論文 リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究

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★
論文
リレーテッド・モチベーション分析法による
継続顧客の定着理由研究
笊 ――― はじめに
笆 ――― 顧客の定着理由の構成要素とリレーテッド・モチベーション
笳 ――― CRM 戦略における本研究の位置付け
笘 ――― リレーテッド・モチベーションのタイプ
笙 ――― リレーテッド・モチベーション分類尺度の活用
笞 ――― おわりに
八木 孝
中心に,初期に CRM を導入した企業で当初
● ㈱博報堂 研究開発局 グループマネージャー
期待した成果が得られず,多くの企業で CRM
施策全体の見直しを迫られた。その際に重要
笊――― はじめに
視されたのが,企業の CRM 施策が作り出す
顧客との関係性が,ビジネスモデルに照らし
CRM 戦略の実践においては,どの顧客とい
必然性を持ち,将来に向けて顧客との関係を
かなる関係を結ぶかが重要となる。ここで顧
維持・拡大させるものになっているか,とい
客とブランドの関係を説明する構成要素とし
うより戦略的な視点である。
ては,直接的な購買取引き状況はもちろんの
他方,近年様々な企業で実践されている
こと,企業施策の受容も含めたブランド接点
CRM 施策を見てみると,その手法の拡がりが
における顧客行動や,関係を継続する顧客側
顕著である。旧来からポイント制度しか行な
の動機などが含まれる。その中で昨今の企業
っていなかった企業がインターネットを通じ
の取り組みにおいて,特に顧客とブランドの
た顧客向け情報の提供を始めたり,それまで
関係の質のマネジメントに関する重要性が高
は顧客向けに one-way の情報を提供していた
まっている。これは日本おける CRM が,IT
企業が顧客同士の情報交換を促すコミュニテ
の浸透を背景に急速に戦術面を中心として普
ィの場を提供したり,さらには顧客との協働
及・浸透したこととも関係している[中川,
作業で商品開発を行うケースまで垣間見られ
日戸,宮本(2001)]。導入当初の CRM の多
る。この様な手法の拡張の背景に,同業他社
くはマイレージならマイレージ,WEB 会員
との顧客定着競争の激化があることは否定で
施策なら WEB 会員施策という具合に,その
きない。しかしより本質的にみれば,今まで
企業にとって限られた手法を中心に展開され
以上に企業が顧客との関係の深化や重層化を
ており,そのマネジメントも自ずと施策接触
考え,関係の中身,顧客側から見れば多様な
の量や頻度と売上げ貢献の関係を深く掘り下
関係動機に対して目を向けることになった証
げる単体施策の効果効率追及の側面が際立っ
と捉えることができる。
ていた。ところが 2000 年∼ 2002 年あたりを
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リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究
こうした状況下,企業は,顧客関係のマネ
作用するであろうし,またサービス財の場合
ジメントにおいて個別顧客の購買行動や売上
は顧客が商品サービスから感じる価値と CRM
げ貢献といった情報に加え,企業に対し中長
施策から感じる価値の区分が必ずしも明確で
期的効果をもたらす関係の質に注意を払う傾
ない面も多くある。つまりこれらの要因は互
向が高まっている。以降では,先ず②章にお
いに不可分な側面を包含しつつ影響しあいな
いて顧客がブランドに根付く定着理由に様々
がら,結果として顧客の定着を導き出してい
な要因があることを確認した上で,③章では
ると考えるのが妥当と言える。このあたりの
その中から顧客側から見た関係動機に焦点を
顧客とブランドを繋ぐ顧客関係性の要素に関
あてた管理分類尺度を設けようという本論の
して,Zeithaml,Bitner,Gremler(2006)は,
位置付けを整理する。さらに④章において具
広範な視点から「経済的な絆」「社会的な絆」
体的な顧客側の関係動機を 11 種類に分類し,
「カスタマイゼーションの絆」「構造的な絆」
⑤章ではその分類尺度を用いた調査結果の紹
の 4 種に大別した上で,全体を 12 に区分し説
介を交えながら,その有用性について検討す
明している 1)。
しかし,本論では,彼らが主張とする商品
る。
力そのものの魅力や抽象的なブランドイメー
笆――― 顧客の定着理由の構成要素と
リレーテッド・モチベーション
ジを含む包括的な定着魅力とは一線を画し,
企業の CRM 施策から顧客が感じる関係動機
に焦点をあてることを目的としている。そこ
顧客にブランドを継続購入させ定着に導く
で,企業が選択的に顧客にオファーする関係
要因としては,顧客が自覚する商品力とその
の維持・拡大に向けた施策が背景となりうる
コストパフォーマンスに対する納得感が先ず
顧客の定着動機を特に「リレーテッド・モチ
挙げられる。またそれに加え,ブランドの利
ベーション」と呼び,その分類尺度を用いつ
用や購入に付帯する物理的ストレスや心理的
つ関係の質の解明を試み,さらにリレーテッ
ストレスが無いかまたは軽減されていること,
ド・モチベーションを解明する意義を CRM
企業が選択的に顧客にオファーする CRM 施
戦略の実践に照らし考察する。なお,この領
策から感じる関係動機,あるいは企業の全て
域における示唆深い先行研究として,中川ら
の活動とそれらのもたらす二次的評判の影響
が顧客との長期的関係を築く戦略をロックイ
も含めて顧客が抱くブランドイメージなども,
ン戦略と呼び 2),その背景要因を顧客側の視
継続利用に向けて顧客の意識に働きかけうる。
点から 7 つのロックイン・ドライバーとして
さらに自動更新の契約型カテゴリーなどでは
分類している例がある[中川,日戸,宮本
(2001)]
。
慣性や惰性のもたらす継続効果の影響も少な
くない。そして,これらの一つ一つの要因は
互いに完全に独立しているとは言えない。た
とえばブランドの商品力やコストパフォーマ
ンスは顧客の抱くブランドイメージに大きく
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るかを顧客の自覚を元に明らかにした上で,
笳――― CRM 戦略における本研究の
位置付け
