ネズミ時計の傷と黒い穴

ネズミ時計の傷と黒い穴
n.n.
ある日のこと、一人の女の子が、お母さんと一緒に時計を
買いに行きました。
時計屋さんには、色々な時計がありました。
「どれにしよう」
女の子は悩みます。
「これはどうだい?」
時計屋のおじいさんが女の子に見せたのは
二つのネズミ時計でした。
可愛いネズミ時計と怖いネズミ時計です。
「これがいい!」
女の子はネズミ時計を気に入りました。
「可愛いのと怖いの、どっち?」とお母さんが尋ねます。
「うーんと、うーんとね」女の子は悩んでから、一方を指差し
ました。
「こっち!」
女の子が選んだのは、可愛いネズミ時計の方でした。
その日の晩、可愛いネズミ時計を枕元に置いて、女の子は
ベッドに入りました。
女の子は夢を見ました。夢の中で誰かが女の子に何かを話しか
けているのですが、はっきり聞こえません。
朝起きると、女の子はネズミ時計の耳のところに傷があるのに
気づきました。
「お母さん、ネズミ時計に傷がついてる」
「あらあら、おかしいわね。買ったときはそんな傷なかったの
に。どこかにぶつけたのかしら」
でもよく見ると、それは何かに引っ掻かれたような傷です。
「この傷は・・・」
女の子が考えているとき、ふとベッドで何かが動きました。
「なんだ?」
「ベッドの中に何かいる!」
「お母さん、ベッドの中に何かいるよ」
お母さんが慌ててやってきて、ベッドを調べます。
でも何もいません。
「何もいないわよ。きっと何かを見間違えたのよ」
でも女の子は、毛布の下に、ギラギラ光る目と、にやっと笑っ
た大きな口を確かに見たのです。
女の子は、自分でベッドを調べます。
ベッドの下も調べましたが、何もいません。
「おかしいなぁ」
その日、女の子はまた夢を見ました。
やっぱり誰かが女の子に話しかけています。
でも何を言っているのか分かりません。
「なんて言ってるの!?」
女の子がそう叫ぶと、急にあたりが明るくなりました。
すると、女の子の前には、ネズミが何匹もいました。
でも、どのネズミも傷ついています。
「みんなどうしたの?」
女の子が心配します。
「あいつにやられたんだ」
「引っ掻かれたんだ」
ネズミたちは口々に言います。
「あいつって誰?」
女の子が質問すると、ひときわ傷だらけのネズミが
前にでました。
包帯を巻いて、松葉杖をついています。
耳やお腹にはバンソウコウを貼っています。
「ボクはチュウ太っていうんだ。怖い怪物が急に現れて、みん
なやられたんだ。怪物を倒しに行ってそのまま帰ってこないネ
ズミもいっぱいいるんだ。ボクの一番の友達のチュウ吉もいな
くなって・・・」
女の子がチュウ太をなぐさめようとしたときです。
「あいつだ。あいつがやってきた!」
と悲鳴があがりました。
大きな体。素早い動き。光る目。大きな口。
女の子がベッドでみたのもこれでした。
ネズミたちが逃げ出します。
なんとか逃げましたが、
ネズミたちは、
さらに傷を負いました。
「もうだめだ」とチュウ吉が言います。
けれど、女の子はあきらめません。
「逃げちゃだめ。戦うの。あれはバケネコ。倒すの」
女の子を先頭に、バケネコのねぐらに行きます。
イビキが聞こえてきます。
バケネコは寝ているようです。
おそるおそるバケネコに忍び寄ります。
「ど、どうするの?」
チュウ太が、戸惑っていると、女の子はいきなりバケネコに飛
び掛りました。
「えい!」
でもなんだかバケネコの様子が変です。
「あれ、これ?」
女の子が手にしているのは、バケネコの耳です。
チュウ太がそれを見て、びっくりします。
「わ、バケネコの耳を引きちぎった!」
「ううん、これすぐとれた」
よく見ると、それは付け耳に尻尾、猫手でした。
黒猫変身セット
「あ、チュウ吉!」
チュウ太が叫びます。
なんと、バケネコに変身していたのはチュウ吉でした。
正気に戻ったチュウ吉が言います。
「バケネコなんていないのです。この道具さえあれば、誰でも
バケネコになれるのです。力にとりつかれたネズミたちが、バ
ケネコになっていたのです」
それを聞いてチュウ太が言いました。
「こんなものがあるからいけないんだ。チュウ吉は悪くない。
そうだ、いいことを思いついた。なんでも吸い込む黒い穴があ
るから、これをそこに捨てるんだ」
こうして、怖い道具は、黒い穴に吸い込まれていきました。
チュウ吉は、少しさみしそうにそれを見ていました。
ネズミたちに、平和が戻りました。
ネズミたちの傷も治りました。
女の子を囲んで、ネズミたちが、歌を歌いました。
チュウ太とチュウ吉も楽しそうです。
「起きなさい、朝よ」
女の子は、お母さんに起こされました。
ネズミ時計を見るとピカピカ。
どこにも傷はついていませんでした。
おしまい