Randolf Quirk & Sidney Greenbaum (1973) 《サブゼミナール》 A University Grammar of English. Longman 第1章 英語の異種 第1章 英語の異種 【稲葉美沙】 1.1 異種の部類 英語には数多くの異種がある。私たちが普通『英語』という名前で指しているのは1つの共通部分、あるいは中 核部に相当するものである(文法上の特徴やその他の特徴)。異種には地域・教育と社会的地位・話題・媒体・態 度・干渉の6つに区別される。 地域的変異 1.2 地域的変異とは 地域の違いによる異種については、日常語でも専門用語でも『方言』という呼び名が確立している。地理的な 分散は、言語的変異を生む基盤としては古典的なものであり、時間の経過とともにコミュニケーションの不十分さ や比較的隔絶されている状態が原因となって、異なる言語と言ってもおかしくないような方言を生むのである。 e.g. ゲルマン語がオランダ語、英語、ドイツ語、スウェーデン語などの方言に分かれた過程 地域的変異が現れるのは主として音韻論に関する面においてであるように思われる。私たちが方言に気づくの は話し手の発音からであるように、文法的な変異はそれほど広がっておらず、障害にはなり難い。しかしあらゆる 型の言語の構造上の仕組みが関係する可能性はある。 1.3 方言の区分 英語の方言の数は、数えてもきりがなく、どの程度細かく分析するかによっても変わってくるものである。ここで は一般的に言われる、大まかな区分を挙げてみる。まず、北アメリカの中では、カナダ・ニューイングランド・中 部・南部を区別することが可能であろう。一方、英国諸島では、アイルランド・スコットランド・北部・中部・ウェール ズ・南西部・ロンドンに区分できる。アイルランドとスコットランド方言のように他の地域の人にも区別できるような わかりやすいものもあれば、オーストラリアとニュージーランド方言のように大変わかりづらいものもある。 1.4 教育と社会的地位 どの方言をとってみても、その中では教育と社会的地位によって言葉遣いの上でかなり変差がある。無教育者 の言葉は地域方言と一番近く(しかし同一なものではない)、教育を受けた者の言葉は政府機関、学問的な職業、 政党、新聞、法廷、教会など、狭い方言共同体を越えて一般の人たちに働きかける場合に通用するもの、『放送 英語』と呼ばれるようになり、それが自然と『標準英語』とされるようになった。 1.5 標準英語 ここで注目すべきなのは、1 つの標準的な型の英語が様々な政治的、社会的組織の違いを越えて世界中で広 く受け入れられていることである。 均質さの度合いが一番大きいのは、あまり気にされることのない綴りである。(全ての英語を話す国は例外であ るが、)基本的には単一的な体系がひとつ存在し、そこに2つのより小さい副体系(下で①・②で説明する)が含ま れているというだけのことである。 ① イギリス系統・・・アメリカ合衆国を除く全ての英語を話す国で用いられる。 e.g. colour<色> , centre<中心>, levelled<水平の> ② アメリカ系統・・・状況によっては他の国でも用いられることもある。 e.g. color, center, leveled 標準英語は、文法と語彙に関してはそれほど画一的な性格は示していないにかかわらず、世界中で一致して おり、これはすごいことである。さらに、世界におけるより緊密なコミュニケーションの影響、そして物質的・非物質 Chap1-1 池上嘉彦(訳)(1977)『現代英語文法 大学編』紀伊國屋書店 《サブゼミナール》 Randolf Quirk & Sidney Greenbaum (1973) A University Grammar of English. Longman 第1章 英語の異種 的な同一文化の拡大によってさらに増加しつつあるのだ。 均一さがとりわけはっきりしているのは書きことばの英語の中立的、または形式ばったスタイルで、興味の範囲 が明らかに限られていないような問題が扱われている場合である。 英語の国家的基準 1.6 イギリス英語とアメリカ英語 用法上の相違の数や、その相違が「制度化」されているという点において、他に比べて圧倒的に重要な地位を 占めている国家的標準語が2つある。それはイギリス英語とアメリカ英語である。 ・文法面の相違(ごく少数) e.g. ⅰ.アメリカ英語では get に対して2つの過去分詞があるのに対して、イギリス英語では1つであ る。 ⅱ.イギリス英語では同一指示の際不定代名詞 one が繰り返されるのに、アメリカ英語では he を 用いる。 