谷 賢史:ReCycle!によるブレイクビーツ制作術 今や、ヒップホップ特有のものではなく、あらゆるジャンルにおいて音楽の土台を作る手法として当たり前の存 在になったブレイクビーツ。それだけに、音楽の中で特別目立ちはしないものの、仕上がりを左右する重要な要 素です。そんなブレイクビーツを作るための唯一のソフトウェアが ReCycle!。発売後長い年月を経ていますが、 いまだに高い評価を得ています。本セミナーでは、そんな ReCycle!を自在に使いこなし、センスのいいブレイ クビーツを作るためのノウハウを提供します。 第 2 回:ReCycle!にできること ( 2009 年 8 月 24 日 ) ReCycle!がどういったソフトウェアかというのを説明するは、けっこう大変です。一般的な波形編集ソフトとも違うし、 シーケンサーでもありません。ほかにはない唯一無二のツールだと言えます。今回は、初めて ReCycle!を知った方の“結 局、ReCycle!で何ができるの?”という疑問や、 “ReCycle!って波形を切り分けるソフト? でもそれってシーケンサー でも出来るような……”という方のために、基本的な波形のスライスから始めて、ReCycle!でどういったことができるの か、なぜブレイクビーツ作成に便利かという部分を紹介していきたいと思います。 ■波形のスライス ReCycle!の最も基本的な機能は波形のスライスです。波形のスライスとは、前回説明したように音楽的な切りのよいタイ ミングで波形を切り分けていく作業です。ReCycle!は波形を分析して、どこが音楽的なタイミングか、波形を切るポイン トとして適切かを解析してくれます。その解析を元に、 “もう少し大まかにスライスしたい”、 “もっと細かくスライスした い”といった加減をユーザーが調 整できます。この調整を含めた作 業が、スピーディーかつ簡単に行 えるのが ReCycle!の特徴です。 もちろん、切るポイントを詳細に 設定することもできます。こうい った機能は、今となっては一部の シーケンサーでは似た機能として 備えている場合もありますが、や はり ReCycle!のように高度な作 業をいとも簡単に行えてしまう快 適さ(使い勝手の良さ)は、なか なかほかでは得難いように感じま す。 fig.1 ループの切り分け ■REX2 ファイルの作成 一般的な波形編集ソフト(リージョンの切り出し)や、シーケンサーで切り分けを行った波形 fig.2 REX2 アイコン は、AIFF ファイルや WAV ファイルといった一般的な音声フォーマットとして書き出すことに なります。この場合、切り分けた数だけファイルが生成されることになりますが、これでは使い 勝手が少し悪いし、音楽的な情報が抜け落ちてしまいます。そんな不便さを解消できるのが、 REX2 ファイルです。 REX2 とは 2 の数字からもわかるように、ReCycle!の古いバージョンで使用していた REX フ ァイルを拡張したファイルフォーマットで、ReCycle!で編集したテンポ情報、スライス情報(設定した区切りのタイミン グ)、拍子情報、2 小節+3 拍といった音楽的長さなどの一連の情報を、ひとつのファイルとして保存できます。こうした 情報は、REX2 のインポートに対応したシーケンサーで読み込んだ場合、自動的にシーケンサーのテンポに合うように長 さを調整してくれ、ソフトウェア・サンプラーならばスライス情報を元に、鍵盤に順番に割り当ててくれたりします。こ れらは基本的にシーケンサーやソフトウェア・サンプラー側の機能なので、対応状況はソフトウェアごとに異なります。 また、REX2 ファイルに対応したソフトウェアである必要がありますが、REX2 ファイルは音楽制作の世界では比較的有 名なファイル・フォーマットで、市販のサンプリング・ライブラリーの中にもあらかじめ REX2 フォーマット(古いライ ブラリーだと、REX フォーマット)にされたものもあるため、主要なシーケンサーやソフトウェアサンプラーが対応して います。とはいえ、一応念のため自分が使うソフトウェアが REX2 フォーマットに対応しているか確認はしておきましょ う。補足ですが、ReCycle!でも細切れの AIFF や WAV ファイルにして書き出すことは可能です。 ■音楽的な波形のエディット ReCycle!における波形のエディットとは、主に音楽的なノリを変化させたり、聴感上の迫力を増したりといった少し特殊 なエディットになります。例えば、Envelope というパラメータがありますが、これは切り分けた各スライス単位で音の 立ち上がりや、音の切れ具合を調整するパラメータです。ほかにも、Transient Shaper というコンプレッサーと同等の 機能を備えたパラメータがあります。どれもループの音質をいじるというよりは、ループそのもののノリを変化させると いう意味合いが強く、編集前のループとは違った印象の、新たなループを作ることができます。これらはリアルタイムに ループを再生しながら編集することが可能で、ノリの変化を確認しながら波形をエディットしていくことができます。個 人的にはシーケンサーのオーディオ・トラック上だとチマチマとした細かい作業のように感じるのですが、ReCycle!だと アナログ・シンセで音色を作る作業に近い感覚を感じます。ReCycle!はこういった編集に特化しており、簡単な操作で大 きなレスポンスが得られやすいというのがその一つの理由だと思います。 ■スタンダード MIDI ファイルの生成 ReCycle!