P20-21_29-01/47L 13.1.18 4:00 PM ページ 20 Innovation Stories 開発秘話:Si-MOSFETを用いた移動体通信用高周波モジュール (Si-MOSモジュール) 元 株式会社日立製作所 半導体グループ 主管技師 吉田 功 ■ はじめに 力との比) 50%の性能を引き出すことができた。Si-MOSで50% の高効率と胸を張ったが、GaAsデバイスにはかなわなかった。 移動体通信用携帯電 話の世界規模の広がり それでもSi-MOSでの世界トップデータであり、関浩一企画室 の中で、現在その生産量 長のバックアップをいただいて中央研究所で発表、さらにパワ は月1億台を超えている。 で発表した。この国際会議での ー半導体国際会議 (ISPSD92) 2004年の段階で、その 内容は、当時のモトローラ社の最初の論文に引用された。その 約 3 割の電話に日立の 後モトローラ社は、この構造にLDMOSと名付けて大々的に宣 Si-MOSモジュールが使 用されるという状況に 伝したため、その名前が定着した。実はこの構造の基本形は、 図1 Si-MOSモジュール(GSM対応) チップ写真:11×13.75mm 。 なっていた (図1、2参照) 発表したものであり、いわばその改良版の構造をモトローラ社 が追随する格好になった。 50 30 の高耐圧化に始まる。1972年当時、私は、徳山巍主管研究員の L6 AI短絡型 Siゲート 10 L5 20 L4 5 Moゲート 2 (GHz) 1 すこし横道にそれるが、パワーMOSの歴史を遡るとMOSFET たかし 20 遮 断 周 波 数 1982年の電子デバイス国際会議(IEDM) で岡部主任研究員が L3 10 L2 Siゲート モ ジ ュ ー ル 出 荷 量 (百万個/月) L1 1980 NHKからの要請で、このMOSFETの高耐圧化の研究を開始し みのる た。そして1974年、永田穣部長の指導に従って、これを大電流化 し、パワーMOSとして実用化を考えたとき、武蔵工場のMOSLSI プロセスラインで製造開発するのがよいとのアドバイスを、久保 まさはる 征治主任研究員にいただいた。そしてオーディオ用パワーMOS S1 1970 もとで MOS 構造へのイオン打ち込みの研究に携わっており、 1990 1995 2000 0 2005 を開始した。私はこのときから、 「パワーMOSは、LSI技術を取り 入れた最初のパワーデバイス」 という概念を持ち続けている。 図2 Si-MOSの高性能化とRFモジュールの出荷量の増大 1992年から、欧州の移動体電話の通信方式として、GSM方式 幸運にもこのような状況になった要因として、次の三つが挙 が本格的に立ち上がってきた。日立の戦略はこれをSi-RF-MOS (Global げられる。ひとつには、欧州を中心に広がっているGSM で対応することであり、Si-MOSモジュールの量産化を進めた。 マーケットの立ち上がりから参 System Mobile communication) ■ Si-MOSの選択と他社の動向 入でき、顧客との連携が良かったこと、二つめは小型のセラミ 多くの人から、異口同音に 「どうして他社はRF-MOSの開発 ックパッケージの開発とその量産化がタイムリーに行えたこと、 をしないの?」 と聞かれた。正直、私自身よくわからないが、事 そして三つめの要因は、Si-MOSモジュールの開発に非常に長く 実として次のことがあり、大変興味深い。 時間をかけて取り組んできたことである。ここでは、その三つめ MOSFETの大出力化を最初に検討したフィリップス社は、長 の要因に私が深く関わってきたので、Si-MOSモジュールの開発 年バイポーラトランジスタの開発に注力し、その当時もその開 に焦点を当て、開発秘話として述べてみたい。 発を積極的に進めていた。