蛇紋岩中の細脈に産する含水マグネシウム炭酸塩鉱物の生成過程と

2000年度卒業研究報告
蛇紋岩中の細脈に産する
含水マグネシウム炭酸塩鉱物の生成過程と安定性
佐藤研究室 4 年 97-135 秋田 奈生子
60
40
50
40
30
Pyr の組成↑ 20
10
0
20
0
SiO2(wt.%)
図1 Ctl と Pyr が脈状に産する部分
の Si・Mg 含有量の関係
30
25
20
15
10
5
0
Pyr の組成→
Ctl の組成↓
60
40
20
Fe2O3(wt.%)
Ctl の組成↓
MgO(wt.%)
はじめに 近年、大気 CO2 の温室効果による地球温暖化が世界的な関心事となり、グローバルな
地球化学的炭素循環についてさまざまな見積もりがなされている。珪酸塩鉱物の風化は大気中の
CO2 量をコントロールする重要な反応であると考えられており(Berner and Lasaga,1989)。海底玄武
岩の風化については、多くの研究者により検討されてきた (Brady and Gislason,1997)。しか
し、対象にされたのは含 Ca 鉱物の風化がほとんどで、海洋地殻に豊富に存在する Mg についての
考察は十分になされていない。そこで本研究では、近年になって海洋地殻に広く分布すると考え
られてきた蛇紋岩に着目し、その細脈に特有な含水 Mg 炭酸塩鉱物の生成過程や安定性を明らか
にすることを目的とする。
試料および分析方法 四国地方の黒瀬川構造帯中には東西方向に蛇紋岩の貫入岩体が多数存在
する。この蛇紋岩体から多数の試料を採取し、分析・実験に供した。
始めに、様相の異なる細脈表面の生成物をハンドピッキングにより分取して、X線粉末回析(XRD)
により鉱物の同定を行った。さらに電子顕微鏡観察、示差熱分析、フーリエ変換型赤外分光によ
り鉱物のキャラクタリゼーションも行った。含水 Mg 炭酸塩鉱物の存在を確認した細脈を分取し、細脈方向
に垂直な断面の岩石薄片を作成して、偏光顕微鏡観察・EPMA 分析に供した。一方、試料中で確
認された鉱物の生成条件を評価するために、大気雰囲気下において、アルチナイト(Art)・ブルーサイト(Brc)
の合成・変質実験を行い、蛇紋石と接した水の平衡 pH の測定も行った。さらに地球化学コード
R
The Geochemist’s Workbench○(Bethke,1998)を用いて各鉱物の安定領域の計算を行った。
結果および考察 本研究で用いた蛇紋岩の主要鉱物は、蛇紋石(Mg3Si2O5(OH)4)のアンチゴライト(Atg)
とクリソタイル(Ctl)であり、Atg は塊状に、Ctl は細脈に沿って産する。採取した Atg・Clt の平衡
pH を測定したところ、いずれも約 9.2 であり、蛇紋岩中の細脈の溶液は、高 pH であると予想さ
れる。
本研究において確認された含水 Mg 炭酸塩鉱物は、パイローライト(Pyr)・ブルグナテライト(Brg)・Art・ハ
イドロマグネサイト(Hym)であり、Ctl と共に脈状に、もしくはその脈が割れて表面に露出した状態で産
する。各鉱物の産状と生成に関する考察を以下に記述する。
3+
Pyr〔Mg
Pyr
6Fe 2CO3(OH)16・4H2O〕 光沢のある鱗状の外観を呈す。Ctl と Pyr はミクロンスケールで層状に重
なり合っている。その化学組成の変化は漸移的で、Ctl から Pyr の方向に Si の減少(図 1)・Fe
の増加(図2)が確認される。Pyr はその産状から、蛇紋岩化作用のときに形成された Mg と Fe が
固溶した蛇紋石から形成されたと考えられる。その蛇紋石中の Fe は地表に近い酸化的環境に置
かれることで2価から3価に変化し、同時に Si がインコングルーエントに溶解して、残った八面体の層間
に溶存 CO2 が挟み込まれて Pyr が生成したものと推測する。
0
SiO2(wt.%)
図2 Ctl と Pyr が脈状に産する部分の
Si・Fe 含有量の関係
Hym
Hydromagnesite
-3
−4
2
-4
Mg
Mg++
-6
−6
-7
Brc
Brucite
−8-8
−10-100
0
++
25℃
-9
25oC
2
23
4
6
6 pH
8
9
10
12
70
60
++
-5
80
++
Art
Artinite
++
