自殺多発するフランステレコムの闇 -週35時間制がストレスの温床か

Bloomberg.co.jp
2010.1.25
自殺多発するフランステレコムの闇
-週35時間制がストレスの温床か
1月25日(ブルームバーグ):フランシス・ルブラ(56)氏はパリのオ
フィスの壁にある組織図から自身の名前が消えた時、社内失業したことを知っ
た。2008年、ルブラ氏の雇い主であるフランステレコム は、インターネッ
トが主流になる前の情報サービス「ミニテル」のソフトウエア作成者であった
同氏の職種を廃止した。給料こそ支払われているものの、肩書きは与えられず、
同僚から避けられる存在になったとルブラ氏は話す。
現在は抗うつ薬を飲みながらパリ郊外の自宅で病気休暇中のルブラ氏は、
「突
然、わたしは何者でもなくなった。同僚は目をそらし、わたしがそこにいない
かのように振る舞った。自殺を考えたこともある」と心情を吐露した。
ルブラ氏は妻と3人の子供のおかげでフランステレコムの自殺者リストに名
前を連ねずに済んだ。国有企業だったフランステレコムは今でも国が27%の
株式を保有する。同社によると、2008年1月以来、自殺した従業員は34
人。労働組合や遺族は仕事に絡んだストレスを原因に挙げている。
ステファニーとだけしか公表されていない32歳のフランステレコム従業員
が同社の窓から飛び降り自殺した4日後の昨年9月15日、サルコジ政権が介
入。ダルコス労働相は同社のディディエ・ロンバール最高経営責任者(CEO)
に対し、職場のストレス緩和と自殺予防策を労組と協議するよう命じた。
自殺率はG8で3位
フランスでは同社の自殺者急増が同国全土の職場での不満を反映したものか
どうかをめぐって全国的論争が巻き起こった。フランスは週35時間労働、夏
休みは1カ月という国ではあるが、人口10万人に占める自殺者の割合は20
05年に17.6人と、主要8カ国(G8)の中ではロシア、日本に次ぐ3位。
職場での自殺はフランステレコムに限ったことではない。自動車メーカー、
ルノー のパリ郊外にある技術開発センターでは06年遅くから07年早くに
かけた4カ月間に3人の従業員が自殺。金融業界の労組によると、08年には
フランスの銀行で働く12人の従業員が仕事に関係したストレスが直接の原因
で自殺した。
精神科医で、雇用者や労組に仕事絡みの精神的苦痛を減らす方策をアドバイ
スする企業、スティミュリュスの最高経営責任者(CEO)でもあるパトリッ
ク・ルジェロン氏は、直接的なやりとりが少なく人間味のないフランスの経営
文化が、争いの多い張り詰めた職場を生み出していると指摘する。
同氏は「フランスでは経営幹部は学歴が重視され、人をうまく管理するより
も技術的な有能さが期待されている」と指摘、「フランス人マネージャーにと
って人間関係の処理は二の次だ」と分析している。
週35時間制の副作用
フランスでは2000年から大企業で週35時間制の導入が義務付けられ、
中小企業も02年から始まった。労働者の健康診断を実施する医療関係者の全
国組織の責任者であるベルナール・サラングロ氏は、週35時間制が財務目標
の達成を目指す管理者と、従業員の間の摩擦を強めているとみる。
さらに「雇用主は失われた5時間を取り戻そうと従業員にさらなる結果を求
める。それが職場でのストレスと暴力が増加する温床になっている」と話す。
労働時間は短縮してもフランスは競争力を維持している。経済協力開発機構(O
ECD)によると、08年に欧州連合(EU)主要国の中でフランスは時間当
たりの生産性が最も高かった。時間当たりの国内総生産(GDP)で米国を1
00とすると、フランスは98.2。ドイツは92.8、英国が83.1、イタリ
アは73だった。
労組と労働者、学識経験者の見解によると、フランステレコムでは世界的な
競争激化に労働者保護の法律が相まった結果、過酷な企業文化が醸成された。
10万3000人超の同社従業員の3分の2は公務員と見なされ解雇されない。
それでも同社はフランス国内で06年以降、約1万5000人を削減している。
パリ・アメリカ大学のビル・スチュワート教授(経営学)は「フランステレ
コムはこれまで自主退職や定年退職、早期退職で人員を削減してきたが、もう
古い方法ではしのげなくなっている。管理職は従業員を削減するよう明らかに
圧力を受けているが、そう簡単には削減できない」と述べた。
ルブラ氏は長期静養の後、オンライン検索に取って代わられた「ミニテル」
のメンテナンスチームの一員として職場復帰するのを心待ちにしていると言う。
それでルブラ氏は自信を取り戻すかもしれないが、フランステレコムがグロー
バルな競争力を維持することには、ほとんど貢献しないだろう。