大成建設技術センター報 第45号(2012) LES による地上設置型太陽電池アレイの風荷重評価 吉川 優*1・相原 知子*1 Keywords : CFD, LES, photovoltaic array, wind load CFD,LES,太陽電池アレイ,風荷重 はじめに 1. 荷重評価に関しては一般に風洞実験が行われる。 近年,環境負荷低減を目的として太陽電池アレイが 風洞実験は現在最も信頼性の高い風荷重評価技術と 積極的に導入されている。特に,広大な敷地を利用し して確立されているが,対象によっては精度の確保が たメガソーラーの計画・施工事例は増加傾向にあり, 困難な場合がある。例えば,試験体(構造物の模型) 地上設置型太陽電池アレイの社会的ニーズが向上して 製作において,細部の形状再現精度,センサー等の測 い る 。 代 表 的 な 太 陽 電 池 ア レ イ の 設 計 基 準 に JIS 定機器の干渉,風洞規模に応じた再現範囲の限界,と C8955:2004 があるが,その適用範囲には制約があり, いった制約を受ける場合,スケール効果等について最 設計用風荷重に関する汎用性および精度の向上を目的 適な実験条件が確保できないことがある。一方,流体 1),2) 。当 計算では上記のような実験上の制約を受けないため, 社においてもこれまでに多様なケースに対して風洞実 細かい形状や広範囲を対象とする風の現象に対して有 験を実施しており,設計用風荷重データとして活用さ 効であり,特にメガソーラーのような構造物に対して れている。 将来的に有効な技術となりうる。 として多くの風洞実験結果が報告されている 一方,構造物の耐風設計における風荷重評価技術と 風荷重評価を目的として流体計算を実施する場合, して,流体計算(Computational Fluid Dynamics, CFD) 乱流境界層中における物体まわりの非定常(時刻歴変 の適用が期待されている。CFD は,近年の計算機能力 動)流れ場を求める必要がある。特に,自然風を模擬 の向上に伴って多くの分野に普及した計算工学技術で した接近流や,構造物近傍の剥離・再付着流れを形成 あり,現在では研究や実務に積極的に利用されている。 する様々なスケールの渦構造を再現する必要があり, 建築工学分野においては,k-ε系モデルをはじめとす 工学的利用においては Large Eddy Simulation (LES) が るレイノルズ平均型乱流モデル(RANS モデル)を用 有効である。LES では高い時空間分解能が必要なこと いた流体計算が環境分野を中心として広く活用されて から RANS モデルに比べて計算負荷が大きく,過去に いる。RANS モデルは比較的計算負荷が小さく,流れ おいては基礎研究に用いられることが主であったが, 場の定常解を効率よく求めることができるため,流速 近年の計算機速度の飛躍的な向上によって,3次元物 や圧力の時間平均値が要求される場合にはきわめて有 体や実市街地のような複雑形状に対しても適用が進み, 効な解析技術である。しかしながら,構造物の耐風設 今後の耐風設計技術のひとつとしてその応用が期待さ 計において設計用風荷重を評価する際には,構造物に れている。 作用する風力あるいは風圧力の時刻歴変動データが要 ここでは,地上設置型太陽電池アレイの風荷重評価 求される(周波数特性や瞬間最大値)。RANS モデルに に CFD を適用することを目的とし,LES の妥当性を検 よる定常計算では,剥離流れ等の非定常現象を精度よ 討する。基本的な計算精度の検証のため,地上設置型 く捉えることが不可能であるため,平均風圧場に限定 太陽電池アレイ単体について風洞実験結果と比較し, しても負圧領域の再現が困難である。したがって,風 その結果を報告する。 *1 技術センター 建築技術研究所 防災研究室 39-1 大成建設技術センター報 第45号(2012) 2. 計算手法 支配方程式は非圧縮性の Navier-Stokes 方程式および 主計算の流入境界条件として利用 連続の式であり,LES の乱流モデルは標準 Smagorinsky モデルを使用した(Cs=0.15)。離散化手法は有限体積 乱流境界層を発達させ, 市街地風を模擬した プロファイルを作成する 法(FVM)であり,空間の離散化精度は移流項・拡散 項ともに2次精度中心差分を,時間項については2次 時刻歴 風速データ をファイルに 保存する 精度陰解法を採用した。計算格子は,オートメッシャ (アドバンシングフロント法)により自動生成された テトラ要素を主とする非構造格子とし,固体境界には 境界層要素(プリズム要素)を挿入した。本計算モデ ルにおける流速・圧力の各物理量はテトラ節点に配置 される.