インストアメディアとしてのデジタルサイネージ

Japan Marketing Academy
★
論文
インストアメディアとしてのデジタルサイネージ
∼ショッパー・マーケティングにおける役割∼
笊 ――― はじめに
笆 ――― デジタルサイネージの特徴とマーケティングにおける位置付け
笳 ――― デジタルサイネージの分類・整理
笘 ――― 事例紹介 サミットにおけるデジタルサイネージの導入例
笙 ――― デジタルサイネージの効果測定
笞 ――― おわりに
中川 宏道
ングの実務上および学術上においても急速に
●(財)流通経済研究所研究員/早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程
関心事となってきている。
しかしながら,小売業におけるデジタルサ
笊――― はじめに
イネージの導入はまだ途についたばかりであ
り,デジタルサイネージの運用に関するノウ
近年小売業においてデジタルサイネージ
ハウが少なく,どのようなコンテンツをどの
(電子看板)の導入が進んでいる。アメリカで
ように提供すべきなのか,各社手探りの状態
は,ウォルマートが従来のインストア TV
で進めているのが実情である。デジタルサイ
「ウォルマート TV」に代わる新しいデジタル
ネージの効果測定に関して公表されている研
サイネージのシステム「ウォルマート・スマ
究は世界的に見ても少なく,日本における研
ートネットワーク」を全米 2,700 店舗に導入
究は皆無に等しい。そもそもどのような指標
することを 2008 年 9 月に発表し ,現在展開
を用いて効果測定されるべきか,という議論
を進めている。日本においてもイオンリテー
すら定まっていないように思われる。
1)
ルは 2009 年 5 月に,今後 1 年間かけてジャス
本稿では,まず小売業のデジタルサイネー
コ 250 店にデジタルサイネージを導入し,新
ジの特徴を述べた後,デジタルサイネージが
たな販促手法として活用していくと発表した
マーケティング上の実務・学術両面において
2)
。また大手コンビニエンスストアチェーンの
どのように位置付けられるのか,という点に
ローソンは,デジタルサイネージを 2012 年ま
ついて考察をおこなう。そして現在導入され
でに首都圏 2000 店舗に設置し,独自番組や企
ている小売業のデジタルサイネージには様々
業広告を放送していく予定である 3)。この他,
な種類のものがあるため,いくつかの観点か
首都圏のスーパーであるサミットやいなげや
ら分類・整理をおこなう。次に導入事例とし
などでもデジタルサイネージが導入されてお
てサミットにおけるデジタルサイネージの活
り,日本においてもここ数年で小売業におい
用を取り上げた後,デジタルサイネージの効
て急速に普及しつつある。そしてこの普及に
果測定について既存研究を中心に整理をおこ
比例して,デジタルサイネージはマーケティ
ない,今後のデジタルサイネージの活用にあ
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
4
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インストアメディアとしてのデジタルサイネージ
たっての課題について述べる。
のインパクトが低下してきている。その一方
で,小売業の上位集中化が進んできており,
笆――― デジタルサイネージの特徴とマ
ーケティングにおける位置付け
日本でもセブン・イレブンには全店で 1 日に
1000 万人以上の来店客があるなど,メディア
媒体として,小売業なかでも店頭の重要性が
小売業におけるデジタルサイネージは,「集
高まっている。また,店頭などの購買地点に
中的に管理および制御されたネットワークを
近いメディアはリーセンシー効果(購買に近
通じてデジタルデータで伝送される映像コン
い時点で商品情報に接触することが購買喚起
テンツが,テレビモニターやフラットパネル
につながる,あるいは購買に近い時点で接触
のスクリーンで表示される電子看板」と定義
した情報ほど想起されやすいという考え方)
される(Levy and Weitz, 2007)
。デジタルサ
が想定されるため(望月, 2009),この点から
イネージが従来のポスターや POP などの表示
もメディアとしての店頭の重要性があらため
物と異なる特徴は,①動画や音声によって多
て認識されてきている。そして店頭メディア
くの情報量が伝達できること,②場所と時間
の中でも特に注目を集めているのが,動画・
に応じて本部(または店舗)がディスプレイ
音声によって多くの情報量を伝達することが
端末ごとに臨機応変にコンテンツを制御し,
できるデジタルサイネージである。
キメ細かい情報の伝達ができること,③デジ
2.ショッパー・マーケティングへの関心の高まり
タルデータであるため,従来のようなポスタ
近年のマーケティングにおける特筆すべき
ーの張替えや屋外広告の書き換えがなくなり,
長期的に見てコスト削減につながる可能性が
大きな動向の一つは,ショッパー・マーケテ
あること,④他メディア(ID カード,ポイン
ィングという概念と,それに対する関心の高
トカードなど)との連携を図ることで特定さ
まりである(守口, 2009)。ショッパー・マー
れた顧客に効果的な販促をすることができる,
ケティングは,マーケティングの対象を消費
などである(Levy and Weitz, 2007,鈴木,
者(Consumer)ではなく買物客(Shopper)
2009)
。
を対象としている点が特徴である。アメリカ
の消費財メーカーの業界団体である GMA
(Grocery Marketing Association)によると,
小売業におけるデジタルサイネージの重要
性がマーケティング実務家にとって認識され
「ショッパー・マーケティングとは,ショッパ
てきているのは,以下で述べる 3 つの背景が
