平成21年版労働経済の分析(「労働経済白書」)について

2009.8. No.496
目 次
平成21年版労働経済の分析(「労
働経済白書」)について
平成21年版労働経済の分析(「労働経済白書」)について
1 はじめに
厚生労働省は平成 21 年 6 月 30 日、「平成
21 年版労働経済の分析(「労働経済白書」)」を
公表しました。今回の白書は、「賃金、物価、
雇用の動向と勤労者生活」と題し、2007 年後
半から 2008 年央までの高い物価上昇により実
質所得、消費が停滞し、その後、輸出と生産の
落ち込みによって雇用情勢の急速な悪化に直面
している勤労者生活について、賃金、物価、雇
用の指標から総合的に分析しています。
今月号では、その概要をご紹介いたします。
とした世界的な金融不安の高まりとともに世界
規模の経済減速が始まると、景気回復の牽引力
を外需に依存していたが故に、他の国々にもま
して大きな経済収縮に直面することとなった。
雇用情勢は急速に悪化し厳しさを増した。有
効求人倍率は 2007 年 6 月から緩やかに低下を
初め、同年秋以降、大幅な低下を示した。また、
完全失業率は、2007 年 7 月を底に上昇を始めた。
[図 1 参照]
一方で、2008 年春の新規学卒者の就職状況
が堅調であったことから、若年者の完全失業率
は改善した。しかし、2009 年春の新規学卒者
の就職状況は悪化しており、採用内定が取り消
されるケースも生じるなど、先行きには注意が
必要である。
地域ごとの雇用情勢をみると、2002 年から
の景気回復過程において雇用情勢が大幅に改善
2 労働経済の推移と特徴
(1)雇用、失業の動向
我が国経済は、2002 年以来、長期の景気回
復を続けてきたが、2007 年に景気の踊り場的
な状況を迎え、2008 年秋にはアメリカを中心
〔図 1〕雇用情勢の推移
(%)
6
(倍)
1.5
完全失業率(左目盛り)
5
1.0
4
3
0.5
2
有効求人倍率(右目盛り)
1
0
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
資料出所 厚生労働省「職業安定業務統計」、総務省統計局「労働力調査」
(注) 1)データは四半期平均値(季節調整値)。また、グラフのシャドー部分は景気後退期。
2)有効求人倍率は、新規学卒者を除きパートタイムを含む。
−1−
07
08
0.0
09
(年)
平成21年版労働経済の分析(「労働経済白書」)について
していた製造業集積地において、有効求人倍率
が大幅に低下するなど、製造業集積地における
雇用牽引力が損なわれることとなった。2008
年度末にかけて広がった非正規労働者の雇止め
等についても、東海地方等製造業集積地におい
て多くなっている。
(2)賃金、労働時間の動向
我が国経済は 2007 年秋以降、景気後退過程
に入り、2008 年秋以降、外需の落ち込みで大
きな経済収縮に直面している。
雇用調整は急速に悪化し厳しさを増した。ま
た、経済収縮に伴う賃金の調整は進んでいる。
特別給与は 2007 年に 3 年ぶりに減少するとと
もに、所定外労働時間の減少に伴い 2008 年に
は所定外給与も減少するなど、現金給与総額の
減少テンポは、過去の景気後退過程に比べても
速い。
また、企業における雇用維持努力のもとで、
労働投入量の削減を労働時間の短縮によって進
める動きが強く、2008 年の所定外労働時間は、
7 年ぶりに減少した。
3 賃金、物価の動向と勤労者生活
(1)賃金、物価からみた我が国経済の展開
我が国経済は、戦後復興から高度経済成長、
さらには、その後の安定成長から 1980 年代後
半の長期の景気拡大などを通じて、旺盛なマク
ロの総需要の拡大に牽引され、長期にわたって、
物価と賃金は上昇してきた。総需要の力強い成
長によって、物価は長期的に上昇傾向で推移し、
また、技術革新や労働者の職業能力の向上に支
えられた賃金の上昇によって、実質所得も向上
し、勤労者生活は量的にも質的にも拡大、発展
してきた。
ところが、バブル崩壊以降、我が国経済の状
況は一変した。総需要の停滞は著しく、完全失
業率は継続的に上昇するとともに、1990 年代
末からは物価の継続的な低下がみられるように
なった。 [図 2 参照]
こうしたもとで、企業は賃金抑制傾向をさら
に強め、それがまた消費と国内需要の減少へと
つながり、さらなる物価低下を促すという、物
価、賃金の相互連関的な低下が生じるようにな
った。総需要が減退し、価格が継続的に低下す
る状況は、企業の前向きな投資環境として好ま
しいはずもなく、我が国経済は極めて深刻な事
態に直面した。
(2)家計に与える物価の影響
総需要の低迷のもとで消費者物価の低下も続
