本学部学生のスポーツ活動と感情・ 疲労自覚症状の

123
本学部学生のスポーツ活動と感情・
疲労自覚症状の関係
―大学運動部およびスポーツ系サークル活動参加の有無に基づく比較―
水落 文夫(体育学科・教授)
水上 博司(体育学科・教授)
野口 智博(体育学科・教授)
金野 潤(体育学科・准教授)
田中 輝海(九州大学大学院人間環境学部
行動システム専攻博士後期課程)
竹内 雅明(法学部・非常勤講師)
はじめに
大学生の授業受講に際して,久しく学習意欲の低下が問題視されてきた。学習の動機づけ
を高め,学習行動を方向づけるまでに至らない現状に対して,一時的に喚起される状態的意
欲を高めるための工夫がなされている。しかし,学生の中には授業の開始とともに学習する
態度を見せない者も少なくなく,目標操作や方法の工夫だけでは限界があるように思われ
る。いわゆる,授業に対してやる気のない学生の増加が認められ,個人における学習に対す
る比較的一貫して持続する特性的意欲の低下が危惧される。
教育場面においては,青年の基礎体力や様々な意欲の低下,根気のなさ,姿勢の悪さなど
の問題が顕在化してきているという指摘(塩見・吉野,1990)がある。その背景には,様々
な理由に基づく生活習慣の乱れがあり,それが疲労回復の機会を奪い,健全な発達と生活に
おける意欲に悪影響を与えていることが仮定される。すなわち,学生の学習意欲の低下問題
は,持続的な態度や傾向としてとらえた特性的意欲の側面から検討する必要がある。大まか
な疲れの程度を評定する疲労感,あるいは「ねむけ」などの具体的な疲労症状のいずれにお
いても,大学生が感じる日常の疲労が増加している傾向が示されている(たとえば,松田,
1997;門田,1992;山王丸ら,2003)
。むしろ,学習意欲と態度の問題は,学生の生活習慣や
ライフスタイルに解決の糸口があるように思われる。
疲労自覚症状に影響する具体的な関連要因については,学生を中心とした青年期・成人期
を対象に,睡眠,食事,アルバイト,サークル活動,運動,喫煙,飲酒などの生活習慣要因
124
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
から,心理的ストレッサーや健康感などの心理的要因まで,広範な研究が展開され,その実
態と生活習慣の具体的改善を提案する知見が蓄積されつつある。その中で,適度な運動習慣
が日常の疲労低減に関連することを示唆する報告がみられる(たとえば,小林ら,1999a;光
岡ら,
;山王丸ら;2003)
。しかし,週 3 回以上の運動が疲労症状の訴え率を高めること(光
岡ら,1998)
,さらに運動実施頻度が疲労自覚症状に及ぼす影響は全般的に低いとする指摘
(小林ら,1999b)もあり,習慣的運動と疲労自覚症状の関係は,関連条件が整理されないま
ま一貫した傾向が得られていない。
日常的な疲労症状の改善に運動・スポーツが影響するのであれば,2 つのプロセスが考え
られる。一方は,長期的な運動習慣により身体的・機能的適応を促すことで,機能不全や疲
労症状を起こす閾値までの余裕が増大する。すなわち,疲労に対して増強された身体的耐性
が媒介するプロセスであり,このプロセスは容易に想定される。他方,活発な運動やスポー
ツ活動が習慣化することで,運動・スポーツ実施中とその後の感情表出および長期的にみた
感情特性が改善し,疲労自覚症状を緩和するというプロセスも考えられる。しかし,後者の
プロセスについて,ポジティブ感情に注目した検証は十分に行われていない。たとえば,日
常における適正な習慣的運動が基礎体力を増強させ,それに伴ってポジティブ感情特性を高
め,意欲低下といった疲労自覚症状を緩和することが推測される。逆に,現状でよく確認さ
れる貧弱な運動習慣が,学生の基礎体力を低下させ,それに伴ってネガティブ感情特性を高
めることで,様々な意欲の低下を顕在化していることも推測される。荒井ら(2003)は,身
体活動評価表を用いた調査により,大学 1 年生の中等度以上強度の主な運動行動は,クラブ
やサークルに参加することによると報告している。すなわち,運動部活動やスポーツ系サー
クル活動などの学内スポーツ活動に参加するかどうかが,学生の習慣的運動実現の機会に
なっており,そのことが日常的に感じる感情や疲労症状に影響している可能性がある。
感情特性に注目したプロセスに関連して,ビドル・ムツリ(2005)は,いくつかのメタ分
析や調査・実験結果を整理して,運動と身体活動への参加は,不安や抑うつの低減,および
肯定的気分や肯定的感情と一貫して関連しており,時間経過とともに心理的安寧と関連する
と結論づけている。さらに,Fredrickson(2001)は,提唱したポジティブ感情の拡張―形成
理論の中で,ポジティブ感情の機能を,個人の注意,認知,行動のレパートリーを広げ,そ
の後の身体的,知的,社会的な個人資源の継続的な形成としている。したがって,このポジ
