退職給付会計に関する実務上の取扱いについて ∼公認会計士協会の

2000.2. No.382
目 次
退職給付会計に関する実務上
の取扱いについて∼公認会計
士協会のQ&Aをふまえて∼
退職給付会計に関する実務上の取扱いについて
∼公認会計士協会のQ&Aをふまえて∼
1.はじめに
割引率は、
「期末時」における割引期間(※)に
本年1月19日、日本公認会計士協会が「退職
近似する残存期間をもつ、信用リスクフリーレー
給付会計に関するQ&A」を公表しました。本
トに近い債券の利回りを基礎として決定すること。
Q&Aは、平成10年6月16日付で企業会計審議
(※)退職給付の見込支払日∼期末日までの従業員の平均残
存勤務期間
会が公表した「退職給付に係る会計基準の設定
に関する意見書」及び公認会計士協会の「退職
給付に関する実務指針(中間報告)」(平成11
しかしながら、長期債券の市場利回りが異常
年9月14日)をふまえ、これらにおいて記述さ
な要因(超低金利政策の継続等)により歪んで
れなかった実務上の詳細な取扱いをQ&A形式
いると考えられる場合には、期末の一時点にお
で補足したものです。
ける債券の利回りを使用することが妥当でない
今月号では、本Q&Aのうち、主要な事項に
ケースもあり得ます。
ついて説明します。(退職給付信託に関する事
このような場合は、慨ね5年以内の債券の利
項については、来月号で説明します。
)
回り変動を考慮して決定することになります。
なお、今月号でご紹介する内容は、公認会計
具体的には、概ね5年以内の一定期間のうち、
士協会の公表した一般的な取扱いに過ぎませ
異常な金利の期間を除く期間の平均値を使う等
ん。そのため、個別事例等については、各企業
の補正方法により割引率を設定することができ
の会計士、税理士等にご相談のうえご対応いた
ます。(なお、国債利回りの過去の推移につい
だきますようお願い申し上げます。
ては次頁【図1】をご参照)
(2)年金資産の運用利回りとの関係
2.個別事項の解説
退職給付会計基準における退職給付債務は、
●割引率
企業年金制度における年金資産に関連付けて測
(1)割引率設定時の補正方法
定されるものではありません。そのため、同債
割引率とは、退職給付債務の計算時に設定す
務の計算に使用する割引率と年金資産の期待運
る予測数値の一つです。退職給付会計基準では、
用収益率との間には明確な関係がなく、割引率
割引率の基本的考え方を次のように定めてい
として年金資産の期待運用収益率そのものを使
ます。
−1−
退職給付会計に関する実務上の取扱いについて∼公認会計士協会のQ&Aをふまえて∼
【図1】国債利回りの推移
①10年国債利回り
(応募者利回り)
②20年国債利回り
(応募者利回り)
(%)
昭和61年
62年
63年
平成 元 年
2年
3年
4年
5年
6年
7年
8年
9年
10年
11年
実 績
5.589
4.851
4.965
5.011
6.746
6.316
5.266
4.288
4.219
3.473
3.132
2.364
1.518
1.732
(%)
5年平均
昭和61年
62年
63年
平成 元 年
2年
3年
4年
5年
6年
7年
8年
9年
10年
11年
5.432
5.578
5.661
5.525
5.367
4.712
4.076
3.495
2.941
2.444
実 績
5.753
5.661
5.196
5.076
7.009
6.667
5.742
5.188
4.690
3.946
3.733
3.025
2.253
2.658
5年平均
5.739
5.922
5.938
5.936
5.859
5.247
4.660
4.116
3.529
3.123
(注)実績は、応募者利回りの1年間における単純平均値。
用すべきではありません。(→割引率は、あく
態に合致しなくなった場合は、早期償却のため
まで(1)で説明した基準に基づいて決定され
に費用処理年数の変更又は一時償却を検討する
るべきものです。)
ことが必要となるケースもあります。
●会計基準変更時差異
(3)複数制度間の移行に伴う取扱い
(1)複数制度の費用処理年数
複数の退職給付制度を採用している場合の会
退職給付会計における会計基準変更時差異
計基準変更時差異の計算は、それぞれの退職給
は、新しい会計基準の採用にともない発生する
付制度ごとに未積立退職給付債務(=退職給付
会計的な影響額であり、退職給付制度毎に異な
債務−年金資産時価)と退職給与引当金等との
る費用処理年数を用いる合利的な理由はないた
差額をもって計算しなければなりません。
め、全ての制度で統一することとなります。
