28.黄金の驢馬(第一回:物語の発端) - So-net

28.黄金の驢馬(第一回:物語の発端)
著者:Apuleius(123 頃-?)
原題:METAMORPHOSES
(ASINUS AUREUS)
原著発行:西暦2世紀
訳者:呉茂一・国原吉之助
発行所:岩波文庫
訳書発行:2013 年7月 17
日、1080 円+税
本書は唯一完全な形で伝わる
ローマ時代のラテン語小説。
梟に化けるつもりが驢馬にな
ってしまい、おかげで浮世の
辛酸をしこたま嘗める主人
公。作者の皮肉な視点や批判
意識も感じられ、社会の裏面
が容赦なく描き出されてお
り、2世紀の作品ながら読ん
でいて飽きさせない。挿話
「クピードーとプシュケーの
物語」はとりわけ名高い。
(1)前書き
最近、私(筆者の林久治)はナザレのイエスとキリスト教を少々研究している。
なぜなら、これらは謎の多い問題であるからである。イエスに関しては、本感想文
の第1-5回で取り上げた。また、第 15-16 回には、スペイン映画「アレクサンド
リア」を取り上げ、4-5世紀におけるキリスト教の異教弾圧の実態を紹介した。
第 17 回には、「ローマ帝国の神々」(小川英雄著)を取り上げ、古代オリエントに
存在していた様々な宗教(神々)が、ローマ帝国の時代にキリスト教に収斂して行
った過程を考察した。第 18 回には、「禁じられた福音書」(エレーヌ・ペイゲルス
著)を取り上げ、「ナグ・ハマディ写本」における「グノーシス諸福音書」の豊穣
な可能性を紹介した。第 27 回には、「イエス・キリストは実在したか?」を取り上げ、
「革命家であった人の子・イエスが、どのような経緯で神の子・キリストにされた
か」を検討した。
イエスが活動し(ただし、彼の実在が真実であった場合に限るが)、キリスト教
が成立したのは西暦1-2世紀である。この時代は、ローマ帝国は絶頂期にあり、
キリスト教が発生したユダヤ地方はローマ領であった。この時代にローマ帝国に住
んでいた人々の感性は、現代人のそれとは大いに異なっていた。これらの人々にと
っては、世界は地上界、天界(太陽、月、および星々は各々の天球に張り付いてい
る)、および地下の冥界で構成されていた。彼らが生活する現実には、神々、悪魔
1
たち、魔術師たちが跳梁跋扈しており、霊や幻覚も実在すると確信されていた。そ
のような迷信的な古代社会を理解するための一助として、「黄金の驢馬」(以後、
本書と記載する)は大変定評がある。
本書を一言でまとめると、未熟な人格の主人公が俗世の混沌をさまよい、女神(イ
シス)の信仰への魂が導かれ、ワンランク上の人物になるというという内容である。
本書に挿入されている有名な「グピードーとプシューケーの物語」は少女(女性)
が運命の男性を得るための試練の旅の物語である。なお、本書の時代には、「出版
物の倫理規定」などは勿論なかったので、本書は何の束縛もなく自由に(エロチッ
クな内容も含めて)書いている。
しかし、本書が有名なわりには、本書に記載されている全ての寓話を紹介した文
献がない。(あるかも知れないが、残念ながら、私はそのような文献を知らな
い。)その理由は、本書の内容が膨大であるからであろう。従って、私は本書を読
み、本書全体の要約を記載して、それらの感想を書くことを思い立った。本書は 11
巻よりなり、「グピードーとプシューケーの物語」(以後、本物語と記載すること
もある)は巻の4の最後の部分から、巻の6の最初の部分までに記載されている。
今回(「黄金の驢馬」の第一回:物語の発端)は、本書の最初から、「本物語」の
開始直前までの部分を紹介する。次回には、「本物語」を紹介する予定である。
(2)今回(第一回)における、物語の舞台と主な登場人物
本書の舞台であるギリシャ中部の地図を図1に示す。
アクティウム
ザキュントス島
コリントス
図1. 本書の舞台であるギリシャ中部の地図。本書にでてくるラリッサの町は、
本図に示されている。しかし、ヒュパタは架空の町のようだ。
2
今回の主な登場人物
ルキウス:主人公。コリントス(図1を参照)からテッサリア(図1では、テッサ
リー)のヒュパタの町(架空の町)に魔法の勉強に行く。
アリストメネース:ヒュパタに行く途中の道連れ。魔女メロエーの奇譚を語った。
ミロオ:ヒュパタの金貸し。主人公に宿を提供。
パンフィレエ:ミロオの妻。一流の魔法使い。
フォーティス:ミロオの女中。主人公と情を通じる。
ビュラエナ:主人公の小母(母の乳姉妹)。ヒュパタに大邸宅を構えている。
(3)今回(第一回:本書の最初から、「グピードーとプシューケーの物語」の開
