日エンドメトリオーシス会誌 2013;34:37−41 37 〔教育講演〕 子宮内膜症の再発とその対策 滋賀医科大学産科学婦人科学講座 村上 節 はじめに 再発のリスク因子 生殖年齢の女性に好発する子宮内膜症の治療 保存術後の再発に関して,日本産科婦人科学 は,再発との戦いと言っても過言ではない.そ 会生殖内分泌委員会が平成19年に行った検討に の後の妊孕性温存を必須とするために行う限ら よると,本邦での月経痛の術後再発率は, れた種類の,本質的に根治性を放棄した治療手 .この時の検討では, 後に約40%にも達する〔1〕 段では,薬物療法にせよ,手術療法にせよ,再 腹膜病変スコアが 発は不可避に等しく,われわれはこれまで長き 深部病変を有する症例)が再発しやすく,また にわたり,分の悪い戦いを強いられてきた.し 若年者ほど再発しやすいことが指摘されてい かしながら,抗子宮内膜症薬の開発は着実に進 る. 歩を遂げ,1980年代のダナゾールから GnRH 年 点以上の症例(すなわち, また,卵巣チョコレート囊胞の再発は,多く 年間で30%, 年で40%を越え アゴニストという投薬期間が限定される薬剤か の報告で術後 ら,長期投薬が可能な低用量エストロゲン・プ .再発のリスク因子を検討し るとされる〔2―4〕 ロゲスチン製剤に続き黄体ホルモン製剤の剤型 た結果をまとめると,若年者,術前薬物療法, 変化や新世代剤の上市に至り,薬物療法のバリ 囊胞のサイズ,r―ASRM スコアなどが挙げられ エーションが一気に増えてきたことで,ようや ている(表 く暗闇の中に光明が差した感がある.また,手 というのは,初期病変ほど病勢が強いことを表 術療法に関しても,開腹手術から腹腔鏡下手術 しているのかも知れない.術前の薬物療法が再 へという変遷のなかで,卵巣チョコレート囊胞 発のリスクであることも,先行する薬物療法の に対しては核出術や囊胞焼灼術など術式も多様 効果で病勢が沈静化し,手術時に肉眼的には見 化を遂げ,さらに術者や施設により種々の工夫 落とされてしまうため手術完遂度が下がると考 が考案,追加されている.以上のように子宮内 えれば,理解しやすい.一方で後 ) .若年者で再発のリスクが高い 者は,いず 膜症に対する治療法は総じて格段の進歩がみら れており,さらに加えて次第に各々の治療法に 表 本稿では,術後の再発を減ずるという子宮内 膜症における大命題に対して,近年蓄積されて きた知見を基に,多くの選択肢のなかから現在 考えられる最適な取り扱いについて考察すると 同時に,一方では,各々の治療方法の限界も垣 間みえるなかで,今後われわれがどのような方 向に進むべきかについても考えてみたい. 文献〔3〕 文献〔2〕 対するエビデンスレベルの高い研究も散見され るようになってきた. 卵巣チョコレート囊胞再発のリスク因子 若年者 ○ 術前薬物 療法 ○ 囊胞の 大きさ ○ r―ASRM スコア 術後妊娠 不成立 文献 〔4〕 ○ ○ ○ ○ 38 村上 れも進行した病状は再発のリスクとなることを 一方,卵巣チョコレート囊胞が再発した場合 物語っており,いたずらに手術の時期を遅らせ についても,クオリティの高いエビデンスはな ることに対する警鐘を喚起するものと考えられ い.RCT による検討は行われておらず,初回 る.他方,術後の妊娠成立が再発を減じること 手術と再手術を比較した後方視的研究を統合し が指摘されており,また,卵巣チョコレート囊 たメタアナリシスによれば,初回手術後に比べ 胞を有する不妊症においては,手術療法が術後 て再手術後の妊娠は,オッズ比0. 44(95%信頼 の妊娠率を高めることは EBM としても認識さ 28∼0. 68) と劣ることが示されており, 区間;0. ,術後の妊娠成立に向け れていることから〔5〕 再手術と IVF―ET の比較では,再手術に比べて た積極的な不妊治療を含めた管理が望まれる. 信頼区間が IVF―ET による妊娠は, をまたいで 年で20%の 51(95%信 おり有意差はないもののオッズ比1. 