園 だより 平成24 年10月30日 佛教大学附属幼稚園 心をグルメにする 園長 藤堂俊英 「ぼくがまだ ことばをすこししか しらなかったころ ぼくはラジオからながれて くることばに ふとみみをかたむけた-うみのははは-そうか おかあさんはうみに …」。 それからというもの、僕は海を見つめながらお母さんを待ち続けた。 時々そっと「かあさん」、と叫びかけた。夕陽が沈んで、ぴちゃぴちゃ波の音だけになっ ても、それでも僕は待ち続けた。でもお母さんは来なかった。僕は夜道を帰って行く。 「それから何年してからだろう ぼくはすこし じぶんをわらった 海の母じゃなくて 生みの母だったんだ」。そして今、父になった僕は、息子が傍らで「おかあさ~ん」と呼 ぶ声を耳にする。それを聞きながら、今は元気にやっている僕は、小さかった頃の僕に語 りかける。 「きみはかあさんから生まれたんだよ」と。 これは幼い日に母をなくし、継母にいじめられ、家出をし、絵本作家になった内田麟太 郎さんの『おかあさんからうまれたんだよ』の粗筋です。内田さんは家出をしてから30 数年後、たまたま帰省し母と二人きりになった時のことを次のように書いておられます。 「母が〈麟ちゃん、愛さなくてごめんね〉といった。私は〈もういいよ〉といった。 春風だけが凍土を溶かすだろう。私の、いや私の中の少年のこころは、そのひとことで溶 けていった。そして私はお母さんの話を書いていた……」。 その内田さんの絵本『おかあさんになるってどんなこと』は、幼いうさぎの女の子と男 の子がお母さんごっこをして遊ぶ話です。男の子のター君が繰り返す、「おかあさんにな るってどんなこと」という問いかけに、女の子のミミちゃんは、まず「こどものなまえを よぶことよ」と答えます。それから「こどもとてをつないであるくことよ」とか「しんぱ いすることよ」とか、最後には「ぎゅっとだきしめて、おもわずなみだがでることよ」と 答えていきます。 絵本に添えられている言葉は、簡潔で分かりやすく、ぬくもりがあります。 そうした洗練された言葉に慣れ親しむことが、 私たちを成熟した心のグルメにしてくれるのだと思います。
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