ーの行動に関する深い理解に基づいて開発さ
あげられる。
れ,ブランドエクイティを構築し,ショッパ
ーを惹きつけ,購買決定に導くために計画さ
1.メディアとしての店頭の重要性
れたすべてのマーケティング刺激からなる活
インターネットの普及に代表される媒体の
動である。
」と定義されている(GMA, 2008)。
多様化やテレビの多チャンネル化などを背景
従来の店頭マーケティングでは,店頭にお
として,テレビ CM をはじめとするマス広告
ける商品の露出量や視認性の向上が重要視さ
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れてきたが,ショッパー・マーケティングは
デジタルサイネージによって顧客に応じた適
買物客のニーズや心理を探り,それをもとに
切なメッセージを訴求することが可能となっ
店舗内コミュニケーションの要素を組み立て
たという(Levy and Weitz, 2007)。
ようとするものである 。そして買物客のニ
4)
3.小売業における技術革新
ーズや心理に応じた店舗内コミュニケーショ
Burke(2006)によれば,マーケティン
ンをおこなうツールとして,デジタルサイネ
ージが重要視されてきている。というのは,
グ・インテリジェンスは第一から第三の波が
デジタルサイネージはターゲットとする買物
あるという(図表− 1)。第一の波は UPC バー
客の属性に応じてメッセージを臨機応変に変
コードとスキャナーの技術によって POS デー
更することができるからである。
タの収集を可能とし,カテゴリーマネジメン
デジタルサイネージは,場所と時間に応じ
トやブランドマネジメントを生み出した。第
てディスプレイ端末ごとに放映するコンテン
二の波では,ロイヤリティカードの出現によ
ツを簡単に素早く変えることができるという
って CRM(カスタマー・リレーションシッ
特徴を持つために,同じ店舗内であっても同
プ・マネジメント)を生み出した。そして現
じ日の違う時間帯に応じて,あるいは同じ週
在は第三の波にあるという。
でも曜日に応じてコンテンツを変更すること
第三の波では,RFID や GPS,無線タグな
ができる。また同じ日の同じ時間でも異なる
どの IT の進展によって,小売店舗でのリアル
店舗によって,例えば異なった天気の状況を
タイムでの顧客追跡がすでに可能となる。買
反映させたコンテンツに変更することもでき
物客が店に入って,通路を通って歩き,商品
る。同じ店舗であっても時間帯や曜日によっ
を選択して精算するまでの顧客の動きを追跡
て客層が異なることは,多くの研究で指摘さ
し,追跡データとそのときの買物環境のデー
れており ,様々な買物客のニーズや心理に
タをデジタルデータとして既に入手できるよ
応じた適切なメッセージを伝達できるツール
うになっており,大量の顧客の動線データか
としてデジタルサイネージが位置付けられる。
ら購買パターンを分析している研究が出てき
具体的にショッパー・マーケティングとし
ている(例えば Hui et al., 2009 や Larson et
5)
てのデジタルサイネージを活用している小売
al., 2005 など)
。
業の事例として,エディーバウアー(Eddie
デジタルサイネージは, 図表− 1 では「ナ
Bauer)があげられる。エディーバウアーは
ビゲーションツール」や「商品隣接ツール」
顧客の購買データを分析し,価格に敏感な顧
に相当する。「ナビゲーションツール」は,買
客は朝に来店し,よりブランドを意識した顧
物客を誘導し動線を効果的に変えることによ
客は午後と夕方に来店することを発見した。
って「通過率」や「売場立寄率」を向上させ
そこで店先のデジタルサイネージのコンテン
たりし,「商品隣接ツール」は売場滞在時間を
ツを,朝には低価格帯と特売商品を強調した
長くしたり商品接触率を高めたりしながら,
ものとし,午後以降には高価格帯とブランド
最終的には「売上」の向上を目指すものであ
イメージを強調したものとした。その結果,
る。
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インストアメディアとしてのデジタルサイネージ
■図表―― 1
小売業におけるマーケティング・インテリジェンスの進化
第一の波
第二の波
第三の波
パラダイム
カテゴリーマネジメント
ブランドマネジメント
CRM(カスタマー・リレーション
シップ・マネジメント)
CEM(カスタマー・エクスペリエン
ス・マネジメント)*
可能にする技術
UPCバーコード
スキャナー
ロイヤリティカード
クレジットカード
リアルタイムの顧客追跡(RFID,
GPS,
ビデオ,
移動可能な買物
装置)
商品の品揃え
棚のスペース
効果を変動させる 価格
要因
プロモーション
陳列
チラシ
効果指標
売上
市場シェア
粗利益
m2 当り売上
回転率
第一の波に加えて;
顧客属性
(地理人口データ)
購買履歴
ターゲットを絞ったプロモーション
第二の波に加えて;
店舗レイアウト
店舗の雰囲気
ナビゲーションツール
商品隣接ツール
サービスレベル
レジ待ちの行列/混雑
店内イベント
通過率
買物客の動線
売場立寄率
売場滞在時間
商品接触率
顧客転換率
顧客維持
顧客ロイヤルティ
顧客内シェア
生涯価値
ROC曲線
*Burke(2006)は、
「Customer Experience Management」という用語を用いているが,
店舗内での顧客の買物プロセスに
焦点を当てるという意味でショッパー・マーケティング(本文参照)
と類似の概念である
(出所)Burke (2006)をもとに一部修正
Sorensen (2009)は,売場が多すぎ商品が
ジタルサイネージは重要性を高めてきている。
多すぎるような店舗は,買物客にとってみれ
また,ショッパー・マーケティングへの関心
ば買物時間当り効率性の低い店舗であり,買
の高まりの中で,買物客のニーズや心理に応
