レジュメ

新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
通信教育部新潟支部学習会(2014.3.15-16)
テーマ「実親子法」
注)法令名の記載のない条文はすべて民法のものである。
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はじめに―問題提起
1. 親子であることの意味(ひとつの考え方として)
(1) 人格的観点-帰属点・出自(遺伝的由来・つながり・ルーツ)の認識
自分自身の存在の位置づけと承継、親としての自意識(責任感?)
⇒血縁上の親子(生物学的ないし遺伝的親子)
(2) 社会的観点-哺育、養育、教育、扶養、面倒見(家族的ケア*)
、精神的支え合
い(助け合い)
、財産の引継ぎ etc
現実の生活関係としての親子
⇒社会的親子
(3) 法的観点-権利義務関係の基点(法律要件)
①②の観点の法的世界=権利義務の世界への置き換え
社会的関係を規範に置き換え
誰が育てるべきか(親権)
誰が生活費用を負担すべきか(扶養)
誰が世話をすべきか*)
誰が財産を引き継ぐべきか
これらの、権利義務発生の根拠・原因(法律要件)としての親子関係
⇒法的親子
血縁上の親子=社会的親子=法的親子⇒法律効果 という基本構想、
もちろん、血縁上の親子=法的親子が大前提であるが、しかし、あえてその不一致が
そのまま容認される場合もある。その不一致が発生する状況に変化が見られる。
とくに、民法が想定しない事態が生じ、現行制度に問題を提起している。これをどう
考えるか?
*) 家族的ケア(世話)は家族関係の中で現実に行われている。未成年の子に対する
親からのケアは、基本的に 820 条の身上監護として親権制度の中にセットされる。
しかし、成人特に高齢者に対するケア(典型的には介護)は、これを 877 条の「扶
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養」と解する学説も一部存在するが、通説的見解は扶養を金銭的給付に限定し、介護
等の事実行為は含めない。
法的権利義務とする場合には、
強制がありうることになり、
人的なケアは強制になじまないという判断が背景にある。
2. 変わらない民法と変わる現実
(1) 明治民法(明治 31 年施行)からほぼそのままの実親子法
(2) 規律対象の変化
(ア) 社会規範レベル
性行動規範の変化、婚姻家族のモノポリー(正統性の独占)のゆらぎ
例)最(大)決平成 25 年 9 月 4 日(婚外子相続分差別違憲決定)
「婚姻、家族の形態が著しく多様化しており、これに伴い、婚姻、家族の在り方に
対する国民の意識の多様化が大きく進んでいることが指摘されている。
」
(イ) 科学技術レベル
・親子鑑定技術、特に DNA 鑑定技術の発展・高度化・普及
→血縁上の親子と法的親子のずれの鮮明化
・人工生殖技術の発達
父子関係について-非配偶者間人工授精 (AID)、保存精子による死後懐胎
母子関係について-代理母、代理懐胎
→血縁によらない親子関係の意図的実現
母子関係では分娩=血縁上(遺伝的親子)の自明性の否定
〇民法改正ないし特別法による対応はひとまず置いて、現行民法による解決は?
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実親子法の構造
1. 基本的身分関係としての「夫婦」と「親子」
親子関係の効果(民法上主なもの)
・「成年に達しない子は、父母の親権に服する」(818 条 1 項)
・「被相続人の子は、相続人となる。」(887 条 1 項)
・「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務がある。」(877 条 1 項)
・「次に掲げる者は、第 887 条の規定により相続人となるべき者がない場合には、次
に掲げる順序の順位に従って相続人となる。
一
被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先に
する。
二
被相続人の兄弟姉妹 」(889 条)
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「直系血族」(直系尊属を含む)←親子関係の直列的連結
「兄弟姉妹」←親子関係の並列的連結
2. 法的親子関係の種別
実親子関係⇒嫡出親子・非嫡出親子
養親子関係⇒普通養子・特別養子
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嫡出親子関係
1. 母子関係
規定なし→母子間には分娩(出産)という自然血縁(生物学的親子関係)を直接的に示
す事実がある。∴法的母子関係は、分娩によって当然に発生する。
ただし、卵子提供による人工受精や、他の女性の卵子を用いて作られた胚の提供を受け
て分娩した場合には、遺伝的な母親は提供者である。法的な母は、生みの母か、遺伝子の
母か? (後述)
(最近の立法例)
ドイツ民法(BGB) 1591 条(1997 年改正により新設)
「母はその子を分娩した女性である」
2. 父子関係
(1) 嫡出推定
父子の間には、母子の場合のように親子関係を直接に示す事実はない。しかし、婚姻関
係にある男女は一般に排他的性関係を持つと考えられる。したがって、婚姻関係にある女
性(妻)の生んだ子の父はその女性の夫であると推定してよい。
格言:「母は常に確実である」
「父は常に不確実である」
しかし「婚姻が示す者が父である」
そこで 772 条⇒二段階の推定による 母の夫≒子の父の推定
1 項→父性推定
2 項→懐胎期間の推定
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懐胎期間の幅としての 200 日~300 日
合わせて⇒ 嫡出推定
(補論)「準正」について
789 条
1項⇒婚姻(後婚)準正
2項⇒認知準正
戸籍法 62 条
(2) 嫡出否認の訴え(774 条-778 条)
(ア)「推定」という法的技術
思考の基本構造
B(間接事実)⇒ A(直接事実)の高度の蓋然性
(イ) 推定の覆滅
推定には誤りが含まれている可能性がある。
通常の推定の場合には、反対事実が証明されれば覆る。
その手続や方法(手段)には、通常、制限がない。
(ウ) 772 条の嫡出推定の場合
推定の基礎⇒婚姻中の夫婦間では排他的な性関係が持たれるのが一般であるから、婚
姻中に妻が懐胎した子の父はその夫である蓋然性が高い。
推定を争う手段⇒嫡出否認のみ
「嫡出推定」と「嫡出否認」は一組(ワンセット)の制度(774 条参照)
「嫡出否認」は 772 条の推定を争うためにのみ存在する。
「嫡出推定」を離れて「嫡出否認の訴」の存在意義はない。
さらに言えば、嫡出推定が働いていなければ、嫡出否認の訴によって父子関係を否定
する必要はない(嫡出否認の出番ではない)。
(エ) 嫡出否認の要件
①否認権者⇒夫のみ(774 条)
夫以外の者が例外的に否認をなしうる場合⇒人事訴訟法 41 条 1 項参照
②否認の方法⇒訴えによる(775 条)
調停前置主義(家事事件手続法 257 条)による調停で争いがなければ同法 277 条に
よる審判(合意に相当する審判=〔旧家事審判法〕23 条審判)ができる。この制度
は、人事訴訟事件の解決方法として、実務上、重要な機能を果たしている。
③出訴期間(777 条)⇒「子の出生を知った時から一年以内」
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夫以外の者が例外的に否認をなしうる場合⇒人訴 41 条 1 項参照
――――――――――――――――――――――――――
参考条文 家事事件手続法
(調停事項等)
244 条
家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる
事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審
判をする。
(調停前置主義)
257 条
第 244 条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとす
る者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。
2 前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、
職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付する
ことが相当でないと認めるときは、この限りでない。
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・・・
(合意に相当する審判の対象及び要件)
277 条
人事に関する訴え(離婚及び離縁の訴えを除く。)を提起することができる事項に
ついての家事調停の手続において、次の各号に掲げる要件のいずれにも該当する場合には、
家庭裁判所は、必要な事実を調査した上、第一号の合意を正当と認めるときは、当該合意
に相当する審判(以下「合意に相当する審判」という。)をすることができる。ただし、
当該事項に係る身分関係の当事者の一方が死亡した後は、この限りでない。
一
当事者間に申立ての趣旨のとおりの審判を受けることについて合意が成立していること。
二
当事者の双方が申立てに係る無効若しくは取消しの原因又は身分関係の形成若しくは存
否の原因について争わないこと。
2 ~・・・
(合意に相当する審判の効力)
281 条
第 279 条第 1 項の規定による異議の申立てがないとき、又は異議の申立てを却下す
る審判が確定したときは、合意に相当する審判は、確定判決と同一の効力を有する。
なお、776 条の嫡出性の承認によって夫が否認権を失ったとされた事例は確認しえない。
結論的に
母の夫が子の出生を知ってから1年以内に嫡出否認の訴えを提起しなければ、嫡出推定は