疼痛再発を認め,そのリスク因子は,若年者, 58∼3. 91)という結果であった〔9〕 . 頼区間;0. ダグラス窩の閉塞,不完全手術であったという つまり,妊娠成立を目的とするならば,効果が . 報告がある〔6〕 初回手術に劣り IVF―ET という別の手段をもつ さらに深部内膜症に関しては, これらを総合して考えると,若年者であって 現状では, 『既往手術歴のあるⅢ∼Ⅳ期の子宮 も,いたずらに手術の時期を延ばして病状を進 内膜症の症例は,ART を考慮するのがよい』 行させることなく,よりよい時期を見計らって というアメリカ生殖医学会の委員会の意見〔10〕 必要にして十分な手術を行い,早期妊娠成立を は妥当であると考えられる.再手術という選択 図るというのが現在もっとも勧められる再発を 肢においては,根治手術を行うのでなければ, 防ぐマネージメントと考えられる. 再手術後の卵巣の機能低下を考慮せねばなら ず,再々発のリスクは初回手術後と同様につき 再発に対する治療 次に,保存手術後に子宮内膜症が再発した場 まとうことから,再手術の適応は慎重に行わな 合への対応に関してであるが,当然のことなが ければならないといえよう.ちなみに,再手術 ら,再発時にも薬物療法と手術療法の選択肢が 施行後の再々発を検討した Hayasaka らによれ ある.疼痛の再発に対する治療のエビデンスを ば,再々発のリスク因子として初回手術後再発 求めると,GnRH―a と GnRH―a+Add back,OC .これは, するまでの期間が指摘されている〔4〕 .本 群で効果を比較した RCT がある〔7〕 疾患の活動性,病勢の強いものほど再々発しや 研究は GnRH―a+Add back が有効性と副作用 すいということを表しているように思われる. の点から有用であることを指摘したものである 再発を防ぐために の が,効果をみると,治療中の月経痛に関して 以上のことを踏まえれば,再発してからの治 GnRH―a を投与中は無月経となるので OC 療法 療は対応策が制限されることから,できれば積 が劣るのは当然だが,治療終了後 ヵ月の時点 極的な再発予防策を取ることが望まれる.初回 でも OC 療法の VAS スコアは有意に高く,治 手術後の薬物療法についてのエビデンスを求め 療中に差がなかった性交痛に関しても治療終了 ると,レボノルゲストレル徐放子宮内システム 後 ヵ月の VAS スコアは OC 療法のみ増悪し ていた.OC 療法は他の 群に比べ骨量は増加 の使用は,無治療と比較して 年後の月経痛の 14 (95%信頼区間;0. 02∼0. 75) 再発リスクは0. し,hot flash を認めず,情緒不安定となる率 であることがコクラン・ライブラリーで取り上 も少なく,副作用の観点からは優れるが,効果 ,また,腹腔鏡下手術後に げられており〔11〕 の 面 で GnRH―a(+Add back)療 法 に 劣 る こ GnRH―a とジエノゲストを16週間投与し,その とが示唆される.再手術に関する RCT は見あ 後腹腔鏡を再度施行して rASRM スコアの変化 たらず,再手術後の疼痛再発率も20∼30%に認 を比較した RCT では,病変スコア,癒着スコ . められることがレビューで指摘されている〔8〕 アともにジエノゲストは GnRH―a と同等であ 子宮内膜症の再発とその対策 39 しかしながら,日本産科婦人科学会が刊行して 保存手術 いるガイドライン婦人科外来編では,チョコレ ート囊胞の手術療法にあたっては, 「根治性と 待機療法を 含む積極的な 不妊治療 LEP 新世代黄体ホルモン剤 GnRHa+Add backなど 卵巣機能の温存の必要性を考慮して術式を決定 する」と記載されている〔16〕 .つまり,保存 手術にあたっては,卵巣機能の温存が重視され, この傾向は国際的にも同様である.Donnez ら 図 再発を減ずるための子宮内膜症保存手術後の取 り扱い は,cyst wall の大部分を核出しても卵巣門側 の一部はあえて残して焼灼するという核出術と .