いてきたが、2006 年に、ようやく上昇へと転
−2−
じた。しかし、それは、主に輸入物価の上昇な
どコストのアップによるものであり、最終財の
価格が低迷するもとで、素原材料価格や中間財
価格が上昇したことは、企業収益を圧迫した。
さらに、2007 年後半から 2008 年央にかけては、
石油価格の高騰により消費者物価が大きく上昇
した。
〔図 2〕賃金と物価の長期的な推移
(2000年=100)
120
消費者物価指数
(総合)
100
80
第2次石油危機(78年)
第1次石油危機
60 (73年)
現金給与総額
(30人以上)
40
20
0
1970 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08
(年)
資料出所 総務省統計局「消費者物価指数」、厚生労働
省「毎月勤労統計調査」
(注)現金給与総額については、調査産業計。
2008 年央までみられた消費者物価上昇の影
響を、所得階層別にみると、所得階層の低い世
帯ほど高い上昇率となっている。消費者の購入
品目は、所得階層別に異なり、所得階層の低い
世帯ほど生活必需品の購入割合が高まるが、輸
入物価の上昇や石油価格の上昇は、生活必需品
の価格上昇へとつながり、所得の低い世帯によ
り大きな影響を与えた。このような低所得世帯
をめぐる賃金、物価、消費の状況は、持続性を
もった経済成長を実現していくという点からも
課題であったと言えよう。
(3)物価の動向とマクロ経済
我が国経済が今後、国内需要を着実に回復、
改善させていくためには、次の 3 つの課題に的
確に取り組む必要があろう。それは、第一に、
所得増加と格差縮小を通じたすそ野の広い消費
の拡大であり、第二に、将来の成長に期待でき
る環境から生まれる企業の投資活動の活発化で
あり、そして、第三に、交易条件の悪化に伴う
国内の実質所得の目減りを防ぎ、国内経済活動
に盤石の備えを持つことである。
これらの課題に取り組むに当たり最も重視し
なくてはならないのが、労働生産性の向上であ
る。着実な労働生産性の裏付けによって賃金が
増加するとともに、所得・消費の拡大を通じた
内需の拡大が企業の将来期待と投資環境をも改
善させる。そして、労働者の技能・技術の向上、
生産設備の高度化によって我が国産業が、より
高い付加価値を創造する力をつけることができ
れば、輸入物価が上昇するもとでも、交易条件
の悪化をくい止めることは可能であり、国内生
産活動の成果をより多く国内経済発展のために
再投入することが期待できる。
4 雇用の動向と勤労者生活
(1)企業経営と雇用の動向
我が国経済は輸出の拡大に成長が牽引されて
きたが、それ故に、世界経済の動揺が国内経済
に直結することとなった。今後は内需の拡大に
向け取り組んでいくことが期待される。着実な
労働生産性の向上のもとで、成長の成果を適切
に分配し、良好な経済循環と持続性をもった経
済発展を実現することが、我が国社会の中長期
的な課題である。一方、当面する経済の収縮に
対しては、企業の雇用維持努力を支援し、失業
者の再就職を促進することによって、雇用の安
定を基盤とした所得、消費の下支えを図り、景
気のさらなる後退を回避していくことが求めら
れる。今回の後退過程においては、経済収縮の
規模が戦後最大級のものであるにもかかわらず、
雇用の維持に向けた努力がみられ、2008 年末
までの雇用指標を見る限り雇用量は維持されて
いる。企業の中で技術・技能を蓄積した労働者
を大切にし、次の成長に向け、それぞれの企業
において備えをすることは、企業活動にとって
もメリットは大きく、かつ、雇用の安定の観点
から社会的な意義も大きい。ワークシェアリン
−3−
グ(雇用の分かち合い)の視点に立って雇用維
持に努める企業に、可能な限りの社会的な支援
を行うことが重要である。
雇用調整の実施方法について景気後退過程ご
とに、上昇ポイント(年率換算)をタイムトレ
ンド関数で推計すると、第 14 循環においては、
残業規制の上昇ポイントが特に大きいことがわ
かる。また、今までの景気後退過程では上昇ポ
イントが大きくなかった臨時、パート等の再契
約停止・解雇が大きく増加している。一方、希
望退職者の募集・解雇の上昇ポイントは相対的
に小さい。雇用の削減を伴う雇用調整は、正規
労働者で抑制されているものの、非正規労働者
において集中的に表れており、非正規労働者も
含めた雇用維持の取組が期待される。 [図 3
参照]
さらに、新たな産業・雇用分野を創出するた
め総合的な支援施策を展開していくことが求め
られる。将来の成長分野で質の高い雇用創出を
行うことで高い生産力と内需の拡大を生み出し
ていくことが今後の課題として重要である。
(2)変化する就業形態と勤労者生活
