開発秘話:Si-MOSFETを用いた移動体通信用高周波モジュール

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Innovation Stories
開発秘話:Si-MOSFETを用いた移動体通信用高周波モジュール
(Si-MOSモジュール)
元 株式会社日立製作所 半導体グループ 主管技師 吉田 功
■ はじめに
力との比)
50%の性能を引き出すことができた。Si-MOSで50%
の高効率と胸を張ったが、GaAsデバイスにはかなわなかった。
移動体通信用携帯電
話の世界規模の広がり
それでもSi-MOSでの世界トップデータであり、関浩一企画室
の中で、現在その生産量
長のバックアップをいただいて中央研究所で発表、さらにパワ
は月1億台を超えている。
で発表した。この国際会議での
ー半導体国際会議
(ISPSD92)
2004年の段階で、その
内容は、当時のモトローラ社の最初の論文に引用された。その
約 3 割の電話に日立の
後モトローラ社は、この構造にLDMOSと名付けて大々的に宣
Si-MOSモジュールが使
用されるという状況に
伝したため、その名前が定着した。実はこの構造の基本形は、
図1 Si-MOSモジュール(GSM対応)
チップ写真:11×13.75mm
。
なっていた
(図1、2参照)
発表したものであり、いわばその改良版の構造をモトローラ社
が追随する格好になった。
50
30
の高耐圧化に始まる。1972年当時、私は、徳山巍主管研究員の
L6
AI短絡型
Siゲート
10
L5
20
L4
5
Moゲート
2
(GHz)
1
すこし横道にそれるが、パワーMOSの歴史を遡るとMOSFET
たかし
20
遮
断
周
波
数
1982年の電子デバイス国際会議(IEDM)
で岡部主任研究員が
L3
10
L2
Siゲート
モ
ジ
ュ
ー
ル
出
荷
量
(百万個/月)
L1
1980
NHKからの要請で、このMOSFETの高耐圧化の研究を開始し
みのる
た。そして1974年、永田穣部長の指導に従って、これを大電流化
し、パワーMOSとして実用化を考えたとき、武蔵工場のMOSLSI
プロセスラインで製造開発するのがよいとのアドバイスを、久保
まさはる
征治主任研究員にいただいた。そしてオーディオ用パワーMOS
S1
1970
もとで MOS 構造へのイオン打ち込みの研究に携わっており、
1990
1995
2000
0
2005
を開始した。私はこのときから、
「パワーMOSは、LSI技術を取り
入れた最初のパワーデバイス」
という概念を持ち続けている。
図2 Si-MOSの高性能化とRFモジュールの出荷量の増大
1992年から、欧州の移動体電話の通信方式として、GSM方式
幸運にもこのような状況になった要因として、次の三つが挙
が本格的に立ち上がってきた。日立の戦略はこれをSi-RF-MOS
(Global
げられる。ひとつには、欧州を中心に広がっているGSM
で対応することであり、Si-MOSモジュールの量産化を進めた。
マーケットの立ち上がりから参
System Mobile communication)
■ Si-MOSの選択と他社の動向
入でき、顧客との連携が良かったこと、二つめは小型のセラミ
多くの人から、異口同音に
「どうして他社はRF-MOSの開発
ックパッケージの開発とその量産化がタイムリーに行えたこと、
をしないの?」
と聞かれた。正直、私自身よくわからないが、事
そして三つめの要因は、Si-MOSモジュールの開発に非常に長く
実として次のことがあり、大変興味深い。
時間をかけて取り組んできたことである。ここでは、その三つめ
MOSFETの大出力化を最初に検討したフィリップス社は、長
の要因に私が深く関わってきたので、Si-MOSモジュールの開発
年バイポーラトランジスタの開発に注力し、その当時もその開
に焦点を当て、開発秘話として述べてみたい。
発を積極的に進めていた。MOSFETの高周波化を最初に試みた
■ RF-Si-MOSFETの研究
富士通(後の富士通カンタム福田社長ら)
