了 - ニ ペ ' 二 三 て '措 ー 報 '
βi
1X>I
l
.
:
.
t
冒,韓 8
'
.
-(芝公トジ,で了-了-ニペぺ・ン-
藤沢薫さんの ﹁わが芝居人生﹂
だれもが喜んだ出版祝う会
4月担日(土)京都タワー
ホテルで聞かれた藤沢薫さん
の﹁わが芝居人生﹂出版を祝
う会には京阪神はじめ全国か
ら駆けつけた 150人を越え
る人たちで賑わった。
この会の案内が送られてき
た時、呼びかけ人の数(白人)
と多彩さに驚いた。
当日会場で配られた記念ブ
ックレットに180人もの人
が声を寄せている。北は北海
道から南は九州まで、各界各
層の人たちが印年を越える演
劇活動を賛え、藤沢さんの厳
しく真撃な生き方に共鳴する
声、声:::。
会はそんなみんなの思い
が朗らかな笑いとなってあふ
れ、だれもが親しくなれる雰
囲気だ。
梶武史さんを偲ぶ会
大きな感動と涙に包まれた
4月7日に他界した劇団四
紀会創立メンバーの l人、梶
武史を追悼し、﹁梶武史きん
を偲ぶ会﹂が、 5月辺自に兵
庫県立美術館原田の森ギャラ
リーで開かれ、劇団員沼人を
一 含む133人の参加で、会場
はあふれかえりました。
西リ漬からも、在神劇団は
もちろん、尼崎・大医・京都・
和歌山そして愛媛からもご参
加いただきました。本当にあ
りがとうございました。
会は、黙祷、来賓代表4氏
による偲ぶことばに続き、梶
の舞台写真や国鉄職員時代の
ものなど、さまざまな姿がス
ライドに映し出され、参加者
の皆さんは、在りし日の梶の
姿を、懐かしく見守っていま
した。
﹁若豹﹂の打つ祝い太鼓に
迎えられ、広い宴会場に入る
ともういっぱいの人たち。
茂山あきら氏が朗々と謡い
上げる狂言﹁福の神﹂のうた
で華やかに開会。京芸の次世
代たち、竹橋団、赤土綾子、
小池貴史の司会で進行してい
った。
祝辞が続く。滋賀で生まれ、
京都で育った藤沢さんは、学
生時代(龍谷大)に芝居に興
味を持ち、四年卒業と同時
に結成3年目の京都芸術劇場
(現・京芸)に入団し、印年
に劇団代表となる。
ずーっと京都にこだわり続
け﹁京都から一流を目指す﹂
その後、彼が演技指導に
赴いていた合唱団TERRA
(テラ)の皆さんによるロシ
ア民認などが披露され、ペッ
トボトルを利用して作ったと
いう花束が、梶夫人である大
村園子氏に手渡されました。
縁の深かった方々からの思
い出が述べられた後、彼が構
成を担当した﹁五十年自の戦
場・神戸﹂の終景を初演時の
出演者が再現、さらに参加者
全員による﹁干の風になって﹂
の合唱と続きました。
i
が持論で、職業劇団と
しての厳しい経済状況
の中、妥協のない舞台
づくりを展開、俳優、
演出家、劇団代表とし
て京芸を引張り続けて
きた芝居人生。その節
目、節目になった舞台
や出逢った人々、観客との交
流を鋭く暖かい筆致で描かれ
たこの本は、自分たちの軌跡
と重なる、その感動を誰もが
語り合った。
藤沢さんはちょっと照れな
がらーでも最高の笑顔でみん
なと交流していた。
最後の﹁若駒﹂の創作獅
子舞 守踊り│は圧巻で、舞
台狭しと踊りまくり、会場に
飛び出していって厄を除き福
をもたらすという獅子頭での
頭噛み(?)になり、ユーモ
ラスにやさしく参加者の頭を
次々にカポツカポツと噛んで
いき爆笑のうちにお開きとな
った。(赤松比洋子)
最後に、お礼のことばの中
で、大村園子氏から﹁家族に
あてた手紙に﹃最高の人生だ
った﹄と記されていた﹂こと
が伝えられ、まさに天寿を全
うした彼の姿に、会場は大き
な感動と涙に包まれました。
梶武史││改めて彼の偉大
さと優しさに感じ入った、素
晴らしい偲ぶ会となりまし
た。彼もきっと、喜んでくれ
ていることと思います。
(里中)
﹁子と宅の事ー子と宅の劇﹂
してきた戎一郎氏が描いて
いる。その多彩な活動ぶり
に舌を巻いた。﹁演劇会議﹂
の印刷を帽伊豆訂してくれてい
る(株)シイ1ムの出版で
。
ある。税込1800円
(城谷議)
│ │劇団と宅定ぢ劇渇の配録│ │
終戦の翌年から1983
年までの幻年間、大阪市で
活躍した児童劇団の歩みが
綴られている。大阪放送劇
団などで数多くのラジオド
ラマにも出演した泉回行夫
氏を中心とする劇団のリー
ダーたちの姿を、共に活動
∞-1
1
0
1-
素晴しい本が出版されたー
と参加者のだれもが我事のよ
うに喜んでいるのが、ひしひ
しと伝わってくる会だった。
,ープコ:二 '人・ 二〉七七三す膏報-..s::
(
ゴx;~I
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│ニ干青,報'-8'.-Q決 ト ゴ -
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全日本リアリズム演劇会議事務局 (
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戯曲などは作品ができたとき
にすぐ送ってください。また、
劇評なども各劇団で依頼して上
演が終わり次第送ってください。
①戯曲は、境野修次または、栗
原省へ。
②劇団通信および舞台写真は、
側シイ 1 ム 内 石 田 章 へ
③それ以外の原稿は、必ず、東
松比洋子に送ること。
会議は境野修次、西会議は赤
ピーを送っていただければ効
発行所
後藤陽吉
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編集長
編集委員
その場
率もよく助かります (
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2004年 7月 3日発行
115号
演劇会議
※原稿は、メ1ルまたはフロッ
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西宮市高須町 1
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かし、﹁チラシ﹂活用は、そ
の提供劇団の活躍などの紹
介があり、面白い試みでは
ないでしょうか。そこで、
再々のお願いです﹁チラシ﹂
の提供をぜひグぜひグ
大次号では、 企 画 の 中 心 に 戯
曲 を す え た い 。 そ こ で 卯枚
(
400字づめ)程度の作品
を紹介したいのです。これ
はと思う作品を提供してく
ださい。お願いします。
(境野)
赤松比洋子
合は念のため原稿のコピーも
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47-0027
︹原稿の送付について︺
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市川市新浜 1
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あわせてお送りください
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側シイーム
次号(刊月号)の
境野 修 次
締切は9月初日です。
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る多国籍軍に加わるという。
憲法が探聞されつづけてい
る。 ま た 、 年 金 改 悪 は 、 多
数が反対あるいは審議をつ
くせと 言 っている 。
6月 辺 日 付 ) の世論
大朝日 (
調査で小泉支持却%、不支
持が位%と支持を上まわっ
た。 選 挙 で き っ ぱ り と し た
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大 表 紙 に つ い て 一部で、その
号の主な編集企画にそった
内 容 を と い う声 がある 。 し
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