そのため、退職給付会計基準適用後に、退職
給付制度間で移行があった場合は、各制度にお
(2)費用処理年数の変更
ける未認識会計基準変更時差異をどのようにと
会計基準変更時差異は多額に上る可能性があ
らえればよいかという問題が生じます。
ること等から、その費用処理は各企業が予め決
基本的な考え方は次のようになります。退職
定した15年以内の一定期間で行うとされてい
給付会計のもとでは全体の退職給付債務が変わ
ます。そのため、当該費用処理年数は退職給付
らなければ、退職給付制度間で移行が行われて
会計基準の適用時に決定され、翌年以降、原則
もトータルの会計基準変更時差異は同額になる
として変更することはできません。ただし、退
と考えられます。そのため、移行前の未認識会
職給付会計基準の適用初年度に在職した従業員
計基準変更時差異の合計額を移行後の複数の退
が大量退職し、未認識会計基準変更時差異が実
職給付制度ごとの未積立退職給付債務額等の金
−2−
額を基礎として、各退職給付制度に合理的に配
次の通りです。
分して決めることとなります。
(1)定額法における費用処理年数の短縮
当年度発生分→短縮後の費用処理年数により費用
●過去勤務債務、数理計算上の差異
処理
過年度発生分(=未認識債務又は差異の期首残高)
(1)費用処理年数の取扱い
→「短縮後の費用処理年数−既経過年数」
過去勤務債務及び数理計算上の差異の費用処
(※)にわたり費用処理
理方法は、原則「定額法」によることとされて
(注)(※)の年数がゼロ又はマイナスとなる場合は、当期
に残高の全てを一括して費用処理する。
いますが、「定率法」を選択適用することも可
能です。具体的な償却方法は次の通りですが、
(2)定率法における費用処理年数の短縮
未認識債務又は差異の期首残高に、短縮後の費
いったん採用した費用処理方法(年数)は正当
用処理年数に基づく定率を乗じた額を費用処理
な理由により変更する場合を除き、継続的に適
用しなければならないとされています。
(2)会計方針の変更との関係
(1)で説明した通り、費用処理年数の決定方
(1)定額法…次の①又は②
①各年度の発生額について発生年度に費用処理す
法には、①発生年度に費用処理する方法、②平
る方法
均残存勤務期間とする方法、③平均残存勤務期
②各年度の発生額について平均残存勤務期間内の一定
間内の一定年数とする方法があります。これら
年数で按分して費用処理する方法
①∼③における費用処理年数の決定方法が、合
(2)定率法
未認識過去勤務債務残高及び未認識数理計算上
理的な理由により変更される場合は、会計方針
の差異残高の一定割合を費用処理する方法(→過
の変更となります。なお、各方法に応じて、考
去勤務債務又は数理計算上の差異を発生年度毎に
え方は次のようなります。
管理せず、各々の残高に一定年数に基づく定率(※)
を乗じた金額が当年度の費用処理額となる。
)
・発生年度に処理の場合
→費用処理年数の変更はあり得ない
(※)例えば、費用処理期間5年…0.369、費用処理期間10年…0.206
・平均残存勤務期間採用で平均残存勤務期間が短縮
費用処理年数に「発生年度における平均残存
(延長)された場合
勤務期間」を採用する場合は、当然に発生年度
→期首残高の費用処理年数を変更するため、
毎の当該期間が費用処理年数となりますが、逆
会計事実の変更にともなう「見積りの変更」
となる
に平均残存勤務年数を採用しない場合は、一度
・一定年数採用の場合
選択した費用処理年数を毎期継続して適用しな
→変更理由により、「見積りの変更」か「会計
方針の変更」かが異なる。
ければなりません。このため、平均残存勤務年
数が15年の会社において、前期まで数理計算
見積りの変更:
上の差異の発生額を10年で費用処理していた
(例)従業員の大量退職等により、平均残存勤
場合に、当期発生額を12年で費用処理するこ
務期間が費用処理年数より短くなったことを
原因として費用処理年数を変更する場合。
とは、原則できません。
(=会計事実の変更に伴う費用処理年数の変更)
なお、いったん採用した費用処理年数を短縮
会計方針の変更:
する場合は、従業員の大量退職等により、再検
見積りの変更以外の合理的な理由により変
討後の平均残存勤務期間が前期までの費用処理
更する場合。
年数より短くなった等の合理的な理由が必要と
なります。短縮する場合の具体的な処理方法は
−3−
退職給付会計に関する実務上の取扱いについて∼公認会計士協会のQ&Aをふまえて∼
(3)複数制度の費用処理年数
37項において、次の2つの方法が示されてい
ます。
前述の通り、過去勤務債務又は数理計算上の
差異の費用処理は、従業員の平均残存勤務期間
