ブラジルにおける用船者の汚染責任

ブラジルにおける用船者の汚染責任
Charterers’ pollution liability in Brazil
今回の Gard News は、ブラジルの政府機関による汚染に関するクレームに対して定期用船者および
航海用船者が負う厳格責任を取り上げます。
者負担」原則に合致するものです。
注目すべき例外は米国であり、米国では、連邦
法と一定の州法については、汚染に関する罰金
や損害賠償に関して裸用船者に厳格責任を直接
負わせることを認めたものと解釈することがで
きます。これは、現在有効な各種の法規では、
船舶の「運航業者」または賃借用船者のいずれ
かが定義されており、どちらも裸用船者を含む
汚染責任に対して政府機関が課す罰金および汚
染損害の賠償については、責任の擁護が難しく、
船主の費用的な負担が大きくなる場合がよくあ
ります。これは、そのほとんどが「厳格」責任、
つまり被告に過失があることを証明する必要が
ないためです。船主は、汚染事故に対する責任
を問われた場合でも、用船契約に基づき定期用
船者または航海用船者へ請求することにより、
後々損失を回収できることが往々にしてありま
す。しかし、ほとんどの法制度は汚染事故に対
して第一次的な責任を負う者として船主を位置
付けていることから、用船者が罰金や処罰など
の処分に対して直接責任を負うようなことはほ
とんど聞いたことがありません。ブラジルは、
この原則に関する注目すべき例外のようです。
と解釈されているからです。しかし、定期用船
者と航海用船者については、船舶の日常の運航
管理を行う者、またはかかる運航について責任
を負う者として明確に定義されていないため、
米国でも、定期用船者と航海用船者には直接責
任を問うことはできないとされています。
しかしブラジルは、汚染事故の際、定期用船者
と航海用船者が、船主や裸用船者と同様に直接
厳格責任を問われる可能性があるという点で、
一般に認められた国際的な見解とは異なる法律
を有する唯一の法域といえます。
汚染責任に対するブラジルの法的枠組
ブラジルの法律は、法典化された法体系であり、
行政法、民法、刑法の 3 つの法分野において責
任が発生する可能性があります。それぞれの執
用船者の責任-国際的な基準
大半の国が加入している国際的な補償制度(民
事責任条約、基金条約、有害危険物質条約)1で
は第一次的責任を船主と保険者のみに課してい
るので、ほとんどの法域では、用船から生じた
汚染事故において、船舶の用船者(裸用船者、
定期用船者、航海用船者を含む)が政府機関に
よる罰金や賠償請求に対して直接責任を負うこ
とはありません。これは、海洋汚染事故に対す
る責任の基礎をなす一般的に認められた「汚染
行権限は、別個の国家機関に与えられています。
実際にブラジルで汚染事故に対する刑事責任が
海運業者に課されることはあまりないため、本
稿では刑法分野は取り上げません。
行政法
行政法上の責任は、1998 年連邦法第 9.605 条と
2000 年連邦法第 9.966 条で定められています。
この分野の法律は、ブラジル海軍に執行権限が
あり、船舶、プラットフォーム、海洋サポート
施設に適用され、1 事故当たり 5,000 万ブラジ
1
1969 年および 1992 年の民事責任条約、1992 年基金条約、
1996 年有害危険物質条約
Charterers’ pollution liability in Brazil
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ルレアルの罰金に加え、汚染の原因となった船
Gard News 204 November 2011/January 2012
舶の活動の停止や禁止等、より厳しい処罰を規
定しています。これは厳格責任によるものです
Gard は、最近、ブラジル港を運航中の用船船舶
が、責任を負わせるには、汚染と関係当事者の
が起こした燃料油の流出事故について、用船者
作為または不作為との間に因果関係があったこ
である組合員に対して賠償請求が行われたとの
とが証明されなければなりません。行政処罰を
通知を受けました。上記の検証の適用を争い、
定期用船者または航海用船者に課そうとしても
用船船舶が汚染源であったと主張する以外、こ
処分の成立する見込みが薄いのは、この因果関
の種の請求に対する抗弁として用船者が主張で
係の立証要件が主な理由です。したがって、行
きることはほとんどありません。
政法は、定期用船者または航海用船者にとって
大きな問題とはなりません。
外国用船者に対する求償およびリスク
ブラジルの現状は、船舶の日常の運航に関して
民法
管理権は有さないのに、汚染損害に対する賠償
民事責任は、1981 年連邦法第 6.938 条で定めら
