騒音予測計算の紹介(PDF:395 KB)

騒音予測計算の紹介
筧
博行
要旨
騒音は、騒音規制法等 の法令で、規制値の範囲内に収めるよう義務付けられ
ている。製油所・工場などにおいては 装置の新設や増設によって騒音は増加す
る一方であり、そのため、計画・設計段階からその影響を予測し、対策を検討
しておくことが不可欠となってきている。
本稿では騒音予測計算 の基礎とその対策について例題を用いて紹介する。
1 はじめに
製油所・工場などの保有する事業者は、その周辺の
環境保全に責があり、そこから発生する騒音が周辺に
与える影響は無視できない問題である。住宅地に近い
事業所は特に配慮が必要であり、装置などの新設を計
画している担当者は、計画段階で騒音が問題になりそ
うかどうか事前に把握できることが望ましい。
本稿では、そのような場合に利用できるように騒音
予測計算の基礎とその検討例について解説する。
2 騒音に関する法令・基準
騒音の規制に関する法律として、
生活環境を保全し、
国民の健康の保護に資することを目的に施行された騒
音規制法(昭和 43 年法律第 98 号)がある。そこでは
工場・事業場の騒音の規制に関して、都道府県知事が
規制する地域を指定し、環境庁長官が定める基準の範
囲内において時間及び区域の区分ごとの規制基準を定
める、としており、具体的には「特定工場等において
発生する騒音の規制に関する基準」
(昭和 43 年 11 月
27 日 厚生省・農林省・通商産業省・運輸省告示第1
号)により、住宅区域、工業区域などの種類および時
間帯の別に騒音の範囲が定められている(表1)
。
表1 特定工場等において発生する騒音の規制に
関する基準(出典:文献1))
2 騒音計算の基礎
2.1 騒音に関する定義
音の大きさの単位は「dB」
、騒音の単位は「dB(A)」
r
と記述し、どちらも「デシベル」と読む。ある音波の
強さと標準音の強さの比を用いて次式で表す。
I
……(1)
L I =10×log 10 I
0
( )
ここで
LI
I0
I
: 音(騒音)の大きさ
: 標準音の強さ
: ある音波の強さ
図1 点音源の半自由空間(Q=2)の音の広がり
(イメージ)
これを式(3)に代入し変形すると、
L r =Lw -8-20×log 10(r)
……(4)
パワーレベルは音源の持つ音のエネルギーを示すも
ので、標準音の強さと音源の出力の比を次式で表す。
……(2)
( )
L w =10×log 10
ここで
W
:I 0 パワーレベル
Lw
W
: 音源の出力の強さ
ある騒音源があったとき、その騒音レベルは距離と
ともに減衰するが、騒音源の形状によって減衰の仕方
は異なる。以下にそれらの関係式を示す。
式(5)より、パワーレベル値は騒音源から 1m の
距離での騒音レベル(機側1m の騒音レベル)に8dB
そのスペックに機側1mの騒音レベルが表示されてい
るので、その値からパワーレベルおよび測定点までの
距離減衰を計算することができる。
式(4)より、点音源について以下のことがいえる。
(1)点音源の距離減衰
騒音源と測定点が十分に離れている場合は騒音源を
点音源とみなしてよい。その場合、騒音源と測定点の
距離と騒音レベルの関係は式(3)で表される。
Q
……(3)
L r =L w +10×log 10
4πr 2
(
Lr
r
Q
……(5)
L w =L 1 +8
を加えた値ということができる。騒音源となる機器は
2.2 騒音の距離減衰
ここで
ここでr=1のとき
)
: 距離rにおける騒音レベル
: 音源からの距離
: 音源の指向係数
自由空間
…1
半自由空間
…2
1/4自由空間 …4
1/8自由空間 …8
・ 騒音源からの距離が2倍になると、騒音レベルは
6dB 低下する。
・ 騒音源から 10m離れた距離の騒音レベルは機側