始直前まで)の紹介と感想(なお、以下において、訳者の注釈は括弧内に黒字で記
載する。また、筆者・林の意見や注釈を青文字で記載する。)
巻の一
発端、アリストメーネスと魔女メロエーの奇譚、テッサリアでミロオの邸に泊まる
こと。
p.7-9:発端は主人公がテッサリアに出かけた折の話である。
ミートレス風(ミートレスは小アジアの大都市。ここで、色々な奇譚集が作られ
たと言われている)の物語を書くので、ご覧下さい。私(本書の主人公)はギリシ
ャ出身で、ローマの都に行ってラテン語を勉強した。私が所用でテッサリアに出か
けた折の話をする。そこは私の母方の先祖が住んでいた。
p.9-14:旅の途中でアリストメーネスと道づれになる。
私がテッサリアに行く途中で、二人の旅人と道づれになった。私は彼らの一人
(アリストメーネス)の話を聞いた。彼はアイギオンの者で、蜂蜜やチーズを買い
付ける商人だった。彼はヒュパタの町で朋輩のソークラテスに会った。ソークラテ
スは運命の敗残者といった姿なので、アリストメーネスは朋輩の世話をして事情を
聞いてやった。
p.14-34:魔女メロエーの奇譚。
アリストメーネスは次ぎのような奇譚を話した。ソークラテス(彼)はマケドニ
アで大儲けをしたが、ラリッサ(図1を参照)に着く前に、試合の見世物へ入る気
になって本道をはなれた。彼はそこで盗賊に身包みを剥がれたので、とある旅籠の
女主人メロエーの世話になった。彼女は姥桜ながら美人で、神様のような女占者で、
浮気した愛人をビーバーに姿を変えたりしていた。
私(アリストメーネス)と彼が宿屋で寝ていると、メロエーが姉のパンティアと
入口の扉をこじ開けてやって来て、「二人で逃げようとしているので、お仕置きを
しよう」と言った。メロエーは彼をバッコスの贄(バッコスの祭りに女性たちが狂
乱して贄の獣を引き裂くこと)みたいに滅多刺しにした。パンティアは彼の喉の傷
口に海綿を詰め込み、私の顔の上をまたいで小便をしかけた。
3
私は「もし朝になって、死骸が人目に触れたとしたら、本当のことを言っても誰
が信じてくれるだろうか」と思いまどった。夜明け前に部屋を出て逃げようとした
が、門番が不審に思って宿屋の戸口を開けてくれなかった。そこで部屋に帰って手
早く死ねる手段を考えた。寝台に縄をかけて首をつろうとしたら、縄が切れて彼の
上に落ちた。すると彼が起き上がったので、私は(今のは夢だ、と気付き)嬉しさ
のあまり彼に接吻をした。ところが彼は「なんてひどい便所の匂いだ」と言って、
私を突きのけた。
私と彼は朝早く宿屋を出て、朝の旅路を楽しんだ。鈴懸けの樹の下で朝餉を取り、
彼は小川で水を飲もうとした。すると、彼の喉の傷口が開いて海綿が飛び出してき
た。私は彼の屍を埋葬し、まるで人殺しの罪を身に負った者みたいに、故郷も家屋
敷も捨ててしまった。私は自分から国を追われ、今ではアイトーリアで新規に家庭
を持って暮らしている。(ここまでが、アリストメーネスが話した奇譚)
もう一人の旅人は「色々でたらめな話も聞いたが、この話よりでたらめなのにま
だ遇ったことがない」と言って、私(主人公)に向かって「あなたは相当の身分の
方らしいが、この作り話を信じなさるかね」と訊いてきた。私は「どんなことでも
あり得ないものではないと考えているのです」と答えた。
p.34-40:テッサリアでミロオの邸に泊まる。
私(主人公)は二人と別れて、ヒュパタの町について、最初に見かけた旅館のお
かみに、ミロオの家を聞いた。彼女は「ミロオは金貸しで、物持ちだが、けちで評
判が悪い」と言う。ミロオの家に行き、女中(フォーティス)に「コリントスから、
デーメアス君の紹介状を持ってきた」と言う(ここで、作者がどこから来たかが分
かる)。ミロオ家には、主人、かみさん、女中しかいない。ミロオは「デーメアス
さんは、有難いな。こんな立派な客人をひきあわせて下さった」と言って、親切に
寝室を貸してくれた。
p.40-42:町で同門の友に会う。
私はひとりで湯屋に行き、市場で魚を買った。そこへ、アテーナイで同門の相弟
子だったビューティアスという男がやってきて、親しげに「ルキウス君、ウェステ
ィウス先生の所から夫々立ち去って以来だ。どういうわけで、ここへ来たんだい」
と言った(ここで、やっと、主人公の名前が分かる)。ビューティアスはここで厚
生部長を務めていて、市場の監督もしていた。彼は私を市場に連れ戻し、魚屋を
「来訪者に高い値で下らぬ魚を売りつけた」と叱りつけ、籠を往来にひっくり返し、
手下の役人に魚を足でつぶさせた。
