本文 - J

J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 6, No. 5, pp. 253–262 (2007)
膜タンパク質ブラウン動力学シミュレーション法の開発
金 完起 a , 伊藤 隆宏 b , 山登 一郎 b , 安藤 格士 b *
a
東京理科大学量子生命情報研究センター, 〒 278-8510 千葉県野田市山崎 2641
b
東京理科大学基礎工学部, 〒 278-8510 千葉県野田市山崎 2641
*e-mail: [email protected]
(Received: May 25, 2007; Accepted for publication: July 10, 2007; Published on Web: September 4, 2007)
ブラウン動力学( Brownian Dynamics;BD )法は溶媒を明示的に扱わないため計算を高速化するこ
とができる。従来の BD 法は水環境でのタンパク質シミュレーションを対象にしていたため、膜タン
パク質には適用できなかった。本研究では膜環境をも非明示的に再現することによって BD 法を膜タ
ンパク質のシミュレーションに適用できるように拡張した。α ヘリックス構造のポリアラニンペプチ
ド やパピロマーウイルス由来の E5 タンパク質、蜂毒のメリチンをモデルとしてシミュレーションした
結果、疎水性であるポリアラニンと E5 膜タンパク質は膜中で安定に存在した。また、両親媒性である
メリチンペプチド は膜表面に安定に結合していた。これらの結果から、本膜モデルを用いた BD 法は
膜タンパク質のシミュレーションに有効であると考えられる。
キーワード : Brownian dynamics, Membrane protein, Implicit membrane model, Solvent-accessible surface
area, Atomic solvation parameters
1 Introduction
MD )により膜タンパク質のシミュレーションが行わ
れてきた [2] 。MD シミュレーションは膜タンパク質
タンパク質は生物体の主要構成成分であり、複数の
だけでなく、水分子や膜脂質分子などの溶媒分子も全
アミノ酸がペプチド 結合により連結したポリペプチド
て明示的に発生させるため、詳細なアプローチが可能
鎖から成る。その中でも、膜タンパク質は、生体膜中
であった。しかし 、脂質分子や水分子などの溶媒分子
に存在しているタンパク質である。細胞内外との物質
の数が膨大になってしまう問題がある。また、MD 法
のやりとり、隣の細胞との接着などに、膜タンパク質
では、一周期の振動が 10 フェムト秒程度で起こる共
は重要な役割を果たす。従って、膜タンパク質の構造
有結合長の伸縮運動をシミュレートするため、タイム
や機能を解析、予測することは、生化学、薬学の分野
ステップは 1 フェムト秒程度が限界である。これら 2
で大変重要である。
つの問題のために、MD 法では長時間の計算が困難で
しかし 、水溶性タンパク質とは異なり、膜タンパク
ある。しかし 、タンパク質の構造変化や機能発現には
質は疎水的で非常に凝集しやすいという特徴がある。
マイクロ秒からミリ秒かかるため、MD 法でのそれら
また、発現場所が膜に限られているなどの性質により、
解析は困難である。
大量かつ安定に精製することが難しく、実験的に構造
このような状況を改善するために、溶媒である水と
や機能を解析するのは困難である。このため、立体構
膜を非明示的に再現した、膜タンパク質の MD シミュ
造が解析されている膜タンパク質は数少ない [1] 。そこ
レーションが行われてきた [3–12] 。溶媒分子を発生さ
で、時間・空間分解能の高いコンピュータシミュレー
せないので、その分高速にはなるが 、タイムステップ
ションによる膜タンパク質の解析が注目されている。
は 1 フェムト 秒程度が限界という点には変わりがな
これまでは主に分子動力学法( Molecular Dynamics:
く、この手法を用いても長時間化には限界がある。ま
http://www.sccj.net/publications/JCCJ/
253
た、溶媒分子を発生させないうえ、溶媒の粘度を考慮
していないため、粒子の動きは真空中を動いているよ
うな状態になってしまい、原子の挙動に正確さの疑問
が残る。
一方、安藤らが開発したブラウン動力学( Brownian
Dynamics:BD )法 [13] は溶媒分子を明示的には扱わ
ず、その動的な効果をランダムな力として計算に組み
が得られる。単位時間 h における原子 i の変位は,