その内容と顧客の売上げ貢献の関係を紐解く
ことで,次にオファーすべき関係動機に関し
示唆を得ることを狙いとしている。
本論における研究は,企業あるいはブラン
笘――― リレーテッド・モチベーショ
ンのタイプ
ドの行なう CRM 活動の創りだす顧客との関
係を,質的かつ俯瞰的に捉えようとするもの
である。ここでは従来のように CRM 施策の
1.リレーテッド・モチベーション・タイプ
受容や参加の状況と顧客の売上げ貢献の関係
の抽出
を直接的に結びつけて考えるのではなく,先
ず企業の選択的な顧客関係構築策の内容に応
既に指摘した通り,顧客が企業あるいはブ
じた関係動機が顧客側に発生し,その関係動
ランドに対して抱くリレーテッド・モチベー
機が顧客の継続的な売上げ貢献に影響を与え
ションは決して一つではない。そこで,リレ
るものと考える。これは,同じ CRM 施策を
ーテッド・モチベーションの抽出・分類を,
続けるのであれば試行錯誤を繰り返しレスポ
様々な業種分野における顧客に対する定性的
ンスの効果効率を高めるのも一つの策である
な定着理由調査をベースに行った。ここでは
が,様々な CRM 施策が顧客との関係の質に
先ず継続的なブランド利用顧客が定着理由と
及ぼす影響の多様性を考慮するならば,先ず
して挙げた自由回答の中から,前述した商品
顧客の定着動機に目を向けるのが近道ではな
力そのものやのコストパフォーマンスに関す
いかという考え方に基づいている。さらに,
るもの,ブランドの活動総体から受ける抽象
顧客とブランドの関係が幾多に分かれる顧客
的なブランドイメージに関するもの,惰性,
の定着動機のうち何と何によって築かれてい
慣性に関するもの,あるいは CS 活動から受
■図―― 1
企業のCRM活動がもたらす関係を分析する視点
施策のもたらす関係動機
関係動機と売上げの関係
送り手のCRM施策は
受け手の定着動機にどう影響しているか?
どの様な定着動機が,
顧客の売上げ貢献をもたらしているか?
施策の
接触量の把握
ex.
マイレージポイントの分析
施策の 施策の
発信 受容・参加
施策に参加する
レベルの把握
顧客とブランドの
関係の中身の把握
リレーテッド・
モチベーション分析
売上げ貢献額
結果
ex.
企業サイト活用レベル分析
(閲覧⇒登録⇒投稿など)
従来からのマネジメント視点
個別のCRM施策に対する参加・接触が,
顧客の売上げ貢献をもたらしているか?
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ける印象のうち挨拶や清掃などの表層的な項
方で一度スタートしたら容易に止められず,
目に起因したものを除いた後,企業が選択的
空席を特典に割り振れるエアラインなどを除
にオファーし得る関係構築策がどの様に顧客
くと利益の持ち出しの側面も強く,なおかつ
の関係動機を形成しているかという視点で類
他社が模倣し易いなどの課題がある。また業
型化を行なった。その上で類型のプロトタイ
種における展開内容の格差も大きく,エアラ
プ版をベースに各業種にカスタマイズして行
インや百貨店などでは利用履歴に基づく累進
なったプリコード調査による検証と,各々の
的な特典設定を行なっている一方,家電量販
リレーテッド・モチベーションを呼び起こす
店やドラッグストアの多くでは一律的な特典
背景となる企業側の関係構築策の実践状況の
設定で値引きに近い意味合いとなっている。
分析を通じ,分類仮説の固定化を図り,最終
中にはガソリンスタンド業界のように,個々
的にリレーテッド・モチベーションを 11 のタ
の企業によって,累進的特典設定を行なう企
イプに分類した。
業と一律的(定率的)特典設定を行なう企業
が混在している業種もある。
2.11 種類のリレーテッド・モチベーション
(2)ホスピタリティ型
抽出・分類された 11 種類のリレーテッド・
上記のエコノミー型の特典が値引きや景品
モチベーションは,経済的特典に置き換えら
を中心としたモノ中心であるのに対して,コ
れるもの,情報のやり取りを中心とするもの,
トによる特典の提供をベースとしたもの。中
個別の対応にかかわるものの 3 種に大別され
でも昨今ではエアラインや百貨店に加え GMS
る。
などにも見られる VIP ルームの設定や,ホテ
以下,各リレーテッド・モチベーションを,
ルの会員に対する専用チェックインフロアの
定着動機となる顧客側心理と,背景となる企
設定などが典型例で,「その企業(ブランド)
業側の CRM 施策の二つの視点から解説する。
に歓迎されている」という顧客心理に訴え継
<経済的特典に置き換えられるもの>
続利用を促すものである。多くの場合,識別
(1)エコノミー型
された上位客に対してオファーされる定着動
アメリカンエアラインで始められた FSP
機である。
(Frequent Shoppers Program)に代表される
(3)コンビニエンス型
「このブランドのマイレッジやポイントを集め
過去の購入経験や顧客会員手続きをもとに
て得をしたい」という顧客心理に基づくトラ
したサービスで,「次回からの発注や利用が簡
ディショナルな関係動機である。企業側の施
便化されたり,ワンストップで済まされて楽
策オファーの主目的はオペレーションを通じ
だ」という気持ちを抱かせるもの。総じて言
た顧客の選別と,顧客選別に基づく上客育成
えば顧客の購買行動に伴う手間が軽減,簡略
である。また CRM 施策としての発展方向は,
化される魅力に起因する定着動機である。こ
累進的な条件設定による特典供与や,ポイン
の様な動機を抱かせる企業施策として,流通
トの収集・活用に際する汎用性,互換性の設
業における会員宅配サービスや,食材宅配サ
定が主なものとなっている。即効性がある一
イトの発注システムの様に一度登録を行うと
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二回目からは前回発注履歴をベースに上書き
報交換サイトを設定しているケースがあげら
できる仕組みなどがあげられる。いずれの場
れる。また,レンタルビデオ会社のサイトの
合も継続利用が前提となっている業種カテゴ
中には,顧客同士が作品の感想を語り合うコ
リーで,過去の企業(ブランド)利用で生じ
ーナーを設定し,次に見る作品探しの手助け
たサンクコストがスイッチング・コストとし
をしているケースもある。この他スポーツ用
て機能する構造となっている[畑井(2001)]。