の特徴のひとつにスタンダード MIDI ファイルの生成という機能があります。例えば、生のドラム・フレーズを 切り分けた場合には、微妙なタイミングの揺れという要素があります。ReCycle!ではこのような微妙なタイミングの揺れ (グルーヴと言っても良いでしょう)まで解析し、スライスしてくれるので、すべてが 8 分音符や 16 分音符単位で正確 に等間隔で切り刻まれるわけではありません。そのため、ReCycle!で切り分けた REX2 ファイルや、複数に分割された 音声ファイルをソフトウェア・サンプラーに取り込んで、MIDI トラックで等間隔に“ド・レ・ミ・フ・ァ・ソ・ラ・シ… …”と打ち込んんだのでは、切り分けた通りの グルーヴが再現できません(この部分の仕組み については、前回の記事にある「サンプラーと ブレイクビーツの関係」の項目をご覧ください)。 ReCycle!ではこの微妙なタイミングの揺れを、 スタンダード MIDI ファイルとして書き出すこ とが可能です。こうすることで、ReCycle!か ら書き出した音声ファイルと、スタンダード MIDI ファイルを組み合わせて、元の波形の持 つグルーヴをシーケンサーなど他のソフトに注 入することができるわけです。これは後述する リズムの分析にも使えます。 fig.3 MIDI ファイルへのエクスポート ■ReCycle はループを作れる! こうした機能のいくつかは、確かにシーケンサーの波形エディットでも可能ではありますが、ReCycle!でエディットする 方がより直感的に行える場合が多いように感じます。シーケンサーや波形編集ソフトは汎用性を重視しているのに対し、 ReCycle!はループを編集するということが前提となっています。使う側にしても、シーケンサーに波形を並べてエディッ トする感覚とは異なり、前述したようにシンセサイザーの音色をいじって遊んでいる感覚に近くなります。ループを変化 させていく作業が面白く、個人的にはいろいろパラメータをいじってみたくもなるし、このループを ReCycle!でいじって みるとどうなるだろう?と試したくなってきます。特にシーケンサーなどで、既存のループ集の中からイメージに合うル ープを“選ぶ”ということが多くなってしまっている人には、ReCycle!を使ってループを“作る”ということはけっこう 新鮮に感じるのではないかと思います。 ■テンポ合わせは ReCycle!にお任せ ReCycle!のリズム検出を応用すれば、ループのテンポを割り出すことができます。生のドラム・ループには、おそらく微 妙な揺れがあり、例えば BPM130 のメトロノームで叩いてたとしても、切り出した箇所を正確にテンポ検出すると BPM130.14 といった中途半端なテンポである場合がほとんどどです。これをそのまま BPM130 といった区切りの良 いテンポに設定したシーケンサーに貼付けると、1ループの終わりが毎回ちょっとずつ足りなくなってしまいます。シー ケンサーのテンポより速い周期のループ波形なので、毎回波形の方が早く終わってしまうのは当然です。例えば、2小節 のループだと、頭の1拍目は当然シーケンサーの小節にピッタリ合いますが、2拍目、3拍目……、2小節目の1拍目と、 後半になるにつれて、シーケンサーの拍や小節とズレが大きくなってきます。ReCycle!で REX2 ファイルにしておけば、 こういった BPM130.14 のループをシーケンサーで読み込んだときでも、違和感なく再生させることができます。 ■使い方はいろいろ ほかにも上記のような ReCycle!の機能を使ったアイデアを2つ程紹介しておきましょう。1 つ目は、スタンダード MIDI ファイルの書き出しを利用したもの。生ドラムの持つ微妙なリズムのヨレを含めて MIDI データにすることができることか ら、例えば“この2拍裏のリズムは何 Tick 後にズレているのか?”、 “このループのリズムのハネがどの程度のものなのか?” といったリズム分析が可能だということです。シーケンサーによっては、それらをクオンタイズのテンプレートとして取 り込むことができるものもあります。好きなドラマーのリズムを分析したり、その微妙なグルーヴを自分の曲に応用した りといったことが考えられます。 もうひとつ地味ではありますが、効果絶大な利用法です。曲を作る際にループから作るのであればまだいいのですが、曲 を作り進めてから、曲に合うループを探すものの、今作っている曲のテンポに合うものがない……音質などはいいんだけ ど、グルーヴが合わない。そんな経験はありませんか? 曲を作るときには、できればあまり余計なことを考えたくない もので、ループを読み込んでから波形を調整したいとか、2拍目のスネアは 16 分音符分突っ込ませたいといった場合な ど、ある程度テンポが異なるループや、ノリが違うループでも、あらかじめ ReCycle!で REX2 ファイルにされていれば、 スライス済みなので、サッと読み込んで最低限の作業で調整できます。このように市販のループ集を自分で REX2 として してライブラリー化しておくと断然使いやすくなります。空いた時間等を利用してまとめてやっておくといいですね。 今回は、ReCycle!というソフトウェアがツールとしてどのような機能や役割を持つかについて紹介しました。実際には ReCycle!だけで曲を作ることはできませんので、次回は他のソフトウェアとの連携について紹介していきたいと思います。
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