レーザーの原理と 疼痛治療への応用

レーザーの原理と
疼痛治療への応用
The Principle of Laser and
Its Application to Pain Treatment
東邦大学医療センター佐倉病院
麻酔学研究室 准教授
井手 康雄
Yasuo Ide
レーザー(light amplification of stimulated emission of radiation:LASER)
とは「放射の誘導放出による光の増幅」の意で,同一波長,同一位相の光を発生させる.
水の吸収波長とヘモグロビンの吸収波長の谷間の波長(790〜904nm)が疼痛治療
に最適と考えられている.組織に可逆性変化をもたらす光作用により,神経に対する
直接的抑制作用と血流増加作用による発痛物質の洗い出し効果,交感神経過緊張に対
する交感神経正常化効果などで鎮痛効果をもたらす.
治療対象疾患は,整形外科的疾患,血流障害,神経障害性疼痛などである.危険な
副作用はない.使用上の注意は,保護メガネの着用である.即効性に乏しいが,有効
性が高くしかも安全性も高い治療法であり一層の普及が望まれる治療法である.
レーザーの原理
E3
レーザー(light amplification of stimulated emission
E2
励起準位
of radiation:LASER)は,日本語に訳すと「放射の誘
導放出による光の増幅」となり,その原理は原子核の周
E1
囲の電子の持つエネルギーを変化させて同一波長,同一
位相で同一方向に進む光線を発振させることである1, 2).
光エネルギー
原子核の周囲を回る電子は,エネルギーの低い基底準位
励起
から,エネルギーを吸収して高エネルギーの励起準位に
移る.このとき,励起準位は不連続的な値しかとれない
E0
ことが知られている(図 1 )1).外からのエネルギーを吸収
して励起状態になった原子は短時間でエネルギーを光子
として放出し,基底状態に戻る(自然放出)
.励起状態に
56
(2280) Basics
図1
基底準位
基底準位と励起準位と光エネルギーによる
電子の励起
ある原子に自然放出による光子がぶつかると,同じ位相,
レーザー光は,単一波長で,指向性が高く,エネルギー
同じ周波数の光子を 2 個放出する(誘導放出)(図 2 ).
密度が高い,という特徴がある.
鏡で光を反射し,対抗する位置に部分反射鏡を置いて反
現在疼痛治療に使用される低出力レーザー治療器は,
射させるようにする.外部からエネルギーを加えて励起
半導体でレーザー光を発生させている.使用される半導
状態の原子を多くすると,誘導放出で生じた光子が他の
体は,ガリウム(Ga),アルミニウム(Al),ヒ素(As)を
原子と衝突して光子を増やす形となり,同一波長,同一
用い,N型および P 型Ga-Al-AsによってGa-Asの活性領
位相で鏡に直角に進む光が増幅されることになる 1, 2).
域が挟まれた構造になっている(図 3 )1, 2).N型側に−,
P 型側に+の電圧をかけて電流を流すと,屈折率の高い
活性領域で発生したレーザー光は電極と平行に進行し,
両端が鏡面のため反射されて増幅されることになる1, 2).
(a)
疼痛治療に使用されるレーザーの波長と出力
生体のレーザーへの反応は,エネルギーが増すにつれ,
光作用,凝固,炭化,蒸散と変化してゆく.最も弱いエ
ネルギーレベルの光作用が,疼痛治療に利用されている.
光の波長に関しては,なるべく吸収されず組織の奥
(b)
まで到達することが望ましいため,水の吸収波長とヘモ
グロビンの吸収波長の谷間にあたる近赤外領域の波長
.
(790〜904nm)が最適と考えられている(図 4 )
Ga-Al-As半導体レーザーは830nm前後の波長の近赤外
光を発振するので,疼痛治療への利用に適している1, 2).
可逆的な光作用の利用なので,強いエネルギーは使用
(c)
できないため,数10mW単位の連続出力型のものが使用
されていた.有効性を高めるために,深達力が必要だ
が,深達力はエネルギー密度に比例する.このため,
徐々に出力の大きな機種が発売されるようになり,連続
出力型として最高出力は1000mWの製品があった.現在
(d)
では,ピーク出力10W×20ms,休止時間180ms,平均
出力1000mWという安全かつ深達力の強いレーザー光を
パルスとして出力する機種が利用されている.
+電極
原子核
電子
基底状態
励起状態
光エネルギー
クラッド層
(p-Ga2Al1-x As)
活性層
(p-GaAs)
レーザー光
図2
−電極
原子での電子の状態と光エネルギーの関係
(文献 1より引用・改変)
(a)基底状態の電子を持つ原子,
(b)励起状態の電子を持
つ原子,
(c)自然放出を起こした原子,
(d)誘導放出を起
こした原子
クラッド層
(n-GaAl1-x As)
図3
基板結晶
(n-GaAs)
半導体レーザー発振器の構造
(文献 1より引用・改変)
Anesthesia 21 Century Vol.12 No.1-36 2010 (2281) 57
疼痛治療に使用されるレーザーの生理的作用
片岡は,膜電位の過分極と膜抵抗の減少が生じることか
らK+ チャネルの開口によるK+ の透過性の増大によって
低出力レーザーの作用には,神経に対する直接作用と
起こると述べている6).