品メーカーの中には,競技愛好者の対戦相手
その他ガソリンスタンド会員向けの併設異業
や所属チーム探しを手伝うコミュニティを設
態の利用サービスやコンビニエンスストアに
定している企業もある。この様な動きは幅広
おける各種手続きサービスなどは,上記のワ
い業界に浸透しており,近年大手新聞各社や
ンストップ魅力に訴えかけている施策と言え
家電メーカーでもサイト内におけるコミュニ
る。
ティ機能の設定が増えている。また情報の交
<情報のやりとりを中心とするもの>
換は必ずしも顧客同士とは限らず,二輪メー
(4)ナレッジ型
カーの中には工場の技師と顧客が意見を交わ
「その企業(ブランド)と付き合っている
すサイト展開を行なっていたり,流通業者の
と,業種カテゴリー周辺の有益な情報に触れ
中には生産者と顧客が情報交換できるサイト
られる」という顧客動機に関するもの。戸建
を設定しているケースもある。これらの展開
て住宅メーカーが自社の商品情報の枠を超え
では多かれ少なかれ書き込み情報のコントロ
て,増改築や新築にまつわる一般知識をスク
ールが行われているものの,クレームの書き
ール形式で提供したり,健康食品の通販サイ
込みによるリスク発生をある意味で容認しつ
トで商品ラインナップにこだわらず広く健康
つ展開している度量の大きい企業姿勢が良好
情報を提供することなどは,まさにこの動機
な関係づくりに繋がっている[榊博文(2002)]
。
に繋がる企業施策にあたる。ここでは単に商
また企業発の one-way 情報で構成されたサイ
品カタログ的な売らんかなの情報に終始せず,
トに比べ情報更新が頻繁に起こるため,ブラ
お役立ち情報やアミューズメント情報を提供
ンドの利用や購入のインターバル期間が長く
することで顧客側にメリットが生じている。
リマインドに留意する業種において必然性の
この他では書店や CD ショップなどで知りた
高い展開であることも,普及に拍車をかけて
い情報や有益な情報に導いてくれるナビ機能
いる。さらにこの様なコミュニティには,
も,ナレッジ型のリレーテッド・モチベーシ
WEB 施策のみならず顧客同士の交流施設の
ョンを呼び起こす施策の一環と位置づけられ
設置やイベント機会の設定などのリアルなも
る。
のも含まれてくる[J.D. Power Ⅳ,C. Den-
(5)コミュニティ型
ove(2006)]
。
「その企業(ブランド)は顧客に有益な情
(6)コラボレーション型
報交換の場を提供してくれる」という定着動
「その企業(ブランド)は,顧客側の意見
機。代表的な展開例として,育児産業に係わ
が商品やサービスに生かされている,だから
る幅広い企業が同じ境遇にある母親同士の情
自分達の企業(ブランド)だ」という定着動
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リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究
機。この様な意識を顧客に抱かせている CRM
まりにつれ定着動機としての出現頻度の向上
施策の典型例としては,大手百貨店が商品の
が予想される。
一部を顧客との共同開発と謳いシリーズ化し
<個別の対応にかかわるもの>
ているケースや,下着メーカーが定期的に顧
(8)インティマシー型
客と商品の共同開発企画を行なっているケー
「顔馴染みだから安心して企業(ブランド)
スがある。これらの展開に共通しているのは
と付き合える」という感覚で顧客の継続利用
商品開発過程をサイト上で時間の経過と共に
を促す定着動機。国内系のトラディショナル
紹介している点で,直接意見を表明していな
な保険会社の生保レディや,自宅や職場に
い大多数の閲覧者も感情移入しやすい状況を
日々訪れる乳酸菌飲料販売の主婦などは,ま
つくりだしている。その他,シルバー層を中
さに顧客のこの感覚を呼び起こすのに機能し
心対象とした旅行会社のクラブ制度も,もは
ている。近年は各業種におけるフィールド・
や単なる CRM 施策を超えたビジネスモデル
マンパワーの見直し傾向の中で,インティマ
そのものと言えるが,次の旅行を協創しつつ
シー型のリレーテッド・モチベーションが機
顧客との継続的関係を深めているという点か
能する状況は減りつつあるが,クルマの販売
らは,コラボレーション型の関係動機を築く
会社などでは WEB 上のバーチャルな世界に
企業展開の発展形といえる。なお,流通業に
担当営業マンを登場させ,小さな労力で顧客
おける取扱商品のリクエストの受付なども,
に親近感を植えつける試みなども行なわれて
浅いレベルでコラボレーション型定着動機に
いる。
働きかけている企業側の CRM 施策に分類さ
(9)パーソナライズ型
れる。
「その企業(ブランド)は自分を解ってく
(7)ソーシャル型
れていて個別対応をしてくれる」という感じ
「その企業(ブランド)と自分が協働で社
が定着動機として働くタイプ。その背景とな
会的貢献を行なう誇らしい絆感」が定着動機
る企業側の CRM 施策は大別して 2 つのレベ
として働いているタイプ。これに相当する企
ルに分けられ,顧客の購入履歴や行動履歴を
業側の CRM 施策としては,大手 GMS が展開
記録,分析,還元するレベルのものと,さら
する購入レシート金額の一定率を顧客が任意
に診断やリコメンドまするレベルのものがあ
の社会貢献団体に寄付できる仕組みや,大手
る。前者の例としては,健康器具メーカーに
アパレルによる顧客の寄付金と同額を企業が
見られる測定数値の記録還元サービスや,公
プラスして行なう自然環境回復活動などがあ
営レースに見られる投票内容の分析還元サー
る。ここでは企業と顧客の間で行なわれる提
ビスなどがあげられる。一方,後者のレベル
案や賛同,アイデア出しといったやりとりの
のものとしては,書籍販売サイトにおいて購
結果が社会貢献という形で実を結んでいる。
入履歴や検索履歴に基づいて新たな書籍を推
この種の展開はファーストフード店が住民と
奨するものなどが典型例といえる。このパー
協働で行なう河川や海岸の清掃の様にまだま
ソナライズ型の定着動機を顧客に抱かせるた
だエリア対応のものが多いが,環境意識の高
めには,顧客の購入履歴や商品利用履歴を把
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握するインフラの存在が前提となるため,企
業の統一 ID による会員化施策などがそれであ