もはや誰からも争えなくなる。つまりは、推定された母の夫との父子関係が法的に確定する。
生物学的父子関係(血縁)のない法律上の父子関係が固定されうる。その意味で、嫡出否認
の制度は、嫡出推定の誤りを訂正する制度としては不完全である。いうまでもなく、その原
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因は、嫡出否認の要件が厳格に設定されていることにある。
当然のことながら、嫡出否認の訴えが①③の要件を満たしている場合には、それだけで訴
えが認容されるのではない。本案審理において、母の夫との間に血縁(生物学的親子関係)
がないことが証明されなければならない。つまり、その限りで、上記①③は訴訟要件として
機能している。妻の生んだ子と夫との父子関係を争う訴えは、この要件を満たさない限り不
適法なものとして却下される(俗にいう「門前払い」)。それ以上の実体審理はなされない。
嫡出否認に付された厳格な(厳格すぎる?)要件は、既婚女性の生んだ子の嫡出子身分
(法的に夫の子であること)を強力に保護している。
・厳格な否認要件の理由
① 否認権者の限定⇒ 家庭の平和(夫婦のプライバシー)保護
② 出訴期間の限定⇒法的親子関係(身分関係)の早期安定
・ 否認要件が厳格にすぎることの問題点
①生物学的親子関係の不存在が明らかである場合にも、出訴期間経過により法的父子
関係が争えない。1年は短かすぎる。
②親子関係のもう一方の当事者である子に否認権がない。
⇒問題に対処する一つの解釈論:
「子の出生を知った時」を「否認すべき子の出生を知った時」と解する(これを認める
裁判例あり)。
(3)推定の及ばない子(嫡出推定の排除)
形式的には 772 条の推定期間中に出生しているが、夫の子ではありえない事情が認め
られる子(→「表見嫡出子」)
(ア) 問題の所在
夫の子でありえない子
例)懐胎期間中における母の事実上の離婚、夫の服役、海外滞在等
(イ)判例
◎ 最判昭和44・5・29民集23巻6号1064頁
認知請求事件
《事実の概要》
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A女B男は昭和 21 年に婚姻したが、24 年 4 月ごろ別居し、事実上の離婚状態となり、
26 年 10 月 12 日に協議離婚した。AはBと別居後 25 年 3 月より芸者として稼ぎ、その間
Y男と知合い肉体関係を生じた。その関係は 39 年 3 月ごろまで継続した。
この間、Aは、協議離婚成立の約 4 ヶ月半の後の 27 年 3 月 28 日にX1 女を、さらに
31 年 1 月 31 日にX2 男を分娩した。A女は、X1・X2 とも自己の非嫡出子として出生届
をなした(X1 の出生日を 27 年 8 月 30 日と偽る)。Yは、X1 に自己の名の一部を与え
たり、両名の誕生にあたっては、産着や祝いの品物を持ってA方を訪れたり、出産費用
を負担したり、近所へお礼参りするなど、父親として振舞ったほかに、さらに養育費も
与えていた。X1 らも、成長後Yを父と呼んで慣れ親しんでいた。その後AとYは離別し
た。X1X2 は未認知であったので、Yに対し認知請求の訴を提起した。
Yは、X1 について、AB間の離婚後 300 日以内に生まれた子であるからBからの嫡出
否認のないかぎりBの嫡出子であり、Yの非嫡出子であることを理由としてYに認知請
求することはできないと抗弁した(つまり、言い換えれば、Yを父とする認知の訴えは、
法的に確定したはずのB・X1 間の父子関係の否定を前提としているが、それは法的にも
はや争い得ない法律関係であるから、本件認知の訴えは不適法なものとして却下される
べきである)。一審・原審とも請求認容。Yより上告。上告棄却。
《判旨》
「・・・X1 は母AとBとの婚姻解消の日から 300 日以内に出生した子であるけれども、
AとB間の夫婦関係は、右離婚の届出に先だち約2年半以前から事実上の離婚をして爾
来夫婦の実態は失われ、たんに離婚の届出がおくれていたにとどまるというのであるか
ら、X1 は実質的には民法 772 条の推定を受けない嫡出子というべく、X1 はBからの嫡
出否認を待つまでもなく、Yに対して認知の請求ができる旨の原審の判断は正当として
是認できる。」
子の懐胎当時において母とその夫との間に性関係があり得ないことを示す明らかな客観
的な事情があった場合には、嫡出推定は排除され、嫡出否認によらずして母の夫との親子
関係を争うことができる(⇒「外観説」)。
(ウ) 親子関係不存在確認の訴え
歴史的由来:虚偽の戸籍記載を訂正する必要性
現行法:人訴 2 条 2 号:「実親子関係の存否の確認の訴え」⇒調停前置⇒「合意に相
当する審判」が可能
要件:理論的には、確認訴訟一般の要件として、「訴えの利益」(ここでは、問題の
父子関係が法的に存在しないことの確定により直接的な法的利益を受ける地位
にあること)があれば出訴可能。出訴期限の制限はない
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(問題)夫の子でありえないことを示す、子の懐胎当時における客観的事情(外観的事実)
がある場合のほかに、嫡出推定を排除してよい場合があるか?
⇒その場合、嫡出推定が排除される結果として、家庭の平和(夫婦のプラバシー)、身分
関係の早期安定の保護は失われることに注意
(エ) 学説(主要なもの)
a) 外観説
根拠:推定の基礎の欠落
b) 血縁説:排除の事由としては、外観説のいう事情だけでなく、夫の生殖不能、血液型
背馳、人種の違いなども認められるべきである。
根拠:嫡出推定の手段的性格、真実の尊重
批判:嫡出推定・嫡出否認制度の空洞化を招く。⇒f)①②の保護が失われる。
c) 家庭破綻説(折衷説・家庭平和説):
母と夫との夫婦関係が離婚等によって崩壊しており、かつ、夫の子ではないことが明
らかである場合に、推定を排除してよい。血縁説に家庭破綻の要件を加えた説
d)家庭破綻・新家庭形成説
家庭破綻説に立ちながらも、子が法的な保護者たる父を失うことを避けるために、
母・子と真実の父親の新家庭が形成されていて、真実の父による認知の約束等があ
って、それを認めることが子の利益に合致するという特段の事情がある場合に、か
つ当事者の供述証拠等だけで父子関係の不存在が十分うかがえるという事情がある
場合に推定を排除してよいとする。
e)合意説
当事者間において夫の子でないことについて合意がある場合には、推定を排除して親
子関係を否定できる。否認訴訟の厳格な要件は、家庭の平和や親子関係早期安定の
利益を保護するためのものであるから、その保護を受ける当事者が父子関係不存在
を肯定しているのであれば、推定を覆してもよい、とする。⇒「合意に相当する審
判」手続との関係
f)外観・合意説(双方の場合を承認)
嫡出推定の意義を尊重する立場から基本的には外観説によりながらも、外観的事実
がない場合でも、当事者が父子関係の否定を望むことがあり、またそれが子の福祉
につながることもありうることから、合意説による処理でもよいとする。⇒現時点
でかなり有力な説。
g)嫡出性承認拡張説
子の出生後における親子としての生活関係全般を観察して、夫が自分の子である
ことを承認したと認定できる場合には、776条の「嫡出性の承認」があったものとし
て、もはや何人も親子関係を争うことはできないとする。フランス法の「身分占有」
の考え方に近い。
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(オ)判例のその後の動き―「外観説」にとどまる
下級審における③折衷説受容の傾向
○ 東京高判平成6・3・28家月47巻2号164頁(親子関係不存在確認請求事件)
《事実の概要》
X男とA女は 14 年にわたる婚姻生活の後離婚した元夫婦である。
Aは婚姻中にY男
(昭
和 59 年 6 月 5 日.生)とB女(63 年 2 月 5 日.生)を出産し、二人の子とも夫Xの子(嫡
出子)として出生届がなされている。離婚に際し、YとBの親権者は母Aと定められた。
その後、Aは他の男性と同居して二人の子を養育している。Xは他の女性と再婚してい
る。XからYに対し(法定代理人母A)親子関係不存在確認の訴を提起。Xはその理由
として、再婚の前年(平成 3 年 10 月.)に二人の子の親権者を自分に変更する旨の調停を
申し立てたところ、その調停の席上、調停委員を通じて、AがYはXの実子ではないと
述べており、Aが持参した母子手帳に記載された血液型によっても自分とYは親子であ
りえないことを知らされた。つまりは、Yは妻Aが婚姻中の不貞行為によって懐胎した
子である。これに対し、Y側は、民法 772 条によって嫡出推定を受ける子については嫡
出否認の訴えによってのみその親子関係を争うことができるのであり、この親子関係不
存在確認の訴は訴訟要件を欠く不適法なものとして実体審理をするまでもなく却下され
るべきであると主張した。
第一審裁判所(横浜地裁)は、外観説の立場に立って、嫡出推定が排除されるのは、
婚姻期間中妻が夫の子を懐胎しえないことが外観上明白である場合に限定されるとこ
ろ、本件ではそうした外観上の事実がないから、訴えは不適法であるとして却下。
Xより控訴。
(判旨)原判決取消・差戻
「・・・民法 772 条による嫡出推定が排除されるのは右のような場合[=夫の子を懐胎
しえないことが外観上明白である場合]に限らず、生殖能力の欠如、血液型の背馳、人
類学的不一致等の理由により父子関係にないことが科学的証拠により客観的にかつ明白
に証明され、しかも、懐胎した母とその夫との家庭が崩壊し、その平穏が既に崩壊して
いるような場合にも、同条による嫡出推定が及ばないものと解する。」
(家庭の平穏を重視する理由)
「・・・嫡出推定が排除される場合には、原則として、訴えの利益が認められる限り、
誰でも、また、いつでも親子関係不存在確認の訴えを提起し得ることになるし、また、
利害関係を有する第三者が財産権に関する訴訟の前提問題として親子関係の存否を主