One cannot succeed at this unless one/he tries hard. (誰でも一生懸命やらなければこのことで成功できない) ・語彙に関連した相違(多数あるが、その多くのものは2つの標準語のそれ ぞれの使用者たちには十分知られている) e.g. railway <英>/railroad<米>:鉄道 tap<英>/fauset<米>:蛇口 autumn<英>/fall<米>:秋 1.7 スコットランド、アイルランド、カナダ スコットランド、アイルランドの英語は、イギリス英語やアメリカ英語に見られるような独立の状態に一番近い姿 にある。(文法や語彙面における相違点はごく少数) これは、どちらも古くから国家的・教育制度が存在している ためである。意識的にイギリス英語から独立したものと受け取られている。 カナダ英語のアメリカ英語に対する関係も同様、イギリス英語のやり方に従いつつ、大きな共同体、アメリカの 英語に接近しつつある。 1.8 南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド 南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドは、イギリス英語とアメリカ英語とは異なる立場にある。 南アフリカ…教養ある使い方では正書法や文法の面ではイギリス英語と事 実上同じ。語彙の面ではかなりの相違。 ニュージーランド…イギリス英語に似ているが、現在はオーストラリアやアメリカ合衆国からの強い影響があ る。 オーストラリア…南半球における英語の主要な型で、イギリスにおいてす ら影響を及ぼすようになった。特徴的なものは、日常的な な用法に限られていることが多い。 1.9 発音と標準英語 これまで話してきた英語の異種が表れる、語彙や文法、綴字の面で、異種が相違する度合いは、大変少ない ものであり、ここで取り上げる発音こそがひとつの国家的標準語を他の標準語ともっとも直接的に、完全な形で 区別するものである。 Chap1-2 池上嘉彦(訳)(1977)『現代英語文法 大学編』紀伊國屋書店 Randolf Quirk & Sidney Greenbaum (1973) 《サブゼミナール》 A University Grammar of English. Longman 第1章 英語の異種 e.g.イギリス英語では、あるひとつの型の発音が「標準」としての地位をほぼえている。これを「容 認発音」(Received Pronunciation=RP)と呼ぶ。これは寄宿制学校の教育に基づくものであ るから、非地域的で、かなりな権威を有する。 1.10 話題に基づく異種 談話に含まれる主題ということから生じる異種は「使用域」(register)と呼ばれることがある。これは個人が永久 に採用するような異種とは異なり、同一の話し手がいくつかの異種を蓄えとして有していて、そのときの必要に 応じて絶えず切り替え(そこで取り上げられる話題、例えば法律や料理、技術などを論じるのに普通用いられ るような一連の特定の語彙項目を利用したりする)を行うものとしてとらえる。 この言葉は、すでに論じた異種(方言、国家的標準語)との関連では余り影響を受けることはない。しかし、異 種によっては、特定の異種の使用が前提となることはある。(例えば『法律』文として適格なものは英語の『教 養ある』異種というモノを前提としている。) 1.11 媒体に基づく異種 媒体に基づく異種で私たちの考察の対象としなければならないのは、話しことばと書きことばということによって 条件付けられているものだけである。問題となるような相違点はたいてい2つの原因によって生じる。 ① 書きことばという媒体の使用の場合、言語表現が向けられる相手がその場に不在であることが前提。 →この結果、書きことばではずっと程度の高い明晰さが必要とされる。注意深く正確な形で完成させなけ ればならない。 cf.話しことばであれば、中途半端なことばが身振りによって補われ、聞き手のことばや表情を通じて 諒解がしたと話し手が判断した段階で締めくくられる。 ② 話しことばによって伝達を行う際に用いられる仕組み(ストレス、リズム、イントネーション、テンポなど)の多 くは通常の正書法の仕組みではとうてい表すことは出来ない。 →書き手は自分の表現したい事を正書法によって上手く伝達したいのであれば、文を何度も繰り返し書 き直さねばならない。 1.12 態度に基づく異種 態度に基づく異種は『文体的』と呼ばれる。