物客にとっての効率性と店舗全体の売上は負
じてフレキシブルに適切なメッセージを表示
の相関関係にあることを示している。そのう
できるツールとして,デジタルサイネージは
えで,多い売場・多い商品の中で効率的に買
位置付けられる。そしてショッパー・マーケ
物をサポートするツールとしてデジタルサイ
ティングを技術面からサポートする IT 技術の
ネージの活用の例を紹介し,買物客に対する
発達によって,買物客をマネジメントするツ
効率的な買物のサポートによって店舗全体の
ールとしてもデジタルサイネージが位置付け
売上の向上に役立つことを示唆している。こ
られる。
のように,買物客を効果的にマネジメントす
笳――― デジタルサイネージの分類・
整理
るツールとしてデジタルサイネージは位置付
けられる。
以上述べてきたとおり,マス媒体のインパ
ここでは,現時点で小売業に導入されてい
クトの低下によって分散化していくメディア
るデジタルサイネージの分類・整理をおこな
の中で,より買物客・購買地点に近いコンタ
う。分類の視点は,デジタルサイネージの①
クト・ポイントでの効果的なツールとしてデ
設置場所,②資産の所有者,③設置目的の 3
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つである。
ッチパネルで検索できるものである 6)。この
他,DNP メディアクリエイトが開発した顔認
1.デジタルサイネージの設置場所
証機能付き電子看板 7)や,凸版印刷が開発し
小売業におけるデジタルサイネージは,キ
た来店客に試供品を配布できる機能を備えた
オスク端末型と売場端末型とレジ型の大きく
デジタルサイネージ 8)なども例としてあげら
3 つのタイプが存在する。それぞれ目的が異
れる。
2 つ目の売場端末型は各売場に設置される,
なり,従ってコンテンツの内容も異なる。そ
商品隣接ツールとしてのものである。商品に
れぞれの特徴を以下でみていく。
1 つ目のキオスク端末型は主に店舗の入口
隣接して設置され,購買をおこなう場で直接
に設置され,今日の特売情報の案内などをお
購買を促すものである。ここでのデジタルサ
こなうものである。各売場へ誘導する役割を
イネージはいわば販売員の代理の役割を果た
果たし,機械によってはタッチパネルになっ
し,買物客に購買を促すためのツールである。
ているものもある。ここでの事例としては,
例えばシャンプー売場のデジタルサイネージ
「ワインガーデン」があげられる。「ワインガ
で髪診断のコンテンツを流し,コンディショ
ーデン」はメルシャンとキリンビール,内田
ナーを勧めることによってもう一品の購買を
洋行が開発した,ワイン選びをサポートする
促している事例などがあげられる。その他,
店頭ワイン探索機であり,価格や味わい,料
サミットにおけるサミットビジョンでは,生
理や飲用シーンごとに自分に合うワインをタ
鮮三品の各売場においてバイヤーが出演して,
日替わりのおすすめ商品の販促をおこなって
いる例がある。
3 つ目のレジ型は,レジ後ろ(あるいはレ
ジ中)に設置され,レジ精算の順番待ちの客
が見るものである。Underhill(2008)も述べ
ている通り,順番待ちの買物客は極めて退屈
であるため看板などの視認率が極めて高い。
マーケティングフォースジャパン社がおこな
った調査でも,設置場所別で最も視認率が高
かったのが,このレジ型である 9)。レジ型の
例としては,イオンリテールがあげられる。
同社が各店で提供するコンテンツは 6 ∼ 7 割
を商品広告や特売,独自の電子マネー
「WAON」の案内に関する情報で,2 ∼ 3 割は
イベントや天候などの地域情報である。
コープネット事業連合の青果売場における
デジタルサイネージの導入例
((株)マーケティングフォースジャパン写真提供)
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2.デジタルサイネージの資産所有者
スーパーのいなげやにおいて 1 回 5 分 30 秒
小売業におけるデジタルサイネージは,所
(ソニーが制作した料理提案や食品メーカーの
有者によって①小売業者,②食料雑貨メーカ
テレビ CM などを 5 分,いなげやが制作した
ー,③デジタルサイネージ機器メーカー,広
イベント情報などを 30 秒流す)のコンテンツ
告代理店などの第三者の所有者,の大きく 3
を放映している 10)。ビジネスモデルとして,
つに分けられる。所有者によって分ける意味
ソニーがメーカーの広告費で運営費をまかな
は,基本的に所有者がリスクを取って主体的
うため,いなげやは初期投資がかからない形
にコンテンツの決定権を有するために,デジ
となっている 11)。ソニーが所有しリスクを取
タルサイネージの内容や運用方法は所有者の
って運営をし,コンテンツはソニーがイニシ
特徴を反映したものになるためである。
アチブをとって作成している。その他として
1 つ目は,小売業自身が所有するパターン
広告代理店やデジタルサイネージベンダー
のもので,イオン,サミットなどがあげられ
(デジタルサイネージの企画・制作から設置・
る。イオンでは,広告時間 1 本 15 秒,1 商品
運用までをおこなう企業)なども例としてあ
の放映時間は 2 週間以上とし,1 週間単位で
げられる。
メーカーと契約をする形態を取っている。サ
3.デジタルサイネージの設置目的
ミットの場合は,基本的に自社商品の販促目
小売業におけるデジタルサイネージは,目
的であり,生鮮売場でお薦め情報を主として
的によって「広告」と「販促」に分けられる。
放映している。
2 つ目は,食料雑貨メーカー自身が所有す
「広告」は多くの消費者に企業からのメッセー
るパターンのものであるが,現時点ではこの
ジを伝えることが目的であるが,「販促」は消
タイプのものは存在しない。DVD などで自社
費者に,購買行動などで企業にとって望まし
商品のプロモーションを繰り返し放映する