p.43-44:ミロオの長話。
ミロオの館へ帰ると、ミロオが私に色々と訊ねた。デーメアスや、彼の妻子の様
子。私の旅行の理由。故郷のことだの、そこの主だった人々のことなど。私はいち
いち返事をしてやったが、胸くそが悪い老人のお喋りだけの御馳走にあずかって、
ひどい旅路をようやく終えた後で、長話の続きにくたびれはてた。
4
巻の二
女中フォーティスと馴染みをかさねること、ビュラエナの邸での奇怪な物語。
p.45-50:小母(ビュラエナ)の邸。
自分が今、魔法幻術の本家本元のテッサリアに居り、好漢アリストメネースの例
の話もこの町で起こったと思うと、望みと好奇心にかり立てられて、町じゅうを見
直して行った。すると、大勢の召使どもを引き連れた一人の女にでくわした。彼女
(ビュラエナ)は私の母(サルウィア)の乳姉妹と名乗り、私を彼女の邸に連れて
行った。彼女の邸が素晴らしく立派なことが詳しく描写されている。その中には、
沐浴をしている女神ディアーナに物ずきな眼を注ぎ、体を乗り出しているアクタイ
オーンが、半分は鹿の姿になっている有名な彫刻もあった。
p.51-52:ビュラエナの忠告。
小母は私に言った。「自分の息子同様なあなたのためにいつも心配しているの。
ミオロの奥さん(パンフィレエ)の悪だくみやよこしまな呪いにかからないように。
あの女は一流の魔法使いで、ようすの好い若い男に目をつけると、惚れてしまって
その人の魂に入り込み、底知れない情欲の足枷で永久に縛りとめるのです。もしそ
の男が少しでも意に従わないと、石とか羊とかに変えてしまうという話ですの。よ
く気をつけて下さい。」
私のほうは、魔法という恋焦がれた名前を聞くと、パンフィレエに用心するどこ
ろか、そうしたことを教えてもらいたさが一杯になった。そこで、小母の手を振り
切って、ミオロの宿に舞い戻った。
p.53-59:フォーティスを試してみる
私は「フォーティスを試してみるんだな」と胸につぶやきながらミオロの門口に
やって来ると、彼も細君も家に見えず、彼女だけが料理をしていた。私は彼女をみ
とれながら立っていたが、立っていたものはそればかりか、今までぐったりしてい
た一物(ペニスのこと)もだった。
とうとう私は彼女に声をかけ、冗談を言い合い、頭の髪を結びあげているところ
に接吻をした。彼女は「あらまあ、この学生さんたら」と言いながら、抱擁に応じ
て舌を寄せ合って接吻した。
p.59-65:ミロオのおかみさんが予言をする。
正午ころ、ビューティアスから贈物が届いた。よく肥った豚と五羽のひなどりに、
上等な葡萄酒の一壺であった。私はフォーティスに「その酒を今日は飲み乾してや
ろうよ」と言った。その日は、入浴と晩餐ですごした。善良なミロオの結構な食事
に招かれたが、おかみさんの目につかぬように気をつけた。夕暮れになると、おか
みさんは燭台を見て「明日はたくさん雨が降る」と言うので、主人が「どうして分
かるか」と聞いた。
おかみさんは「灯が知らせてくれる」と答えた。私は「その灯はささやかですが、
天上の火を自分の親と思って、天界の火がしようとすることを予言しているのです。
近頃、コリントスにも一人のカルデア人が来て、礼金を取って予言をしています」
と言った。ミロオは「彼はこの土地にも来とりましてな。予言の礼金を受け取った
時に、彼の甥が現れて長話をしている間に見料を持ち逃げされまして。見物人は大
笑いでした。」と言った。
5
p.65-69:フォーティスとの恋の戦。
私はミロオの長話に耐え切れず、「早めに休みたい」と寝室に戻った。女主人は
もう寝てしまったというわけで、私のフォーティスが入ってきた。その夜は、何度
となく手合わせをしつづけ、それからも幾夜を同じように重ねていった。ある日、
ビュラエナから招宴があった。私は断り切れず、フォーティスに恋の戦の中休みを
許してもらった。
p.69-87:ビュラエナの邸で、テーリュフローンが奇怪な物語をする。
ビュラエナの宴会で、私はテーリュフローン(女みたいな心)さんの物語を聞い
た。彼が部屋住みの頃、テッサリアじゅうを旅行してまわったが、ラリッサで旅費
が淋しくなった。市の市場で、死人の番人を募集していたので、それに応募した。
ここでは、女の魔法使いが死人の顔を食いとって行くので、夜間に死人の張り番を
する仕事であった。彼は眠らないように頑張ったが、不意に一匹のいたちが這い込
んできた。いたちを追い出したあと、突然に深い眠気に襲われた。夜明けに目覚め
て、死人の顔を見たが異常はなかった。
彼は謝礼を貰って市場に行くと、お弔いが繰り出してきた。一人の老女が「凶悪