業にとって難易度が高い定着動機とも言える。
り,顧客としては所有する家電機器の取り揃
(10)インシュランス型
え状況に応じた活用情報の提供や新たな取り
「その企業(ブランド)は商品の補償をし
揃え商品の推奨を受けるうちに,群としてエ
てくれるので末長く付き合いたい」という意
クステンションしつつブランドに定着してい
識に基づく定着動機。家電量販店がメーカー
く。このシリーズ型のリレーテッド・モチベ
補償とは別枠で独自の追加補償を設定するケ
ーションは,商品戦略を前提とした上で成り
ースなどがこれに該当し,流通業者にとって
立つ CRM 施策と言える。
は故障というトラブルが顧客の利用状況の把
3.リレーテッド・モチベーション間の関係
握も伴った関係強化に繋がるばかりか,購入
インターバルの長い顧客対して格好のリマイ
上述した 11 種類のリレーテッド・モチベー
ンドや再来店の機会となるため,無償あるい
ションは,独立した定着動機でありながら,
は廉価なサービスとして設定しても,総体と
背景となる CRM 施策が相互依存関係にある
してはプラスになるという企業判断が成り立
ことなどの理由で,動機の発生に幾つかの相
つ。
関が見られる。たとえばホスピタリティ型は
FSP による顧客選別の結果,上客に供される
(11)シリーズ型
特典に由来することが多いため,エコノミー
「ラインナップされた関連商品の購入が増
えれば増える程,利便性の点から他企業(ブ
型の動機と並存して発生するケースが多い。
ランド)に変えにくくなる」という心理に基
また,FSP による顧客履歴の把握は,個別対
づいた定着動機。ネットワーク家電を扱う企
応のインフラとしても機能するため,一部の
■図―― 2
11 種類のリレーテッド・モチベーションの特徴
定着動機となる顧客の心理
ポイントやマイレージで得するからそのブラン
ドを使い続けたい
自分を上客としてもてはや
経済的特典に置き換えられる ホスピタリティ型 そのブランドなら,
してくれる
もの
そのブランドを利用すれば,
発注や配送など
コンビニエンス型 一連の購買に伴う手間が軽減できる
そのブラン
ドと接していると,
業種カテゴリー
ナレッジ型
周辺の有益な情報に触れられる
背景となる企業施策の典型例
・エアライン,
百貨店のマイレージ
(主に累進的特典設定)
・家電量販店,
ドラッグストアのポイント
(主に定率的特典設定)
・エアライン,
百貨店,
GMSの上客用ラウンジ
・ホテル会員向け専用チェックインフロア
・各業種におけるインターネット発注時の上書き注文フォーマット
・流通業のワンストップ型付帯サービスの設定
・戸建て住宅や健康食品会社による周辺情報提供
・CDショップや書店のナビサービス(店舗/オンライン)
・育児関連各社の主婦コミュニティ
・スポーツ用品メ
ーカーの対戦相手紹介サイト
コミュニティ型 そのブランドは有益な情報交換の機会を提 ・CDレンタルショップの作品情報交換サイト
供してくれる
・新聞社の読者向け情報交換サイト
・百貨店売場担当のブログ展開
・百貨店における顧客と協働の商品開発
コラボレーション型 そのブランドには顧客側の意見が生かされ ・下着メーカー における顧客と協働の商品開発
ていて,
自分たちのブランドという気がする
・旅行会社のクラブ会員システム
そのブランドと共同で行なう社会貢献が誇 ・GMSにおける任意の社会貢献団体に対する購入金に応
ソーシャル型
じた寄付制度
らしい
インティマシー型 なじみの感覚があるので安心してそのブラン ・生命保険会社の生保レディ
ドを利用できる
・乳酸菌飲料の巡回販売レディ
・健康機器メーカーの測定数値の記録,
還元サービス
パーソナライズ型 そのブランドは自分を解ってくれている
そのブランドは個別対応してくれる
・書籍販売サイトの履歴に基づく推奨
そのブランドは自分が購入した商品を補償し
インシュランス型 てくれるので,
・家電量販店の廉価の追加補償サービス
末永く付き合いたい
関連商品や付帯商品を取り揃えるほど,
他ブ
・ネットワーク家電メーカーの商品設定と顧客登録制度
シリーズ型
ランドに変える不便を避けたくなる
リレーテット・モチベーションのタイプ
エコノミー型
情報のやりとりを中心とする
もの
個別の対応にかかわるもの
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リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究
業種においてはパーソナライズ型の定着動機
ることで,企業の CRM 施策のフォーメーシ
がエコノミー型の定着動機と並存して発生す
ョンを客観的に分析し,効果効率的な CRM
る傾向も見られる。一方で,ブランドサイト
施策に関する示唆を得ることを目的としてい
の一つのコーナーとして WEB コミュニティ
る。ここでは,それぞれの活用に関する実際
が設定されることが多いため,情報のやりと
の分析例を紹介しつつ,その有用性に関して
りにかかわるリレーテッド・モチベーション
検討する。
に関して,コミュニティ型とナレッジ型は包
1.顧客分析への活用
含関係になりやすい。同様に,コラボレーシ
ョン型やソーシャル型は,顧客を巻き込んだ
以下の分析例に関する調査は,特定ブラン
インタラクティブなやり取りがベースとなり
ドの継続利用客を対象とし,現在の定着動機,
やすいため,コミュ二ティ型の定着動機と並
定着動機に関する将来意向,ブランド購入金
存して発生するケースが多くなる。この他,
額,購買行動の詳細(購入の頻度,品目数の
スポーツ用品メーカーのトレーニング記録サ
多さ,ブランド利用暦の長さ,カテゴリー内
ービスがパーソナライズ型とシリーズ型の双
個人シェアなど)を中心とした項目[小野
方の定着動機を呼び起こす様に,同一施策が
(2006)]に関して質問し,回答を得た。その
複数の定着動機に起因する言わば一石二鳥の
際,定着動機に関しては,調査業種の CRM
ケースもある。
施策展開の実情を鑑みカスタマイズした選択
肢を予めプリコードした上で,該当項目の有
笙――― リレーテッド・モチベーショ
ン分類尺度の活用
無について質問した。
< CD ショップ利用者を対象とした分析例> 3)
過去一年間に大手 CD ショップ 4 社いずれ
上述したリレーテッド・モチベーション分
かにおいて 2 回以上商品を購入した 324 人を
類尺度の活用には,大きく分けて 2 つの可能
対象に行なった調査を通じて,CD ショップ