張・立証することもあり得る。しかし、このような事態が無制限に出現することは、嫡
出推定規定及びこれに関連して嫡出否認の訴えが設けられた趣旨が第一義的に家庭の平
穏を守るという点にあることを無視するものであり、民法の容認するところではないと
いわなければならない。
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そこで、嫡出推定が排除され、親子関係不存在確認の訴えを提起し、あるいは他の訴
訟の前提問題として親子関係の存否を主張・立証し得るのは、懐胎した母とその夫との
家庭が破綻し、もはや保護すべき家庭が存しないことが必要であると解すべきである。
そして、このように解しても、夫や子がそれぞれ親子関係の不存在確認を訴求するよう
な事案においては、家庭の平穏が既に崩壊してしまっている場合がほとんどであると考
えられるので、夫と子の立場を不当に制限することにはならないと考えられるし、何よ
りも、夫と子が殊更に親子関係の存否を問題にせず、健全な家庭を維持しようとしてい
るのに、真実の父や相続等の財産関係に利害を有する第三者が自己の利益を追求するた
めに右の訴えを提起することを防止する点において、嫡出推定制度の解釈・運用上の長
所があるということができるのである。
以上の見解に立った場合、本件においてはXとAとの家庭は離婚により既に崩壊して
いることは前示のとおりである。したがって、血液型の背馳等の理由により科学的証拠
により客観的かつ明白にXとYとの間に親子関係が存在し得ないことが証明されたとき
は、民法 772 条に基づく嫡出推定が排除される結果、親子関係不存在確認の訴えによっ
てYがXの嫡出子であることを否定し得ることになる。」
<最高裁の立場>
◎最判平成12・3・14判例タ1028号164頁(親子関係不存在確認請求事件)
《事実の概要》
原告X男とA女は、平成 3 年 2 月 2 日に婚姻の届出をなし、Aは同年 9 月 2 日にYを
出産した。YはXA間の嫡出子(長男)として出生届がなされている。その後、平成 6
年 6 月 20 日にYの親権者をAとして協議離婚をし、以来YはAのもとで養育されてい
る。
離婚後に、XはYが自分の子ではないとの噂を聞き、これをAに問いただしたところ、
Aは電話でそのことを認めた。また、その直後に、B男がXに電話で、自分が父である
ことを伝えた。後にAが述べるところによると、この電話は、子どもがあることでXが
再婚に踏み切れないでいると聞いて、Xが相手の女性と幸福になれるのであればと考え
て、嘘を言ったとのことである。
Xは、平成 7 年 2 月 16 日、Yを被告として親子関係不存在確認の訴えを提起。第一
審は却下、原審(東京高裁)は一審判決を破棄して差し戻した(折衷説による)。
(原審判断-最判より引用)
「民法上嫡出の推定を受ける子に対し、父がその嫡出性を否定するためには、同法の
規定にのっとり嫡出否認の訴えによることを原則とするが、嫡出推定及び嫡出否認の制
度の基盤である家族共同体の実体が失われ、身分関係の安定も有名無実となった場合に
は、同法 777 条所定の期間が経過した後においても、父は、父子間の自然的血縁関係の
存在に疑問を抱くべき事実を知った後相当の期間内であれば、例外的に親子関係不存在
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確認の訴えを提起することができる」。
《判旨》
「しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の通りで
ある。民法 772 条により嫡出の推定を受ける子につき夫がその嫡出であることを否認す
るためには、専ら嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、右訴えにつき 1 年の出訴
期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から十分な合理性を有するもの
ということができる(最判引用)。そして、①夫と妻の婚姻関係が終了してその家庭が
崩壊しているとの事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要性が当然に
なくなるものではないから、右の事情が存在する事の一事もって、嫡出否認の訴えを提
起し得る期間の経過後に、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との間の父子関係
の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。
もっとも、②民法 772 条 2 項所定の期間内に妻が出産した子について、妻が右子を懐
胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居
住して夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在
する場合には、右子は実質的には民法 772 条の推定を受けない嫡出子に当たるというこ
とができるから、同法 774 条以下の規定にかかわらず、夫は右子との父子関係をの存否
を争うことができると解するのが相当である(最判引用)。しかしながら、本件におい
ては、右のような事情は認められず、他に訴えの適法性を肯定すべき事情も認められな
い。
そうすると、本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ず、これと異なる原審の
判断には法令の解釈適用を誤った違法があり・・・。」訴えを却下した第一審判決が正当
である。
◎外観説の問題点
①「外観的」事実のある事案で、現実の親子関係が営まれたとしたら・・・
最判平成 10 年 8 月 31 日
甲は、A男とB女との婚姻成立の日から200日以後に出生した子であるが、B女が甲を懐胎した時
期にはA男は出征中であってB女がA男の子を懐胎することが不可能であったことは明らかである
から、実質的には民法772条の推定を受けない嫡出子であり、また、甲の出生から40数年を経過
してA男が死亡した後にその養子である乙がA男と甲との間の父子関係の存否を争うことが権利の
濫用に当たると認められるような特段の事情は存しないなど判示の事情の下においては、乙が甲を被
告として提起した親子関係不存在確認の訴えは、適法である
⇒もしこの事案で甲がABによって育て上げられたとしたら??
「わらの上からの養子」と類似の問題?
②「外観的」事実のない事案で、生物学的親子関係(血縁)なきことが証明されたな
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ら
・・・
〇最判平成 23 年 3 月 28 日家月 63・9・58
原告(上告人)が、被告(被上告人)に対し、離婚等を請求し、被告が原告に対し、離婚等を請
求するとともに、長男、二男、三男の監護費用の分担の申立てなどをしたところ、原審が、原告と
被告とを離婚し、二男の監護費用につき、長男、三男と同額と定めるのが相当であるとしたため、
原告が上告した事案において、被告は原告と婚姻関係にあったにもかかわらず、原告以外の男性と
性的関係を持ち、その結果、二男を出産したというのであり、被告が原告に対し離婚後の二男の監
護費用の分担を求めることは、監護費用の分担につき判断するに当たっては、子の福祉に十分配慮
すべきであることを考慮してもなお、権利の濫用にあたるとし、原判決中、二男の監護費用の分担
に関する部分を破棄し、同部分に関する被告の申立てを却下した事例。 (TKC 要旨)
(4) 推定されない嫡出子(拡大生来嫡出子)
⇒婚姻成立後 200 日経過することなく生まれた子の法的地位
(ア)民法のとらえ方
出生時点では非嫡出子 + 認知 =準正嫡出子(789 条 2 項)
⇒生来の嫡出子ではない。
(イ) 立法主義としての問題点
・婚姻慣行との不一致(「足入れ」婚)
・当事者及び周囲の意識との不一致(現代なら「できちゃった結婚」)
・子の保護(父の死後 3 年間の認知請求が可能になったのは昭和 17 年改正による)
(ウ)判例による修正
◎ 大判(民事連合部)昭和15・1・23民集19巻54頁
《事実の概要》
内縁関係中に懐胎され婚姻届の翌日に出生し、かつ他人夫婦の嫡出子として届けられ
た子(当然実父の認知はない)について、実父の嫡出子としての家督相続権が主張され
た事案。嫡出の長男であれば、単独相続。非嫡出子なら、相続権なし。
《判旨》
「およそ未だ婚姻の届出をなさざるも、既に事実上の夫婦として同棲し、いわゆる内縁
の継続中に内縁の妻が内縁の夫に因りて懐胎し、しかも右内縁の夫婦が適式に法律上の
婚姻をなしたる後において出生したる子のごときは、たとえ婚姻の届出とその出生との
間に民法 820 条[現行 772 条]所定の 200 日の期間を存せざる場合といえども、これを民
法上私生子をもって目すべきものにあらず。かくのごときは特に父母の認知の手続を要
せずして出生と同時に当然に父母の嫡出子たる身分を有する。」
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
(エ)戸籍実務
嫡出子(夫の子)としての出生届がなされれば受理する。←戸籍事務管掌者の形式的
審査では、先行内縁の有無を確認できない。
(オ) 嫡出子たる身分を有することの実定法上の根拠
・学説
内縁関係の成立を起算日とする。
つまり、772 条の類推適用により、嫡出子たる身分を有する。
注意点)772 条の推定を受けると、その推定は強力であり、それを争う手段は嫡出
否認しかない。
・判例
◎最判昭和41・2・15民集20巻2号202頁(認知請求事件)
《事実の概要》
A女B男は、S.10.3.26.に挙式同棲し、同年 7.5.に婚姻届出をした夫婦である。婚姻届出
の後 144 日
(挙式同棲からは 8 ヶ月)
たった同年 11.26.に子Xが出生。
同夫婦は翌 S.11.3.23.