MOSFETの高周波化を最初に試みた ■ RF-Si-MOSFETの研究 富士通(後の富士通カンタム福田社長ら) は、その後GaAsデバ たけあき 1990年2月、私は、当時の中央研究所の岡部健明主任研究員 イスの高周波化を志向して、GaAsデバイスのトップメーカーに よりRF-MOSの研究開発を引き継いだ。この時の研究開発グ (石 なっている。1980年代に、高周波・大出力を試みた松下電器 ループは、勝枝嶺雄研究員と私の二人であった。まず、L3と呼ばれ 川氏ら) は、GaAsモジュールで日本のトップシェアを誇ってい る世代の開発に注力した。このLシリーズの研究は岡部主任研究 た。これらの背景には、彼らが、その当時のSi-MOSの性能に限 員によって始められたもので、後述のSiゲートの高耐圧MOS 界を感じて、他への展開を図ったものと推察される。当時、MOS に、高周波化のための金属(Mo) ゲート構造を取り入れたもの の微細化技術は不十分であり、それをもとに高周波応用を考え である。L3はMoゲート構造で、ゲート長が0.8μmの加工とオフ たとき、バイポーラトランジスタやGaAsデバイスの選択が必然 セットゲート長の最適化が課題であった。約1年後、当時の高 だったのだろう。我々は彼らより少し遅れてRF-MOSの開発に 崎工場半導体設計部の大高成雄主任技師やプロセス開発部の 参入したが、理解ある上司にめぐり合い、MOSの開発に情熱 丸山泰男技師らとの共同開発により、動作周波数1.5GHz、電源 を持ち続けられていた点が、彼らとのデバイス選択を異にした理 (RF増幅出力と直流入力電 電圧4.8V、出力電力1W、付加効率 由と思われる。私は、デバイス性能はその種類に関わりなく、そ 20 SEMI News • 2013, No.1 P20-21_29-01/47L 13.1.18 4:00 PM ページ 21 Innovation Stories の開発に従事する人の情熱に比例するような気もしている。 ゲート ゲート ソース ドレイン ドレイン 一方、私自身は次のように考えてパワーデバイスの開発に取 り組んでいた。Si-MOSは、LSIの製造ラインが共用できるとい う利点のほかに、物理的に見ても優れている。Siは、電界の小さ Al p+ n+ な時の速度、つまりキャリア移動度はGaAsのそれに比べて一桁 p n- n+ SiO2 n+ p- p+ 程度低いが、電界強度が大きい時の飽和速度はGaAsのそれを凌 駕すること、微細化の進んだサブミクロン領域のSi-MOSデバ ソース (a)Si-RF-MOS イスは、GaAsデバイスに十分に比肩できる。また、熱伝導度が n+ p- (b)従来のMOS 図3 Si―MOSFETの断面構造 GaAsのそれに比べて3倍以上大きいことは、パワーデバイスと して有利である。 ールに対する関心の高さを肌で感じることができた。この発表 ■ Si-MOSモジュールの開発 の後、日立ヨーロッパ研究所の担当者とエリクソン、ノキア社な 1995年2月、我々のグループは、中央研究所から半導体事業 どを訪問し、日立のSi-MOSモジュールに対する期待を感じ取 しもひがし 部・半導体開発センターに移り、下東勝博本部長のもと、徐々に ってきた。この時の感触がその後の開発の原動力につながった。 L6の予備検討は、1997年秋から開始した。ここでも、次は 開発体制が整備されていった。 Si-MOSの高性能化を、ゲートの微細化で対応するためには、 GaAsかMOSかの選択を迫られた。GaAsFETは高性能であり、 Moゲートの加工精度に限界があることが明らかになってきた。 効率という観点から比較するとGaAsに軍配が上がる。しかし そこで、図3に示す構造を提案して、0.5μmゲートを達成した。 MOSは、電流が(ゲート)電圧によって増加する、いわゆるエ この構造は、微細化したSiゲートの抵抗の増大をAl電極で短絡 ンハンスメント動作であり、かねてからの一電流動作がひとつ することでカバーしたもので、約10GHzの性能を得ることがで の拠り所だった。これに対して、GaAsヘテロ接合バイポーラト きた。