性がある。一つは文字通り企業(ブランド)
業界全体の継続利用動機に関して以下のよう
の継続利用顧客の定着理由分析への活用,も
な結果が得られた。
(表− 1)
う一つは企業(ブランド)の CRM 施策分析
・現在の利用ブランドへの定着動機として最
への活用である。前者はなぜ顧客がそのブラ
も出現率の高いリレーテッド・チベーショ
ンドを継続利用しているのか,というブラン
ンは,ナレッジ型(58.1 %),続いてコンビ
ドと顧客を繋ぐ関係の中身を明らかにする際
ニ エ ン ス 型 ( 4 6 . 0 % ), エ コ ノ ミ ー 型
の尺度としての活用で,顧客の売上げ貢献デ
(40.2%)の順で,以下インティマシー型
ータや行動データとの関係を分析することで,
(17.6%),コラボレーション型(11.8%)と
企業が今後オファーすべき定着動機に関する
続く。ここでは店舗や企業サイトで提供す
示唆を得ることを目的としている。一方,後
るソフト情報や,その検索の簡便性に起因
者は企業の CRM 展開をリレーテッド・モチ
する定着動機が上位となり,それらに次い
ベーション分類尺度に照らしてタイプ分けす
でポイントカードによる経済的特典が効い
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■表―― 1
CDショップ大手 4 社 利用客のリレーテッド・モチベーションの出現率(全体)
N=324
(a)現在の定着動機 (b)強化を望む定着動機
エコノミー型
(%)
(b)-(a)
40.2
56.8
16.6
6.5
17.6
11.1
ホスピタリティ型
コンビニエンス型
46.0
47.3
1.3
ナレッジ型
58.1
48.8
-9.3
7.1
10.9
3.8
11.8
28.1
16.3
コミュニティ型
コラボレーション型
ソーシャル型
1.3
5.3
4.0
インティマシー型
17.6
31.8
14.2
7.1
パーソナライズ型
8.1
15.2
インシュランス型
2.5
10.2
7.7
シリーズ型
1.9
15.8
13.9
ていることが確認できる。
る。
・一方で「こんな定着動機が感じられたら,
・さらに調査対象である顧客を,ブランド売
よりブランドに定着すると思う」という将
上げ貢献度別に三層に分類し定着動機の傾
来の定着動機として意向が高いのは,エコ
向を分析したものが 表− 2 である。ここで
ノミー型(56.8 %),ナレッジ型(48.8%),
は対象者を期間あたりの購入金額をもとに,
コンビニエンス型(47.3%)の順で,以下イ
各ブランドの売上げの上位 50 %を担う人
ンティマシー型(31.8%),コラボレーショ
(H 層:構成比 21.0 %),その次の 30 %を担
ン型 (28.1%)と続いた。現状の定着動機
う人(M 層:構成比 30.1 %),残りの 20 %
の出現率との差を比較してみると,エコノ
を担う人(L 層:構成比 48.2 %)に分けて
ミー型(+16.6 %),コラボレーション型
分析している。この結果を見ると,エコノ
(+16.3%),インティマシー型(+14.2 %)
ミー型のリレーテッド・モチベーションは
の充実に関する将来要望が高いことが伺え
売上げ貢献の高い層ほどブランド定着理由
■表―― 2
CDショップ大手 4 社 利用客のリレーテッド・モチベーションの出現率
(現在の定着動機 − 売上げ貢献別)
N=68
N=100
N=156 (%)
L層
M層
H層
(ブランド売上げ上位 (ブランド売上げ次の (ブランド売上げ残り
50%に貢献)
30%に貢献)
の20%に貢献)
エコノミー型
66.2
44.0
ホスピタリティ型
4.5
10.0
26.3
5.2
コンビニエンス型
47.1
46.0
45.6
ナレッジ型
66.2
55.0
56.5
コミュニティ型
17.7
6.0
3.3
コラボレーション型
19.2
10.0
9.7
ソーシャル型
0.0
3.0
0.7
インティマシー型
20.6
13.0
19.3
パーソナライズ型
20.6
3.0
5.8
インシュランス型
4.5
3.0
1.3
シリーズ型
5.9
1.0
0.7
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リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究
として機能しているのに対して,ナレッジ
と続く。ここでは会員制の電話やインター
型やコンビニエンス型のリレーテッド・モ
ネットを介した投票サービスが,商品 利用
チベーションの発生は売上げ貢献額による
の簡便性を提供するコンビニエンス型の動
差が小さいことが分かる。周辺状況により
機として顧客の定着を促している様子が伺
一概には言い切れないが,この種のケース
える。
(表− 3)
ではナレッジ型やコンビニエンス型のリレ
・一方で強化を望む将来の関係動機に関して
ーテッド・モチベーションは,先ず顧客の
は,エコノミー型(56.6%),コンビニエン
来店やサイトの閲覧を維持し流出を防止す
ス型(53.2%)
,コラボレーション型(22.1%),
るために顧客全層に対しディフェンシブに
ナレッジ型(22.0%),シリーズ型(22.0%),
機能し,一方でエコノミー型のリレーテッ
インシュランス型(20.4%)の順で意向が高
ド・モチベーションは期間あたりの購入金
く,将来意向が現状と比べ高いのはエコノ
額の拡大による上客作りに向けて,よりオ
ミー型(+56.1%)やインシュランス型
フェンシブに機能していると見ることがで
(+16.0%)となっている。ここでは日本の
公営レースにおいては実績の少ない
きる。
<ある公営レースの顧客を対象とした分析例>
エコノミー型 5)に関しても定着動機として
4)
また,ある公営レースの過去 3 ヶ月以内の
の期待が高いことが伺える。
利用者 1,001 名を対象にした調査分析では,
・次に,利用頻度別にリレーテッド・モチベ
次のような結果が得られた。
ーションの出現傾向を見てみると(表− 4),
・全調査対象者に見るリレーテッド・モチベ
コンビニエンス型とパーソナライズ型の出
ーションの出現率は,コンビニエンス型
現率が,利用頻度に応じて高くなっている
(47.4%),ナレッジ型(40.0 %),コミュニ
のがわかる。これは前述の登録制による電
ティ型(34.2 %)の順に高く,以下シリー