に協議離婚している。離婚に至る理由は、Xの父について疑念を抱いたBがAを問いつ
めたところ、AがXの父親はBでないことを認めたことにある。そのためXの出生届は
遅れ、協議離婚届と同時にAの非嫡出子(私生子)として届け出られている。
その後、A女の挙式直前まで情交関係のあったY男に対しXより認知請求をなした。
原審はこれを認容した。Yは、XはBの嫡出子として推定を受けているから、嫡出否認
の対象となる子であり、その否認もなされていない以上、嫡出推定と矛盾する本件認知
請求は不適法であるなどとして上告。
《判旨》
「・・・民法 772 条にいう『婚姻成立の日』とは、婚姻の届出の日を指称すると解する
のが相当であるから、AとBの婚姻届出の日から 200 日以内に出生したXは、同条によ
り、Bの嫡出子としての推定を受ける者ではなく、たとえ、X出生の日がAとBとの挙
式あるいは同棲開始の時から 200 日以後であっても同条の類推適用はないものというべ
きである(大判・・・)。されば、XがBの嫡出子としての推定を受けるとの前提に立
って、Bが法定の期間内に嫡出否認の訴を提起しなかった以上、右推定が確定し、Xの
本件認知請求は許されないとするYの主張は理由がない。」
判例はこれらの子が嫡出子身分を有することの根拠を 772 条には求めない。
その意味で、772 条により「推定されない」けれども「嫡出子」とも理解できよう。
⇒婚姻中懐胎主義から婚姻中出生主義への転換??
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
◎「推定の及ばない子」との異同
772 条の適用関係上、その子の生まれる時期がまったく異なっている。「推定の及ばな
い子」は 772 条の推定期間中に出生するが、夫の子でないことが明らかであるために推
定が排除される。これに対し「推定されない嫡出子」の場合は、(判例によれば)もと
もと 772 条の推定期間前の出生であり、推定される理由がないのに母の夫の子であると
して扱ってよいとされている。ただし、後者の場合、実は母の夫の子ではないというの
であれば、その場合の表見的な父子関係を争う法的手段は、前者の場合と同じく、親子
関係不存在確認の訴えとなる。推定がないにもかかわらず、表見的な父子関係がある点
では両者は共通しているからである。
(5) 非配偶者間人工授精(AID)による出生子と 772 条の適用
AID(=Artificial insemination with Donor's Semen) vs. AIH
(ア)AID子の法的特徴
①夫の子でありえないことは明白である。
しかし
②通常の場合、夫が事前の明示的な同意を与えている。
③精子提供者は匿名を原則としており、その男性も父となる意識はない。
④その結果、母の夫との父子関係が否定されても、提供者(=生物学上の父)を法律上
の父となしうる可能性が事実上きわめて低い。
(イ) 裁判例
○東京高決平成10・9・16家月51巻3号165頁(親権者指定審判に対する即時
抗告事件)
《事実の概要》
X女Y男は、昭和 41 年に婚姻したが、その後調停離婚した。両名には AID によって生
まれた子A(平成 6 年出生)がおり、離婚後におけるAの親権者については審判による
旨の合意をなした。XYともAの嫡出性は争っていない。原審判は、子の養育環境の継
続性を重視して、Yを親権者と指定した。これに対してXより即時抗告がなされ、抗告
理由において、Xは、Aは嫡出推定の及ばない子であり、真実の親子関係はないから、
Yが親権者になることはできない、仮に嫡出推定が及ぶとしても、養育者としては母X
が適切であると主張した。
《判旨》
「本件の未成年者〔A〕は、相手方〔夫Y〕が無精子症であったため、相手方と抗告人
〔妻X〕が合意の上で、抗告人が第三者からの精子の提供を受けて出産した人工授精子
である。
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抗告人は、このような場合には、未成年者と相手方との間には真実の親子関係が存在
せず、嫡出推定が働かないから、法律上当然の帰結として、相手方が親権者に指定され
る余地はないと主張する。
しかし、夫の同意を得て人工授精が行われた場合には、人工授精子は嫡出推定の及ぶ
嫡出子であると解するのが相当である。抗告人も、相手方と未成年者との間に親子関係
が存在しない旨の主張をすることは許されないというべきである。抗告人の主張は採用
することができない。
もっとも、人工授精子の親権者を定めるについては、未成年者が人工授精子であるこ
とを考慮する必要があると解される。夫と未成年者との間に自然的血縁関係がないこと
は否定することができない事実であり、このことが場合によっては子の福祉に何らかの
影響を与えることがありうると考えられるからである。
ただし、当然に母が親権者に指定されるべきであるとまではいうことはできず、未成
年者が人工授精子であることは、考慮すべき事情の一つであって、基本的には子の福祉
の観点から、監護意思、監護能力、監護補助者の有無やその他の状況、監護の継続性等、
他の事情をも総合的に考慮、検討して、あくまでも子の福祉にかなうように親権者を決
定すべきものであると解される。」
結論的には、親権者としては母が適当であるとする。
○大阪地判平成10・12・18家月51巻9号71頁 (嫡出否認請求事件)
《事実の概要》
X男A女は平成 4 年に婚姻をなしたが。子どもができなかったことから、平成 5 年か
ら複数の医療機関で、体外受精・胚移植、凍結胚移植を 5 回行った(Xの精子を使用、
一部凍結)。しかし、一度は妊娠したものの流産し、4回は妊娠すらしなかった。Aは、
平成 8 年 5 月に他の医療機関で、夫に無断で、AID を行い、妊娠し、平成 9 年 1 月 27 日
子Yを出産。夫は、子を命名し、また、子に障害があったことからその治療費用を工面
しようとしたことがある。
A女の主張によると、平成 6 年末ころから離婚状態にあり、単に同居していただけで
あるとされている。また、判決文からは必ずしも明らかではないが、離婚に至っている
もののようである。
出生後 1 年以内に、XよりYに対し嫡出否認の申立。
《判旨》
第三者の精子を用いた人工授精子について、夫が嫡出否認請求をした事案において、
妻が第三者の精子を用いた人工授精又は体外受精による妊娠及び出産を行うことについ
て夫が事前に包括的に承認したと認めることはできず、子の出生後、夫が自己の嫡出子
として承認する旨の意思表示をしたと認めることもできないから、嫡出否認の訴えは認
められる。
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(ウ) 学説
a) 嫡出推定が及ぶとする説
-1)夫からの嫡出否認は信義則に反するものとして認められない。
-2)夫の同意は嫡出性の事前の包括的承認であるから、夫はそもそも否認権を失
っている(776 条類推)。→多数説
なお、夫の同意がなかった場合については、
α)推定が及ばないとする見解
β)子の懐胎時期に夫婦間の接触を不可能ならしめる客観的事情が認められ
ない限り推定は及ぶとする見解(外観説による)
b) 嫡出推定は及ばないとする説
理由:
血縁説的思考
子からの実質的否認権の保障
子の「出自を知る権利」への配慮
☆明日の検討判例☆
最決平成 25 年 12 月 10 日(pdf 配布)
法廷意見(多数意見)だけでなく、補足意見、反対意見も検討してください。
3
非嫡出親子関係
1. 父子関係
・認知とは⇒「嫡出でない子」(非嫡出子、婚外子)の法的な親子関係を形成すること。
・嫡出子との条件の違い⇒母に婚姻関係がない、もしくは婚姻関係はあっても夫が父では
ない(嫡出否認がなされたような場合)ため、母の婚姻関係を手掛かりにして父を捜索
することができない
そこで、「認知」制度の登場
・親(父)の意思表示によって行われる場合⇒任意認知(779 条以下)
・裁判によって行われる場合⇒強制(裁判)認知(787 条)
・認知の効果⇒遡及効あり(784 条)
よって
認知なければ法的親(父)子関係なし(∴相続権なし、親権なし、扶養請求権なし)
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注意)非嫡出子には、認知されたもの(法的父あり)と未認知のもの(法的父なし)があ
る。
(1) 任意認知
(ア) 要件