ティブ感情特性が高ければ,豊富な個人資源を基盤に,日常的に好奇心の喚起と高い意欲の
維持も実現できそうである。
本研究では,山崎(2006)や阿久津(2008)の報告を参考に,ポジティブ感情とネガティ
ブ感情を一次元の両端ではなく独立した感情として扱う。また,大学生活を通じて起こる
様々な出来事に対して,青年期の感情表出の起伏は大きいと思われるが,その背後で緩やか
に流れている日常的感情(速水,2000)に注目している。日頃感じる持続的で偏在的な生活
感情には肯定感情と否定感情がある(内田,1990)とされ,落合(1993)は大学生の代表的な
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
125
生活感情として 30 の感情を選定しており,そこでも明るい肯定的な評価を与えられる感情
群と,暗いと否定的な評価を受ける感情群の 2 群に分かれることを示している。本研究は,
日常的感情を構成する両感情を,長期にわたる安定した性質で,特定の同じ感情を経験しや
すいかどうかの個人的傾向である感情特性(古賀,2003)として評価する。ポジティブ感情
とネガティブ感情に関しては,その多くの研究が状態よりも特性的な感情を扱っている。同
様に,本研究も特性的感情を扱うことから,感情と疲労自覚症状の関係については,感情か
ら疲労自覚症状という方向での因果関係を想定して検討する。
そこで,本研究は青年期の習慣的運動がポジティブ感情特性を高め,日常の疲労自覚症状
を緩和するという仮説モデルを設定し,この根拠となる基礎的資料を収集するため,大学生
の主な運動機会である運動部活動やスポーツ系サークル活動参加の有無と,特性的感情およ
び疲労自覚症状の関係を検討することを目的とした。
方 法
1.調査対象
本学部に在籍する 1 年生男女 581 名を調査対象とした。このうち感冒などにより,ここ 2
週間の体調が不良と申告した者,および回答に不備があった者を除く 375 名(男性 201 名,
女性 174 名,年齢 18.4 ± 0.7 歳)を分析対象とした。分析対象者の所属学科は,人文系 6 学科,
社会系 3 学科,理学系 7 学科の本学部全学科に分かれた。
2.調査方法
調査は平成 23 年に実施した。時期は新入生の部活動およびサークル活動の習慣が安定す
る 6 月と,長い夏季休暇の影響が少ない 11 月であった。調査方法は質問紙による自記式調査
であり,プロフィールに関する項目と 3 つの心理尺度で構成されたアンケート冊子「大学生
の学ぶ意欲の調査」を用いた。調査は大学の授業時間を利用した集合法により行った。授業
時間は,週末や当日の身体的作業負荷や精神的作業負荷による疲労の影響をなるべく避ける
ために平日木曜日の午前中 1 時限目であった。質問紙には,研究の目的と方法および調査結
果の匿名性に関して記載するとともに,同様の内容を口頭で説明して調査協力を依頼した。
回答は調査協力に同意した者のみが行い,回答終了後すぐに調査冊子は回収された。回答に
要した時間は 20 分程度であった。そして質問紙に回答されたすべての情報は符号化して,
個人を特定できないように配慮した。
3.調査項目
(1) プロフィール
調査項目は,人口統計学的基礎要因 4 項目(氏名,年齢,性別,学年),定期的な運動・ス
ポーツ活動の要因として運動部活動あるいはサークル活動に関する 4 項目(現在の運動部・
126
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
サークル活動継続の有無と種目名称等,競技レベル:出場大会のレベルと試合出場の有無,
スポーツ活動経験:小学校から大学の各学期における運動部・クラブ活動参加の有無と年数,
運動部・サークルの週間活動頻度)であった。
(2) 身体的健康度
健康度評価に関連する日常生活の種々の要因は,疲労自覚症状の訴えに反映するという示
唆(小林ら,1999)を受けて,日常生活に関する 3 項目(起床時間,睡眠時間,朝食摂取)と,
自覚的健康感に関連する 3 項目(熟睡度,朝の体調,朝の食欲)について調査した。いずれ
の項目も回答に際して,習慣的な状況を評価するために,
「ここ 1 カ月のこと」を想定させた。
なお,自覚的健康感 3 項目はいずれも 6 件法で評定させた(熟睡度:「0:ぜんぜん眠れない」
∼「5:よく眠れる」
,体調:
「0:ぜんぜんよくない」∼「5:すごくよい」,食欲:「0:ぜん
ぜんない」∼「5:すごくある」
)
。
(3) 日本語版 PANAS(Japanese version of Positive and Negative Affect Schedule)
快と不快が独立した次元を構成するという立場(たとえば,Watson and Tellegen,1985)に
基づき作成された PANAS 感情尺度(Watson et al.