い行動(ほとんどの場合購買)を働きかける
TV モニターは既に小売業に数多く導入され
ことが目的である。
ているが,集中的に管理され制御されたネッ
「広告」は文字通り広告目的のデジタルサ
トワークによってデジタル方式で伝達される
イネージであり,商品を認知させたり,商品
ものではないため,これはデジタルサイネー
のイメージを向上させることが目的となる。
ジではなくメーカー作成 POP などと同様に自
食料雑貨メーカーの新製品の告知や,小売業
社商品のプロモーションツールと解釈すべき
PB 商品,小売業の会員に対する案内告知など
である。ただし店頭端末のネットワーク接続
がそれに該当する。
が今よりも容易になってくれば,今後食料雑
「販促」は販売促進のツールとしてのデジ
貨メーカー自身が所有するパターンのものが
タルサイネージであり,立寄率や商品接触率
出てくる可能性はある。
の増加などによって売上を増加させることが
目的である。例えばサミットの生鮮(鮮魚,
3 つ目は,小売業者でも食料雑貨メーカー
でもない,第三の所有者のパターンである。
青果,精肉)における商品部バイヤーのお買
例えばソニーの「ミルとくチャンネル」では,
い得商品の案内などが例としてあげられる。
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また,「広告」と「販促」の複合タイプも存
ものなのかということを認識しておかなけれ
在する。コンビニエンスストアの店頭に設置
ばならない。
されている例として,デジタルサイネージが
図表− 2 を見ると,小売業における「広告」
店舗の外に向かって設置され,店舗の販促の
目的のデジタルサイネージは,テスコの撤退,
告知として使用される他,コンサート情報な
ウォルマートの第 1 世代のデジタルサイネー
どの屋外広告としても使用されているものが
ジである「ウォルマート TV」の撤退などに
ある。店舗面積が小さいために単独で「販促」
見られるように,先行して導入している欧米
としてだけでは成立しにくいという短所を,
において厳しい状況にあることが分かる。日
店舗数の多いコンビニエンスストアにおいて
本の小売業自身がデジタルサイネージを所有
アウト広告を行うことができるという店舗数
して「広告」目的でおこなっているのは,レ
の規模の大きさで補うビジネスモデルである。
ジ後ろに設置するタイプのものだけである。
エーエム・ピーエム・ジャパンが都心の約
小売業の「広告」目的のビジネスモデルは,
150 店舗にデジタルサイネージを導入し,食
なぜ難しいのであろうか。
食料雑貨メーカーが店頭ツールに対して決
品メーカーだけでなく,映画配給会社やイベ
算を持つ部署が営業部門ないし営業販促部門
ント企画会社の広告も流している。
以上述べてきた通り,小売業におけるデジ
であるため,これらの部署が求める成果とし
タルサイネージには設置場所によって「入口」,
ては売上でしかありえず,必然的に店頭ツー
「売場の商品隣接」,「レジ後ろ」の大きく 3 つ
ルは販促目的が中心となる。また,広告費の
に大きく分けられる。また,デジタルサイネ
決算を持つ食料雑貨メーカーの宣伝部として
ージの所有者による区分と「販促」か「広告」
は,特定の小売業に限定されるため広告とし
という目的による区分が存在する。所有者と
ては規模が小さくて魅力がないか,売場にお
目的によってまとめたものが 図表− 2 である。
ける広告としての効果が費用に合わないと判
デジタルサイネージについて議論をする際に
断したものと考えられる(効果測定について
は,ここで述べた類型のうち,どのタイプの
は笙節でも触れる)。したがって,現状では食
■図表―― 2
デジタルサイネージの類型
デジタル・サイネージの資産所有者
目的
広告
英国テスコ ※撤退
米国ウォルマート「ウォルマートTV」 ※撤退
イオン
(レジ後ろ)
(広告と販促の
コープネット事業連合(レジ後ろ)
複合型)
米国ウォルマート「スマートネットワーク」
販促
食料雑貨
メーカー
小売業
サミット
コープネット事業連合
ローソン
am/pm
事例なし*
第三の所有者
機器メーカー(ソニーなど)
広告代理店
デジタルサイネージベンダー
* メーカー所有の動画POPは数多く存在するが,
ネットワーク接続されていないためデジタルサイネージと呼ぶべきではない(本文参照)
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料雑貨メーカーが小売業向けに支出するのは
サイネージでのコンテンツが完全に一致して
販促目的のものが中心になっている。
いるのが特徴である。また,「自分の顔を出し
ただし例外的にコンビニエンスストアは店
てお客様にお薦めする以上は,絶対に売り切
舗数が多いうえ,地域においてもドミナント
る」といったバイヤーと売場担当者の販売の
出店しているパターンが多いため,「広告」型
モチベーションの向上にもデジタルサイネー
(正確に言えば広告と販促の複合型)のビジネ
ジは貢献しているようである。
スモデルが成立する可能性がある。また既に
サミットでは,入口,生鮮三品(青果,精
述べたように,レジ後ろのデジタルサイネー
肉,鮮魚),総菜の合計 5 台のデジタルサイネ
ジについても視認率が高いため,コンビニエ
ージを各店に設置している。ここでは①入口
ンスストア以外の小売業でも「広告」として
設置のデジタルサイネージ,②売場隣接設置
成立する可能性があるだろう。
のデジタルサイネージ,③コンテンツの管
理・制御を具体的にみていく。
笘――― 事例紹介 サミットにおける
デジタルサイネージの導入例 12)
1.入口設置のデジタルサイネージ
店舗に入って入口に設置されているのが,
笳節において小売業におけるデジタルサイ
ウエルカム・モニターと呼ばれるデジタルサ
ネージの類型・整理をおこなったが,本節で
イネージである。ここでは 52 週マーチャンダ