780 条~783 条
(問題)任意認知は必ず認知届によらなければならないか(781 条 1 項参照)。
任意認知は実の父が父子関係の存在という事実を承認する行為であるから、その意味で
の承認があるならば、必ずしも認知届の方式によらずとも親子関係を承認してよい場合
があるのではないか。その一例⇒戸籍法 62 条
(判例)最判昭和53・2・24民集32巻1号110頁(貸金請求事件)
《事実の概要》
訴外亡A(中華民国国籍)が生前債務者Yに貸した 200 万円の金員について、Aの相
続人である妻X1 およびAの子X2~X10 が、Yに対して貸金の返済を請求した事件。子
らのうち、X2 とX3 はA・X1 の婚姻前に出生し婚姻と同時に認知されている(準正嫡
出子←789 条 2 項)が、その他の子7人はAと妻X1 以外の2人の女性との間に生まれた
子であり、そのうち4人は妻との間の嫡出子として届出られ、3人は架空の女性の非嫡
出子として届出られていた。この7人についての出生届はいずれもAがおこなったが、
認知届はしていない。債務者Yは、これら7人の相続人としての地位を争った。一審・
原審ともこれら7人の相続人たる地位を認めたので、Yより上告。
《判旨》
「嫡出でない子につき、父から、これを嫡出子とする出生届がされ、又は嫡出でない子
としての出生届がなされた場合において、右各出生届が戸籍事務管掌者によって受理さ
れたときは、その各届出は認知届としての効力を有するものと解するのが相当である。
けだし、右各届出は子の認知を旨とするものではないし、嫡出でない子を嫡出子とする
出生届は母の記載について事実に反するところがあ[るが]、・・・認知届は、父が、戸
籍事務管掌者に対し、嫡出でない子につき自己の子であることを承認し、その旨を申告
する意思の表示であるところ、右各出生届にも、父が、戸籍事務管掌者に対し、子の出
生を申告することのほかに、出生した子が自己の子であることを父として承認し、その
旨申告する意思の表示が含まれており、右各届出が戸籍事務管掌者によって受理された
以上は、これに認知届の効力を認めて差支えないと考えられるからである。」
⇒無効行為の転換の一場合
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(イ) 認知の無効・取消
①認知者自身の意思によらない認知⇒無効
◎最判昭和52・2・14家月29巻9号78頁
認知無効本訴、認知反訴請求事件
事実関係不詳
《判旨》
「認知者の意思に基づかない届出による認知は、認知者と被認知者との間に親子関係
があるときであっても無効である。」
②血縁上の(生物学的)親子関係と一致しない認知⇒無効
786 条:「子その他の利害関係人は認知に対して反対の事実を主張することができる」
反対事実の主張⇒認知無効の訴え(人訴 2 条 2 号)
(問題)認知者自身は、認知が事実に反することを理由として無効確認の訴えをなしう
るか。錯誤による場合には可能と解すべきであろうが、事実に反することを知りつつな
された認知(虚偽認知・好意認知)の場合はどうか。
⇒785 条:「認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができない」の意味は?
785 条をめぐる学説:「撤回説」(意思主義的解釈)vs「取消説」(客観主義的解釈)
a) 撤回説:本条にいう「取消」は「撤回」の意味である
詐欺や強迫による瑕疵ある意思表示によって認知がなされた場合には、取消によっ
てその効力を否定できる法的地位を表意者たる認知者に認めるべきである。たとえば
強迫よって認知がなされた場合には、認知者による取消を認めるべきである。よって、
本条によって認知者に禁止されている「取消」とは、認知者の自由意思によっていっ
たん承認した親子関係を、取消原因なくして否定すること、すなわち「撤回」の意味
に解すべきである。詐欺・強迫による認知の取消は、血縁関係が存在する場合でも許
される(→意思主義的解釈)。当該の認知が真実に合致しているなら、子の側からの
認知の訴えが可能である。
この見解によるならば、認知者の自発的意思によってなされた意識的な虚偽認知の
効力を否定することは撤回にあたるから、認知者が血縁関係なきことを理由として認
知無効確認の訴を提起することは、ますますもって許されないことになる。
なお、撤回の禁止と解しながら、認知者自身からの無効主張を認める説もある。
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b) 取消説:本条にいう「取消」は、通常の取消の意味である(現在の通説的見解)
本条により、詐欺・強迫による認知は取り消せないものとなる。しかし、真実に反す
る認知は無効であるから、認知者は 786 条の「その他の利害関係人」として認知無効
確認の訴えを提起することができる(→客観主義的解釈)。
○認知者からの認知無効確認を認容した最近の事例
大坂高判平成21・11・10家月62巻10号67頁
(離婚本訴、認知無効、損害賠償反訴請求控訴事件)
≪事実の概要≫
X男Y1 女は平成 10 年春ころ知り合い、半年ほどしたころから肉体関係を持つように
なり、交際を深めていった。その当時Y1 には子Y2(非嫡出子・未認知)がおり、Xは
Y1 ともにY2 を連れて遊園地に出かけたり、Y2 の誕生日祝いなどをしていた。平成 14
年になりY1 がXの子を懐妊した。Xは、Y1 との婚姻及びY2 を認知する旨の届出をな
した。この認知の届出は、Y1 との婚姻に伴い、Y1 の子であるY2 を家族の一員として
養育していく意思でなされたものであった。婚姻届の後、Y1 は子Aを出産した。
Xは婚姻届の後もY1 と同居することなく、自宅で一人暮らしを続け、Y1 宅に通うと
いう生活であった。平成 12 年ころ、XはB女と知り合い、平成 14 年以降数回にわたり
一緒に旅行などしていた。その後、Y1 とX及びBとの間で種々の紛争を生じ、最終的に、
XはY1 に対して離婚の訴えをなし、同時にY2 を被告として認知無効の訴えをなした。
第一審及び控訴審(本判決)ともXが有責者であることを理由として離婚請求は棄却し
ている。
しかし、認知無効については判断が分かれた。
○第一審(大阪家裁)判決:「原告Xは、被告Y1 に迫られて被告Y2 を認知したとか、
認知と養子縁組の違いもよく分からないで認知をしたなどと供述するが、俄に措信し難
く、一方では被告Y2 を自分の家族として育てていく意識があったと供述していることか
らしても、認知の意思表示自体に瑕疵があったとは認められない。
すなわち原告Xの被告Y2 に対する認知は、自己が真実の父ではないことを認識しなが
らその自由な意思に基づいてなされたものであると認められる。
かかる場合、認知した本人である父が自ら認知の無効確認請求をすることは許されな
いものと解するのが相当である。なぜなら、民法は、認知した父又は母は認知を取り消
すことができないとし(民法 785 条)、認知に対して反対の事実を主張することができ
るものを子その他の利害関係人と規定しており(同 786 条)、これはまさに真実(自然
的血縁)に反する認知がなされた場合にも、それが認知者の意思に基づいてなされたも
のである以上、認知者自身がこれを撤回することを法が禁じたものと解するのが自然で
あるし、そのように解することは、無責任な認知を防止することになるとともに、一旦
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
なされた認知により形成された法律関係の安定を図ることにも資するからである。」
≪判旨≫控訴審
主文「控訴人Xの大阪府○△市長に対する平成 14 年×月×日付け届出による被控訴人Y
2 に対する認知が無効であることを確認する。」
理由「上記のような認知(不実認知)の無効を認知者自身が主張することができるかど
うかについては、認知者自身による認知の取消しを否定する民法 785 条との関係で、こ
れを消極に解する見解もあり得るところである。
しかしながら、認知が、血縁上の父子関係の存在を確認し、その父子関係を法律上の
実親子関係にするための制度であり、同法 786 条が、子その他の利害関係人が、認知に
対して反対の事実を主張すること(不実の認知の無効確認を求めること)ができる旨規
定することからすれば、認知者自身も不実認知の無効を主張することができると解する
のが相当である。そして、このことは、上記認知が母との婚姻に伴って子を養育する意