な女が、密男と財産を狙って、わしの妹の息子を毒殺した」と叫んだ。女の方では、
空涙を流して、「そうした罪は覚えが無い」と言い張った。すると老女は「エジプ
トから来たザトクラース様にたんと御礼をして、死人の霊を呼び返して貰おう」と
言った。(ローマ時代には、キリスト教以外の予言者は高い料金を取った。)
予言者は薬草を死骸の口にあてがい、色々なお祈りをした。すると、屍に生気が
満ち、起き上がって、若者の声で言った。「私は花嫁に毒を飲まされ、まだ温もり
の冷えぬ寝床を密男にゆだねた」これを聞くと、細君は夫にはむかい、言い合いを
始めた。若者は「疑いのない真実の証拠を出してあげよう」と言って、テーリュフ
ローンを指差した。(ローマ時代には、イエス以外にも、死人を復活させる予言者
が居たことが分かる。)
若者は「この男が私の屍の番人をしているとき、妖術を使う老婆どもが、この男
を深い眠りに埋めてしまった。それから、私の名を呼び続けた。この男はちょうど
私と同じ名を名乗っていたので、おのずから扉のもとに歩み進んで、どこかの穴か
ら鼻と両耳を切り取られた。その企みが露見せぬよう、蠟で作られたそっくりな鼻
と耳が取り付けられた」と言った。
テーリュフローンは仰天して、鼻と耳を引っ張ると、それらがぽろりと落ちた。
哄笑の湧き上がる中を彼は、冷たい汗をかきながら逃げ出した。彼は出来損ないに
されたうえ人の笑いものになった身で、いまさら故郷の家に帰れなくなった。彼が
話し終わると、酒浸しになった来客たちはもう一度また大笑いを重ねた。
p.87-89:ルキウスはミロオの家に押し入ろうとする三人の賊を突き殺した。
いつもの通り「笑いの神」に乾杯をささげる時、ビュラエナが私に言った。「明
日は、この都の初めから決められているお祭りの日です。笑いの神様をお喜ばせで
きるよう工夫して下さい。」私は「笑いのたねを、考えてみましょう」と答えた。
夜も更けたので、私はよろめく足取りで家路を辿った。ミロオの家に着くと、三人
の屈強な男がありったけの力で門扉にぶつかっていた。私は「こやつらは物盗り
だ」と思い、隠し持っていた剣で三人の賊を突き殺してしまった。フォーティスが
6
起きだして来て、屋敷の戸を開けてくれたので、私はあえぎながら中に入って、眠
ってしまった。
巻の三
皮袋の化けた賊どもを殺した顛末、ミロオの妻、幻術で梟に化すること、それをま
ねて、ルキウス、驢馬になること。
p.91-93:ルキウスの裁判が野外劇場で行われることとなった。
翌朝、私はゆうべ犯した凶行を思い出して、涙にひたった。お仕置きの言い渡し
の後、首切り人足の手にかかることを思いやった。まもなく、市の役人たちやその
手下の者どもに続いて野次馬連中が屋敷になだれ込んできた。二人の手先が私を引
き立てて行ったが、不思議なことに他の連中は笑いころげていた。
野次馬連中が「罪の言い渡しは野外劇場でやってもらいたい」とせがむので、町
役人らは私を踊り場の中央に立たせた。野外劇場は町の人々で一杯になった。
p.94-103:ルキウスの裁判が群衆の笑いの中で行われた。
布令役の大きな呼び声に促されて、一人の年寄りが訴人として次のように言った。
「自分は夜番頭を勤めています。昨夜の丑の刻すぎに、あの若者が抜刃をふるって
手当たり次第に人殺しをしていました。三人もがあの男の手にかかってしまいまし
た。」
私はこう弁明した。「ゆうべ宴会から少し遅くなって帰りました折、幾分かは酔
っていましたが、ミロオ様の門口に何人かの盗賊が押し入ろうと企んでいました。
私は宿の主人の安全を気遣って、小剣を手に取り、やつらを追っ払おうとしました。
それなのに、凶暴な奴どもは刃向かって来ました。そこで私は三人と戦って、宿の
主人や公共の安寧を護りました。なにゆえこのような咎に逢わなければならないか、
私には全く合点がゆきません。」
並み居る群衆はみな笑いにあふれ、ミロオ爺さんさえ笑いころげていた。私は
「自分は宿の主人の身を気遣って、人殺しまでして死刑の判決を受けようとしてい
る。それなのに、あの人の方では、私が死罪になるのを大声で笑っている」と思っ
た。
その次ぎに、涙にくれて泣きくずれ黒い着物を着た一人の女が、子供と老婆を連
れて、駆け出して来た。彼女は、三人の死骸を布で覆って載せてある台に取り付い
て、哀れげに叫んだ。「夫をなくし身一つに取り残された私のために、復讐をして
慰めて下さい。」役人の中でも年かさの者が立ち上がって人々に言った。「この犯
罪は厳重に処罰せねばならぬし、犯人自身とて犯行を否認することはできぬ。わず