はサミット(株)のデジタルサイネージの実
イジングのテーマ訴求をおこなっており,例
際の導入例を見ていく。サミット(株)は関
えば母の日であれば「今日はお母さんの代り
東に 95 店舗(2009 年 11 月 30 日現在)を展開
に料理をしてあげよう」というメッセージの
しているスーパーで,既に 53 店舗にデジタル
コンテンツを放映するとともに,各売り場の
サイネージを導入している。デジタルサイネ
デジタルサイネージと同じテーマ設定によっ
ージの資産はサミット自身が所有し,
「販促型」
て連動している。なお,現時点ではタッチパ
の展開をおこなっている。
ネル方式のものではない。
同社は低価格訴求のディスカウント戦略で
2.売場隣接設置のデジタルサイネージ
はなく,価値訴求を目指す戦略であり,従来
のセルフ売場における POP だけでは価値訴求
サミットにおける売場隣接のデジタルサイ
をおこなうための情報量として限界があると
ネージは,基本的にその売場で展開している
いう認識があった。情報量が多いプロモーシ
商品のコンテンツのみ放映している。また,
ョンをセルフ売場の中でいかに低コストで行
デジタルサイネージのコンテンツ制作を担当
なうかということで議論を重ねてきた結果,
しているのは IT 関連部署ではなく,先に述べ
現在のようなデジタルサイネージの導入を決
たとおり商品部のバイヤーであることが特徴
めたということである。また,バイヤー自身
である。商品部のバイヤーがコンテンツを作
がコンテンツを毎日制作し自ら出演しており,
成することによって,マーチャンダイジング
売場におけるプロモーション内容とデジタル
と売場が連動する形となっている。
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3.コンテンツの管理・制御
笆節でも述べた通り,デジタルサイネージ
は店舗において配信コンテンツを制御するこ
とが可能である。サミットでは基本的には売
場と関連したコンテンツしか流さない。ただ
し総菜のコロッケの揚げたてを並べるタイミ
ングだけはすべての売場のデジタルサイネー
ジにおいて,約 30 秒の「揚げたてのコロッケ」
のコンテンツを 2 回流している。また,例え
ば各売場で訴求しているお薦め商品が売り切
れの際には,別の商品訴求のコンテンツへ切
り替えることが可能になるという。
店舗において配信コンテンツを制御するこ
と可能にするのが,バックヤードに設置して
いるコンテンツ管理用 PC である。これによ
サミット店舗の入口に設置されているウエルカム・モニター
((株)マーケティングフォースジャパン社写真提供)
って,単に同じコンテンツを流しっぱなしで
はなく,状況に応じて臨機応変にキメ細かい
消費者の立場から見れば,バイヤー自身が
情報の伝達が買物客に対して可能となる。
顔を出してお薦め商品を案内していることで
安心感を与えている効果が考えられる。また,
以上,サミットにおけるデジタルサイネー
顔を出して説明することによって消費者の購
ジの事例についてみてきたが,ここで特筆す
買リスクの知覚を軽減している可能性がある。
べきデジタルサイネージの小売業にとっての
メリットについて述べたい。従来の POP やポ
スターと異なり,本部(または店舗)によっ
て集中的に管理され制御されたネットワーク
によってデジタル方式で伝達されるという特
徴を有するため,デジタルサイネージは新し
いプロモーションや新しいマーケティング戦
略を,企業の全組織を巻き込んで確実に実行
させる,ということである。通常小売業にお
いては,何らかのプロモーションを全社的に
実施するということを本部が決めても,実際
の店舗ではプロモーションが必ずしもおこな
サミット店舗の鮮魚売場に設置されている商品隣接の
デジタルサイネージ
(
(株)マーケティングフォースジャパン社写真提供)
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われない場合が少なくない。というのは,プ
ロモーションの実施を本部から各店舗に伝達
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し,POP などの表示物を送付し,それを各店
たときにどれだけ買物客が接触したか,買物
舗の店員が売場に貼付するまでの人的・時間
客が接触したときにどれだけ肯定的なイメー
的コストが大きく発生するためである。
ジを喚起したか,ということになる。具体的
この点,サミットでデジタルサイネージを
には,
「通過率」,
「売場立寄率」,
「商品接触率」
導入している店舗においては,基本的に本部
などがあげられる。
で決めた販促の実施率は 100 %を担保するこ
「販促」の目的は顧客の購買行動の変化を
とになる。というのは,バイヤーがマーチャ
通じた売上の向上であり,指標としては主に
ンダイジングを決定し,そのための商品の販
既存商品の販売促進をデジタルサイネージで
促をバイヤー自らが作成し,作成したコンテ
流したときに,最終的には売上をどれだけ向
ンツは各店舗へデジタルデータで伝送されて
上できるか,ということである。ただし「販
売場のデジタルサイネージで放映され,その
促型」の中でも入口のキオスク端末の効果指
内容の販促に合わせて各店舗の売場担当者が
標としては,各売場における「売場立寄率」
売場を作って販売するからである。言い換え
「商品接触率」をどれだけ向上させたかが指標
れば,デジタルサイネージを用いることによ
となる。
って,小売業として販促の計画から実行まで
この他の指標としては,2007 年 6 月に設立
のプロセスに関する BPR(ビジネス・プロセ
された「デジタルサイネージコンソーシアム」
ス・リエンジニアリング)を実践していると
によって効果測定と広告指標の策定について
言える。
議論しているという(中村・石戸, 2009)。コ
その意味で,デジタルサイネージの普及が