Fi (t )
ri (t + h) = ri (t )+
h+
ζi
s
2kB T
h zi
ζi
(3)
で得られる。ここで,zi はガウス分布から得られるラ
ンダムなノイズベクトルである。これらの式 2 、式 3
に従う運動をブラウン動力学と呼ぶ。
込むため、シミュレーション系の原子数が少なくて済
む。また粒子の運動は溶媒の粘性により短い時間に過
減速すると仮定するため、長いタイムステップを設定
2.2 Force Field
することが可能である。このような特徴を持つ BD 法
は長時間のシミュレーションを行うのに適していると
本シミュレ ーションで利用する力場は式 4 で表さ
れる。
いえる。
しかし 、この BD 法は水溶性タンパク質をシミュレー
ション対象としており、膜タンパクには適用できなかっ
Wtotal = Vintra + Gsolv
(4)
た。そこで、本研究では、膜環境をも非明示的に再現
Vintra はタンパク質のコンフォメーションに依存した
するモデルの開発を行い、BD 法が膜タンパク質のシ
ポテンシャルエネルギーであり、Gsolv は溶媒和自由エ
ミュレーションにも適用できるように拡張した。α ヘ
リックス構造のポリアラニンペプチド やパピロマーウ
ネルギーである。この 2 つのエネルギーの和 Wtotal は
有効エネルギー( effective energy )である。Vintra の計
イルス由来の E5 タンパク質、蜂毒のメリチンをモデ
算には 、AMBER91 united-atom force field[14] を用い
ルとしてシミュレーションした結果、疎水性であるポ
た。また、Gsolv は以下の項で説明する、露出表面積に
リアラニンと E5 膜タンパク質は膜中で安定に存在し
比例するエネルギーとして計算した。
た。また、両親媒性であるメリチンペプチドは膜表面
に安定に結合していた。これらの結果から、本膜モデ
ルを用いた BD 法は膜タンパク質のシミュレーション
に有効であると考えられる。
溶媒和の効果を表すため以下のモデルを用いた。
2 Theory and Methods
2.3.1 Distance-dependent Dielectric : DD[15]
2.1 Brownian Dynamics Algorithm[13]
原子分極や配向分極などの効果を誘電率 ε の中に取
熱浴に 接し ている粒子系の 運動は 式 1 のよ うな
d 2 ri
dt 2
i
= ;ζi dr
+ F i + Ri
dt
(1)
ここで mi , ri はそれぞれの原子 i の質量と位置を表す。
ζi は粘性係数であり,ストークスの法則 ζi = 6πai Stokes η
で決められる。ai Stokes は原子 i の Stokes 半径,η は溶
媒の粘度である。Fi は原子 i が系から受ける力,Ri は
h
溶媒分子から受けるランダムな力であり,平均 Ri (t)
i
= 0,分散 hRi (t)R j (0)i = 6ζi kB Tδi j δ(t) で表される。さ
らに粘性抵抗が大きく,慣性項が無視できるとすると,
上の式の左辺を 0 とし ,
ζi
254
dri
dt
= F i + Ri
り入れるモデルである。本研究では 式 5 のように表
した。
Langevin 方程式で表せる。
mi
2.3 Solvation Energy
ε = 2ri j
ここで、ri j は原子 i と原子 j の距離である。
2.3.2 Solvent-accessible Surface Area : SA[16–18]
溶媒和自由エネルギーが露出表面積 (SA(rN )) に比例
すると仮定し 、計算に取り入れるモデルである。すな
わち、
;
(2)
(5)
∆Gsolv rN
N
= ∑ σi SAi
i=1
; N
r
(6)
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 6, No. 5 (2007)
と表される。σi は原子 i の溶媒和パラメータ( atomic
2.3.3 Effective Charge : EC [19]
solvation parameters : ASP )である。ASP の値を Table
1 に記載した。
各原子の電荷 q はその露出表面積 (SA) に応じて減
少するとしたモデルで、
qi = qi
Table 1. Atomic solvation parameter (ASP) values for
membrane and water environment[18]
a
0
;
;
1 ; SAi rN =Si SAi rN =Si
+
1
γ
!