1mの騒音レベルより 20dB 低下する。
・ 騒音源から 100m 離れた距離の騒音レベルは機
側1mの騒音レベルより 40dB 低下する。
(2)線音源の距離減衰
騒音が長い線状の騒音源から発生する場合は、その
距離減衰を表す式は点音源と異なる。無限長の線音源
の場合、騒音源と測定点の距離と騒音レベルの関係は
式(6)で表される。
ほとんどの騒音検討では、測定点までの距離に比べ
て、騒音源は地面近くに設置されているとみなせるの
で、Q=2と置くことができる。
(図1)
Q
( 4r
)
L r =L w +10×log 10
ここで Q
……(6)
: 音源の指向係数
線音源の場合は1,2,4
(Q=2のイメージは図2)
図3から判るように線音源長が長くなると距離減衰
しにくくなっている。文献1)では(音源の線長さ)/
πの距離までは無限線音源のように減衰し、それ以遠
r
では点音源のように減衰するとしており、図3もそれ
に近い曲線となっている。
図2 線音源の半自由空間(Q=2)の音の広がり
(イメージ)
上記のように、線音源の騒音は点音源の騒音より距
離減衰しにくいので、配管などからの騒音は遠くまで
届く可能性があるため注意が必要である。
なお、音源の種類は点音源、線音源のほかに面音源
式(6)にQ=2を代入し変形すると
L r =Lw -3-10×log10(r)
……(7)
式(7)から線音源について以下のことがいえる。
・ 騒音源からの距離が2倍になると、騒音レベルは
3dB 低下する。
・ 騒音源から 10m 離れた距離の騒音レベルは機側
1m値より 10dB 低下する。
・ 騒音源から 100m 離れた距離の騒音レベルは機
側1m値より 20dB 低下する。
・ 線音源は点音源より緩やかに距離減衰する。
があるが、製油所・工場などの実用的な騒音検討にお
いては、多くの場合点音源とみなせるので説明は省略
する。
2.3 騒音レベルの合成
前記のような方法で、騒音源から任意の距離におけ
る個々の騒音レベルは計算できるが、騒音検討ではそ
れらを合成した場合の騒音レベルが問題となる。
また、
最終的には測定点にすでにある騒音(暗騒音)も加え
た騒音レベルを検討しなければならない。そこで以下
に、個々の要素の騒音レベルから全体の騒音レベルを
合成する計算式を示す。
(3)点音源と線音源の距離減衰の比較
ここで、点音源と線音源の距離減衰の違いを比較し
L=10×Log 10 10(
(
てみる。点音源、無限線音源および有限の長さを持つ
L1
10
)
+10(
L2
10
)
+・・・
)
…(8)
線音源が各々機側 1m で 85dB(A)であった場合の距離
ここで
減衰を計算し比較したものを図3に示す。なお、音源
L
: 合成した騒音レベル
Li
: 個々の音源による騒音レベル
からの距離は図1,2におけるrとした。
100
点音源
線音源(10m)
線音源(50m)
線音源(無限長)
騒音レベル (dB)
90
上記の式(1)~(9)を利用すれば、簡易的な騒音
検討をすることができる。
以下に計算方法の例として、下記の条件で新規に装
80
置を設置する場合における敷地境界での騒音レベルの
70
変化を計算してみる。なお、新設装置は点音源とみな
す。
60
・ 現在の敷地境界の暗騒音
:57dB(A)
・ 新設装置の機側1mの騒音レベル :80dB(A)
50
・ 新設装置と敷地境界までの距離
40
1
10
音源からの距離 (m)
100
図3 点音源と線音源の距離減衰の比較
:20m
式(5)より新設装置のパワーレベルは 88dB(A)と
なり、そこから 20mの距離における騒音レベルを式
(4)より求めると
L 20=88-8―20×log10(20)
……(9)
=54 dB(A)
敷地境界上の騒音レベルを暗騒音から式(7)を用