話やパソコンでの在宅投票システムがもた
ズ型(29.7%),パーソナライズ型(7.9%)
らすコンビニエンス型に加え,投票履歴の
■表―― 3
某公営レース 利用客のリレーテッド・モチベーションの出現率(全体)
N=1001
(%)
(a)現在の定着動機 (b)強化を望む定着動機
エコノミー型
0.5
56.6
56.1
ホスピタリティ型
2.9
10.8
7.9
コンビニエンス型
47.4
53.2
5.8
ナレッジ型
40.0
22.0
-18.0
コミュニティ型
34.2
20.1
-14.1
コラボレーション型
13.7
22.1
8.4
ソーシャル型
2.4
17.7
15.3
インティマシー型
1.9
10.4
8.5
パーソナライズ型
7.9
4.5
-3.4
4.4
20.4
16.0
29.7
22.0
-7.7
インシュランス型
シリーズ型
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(b)-(a)
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論文
■表―― 4
某公営レース 利用客のリレーテッド・モチベーションの出現率
(現在の定着動機 − 利用頻度別)
N=113
N=156
週2日利用
N=732 (%)
2週に1日未満の利用
週1日利用
エコノミー型
0.0
0.0
0.7
ホスピタリティ型
4.5
3.3
2.6
コンビニエンス型
82.4
81.5
34.7
ナレッジ型
47.0
50.0
36.8
コミュニティ型
35.4
49.4
30.8
コラボレーション型
8.9
9.7
15.4
ソーシャル型
0.0
0.0
3.3
インティマシー型
4.5
0.0
2.0
パーソナライズ型
31.0
16.1
2.6
インシュランス型
シリーズ型
8.9
6.5
3.3
30.1
37.2
28.1
個人別解析還元サービスがもたらすパーソ
以上の分析例からも明らかなように,定着
ナライズ型の定着動機が高頻度利用層に有
動機は顧客階層に応じて異なった様相を示し
効に機能していることを意味する。この 2
ている。このことは,リレーテッド・モチベ
つの定着動機が良客づくりに重要な意味を
ーション分類尺度を用いて,顧客の定着動機
持つことは,売上げ貢献額による階層別分
を俯瞰的に捉えるだけでなく,標的市場に対
析結果( 表− 5 )にも現れており,H 層・
応した定着動機の戦略的オファーや既存の
M 層における出現率が L 層の顧客に比べ群
CRM 施策が有効な顧客層の識別など,有益な
を抜いて高くなっている。
示唆をもたらすと考えられる。
■表―― 5
某公営レース 利用客のリレーテッド・モチベーションの出現率
(現在の定着動機 − 売上げ貢献別)
N=64
N=156
H層
N=781 (%)
L層
M層
(ブランド売上げ上位 (ブランド売上げ次の (ブランド売上げ残り
50%に貢献)
30%に貢献)
の20%に貢献)
エコノミー型
0.0
0.0
0.7
ホスピタリティ型
0.0
3.3
3.1
コンビニエンス型
76.6
66.1
41.3
ナレッジ型
45.4
50.0
37.6
コミュニティ型
31.3
59.0
29.5
コラボレーション型
15.7
15.7
3.3
ソーシャル型
0.0
0.0
3.1
インティマシー型
0.0
3.3
1.8
パーソナライズ型
39.1
16.1
3.8
インシュランス型
7.9
9.7
3.1
45.4
25.0
29.4
シリーズ型
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リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究
■表―― 6
2.企業の CRM 施策のフォーメーション分析
リレーテッド・モチベーション別 企業 CRM 施策実施率
への活用
一方で,リレーテッド・モチベーションの
N=152
2003年度
分類尺度は,企業の CRM 施策分析にも活用
N=150 (%)
2005年度
エコノミー型
69.1
62.6
できる。リレーテッド・モチベーションはあ
ホスピタリティ型
19.1
12.0
くまで顧客側の自覚するブランドに対する定
コンビニエンス型
72.4
90.0
着動機であるが,前述したようにその分類に
ナレッジ型
88.9
94.0
コミュニティ型
34.9
44.7
関してその背景にある実際の CRM 展開を想
コラボレーション型
18.5
12.1
ソーシャル型
14.5
14.7
インティマシー型
17.2
2.7
にも活用しうる。企業の CRM 施策は経年的
パーソナライズ型
59.9
71.3
に変化し続けており,顧客育成戦略上あるい
インシュランス型
34.3
37.3
シリーズ型
30.9
23.4
定しているため,企業の CRM 展開の仕分け
は競合戦略上,その傾向を把握することの意
義は大きい。
この様に多分にヒューリスティックな面を
以下の分析例は,2003 年から継続して約
含み,なおかつ企業の統廃合により調査対象
150 企業の(CRM の戦略単位によっては事業
企業数が変化する中での調査結果ではあるが,
ブランドや商品ブランドの)CRM 施策の展開
CRM 施策の傾向を把握する上で有益な示唆を
傾向を示したものである。ここでは企業の行
もたらすと思われる。
っている CRM 施策に関し,11 種類のリレー
<リレーテッド・モチベーション別 CRM 施
テッド・モチベーションに照らしつつ,それ
策実施率>
ぞれのタイプの施策を行なっているか否かを
表− 6 は,企業の CRM 施策の実施率を該当
on ‐ off で調査し,その結果を業種別・年度
するリレーテッド・モチベーション別に分析
別に集積している。調査手法としては,あえ
したものである。ここでは,本来,顧客の定
て企業側の自認をベースとせず,企業 HP や
着動機の分類に用いるリレーテッド・モチベ
広報資料,顧客向けパンフレットを中心に施
ーション分類尺度を企業の CRM 施策の分類
策の有無を調査する形を取っている。これは
名称に用いている。分析結果を見ると 2005 年
ビジネス・コンサルティングの経験上,実際
度に調査対象企業の過半数で実施されている
に行なっている種々の CRM 施策を企業の担
のは,業種カテゴリー周辺の有益情報を顧客