(7)
Atom
typea
ASP in lipid phase,
β
(cal/mol/Å2)
ASP in water phase,
α
(cal/mol/Å2)
Cali
Caro
-11
-26
20
-1
Chet
-26
-22
S
O
-2
3
32
-83
N
O-
-59
-20
-140
-128
の厚さで存在すると設定した。それ以外の領域を水相
N+
-22
-198
とし 、水相と脂質二重層との間にインターフェイス領
と表した。ここで、Si は原子 i が単独で存在するとき
の露出表面積であり、γ は遮蔽パラメータである。本
研究では γ = 5 とした。
2.4 Membrane Model
脂質二重層の疎水部分が z 座標上に 15 Å から -15 Å
域を設けた。今回は、インターフェイス領域の厚さを
6 Å の大きさに設定した( Figure 1 )
。
Cali : aliphatic carbon atoms, Caro : aromatic carbon
atoms, Chet : carbon atoms bonded to any heteroatoms,
S : sulfur atoms, O: uncharged oxygen atoms, N : un-
ASP は水相中( α )と膜中( β )とで異なる値をとっ
ており( Table 1 )[18] 、インターフェイス領域では ASP
charged nitrogen atoms, O- : charged oxygen atoms, N+
: charged nitrogen atoms.
の値が α と β の間を連続的に変化するように switching
。
function[20]( 式 8 )を導入した( Figure 2 )
8
>
>
<
σ(zi ) =
>
>
:
α
;jzj > (z + λ)
m
!3
α + 10(β ; α)
β
jzi j; zm ; 15(β ; α) jzi j; zm
λ
λ
; jz j < z i
!4
+ 6(β
; α)
jzi j; zm
!5
λ
;z jz j (z + λ)
m
m
i
(8)
m
ここで zi は原子 i の z 座標、zm は脂質二重層の半分
の厚さであり、λ はインターフェイス領域の厚さであ
る。つまり、今回は zm = 15 、λ = 6 である。
2.5 Conditions of BD Simulations
2.6 Model Peptides
モデルペプチド として 、以下の 3 種類を使用し た
( Figure 3 )
。
2.6.1 A30( 30 residues )(Figure 3a)
アラニン 30 残基を α ヘリックス構造で設計した。
本研究のシミュレーションには multiple time step[21]
N 末端、C 末端ともにチャージ化している。
を用い、タイムステップは、共有結合項を 5 fs 、非共
有結合項を 40 fs と設定した。シミュレーション時間
は 100 ns であり、温度は 298 K と設定した。水相で
2.6.2 Melittin: MLT( 26 residues )(Figure 3b)
の溶媒粘度は 0.128 kcal/mol/Å3 ps とし 、今回のモデ
蜂毒で あ る メリチン ペプ チド は 、両親媒性で α
ルでは脂質相の粘度も同じ値とした。サンプリングは
ヘ リックス構造をと ることが 過去の X 線結晶構造
100 ps ごとに行った。計算には Intel Pentium4 2.8 GHz
の Linux コンピュータを用いた。
解析実験で 明らかとなっている [23] 。配列は Gly1 -
http://www.sccj.net/publications/JCCJ/
Ile2 -Gly3 -Ala4 -Val5-Leu6 -Lys7 -Val8-Leu9 -Thr10 -Thr11 255
Gly12 -Leu13 -Pro14 -Ala15 -Leu16 -Ile17 -Ser 18 -Trp19 -Ile20 Lys21 -Arg22 -Lys23 -Arg24 -Gln25 -Gln26 である [22] 。初期
構造は実験で得られた構造と同一に設計した。両末端
ともにチャージ化しているモデル MLT(1) と N 末端
をメチル化して、C 末端だけをチャージ化したモデル
MLT(2) の 2 通りを作成した。
Figure 3. The initial structures of the model peptides
used in the present research. a) the 30 residues of alanine
(A30), b) bee venom melittin (MLT), and c) the papillomavirus E5 membrane protein (E5).
Figure 1. Implicit membrane model. zm is a half of the
lipid slab thickness. λ is the thickness of the water lipid
interface.
Figure 4. Time dependence of various energies, RMSD,
Figure 2.
ASP values for different atom types used
in the bilayer model versus z coordinate.