90
50
Brucite
Brc
Hym
30
Artinite
20
10
0
-8
14
12 14
Art
-7
-6
-5
-4
-3
log f CO2 (g)
fukushi Mon Jun 05 2000
pH
図3
Hydromagnesite
40
-2
Diagram Bruc ite, T = L-V curveL-V c urv e bars, a [main] = 1, a [H 2O] = 1, pH = 10; Suppres sed: Magnes ite
−2-2
log f CO (g)
logfCO2(g)
-1
pH = 10
100
T (C)
+
MgHCO3
Calcite
, Aragonite
, Huntite
, Monohydrocalcite
00
Diagram
Mg , T = 25 C
, P = 1.013 bars
,a m
[ ain] = 10^-2.398
,a H
[ 2O] = 1, ratio Ca
[
/Mg ] = 10^-1
; Suppressed
: Dolomite-ord
, Dolomite
, Magnesite
, Dolomite-dis
,
3+
Brg〔Mg
Brg
6Fe CO3(OH)13・4H2O〕 Brg は Brc に接して自形で結晶成長している。溶液中からもたら
された Fe と Brc から供給された Mg の沈殿によって生成したものと考えられる(式1)。
6Mg(OH)2+Fe(OH)4-+CO32-+4H2O→Mg6Fe3+CO3(OH)13・4H2O+3(OH)(式1)
Art[Mg
Hym [Mg5(CO3)4(OH)2・4H2O] Art は雨水にさらされ風化が進行した表面で
Art
2CO3(OH)2・3H2O]・Hym
は確認されず、内部の比較的新鮮な細脈のみに細い針状結晶として認められる。Hym はごく地表
に近いところに太い針状結晶またはセメント様に産する。どちらも自形の結晶として産する。図
3左に示されるように、CO2 分圧の上昇にともない、Brc が溶解した溶液から Art・Hym が沈殿し
たものと考えられる。Art・Hym の存在する細脈中の間隙水は、pH9以上の高 pH に保たれている
ものと考えられる。
-1
s atolab Fri Oct 27 2000
Mg−CO2−H2O 系の stability diagram
結論 以上の結果および考察から、共存が確認された Brg・Art および Pyr の生成過程と安定に
ついて以下にまとめる。
Brg・
Brg・Art の生成過程
H2O・Fe・
Fe・CO32脈脈脈脈
Ctl
蛇紋岩
Ctl 脈
Brc 脈
Fe
CO32-
Mg++
OH-
Brc 脈
CO32-
③
②
①
H2O・CO32-
Brg
①蛇紋岩の細脈中には、蛇紋岩化作用の際に Ctl と Brc が層状に形成される。②浸入してきた
蛇紋岩
水により Brc が溶解し、反応溶液は高 pH になる。その化学的な環境で、溶液中に含まれる Fe
と Brc から溶解した Mg から Brg が生成する。③Brc から溶解した Mg から Art が生成する。この
時 CO2 分圧は 10-5atm 程度で温度は約 40℃以下と見積もられ(図3右)、ごく地表に近いが、大気
と化学的に平衡にない環境であったと推測できる。その後地表に露出して CO2 分圧が大気雰囲気
にまで上昇すると、Brc や Art から Hym が生成する。この状態は、細脈が Brc や蛇紋石の存在に
より pH9以上に保たれている間、含水 Mg 炭酸塩鉱物の安定な pH 環境が継続する。しかし、風
化が進行して、Brc が全て溶解し、また蛇紋石の pH 緩衝能力が低下すると、間隙水の pH は中性
付近まで下降し、Mg2+や CO32-は水中に溶解して流出すると考える。
Pyr の生成過程
Fe を含む蛇紋石は、酸化的な環境におかれ、Fe が3価になるとともに Si がインコングルーエントに溶解
する。同時に電価のアンバランスは、溶存 CO32‐が構造中にはさみ込まれることで解消し、 Pyr が生
成する。Pyr も細脈中の間隙水が高 pH である状態において安定で、雨水に洗われて中性もしく
は酸性化することで、消失すると考えられる。