当者が施策名称の関係などでそれと自覚して
に提供するナレッジ型(94.0 %),顧客の購入
いないケースがあること,また,企業形態に
に関し何らかの簡便性を提供するコンビニエ
よっては回答者が CRM 施策全体を把握し得
ンス型(90.0 %),顧客の購入や消費の履歴を
ないケースがあるためである。なお,CRM 施
記録・還元したり,それに基づいたリコメン
策の有無の判断に関しては,ローカルエリア
ドを提供するパーソナライズ型(71.3 %),マ
に限定した施策や,テストケース的な展開で
イレージやポイントを与えるエコノミー型
全体への影響が小さなものは除外している。
(62.8 %)となっている。この中で,旧来から
39
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★
論文
行なわれてきたナレッジ型は,各企業がサイ
による実施率の格差で,調査対象 24 企業の全
トを持つのが当たり前な環境下で 100 %に近
てで実施されていた流通業を始め,通販やサ
い実施率となっている。また,同様に CRM
ービス業では 60 %を超える高い実施率である
施策の中ではトラディショナルな部類に入る
のに対し,耐久財メーカーやパッケージグッ
エコノミー型は頭打ち傾向が見られるが,こ
ズメーカーでは相対的に低い実施率に留まっ
れはビジネスモデルに照らしマイレージやポ
ている。これは購入頻度の低い耐久財メーカ
イント制度の導入の必然性がある業種での普
ーの場合はポイント付与の機会が少ないこと
及が一通り進んだ結果だと思われる。次に
が,廉価でオープンチャネルで販売されるパ
2003 年度から 2005 年度にかけての実施率の
ッケージグッズメーカーの場合はマイレージ
変化に目を向けると,コミュ二ティ型,パー
やポイント制の導入に伴うオペレーションコ
ソナライズ型,コンビニエンス型が前回比で
ストの比率が高くなってしまうことが主な原
15 %以上の伸び率を見せている。コミュニテ
因だと思われる。こうした業種では自ずと他
ィ型の伸びは,情報系 CRM 施策の実践が
の CRM 施策に頼らざるをえず,たとえば耐
one ‐ way から two ‐ way あるいはコミュニ
久財メーカーにおいてはナレッジ型,コミュ
ティ形式のものに進化していること,パーソ
二ティ型,コラボレーション型といった情報
ナライズ型の伸びは CRM 展開自体の個別対
系の CRM 施策や,パーソナライズ型による
応が深化していることを物語っている。
個別対応の CRM 施策実施率が他業種に比べ
<業種別の CRM 施策の実践状況>
相対的に高くなっている。
表− 7 は 2005 年の企業の CRM 施策の実践
以上 CRM 施策の実施状況を経年別および
状況を業種別に見たものである。ここで注目
業種別に見てきたが,この様に CRM 施策を
されるのは,エコノミー型施策の業種タイプ
リレーテッド・モチベーションと関連づけて
■表―― 7
業種タイプ別,リレーテッド・モチベーション別 企業の CRM 施策実施率
N=64
サービス業
N=24
流通
N=18
通販業
SS,飲食 ,運輸,
新聞,鉄道 ,銀 百貨店,家電量
行,携帯電話 ,証 販店,CDショップ
券,カード,旅行
N=21 耐久財
N=23
(%)
パッケージ
美容・健康 ,文具
アルコール 飲料,
食品 ,教養,家 家電,自動車 ,
被服・下着
電,生活全般・・・ パソコン
スポーツ 用品
の各通販
エコノミー型
60.9
100.0
61.1
52.4
ホスピタリティ型
18.8
16.7
0.0
9.5
39.1
0.0
コンビニエンス型
84.4
100.0
77.8
100.0
95.7
ナレッジ型
89.1
95.8
94.4
100.0
100.0
コミュニティ型
43.8
29.2
33.3
76.2
43.5
3.1
25.9
11.1
28.6
8.7
17.2
8.3
0.0
42.9
0.0
コラボレーション型
ソーシャル型
インティマシー型
1.6
8.3
0.0
4.8
0.0
パーソナライズ型
78.1
70.8
72.2
81.0
43.5
インシュランス型
37.5
33.3
0.0
100.0
13.0
シリーズ型
21.9
4.2
11.1
76.2
8.7
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リレーテッド・モチベーション分析法による継続顧客の定着理由研究
把握することは,個別企業の CRM 施策分析
個々の CRM 施策が一体となり効果的な CRM
においても有益である。と,言うのは,CRM
戦略として機能しているか,そして今後いか
施策の「受け」側の顧客に与えられる影響を
なるタイプの定着動機をオファーすることが
「出し」側である企業の施策とセットで把握で
有効かを考える上で,CRM 施策のもたらす定
きるからで,ここに施策の到達概念を加味す
着動機を顧客意識に遡って区分し把握してお
れば,a. 施策が存在しないのか b. 施策が到
くことが,大きな示唆をもたらすことを本論
達していないのか c. 施策が到達しているが
は示している。
影響を及ぼせていないのか d. 施策が到達し
なお,今回は紙幅の都合で,リレーテッ
影響を及ぼせているのか,という CRM 施策
ド・モチベーションの各タイプにおける個々
の分析も可能となる。
の CRM 施策の展開方法に関して言及してい
この点も含め,CRM 施策の実施状況を顧客
ない。しかし,実際には同じエコノミー型の
の関係動機に照らして経年で把握することは,
CRM 施策でも特典の累進的設定が有ると無い
ビジネスモデルに適し,対競合競争力を持ち,
とでは施策の対象や狙いが大きく変化し,ま
なおかつ時流に見合った CRM 施策を顧客に
たナレッジ型の WEB サイト施策でも顧客が
オファーしようとする際に有益な示唆をもた
閲覧するのみなのか会員登録や投稿までする
らすものと考える。
のかでは,もたらされる効果は大きく異なっ
てくる。したがって,CRM 戦略の実践に際し
笞――― おわりに
て,誰に,どのタイプの施策を,どの様な手
法で行なうかが肝要なのは言うまでもなく,
2001 年に専売チャネルを持つある大手カジ
本論の俯瞰的なマネジメント視点も,個別施
ュアルアパレルメーカーが,それまでのポイ
策ごとの詳細なマネジメントを伴って始めて
ント制度を廃止し,代わりに顧客と共同で環