か一人でもって、三人もの屈強な若者を殺したというのは、本当とは思えぬ。他に
仲間はおらなかったか、拷問にかけてまことのことを吐き出させねばなるまい。」
そこで、たちまち拷問の道具が持ち込まれた。私の悲嘆はいよいよ高まり、二重
三重にもなった。法廷で泣き叫んだ老婆が「町の衆、憐れな私の息子たちを殺した
泥棒を磔になさる前に、殺された者らの屍の覆いを取らせて下さい。」と言った。
皆がそれに賛成したので、役人は私の手で屍の覆いを取るように命じた。
私もよんどころなく従って屍を露わにすると、それは三つのふくれた皮袋であっ
た。その時、あちらこちらで今まで上手に隠しおおせた笑いが、今度は群がる人々
7
いっぱいにどよめき上がった。私は、覆いを取った瞬間、もう化石したように氷の
冷たさで立ちつくした。
p.103-107:役人の言い訳。
ミロオは、湧き出る涙にむせぶ私を自分の家に連れて帰り、色々と慰めてくれた。
町の役人たちが私の宿に来て次のように言った。「私らは貴君の立派な御身分も御
家柄もわきまえています。私どもは、毎年この日に市をこぞって有難い笑いの神様
のお祭りを執り行う定めなのです。その祭りには何か新奇な工夫をこらして賑わせ
ることに致しております。されば、その神様は貴君が胸を痛めておいでなのを見過
ごしはなされますまい。市としては、先刻のお礼に、貴君の青銅の像をお立てする
よう決議しました。」
私は役人の提案を丁重に断り、ビュラエナの宴会も断った。ミロオは私を風呂屋
に連れて行ってくれたが、道々も人々の眼を避けて歩いた。貧弱なミロオ家の夕餉
のあと、私は寝間にひき下がり、今日一日の出来事を胸もつまる思いで思い返した。
(ヨハン・シュトラウスの有名なオペレッタ「こうもり」も、本書におけるテーリ
ュフローンの話やルキウスの話と同様に、大勢が寄ってたかって一人の男に悪戯を
しかける話である。古来から西洋世界の上流階級の人々は暇を持て余しているので、
このような悪戯をすることを楽しんでいたようだ。「こうもり」の解説は、次のサ
イトにあります。http://www.geocities.jp/wakaru_opera/diefledermaus.html)
p.107-112:フォーティスがミロオの妻の秘密を打ち明ける。
フォーティスがやって来て「こんなご迷惑をおかけしたのも、みんな私が悪いの
です。」と言って、私に鞭を渡した。彼女は「これでもって、この不実な女に仕返
しをしてちょうだい。他の目的でやるようにいいつけられたが、あなたに災難をお
かけする仕儀になったのです」と言った。私は日頃の物ずき心をむらむらと起こし
て、彼女のいう話のうちに潜む事の次第を知りたくなった。
フォーティスは戸にかんぬきをかけ、私のうなじを抱きしめて、細い声をまた低
めて耳打ちした。「恐いわ。奥様の秘密な企みをお打ち明けするのは。奥様の秘術
には、死人の魂も従うし、天の星さえそれに乱され、神霊も強制を受け、四大五元
(大地、海、火、虚空)さえ仕えるの。一番にこの魔術を奥様が使おうとなさるの
は、様子の好い綺麗な若者を見つけて色目を使うときなの。今だって、ボイオティ
アから来た若者にすっかり参っているのよ。」
フォーティスは続けた。「昨日、奥様はその若者が理髪店に座っているのを見つ
けたので、奥様は私に彼の髪をそっと取って来いといいつけたの。しかし私たちが
悪い魔法使いであることは知れ渡っているので、床屋は私を追い出したの。そこで
ちょうど一人の男が山羊の皮袋の毛を刈っていたの。その毛は若者の毛とそっくり
だったので、私は皮袋の毛をどっさり集めて奥様に渡したのよ。」
p.113-116:ルキウスが皮の袋を切り殺した理由。
フォーティスの話しの続き。「昨日の夜、パンフィレエ奥様は上の空で物見部屋
に上がっていったの。まず、お定まりの道具立てを並べたて、まだ動いている獣の
臓器に向かって何かおまじないを言い、幾色かの液をそそいで祈るの。それがすむ
と、先刻の毛を編み合わせた房をいろんなお香と一緒に真っ赤な炭火に投げ込むの。
そうすると、すぐさま魔術の力に引かれて、自分の毛が焦げている物が匂いの招く
8
ところにやってくるの。ボイオティアから来た若者のかわりに、皮の袋が家の中に
入りたがって、門を襲っていた次第なのよ。」
フォーティスは続けた。「そこへちょうど、あんたがすっかり酔っ払って帰って
きて、お勇ましく剣を抜き放ち、山羊の皮の袋を三つまで切り殺しておしまいにな
ったのよ。」私のほうでも悪ぶざけをやり返して「こんなひどい苦しみを僕に負わ
せた咎を許してあげられるように、僕の折り入っての願いを果たしておくれ。奥さ