ちょうどこの時期に、携帯電話の小型軽量化の目的で、電 ランジスタ (HBT)が発表された。これはバイポーラトランジ 源が従来のNiCd系から電流密度の高いリチウムイオン系に移 スタではあるが、GaAs基板のため耐圧が高くとれ、エンハンス 行すること、すなわち4.8Vから3.6V電源が主流になるという情 メント動作で、そのうえ高性能である。世の中の主流は、GaAs- (電源)電圧の 報があり、3.6Vの選択を迫られた。出力電力は HBTへと傾いていくのは自然の成り行きに思えた。おりしも、 2乗に比例するので、3.6V化には、パワーデバイスに約2倍の低 当時のRFマイクロ社やコネクザント社が、電話機メーカーへ 損失化(大電流化) が要求されることになった。 の売り込みを強めていた。日立としてもHBTかMOSかと揺れ 1996年1月から試作を開始したが、4月になっても5月になっ ていた。しかし我々は、MOSでやると決めて動き出していた。 ても目標性能が得られない日々が続いた。 「絶対にあきらめな 1997年のIEDMの情報交換が縁で、当時の半導体技術開発部 い、苦しくても逃げない」 をモットーに、いろいろな人の知見と の池田修二主任技師と知り合った。また、蒲原史朗主任技師ら かもはら まさ お 援助を求めた。堀田正生本部長の指導のもと、中央研究所の近藤 を交えて共同開発を行い、微細化と高耐圧化との両立構造を追 博司主任研究員、関根健治主任技師らの討論を通じて、ゲートの 及した。1998年12月、第一次試作でRF-MOSの目標特性を得て、 更なる微細化が有効であること、後述のDD-CIMAで解決する 翌年には効率55%のGSM用Si-MOSモジュールを開発すること 以外に当面の道は開けないことを確認した。8月から、半導体グ ができた。これがその後のSi-MOSモジュールの拡販に繋がっ かずのり ループの森川正敏主任技師、小野沢和徳主任技師らと共同でデ ている。 バイス設計を行い、12月にチップの目標特性を得て、翌年の3月 ■ おわりに に3.6V対応のSi-MOSモジュールが目標特性を達成した。 以上述べてきたように、この開発にはいろいろな幸運が重な その3.6V対応のRF開発のキーポイントとなったDD-CIMA ったと感じている。例えば、この時期にGSMの市場が立ち上が について、簡単に説明する。出力電力はゲート幅に比例して大き らなかったなら、セラミックパッケージの開発と量産化がタイム くならず、ある値で飽和する傾向を示すので、GSMで目標とす リーに行えなかったなら、良き指導者たちに巡り会わなかった る出力電力4Wは、1チップでは達成できない。そこで、チップ なら、研究開発を共にした良き同僚がいなかったなら、微細化 を分割してインピーダンスの低下を防ぎ、整合回路で一括し の進んだCMOSプロセスが活用できなかったなら……………。 て合成する方式を考案した。この方式をDivided Device and どれ一つ欠けていても、Si-MOSモジュールの大量生産に繋が Collectively Impedance Matched Amplifierと名付け、DD-CIMA らなかったのではないか。この研究開発を通して、大きな夢を と呼ぶことにした。比較的短いストリップ線路とコンデンサとを 持ち、これを持ち続けること、徹底してこれをやり抜くことの大切 用いて、インピーダンス整合を行う手法である。 さを学んだ。私の伝えたいメッセージは、チャレンジする心、感 実際にはこれをSi-MOSモジュールで実現し、オランダのハ で発表した。発表 ーグで開催された欧州の学会(ESSDERC) 後、フィリップス社の研究者たちの質問攻めにあい、そのモジュ No.1, 2013 • SEMI News 謝する心、人との出会いの大切さである。 参考文献:吉田 功「移動体通信用マイクロ波シリコンパワー MOSFET」1999年12月 電気学会誌 21
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