谷 賢史:ReCycle!によるブレイクビーツ制作術01

谷 賢史:ReCycle!によるブレイクビーツ制作術
今や、ヒップホップ特有のものではなく、あらゆるジャンルにおいて音楽の土台を作る手法と
して当たり前の存在になったブレイクビーツ。それだけに、音楽の中で特別目立ちはしないも
のの、仕上がりを左右する重要な要素です。そんなブレイクビーツを作るための唯一のソフト
ウェアが ReCycle!。発売後長い年月を経ていますが、いまだに高い評価を得ています。本セ
ミナーでは、そんな ReCycle!を自在に使いこなし、センスのいいブレイクビーツを作るため
のノウハウを提供します。
第 1 回:ブレイクビーツとは?
( 2009 年 6 月 19 日 )
初めまして、みなさん。このコーナーでは、ブレイクビーツ作成ソフトの草分け的存在である、Propellerhead 社の
ReCycle!を使用したブレイクビーツ作成術を紹介します。手順を追いながら、音楽制作に活かせる様々なテクニックや知
識についても紹介していきたいと思います。
■ブレイクビーツってなに?
そもそもブレイクビーツとは何かということ
fig.1
ループとブレイクビーツの違
を簡単に紹介しておきましょう。ブレイクビ
ーツとは、現在ではドラムループの一種と思
っている方も少なくないと思いますが、正確
に言うと少し違います(もちろん間違いでは
ありません)。元々はヒップホップの音楽制作
手法として誕生したものと言われています。
レコードなどからドラム・フレーズをサンプ
ラーに録音し、8分音符なり 16 分音符とい
った音楽的に区切りのよいタイミングや、バ
スドラム、スネア、ハイハット、あるいはス
ネアとハイハットが同時に鳴っている箇所と
いった具合に、楽器的に分離し、バラバラの
パーツに切り分けます。
そうして切り分けたパーツを自分の好きなように再構築すること、言い換えるなら“ブレイクビーツ”という手法を使っ
たドラム・トラックができるわけで、特にループにこだわる必要はありません。ドラム・フレーズを一旦壊して、再構築
するという考え方がブレイクビーツの発想だと言えます(fig.1)。
生っぽいドラム・パターンから、実際には演奏できないような機械的でアグレッシブなパターンを生み出す手法として始
まったわけです。ですから、ブレイクビーツ・パターン集といったサンプリング CD から作成したものが、ブレイクビー
ツというわけでもありません。そう考えると、ブレイクビーツの元になる素材は、自分の持っている CD やレコードにも
潜んでいるわけで、周りに無数にあると言えます。もちろん著作権の問題がありますので、私的使用の範囲を超える場合
には許可が必要です。そんなわけで、一般に公開したい作品は、法律的にクリアなサンプリング CD するという事情もあ
ります。ここで言いたいのは、そのサンプリング CD がスティーブ・ガッドの生演奏を収録したサンプリング CD でも手
法的には構わないということです。ブレイクビーツは、バンド練習の合間に録音したドラムからでも作ることができるは
ずです。
■ブレイクビーツの広がり
こういった、ドラム・フレーズを一旦壊して再構築するという手法は、ヒップホップだけではなく、より広く使われるよ
うになりました。生演奏にはない独特のグルーヴが、よりエレクトリックな音楽に取り入れられ浸透していくのは、ごく
ごく自然なことだと言えるかもしれません。音そのものも、生らしいドラムの音ではなく、コンプやディストーション、
フィルターといったさまざまなエフェクトを駆使していろいろと変化させたり、生身のドラマーが到底演奏することがで
きないような音価で連打したりと、創意工夫を経てドラムンベース、ビッグビート、ドリルンベース、インダストリアル・
メタルといった多彩な音楽として発展しました。それは当時としては新たなジャンルとして、そして時代とともに消化さ
れ、現在ではごく一般的に知られた手法の 1 つとして、ご存知の通り映画音楽からポップスにまで取り入れられるメジャ