:σ(Cali ),
:σ(Caro ),
:σ(Chet ),
:σ(O),
:σ(N),
:σ(N+ )
:σ(S),
:σ(O- ),
and z coordinates of some specific Cα atoms in A30. Effective energy ( ; in upper graph), solvation energy ( ;
in upper graph), RMSD of Cα atoms ( ; in upper graph)
from the initial structure, and the z coordinates of 1 Cα
(black; in lower graph), 15 Cα ( ; in lower graph), and
30 Cα ( ; in lower graph) atoms.
256
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 6, No. 5 (2007)
2.6.3 E5( 44 residues )(Figure 3c)
E5 はト ナカイパピ ロマーウ イル ス由来のタン パ
ク質である。このタン パク質の配列は 、Met1 -Asn2 -
Hip3 -Pro4 -Gly5 -Leu6 -Phe7 -Leu8 -Phe9-Leu10 -Gly11 Leu12 -Thr13 -Phe14 -Ala15 -Val16 -Gln17 -Leu18 -Leu19 Leu20 -Leu21 -Val22 -Phe23 -Leu24 -Leu25 -Phe26 -Phe27 Phe28 -Leu29 -Val30 -Trp31 -Trp32 -Asp33 -Gln34 -Phe35 -
水基の多い N 末端側を水相に位置するように初期配
置し 、100 ns シミュレーションを行った。Figure 5 に
は MLT(1) の初期配置とともに 50 ns 後 と 100 ns 後
の MLT(1) の構造、effective energy 、solvation energy 、
RMSD 、1 、13 、26 残基目の Cα 原子の z 座標に対す
るトラジェクトリーを示した。
トラジェクト リーより、40 ns から 60 ns にかけて
C 末端側が水相側へ移動していることがわかった。ま
Gly36 -Cys37 -Arg38 -Cys39 -Asp40 -Gly41 -Phe42 -Ile43 -Leu44
である [24] 。
た、このとき solvation energy が低下していることが
3 次元構造は解明されていないが 、円偏光二色性ス
ペクトルによりタンパク質の 80 %が α ヘリックス構
移動したためと考えられる。RMSD が 2 Å 付近で推
造であることが判明している [25] 。また、ハイド ロパ
シー解析により、1 残基目から 31 残基目までが膜貫
通型状になっていると予測されている [25] 。これらの
ことを踏まえて、1 残基目から 31 残基目までを α ヘ
リックス構造とし 、それ以外の部分を伸びきった状態
で初期構造を設計した。このモデルは N 末端、C 末端
ともにチャージ化している。
確認された。これは、親水基が多い C 末端側が水相へ
移していることより構造は崩れてはおらず安定であっ
た。最終的に 、MLT(1) は膜表面結合型で安定に存在
していた。
さらに 、各残基の二面角を 100 ps ごとに計測した
結果、Ile2 残基の二面角が 20 ns あたりで変化し 、α
ヘリックス構造が崩れていることがわかった(データ
未搭載)。20 ns ではまだ Ile2 残基が水相に位置して
いるため、また、N 末端側がチャージ化していること
も考慮すると、エネルギーが安定化するに従い構造が
3 Results and Discussion
3.1 BD Simulation of A30 Peptide
変化したと考えられる。また、Gly3 残基も 50 ns あた
りを境にして α ヘリックスが崩れていた。50 ns 以降
MLT(1) の C 末端側は水相へ移動しており疎水基の多
い N 末端側が膜に埋まる形になっている。しかしな
A30 モデルを Figure 4 に示す通り膜貫通型に初期配
がら、N 末端はチャージ化しているので Gly1 残基は
置し 、100 ns シミュレーションを行った。Figure 4 には
水相へ突き出る構造をとろうとする。このため、Gly3
初期配置とともに 50 ns 後 と 100 ns 後の A30 の構造、
残基の α ヘリックスが崩れたと考えられる。メリチン
effective energy 、solvation energy 、RMSD 、1 、15 、30
残基目の Cα 原子の z 座標に対するトラジェクトリー
の N 末端側をチャージ化していない状況でシミュレー
ションを行うとメリチンの N 末端側は α ヘリックス
の結果を示した。
が崩れないと予想される。一方、親水基の多い C 末端
effective energy 、solvation energy 共に大きな変化は
側は二面角で特に大きな変化は確認されなかった。
認められず、RMSD も 2 Å あたりで安定的に推移して
いた。Cα 原子のトラジェクトリーからも、A30 が膜
中で安定に存在していたことが確認された。
3.3 BD Simulation of MLT Model (2)