いて合成すると
騒音源から発生する騒音の周波数毎の騒音レベルは
オクターブバンドレベルと呼ばれ、A特性の補正をし
た値である。音の伝播において、周波数により障害物
(防音壁等)
での透過や回折の状態に違いがあるため、
騒音源のオクターブバンドレベルの数値は騒音シミュ
54
57
( ( 10 ) +10( 10 ) )
L=10×log10 10
=59 dB(A)
レーションや対策検討の際に重要となる。
……(10)
3 騒音の検討例
新設装置により敷地境界の騒音レベルが2dB(A)増
加することがわかる。
多数の騒音源が、一定のエリアにおける騒音レベル
に与える影響を検討したい場合、パソコン上で動作す
る騒音シミュレータを利用すると便利である。以下の
複数の騒音源がある場合の簡易的な騒音計算をする
検討では市販の騒音予測ソフト(システム環境コンサ
ときには、全ての騒音源を点音源とみなし、表計算ソ
ルタント(株)の「固定発生源環境予測プログラムシリ
フトなどを利用して、上記の式(3)~(8)で計算
ーズ~固定発生源騒音予測プログラム」
)
を使用して、
すればよい。
騒音レベル分布を計算している。
2.4 オクターブバンドレベルと騒音レベル
3.1 簡単な事例での対策検討
人間の聴感は周波数毎に異なり、1,000Hz から
図5のような敷地において、82dB(A)の装置を 4 台
4,000Hz は感度が高いが、低音および高音部分では感
設置する場合、敷地境界の騒音レベルの規制値を表1
度が低くなる。そこで、騒音の周波数毎に人間の聴感
の基準に準じて 60dB(A)と仮定して、この騒音レベル
に応じた補正(聴感補正)をすることで、より人間の
以下にするための対策を検討する。ここでは簡単のた
感覚に近い騒音レベルが検討できる。人間の感覚に近
め暗騒音は無視できるものとする。図5の場合の騒音
い聴感補正値としてA特性による補正がある。A特性
レベル分布図は図6に示すが、敷地境界で騒音レベル
による補正は人間の聴感との相関が認められており、
が 60dB(A)を超える範囲が存在していることがわかる。
現在はどんなレベルの騒音に対してもA特性を用いて
測定することになっている2)。A特性の補正値を図4
に示す。
敷地境界
20m
10
補正値 (dB)
0
-10
騒音源
機側1mで82dB(A)が4台
-20
-30
-40
-50
図5 検討例における騒音源配置図
-60
10
100
1000
10000
周波数 (Hz)
図4 A特性の補正曲線
100000
敷地境界
対策無し
対策案① :境界防音壁
対策案②a:近接防音壁
対策案③b:騒音源移動
58
60dB(A)を超えているエリア
70
68
66
64
62
単位: dB(A)
図6 検討例における騒音レベル分布図
敷地境界上で規制値を超えている範囲の騒音レベル
62
騒音レベル [dB(A)]
60
60
58
46
44
ー20
(左)
ー10
0
10
20
(右)
水平方向位置関係 [m]
図9 検討例における対策案の効果
を低減させるため、ケーススタディを行う。
騒音を低減させる方法は図7に示すようなものが考
騒音源を移動させるケースでは、騒音源を敷地境界
えられるが、騒音源に対策を施すケースはここでは省
から離れる方向に約4m移動させると敷地境界の騒音
略し、騒音源を移動するケースと防音壁で防ぐケース
レベルが 60dB(A)以下となった。また、防音壁で防ぐ
について検討した(図8)
。その結果を図9に示す。
場合、敷地境界上に防音壁を設置する場合では防音壁
の長さが約 28m 必要になったが、防音壁を騒音源か
騒音対策
騒音源の対策
ラギング
防音カバー
サポートに防振ゴム
サイレンサー
(消音機)
etc.
騒音源以外の対策
距離(騒音源の移動)
防音壁
アクティブ消音
etc.