①退職一時金制度の未移行部分に係る退職給付債
内の一定年数で行われます。複数の退職給付制
務と、企業年金制度に移行した部分に係る退職
度を有する場合は、それぞれの制度毎で平均残
給付債務を、実務指針(中間報告)第36項に示
存勤務期間が異なることもあり、制度毎に異な
されている方法のいずれかにより計算する方法。
る費用処理年数を用いることが合理的と考えら
②在籍する従業員については、企業年金制度に移
行した部分も含めた退職給付制度全体の自己都
れます。そのため、これらの費用処理年数は、
合要支給額を基に計算した額を退職給付債務と
各退職給付制度毎に個別に決定することができ
し、年金受給者及び待期者については年金財政
ます。
計算上の責任準備金を退職給付債務とする方法。
実務指針(中間報告)では、企業年金制度へ
●退職給付債務計算の簡便法
の移行形態にかかわらず、上記①、②の方法の
(1)定年退職にともなう給付のみ企業年金制度
いずれかを選択適用することを認めています。
へ移行している場合
退職給付会計基準では、従業員300人未満の
しかし、定年のみ移行(注)に代表されるように
企業について、期末要支給額や企業年金制度の
一定年齢や一定の勤続年数以上で退職した場合
責任準備金を補正する等の方法による退職給付
の給付に限り企業年金に移行している場合につ
債務・費用の算出を認めており、これを「簡便
いては、上記①の方法を採用すると、退職給付
法」と呼んでいます。
債務の二重計算(過大評価)となってしまう可
能性が強いため、②の方法によることが合理的
このうち、退職一時金制度の一部を適格年金
と考えられます。
(【図2】をご参照)
制度等の企業年金制度へ移行している場合の簡
便法による退職給付債務の計算方法について
(注)定年退職給付は適格退職年金制度から支給され、定年前退
職給付は退職一時金制度から支給されるような制度形態を
「適格年金への定年のみ移行」と呼びます。
は、公認会計士協会の実務指針(中間報告)第
【図2】退職一時金制度の一部を企業年金制度へ移行している場合の簡便法の取扱い
①横割り移行の場合
…実務指針(中間報告)第37項①を使用
②縦割り移行の場合
…実務指針(中間報告)第37項②を使用
退職給付制度全体
(100%分)の
自己都合要支給額を補正
+
企業年金制度の
年金受給者及び
待期者に係る責任準備金
企業年金制度の
責任準備金を補正
給
付
額
自己都合要支給額を補正
給
付
額
勤続年数
勤続年数
(注)上図 …退職一時金制度、 …企業年金制度
−4−
●連結財務諸表における取扱い
まえて決定します。そのため、各連結会社間で
異なるのが通常であり、統一する必要はありま
(1)親子会社間における諸数値の取扱い
せん。
①会計基準変更時差異の費用処理年数
会計基準変更時差異を一時に費用処理する場
(注)連合基金、適格年金の共同委託契約等、勤務環境や平均給
合は、企業経営に大きな影響を与える可能性が
与の実績等が類似する企業集団の場合は、当該集団の予定
退職率・予定昇給率を用いることができます。
あることから、通常の会計処理とは区分して、
③過去勤務債務及び数理計算上の差異の費用処
各企業の判断で15年以内の一定年数にわたっ
理年数
て費用処理することができます。このように、
過去勤務債務及び数理計算上の差異は、原則、
当該差異の費用処理年数は、企業が自ら決定し
各企業の平均残存勤務期間内の一定年数で費用
たものであるため、連結財務諸表においても、
処理することとなります。それゆえ、この費用
重要性がない場合を除いて、連結会社間で統一
処理年数は各連結会社間で異なるのが通常であ
することになります。
るため、統一する必要はありません。
ただし、統一しないことに合理的な理由があ
る場合(例:子会社自身が公開会社で独自の会
④過去勤務債務及び数理計算上の差異の費用処
計方針を採用している等)には、統一しないこ
理方法
とも認められます。
過去勤務債務及び数理計算上の差異の費用処
(注)子会社の費用処理年数と親会社の費用処理年数とが異なる
場合、連結財務諸表作成上、統一のために連結修正処理を
行うことが認められます。
理方法は、前述の通り、「定額法」又は「定率
法」が認められます。これら費用処理方法につ
②数理計算における予測数値
いては、本来連結会社間で統一することが望ま
(ア)割引率
しいと考えられますが、必ずしも統一する必要
割引率は安全性の高い長期の債券の利回りを
はありません。
基礎として決定されますが、ここでいう「長期」
(2)連結子会社への新会計基準の適用
とは、原則、退職給付の見込支払日までの平均
期間(実務上は従業員の平均残存勤務期間に近