アラニン 残基はハイド ロパシー指標が 1.8 であり
[26] 、アラニン 30 残基は 、N 末端、C 末端がともに
ジ化した MLT(2) モデルを使用した。Figure 6 に示す
チャージ化しているとはいえ、疎水的なポリペプチド
通り、親水基の多い C 末端側を脂質相へ、疎水基の多
であると考えられる。ゆえに、A30 は膜中に留まると
い N 末端側を水相に位置するように初期配置し( MLT
N 末端側はチャージ化せず、C 末端側だけをチャー
予想された。今回のシミュレーション結果はこの予想
model(1) と同じ配置)、100 ns シミュレーションを行っ
と一致していた。
た。Figure 6 に 50 ns 後 と 100 ns 後の MLT(2) の構造
と effective energy 、solvation energy 、RMSD 、1 、13 、
3.2 BD Simulation of MLT Model (1)
両末端ともチャージ化した MLT(1) モデルを Figure
5 に示す如く、親水基の多い C 末端側を脂質相へ、疎
http://www.sccj.net/publications/JCCJ/
26 残基目の Cα 原子の z 座標に対するトラジェクト
リーを示した。
トラジェクトリーより、60 ns から 80 ns にかけて C
末端側が水相側へ移動していることがわかった。また、
257
このとき solvation energy が低下していることが確認
を考慮していない。一方、本研究で開発した BD 法は
された。これは 、MLT(1) とシミュレーションと同じ
溶媒粘度を膜と水相で同一ではあるが考慮しているた
く親水基が多い C 末端側が水相へ移動したためと考
め、この MD シミュレーションに比べて時間をかけて
えられる。RMSD より、構造は若干崩れていることが
膜表面に移動したと考えられる。このメリチンの挙動
わかった。しかしながら最終的に、MLT(2) は MLT(1)
を観察した実験は行われていないが 、溶媒の粘性を考
のシミュレーション結果と同じように膜表面結合型で
慮している分、BD シミュレーションのほうがより妥
安定していた。
当であると考えられる。
このモデルにおいても、各残基の二面角を 100 ps ご
とに計測した結果、MLT(1) と異なり Ile2 残基の二面
100 ns 後 MLT が膜表面に位置しているとき( Figures
5, 6 )、先述した通り Gln や Lys など 親水残基は水相
角は安定に保たれており、α ヘリックスが崩れていな
へ向き 、疎水残基は脂質相へ向いていた 。この配向
いことが分かった(データ未搭載)
。Gly3 残基において
は “wedge”と呼ばれる構造と一致しており [27] 、また
も同様であった。また、Figure 6 に示されているよう
に N 末端側は膜の中へ埋まっていることが分かった。
固体 NMR 、Polarized attenuated total internal reflection
– Fourier transform infrared (PATIR-FTIR) spectroscopy
MLT(1)( Figure 5 )と比較すると MLT(2) のほうがよ
を用いて脂質二重層でのメリチンの配向を調べた実験
り深く埋まっていることが分かる。これは、N 末端側
結果と一致していた [28, 30] 。
がチャージ化していないため、ヘリックス構造が崩れ
また、メリチンを対象に明示的な環境で MD シミュ
ることなく膜の中で安定に存在できたためと考えられ
レーションした結果とも配向が一致していた [2] 。これ
る。一方、C 末端側では、Arg22 、Lys23 で α ヘリック
らのことから MLT モデルを対象にした本 BD シミュ
ス構造が崩れていることが判明した。親水基が多く、
レーションは有効であったといえる。
水の中なので露出表面積( SA )を増加させる方向に構
造が変化したと考えられる。このモデルで RMSD が
増加していったのは、C 末端側の α ヘリックスが崩れ
たためと考えられる。C 末端側 5 残基の α ヘリック
3.4 BD Simulation of E5 Model (1)
ス構造が崩れている現象はメリチンの MD シミュレー
E5 モデルを Figure 7 に示す。α ヘリックス部分を
ション結果 [3] 、および 実験結果と一致していた [28,
膜貫通型( transmembrane;TM )に、それ以外の部分
29] 。ただ、この MD シミュレーションでは N 末端側
をチャージ化したモデルを用いており、MLT(2) とは
( 32 残基目から 44 残基目)を水相へ突き出す形に初期
その点が異なる。また、実験においても、メリチンの
には 50 ns 後 と 100 ns 後の E5 の構造、また effective
N 末端はチャージ化している。N 末端をチャージ化し
energy 、solvation energy 、RMSD 、1 、16 、31 残基目の
ている MLT(1) では先述した通り C 末端側の α ヘリッ
クス構造は崩れていなかった。しかしながら、MLT(1)
Cα 原子の z 座標に対するトラジェクトリーを示した。
RMSD は E5 タンパク質全体の Cα 原子を対象に計測
のシミュレーション時間を延ばすなどすれば 、C 末端