ーなものとなっています。
■サンプラーとブレイクビーツの関係
サンプラーとは音を録音し、録音した音を再生させる機械です。今でこそハードウェア・サンプラーは過去のものとなり
つつありますが、ブレイクビーツが生まれてからしばらくの間は、サンプラーと言えばハードウェアのサンプラーでした。
メモリーも少なく、本当にドラムの1小節を録音するだけで精一杯といった状況も珍しくありません。現在のように
24bit/96kHz が当たり前ではなく、8bit や 32kHz といったスペックでした。もちろんメモリーを節約するためにあえ
て低 Bit 低サンプリング・レートで録音する場合もありました。そういった低 Bit 低サンプリング・レートの音も、今と
なっては味があって良いと意図的に使われる場合もありますが、当時としてはそれが限界だったわけです。
基本的にサンプラーは、MIDI を使ってキーボードやシーケンサーと接続し、音を鳴らします。サンプラーにドラムを録音
して、それを音楽的/楽器的に切り分けて鍵盤に割り当てていくと、結果的にはシーケンサーのドラム・セットのような
ものができ上がります。こうなると後は普通のドラムの打ち込みと一緒です。
切り分けたそれを順番に音階に割り当てた場合、
「ド・レ・ミ・フ・ァ・ソ・ラ・シ…」と演奏すれば、それは切り分ける
前のドラム・パターンと同じパターンになるはずです。
「ド・ド・ミ・ファ・レ・ソ・ド・シ」と演奏すれば、全く違った
ドラム・パターンになるはずです。サンプラーを使ったブレイクビーツの作成とは、つまりそういうことです。
当時は、一般的なシーケンサーにオーディオ・トラックというものがなかったので、ドラム・フレーズをオーディオ・ト
ラックに並べて切り貼りすることができませんでした。そのため、このようにサンプラーでバラバラにしたドラムをドラ
ム・セット(のようなもの)にして、MIDI でトリガーしていたわけです。実のところ、ごく当たり前にシーケンサーでオ
ーディオ・トラックが使える現在でも、これは悪くない方法です。その話はまた別の機会にしたいと思います。
このようにして、ブレイクビーツの発展とサンプラーの存在は切っても切れない関係でした。AKAI、Roland、YAMAHA、
CASIO、E-mu、Ensoniq といったさまざまなメーカーから、後に名機と呼ばれるハードウェア・サンプラーがリリース
されました(シンクラヴィアといった非常に高価なものもありましたが……)。時間の経過を経て、徐々にスペックも良く
なっていき、Macintosh や Windows 用のライブラリーとエディター機能を備えたソフトウェアも付属するようになり、
パソコンとハードウェア・サンプラーを SCSI(今で言う Firewire や USB のような通信規格)で接続し、波形や音色パ
ラメーターなどのデータ通信を行えるものが一般的となっていきました。そうした時代背景の中、ブレイクビーツ制作に
特化したソフトとして、ReCycle!が登場したのです。ReCycle!もまたサンプラーと SCSI 経由でデータのやり取りが可
能でした。
ということで、次回からはこの ReCycle!について話を進めて行きたいと思います。
谷賢史 ( た にさ とし )
上京してまもなく、篠田 元一氏のもとで『実践コード・ワーク・シリーズ』『ザ・ベスト・プログラミング
ス・シリーズ』などの書籍制作に参加するほか、作曲、編曲、マニピュレーション、レコーディング、シンセ
サイザーの音色開発などを行う。その後、フリーランスとして、アーティスト活動、レーベル設営、音楽系ウ
ェブサイトの運営・開発、ネットラジオの企画を行うなど、幅広く活動の場を広げる。
現在(2010 年 9 月)は株式会社イニスにて、サウンド・デザイン・リードとして、ゲームの楽曲や効果音の
作成、サウンド・ディレクションなどに携わる傍ら、『キーボード・マガジン』等の専門誌にて特集記事や製
品レビューなどを執筆中。