は、その後GaAsデバ
たけあき
1990年2月、私は、当時の中央研究所の岡部健明主任研究員
イスの高周波化を志向して、GaAsデバイスのトップメーカーに
よりRF-MOSの研究開発を引き継いだ。この時の研究開発グ
(石
なっている。1980年代に、高周波・大出力を試みた松下電器
ループは、勝枝嶺雄研究員と私の二人であった。まず、L3と呼ばれ
川氏ら)
は、GaAsモジュールで日本のトップシェアを誇ってい
る世代の開発に注力した。このLシリーズの研究は岡部主任研究
た。これらの背景には、彼らが、その当時のSi-MOSの性能に限
員によって始められたもので、後述のSiゲートの高耐圧MOS
界を感じて、他への展開を図ったものと推察される。当時、MOS
に、高周波化のための金属(Mo)
ゲート構造を取り入れたもの
の微細化技術は不十分であり、それをもとに高周波応用を考え
である。L3はMoゲート構造で、ゲート長が0.8μmの加工とオフ
たとき、バイポーラトランジスタやGaAsデバイスの選択が必然
セットゲート長の最適化が課題であった。約1年後、当時の高
だったのだろう。我々は彼らより少し遅れてRF-MOSの開発に
崎工場半導体設計部の大高成雄主任技師やプロセス開発部の
参入したが、理解ある上司にめぐり合い、MOSの開発に情熱
丸山泰男技師らとの共同開発により、動作周波数1.5GHz、電源
を持ち続けられていた点が、彼らとのデバイス選択を異にした理
(RF増幅出力と直流入力電
電圧4.8V、出力電力1W、付加効率
由と思われる。私は、デバイス性能はその種類に関わりなく、そ
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SEMI News • 2013, No.1
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Innovation Stories
の開発に従事する人の情熱に比例するような気もしている。
ゲート
ゲート
ソース ドレイン
ドレイン
一方、私自身は次のように考えてパワーデバイスの開発に取
り組んでいた。Si-MOSは、LSIの製造ラインが共用できるとい
う利点のほかに、物理的に見ても優れている。Siは、電界の小さ
Al
p+
n+
な時の速度、つまりキャリア移動度はGaAsのそれに比べて一桁
p
n-
n+
SiO2
n+
p-
p+
程度低いが、電界強度が大きい時の飽和速度はGaAsのそれを凌
駕すること、微細化の進んだサブミクロン領域のSi-MOSデバ
ソース
(a)Si-RF-MOS
イスは、GaAsデバイスに十分に比肩できる。また、熱伝導度が
n+
p-
(b)従来のMOS
図3 Si―MOSFETの断面構造
GaAsのそれに比べて3倍以上大きいことは、パワーデバイスと
して有利である。
ールに対する関心の高さを肌で感じることができた。この発表
■ Si-MOSモジュールの開発
の後、日立ヨーロッパ研究所の担当者とエリクソン、ノキア社な
1995年2月、我々のグループは、中央研究所から半導体事業
どを訪問し、日立のSi-MOSモジュールに対する期待を感じ取
しもひがし
部・半導体開発センターに移り、下東勝博本部長のもと、徐々に
ってきた。この時の感触がその後の開発の原動力につながった。
L6の予備検討は、1997年秋から開始した。ここでも、次は
開発体制が整備されていった。
Si-MOSの高性能化を、ゲートの微細化で対応するためには、
GaAsかMOSかの選択を迫られた。GaAsFETは高性能であり、
Moゲートの加工精度に限界があることが明らかになってきた。
効率という観点から比較するとGaAsに軍配が上がる。しかし
そこで、図3に示す構造を提案して、0.5μmゲートを達成した。
MOSは、電流が(ゲート)電圧によって増加する、いわゆるエ
この構造は、微細化したSiゲートの抵抗の増大をAl電極で短絡
ンハンスメント動作であり、かねてからの一電流動作がひとつ
することでカバーしたもので、約10GHzの性能を得ることがで
