再販売価格維持とメディア市場における競争:雑誌のケースタディ

再販売価格維持とメディア市場における競争:雑誌のケーススタディ ∗
(Resale Price Maintenance and Competition in a Media Market: The Case of Magazines)
大橋弘(Hiroshi Ohashi) †&砂田充(Mitsuru Sunada) ‡
要旨
雑誌を含む6つの著作物は,独占禁止法で正当な理由がない限り禁止されている「再販
売価格維持行為(RPM)」(2条9項4号)に関する「著作物再販適用除外制度(23条4項)」の
対象となっている。実際に日本の雑誌市場では,書店等は再販契約に基づく定価販売を行
っているとされている(公正取引員会(2008))。標準的な産業組織論の教科書によれば,
RPMを含む垂直的取引制限には,垂直的取引構造に内在する「二重の限界化(double
marginalization)」や「ただ乗り(free rider)」等の非効率性を解消する効果ある。一方,
Jullien and Rey(2007,RAND)は,RPMはカルテルメンバー間の価格の透明性と高め,裏
切り行為に対する制裁を容易にし,カルテルを促進する反競争効果があることを指摘した。
また,Rey and Verge(2010,JlndE)は,共通の小売店を通じて製品を販売するメーカーは,
RPMと2部料金を組み合わせた小売契約を使って,産業全体の利潤を最大化する独占価
格を設定することが可能となることを示した。したがって,個別事案のRPMの競争効果は実
証的検証課題であると言える。
また,「雑誌」はインターネット検索エンジンに代表されるメディア型プラットフォームの典
型例である。近年,異なるタイプのユーザーグループが存在する市場,いわゆる「双方向市
場(two-sided market)」における企業行動と市場競争の評価に注目が集まっている。双方向
市場では「プラットフォーム(platform)」が重要な役割を果たす。ここで,プラットフォームとは
異なるユーザーグループ間の取引を仲介する機能を持つ,場,システム,制度,製品及び
サービスである。双方向市場では,各ユーザーグループのプラットフォームの利用の程度が
互いに影響を与え合う「間接的ネットワーク効果(indirect network effect)」が重要な役割を
果たす。本研究では,日本の雑誌市場の特徴であるRPM及び双方向市場とプラットフォー
ムに関連する問題を実証的に検証するための分析フレームワークを構築し,日本の雑誌市
場が「競争的」なのか,あるいは「協調的」なのかを検証した。
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本稿の過去のバージョンについては CLEA,CPRC,EARIE,関西学院大学,慶應義塾大
学,富山大学,日本生産性本部,横浜国立大学及び延世大学校において研究報告を行い,
参加者から貴重なコメント・アドバイスをいただいた。ここに感謝の意を表したい。本研
究は JSPS 科研費(23730242)及び大川情報通信基金から研究助成を受けたものである。本
稿に残る過ちはすべて著者に帰するものである。
†
東京大学大学院経済学研究科教授。
‡
大阪府立大学大学院経済学研究科准教授。
1
本研究の分析枠組みは,読者需要と広告需要の間の間接的ネットワーク効果を明示的
に導入した需要関数(読者及び広告)を推定する「双方向市場の実証分析」(Argentesi and
Filistrucchi(2007, J. Appl. Econometircs)及びRysman(2004, REStud)他)及びモデルから
推定されるマークアップを使い,ある市場(日本の雑誌市場)が「競争的」か「協調的」かを統
計的に検定する「垂直的取引取引構造の実証分析」(Bonnet and Dubois(2010, RAND)及
びVillas-Boas(2007, REStud)他)という異なる2種類の実証的産業組織論の研究に依拠し
ている。より具体的には,まず,読者需要関数及び広告需要関数を推定し,需要サイドのパ
ラメータを推定するとともに間接的ネットワーク効果の検証を行う。次に,推定された需要サ
イドのパラメータを使い,出版社の様々な競争状況の仮定(供給モデル:読者サイド及び広
告サイドについて「競争」または「協調」)に基づく各雑誌のマージン&限界費用を推計する
。最後に,非入れ子型モデル選択(non-nested test;Rivers and Vuong(2002, Econometric J.
))使って,データ上最も当てはまりの良い供給モデルを探索した。
分析結果は以下のとおり。まず,読者サイドから広告サイドへの間接的ネットワーク効果は
正で統計的に有意であった。すなわち,読者数(販売部数)が大きいほど,広告主にとって魅
力的であるとう結果であった。一方,広告サイドから読者サイドへの間接的ネットワーク効果は
正で統計的に有意であった。すなわち,広告が多いほど,読者にとって魅力的でるという結果
であった。最後に,供給シナリオの統計的検定の結果によれば,読者サイドで「協調的」及び
広告サイドで「競争的」という供給モデルが最もデータと当てはまりが良かった。
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