したものとは別に、新たに TM 領域部分( 1 残基目か
側構造が変化する可能性はある。
ら 31 残基目)の Cα 原子を対象に計測したものと、そ
MLT(1) 、MLT(2) ど ちらにおいても、C 末端側は約
20 ns かけて膜表面に移動していることが今回のシミュ
レーションで観察された。膜表面に移動している間、
配置して、100 ns シミュレーションを行った。Figure 7
れ以外の部分( 32 残基目から 44 残基目)の Cα 原子
を対象に計測したものもグラフに加えた。
トラジェクトリーより、α ヘリックスからなる TM
両モデルとも各残基の二面角に大きな変化は認められ
領域は膜中に留まっていることがわかった。また、TM
なかった。ゆえに、大きな構造変化することなく、C
領域は RMSD が 2 Å で推移しており構造が安定して
末端側が表面に出てきたといえる。過去に、Im et al.
いた。また、solvation energy も大きな変化が認められ
が非明示的溶媒モデルである GB( Generalized Born )
ず、E5 の TM 領域は膜中で安定に存在していること
を用いた MD 法で、本シミュレーションの MLT(2) と
がわかった。一方、effective energy は低下しているこ
同様の系をシミュレーションした報告がある [5] 。そ
とが認められた。これは 、E5 の TM 領域以外の部分
の報告によると、C 末端側は約 250 ps という短時間で
が構造変化したためにポテンシャルエネルギーが低下
膜表面へ移動していた。しかし 、この MD シミュレー
したためと考えられる。
ションでは溶媒を非明示的に扱っており、溶媒の粘度
258
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 6, No. 5 (2007)
Figure 5. Time dependence of various energies, RMSD,
and z coordinates of some specific Cα atoms in MLT(1)
of which both ends are charged. Effective energy ( ;
Figure 7. Time dependence of various energies, RMSD,
and z coordinates of some specific Cα atoms in E5. Ef-
in upper graph), solvation energy ( ; in upper graph),
RMSD of Cα atoms ( ; in upper graph) from the ini-
fective energy ( ; in upper graph), solvation energy ( ;
in upper graph), RMSD of all the Cα atoms ( ; in up-
tial structure, and the z coordinates of 1 Cα ( ; in lower
per graph), the Cα atoms in the TM region ( ; in upper
graph), the Cα atoms in the 32th to 44th residue region
graph), 13 Cα ( ; in lower graph), and 26 Cα ( ; in lower
graph) atoms.
( ; in upper graph) from the initial structure ,and the z
coordinates of 1 Cα ( ; in lower graph), 16 Cα ( ; in
lower graph), and 31Cα ( ; in lower graph).
Figure 6. Time dependence of various energies, RMSD,
and z coordinates of some specific Cα atoms in MLT(2)
of which both ends are uncharged. Effective energy ( ;
in upper graph), solvation energy ( ; in upper graph),
RMSD of Cα atoms ( ; in upper graph) from the initial structure, and the z coordinates of 1 Cα ( ; in lower
graph), 13 Cα ( ; in lower graph), and 26 Cα ( ; in lower
graph) atoms.
http://www.sccj.net/publications/JCCJ/
Figure 8. Time dependence of various energies, RMSD,
and z coordinates of some specific Cα atoms in E5. Half
of the α-helical region of the protein was embedded in
lipid phase at initial state. The color of each curve corresponds to that in Figure 7.