,1988)を,佐藤・安田(2001)が邦訳し
て再構成した日本語版 PANAS(以降,PANAS)を,ポジティブ感情(PA:Positive affect)と
ネガティブ感情(NA:Negative affect)の評価に用いた。PANAS は,
「活気のある」
,
「誇ら
しい」など 8 項目で評価される PA 因子と,
「びくびくした」,「おびえた」など 8 項目で評価さ
れる NA 因子の 2 因子構造をなしている。想定した両因子の独立モデルに対するデータ適合
度,尺度の安定性と因子の内的一貫性,さらに気分導入下での評定値の分析から,心理尺度
としての十分な信頼性と妥当性が確認されている(佐藤・安田,2001)
。
回答は,特性的感情を評価するために,
「普段のあなたの気分を評定」することを教示して,
すべての質問項目に対して,
「1:まったく感じていない」から「5:非常に感じている」まで
の 5 件法で評定させた。因子得点は 8 ∼ 40 点の範囲に分布し,その感情を強く感じているほ
ど高得点になるように配点した。なお,佐藤・安田(2001)が作成した日本語版 PANAS で
は「1:まったくなかった」から「6:いつもそうだった」の 6 件法であったが,予備調査の
結果,
「ときどきは」と「しばしば」の区別,および「ほとんどいつも」と「いつも」の区別が
困難であるとの指摘が多かったことから 5 件法を採用した。その後,採用した評定法で得ら
れたデータを検証的に因子分析(最尤法,プロマックス回転)することで,同様の 2 因子構
造を確認した。
(4) 青年用疲労自覚症状尺度(SFS-Y:Subjective Fatigue Scale for Young Adults)
この尺度は,日本産業衛生協会疲労研究会(1970)によって作成された「自覚症状しらべ」
を基礎に,小林ら(2002)が開発した疲労の自覚症状を評価する尺度である。6 つの因子(「集
中思考困難」因子:
「集中力がない」などの 4 項目,「だるさ」因子:「足がだるい」などの 4 項
目,
「意欲低下」因子:
「元気がない」などの 4 項目,「活力低下」因子:「座りたい」などの 4
項目,
「ねむけ」因子:
「あくびがでる」などの 4 項目,「身体違和感」因子:
「目が疲れている」
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
127
などの 4 項目)の 24 項目で構成されている。SFS-Y は,想定した構造モデルに対するデータ
適合度と外的基準との関連性から構成概念妥当性が支持されている(齋藤ら,2003)。そして,
尺度の安定性と因子の内的一貫性,および因子的,収束的妥当性などが一連の検証(たとえ
ば,小林ら,2001)により確認され,心理尺度として十分な信頼性と妥当性が得られている。
また,複雑な疲労自覚症状を評価するために多次元尺度が有効とする指摘(Piper et al.,
1998)に基づき,青年期の学生を対象に学校生活の疲労を捉えることを目的に開発された
SFS-Y は,運動・スポーツ活動をあつかう体育学における疲労自覚症状尺度の代表として位
置づけられる(出村,2007)
。
回答は,
「ここ 2 週間,風邪などの病気にかかった」かどうかといった病気の有無を確認し
た後に,
「最近(2 週間程度)のあなた」と想定して日常生活で自覚する疲労症状を評価する
ことを教示し,すべての質問に対して「1:まったく感じない」から「7:非常に感じる」ま
での 7 件法で評定させた。因子得点は 4 ∼ 28 点の範囲に分布し,その症状を強く自覚してい
るほど高得点になるように配点した。
4.データ処理
まず,すべてのデータを男女別に分類した。そして,身体的健康度の睡眠時間,PANAS
の 2 因子(PA,NA)
,SFS-Y の 6 因子(集中思考困難,だるさ,意欲低下,活力低下,ねむけ,
身体違和感)のそれぞれで,男性と女性の平均値を求め,対応のない t 検定により両群の差
を検定した。自覚的健康感の熟睡度,朝の体調,朝の食欲の 3 項目については,男女別の度
数データ(カテゴリ 0 の度数が 5 以下の項目があったため,カテゴリ 0 と 1 の度数を合計し,2
× 5 分割表とした)をもとにχ2 検定による独立性の検定を行った。
次に,現時点での運動部・サークル活動継続を基準に,分析対象者を 3 群に分類した。非
活動群とした 171 名(男性 83 名,女性 88 名)は,いずれの運動部・サークルにも所属してい
ない学生であった。運動系群とした 140 名(男性 86 名,女性 54 名)は,運動部(N 大学保健
体育審議会所属)あるいはスポーツ系サークルに所属して,1 ∼ 6 回/週,1 ∼ 6 時間/日の
頻度でスポーツ活動を定期的に行っている学生であった。それぞれの対象者が活動するス
ポーツ種目は 27 種目に及んでいた。文化系群とした 64 名(男性 32 名,女性 32 名)は,本学
部の学術系,文化系,音楽系の3系に分類されるサークルに所属している学生であった。なお,
運動系群と文化系群の両者に当てはまる学生は運動系群に分類した。
これら運動部・サークル活動別3群のPANASの2因子とSFS-Yの6因子の得点平均値を求め,
