トピック 転機を迎える相続税 『売家と唐様で書く三代目』──川柳が格言に転じた珍しい例である。 初代と二代目が苦労して築いた財産も三代目が散財してしまい、つい には家業が傾くという戒めである。バブル期には、不動産価格が高騰し て相続税を支払うために家を売却する人が相次いだ。いわば現代版の 売家であり、相続税が引き下げられたが、近年になって風向きが変わり つつある。 政策・経済研究センター シニア・エコノミスト 白石浩介 福祉社会の到来と相続税 経 済 ト ピ ッ ク 専門分野: 財政、公共経済、行政管理 24 ている。2004 年に相続税の対象となっ 税収が 1 兆 4 千億円に過ぎない相続税 た資産は、日本全体で約 10 兆円であり、 であるが、その前途は明るい。高齢化社 うち 1 兆円が相続税として納付された。 会の到来により、死亡人口が増えること つまり、租税負担率は 10%(= 1 兆円 に加えて、わが国の資産の多くは老人層 ÷ 10 兆円)である。この 10%が高いの が保有しているからだ。しかも経済がデ か、それとも低いのかは、議論が分かれ フレからインフレに転じれば、不動産や るところである。 証券の価値が上昇するので、相続税はま 注目を集めているのは、第 2 の根拠と すます増えていく。現在の日本では各所 しての社会保障の充実である。高齢者が において、団塊の世代の資産運用が盛ん 資産を形成する動機は、老後への備えで に語られているが、その一部は使い残し あるが、年金、医療、介護といった社会保 となるに違いなく、それらはすべて相続 障の充実により、昔に比べると、個人が資 税の対象になる。 産を取り崩す必要性が低下している。実 相続税の対象となる財産を残す人は、 白石浩介 しており、これが課税強化の理由となっ 際のところ、老人医療費や公的年金に対 100 人中 4 人足らずであり、税収規模が する公費の投入割合は小さくなく、老人が 小さいこともあって、これまでの相続税 使い遺した資産に対して、死後に課税す はあまり世間の関心を集めない存在で べきと主張される根拠となっている。 あった。しかし、数年前から相続税の見 さらに、社会保障の受益と負担をめぐっ 直しを主張する人が増えている。過去 ては、世代ごとの格差が問題となってい 20 年間ほど続いた減税から方向を転換 る。現在の老人世代は、現役世代に比べ して、増税していくべきだと言うのだ。 ると「得をする世代」である。残された 増税論の第1の根拠は、財政再建であ 財産を広く若年層に還元して欲しいとい る。歳入拡大の切り札は消費税であるが、 う主張には説得力がある。いわゆる所得 国の借金財政を考慮すると、あらゆる税 再分配のための相続税とは、異なる視点 金が見直しの対象になる。増税論者は相 を提供しているところに、第 2 の主張の 続税の負担率が低いのではないかと主張 新しさがある。今後の相続税の見直し議 Vol. 3 _ No. 9 _ 2006 . 09 論は、 「社会保障」や「世代間問題」をキー じめとする西欧社会にも息づく精神であ ワードとして展開するものと思われる。 ることは周知の通りである。 現代の相続税には、死亡時における個 財産を遺す動機 人財産の清算という考え方が反映されて 古代エジプトにも相続税があったとい いるが、一方で、死亡する側の老人は自 う。家族や親子のつながりが重視され、 らの財産を社会ではなく、子孫に残そう 子孫に財産を遺すことが当然と見做され と考えており、ここに公益と私益の衝突 た古代社会においても、金満家の血縁で という問題が発生する。しかし、日本の あるというだけで多額の財産を受け継ぐ 将来を悲観してせめてわが子にだけは財 者に対する、周囲の釈然としない気持ち 産を遺そうと、多くの日本人が考えるよ がうかがえて興味深い。ローマにも相続 うになったら、おしまいである。そこに 税があったが、その一方で支配階級は公 は沈むタイタニック号において、先に沈 共インフラの寄付という形で、自らの財 むのか、あとから沈むのかという違いし 産を社会に還元することを盛んに行った。 かないからだ。たんなる課税の強化では 共同体への遺贈が名誉とされたのである。 なく、社会の活性化という視点が相続税 この辺の考え方は、現代のアメリカをは 改革に望まれる。 経 済 ト ピ ッ ク 図表 相続税の課税状況 実効税率 (%) 課税価格・納付税額 (兆円) 20 25 課税価格 納付税額 実効税率 20 15 15 10 10 5 5 0 0 1983 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 (年) 注 1:課税価格とは、相続税の対象となった資産額のこと。納付税額とは、相続税の納付額のこと。 注 2:実効税率=納付税額÷課税価格 資料:政府税制調査会資料をもとに作成 Vol. 3 _ No. 9 _ 2006 . 09 25
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