んがその秘法の術をやっている時、僕にその様子を見させておくれ。神々を呼び出
したり、自分の姿を変えるところが見たいのだ。僕は自分でもって魔法の知識を学
び取りたくてたまらない人間なんだもの」と言った。
こういうふうに二人して喋り会ううちに、お互いのいとしさは昂じて、一糸もま
とわぬ裸形のまま、ウェヌスのたのしみに身を浸した。(ウェヌスはローマ神話の
女神であり、ギリシャ神話のアプロディーテーと同一視される神格である。英語読
みではヴィ-ナス。愛欲や快楽を司る。)
p.117-118:女主人のパンフィレエは魔法を使って木菟に変身した。
ある日、フォーティスが私に報せるには、女主人のパンフィレエはいろんな術策
を尽くしても思いを遂げられないので、次ぎの夜に羽の生えた鳥に姿を変え、恋こ
がれる男の所へ飛んでゆく手はずになったというのである。娘は私を高まにある小
部屋に連れて行って、扉の隙間から中の様子を窺った。
見るとパンフィレエは着ていた着物を脱いでしまうと、とある函を開いて中から
いくつもの小箱を取り出し、その一つから塗膏をつまみだして体じゅうに塗りたく
った。それから燭台に向かってつぶやいてから、手足を小刻みに震わせると、彼女
はだんだんと木菟になり変わった。そうして、外へ飛んで行ってしまった。
p.118-122:ルキウスは薬を間違えて驢馬に変身した。
私はフォーティスに「こんなよい機会はまたとないんだから、その塗膏を少し頒
けておくれよ」と頼んだ。娘はびくびくしながら部屋に忍びいり、函の中から小箱
を持ってきた。私は衣類をすっかり脱ぎすてると、塗膏をしこたま体に塗りたくっ
た。それで鳥になれるかと待ち構えていたが、何と驢馬の姿になってしまった。私
の一物までもが、フォーティスも敵わないくらい大きくなった。
娘は私のこの有様を見て言った。「あらまあ、どうしましょう。あんまり恐かっ
たうえに、あんたがせっついたもんで、とんだ間違いをやっちまったわ。小箱がそ
っくりなんですもの。でも元の姿に帰るのはとても楽で、薔薇の花を食べるだけで、
元通りのルキウス様になれるんですもの。今日の夕方にいつも通り、花輪をいくつ
かこさえておくとよかったのに。夜明け次第、大急ぎで手当てをしてさしあげます
から。」
p.123-128:驢馬になったルキウスは、強盗に荷物を運ばされた。
私は、ルキウスではなく荷運びの獣とは化したものの、まだ人間の頭のはたらき
は残っていた。けしからん罪深い女を、蹴るなり噛み付くなりして殺してしまいた
いと考えた。しかし、フォーティスを殺してしまえば私が助かる見込みが無くなる
ので、そうした無茶な企ては取り止めた。
そこでうな垂れて頭を打ち振り打ち振り、しばらくはこのひどい所業も黙って我
慢することとして、私を乗せてきた馬がいる厩に行った。そこには、もう一匹の驢
9
馬がいた。間もなく、盗賊の一団が家中に闖入して来て、倉庫にあったミロオさん
の財宝を運び出してしまった。
財宝があまりにも多いので、私ども二匹の驢馬と私の馬とが厩舎から引き出され
て、重い荷物を出来る限り背中に積み込まれ、山中の人気の無い寂しいところを大
急ぎで連れて行かれた。そのうち積荷の重さや道の険しさ、それにずいぶんと長い
道程に、私はくたびれきってしまった。
しかし、それでも思いもかけないお助けを、あのユーピテル様(ローマ神話の主
神、英語読みではジュピター)は私に授けて下さった。ふと目についたのは、民家
の小庭のなかに、薔薇の花が咲いていたのだ。その花を食べようと思ったが、私が
いま驢馬の姿からまた元のルキウスに立ち返ったなら、あるいは魔法使いだという
疑いをこうむったり、すぐさま盗賊に殺されてしまうかも知れない。そこで、私は
その薔薇の花をさし控え、当分驢馬の形のままでいることにした。
巻の四
驢馬のルキウス、押入り強盗に曳かれて山塞にゆくこと、熊に装った盗賊の小頭ト
ラシュレオーンの最期。さらわれた少女に老婆がクピードーとプシューケーの話を
物語ること。
p.129-133:驢馬のルキウスは、畑の野菜を食い尽くしたので、村人たちに打ちのめ
された。
正午頃、盗賊の一行はとある村落で、馴染みの老人たちの許に立ち寄った。私ど
もは荷物を背から下ろしてもらって、そばの牧原で草を食うのを許された。私は枯
草の食事には不慣れなので、驢馬や馬なんかと道草食いの仲間になるのはまっぴら
御免であった。腹が減って倒れそうなので、厩の後ろにあった小庭に生えていた野
菜を生のまま食い尽くした。
それを見ていた一人の若者が現れて、私を棒で打ちのめした。死にそうになった