各因子の 3 群の差を対応のない一要因分散分析によって検定した。なお,分散分析に有意な
主効果が認められた場合には,事後検定として Bonferroni の多重比較検定を行った。次に,
特性的感情と疲労自覚症状の関係性について,3 群ごとに各因子間の相関分析(Pearson の積
率相関係数)を行った。さらに,特性的感情の疲労自覚症状に対する寄与率を求めるために,
PANAS の 2 因子を独立変数,SFS-Y の 6 因子を従属変数として,ステップワイズ法(投入:
128
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
F ≦ .05,除去 F ≧ .10)による重回帰分析を行った。
すべての統計分析には,統計解析ソフト SPSS Statistics 19 を用いた。有意水準は 5%未満
に設定した。
結 果
1.性差
(1) 身体的健康度
図 1 に,男女別の睡眠時間の平均値を示した。男女とも睡眠時
8
間は 6 時間程度で,平均値の差を t 検定により検定したところ,
7
両群に有意な差は認められなかった。
6
朝の食欲)のカテゴリ回答率を示した。比較的肯定的な回答(3
5
時間
図 2 ∼図 4 に,男女別の自覚的健康感 3 項目(熟睡度,朝の体調,
4
3
∼ 5)の比率はいずれも 70%を超えていた。各カテゴリ回答数に
2
ついて,χ2 検定により独立性の検定を行ったところ,いずれの項
1
目も男女間の回答比率に有意な差は認められなかった。
0
(2) 特性的感情
男性
図 5 に,PANAS 両因子の得点平均値を男女別に示した。平均値の
女性
図 1 男女の睡眠時間
差を t 検定により検定したところ,PA 因子に有意な差は認められ
なかった。NA 因子には有意な差(t (373)=1.989,p=.047)が認めら
れ,女性に比べ男性の方が高い値を示した。
ぜんぜん 0 - 1 - 2 - 3 - 4 - 5 すごくよい
よくない
ぜんぜん 0 - 1 - 2 - 3 - 4 - 5 よく眠れる
眠れない
男性
5
37%
0 1
2
3% 4%
5%
男性
3
21%
5
7%
0
5%
1
8%
ぜんぜん 0 - 1 - 2 - 3 - 4 - 5 すごくある
ない
男性
4
24%
5
15%
0
7%
2
17%
1
6%
2
11%
4
28%
女性
5
40%
4
30%
0 1
0% 3%
女性
2
13%
3
14%
4
28%
5
6%
3
39%
0 1
2% 4%
3
33%
2
14%
女性
5
20%
0 1
2% 5%
4
27%
4
30%
図 2 熟睡度
(ここ 1 ヵ月)
3
29%
3
46%
図 3 朝の体調
(ここ 1 ヵ月)
2
17%
図 4 朝の食欲
(ここ 1 ヵ月)
129
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
男性
男性
女性
女性
25
*
20
20
得点
因子得点
30
15
10
10
5
0
0
PA
集中思考
困難
NA
*:p<.05
図 5 男女の特性的感情
非活動
30
運動系
だるさ
意欲低下
ねむけ
身体違和感
図 6 男女の日常の疲労自覚症状
文化系
非活動
*** ***
運動系
文化系
25
*
20
20
因子得点
因子得点
活力低下
10
15
10
5
0
0
PA
NA
***:p<.001
図 7 運動部・サークル活動別
3 群の特性的感情
集中思考困難
だるさ
意欲低下
活力低下
ねむけ
身体違和感
*:p<.05
図 8 運動部・サークル活動別 3 群の日常の
疲労自覚症状
(3) 疲労自覚症状
図 6 に,SFS-Y 各因子の得点平均値を男女別に示した。平均値の差を t 検定により検定した
ところ,すべての因子で有意な差は認められなかった。
2.運動部・サークル活動別 3 群の特性的感情と疲労自覚症状
(1) 特性的感情
図 7 に,運動部・サークル活動別 3 群の PANAS 両因子の得点平均値を示した。平均値の差
を一要因分散分析により検定したところ,PA 因子に有意な主効果(F(2,372)=18.061, p=.000)
が認められた。多重比較検定の結果,運動系群と非活動群(p=.000)
,運動系群と文化系群
(p=.000)の群間に有意な差が認められ,いずれも運動系群が高い値を示した。NA 因子に有
意な主効果は認められなかった。
(2) 疲労自覚症状
図 8 に,運動部・サークル活動別 3 群の SFS-Y 各因子の得点平均値を示した。平均値の差
を一要因分散分析により検定したところ,
「意欲低下」因子に有意な主効果(F(2,372)=4.173,
p=.016)が認められた。多重比較検定の結果,運動系群と文化系群(p=.036)の群間に有意な
差が認められ,運動系群が低い値を示した。その他の因子に有意な主効果は認められなかった。
130
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
表 1 特性的感情と日常の疲労自覚症状の相関関係(Pearson の積率相関係数)
非活動
運動系
文化系