我が国における就業形態の変化は、グローバ
ル化に伴う厳しい市場競争や産業構造の変化、
生産・サービスの柔軟な供給体制をとる企業の
経営戦略、高齢化等に伴う労働力供給構造の変
化、さらには労働者意識の変化などが複合的に
結びつきながら進んできた。こうした中で、非
正規労働者が増加し、雇用者に占める割合も上
昇してきた。一方、その就業状況については、
正規労働者に比べ賃金水準が低く、勤続に伴う
賃金上昇も著しく小さい。これは、非正規労働
者に技術・技能形成のための機会が乏しく、ま
た、そのような蓄積を評価する仕組みが乏しい
ことから生じている。
1990 年代半ば以降の非正規労働者の増加に
ついては、企業の採用抑制や雇用情勢の悪化と
ともに、労働者の意識の変化などもあり、特に、
若年層で大きな増加がみられた。今回の景気後
退に伴う雇用調整は、非正規労働者の削減に集
中的に現れ、若者の抱える問題を浮き立たせた。
若年の不安定就業者の正規雇用化とその職業的
自立の促進は、引き続き、労働政策の主要課題
である。
(3)雇用システムの展望と課題
今後の雇用システムを展望する場合、長期雇
用と年功賃金の関係を改めて考察しておく必要
があろう。高度経済成長期にみられた年功賃金
は、年齢、勤続年数に応じて賃金を引き上げる
年齢賃金に近いものであったが、高度経済成長
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から安定成長に移行するに伴い、年齢や勤続年
数を同じくした集団に同一の賃金・処遇を適用
することは難しくなった。集団主義的な労働関
係に見直しがなされ、そこで導入されたものが
職能資格制度であった。長期雇用慣行を堅持す
る中で、労働者の職務遂行能力をじっくりと評
価判断し、能力評価システムを強化することに
よって、長期雇用のもとで労働関係を個別化す
る方向を目指したのである。しかし、労働者の
潜在的能力を把握し、じっくりと育てることは、
決して容易なことではない。1990 年代に人件
費抑制の要請が特に強まると、即効性があるよ
うにみえた業績・成果主義を導入する企業が増
加した。ところが、近年では、業績・成果主義
を納得性のあるものとして運用するために、評
価基準を明確化したり、評価者の研修などに取
り組まなくてはならないという課題が明らかに
なるにつれ、長期雇用のもとでじっくりと職務
遂行能力の向上に取り組むことの意義が再認識
されるとともに、組織・チームの成果を賃金に
反映させることも大切であるというように、人
事担当者の認識も変化してきた。
我が国社会は、雇用の安定を基盤とした長期
雇用システムのもとで、豊かな勤労者生活を実
現していくために、①大きな経済収縮のもとに
あっても政労使の一体的な取組により雇用の安
定を確保し、長期雇用システムの基盤を守るこ
と、②職業能力の向上に支えられたすそ野の広
い所得の拡大を実現すること、③産業・雇用構
造の高度化に裏付けられた内需の着実な成長を
目指すこと、といった課題に取り組むことが求
められている。
〔図 3〕雇用調整実施方法の上昇ポイント
16
(%ポイント)
残業規制
14
12
臨時、パート
等の再契約
停止・解雇
10
8
6
希望退職者の
募集、解雇
休日・休暇の
増加等
配置転換、
出向
4
2
0
第 12 循環
(1997 年Ⅱ期∼ 1999 年Ⅰ期)
第 14 循環
(2007 年Ⅳ期∼ 2008 年Ⅳ期)
(景気後退過程)
資料出所 厚生労働省「労働経済動向調査」により厚生労働省労働政策担当参事官室にて推計
(注) 標記の景気循環の景気後退過程それぞれにおいて、各雇用調整実施方法の上昇ポイント(年率換算)を
タイムトレンド関数を用いて推計したもの。
企業年金ノート № 496
第 13 循環
(2000 年Ⅳ期∼ 2002 年Ⅱ期)
年金信託部
〒100-8112 東京都千代田区大手町1ー1ー2 ℡.03(5223)1992
〒540-8607 大阪市中央区備後町2ー2ー1 ℡.06(6268)1866
平成21年8月 りそな銀行発行
りそな銀行はインターネットにホームページを開設しております。
【http://www.resona-gr.co.jp/】
りそな銀行は、インターネットを利用して企業年金の各種情報を提供する「りそな企業年金ネットワーク」を開設しております。
ご利用をご希望の場合は、年金信託部までお問い合せ下さい。(TEL 06(6268)1813)
受付時間…月曜日∼金曜日 9:00∼17:00
※土、日、祝日、12月31日∼1月3日、5月3日∼5月5日はご利用いただけません。
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