私はその男を後足で蹴りつけて、いっさんに逃げ出した。彼の細君とおぼしき一人
の女が大声を上げて泣き喚いた。すると、村じゅうの人間がでてきて、犬どもを私
にけしかけた。私は厩に戻ったので、人々は犬を控えさせて、私を繋いでまたもや
打ちのめした。私は先刻生野菜をしこたま詰め込んだので、腹の具合が悪くなった。
下痢腹から汚らしい汁をそいつらに吹っかけてやると、彼らは閉口して遠のいて行
った。
p.133-138:驢馬のルキウス、押入り強盗に曳かれて山塞にゆく。
夕方になると、強盗の一行は私らを厩から引き出し、ずっと重い荷物を背負わせ
た。道の長さと荷物の重さに参ってしまったので、私はぶっ倒れてやろうと思った。
ところがもう一匹の驢馬が先に倒れて、いっこうに動かなくなった。一同は「逃げ
遅れてはかなわん」と言って、荷物を私と馬に振分けて、驢馬の筋を剣で切り離し、
いきたまま谷へ放り込んだ。その有様に、私は「御主人たちのせいぜいお役に立つ
驢馬になろう」と決心した。
間もなく、一行は目当の所に到着した。そこは山中で近所の家もなく、洞窟の前
に一軒の小屋があった。後で分かったことだが、ここは泥棒の中からくじで当たっ
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た物見の者らが、夜な夜な見張りにこもる所だった。小屋の中には一人の老婆がい
て、沐浴の湯や、食事や、酒の用意をしていた。
p.138-143:首領ラマクスの最期。
皆が腰をおろしたばかりに、もう一隊の強盗が帰って来た。彼らは仲間を三人失
くして来たが、飲み食いをしながらその経緯を大声で次ぎのように説明した。
俺たちがボイオティア(図1を参照)の町々へかかった時、首領のラマクスを失
くした。俺たちはテーバイ(図1では、テーベ)に着くと、市の人らの身の上を訊
いてまわった。それで、クリューセルという両替屋を嗅ぎつけた。この男は貨財を
うんとこさ持っているくせに、小さいが十分防備を施した小屋に一人で住んでいた。
俺たちはたった一人の手向かいを見くびって、造作なく在り金を奪えると考えた。
日暮れを待って、そいつの家に押し寄せたが、扉が開かない。棟梁が鍵穴に手を
差し込んで、錠前をねじ切ろうとしたんだ。するとクリューセルめが、抜き足さし
足でやってきて、棟梁の手を大釘で扉に打ちつけちまったんだ。それで、彼は屋根
にのぼって「ご近所の皆さん、火事だ!」と叫んだのだ。
俺たちは棟梁の同意を得て、腕が肩につながる所から一打ちに切断して、ラマク
スの体を運んで逃げたのだ。棟梁は俺たちについてくるのも、後に残るのもできな
いのを見極めて、「この手を失くして、泥棒がどうして生き永らえよう。仲間の手
にかかるのは、俺にとっても満足だ」と言った。しかし誰一人進んで朋輩殺しをや
ろうとしないので、残った手で自分の剣を執り胸の真ん中をさし貫いたのだ。俺た
ちは遺骸を麻の衣に鄭重にくるんで、海に入れて隠しておいた。
p.143-145:アルキムスの最期。
ラマクスは自分の武勇にふさわしい最期を遂げたが、アルキムスの奴はフォルト
ゥーナ(運命の女神)の残酷な悪い企みを免れようがなかった。彼奴がちっぽけな
家に押し入って、二階からありあわせた代物を窓口から外へ投げ下ろした。寝てい
た婆さんが奴の膝にすがって「この窓はとなりの金持ちの家に開いてんだ」と言う
ので、奴は窓から体を乗り出して、隣の家の様子を確かめようと思ったのさ。
奴がうっかりと窓から身を乗り出したところ、悪がしこい婆さんが不意に真っ逆
さまに落としたのさ。それが高さもひどく高かったうえ、大きな石の上に落っこち
たもんで、あばら骨をぶちつけて壊してしまい、沢山な血を胸から吐き出して、程
もなく苦しみながら息を引き取ったんだ。
p.145-157:熊に装った盗賊の小頭トラシュレオーンの最期。
こんなふうに二人も仲間を失くしたので、俺たちはテーバイで仕事をするのが厭
になって、近くにあるプラタイアイ市に行ったのさ。そこではデーモカレース(民
衆を喜ばせる、との意味のふざけた名前)とかいう男が評判で、武術使い(ローマ
時代で有名な剣闘士のこと)の立会いを興行しているとの噂。彼はそのために様々
な野獣を飼っていた。特に、彼が親譲りの全財産を傾けて用意したのは、おびただ
しい数の大熊だった。
ところが、夏の炎熱と悪い疫病のため、野獣たちはほとんど死に絶えて、往来に
も獣の屍が放り出されておった。こうした様子を見て、俺たちは妙案を思いついた。
ひときわ大きい熊を選び出して中身を抉り出した。その皮を被った人間をデーモカ