PA
集中思考困難
- 0.188*
だるさ
意欲低下
活力低下
ねむけ
身体違和感
0.478**
- 0.098
0.436**
- 0.336**
0.547**
- 0.137
0.377**
- 0.085
0.369**
NA
- 0.009
0.310**
PA
- 0.242**
- 0.177*
- 0.416**
- 0.364**
- 0.107
- 0.037
NA
**
0.476
0.490
0.474
0.321
0.371
PA
*
- 0.272
- 0.081
0.429**
NA
0.482**
**
**
- 0.370
0.524**
**
**
- 0.260
0.333**
*
**
0.316**
- 0.133
0.233**
- 0.177
0.383**
*
:p<.05 **:p<.01
3.特性的感情と疲労自覚症状の関係
(1) 相関分析
表 1 は,運動部・サークル活動別 3 群の,PANAS 両因子と SFS-Y 各因子の因子間相関関係
(Pearson の相関係数)を示したものである。運動系群では,PANAS の PA 因子と SFS-Y の「集
中思考困難」
,
「だるさ」
,
「意欲低下」
,
「活力低下」の 4 因子に有意な負の相関関係(弱い関
係∼中程度の関係)が認められた。同様に,これら PA 因子と 4 因子の関係について,非活動
群は「だるさ」と「活力低下」因子,文化系群は「だるさ」因子との間に有意な相関関係が認
められなかった。なお,PA 因子と「ねむけ」
,
「身体違和感」因子の間には,3 群のいずれも有
意な相関関係が認められなかった。
PANAS の NA 因子と SFS-Y 各因子の間には,いずれも有意な正の相関関係(弱い関係∼中
程度の関係)が認められた。
(2) 重回帰分析
PANAS 両因子と SFS-Y 各因子の多くの関係に有意な相関関係が認められたことから,疲
労自覚症状に対する特性的感情の寄与について,運動部・サークル活動別 3 群のそれぞれで
表 2 非活動群における日常の疲労自覚症状に対する特性的感情の寄与(重回帰分析)
従属変数
SFS-Y
集中思考困難
投入された独立変数
PANAS
1 NA
1 NA
R
0.478
R2
0.229
F
50.144***
0.528
0.279
32.466***
0.436
0.547
0.190
0.300
39.736
72.299***
意欲低下
× 2 PA
1 NA
1 NA
1 NA
0.665
0.442
66.503***
0.377
0.142
27.955
活力低下
× 2 PA
1 NA
1 NA
0.411
0.169
17.080***
ねむけ
身体違和感
× 2 PA
1 NA
1 NA
0.369
0.310
0.136
0.096
26.580
17.984***
だるさ
***
***
***
*
β
0.478
0.495
t
7.081***
7.529***
0.224
0.436
0.547
0.575
-3.411**
6.304***
8.503***
9.947***
-0.378
0.377
0.389
-6.543***
5.287***
5.512***
-0.165
0.369
0.31
-2.338*
5.156***
4.241***
:p<.05 **:p<.01 ***:p<.001
131
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
表 3 運動系群における日常の疲労自覚症状に対する特性的感情の寄与(重回帰分析)
従属変数
SFS-Y
集中思考困難
投入された独立変数
PANAS
1 NA
1 NA
R
0.452
R2
0.204
F
35.344***
0.523
0.273
25.747***
0.477
0.228
40.719
だるさ
× 2 PA
1 NA
1 NA
0.270
25.371***
0.474
0.224
39.888
意欲低下
× 2 PA
1 NA
1 NA
0.520
0.641
0.411
47.711***
0.372
0.139
22.205
活力低下
× 2 PA
1 PA
1 PA
0.504
0.254
23.334***
ねむけ
身体違和感
× 2 NA
1 NA
1 NA
0.350
0.280
0.123
0.078
19.277
11.711***
***
***
***
***
β
0.452
0.452
t
5.945***
6.208***
- 0.263
0.477
0.478
- 3.614***
6.381***
6.547***
- 0.206
0.474
0.475
- 2.823**
6.316***
7.234***
- 0.432
- 0.372
- 0.373
- 6.581***
- 4.712***
- 5.056***
0.340
4.606***
0.350
4.391***
0.280
3.422***
**
***
:p<.01 :p<.001
表 4 文化系群における日常の疲労自覚症状に対する特性的感情の寄与(重回帰分析)
従属変数
SFS-Y
投入された独立変数
PANAS