ンソーシアムでは,効果指標を従来の接触人
進めば,メーカーのリテイルサポートも大き
数だけではなく,視聴態度,タイミング,エ
く変化する可能性があるだろう。メーカーの
モーションなどを考慮に入れた指標策定に向
店舗サポートなしに本部決定のプロモーショ
けて議論をしている段階である 13)。
ンが基本的に必ず実施されるため,今後は売
2.既存研究におけるデジタルサイネージの
上を向上させるプロモーションの企画提案が
効果に影響を与える要因
どれだけできるか,という本来の営業スタイ
デジタルサイネージの効果検証に関する既
ルにシフトしていく可能性がある。
存研究は極めて少なく,日本における研究は
笙――― デジタルサイネージの効果測定
皆無である。ここではデジタルサイネージの
効果検証に関する文献のレビュー論文である
1.効果測定の指標の整理
Burke (2009)を取り上げ,デジタルサイネ
デジタルサイネージの効果指標は,「広告」
ージの効果検証について整理をおこなう。
か「販促」かというデジタルサイネージの目
Burke (2009)では,イギリスの小売業であ
的によって大きく分けられる。
るテスコにおいて 2005 年 1 月から 2007 年 6
「広告」の目的は認知や購買喚起であり,
月までのデジタルサイネージの効果検証につ
指標としては主に新商品のコンテンツを流し
いてレビューをおこなっている。実証的に一
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論文
■図表―― 3
コンテンツ内容別のデジタルサイネージの効果(売上)
コンテンツの内容
平均上昇額(ポンド) 平均上昇率(%)
SCR*
Tesco seasonal(テスコにおける季節限定情報)**
44,040
9.6
5.7
Tesco promo(テスコの販促情報)
11,106
6.1
2.2
Tesco new(テスコの新商品情報)
7,543
11.5
1.5
Brand(ブランドのメッセージ)
8,580
4.7
1.2
*SCR 小売売上の増分をキャンペーンのコストで割ったもの
**Tesco seasonalには、クリスマスや復活祭や母の日が含まれる
(出所)Burke(2009)
般化されたものとして,メッセージ要因とし
この結果は,笳節で見た広告型のビジネス
て「コンテンツの内容」,商品要因として「カ
モデルが成立しにくいことと整合的である。
テゴリーの特徴」を挙げている。
買物客のニーズや心理に合わせたメッセージ
を伝達することが重要であり,単なるテレビ
(1)コンテンツの内容
CM を流すだけでは小売業におけるメッセー
買物客は,「新情報」(新製品情報,プロモ
ジとしてはふさわしくない,ということを示
ーション情報,季節限定の情報)にはよく反
している。
応するが,伝統的なブランドのメッセージに
は反応しないということである。 図表− 3 は,
(2)商品カテゴリー
デジタルサイネージのコンテンツの内容別の
図表− 4 は,デジタルサイネージのカテゴ
平均上昇額,平均上昇率,SCR である。平均
リー別の効果である。ビールやワインなどの
上昇率が最も高いのは,Tesco new(テスコ
酒類(平均上昇率 12.9%)や,スナック,キ
における新商品情報)であり,次いで Tesco
ャンディ,ガムなどの衝動買い商品(同 9.2 %),
seasonal(テスコにおける季節限定情報)で
DVD などの娯楽商品(同 10.0%)が,家庭用
ある。一方で,平均上昇率が最も低いのはブ
品(同 3.2%)やヘルス・ビューティケア(同
ランドのメッセージである。
0.7%)に比べて高かった。
この結果から,酒や娯楽商品などの快楽消
この結果は,買物者が興味を持って商品を
手に取ってもらうためのメッセージは,「何が
費に関するデジタルサイネージの効果が高く,
自分にとって必要か?」「何が特売商品か?」
また計画購買が低い商品の効果が高い一方で,
計画購買が高い商品についてのデジタルサイ
「何が新商品か?」というものであり,伝統的
ネージの効果が低いことが分かる。
なテレビで行われるような典型的なブランド
構築のためのメッセージをデジタルサイネー
また Burke (2009)は,コンテンツの放映
ジで流しても買物客はあまり反応しないこと
時間によっても買物客の反応が変わることを
を意味している。
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インストアメディアとしてのデジタルサイネージ
■図表―― 4
カテゴリー別のデジタルサイネージの効果(売上)
カテゴリー
平均上昇額(ポンド) 平均上昇率(%)
ビール・ワイン・スピリッツ
46,850
12.9
娯楽
25,256
9.2
衝動買い商品
18,267
10
食料雑貨
13,280
7.1
家庭用品
5,017
3.2
ヘルス・ビューティケア
2,813
0.7
(出所)Burke(2009)
■図表―― 5
デジタルサイネージのコンテンツの長さと効果(時間当り売上上昇率)
13.33
14
時間あたり売上上昇率(%)
12
10
9.02
8.25
8
6
4
2
0
(a) 30秒の「味」に関する (b) 30秒の「製品ラインアップ」(c) 2つの15秒コンテンツの
コンテンツ
に関するコンテンツ
組み合わせ
(出所)Burke(2009)
述べている。
当りの売上金額の上昇率が最も高かった。こ
のことは,1 本 30 秒のものを流すよりも短い
(3)コンテンツ放映時間
時間でより多くのコンテンツを流した方が効
図表− 5 は,コンテンツの放映時間におけ
果が高いことを示している。
る効果を見たものである。(a)30 秒の味に関
以上述べてきたように,コンテンツの内容,
するコンテンツと(b)30 秒の製品ラインア
カテゴリー,コンテンツの長さによって効果
ップに関するコンテンツと,(c)a と b のコ
が異なることを見てきた。最後に,デジタル