思でなされたものであり、認知者と母との法律上の婚姻関係が継続しているといった事
情があっても同様である(ただし、このような事情が、認知者が被認知者の母である妻
に対して負担する婚姻費用の金額の算定において、民法 760 条の「その他一切の事情」
として考慮されるかどうかは別の問題であり、認知者が認知の際に自分の子として養育
する意思を有していた以上、婚姻費用の増額事由として考慮されるべきであると解され
る。)。」
☆明日の検討判例☆
最決平成 26 年 1 月 14 日(pdf 配布)
法廷意見(多数意見)だけでなく、意見、反対意見も検討してください。
(2) 裁判認知(強制認知)
(ア)意義
血縁上の父子関係が存在するにもかかわらず任意認知がなされない場合には、訴訟の
手段によって父子関係を確定する。→ 認知の訴え(787 条)
形成の訴え⇒判決主文「原告は被告の子であることを認知する。」
なお、調停において相手方が父であることを争わなければ「合意に相当する審判」(家
事 277 条)によることが可能である(いわゆる「認知調停」)。
(イ) 要件(787 条)
特に出訴期間(死後3年)について⇒「死後認知」
出訴期間→父の「死亡の日」から3年
昭和 17 年民法改正により認められた。それ以前は、死後認知は許されなかった。
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
3 年間に限定した趣旨→事実認定の困難、濫訴の予防等
当事者に関する注意点⇒ 検察官を被告とする(人事訴訟法 42 条 1 項)。
(ウ) 死後懐胎と法的父子関係の成否
最判平成18・9・4民集60巻7号2563頁(認知請求事件)
《事実の概要》
A男B女夫婦は、婚姻後に不妊治療を受けていたが、Aが骨髄移手術を受けることになっ
たため、それに伴う放射線照射の影響で無精子症になることをおそれ、甲病院でAの精子
を凍結保存した(平成 10 年 6 月)。Aは、骨髄移植手術を受ける前に、Bに対し、自分が
死亡するようなことがあってもBが再婚しないのであれば、自分の子を生んでほしいとい
う話をした。また、Aは、骨髄移植手術を受けた直後、同人の両親に対し、自分に何かあ
った場合には、Bに本件保存精子を用いて子を授かり、家を継いでもらいたいとの意向を
伝え、さらに、その後、Aの弟及び叔母に対しても、同様の意向を伝えた。
Aの骨髄移植手術が成功した後、AB夫婦は、不妊治療を再開することとし、平成 11 年
8月末ころ、乙病院から、本件保存精子を受け入れ、これを用いて体外受精を行うことに
ついて承諾が得られた。しかし、Aは、その実施に至る前の同年9月○日に死亡した。
Bは、Aの死亡後、同人の両親と相談の上、本件保存精子を用いて体外受精を行うことを
決意し、平成 12 年中に、乙病院において、本件保存精子を用いた体外受精を行い、平成 13
年 5 月○日、これにより懐胎したXを出産した。
Xから(代理人親権者母B)、検察官を被告として、XがAの子であることについて死
後認知の訴えが提起された(平成 15 年)。
一審:請求棄却
原審:請求認容
検察官より上告⇒原判決破棄、Xの控訴棄却(1審判決の確定)
《判旨》
「民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係を基礎に置いて、嫡出子については
出生により当然に、非嫡出子については認知を要件として、その親との間に法律上の親子
関係を形成するものとし、この関係にある親子について民法に定める親子、親族等の法律
関係を認めるものである。
ところで、現在では、生殖補助医療技術を用いた人工生殖は、自然生殖の過程の一部を
代替するものにとどまらず、およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能とするまでになって
おり、死後懐胎子はこのような人工生殖により出生した子に当たるところ、上記法制は、
少なくとも死後懐胎子と死亡した父との間の親子関係を想定していないことは、明らかで
ある。すなわち、死後懐胎子については、その父は懐胎前に死亡しているため、親権に関
しては、父が死後懐胎子の親権者になり得る余地はなく、扶養等に関しては、死後懐胎子
が父から監護、養育、扶養を受けることはあり得ず、相続に関しては、死後懐胎子は父の
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
相続人になり得ないものである。また、代襲相続は、代襲相続人において被代襲者が相続
すべきであったその者の被相続人の遺産の相続にあずかる制度であることに照らすと、代
襲原因が死亡の場合には、代襲相続人が被代襲者を相続し得る立場にある者でなければな
らないと解されるから、被代襲者である父を相続し得る立場にない死後懐胎子は、父との
関係で代襲相続人にもなり得ないというべきである。このように、死後懐胎子と死亡した
父との関係は、上記法制が定める法律上の親子関係における基本的な法律関係が生ずる余
地のないものである。そうすると、その両者の間の法律上の親子関係の形成に関する問題
は、本来的には、死亡した者の保存精子を用いる人工生殖に関する生命倫理、生まれてく
る子の福祉、親子関係や親族関係を形成されることになる関係者の意識、更にはこれらに
関する社会一般の考え方等多角的な観点からの検討を行った上、親子関係を認めるか否か、
認めるとした場合の要件や効果を定める立法によって解決されるべき問題であるといわな
ければならず、そのような立法がない以上、死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親
子関係の形成は認められないというべきである。
以上によれば、本件請求は理由がないというべきであり、これと異なる原審の上記判断
には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうもの
として理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、本
件請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべ
きである。」
(関連裁判例)東京高判平成18・2・1家月58巻8号74頁
母と内縁関係にあった男性の死後に、同人の生前に採取し凍結保存していた精子を使っ
た体外受精により出生した子と男性と間の法律上の親子関係を否定した事例
(関連裁判例)東京高判平成18・2・1家月58巻8号74頁
母と内縁関係にあった男性の死後に、同人の生前に採取し凍結保存していた精子を使っ
た体外受精により出生した子と男性と間の法律上の親子関係を否定した事例
補) 代襲相襲相続に関する論旨の説明
887 条
2
被相続人の子は、相続人となる。
被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第 891 条[相続欠格]の規定に該当し、
若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。
ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
3
前項の規定は、代襲者が、相続の開始以前に死亡し、又は第八百九十一条の規定に該当し、
若しくは廃除によって、その代襲相続権を失った場合について準用する。
882 条
相続は、死亡によって開始する。
22
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896 条
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。た
だし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
3条
2
私権の享有は、出生に始まる。
・・・
886 条
2
胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。
33 条の 2
数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存して
いたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。
2. 母子関係
- 母の認知?