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レースの邸に連れ込んでおいて、夜分にそいつが門を開けて俺たちが入り込もうて
わけさ。
この巧妙な扮装のおもしろさに熊の役を勤めたいという仲間が何人もあった。俺
たちはその中から、他の者に抜きん出たトラシュレオーンを選んだ。デーモカレー
スの友人でニカアノールって男のことを聞き出して、彼からの偽手紙をこしらえて、
トラシュレオーンの入った檻を俺たちはデーモカレースの邸に運び込んだ。
すると、デーモカレースはニカアノールからの贈物の熊が大きいのに喜んで、運
搬人の俺たちに金貨を十枚もくれた。夜になって、トラシュレオーンは檻から抜け
出して、寝こけている門番たちを一人残らず切り伏せた。ところが、一人の召使の
青年が目を覚まして、熊が庭でいることを見つけたのだ。たちまち、家じゅうの召
使どもが槍や刀を持って集まり、犬たちも放したのだ。トラシュレオーンは熊の吼
え声をまねて戦ったが、自分の名を辱めず、運命の手に命を終えたのだ。(本書に
より、ローマ時代には盗賊たちが跳梁跋扈していた様子がよく分かり、大変興味深
い。ただし、盗賊たちにとっても、反撃されて犠牲者を多く出していたようだ。)
p.157-164:さらわれた少女を老婆が慰める。
男の長い話が終わると、一同は黄金の杯の酒を注いで、亡くなった戦友を偲んだ。
それから色々な歌を唄って軍神マールスを讃えて、寝てしまった。夜も更けた頃、
どろぼうたちは目を覚ましてどこかへ行ってしまった。明るい日が差し込んできた
頃、どろぼう一味は一人の処女を連れて帰ってきた。
娘は、その地方でも豪家の息女といった様子で、驢馬の私でも食指を動かしたく
なるほどであった。どろぼう一味は娘に言った。「お前は命も体も心配ない。ちょ
っとの間辛抱して、俺たちに儲けさせてくれ。貧乏からよんどころなくこうした稼
業をする羽目になったんだから。お前の親たちは、山と財宝を積んでるので、じき
に自分の身内を買戻しに来るだろうよ。」
少女の悲しみは一向に止まないので、どろぼうたちは婆さんを呼び入れ、力の限
り慰めるように命令して、自分たちの仕事に出かけて行った。しかし少女は、婆さ
んがどんなに骨を折って言い聞かせても、一段と烈しく泣き叫んだ。とうとう、少
女は泣き疲れて眠ってしまった。
少女はすぐに目覚めて、「何もかもおしまいだわ。助かる望みもなくなったわ。
首をくくる縄なり刀なり、それも駄目なら崖から飛び降りるのが、ましなくらいな
の。」と泣き続けた。婆さんは腹を立てて「お前さんはうちの若い衆が身代金を儲
けるのを邪魔するつもりだろう。いくら涙を流しても、生きたままで火あぶりにし
てしまうだろうよ。」と言った。
こういわれて少女はすっかり怖気づき、婆さんの手をとって接吻しながら、「私
の不幸のあらましを聞いて下さい」と言った。「私の従兄に、様子も立派な青年が
いますの。土地でも一等の家柄に生まれ、町じゅうの評判がいいの。私たちは幼い
時分から一緒に育てられ、末は夫婦にと言い合っていたのです。ところが結婚式の
当日に、刀を持った賊たちが不意に押入ってきたのです。そして、今またとても悪
い夢を見たの。私が寝床から引きずり出されたので、不幸な夫の名を呼んで来まし
たの。それを聞いた夫が町の人々に助力を懇請していますと、山賊仲間の一人が腹
を立てて、大きな石で夫を殴り殺したの。凶々しい夢から覚めたけれど、まだ怖く
て仕方ないのです。」
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すると婆さんは娘の泣くのにひかされて、こう言い出した。「心配しなくてもい
いよ、お嬢さん。昼間に見た夢幻は嘘っぱちだと言われているけど、夜の間の幻影
だってよくあべこべの出来事を報せるもんだ。つまりさ、泣くとか殴られるとか、
時にゃ殺される夢なんかが、将来は利得のある運のいい結末を告げるのとは反対に、
笑うとか、御馳走を食べるとか、色ごとの楽しみにふけったなんていうのが、あべ
こべに将来は悲しいつらい思いをするとか、病気とか色々な災難の前兆だっていう
ものね。私があんたに面白い話を聞かせてあげるから、機嫌を直すがいいさ。」
p.165-242:老婆が少女に「クピードーとプシューケーの物語」をする。
今回は、ここで一先ず終了します。次回に、本物語を紹介いたします。しばらく
お待ち下さい。
(執筆完了:2014 年8月3日)
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