実務適用における有効性が高まると言えよう。
境を保護する活動をスタートさせた。リレー
また,本稿の主張に関しては,CRM 戦略再
テッド・モチベーションの視点で言えば,顧
構築の実務経験を論拠の一旦としつつも,学
客にオファーする定着動機をエコノミー型か
術的立証を積み残しているところが多々ある。
らソーシャル型に転換したと見なすことがで
その部分に関しては今後の課題としたい。
きる。この例に限らず,企業は顧客収益構造
注
1)顧客関係性の要素を,ベースとなる優れた品質と
価値に加え,経済的絆,社会的絆,カスタマイゼ
ーションの絆,構造的な絆に分け説明している。
ここでは経済的絆の構成要素として,数量割引や
利用頻度割引,安定した価格や設定,ハンドリン
グとクロスセル,社会的な絆の構成要素として,
継続的な関係,個人的な関係,顧客同士の社会的
な絆,カスタマイゼーションの絆の構成要素とし
て,顧客親密製,マスカスタマイゼーション,イ
ノベーションへの期待,構造的な絆の構成要素と
の目的達成状況や,ブランドや市場の成長段
階,競合動向などに応じて定期的に顧客戦略
の見直しを迫られている。そしてその際,企
業にとって大きな可変領域となる CRM 施策
は,バラエティに富んだ複合的なものへと進
化している。
企業がオファーする CRM 施策が,受け手
である顧客に狙い通りの影響を与えているか,
41
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★
論文
して,プロセスや設備の共有,共同出資,情報シ
ステムの統合を据え置いている。詳しくは,Zeithaml,Bitner,Gremler(2006)pp.196 ∼ 201 参
照。
2)詳しくは,中川,日戸,宮本(2001)pp40 ∼ 55 参
照。
3)インターネット調査パネルを用い,指定 4 系列の
CD ショップまたは WEB 上のショップを 2 回以上
利用した者をリクルートし,調査を行った。調査
項目は系列ショップ毎に,現在の定着動機,将来
の利用量を増加させるであろう定着動機,過去一
年間の購入金額,利用頻度,利用年月,利用意向,
購入手段とした。定着動機に関しては 11 種類のリ
レーテッド・モチベーションを基に,業種特性に
カスタマイズした選択肢を予め用意し MA で選択
させた。また購入金額に関しては回答者の自認で
100 円単位の回答を得た。調査年月は 2003 年 11 月,
有効サンプル数は 324 人。
4)インターネット調査パネルを用い,指定主催者の
公営レースを 3 ヶ月以内に利用した者をリクルー
トし,調査を行った。調査項目は現在の定着動機,
将来の利用量を増加させるであろう定着動機,過
去 3 ヶ月間の購入金額,利用頻度,利用年月,投
票券の購入手段とした。定着動機に関しては 11 の
リレーテッドモチベーションをもとに,業種特性
にカスタマイズした選択肢を予め用意し MA で選
択させた。また購入金額に関しては回答者の自認
で 100 円単位の回答を得た。調査年月は 2003 年 9
月,有効サンプル数は 1001 人。
5)海外の例としてシンガポールの公営レースでは ,
外れ投票券による抽選を後日行なうことで,場内
美化と顧客の継続利用を働きかけている。
Rust,R.T.,V.A.Zeithaml,K.N.Lemon(2000),Driving
Customer Equity, The Free Press(近藤訳『カスタマ
ー・エクイティ』ダイヤモンド社, 2001 年)
Woolf,B.F.(1996),Customer Specific Marketing, Teal
Books(上原監訳『顧客識別マーケティング』ダ
イヤモンド社, 1998 年)
Zeithaml,Bitner,Gremler(2006), Services Marketing
4th ed, McGraw-Hill
小野譲司(2008),「顧客満足に関する 5 つの質問∼ソ
リューション,顧客リレーションシップは何を示
唆するか∼」『季刊マーケティングジャーナル』
107 号,pp44 ∼ 58
小野譲司(2006),「顧客起点のサービスマーケティン
グ 囲い込みと使い分けのせめぎ合い」『一橋ビ
ジネスレビュー』2006 年夏号,pp20 ∼ 35
榊博文(2002)
,『説得と影響』ブレーン出版
中川,日戸,宮本(2001)『顧客ロックイン戦略」
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』
2001 年 10 月号, pp40 ∼ 55
畑井佐織(2001),「スイッチング・コスト」テーマ書
評シリーズ 38,『季刊マーケティングジャーナル』
82 号,pp63 ∼ 71
南知惠子(2006),『顧客リレーションシップ戦略』有
斐閣
八木 孝(やぎ たかし)
1986 年早稲田大学理工学部建築学科卒業。
1986 年に(株)博報堂入社。
セールスプロモーション領域,CRM 領域の現業部
門を経て,現在,研究開発局グループマネージャー。
参考文献
Bhote,K.R.(1996), Beyond Customer Satisfaction to Customer Loyalty, AMA(三田訳『顧客ロイヤルティ
戦略』ダイヤモンド社, 1999 年)
Blattberg,R.C.,G.Getz,J.S.Thomas(2001), Customer Equity, Harvard Business School Press(小川, 小野監訳
『顧客資産のマネジメント』ダイヤモンド社, 2002
年)
Heskett,J.I.,W.E.Sasser Jr,L.A.Schlesinger(2003), The
Value Profit Chain, Free Press(山本, 小野訳『バリ
ュープロフィットチェーン 』日本経済新聞社 ,
2004 年)
Power,J.D.Ⅳ,C. Denove(2006),Satisfaction, Portfolio
c/o Penguin Putnam(蓮見訳『J.D.パワー顧客満足
のすべて』ダイヤモンド社,2006 年)
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主な専門領域は顧客購買行動,CRM。
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