神経障害性疼痛に対する効果,血流に対する効果,交感神
経系に対する効果,およびその他の効果が知られている.
3. 血流に対するレーザー光の効果
1. 神経に対するレーザー光の直接効果
Maegawaら7)は,ラットの腸間膜動脈に低出力レー
Tsuchiyaら3)は,ラットの伏在神経に半導体レーザー
ザー光を照射して,血管径,赤血球速度,血流の全てが
光を照射して,Aδおよび C 線維の活動を選択的に照射
増加することを報告した.この変化にはある程度のエネ
時間依存的に抑制すると報告した.さらに,Tsuchiya
ルギーが必要であり,作用機序としては初期の血管拡張
ら4)は,ピンチ刺激,寒冷刺激や熱刺激による神経興奮
にはNOが関与しているが,主なメカニズムは血管平滑
が伏在神経への半導体レーザー光照射によって抑制され
筋細胞内のCa2+ を減少させることであると報告した.
たが,ブラシ刺激による神経興奮は抑制されなかったこ
4. 交感神経系に対するレーザー光の効果
とを報告した.
交感神経系に対する効果について,吉澤ら8)は,ヘリ
2. 炎症性疼痛モデルに対するレーザー光の効果
ウム(He)-ネオン(Ne)レーザー光を星状神経節近傍に
4)
Tsuchiyaら は,さらにテレピン油の皮内投与のもた
照射し,上肢の痛み,しびれ,冷感の強い患者の上肢皮
らす一次痛覚過敏による自発発射の増加が同側の腓腹神
膚温の有意な上昇がみられたが,健常人ではそのような
経への半導体レーザー光照射のみによって抑止されるこ
変化がみられなかったことを報告した.現在,レーザー
とを報告した.そしてこのレーザー光照射は,カプサイ
光による疼痛治療において交感神経系の過緊張は正常化
シン処理されたラットにテレピン油の皮内投与の効果に
されるが,それ以上の交感神経抑制効果はないという説
影響しないことから,侵害受容性神経活動のみを選択的
が一般的である.
に抑制すると結論づけた.
5. その他の効果
Satoら5)も,テレピン油の皮内投与による腓腹神経の
自発発射増加に対する同側半導体レーザー光照射の抑止
整形外科的有痛性疾患に対しては,二重盲検試験に
効果を報告した.さらに,神経伝達速度による検討で,
よってその有効性を確認した報告がある9, 10, 11).原田ら9)
一次痛覚過敏によるAδ,Aδ/C,C 線維の有意な増加と
は,1000mW半導体レーザーを変形性膝関節症,脊椎症,
その増加がレーザー光照射によって正常化されることを
肩関節周囲炎などに使用して,二重盲検試験で73.5%の
報告した.
有効率を報告した.また,Chowら10)は,300mW,830nm
のレーザー光を慢性頸部痛の患者に照射し二重盲検試験
このような神経の興奮抑制効果の作用機序について,
吸収係数に等価(mmol/g)
100
最適な発振波長域
830 nm
50
水の吸収波長域
ヘモグロビン
の吸収波長域
790nm
904nm
0
400
600
800
1,000
波
58
(2282) Basics
1,200
長(nm)
1,400
1,600
図4
水の吸収波長とヘモグロビン
の吸収波長と望ましい低出力
レーザーの波長の関係
(文献 2 より引用・改変)
でその有効性を確認したと報告した.佐伯ら11)は,10W
半導体パルスレーザー照射装置を骨・筋肉の有痛性疾患
細川 12)は帯状疱疹関連痛の治療における低出力レー
ザーの使用法について,
に使用し,二重盲検試験で有意な鎮痛効果がみられ,有
①疼痛部位および神経の走行に沿って照射する.
効率は79%であったと報告した.
②顔面,頸部,上肢,上部胸椎レベルでは,星状神経
節近傍照射を併用する.
疼痛治療には,神経に対する直接的抑制作用と血流増
加作用による発痛物質の洗い出し効果による鎮痛効果
と,交感神経過緊張性疼痛に対する交感神経正常化効果
を作用機序とした鎮痛効果とが期待できる.
③胸郭,腹部,下肢には1000mW,10Wパルスレーザー
の場合は神経根領域も照射するとよい.
④ブロックと異なり即効性に乏しいので患者によく説
明する必要がある.
などの具体的な使用法を述べている.
疼痛治療への使用法
治療の対象疾患は,一般的には整形外科的疾患,血流
その他の有痛性疾患についても同様の方法で使用すれ
ばよいと考えられる.
障害,神経障害性疼痛など多岐にわたる.副作用として
は,局所の軽度熱傷,ふらつき,倦怠感程度であり,20
以上,レーザーの原理と疼痛治療への応用について述
年以上の臨床使用経験から重篤な合併症を起こすことは
べた.今後抗血小板療法などで神経ブロックが禁忌とな
ないと考えられている.使用上の注意としては,光線が
る患者数は増えると考えられる.また,即効性に乏しい
直接目に入ると危険なので保護メガネを使用することが
が,有効性が高くしかも安全性も高い治療法であり一層
重要である.
の普及が望まれる治療法である.
■ 参考文献
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Anesthesia 21 Century Vol.12 No.1-36 2010 (2283) 59