1 NA
1 NA
R
0.482
R2
0.232
F
18.724***
0.321
14.420***
0.429
0.524
0.184
0.274
14.005***
23.427***
意欲低下
× 2 PA
1 NA
1 NA
1 NA
0.567
0.658
0.433
23.297***
0.333
0.111
7.718
活力低下
× 2 PA
1 NA
1 NA
0.434
0.188
7.079***
ねむけ
身体違和感
× 2 PA
1 NA
1 NA
0.274
0.383
0.075
0.147
2.484
10.682**
集中思考困難
だるさ
**
β
0.482
0.498
t
4.327***
4.711***
-0.299
0.429
0.524
0.545
-2.829**
3.742***
4.840***
5.647***
-0.399
0.333
0.348
-4.134***
2.778**
3.011**
-0.279
0.241
0.383
-2.416*
1.951
3.268**
*
:p<.05 **:p<.01 ***:p<.001
検証した。表 2 ∼表 4 は,PANAS 両因子を独立変数,SFS-Y 各因子を従属変数として,ステッ
プワイズ法による重回帰分析を行った結果であり,いずれも従属変数を予測できる有効な独
立変数として投入された因子のみを示した。
3 群のいずれにおいても,SFS-Y 各因子に対して NA 因子(正の規定力)のみで比較的高い
寄与率(決定係数 R2 )が認められた(非活動群:9.6%∼ 30.0%,運動系群:7.8%∼ 22.8%,
文化系群:7.5%∼ 27.4%)
。これらに PA 因子(負の規定力)の寄与を加えてみる。まず,非
活動群では,「集中思考困難」因子に対する NA 因子の寄与率は 22.9%であり,これに PA 因
132
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
子を投入すると 27.9%に増加した。同様に,
「意欲低下」因子に対しては 30.0%→ 44.2%,
「活
力低下」因子に対しては 14.2%→ 16.9%と増加した。運動系群では,「集中思考困難」因子に
対する NA 因子の寄与率は 20.4%であり,これに PA 因子を投入すると 27.3%に増加した。同
様に,
「だるさ」因子に対しては 22.8%→ 27.0%,「意欲低下」因子に対しては 22.4%→ 41.1%
に増加した。文化系群では,
「集中思考困難」因子に対する NA 因子の寄与率は 23.2%であり,
これに PA 因子を投入すると 32.1%に増加した。同様に,
「意欲低下」因子に対しては 27.4%
→ 43.3%,
「活力低下」因子に対しては 11.1%→ 18.8%と増加した。なお,運動系群の「活力
低下」因子に対しては,PA 因子の寄与率 13.9%が NA 因子を上回っており,これに NA 因子
を投入すると 25.4%に増加した。
これらの回帰式および標準偏回帰係数(β)は,文化系群の「ねむけ」因子に対する NA 因
子を除くといずれも有意であり,NA 因子および PA 因子の,SFS-Y の多くの因子に対する高
い貢献度が示された。
考 察
1.身体的健康度,特性的感情,疲労自覚症状の性差
本学部 1 年生の平均睡眠時間(就床から起床までの総就床時間)は 6 時間程度であり,明ら
かな性差は認められなかった。2010 年の国民生活時間調査(NHK 放送文化研究所,2012)に
よると,10 代国民の平均睡眠時間は,男性が 7 時間 36 分,女性が 7 時間 38 分であり,職業別
に集計したデータでも大学生は 7 時間 40 分であった。神山(2010)は,Steptoe(2006)の調
査結果を紹介して,日本の大学生の睡眠時間(男性:6.20 時間,女性 6.09 時間)が調査対象
24 か国の中で最も短く,そのことが自覚的不健康度の高さと関連していると指摘している。
本学部学生の睡眠時間はこれらのデータと比較しても短く,その傾向に男女の違いはほとん
どない。
自覚的健康感の指標とした熟睡度,朝の体調,朝の食欲の自己評定は,いずれも肯定的な
カテゴリの回答比率が高く,これらにも明確な性差は認められなかった。厚生労働省(2013)
は平成 23 年国民健康・栄養調査により,各年代の睡眠の質(熟睡できないなど)をまとめて
いる。その結果をみると,20 代では「めったにない」や「まったくない」の否定的なカテゴリ
の回答比率の合計が,男性 61.4%,女性 50.5%であり,本学部学生の今回の調査における肯
定的な回答比率を下回る。さらに,同調査によると,20 代の睡眠時間が 5 時間以上では熟睡
度の低下がみられていない。これらのことから,男女とも全般的に睡眠時間が 6 時間程度と
短いものの,自覚的には適度に質の高い睡眠を実現している学生が多いようである。同様に,
自覚的健康感の指標となる朝の体調や食欲も比較的良好の学生が多く,それらの傾向にも男
女の違いは認められない。睡眠不足は日中に眠気や疲労を引き起こし(堀,2011),今朝の目
