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世界の経済圏:石油危機とOPEC(1)

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第116号
2006年11月8日
世界の経済圏:石油危機とOPEC(1)
世界経済が変動相場制に移行した1973年に、もう一段、世界経済を揺り
動かす大事件が起こったのじゃ。
この事件は1973年10月6日に勃発した第4次中東戦争を点火剤とし
て、10月16日にペルシャ湾岸6カ国で構成する石油輸出国機構、いわゆ
るOPECが、原油の公示価格の21%引上げと原油生産の削減、さらにイス
ラエル支援国への原油輸出禁止を決定したのじゃ。これに続いて12月には
翌1974年1月より、原油価格を2倍に引き上げると発表したんじゃよ。
先進工業国はエネルギーの供給を中東の安い石油に依存して発展してきたの
で大変なことですね。さらに、世界経済は「ニクソン・ショック」から始ま
る通貨調整にようやく立ち直ろうかとしていた時期ですから、なおさら一大
事ですね。これが「第一次石油危機」と呼ばれるものですね。
でも中東地域ではその後もゴタゴタが続き、1978年にイラン革命が勃発
し、イランでの石油生産が中止。そして、年末にOPECが1979年より原
油価格を4段階に分けて、合計で14.5%引き上げると発表したんですよ
ね。これが「第2次石油危機」となるんですね。
日本が現在でも多くを依存しているドバイの原油価格は1973年平均で1バレル
たったの2.83ドルだったのね。それが1974年に約3.7倍の10.41ドルに
上昇、さらに、第2次石油危機時の1980年には約12.6倍の38ドル近くまで
急騰したんですね。エネルギーがタダの時代が終わったということですね。経済発
展の基盤が大きく変化したということで、世界の産業基盤も大調整ですね。
中東原油価格の推移(ドル/バレル、1973年=100)
($/bbl)
(1973=100)
85
1800
80
1700
75
1600
Spot価格(右目盛)
70
65
1973年=100
60
1500
1400
1300
55
1200
50
1100
45
1000
40
900
35
800
30
700
25
600
20
500
15
400
10
300
5
200
0
100
73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05
出所: Platts
第117号
2006年11月10日
世界の経済圏:石油危機とOPEC(2)
ところで、原油価格の値上げを決定した石油輸出国機構(Organization of
the Petroleum Exporting Countries), 通称OPECについて調べておこう
かね。最初に、石油市場の歴史をチョット眺めてみることから始めようね。
石油危機が勃発するまで世界はエネルギー価格がタダという気持ちで、工業
化への道を邁進してきたんだが、その裏側では、原油生産国ではセブン・シ
スターズと呼ばれる国際石油資本(メジャー)によってその特権が全て取り
上げられ、産油国の自主権は全く認めてもらえていなかったんだよ。
国際石油資本:セブン・シスターズ
1 エクソン
Exxon
2 モービル
Mobil
3 ガルフ
Gulf
米国資本
4 テキサコ
Texaco
5 シェブロン
Chevron
6 ブリティッシュ・ペトロリアム BP
英国資本
7 ロイヤル・ダッチ・シェル
Royal Dutch Shell
英国・オランダ資本
○1999年にエクソンとモービルが合併して、エクソン・モービルとなる。
○1984年にシェブロンがガルフを買収、さらに2001年にテキサコを買収。
戦後、資本と政治力
で、石油の採掘、生
産、輸送、精製、販
売まで一手に握っ
て、石油市場を独占
していた7社をセブ
ン・シスターズと呼
ぶんだね。姉妹とい
うけど、強いんだ。
外務省のホーム・ページで、国際石油資本、セブン・シスターズが如何にその巨大な
力を持って、アラブ地域の産油国に圧力をかけていたかをみるとすごいですね。
米国。欧州の国々が工業化を推し進めるために、それに必要なエネルギー、原油価格
を押さえ込もうとしていたことがよく分りますね。それも、企業は利益を上げるため
に普通は値段を上げるのに、値段を下げさせるとは欧米の国の政策と一体化していた
と考えられるわね。逆に、アラブの産油国の自主権は全く無視されていたのね、
国際石油資本のアラブ産油国への圧力(外務省HPより)
1959年2月
同年4月
1960年8月
国際石油資本が関係産油国政府の了承なく一方的に中東原油価格を引き下げた
(アラビアンライトで、2.08ドル/バレルから1.90ドル/バレルに引き下げ。)
アラブ連盟第1回アラブ石油会議(於:カイロ)は、原油価格改訂につき石油会社
の産油国政府に対する事前協議を求める決議を採択。
メジャーズが原油価格を一方的に再値下げ(アラビアンライトで、1.90ドル /バ
レルから1.80ドル/バレルに引き下げ。
)
第118号
2006年11月13日
世界の経済圏:石油危機とOPEC(3)
このようにセブン・シスターズの石油に関する全面支配に対して、1960年
9月、イラクの首都バクダッドにイラン、イラク、クウェート、サウジアラビ
ア、ベネズエラの5ヶ国が集まり、石油輸出国機構(Organization of the
Petroleum Exporting Countries)を設立したんじゃ。