『文体的』にはいくつかの意味があるが、ここで問題にしたいのは 聞き手(または読み手)や話題、あるいは伝達の目的に関して私たちがどのような態度をとるかによって規定され る、言語形式の選択である。 態度(非言語的な要因の基本的な面)は 堅苦しく形式ばっていて、冷たく非人称的⇔くつろいで形式ばらず、暖かくて友好的 この 2 面のあいだで様々な程度の差がある。→「共通の中核部」の概念をもっと研究して、何らかの態度 によって引き起こされたというような色合いをもたない中立的、あるいは無標識的な英語の異種を認めること ができれば有用である。するとその両側には形式ばった特徴と形式ばらない特徴をそれぞれ含んでいる文 を区別できる。 ⇒ (堅苦しい(rigid)∼)形式ばった(formal)∼(中立的(neutral)) ∼形式ばらない(informal)(∼くだけた(familiar)) 1.13 干渉に基づく異種 干渉に基づく異種は、すでに論じた他の型の異種とは大変違った基盤に立っていると考えなければならない。 この場合、ある人が習得した外国語に対してその人の母国語が残した痕跡が問題になる。 Chap1-3 池上嘉彦(訳)(1977)『現代英語文法 大学編』紀伊國屋書店 Randolf Quirk & Sidney Greenbaum (1973) 《サブゼミナール》 A University Grammar of English. Longman 第1章 英語の異種 e.g ロシア人はこのような文を作りうる。 There are four assistants in our chair of mathematics. (私たちの大学の講座には4人の助手がついています。) ここでは、ロシア語の語彙・意味的用法を chair に課していると言える。 1.14 異種の部類間の関係 様々な異種は、その属する異種と、それ以外の異種との間に同等な関係を持つわけではない。 例えば書きことばというものは教養ある人のものであるから、この媒体との関連ではある国家的標準語に属する 教養ある英語の言い方しか表れてこない。 態度に基づく異種の場合は、他の異種に対してかなり独立性がある。『権威の差』や『年齢の差』があるために、 話の内容だけで形式ばった言い方をするか、あるいはそうでないかを決めることは出来ない。 この本では、共通の中核部にしっかりと焦点をあわせておかなければならない。というのも、共通の中核部は、 どんなに特殊な異種をとってみてもその主要部をなしており、無視できないものだからである。 しかし、例外として何らかの文法的形式である特定の異種(イギリス英語とアメリカ英語、媒体、態度など)と結 びついているものを論じる場合にのみ、それがもはや共通の中核部に属するものではないということに触れるで あろう。 1.15 異種の中の異種 最後に指摘しておくことが2つある。まず1つ目は、様々な条件付けの要因(例えば地域、媒体、態度)は絶対 的な影響をもつものではないということであり、条件は確かに課されるが、それは相対的、可変的なものである。 2つ目に、ある言語形式がどうして別の言語形式の中から選ばれたのかについての説明を完全するのは不可 能である。 a. He stayed a week. c. He stayed for a week. (彼は一週間滞在した) b. Two fishes. d. Two fish. (二匹の魚) これらの文はどちらも可能であるが、どちらの言い方が異種のどれかと必然的に結びついているとは言えず、 いずれかの言い方が稀であるとか、古めかしいと言うような印象を持たせることはあっても、それが形式ばった言 い方だと決めることはできない。社会は常に言語を変化させており、その結果、一方が比較的新しくた、他方は 比較的古いと言う形が常に共存している。そのいずれを用いるかは、主に用いる人の年齢によって左右されるの である。 また、英語はゲルマン系の基本(語彙・ストレスの型・語形成・屈折・統語法)の上にロマンス系の形式がかぶさ ったという、明らかに混合的な性格を備えており、おそらく他の言語よりもこの種の動揺を生じさせやすい のだろう。更に英語は様々な言語からも影響を受けており、それをどの程度英文法の枠内で認めるかと いう点において、言語ごとに差がある。このようなことから、英語は諸言語の中でもっとも国際的なものと みなされうるのであり、文法が取り扱わなければならない英語の用法上の動揺の範囲を大きくしているの である。 Chap1-4 池上嘉彦(訳)(1977)『現代英語文法 大学編』紀伊國屋書店
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