覚めや今日の体調が疲労自覚症状に及ぼす影響は大きい(小林ら,1999a)とされる。しかし,
本研究における分析対象者は,日常生活における自覚的健康感にみられる自己の身体イメー
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
133
ジという心理的要因が,疲労自覚症状に対して促進的に働きかけることは,男女とも少ない
ようである。
本学部 1 年生のポジティブ感情には明らかな性差は認められなかった。ただし,ネガティ
ブ感情には性差が認められ,男性の方が高かった。ポジティブ感情とネガティブ感情の様々
な側面に性差が存在することが知られている。もちろん,ネガティブ感情の高いことが一概
に不適応とはいえず,両感情がそれぞれ特有の機能をもつことを想定すると,真に適応的な
条件は,状況に応じて両感情を柔軟に使い分けることであろう(山崎,2006)。この観点から
すると,両感情特性が高いと評価される本学男性学生は,女性学生に比べるとバランスのよ
い感情表出を実現できる資質をもつのかもしれない。とはいえ,男性の方が女性に比べてネ
ガティブ感情が高いという結果は意外であった。不安や怒り,あるいは孤独感などのネガ
ティブ感情は,いずれも男性より女性の方が高いという報告が多い(たとえば,東,1997;
広沢,2002)
。さらに,これらを規定するであろう自尊感情に関しても,多くの報告(たとえ
ば,東,1997;安藤・長田,2008)は,青年期・成人期では性差は認められないか,あるい
はむしろ女性の方が低いとしている。北村(2011)は,自尊感情の基盤として他者との関係
性をどの程度重視するかに男女差がみられることを示し,女性では自己評価の基準が対人的
条件によって流動的で,自尊感情が不安定になると推察している。そして,日本人女性は他
者の存在を通じて自己高揚を行い,それによって自尊感情が上昇することが考えられ(安藤・
長田,2008),生活感情においても,対人関係の感情は女性の方が男性より積極的であると
示唆されている(内田,1990)
。大学 1 年生の 6 月あるいは 11 月は,大学入学などの生活習慣
や環境の変化による多様なストレスを乗り越え,新しい安心できる対人関係を構築する時期
である。女性にとって,強い孤独感や不安を自ら克服し,親和的他者の存在による充実感を
感じることは,男性よりも自尊感情の安定を導きやすく,日々のネガティブ感情表出を抑制
しているのかもしれない。これを確認するためには,縦断的手法を用いた追跡的研究が必要
である。
ポジティブ感情は,目前の問題に対処するために,限定された資源を活用するネガティブ
感情と違い,広範囲の資源を取り寄せ,問題そのものの対処というより,長い目で見てプラ
スになるような時定数の長い効果をもたらすと考えられる(鈴木,2011)。したがって,大学
の年次イベントなどによる生活環境からの様々な心理的負荷に対して,ポジティブ感情は男
女の違いに影響されず比較的安定して感じられるものと想定される。
本学部1年生の日常的な疲労自覚症状に性差は認められなかった。主観的疲労感は全体的・
意識的な疲労感で,生活習慣や健康度評価との関連が低く,疲労感が強ければ疲労が蓄積状
態にあると言明することはできない(小林ら,1999b)。これに対して疲労自覚症状は,疲労
の多面性に対応した具体的な症状であり,感情としての疲労感と区別される。疲労自覚症状
は日常生活における健康の指標であり(門田,1978),小林ら(1999a)は,男子よりも女子
の方が疲労自覚症状の訴えが全体的に高く,感情としての主観的疲労感に影響されているこ
134
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
とを示唆している。本研究における疲労自覚症状に性差が認められないという結果は,小林
ら(1999a)の報告と異なっており,本学部男性学生のネガティブ感情特性の高さに影響さ
れている可能性がある。
2.習慣的な運動・スポーツ活動と特性的感情,疲労自覚症状の関係
ネガティブ感情に性差が認められた。しかし,その他の睡眠時間,自覚的健康感,ポジティ
ブ感情,疲労自覚症状に性差が認められなかったことから,男女をまとめて非活動群,運動
系群,文化系群に分類し,3 群それぞれの特性的感情と疲労自覚症状の関係を検討する。
3 群のポジティブ感情に違いが認められ,運動系群が他の 2 群に対して明らかに高かった。
また,疲労自覚症状では,
「意欲低下」において運動系群が低値の傾向があり,文化系群と
は明らかな差として認められた。すなわち,活動形態や頻度は様々であるが,習慣的なスポー
ツ活動を運動部やサークルで行っている学生は,その活動がみられない学生に比べて日常的
に感じるポジティブ感情が明らかに高く,
「元気がない」,「無口になっている」などの「意欲
低下」の側面の疲労自覚症状が緩和傾向にある。
運動系群が参加する運動部活動やスポーツ系サークル活動は,定期的・継続的に運動刺激
が負荷されるという点で,他の 2 群とは異なる。また,目的をもったスポーツ集団の中で多
様な対人関係が成立し,それぞれが役割を担いながら活発な社会的活動を展開している場合
も多いであろう。スポーツによる運動刺激だけでなく,様々な種類の刺激をその環境から継