の拠り所だった。これに対して、GaAsヘテロ接合バイポーラト
きた。ちょうどこの時期に、携帯電話の小型軽量化の目的で、電
ランジスタ
(HBT)が発表された。これはバイポーラトランジ
源が従来のNiCd系から電流密度の高いリチウムイオン系に移
スタではあるが、GaAs基板のため耐圧が高くとれ、エンハンス
行すること、すなわち4.8Vから3.6V電源が主流になるという情
メント動作で、そのうえ高性能である。世の中の主流は、GaAs-
(電源)電圧の
報があり、3.6Vの選択を迫られた。出力電力は
HBTへと傾いていくのは自然の成り行きに思えた。おりしも、
2乗に比例するので、3.6V化には、パワーデバイスに約2倍の低
当時のRFマイクロ社やコネクザント社が、電話機メーカーへ
損失化(大電流化)
が要求されることになった。
の売り込みを強めていた。日立としてもHBTかMOSかと揺れ
1996年1月から試作を開始したが、4月になっても5月になっ
ていた。しかし我々は、MOSでやると決めて動き出していた。
ても目標性能が得られない日々が続いた。
「絶対にあきらめな
1997年のIEDMの情報交換が縁で、当時の半導体技術開発部
い、苦しくても逃げない」
をモットーに、いろいろな人の知見と
の池田修二主任技師と知り合った。また、蒲原史朗主任技師ら
かもはら
まさ お
援助を求めた。堀田正生本部長の指導のもと、中央研究所の近藤
を交えて共同開発を行い、微細化と高耐圧化との両立構造を追
博司主任研究員、関根健治主任技師らの討論を通じて、ゲートの
及した。1998年12月、第一次試作でRF-MOSの目標特性を得て、
更なる微細化が有効であること、後述のDD-CIMAで解決する
翌年には効率55%のGSM用Si-MOSモジュールを開発すること
以外に当面の道は開けないことを確認した。8月から、半導体グ
ができた。これがその後のSi-MOSモジュールの拡販に繋がっ
かずのり
ループの森川正敏主任技師、小野沢和徳主任技師らと共同でデ
ている。
バイス設計を行い、12月にチップの目標特性を得て、翌年の3月
■ おわりに
に3.6V対応のSi-MOSモジュールが目標特性を達成した。
以上述べてきたように、この開発にはいろいろな幸運が重な
その3.6V対応のRF開発のキーポイントとなったDD-CIMA
ったと感じている。例えば、この時期にGSMの市場が立ち上が
について、簡単に説明する。出力電力はゲート幅に比例して大き
らなかったなら、セラミックパッケージの開発と量産化がタイム
くならず、ある値で飽和する傾向を示すので、GSMで目標とす
リーに行えなかったなら、良き指導者たちに巡り会わなかった
る出力電力4Wは、1チップでは達成できない。そこで、チップ
なら、研究開発を共にした良き同僚がいなかったなら、微細化
を分割してインピーダンスの低下を防ぎ、整合回路で一括し
の進んだCMOSプロセスが活用できなかったなら……………。
て合成する方式を考案した。この方式をDivided Device and
どれ一つ欠けていても、Si-MOSモジュールの大量生産に繋が
Collectively Impedance Matched Amplifierと名付け、DD-CIMA
らなかったのではないか。この研究開発を通して、大きな夢を
と呼ぶことにした。比較的短いストリップ線路とコンデンサとを
持ち、これを持ち続けること、徹底してこれをやり抜くことの大切
用いて、インピーダンス整合を行う手法である。
さを学んだ。私の伝えたいメッセージは、チャレンジする心、感
実際にはこれをSi-MOSモジュールで実現し、オランダのハ
で発表した。発表
ーグで開催された欧州の学会(ESSDERC)
後、フィリップス社の研究者たちの質問攻めにあい、そのモジュ
No.1, 2013 • SEMI News
謝する心、人との出会いの大切さである。
参考文献:吉田 功「移動体通信用マイクロ波シリコンパワー
MOSFET」1999年12月 電気学会誌
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