259
3.5 BD Simulation of E5 Model (2)
前項と同じ E5 モデルを、今度は E5 の TM 領域を若
干水相へ突き出す形に初期配置し( Figure 8 )、100 ns
シミュレーションを行った。このシミュレーションの
50 ns 後 と 100 ns 後の E5 の構造も effective energy 、
solvation energy 、RMSD 、1 、16 、31 残基目の Cα 原子
の z 座標に対するトラジェクトリーとともに Figure 8
に示した。
4 Conclusions
本研究で、膜タンパク質ブラウン動力学シミュレー
ション法を開発し 、3 種類のモデルペプチドを対象に
シミュレーションを行った。A30 は想定した結果と一
致した。MLT は過去の実験結果と 、また他のシミュ
レーション結果と一致しており、E5 も過去の実験結果
とその予測結果と一致していた。以上のことから、今
回開発した非明示的膜モデルによる BD 法は膜タンパ
ク質のシミュレーションに有効であると考えられる。
Cα 原子のトラジェクトリーに注目すると、0 ns から
40 ns にかけて E5 の TM 領域が膜中へ埋まっていく様
今後、高速な計算を可能とする本 BD 法は、膜タンパ
子が確認された。また、同時に solvation energy が低
膜タンパク質の構造変化など 、長時間の計算を必要と
下していることも確認された。これは 、E5 の TM 領
するシミュレーションに適用することができると期待
域が膜中へ埋まることによりエネルギー的に安定した
される。
ク質の折り畳み・構造予測、さらには機能発現に伴う
と考えられる。また、膜へ埋まった後は安定に存在し
ていた。前項の結果と同じ状態になったといえる。
今回、E5 の初期配置を、先述した通り 2 通りの条
5 Agreement for Using the Program
件でシミュレーションを行った。そこで、100 ns 後の
本研究で開発されたブ ラウン動力学プ ログ ラムは
2 つの構造を比較してみた。Cα 原子の RMSD を計測
したところ、TM 領域部分は 0.98 Å 、親水部分は 4.99
無料で配給できる。このプログラムが必要な方は電子
Å であった。つまり、E5 の TM 領域は 2 通りのシミュ
レーションで最終構造が大きく変化していないといえ
メールにてご 連絡ください。
本研究は文科省の私学学術フロンティア (平成 17 年度
る。一方、親水部分は 2 通りのシミュレーションで異
∼平成 21 年度) (to T. A) 、およびハイテクリサーチセ
なる構造をとっていた結果になった。今後、長時間シ
ンター整備事業( 平成 18 年度∼平成 22 年度)
( to T.
ミュレーションを継続すれば 、親水部分も同じ構造に
A. and I. Y )による助成を得て行われた。
なる可能性もある。
2 通りの初期配置で行ったシミュレーションど ちら
においても、E5 の TM 領域が膜内部で安定に存在し
ていた結果になった。この結果は、過去の実験結果と
その予測結果と一致していた [25] 。よって E5 を対象
にしたシミュレーションにおいても本 BD 法が有効で
あったといえる。
3.6 Computational Time
参考文献
[1] H. Luecke, B. Schobert, H. -T. Richter, J. -P. Cartailler, and J. K. Lanyi, J. Mol. Biol., 291, 899-911
(1999).
[2] S. Bernéche, M. Nina, and B. Roux, Biophysical J.,
75, 1603-1618 (1998).
[3] T. Lazaridis, Proteins, 52, 176-192 (2003).
[4] T. Lazaridis, Proteins, 58, 518-527 (2005).
1 ns の BD シミュレーションに要した時間は、A30
( 183 原子 )では約 182 s 、MLT( 255 原子 )では約
400 s 、E5( 434 原子)では約 800 s であった。現在、
溶媒分子を明示的に扱う分子動力学法では、系の大き
さに依存するものの、1 ns のシミュレーションに約 1
日を必要とする。したがって、本手法により非常に高
速な計算が可能となった。
260
[5] W. Im, M. Feig, and C. L. Brooks III, Biophys J, 85,
2900-2918 (2003).
[6] V. Z. Spassov, L. Yan, and S. Szalma, J. Phys.
Chem. B, 106, 8726-8738 (2002).
[7] W. Im and C. L. Brooks III, J. Mol. Biol., 337, 513519 (2004).
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 6, No. 5 (2007)
[8] T. Lazaridis, J. Chem. Theory Comput., 1, 716-722
(2005).
[9] M. Mottamal and T. Lazaridis, Biophysical Chemistry, 122, 50-57 (2006).
[10] M. Sammalkorpi and T. Lazaridis, Biochimica et
Biophysica Acta, 1768, 30-38 (2006).