したがって,FVM で定義されるコントロール ヴォリュームは節点まわりに多面体として形成される 図-1 変動流入風作成モデル Computational model for inflow turbulence Fig.1 ことから,コントロールヴォリュームをテトラとする 手法に比べて速度・精度ともに有利である。 3. 変動流入風 屋外気流を対象とする LES では,流入境界条件とし て自然風を模擬した変動流入風データが必要となる。 すなわち,境界層乱流場を形成する時刻歴変動風速デ 図-2 変動流入風作成モデルの計算メッシュ Fig.2 Grid system for inflow turbulence ータを,流入境界面の各節点に時間ステップごとに与 えるものである。 変動流入風は,太陽電池アレイを対象とする主計算 入とし,スパイヤ,バリヤおよびラフネスブロック群 0.4 風洞床からの高さ[m] デルを図-1 に示す。本モデルは,流入境界面を一様流 風洞床からの高さ[m] とは別のモデルを用いて作成した。変動流入風作成モ 0.4 実験値 0.3 指針値 計算値 0.2 0.3 0.2 を通過させて境界層乱流を作成するものである。流出 実験値 境界の手前で主流直角断面を仮想的に設け,同断面内 0.1 0.1 指針値 計算値 の全節点における風速(3成分)の時刻歴を別途ファ 0 0 イルに保存する。主計算ではこのファイルから時刻歴 境界面の全節点に与える。本モデルの計算メッシュ (鉛直断面)の一部を図-2 に示す(節点数約 44 万,要 0.8 1 1.2 平均風速比 0 5 10 実験値 指針値 0.3 計算値 0.2 ない計算モデル(滑面床のみ)で 75cm 吹走させた位 置のプロファイルであり,アレイ位置相当の実験気流 と比較したものである。両図より,滑面吹走による速 度回復や乱れ低下を含めて,計算で得られた変動流入 風は実験気流を概ね再現できていることがわかる。 39-2 25 30 35 乱れの強さ[%] 0.2 実験値 0.1 0.1 指針値 計算値 イ位置から風上側 75cm における実験気流と比較した ものである。図-4 は,保存した変動流入風をアレイの 20 0.3 入変動風を保存した仮想断面におけるプロファイルで あり,これは主計算の流入境界条件となるため,アレ 15 0.4 風洞床からの高さ[m] 流と比較した結果を図-3 および図-4 に示す。図-3 は流 0.6 0.4 風洞床からの高さ[m] 計算で作成した変動流入風のプロファイルを実験気 0.4 図-3 プロファイル比較(風上位置) Fig.3 Generated velocity profiles on the windward 変動風速データを時間ステップごとに読み込み,流入 素数約 202 万)。 0.2 0 00 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 平均風速比 00 5 10 15 20 25 30 35 乱れの強さ[%] 図-4 プロファイル比較(アレイ位置) Fig.4 Generated velocity profiles on the position of a photovoltaic array 大成建設技術センター報 第45号(2012) 4. 風洞実験概要 比較対象とした風洞実験は,地上設置型太陽電池ア レイ単体の多点風圧実験であり,模型縮尺率は 1/35, 風洞気流は地表面粗度区分Ⅱである。風圧測定点配置, 模型寸法および風向角を図-5,図-6 に,模型写真を図7 に示す。 5. 各位置において,上面・下面に それぞれ測定点を設ける 計算モデル 本研究では,実験との比較による計算精度の検証が 図-5 風圧測定点 Fig.5 Measurement points 目的であるため,計算モデルにおけるアレイの形状は 導圧チューブ格納部(アレイ面から床面に接地する脚 部×8点)を含めて実験模型を完全に再現した(図-8)。 D=114mm, t=7mm H=57mm, θ=10° アレイ近傍における計算格子(中心鉛直断面)を図9 に示す.アレイを含む主計算で用いたモデルは,領 域内においてアレイ遠方(上空)からアレイ表面に向 D t 離点近傍を最も高解像度となるよう作成した。節点数 H は約 31 万,要素数は約 151 万である。 6. 下面平均高さ けて連続的に空間解像度を上げ,さらに風上端部の剥 θ 計算結果 図-6 アレイ模型仕様 Fig.6 Experimental model 計算による瞬間流れ場の可視化結果を図-10 および図 -11 に示す。同図より,アレイ上面の風上端部において 剥離による渦構造が形成されていることがわかる。 同断面内のアレイ上面および下面の風圧係数分布に ついて実験結果と比較した結果を図-12 に示す。