(問題)母子間の血縁上の(生物学的)親子関係は父子関係とは異なり、分娩の事実によ
って明らかである。嫡出の母子関係については、特別の規定もなく、子の出生によってそ
の子を分娩した母との法的親子関係も発生するという当然発生主義の立場がとられてい
る。
ところが、779 条等の民法の条文では、「父又は母は」として、非嫡出子の場合には法的
な母子関係も認知によって発生することを示している。これは民法旧規定以来の文言を引
き継ぐものである。
しかし、生まれた子が嫡出であれ非嫡であれ、母の分娩によって出生してくるという事
実にはなんら変わりがない。そうであるなら非嫡出子についてのみ認知による必要はなく、
嫡出子と同様、法的母子関係は出生によって当然発生すると考えてもよいのではないか。
(1) 民法起草者の見解
認知が必要だとした理由
・ 棄児その他出生届をしていない子(他人の子として虚偽の出生届がなされている子や
届出のない無籍の子)の場合のように真実の母子関係が不明な場合がある。
・ 出生による当然発生主義を採用すると、母に出生届義務を課することになるが、それ
によって母の素行が暴露されることになり、その外聞を恥じて他人の子として届出る
かあるいは子を殺害してしまうことにもなりかねない。
(2) 当然発生説(認知不要説)からの批判
・ 棄児などの例外的場合だけを念頭に置き、その例外を一般にまで拡大している。
・ 母の出生届義務は、非嫡出母子関係の発生につき認知主義をとるか当然発生主義をと
るかにかかわらず、戸籍技術上の必要から生ずるものである。
(3) 判例の推移 - 認知必要から認知不要へ
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
判例は常に認知が必要であるとの立場から、親子間の一定の権利義務関係については
認知を不要とするようになり、その後原則として認知を不要とするようになった。
○端的に認知必要とした事例:大判大正 10・11・9(民録 27 輯 2100)
母親が不動産を遺して死亡したがその非嫡出子を認知していなかった事案において、
婚姻外出生子は生理的には親子であっても、法律上は父母の認知によって親子関係が発
生する。もし母について当然発生の立場をとると、母子関係と父子関係とで差異が生じ、
そのような区別した扱いをすることは正当でない。
○出生届は認知届の効力を有する:大判大正 12・3・9(民集 2 巻 143 頁)
内縁関係にあった父母から生まれた子について、母がまず非嫡出子出生届をなし、父が
認知しないので母がその子を代理して提起した認知の訴に対して、被告がその母は認知
をしていないので親権者としての法定代理権を有しないから不適法な訴えであるとし
て争った事案。
(結論)母が非嫡出子の出生届をなしているからそれは認知届としての効力を有する。
○扶養義務については認知不要:大判昭和 3・1・30(民集 7 巻 12 頁)
母が非嫡出子を出産後出生届も認知届もせずにその子をすてて生家に帰ってしまった
ので、その養父が子を養育し、その子が生後9ヶ月で死亡した後に、養父から子の実母
に対して立替養育費および医療費の請求をしたところ、実母が自分は認知も出生届もし
ていないから、その子との法的親子関係も存在せず、したがって扶養義務もないと争っ
た事案。
(結論)母がその子を分娩した以上扶養に関してはその義務を負う。
このように認知必要の原則を実質的に崩しながらついに、
◎最判昭和37・4・27民集16巻7号1247頁(親子関係存在確認請求事件)
《事実》
X女はA男と妾関係を継続中Y男を出産(T.6.7.30)。A男の家柄がやかましくYをA
の戸籍に入れることはできず、またXの養父母の反対でXの戸籍に入れることもできず、
結局知人BC夫婦の嫡出子として出生届をなす。その直後、XはYを手元において養育
するためにYと養子縁組をなす。その後さらに、Yに実父Aの家業を継がせるためにX
Y離縁し、YはAとその妻Dと養子縁組をなし現在に至る。Yは出生以来一貫して実母
Xの手元で養育されたが、最近になってXが自分の母ではないと言い張るので、Xより
Yに対して親子関係存在確認の訴を提起した。一・二審とも請求を認容。Yより上告→
棄却
《判旨》
「・・・母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知をまたず、分娩
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の事実により当然発生すると解するのが相当であるから、XがYを認知した事実を確定
することなく、その分娩の事実を認定したのみで、その間に親子関係の存在を認めた原
判決は正当である。」
(3) 学説
a) 認知必要説
根拠:
・「父または母」の認知を明記する民法の条文は無視できない。
・ 貧しい母の子、母の姦通の子、未婚の母の子など、世間体をはばかって棄児
あるいは他人の嫡出子となっている場合には、その出生の秘密を明らかにせず、
母 子 いず れか の発 意によ る とき だけ 、任 意認知 も しく は裁 判認 知によ っ て真実
の母子関係を明らかにすべきである。
・ 子を認知することなく放置してきた母が、子が成人した後に扶養を受けるた
め、あるいは子に対する相続権を主張するために、親子関係存在確認を請求する
ことは許されるべきではない。これを認知必要とするならば、成年に達した子を認
知 す る に は その 子 の 承諾 が 必 要 で ある ( 782 条 ) か ら 、 その よ う な事 態 を 防ぐ
ことができる。
b) 条件付当然発生説
母子関係は分娩の事実によって当然に発生するが、出生届のない棄児などで当初不明
で
あった母が後に出現したような場合には、例外的に認知が必要である。前記最判に
いう「原則として」はこのことを意味する。
c) 当然発生説(通説)
母子関係は例外なく分娩の事実によって当然発生する。
-認知必要説に対する批判:
・ 虚偽の出生届や子の遺棄といった違法行為を許してまで人情に配慮する合理的
理由はない。
・ 子に対し養育を尽くさなかった母が子の成長後になってなす扶養請求や相続権
の主張は非嫡の母子関係に限らず、嫡出の母子関係でも発生する、より根本的な
問題である。非嫡出子の場合だけ認知の必要性によって解決するのは妥当でない。
-条件付当然発生説に対する批判:
分娩の事実によっていったん発生した親子関係が棄児等の事実によって消滅し、
その後は認知を要するというのは矛盾であり、妥協的不徹底である。
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〇法制審議会身分法小委員会「仮決定及び留保事項」(昭和 34 年)
仮決定「母子の関係は出生の事実により当然に生ずるものとする」
(4) 代理懐胎と法的母の決定基準
代理懐胎事件における「分娩者=母」原則の確認
最決平成19・3・23民集61巻2号619頁(市町村長の処分に対する不服申立て
却下事件に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件)
《事実の概要》
X1 男とX2 女は夫婦であり、妻X2 は子宮摘出手術を受けていたが、卵巣は温存してい
た。Xらは、平成 15 年、米国ネバダ州在住の女性Aおよびその夫であるBとの間で代理出
産契約を締結し、X2 の卵巣から採取した卵子にX1 の精子を人工的に受精させ、その受精
卵 2 個をAの子宮に移植し、同年 11 月、Aは 2 児E・Fを出産した。
Xらは同月下旬、ネバダ州裁判所に対し、親子関係確定の申立てをした。同裁判所は、
代理出産契約に関する同州法の規定に基づき、当該契約を有効要件を審査し、XらがAか
ら生まれる子らの血縁上及び法律上の実父母であることを確認するとともに、子らが出生
する病院及び関係機関にXらを子らの父母とする出生証明書の発行を命じた。
Xらは平成 16 年 1 月に子らを連れて帰国し、同月 22 日、品川区長にX1 を父、X2 を母
と記載した嫡出子としての出生届を提出した。品川区長は、X2 による出産の事実が認めら
れず、XらとE・Fとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由として、本件出生届
を不受理処分とした。
Xらはこの処分に対する不服を申し立てた(戸籍法〔現〕121 条参照)
。
○一審(東京家裁)
:申立却下(準拠法アプローチ)
本件の嫡出親子関係の準拠法は法例 17 条 1 項〔現・法適用通則法 28 条 1 項〕により日
本法であり、日本法によれば分娩者をもって母とすべきであるから、子E・FとX1・X
2 間には嫡出親子関係は認められない。
子の福祉について
「本件子らが申立人らによって養育されることが望ましいことは間違いない。しかし、
法律上の母子関係は、制度として種々の事情を考慮した上、一義的、客観的な基準によ
り定められる必要があり、個別の事案ごとに、評価を伴う判断をしなければならないよ
うな基準で考えることは相当ではないというべきであって、本件における申立人らの監
護者としての相当性とは全く別の問題である。」
〇戸籍法 121 条
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戸籍事件(第 124 条に規定する請求に係るものを除く。)について、市町村長の処分を不当
とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができる。
〇法適用通則法 28 条 1 項
(嫡出である子の親子関係の成立)
1夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が嫡出となるべきときは、
その子は、嫡出である子とする。
2
夫が子の出生前に死亡したときは、その死亡の当時における夫の本国法を前項の夫の
本国法とみなす。
Xらより抗告
○ 原審(東京高裁):原審判取消・申立認容(外国判決承認アプローチ)
主文2「品川区長は、抗告人らが平成 16 年 1 月 22 日付けでしたE及びF(いずれも
平成 15 年 11 月▲日生)についての出生届を受理せよ。
」
原審決定は、民訴法 118 条による外国判決承認の問題としてとらえている。準拠法の問
題として処理した場合に、日本法ではXらが父母とされず、ネバダ州法上はABではな
くXらが父母となり、
「本件子らは、このような両国の法制度の狭間に立たされて、法
律上の親のない状態を甘受しなければならないこととなる」事態を回避しようとしたも
のと思われる。
それならば、本件におけるネバダ州裁判所の裁判は、民訴法 118 条 3 号の要件「判決の
内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
」を満たし
ているか。
原審決定は、①本件子らはX1・X2 と血縁関係がある、②Xらが自分たちの遺伝子を
受け継ぐ子を得るにはこの方法しかなかった、③Aの代理出産申出はボランティア精神
によるものであり、報酬も最低限であり子の対価ではない、④AB夫婦は親子関係も養
育も欲しておらず、Xらが出生直後から養育し、今後も実子として養育することを望ん
でいるのであるから、むしろXらに養育されることがもっともその福祉にかなう、等々、
の事情を指摘し、「本件〔ネバダ州〕裁判の効力を承認することは実質的に公序良俗に
反しない」と判断した。
〇民事訴訟法 118 条
(外国裁判所の確定判決の効力)
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一
法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二
敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類す
る送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三
判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
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四
相互の保証があること。
品川区長より抗告(許可)
主文 「原決定を破棄し、原々決定に対する相手方〔Xら〕の抗告を棄却する。
」
《判旨》
「(1) 外国裁判所の判決が民訴法 118 条により我が国においてその効力を認められるため
には、判決の内容が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とされ
ているところ、外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むから
といって、その一事をもって直ちに上記の要件を満たさないということはできないが、そ
れが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には、
その外国判決は、同法条にいう公の秩序に反するというべきである(最判平成 9 年 7 月 11
日民集 51 巻 6 号 2573 頁参照)。
実親子関係は、身分関係の中でも最も基本的なものであり、様々な社会生活上の関係に
おける基礎となるものであって、単に私人間の問題にとどまらず、公益に深く関わる事柄
であり、子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから、どのような者の間に実親子関
係の成立を認めるかは、その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念
にかかわるものであり、実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず、
かつ、実親子関係の存否はその基準によって一義的に決せられるべきものである。したが