ンテンツをそれぞれ 15 秒に短縮したものを組
サイネージの効果検証などにおいて残されて
み合わせたコンテンツでは,(c)の放映時間
いる課題について述べていく。
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★
論文
まず笳節で述べたように買物客の追跡デー
能性が示唆され,そのための効果検証が課題
タが容易に得られるようになってきているた
である。
め,デジタルサイネージの設置場所のデータ
笞――― おわりに
を組み合わせることによって,デジタルサイ
ネージによって買物客の行動がどのように変
わったかを検証する必要がある。従来の販促
近年小売業においてデジタルサイネージの
効果は単に販促の実施と売上だけの関係をみ
導入が急速に進んできているため,本稿では
るだけで,その中間過程がブラックボックス
デジタルサイネージのマーケティングにおけ
であったが,通過率,立寄率,購買率を媒介変
る位置付け,および整理・類型化をおこなっ
数とすることによってよりキメの細かな対応
た。また,デジタルサイネージの効果検証に
が可能になると考えられる。また,これによ
関する整理をおこなった。本稿での主なメッ
って店舗入口のキオスク端末としてのデジタ
セージは,デジタルサイネージはショッパ
ルサイネージの効果検証も可能になるだろう。
ー・マーケティングの文脈で理解するべきで
デジタルサイネージを設置する位置につい
あるというものである。買物客のニーズや心
ても検証すべきである。従来のデジタルサイ
理をベースにすることによって,デジタルサ
ネージは比較的高い場所に設置される場合が
イネージで何をどのようにするべきか,何を
多かったが,買物客の視線を考えたときに高
検証すべきかということが理解できると考え
い位置は決して見やすい位置ではない。ウォ
られる。
ルマートの第二世代の「ウォルマート・スマ
最後にデジタルサイネージの活用にあたっ
ートネットワーク」では,買物客の視線の優
ての課題について述べる。店頭の役割がます
位置にディスプレイが設置されている。また,
ます大きくなる一方,様々な役割を店頭に担
定番売場だけでなくエンドと呼ばれる特売売
わせようとし過ぎて情報があふれ,結果とし
場におけるデジタルサイネージの効果検証も
て目的通りの訴求ができない売場も現実には
おこなう必要があると思われる。
多く見られる。デジタルサイネージが情報過
またデジタルサイネージは従来の販促とは
多に荷担してしまっては本末転倒であること
異なり,広告を融合させたツールと捉えるこ
は言うまでもない。したがって,ショッパ
とも可能であろう。つまり,従来の販促とは
ー・マーケティングの原点に立ち返り,買物
異なりデジタルサイネージが動画や音声によ
客視点で買物をする際にどのような状態にあ
って多くの情報量が伝達できることによって,
るのか,買物客はどのような情報を求めてい
店頭でのブランド育成を兼ねた販促というも
るかを知っていく必要があることを強調した
のになる可能性がある 14)。製品訴求 POP のと
い。ショッパー・マーケティングを充分理解
きにブランド・コミットメントが上昇するこ
した上で,デジタルサイネージを含めた様々
とを示した寺本(2008)から類推されるよう
な店頭コミュニケーションを,買物客の目的
に,デジタルサイネージは販促を目的としな
に合致するよう設計するスキルが実務家には
がらもブランド育成が可能なツールとなる可
求められることになるだろう。
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インストアメディアとしてのデジタルサイネージ
12)本節は,(株)マーケティングフォースジャパンの
横山代表取締役・伊藤営業本部本部長付へのヒア
リングに基づいている。
13)デジタルサイネージコンソーシアムの参加企業が
広告会社,ディスプレイメーカー,コンテンツ制
作会社,通信会社などであるため,指標の視点が
広告視点,特にアウト広告視点になっている傾向
が見られる。少なくとも小売業におけるデジタル
サイネージの指標作成においては,小売業を巻き
込んでいく必要があるだろう。
14)アサツーディ・ケイの三浦郁太郎氏も,デジタル
サイネージが販促とブランディングの両立を果た
すツールとなり得ることを示唆している。「私たち
が目指すのは,広告と販促の融合です。こうした
店頭コミュニケーションによって,シズル感の演
出によるブランディング効果と,ダイレクトに購
買に響くプロモーションを両立できると考えてい
ます。」(
『販促会議』2009 年 2 月号)
。
<謝辞>
本稿を作成するにあたって,株式会社マー
ケティングフォースジャパンの横山秀樹氏
(代表取締役),伊藤宏一氏(営業本部本部長
付),株式会社アサツーディ・ケイの三浦郁太
郎氏(プロモーショナルメディア開発室室長),
ソニー株式会社の相澤辰弥氏(サイネージビ
ジネス部 メディア事業課 統括課長)には
ご多忙の中インタビューなどにご協力いただ
いた。また,財団法人流通経済研究所の神谷
渉氏(主任研究員)からは有益なコメントを
いただいた。ここに記して,謝意を表する次
第である。
参考文献
Burke, R. R. (2009) “Behavioral Effects of Digital Signage”, Journal of Advertising Research, 49( 2),
pp.180-185
Burke, R. R. (2006) “The Third Wave of Marketing
Intelligence.” In Retailing in the 21st Century: Current and Future Trends, Manfred Krafft and Murali
Mantrala, eds. Berlin: Springer