ら2m の距離に設置する場合は防音壁の長さは約 6m
の長さですむことがわかった(図 10)
。
敷地境界
58
60
対策案②b
近接防音壁
図7 騒音を低減させる方法
20m
敷地境界
62
64
66
68
70
単位: dB(A)
図 10 検討例における対策案②bの騒音レベル分布
対策案②a
境界防音壁
対策案②b
近接防音壁
対策案①
騒音源の移動
図8 検討例における騒音対策のイメージ
防音壁を用いた騒音対策の場合、可能な限り騒音源
に近いところで対策するすると大掛かりにならず、低
コストですむ可能性が高い。
3.2 装置への適用例
上記の騒音予測プログラムを実際の装置に適用して
騒音検討を実施しているが、本稿ではそのモデルを簡
略化して騒音レベルを検討してみる。
敷地境界の暗騒音を 58dB(A)として、図 11 のよう
な装置を設置した場合に敷地境界の騒音レベルを計算
し、敷地境界の騒音レベルが 60dB(A)以下かどうかを
55
58
(10( 10 ) +10( 10 ) )
L=10×log10
=59.8 dB(A) ( < 60 dB(A) )
……(11)
判定する。騒音源は全て点音源とし、そのデータを表
2に示す。装置の特徴として、構造物1の下に 10 基
敷地境界の合成騒音レベルは 59.8dB(A)と推測され、
の騒音源があり、また、塔1の塔頂には高所騒音源が
60dB(A)以下となるため、対策不要と判断できる。
配置されている。その他の騒音源 10 基は地面に配置
されている。
今回は騒音対策不要という結果であったが、騒音対
策をする場合、以下の観点から騒音対策をする機器を
上記の条件で敷地境界の騒音レベルを計算した結果、
見つけ出すのがよい。
図 12 に示すように、新設装置による騒音の影響は最
・ 敷地境界に近い
大で 55dB(A)であった。
・ 機側1mの騒音レベルが高い(すなわちパワーレ
ベルが高い)
100m
敷地境界
・ 複数の騒音源が1箇所に集まっている
今回のケースの場合、上記の観点からすると騒音源⑤
および建造物1下の騒音源に対して行うことが効果が
新設装置
高いと予想される。
拡大
騒音源
⑤
①
高所の
騒音源
②
③
⑨
⑥
⑦
④
塔1
塔2
⑩
⑧
10m
構造物1
構造物2
表2 装置への適用例における騒音源データ
機側 1m の
騒音源名
台数
高さ
騒音レベル
騒音源①
1台
地面レベル
85dB(A)
騒音源②
1台
地面レベル
85dB(A)
騒音源③
1台
地面レベル
83dB(A)
騒音源④
1台
地面レベル
81dB(A)
騒音源⑤
1台
地面レベル
85dB(A)
騒音源⑥
1台
地面レベル
85dB(A)
騒音源⑦
1台
地面レベル
80dB(A)
騒音源⑧
1台
地面レベル
82dB(A)
騒音源⑨
1台
地面レベル
81dB(A)
騒音源⑩
1台
地面レベル
77dB(A)
構造物1下
10 台 地面レベル
81dB(A)
の騒音源
高所騒音源
1台
38m
82dB(A)
敷地境界
騒音源
45
50
図 11 装置への適用例における騒音源配置
70
100m
上記の敷地境界の騒音レベルと暗騒音を式(9)を用
いて合成して、敷地境界の騒音レベルを算出する。
65
60
55
単位:dB(A)
図 12 装置への適用例における騒音レベル分布
5 おわりに
今回、騒音についての基礎的な計算方法と簡単な計
算例を紹介したが、実装置では運転されたときに予想
外の箇所から予想を超える騒音が発生することがあり
得る。騒音の予測計算をした上で敷地境界上の騒音レ
ベルに余裕がない場合、いくつかの大雑把な騒音対応
策を想定しておくべきである。
最後に、本稿の読者が、将来、装置などの建設を担
当する際に計画段階で騒音が問題になりそうかどうか
留意してもらえるようになれば幸いである。
参考文献
1) 現場実務者と設計者のための 実用 騒音・振動
制御ハンドブック エヌ・ティ・エス(2000)
2) 実務的騒音対策指針(第二版) 日本建築学会
(1994)