って、我が国の身分法秩序を定めた民法は、同法に定める場合に限って実親子関係を認め、
それ以外の場合には実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上から
すれば、民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の
裁判は、我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり、民訴法 118
条 3 号にいう公の秩序に反するといわなければならない。このことは立法政策としては現
行民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるもので
はない。
(2) 我が国の民法上。母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定
はないが、民法は、懐胎し出産した女性が出生した子の母であり、母子関係は懐胎、出産
という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定を設けている(民法 772
条 1 項参照)。また、母とその非嫡出子との間の母子関係についても、同様に、母子関係
は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されてきた(最判昭和 37 年 4 月 27
日民集 16 巻 7 号 1247 頁参照)。
民法の実親子に関する現行法制は、血縁上の親子関係に基礎を置くものであるが、民法
が出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしているのは、その制定
当時においては懐胎し出産した女性は遺伝的にも例外なく出生した子とのつながりがある
という事情が存在し、その上で出産という客観的かつ外形上明らかな事実をとらえて母子
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
関係の成立を認めることにしたものであり、かつ、出産と同時に出生した子と子を出産し
た女性との間に母子関係を早期に一義的に確定させることが子の福祉にかなうということ
もその理由となっていたものと解される。
民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は、民法の制定時期や判決の言渡しの時
期からみると、女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提となっているこ
とが明らかであるが、現在では、生殖補助医療技術を用いた人工生殖は、自然生殖過程の
一部を代替するものにとどまらず、およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能にするまでに
なっており、女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産す
るおとも可能になっている。そこで、子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供
した女性とが異なる場合についても、現行民法の解釈として、出生した子とその子を懐胎
した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。こ
の点について検討すると、民法には、出生した子を懐胎、出産していない女性をもってそ
の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず、このような場合における法律関係を
定める規定がないことは、同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるも
のではあるが、前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり、
一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると、現行民法
の解釈としては、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その
子を懐胎、出産していない女性との間には、その女性が卵子を提供した場合であっても、
母子関係の成立を認めることはできない。
もっとも、女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという強い気
持ちから、本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐
胎し出産することを依頼し、これにより子が出生する、いわゆる代理出産が行われている
ことは公知の事実になっているといえる。このように、現実に代理出産という民法の想定
していない事態が生じており、今後もそのような事態が引き続き生じ得ることが予想され
る以上、代理出産については法制度としてどう取り扱うかが改めて検討されるべき状況に
ある。この問題に関しては、医学的な観点からの問題、関係者に生ずることが予想される
問題、生まれてくる子の福祉の観点などの諸問題につき、遺伝的なつながりのある子を持
ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的
感情を踏まえて、医療法制、親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ、立法
による速やかな対応が強く望まれるところである。
(3) 以上によれば、本件〔ネバダ州〕裁判は、我が国における身分法秩序を定めた民法が
実親子関係の成立を認めていない者の間にその成立を認める内容のものであって、現在の
我が国の身分法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものといわざるを得ず、民訴
法 118 条 3 号にいう公の秩序に反することになるので、我が国においてその効力を有しな
いものといわなければならない。
そして、相手方〔X〕らと本件子らとの間の嫡出親子関係の成立については、相手方ら
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
の本国法である日本法が準拠法となるところ(法の適用に関する通則法 28 条 1 項)、日本
民法の解釈上、相手方X2 と本件子らとの間には母子関係は認められず、相手方らと本件子
らとの間に嫡出親子関係があるとはいえない。」(補足意見あり)
(参考裁判例)大阪高決平成 17 年 5 月 20 日判時 1919 号 107 頁
日本人夫婦X1・X2 の夫X1 の精子を用いて米国人女性から提供された卵子を体外受精し、
その受精卵を別の米国人女性Aが懐胎し出産した2人の子について、X1・X2 を親とするカリ
フォルニア州裁判所の判決を得て、日本においてX1・X2 の嫡出子として出生届をなしたとこ
ろ、不受理とされ、これに不服申立がなされた事例。
「上記の認定事実によれば、本件子らを分娩したのは、Aであって、抗告人X2 でないことは明
らかであるから、日本法に準拠する限り、抗告人X2 と本件子らとの間に母子関係を認めること
はできないものといわざるを得ない。
」
<代理懐胎子の特別養子縁組>
○神戸家姫路支審平成20・12・26家月61巻10号72頁
卵子及び精子を提供し、いわゆる代理出産を依頼した申立人らは、養子となる者を監護教育す
る真摯な意向を示し、養親としての適格性及び養子となる者との適合性についても問題がない
上、養子となる者を代理出産した母及びその夫(卵子提供者の両親)には、養子となる者を自身
らの子として監護教育していく意向がなく、申立人らが養子となる者を育てるべきであると考え
ている事情の下においては、「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であるこ
とその他特別の事情」があると認められ、養子となる問を申立人らの特別養子とすることが、子
の利益のために特に必要である。
5
結び-法律関係としての実親子
法的親子関係(身分関係)=法律要件⇒法律効果(親権、扶養、相続 etc)
自然血縁(生物学的親子)関係と法的親子関係の不一致(ずれ)の可能性
「親子」とは何か?
―――――――――――――――――――――――――――――
(資料)
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
(趣旨)
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新潟支部合宿用レジュメ(©野沢紀雅)
第一条
この法律は、性同一性障害者に関する法令上の性別の取扱いの特例について定めるものとす
る。
(定義)
第二条
この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、
心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己
を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてそ
の診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医
学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。
(性別の取扱いの変更の審判)
第三条
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その
者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一
二十歳以上であること。
二
現に婚姻をしていないこと。
三
現に未成年の子がいないこと。
四
生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五
その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
2
前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び
結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。
(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
第四条
性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法 (明治二十九年法律第八十九号)その他の
法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変
わったものとみなす。
2
前項の規定は、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分
関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。
――――――――――――――――――――――――――――――
性 別 変 更 の父 親 名 、戸 籍 に記 載 精 子 提 供 出 産 で国 通 達
Asahi.com 2014 年 1 月 27 日 12 時 18 分
性同一性障害で性別変更した男性が女性と結婚し、第三者提供の精子で子をもうけた事例に
ついて、法務省は27日、子の戸籍の父親欄に性別変更した男性の氏名を記載するよう全国の法
務局に通達した。こうした事例で血縁がなくても父子関係を認めた昨年12月の最高裁決定を踏ま
えた。
従来、法務省は「夫に男性としての生殖能力がなく、子との血縁関係がないのは明らか」として、
性別変更した男性と子を法律上の親子とは認めていなかった。このため、戸籍の父親欄を空欄と
する運用が続いていた。
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法務省によると、今月20日現在で、父親欄が空白になっている同様の家族は全国で45組。各
法務局がそれぞれの家族に連絡し、方針変更を説明するという。
女性から男性に性別変更した兵庫県宍粟(しそう)市の夫とその妻が起こした裁判で、最高裁は
昨年12月の決定で、女性から男性に性別変更した当事者について、「婚姻を認めながら、その主
要な効果である民法772条の適用を認めないのは相当でない」と指摘。第三者からの精子提供
で妻が産んだ子と夫を、法律上の親子と認めていた。
―――――――――――――――――――――――――――
性別変更者の AID 子のケースについて特別養子縁組の成立を認めた事例
〇神戸家審平成 24・3・2 家月 65 巻 6 号 112 頁
性別の取扱いを女から男に変更する旨に審判を受けた夫及びその妻と、第三者(当事者
に対しては匿名)から精子の提供を受けて妻が出産した子との間に特別養子縁組を成立さ
せた事例
「上記認定事実によれば、申立人ら〔養父母となる者〕と事件本人〔養子となる者〕につ
いては民法 817 条の 3 から同条の 6 までのすべての要件を充たすほか(同条の 6 の要件に
ついては、精子提供者の同意はないが、精子提供者は、事件本人を認知しておらず、法律
上事件本人の父とはいえないから、その同意は不要であると解される。)、同条の 7 の要
件についても、事件本本人の出生の経緯やその後の監護状況に照らすと、本件特別養子縁
組には、事件本人と精子提供者との親子関係を断絶させることが相当であるといえるだけ
の特別の事情があり、事件本人の利益のために特に必要であると認められるから、その要
件を充たすといえる。」
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