[20] B. R. Brooks, R. E. Bruccoleri, B. D. Olafson, D.
J. States, S. Swaminathan, and M. Karplus, J. Comput. Chem., 4, 187-217 (1983).
[21] T. Ando, T. Meguro, and I. Yamato, Molecular Simulation, 29, 471-478 (2003).
[22] E. Habermann, Science, 177, 314-322 (1972).
[11] S. Tanizaki and M. Feig, J. Chem. Phys., 122,
124706 (2005).
[12] S. Tanizaki and M. Feig, J. Phys. Chem. B, 110,
548-556 (2006).
[13] T. Ando, T. Meguro, and I. Yamato, J. Comput.
Chem. Jpn., 1, 227-235 (2002).
[14] S. J. Weiner , P. A. Kollman, D. A. Case, U. C.
Singh, C. Ghio, G. Alagona, S. Profeta, and P.
Weiner, J. Am. Chem. Soc., 106, 765-784 (1984).
[15] B. R. Gelin and M. Karplus, Biochemistry, 18,
[23] T. C. Terwilliger and D. Eisenberg, J. Biol. Chem.,
257, 6010-6015 (1982).
[24] J. Moreno-Lopez, H. Ahola, A. Eriksson, P.
Bergman, and U. Pettersson, J. Virol., 61, 33943400 (1987).
[25] T. Tamura, master thesis, in Tokyo University of
Science (1993).
[26] J. Kyte and R. F. Doolittle, J. Mol. Biol., 157, 105132 (1982).
1256-1268 (1979).
[27] T. C. Terwilliger, L. Weissman, and D. Eisenberg,
[16] D. Eisenberg and A. D. McLachlan, Nature, 319,
199-203 (1986).
[17] W. Hasel, T. F. Hendrickson, and W. C. Still, Tetra.
Comput. Methodol., 1, 103-116 (1988).
[18] R. G. Efremov, D. E. Nolde, G. Vergoten, and A. S.
Arseniev, Biophysical J., 76, 2448-2459 (1999).
[19] T. Ando, T. Meguro, and I. Yamato, J. Comput.
Chem. Jpn., 3, 129-136 (2004).
http://www.sccj.net/publications/JCCJ/
Biophys. J., 37, 353-361 (1982).
[28] M. J. Citra and P. H. Axelsen, Biophys. J., 71, 17961805 (1996).
[29] A. Okada, K. Wakamatsu, T. Miyazawa, and T. Higashijima, Biochemistry, 33, 9438-9446 (1994).
[30] C. E. Dempsey and G. S. Butler, Biochemistry, 31,
11973-11977 (1992).
261
Development of an Implicit Membrane Model
for Brownian Dynamics Simulation
Wankee KIMa , Takahiro ITOb , Ichiro YAMATOb and Tadashi ANDOb *
a Quantum
b Department
Bio-Infomatics Center, Tokyo University of Science
2641 Yamazaki, Noda-shi, Chiba 278-8510, Japan
of Biological Science and Technology, Tokyo University of Science
2641 Yamazaki, Noda-shi, Chiba 278-8510, Japan
*e-mail: [email protected]
We have developed an implicit membrane model to simulate membrane proteins based on the Brownian
dynamics algorithm. In this model, the membrane environment was described by a solvent-accessible surface
area model used in the calculation of solvation energy, where solvation parameters for atoms vary according
to water and lipid phases (Figures 1, 2 and Table 1). By using the membrane model, BD simulations of three
model peptides were performed for 100 ns: the polyalanine with 30 residues (A30), the papillomavirus E5
membrane protein (E5), and the amphiphilic bee venom melittin (MLT). A30 and E5 stayed in the membrane
region as did the initial states throughout the simulation (Figures 4, 7, 8), which was in agreement with
the experimental results and prediction based on the hydropathy index of those peptides. Amphiphilic MLT
stayed stably in the interface region between water and lipid layers with helical conformation (Figures 5, 6),
which was also consistent with the experimental results and other simulation results. These results indicate
that the BD method with our implicit membrane model is useful for simulation of membrane proteins.
Keywords: Brownian dynamics, Membrane protein, Implicit membrane model, Solvent-accessible surface
area, Atomic solvation parameters
262
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 6, No. 5 (2007)