本邦 焼灼術の折衷案の術式を発表した〔17〕 ることが示されている〔12〕 . でもバソプレシン希釈液を局注することで愛護 術後の LEP 製剤に関して連続投与と周期的 的に,出血を抑えて核出術を行うような術式が 投与を無治療群と比較した RCT が,Seracchioli .われわれの施設でも, 考案されている〔18〕 らにより報告されている.この研究では,無治 cm を越える場合は核出するがそれ以下のも ヵ月後に25%であった のは焼灼術に留めることを実施しており,卵巣 療群の月経痛の再発は 年後には40%へと上昇するが,周期 .今後は,これ 機能の温存に努めている〔19〕 年後で30%強であり,18ヵ月後か らの手術方法の再発率や術後の卵巣機能を検討 ら有意差が認められる.一方,連続投与群は一 することで,最適な手術方法を求めていくこと 桁台の再発率で推移し, が必要となるだろう. ものが, 的投与群は ヵ月後より有意差が あるというが,これは不正出血時の痛みを月経 また,子宮内膜症の再発率が高いとはいえ, 痛として評価したものである.性交痛や骨盤痛 半数以上の症例は再発をみないことから,術後 .彼らは同 では有意差はみられなかった〔13〕 の薬物療法が必要な症例,あるいは不要な症例 様の研究をチョコレート囊胞の症例に対して行 を選別する術を求めて行くことも喫緊の課題で っており, 年後のチョコレート囊胞再発は, ある.さらに,現在われわれが有する薬物療法 無治療群で29%であったものが,周期的投与群 は,すべからく排卵を抑制するものであり,術 7%,連続投与群で8. 2%と有意に再発を で14. 後妊娠を望む者には適応できない.もっとも難 抑え,再発チョコレート囊胞の増大スピードを 渋するのは,妊娠を望みながら再発してくるケ . 抑えることが示されている〔14〕 ースであり,排卵を抑制せず再発を抑える治療 以上のことを顧みれば,手術後には薬物療法 方法というものも開発する必要がある. を続けることが,再発を防ぐ要諦といえるのだ ろう.図 に再発を減ずるための取扱いをまと めておく. おわりに いったん子宮内膜症を発症すると,再発とい う負のスパイラルに陥る症例は必ず存在する. 今後の課題 この場合,病苦そのもののみならず,治療手段 ところで,卵巣チョコレート囊胞に対する手 による手術侵襲や薬物の副作用など,QOL を 術術式は,すでに核出術が焼灼術よりも優れて 下げる経験が長きにわたって続くことになる. いることが示されている.すなわち, 囊胞の再発 この憂いを少しでもぬぐい去ることを目的とし 41 (95%信頼区間;0. 18∼0. 93) ,月経痛の は0. て, 「子宮内膜症啓発会議」が発足した.青い 15 (95%信頼区間;0. 06∼0. 38)と再発 再発は0. 鳥が 21(95%信頼 のリスクを下げ,妊娠の成立は5. ージは, 「疼痛」 「不妊」 「卵巣の腫大」を表し, 04∼13. 29)と上昇させることが,シス 区間;2. われわれ医療者が青い鳥となってそれらの愁訴 . テマティック・レビューで示されている〔15〕 を取り去り,あるいは患者自身がそれらの愁訴 粒の黄色いサクランボを加えているイメ 40 村上 図 日本子宮内膜症啓発会議のホームページとロゴ をもちつつも青い鳥となって大空を飛ぶことが できるような,そんな思いからつくられたロゴ である(図 ) .現在は啓発活動が主体である が,いつの日か「未病」の段階で子宮内膜症の 発症を予防することができる日が来ることを心 より期待したい. 文 献 〔1〕子宮内膜症取扱い規約 第 部治療編・診療編. 金原出版,2010;38−48 〔2〕Koga K et al. 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