目的は、もちろん、国際石油資本、メジャーに対し共同行動をとることで、
(1)加盟国の石油政策の調整及び一元化。加盟国の利益を個別及び全体的に
守るため最良の手段の決定。
(2)国際石油市場における価格の安定を確保するための手段を講じること。
(3)生産国の利益のための着実な収入の確保、消費国に対する石油の効率
的、経済的かつ安定的な供給、及び石油産業における投資に対する公正な資本
の見返りの確保。・・・などがその主たる目的じゃ。
現在、11カ国が加盟して活動しているだよ。
OPEC加盟国
加盟年
加盟国名
イラン、イラク、クウェー
1960年 ト、サウジアラビア、ベネズ
エラ
国数
原加盟国
1962年 インドネシア、リビア
1967年 アラブ首長国連邦(UAE)
1969年 アルジェリア
1971年 ナイジェリア
1973年 エクアドル
1973年 ガボン
5
1 (6)
2 (8)
1 (9)
1(10)
1(11)
1961年 カタール
93年脱退
95年脱退
OPECが設立された歴
史は意外と古いんです
ね。
国際石油資本という
か、欧米先進国の搾取
に対して、資源国のナ
ショナリズムが台頭し
たという点でも世界経
済に対して大きな影響
を与えたね。
アラブ湾岸諸国で動き出したメジャーに対する産油国の結束は、中東のみな
らず、南米、アジア、アフリカの産油国を巻き込んでいるのね。
これに対して先進工業国は、1975年にフランスのジスカールデスタン大
統領の発案で第1回先進7カ国首脳会議(サミット)を開いたのよね。
第119号
2006年11月15日
世界の経済圏:石油危機とOPEC(4)
ところで、OPECというのは石油市場でどの程度大きな存在なんですか?
国際石油資本、セブン・シスターズと対等に、それ以上の結束力をもったから、自
分たちで石油価格や生産量を決めたりできるようになんたんでしょう。
現在も石油価格が急上昇してきて、70年代の石油危機の再来というような気もし
ていますが。やはりOPECの力は依然として大きいのでしょうね。
竜竜(ロン・ロン)の考えているとおりじゃ。なかなかいい質問じゃね。
それでは、ここで世界の原油埋蔵量でOPECの位置を調べてみることにしよう
かね。統計資料はOPECが公表している「Annual Report 2006」から捜す
といいね。ところで、埋蔵量といっても毎年新しい油田が発見されるから、原
油埋蔵量といっても毎年変化するということを頭において眺めて欲しいの∼。
世界の原油埋蔵量(億バレル)
(億バレル)
14,000
(%)
80
世界全体
12,000
78
OPEC
10,000
76
OPEC構成比(右目盛)
8,000
74
6,000
72
4,000
70
2,000
68
0
66
70
75
80
85
90
95
00
05
出所: OPEC Anuual Report 2006
世界の原油埋蔵量は第1次、第2次石油危機時の70年代、約8000億バレルの
水準ですね。そのうちOPECは72%程度の埋葬量を持っていたんですね。
「石油危機」後から1987年にかけて、世界の埋蔵量が大きく伸びていますね。
石油価格の高騰で、世界各地で石油の発掘が行われたのでしょうね。この時は
OPECの構成比は60%半ば近くまで低下していますね。脱OPECですね。
その後世界の埋蔵量はほぼ横ばいで推移して、2000年頃から再び相か基調に動
いてますが、OPECのシェアは80年代の終わりから78%を維持しています。「石
油危機」時も強かったけど、80年代末以降はさらにその地位か上昇しているわ。
第120号
2006年11月17日
世界の経済圏:石油危機とOPEC(5)
2度の「石油危機」を演出した結果、OPECは石油市場での価格コントロールを国
際石油資本から奪うことができたのでしょうか?
近年の石油価格高騰のニュースでOPEC総会の結論がどうだこうだと取り上げられ
る機会が多くなってきていますが、どうなんでしょう?
OPEC加盟国にはイスラム教の国が多く、先進工業国、すなわち市場経済体制の国
とイスラム社会との対立という構図で眺めている人達も多いようですね。
鳳鳳(フォン・フォン)が考えているように、OPECが石油市場での石油価格
の決定に重要な位置を占めているかどうかをみるために、OPEC諸国からの精
製原油の輸出と原油価格の動きを合わせて眺めてみるとしようかね。
OPECが価格支配力を持っていれば、OPEC諸国からの輸出量の変化に現われ
るはずじゃからの∼。
OPEC諸国からの精製原油輸出量と原油価格(万バレル/日、$/バレル
(万バーレル/日)
(ドル/バレル)
3000
50
2800
45
2600
輸出量
40
2400
原油価格(右目盛)
35
2200
30
2000
25
1800
20
1600
15
1400
10
1200
5
1000
0
70
75
80
85
90
95
00
05
出所: OPEC「Annual Report 2006」
あまりハッキリとした関係は読み取れませんが、原油価格を上昇させたり、原
油価格の下落を押さえ込むために、OPEC諸国からの輸出量を減らしたりして
いる様子が観察されますね。また、価格が安定してくると、輸出量を少しずつ
増加させたりしていますね。
この2つのグラフから読み取れる関係から判断すると、OPECは原油価格の決
定に大きな力を持っているといえますね。
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