責任を負わされるばかりの用船者にとって、以
れています。民法上の法的措置は、連邦と州の
下の理由からそれほど悲観的なものではありま
公設弁護士が行います。これは、定期用船者と
せん。
航海用船者が直接責任を問われる、より厳格な
措置です。
一点目は、用船者の責任は、船主との連帯責任
であることです。通常、船主が、積極的に請求
処罰は、懲罰主義に基づくものではなく、環境
に対応することが期待できます。なぜなら、船
に与えた損害を州に対して賠償する義務、汚染
舶が強制執行を受けた場合、船主の受ける損害
事故に起因して第三者の財産に与えた損害、第
が最も大きいからです。
三者の活動に与えた悪影響および経済的損失に
ついて、当該第三者への賠償義務を認め、これ
二点目は、法律が、他の当事者に対する求償を
を強制することを目的としたものです。
禁止していないことです。用船者と船主間の契
約に基づいて請求する場合もあれば、汚染の原
行政法上の責任の場合と同様、民法上の責任は、
因となった疑いのある行為(例えば、曳船に運
過失を条件とするものではありません。しかし、
航上の過失がある場合や、港湾当局が責任を負
行政法と異なり、当事者の行為と汚染損害との
っている港湾内で海図に記載されていない(ま
間に因果関係は求められません。特定の当事者
たは標識のない)障害物に接近した場合)を行
が環境損害に対する賠償義務を負うかどうかを
った第三者に対して訴訟する場合もあるでしょ
判断するには、その当事者が汚染の原因である
う。ただし、求償を行うには、用船者が自らに
経済活動に関与し、その経済活動から利益を受
課された処罰を果たしていることが必要です。
2
けていたか否かの検証が必要です 。これは、非
用船者は、船舶に対して、ブラジル内の港への
常に広範囲にわたる検証です。
寄港指示を出す前に、用船契約の汚染責任に対
するリスク分担に関する条項を確認すべきでし
この検証を適用すると、定期用船者と航海用船
ょう。
者(おそらくは貨物関係者も含めて)が、ブラ
ジル海域で航行する用船による汚染によって生
三点目は、用船者がブラジル企業か、ブラジル
じた環境損害に対して、賠償義務を負わされる
に登記されている場合、その他の用船者よりも、
可能性があることがすぐに分かります。用船者
民事上の賠償請求を受ける可能性が高いといえ
は、船主と他の多数の当事者と連帯して責任を
ます。その理由は、単に、外国企業よりもブラ
負うことになります。
ジルの現地企業に対しての方が行使し易いから
です。また、被告である用船者がブラジル企業
2
ではなく、ブラジルに財産も有していない場合、
第 14 条セクション 10
Charterers’ pollution liability in Brazil
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被告の用船者が用船した船が、その後ブラジル
の管轄域に立ち入っても、措置を講じることは
法律上認められていないということは注目に値
します。当然、被告の所有船がブラジルの管轄
域内に立ち入った場合にはこの限りではないた
め、事案ごとにリスクを評価する必要がありま
す。
まとめ
ブラジル法の下では、ブラジルの管轄域内で用
船船舶による汚染事故が発生した場合には、定
期用船者と航海用船者のいずれも、当局による
罰金や賠償金の請求を受ける可能性があります。
行政法上、用船者は、船舶の日常の運航を管理
しておらず、汚染事故の原因ではないことを裁
判所に証明すれば責任を免れると思われます。
しかし、民法上は、環境損害の賠償義務を成立
させるために行われる検証の範囲が、用船者を
包含してしまうほど広範なものであることから、
用船者は、船主と、ブラジル内での船舶の活動
に参加しそこから利益を享受している他の当事
者と連帯で責任を負うことになります。
しかし、ブラジルの用船者は、外国の用船者よ
りも民法上の賠償請求を受け易いのが現状です。
また、他の用船をこうした請求の執行訴訟の対
象とすることはできません。さらに、用船者は
船主と共に召喚されることが多いものの、船主
が、船舶の抑留を回避しようと積極的な措置を
講じるため、用船者は直接の賠償責任を免れる
ケースがほとんどです。また、用船者が、汚染
に対して責任を有する当事者に対して求償を求
めることや、かかる責任について契約でリスク
を分担することは禁じられていません。
リオデジャネイロの Carbone Law Office には、
本稿の作成にあたり極めて貴重なお力添えをい
ただいたことに感謝いたします。
Charterers’ pollution liability in Brazil
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