East,R., Lomax, W., Willson, G. and Harris, P. (1994)
“Decision Making and Habit in Shopping times”,
European Journal of Marketing, 28(4), pp.56-71
Hui, K.H., E.T. Bradlow and P.S. Fader (2009) “Testing Behavioral Hypotheses Using an Integrated Model
of Grocery Store Shopping Path and Purchase
Behavior” Journal of Consumer Research, 36(3),
pp.478-493
GMA (2008) Delivering the Promise of Shopper Marketing, Mastering execution for competitive advantage,
Deloitte
Larson, J. S., E. T. Bradlow, and P. S. Fader (2005)
“An Exploratory look at supermarket shopping
paths”, International Journal of Research in Marketing, 22, p.385-414
Levy, M. and B. A. Weitz (2007) Retailing Management
6th Edition, New York: McGraw-Hill,
望月裕(2009)「OOH のコンタクトポイントとしての
価値」 『AD STUDIES』Vol.27, pp.4-9
守口剛(2009)「店頭を基点としたマーケティング」
『マーケティング・リサーチャー』 No.108, pp.10-
注
1)http://walmartstores.com/factsnews/newsroom/8566.aspx
2)日経流通新聞 2009 年 5 月 29 日
3)日経新聞朝刊 2009 年 8 月 21 日
4)店舗内コミュニケーションとは,店舗における消
費者の態度変容に影響を与えたり,購買意思決定
を促進したり,ブランド・ロイヤリティを形成し
たりといったことを目的として,店舗内で展開さ
れるマーケティング・コミュニケーションのすべ
てであり,具体的には「商品」「価格」「スペース」
「雰囲気」「デザイン」「販売促進」「人的要素」な
どがある(中野, 2009)。
5)例えば East et al. (1994)はイギリスの調査で,
就業者は金曜日・土曜日に来店が多いのに対して,
非就業者は木曜日と金曜日の来店が多いことや ,
就業者は午後 4 ∼ 6 時,午後 6 時以降の来店が多い
のに対して,非就業者は午前 10 ∼ 12 時,午後 10
時以前の来店が多いことを明らかにしている。
6)『販促会議』2009 年 2 月号 71 ページ
7)スーパーフジ(愛媛県松山市)で実験をおこなっ
ている(日経流通新聞 2009 年 5 月 4 日)
8)日経産業新聞 2009 年 9 月 29 日
9)(株)マーケティングフォースジャパンの横山代
表取締役・伊藤営業本部本部長付へのヒアリング
による
10)日経流通新聞 2009 年 1 月 30 日
11)日経流通新聞 2009 年 1 月 30 日
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論文
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中村伊知哉・石戸奈々子(2009)『デジタルサイネー
ジ革命』朝日新聞出版
中野香織(2009)「店舗内コミュニケーション戦略」
亀井昭宏・ルディー和子編『新マーケティング・
コミュニケーション戦略論』日本経済新聞出版社
Sorensen, H. (2009) “The In-Store ‘Audience’”
Journal of Advertising Research, 49( 2), pp.176-179
鈴木智之(2009)「デジタルサイネージの現状と未来」
『流通ネットワーキング』241 号,p.7-9
寺本高(2008)「消費者の店頭 POP 販促時の購買行動
とコミットメントとの関係」『日経広告研究所報』
第 241 号,pp.45-56
Underhill, P. (2008) Why We Buy: The Science of Shopping - Updated and Revised for the Internet, the Global
Consumer, and Beyond, the Global Consumer and
Beyond, New York: Simon & Schuster ;鈴木主悦・
福井昌子訳(2009)『なぜこの店で買ってしまう
のか[新版]
』早川書房
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マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
中川 宏道(なかがわ ひろみち)
1998 年慶應義塾大学経済学部卒業,
2000 年慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修
了,現在(財)流通経済研究所研究員,早稲田大学
大学院商学研究科 博士後期課程在学中。
主な著書:『インストア・マーチャンダイジング』
(共著,日本経済新聞出版社,2008 年),「カワイイ
はつくれる∼花王エッセンシャルのブランド再活性
化∼」『季刊マーケティングジャーナル』28 巻 3 号
(共著,2009 年)など
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