連結財務諸表規則では、会計処理の統一の観
似した年数)とされています。そのため、各連
点から「同一環境下で行われた同一の性質の取
結会社間で平均期間が異なれば、割引率も連結
引等について、親会社及び子会社が採用する会
会社間で異なることとなります。
計処理の原則及び手続きは、原則として統一し
(イ)期待運用収益率
なければならない。」と規定しています。その
期待運用収益率は、期首の年金資産に対して
ため、親会社(決算日:3月31日)が平成12
見込むことのできる当年度の運用収益率であ
年度より退職給付会計基準を適用する場合は、
り、保有する年金資産の資産構成割合、運用方
平成13年3月31日決算の連結財務諸表に含め
針、過去の運用実績や市場動向等を考慮して決
られる子会社の財務諸表についても、原則とし
定します。そのため、各連結会社間でこれらの
て親会社が採用する会計方針である退職給付会
要素が異なれば、期待運用収益率も連結会社間
計基準に基づき作成する必要があります。
しかし仮に、親会社が3月31日決算で、連結
で異なることとなります。
財務諸表に含められる連結子会社の決算日が平
(ウ)その他の基礎率
成12年12月31日であるような場合は、どのよ
予定退職率、予定昇給率等その他の基礎率は、
個々の会社の従業員に関する過去の実績等を踏
うな取扱いになるのでしょう。この場合は、公
−5−
退職給付会計に関する実務上の取扱いについて∼公認会計士協会のQ&Aをふまえて∼
認会計士協会の実務方針(中間報告)第48項
[公認会計士協会の実務指針(中間報告)第48項]
のただし書を踏まえ、平成13年3月31日の連
本報告は、平成12年4月1日以降から開始する事業
結財務諸表作成上、当該連結子会社に退職給付
年度又は連結会計年度から適用する。ただし、企業
会計基準を適用することが困難であると認めら
年金に関する数理計算実施上の関係者の環境整備の
れる事業主に該当するかどうかを判断する必要
状況から、当該年度から直ちに退職給付会計基準に
があります(注)。
基づく会計処理を適用することが困難であると認め
られる事業主については、所定の注記を条件に平成
13年4月1日以降開始する事業年度又は連結会計年
その結果、当該連結子会社について簡便法の
採用も含めて退職給付会計基準の適用が困難と
度から適用することができる。
認められた場合に限り、連結財務諸表上、該当
●中間決算の対応
する連結子会社に係る所定の注記を条件に、適
用の延期が認められます。(→連結決算上、当
公認会計士協会の中間財務諸表作成基準で
該連結子会社に係る会計基準変更時差異は、1
は、簡便な決算手続の適用について、「退職給
年遅れて費用処理を開始します。)
与引当金繰入額は、事業年度の合理的な繰入見
積額を期間按分する方法により計上することが
逆に、当該連結子会社に退職給付会計基準を
できる」とされています。
適用する場合は、平成12年12月31日現在での
子会社の個別財務諸表においては、適用前であ
この考え方に基づき、中間決算における退職
るという理由で退職給付会計基準に基づく会計
給付費用は、期首において算定した退職給付債
処理が行われていないため、親会社の連結財務
務に基づく1年間の退職給付費用(=当年度の
諸表作成手続きの中で会計処理を修正する必要
勤務費用+利息費用−期首の年金資産に基づく
があります。
期待運用収益±期首の会計基準変更時差異残高
の費用処理額)の6/12となります。そのため、
なお、親会社が平成13年4月1日以降開始す
る連結会計年度に退職給付会計基準を適用する
中間決算時点で、あらためて退職給付費用を算
場合には、連結上、個々の決算日にかかわらず
定する必要はありません。
連結子会社及び持分法適用会社に退職給付会計
(注1)会計基準変更時差異を適用初年度において一括償却する
方法を採用する場合は、適用初年度の中間決算において、
会計基準変更時差異の全額又は6/12を損益計算書上計上
します。
(注2)退職給付会計基準の適用初年度の期首日(期首日から6
ヶ月経過日前を含む)において退職給付信託を設定する
場合の会計基準変更時差異の一時費用処理額は、適用初
年度の中間決算において、その全額を損益計算書上計上
します。
基準を適用しなければなりません。
(注)当該連結子会社の決算日(平成12年12月31日)が退職給
付会計基準の適用前であるという理由のみで、連結決算上
の退職給付会計基準の適用を要しないと解するわけではあ
りません。
以上
企業年金ノート No.382
平成 12年 2月
大和銀行発行
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