風圧係 数は,実験・計算ともに実大 0.26 秒相当の移動平均を 行い,10 分相当の統計量に基づいてアンサンブル平均 を行ったものである。アンサンブル平均回数は,実験 は5回,計算は3回である。同図より,上面のピーク 風圧係数(負圧側)について計算値は実験値より絶対 値がわずかに小さい結果となったものの,分布形状を 含め全体的によく対応しており,本計算は精度よく変 Fig.7 図-7 模型写真 Experimental model 図-8 計算モデル Fig.8 Calculational model 動圧力場を再現できていることが示された。 実験で計測した全測定点(計 42 点)について,実験 値と計算値の相関図を図-13 に示す。図中,左列は風圧 係数,右列は対応する上面と下面との差圧に基づく風 力係数(下向+)であり,上段から平均値,変動値 (標準偏差),ピーク値(正側・負側含む)である。風 圧係数・風力係数ともに,計算値と実験値の対応は概 ね良好であるが,図中 で示した2点は風上側両端 部(風圧係数については上面)のものであり,計算値 と実験値に差がみられる。これは,局所的な空間解像 度による影響と考えられる。すなわち,計算格子生成 において,流れの剥離を考慮してアレイ風上端部近傍 の解像度を上げる一方,側面近傍の解像度が不足して 39-3 図-9 中心鉛直断面におけるアレイ近傍の計算格子 Fig.9 Grid system for a photovoltaic array 大成建設技術センター報 第45号(2012) いた可能性があり,アレイ面上における3次元的な渦 計算[平均] 計算[変動] 構造が十分に捉えられていなかったためであると思わ 計算[正側ピーク] 計算[負側ピーク] Cp Cp 1 れる。 実験[平均] 実験[変動] 実験[正側ピーク] 実験[負側ピーク] 2 1.5 0 1 -1 0.5 まとめ -2 る変動風圧力の計算を行い,風圧実験結果と比較する ことにより計算精度を検証した。計算結果は,一部で 0 -3 計算値 ており,当該構造物の風荷重評価に関する LES の有効 今後は,更なる精度改善の他,風向変化やアレイ複 0.25 0.75 x/D -1 0 1 1 0.5 数設置といったケースに対して同様の精度検証を実施 0 し,さらに実験における模型化の制約を超えたアレイ -0.5 実形状の再現,あるいは広域なメガソーラーモデル等 -1 に応用してゆく予定である。 0.5 0.25 x/D 1 0 -1 -1.5 0.5 -2 -2 1 実験値 0.6 0.2 0.2 0.4 0.6 0 0 0.8 実験値 0.2 [ 変動風圧係数 ] 計算値 0 -4 -4 0 0.6 0.8 実験値 0 -2 -2 0.4 2 -2 -4 0 実験値 [ 変動風力係数 ] 2 -6 -6 -0.5 0.6 0.4 0.2 -1 0.8 0.4 0 0 -1.5 [ 平均風力係数 ] 0.8 計算値 計算値 [ 平均風圧係数 ] 2 実験値 [ ピーク風圧係数 ] 負圧等値面 0.75 -0.5 -1.5 -1.5 -1 -0.5 0 図-10 計算結果(瞬間流れ場) Fig.10 Computed result (momentary flow) 0.5 図-12 アレイ中心線上の風圧係数分布 Fig.12 Distributions of surface pressure coefficients 実験結果と差がみられたものの全体的にはよく対応し 性が示された。 -0.5 -4 0 計算値 地上設置型太陽電池アレイ単体について,LES によ 計算値 7. -6 -6 -4 -2 0 2 実験値 [ ピーク風力係数 ] 図-13 風圧係数・風力係数の相関図 Fig.13 Correlations of wind pressure coefficients and wind force coefficients 参考文献 表面圧力 1) 中村,相原,傾斜角度の小さい地上設置型太陽電池アレ イに作用する風力特性,日本建築学会大会学術講演梗概 集 B-1,pp173-174,2010.09. 2) 山本,近藤,複数配置に伴う地上設置形太陽電池アレイ の風力低減効果,日本風工学会誌第 36 巻第 2 号(通号第 127 号),2011.04. 3) 伊藤,野澤,地上設置型太陽電池アレイの空力特性に対 する風向角の影響,第 24 回数値流体力シンポジウム,2010 流速ベクトル 図-11 計算結果(瞬間流れ場) Fig.11 Computed result (momentary flow) 39-4
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