時的に受けている学生が多いと思われる。学内の自主的活動という点では文化系群も同様で
あり,非活動群に比べれば,高い頻度で濃密な社会的活動を経験している学生が多いと思わ
れる。しかし,非活動群と文化系群の特性的感情と疲労自覚症状にほとんど違いがないこと
から。運動系群のポジティブ感情の高さと疲労自覚症状の意欲の維持に関連する要因は,習
慣化されたスポーツ活動による運動が中心と考えられる。
橋本ら(1991)は,
「快適自己ペース走」と呼ばれる強度の走運動を負荷して,一過性の有
酸素性あるいは中等度強度の運動中と運動後に,リラックス感,快感情,満足感というポジ
ティブ感情の上昇を認めている。そして,ビドル・ムツリ(2005)は,いくつかのメタ分析
や調査・実験の結果から,運動と身体活動への参加は,肯定的気分および肯定的感情と一貫
して関連しており,時間経過とともに心理的安寧と関連すると結論づけている。そして,こ
のポジティブ感情については,認知や情報処理の領域も含めて,想像以上に多様な恩恵をも
たらすことが明らかにされつつある(山崎,2006)
。Fredrickson(2001)は,ポジティブ感情
の拡張―形成理論を提唱して,ポジティブ感情の機能をまとめている。その理論によると,
ポジティブ感情の経験によって,個人の注意,認知,行動のレパートリーが一時的に広がり,
その後に身体的,知的,社会的な意味での様々な個人資源が継続的に形成されるとした。し
たがって,ポジティブ感情特性が高くなることで,豊富な個人資源を基盤に,情報に対する
好奇心を高め,高い意欲を維持して忍耐強く行動することができるようになると考えられ
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
135
る。
このように,運動部およびサークル活動における習慣的な運動によるポジティブ感情の喚
起が,日常生活におけるポジティブ感情表出の経験を増やし,それに伴ってポジティブ感情
特性を増強することで,様々な行動を支える意欲の維持に貢献していることが考えられる。
特性的感情と疲労自覚症状の相関分析の結果,3 群ともネガティブ感情はすべての疲労自
覚症状の因子との間で有意な正の相関関係が認められた。この傾向は,重回帰分析の結果に
も反映されていた。すなわち,ネガティブ感情は疲労自覚症状のほとんどすべての側面に強
い正の規定力をもち,それは学内におけるスポーツ系あるいは文化系活動の参加有無に関わ
りなく影響していた。主観的疲労感に限らず,多くの否定的感情が疲労自覚症状に影響して
いることは知られており,先行研究を支持する結果と考えられる。
さて,今回注目したポジティブ感情と疲労自覚症状の関係であるが,3 群ともいくつかの
因子との間で負の相関関係が認められた。特に運動系群は他の 2 群のいずれかに認められな
かった「だるさ」因子と「活力低下」因子との間にも相関関係が認められた。この運動系群の
特徴は,重回帰分析でも確認することができた。すなわち,運動系群は,
「集中思考困難」,
「だ
るさ」
,
「意欲低下」
,
「活力低下」の 4 因子に対して,ポジティブ感情が強い負の規定力を持っ
ていた。さらに,
「活力低下」に対しては運動系群のみ,ネガティブ感情の正の規定力をポ
ジティブ感情の負の規定力が上回っており,
「意欲低下」とともに標準偏回帰係数からみた
貢献度は高かった。これらの結果から,運動系群は他の 2 群に比べて,ポジティブ感情が主
に動機づけや覚醒水準に関わる「だるさ」
,
「意欲低下」,「活力低下」などの疲労自覚症状を
緩和していることが推測される。運動系群はポジティブ感情特性が明らかに高いことが確認
されていることから,その高いポジティブ感情が疲労自覚症状のいくつかの側面に対して比
較的強い抑制効果を働かせていることがうかがえる。
長期的な運動部・スポーツ系サークルにおける習慣化された運動・スポーツ活動が,身体
的・機能的な適応を促すことによって,疲労自覚症状が低減するというプロセスは容易に想
定される。しかし,そのプロセスにはポジティブ感情特性が関与し,しかも比較的強力に貢
献することが推測される。
3.研究知見の限界
この研究で得られた結果の解釈については,次の点において留意しなければならない。ま
ず,調査対象者が一部の地域の大学学部に在籍する 1 年生の学生であり,結論は限定された
ものである。加えて大学入学前の運動・スポーツキャリア,入学後の運動部活動とサークル
活動における運動・スポーツの実施頻度や運動強度など,多くの関連条件が未統制のままで
あることを踏まえると,得られた知見をそのまま青年期の大学生に一般化することは慎重に
ならなければならない。また,将来的に学習の特性的意欲を含めた心理的モデルに発展させ,
その検証を行うためには,現状で方法論的な限界がある。各要因の因果性と規定力を包括的
136
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
に探るとともに,縦断的あるいは介入研究が求められる。いずれも今後の課題として残され
ている。
まとめ
大学生のスポーツ活動と日常的なポジティブ感情・疲労自覚症状の関係を検討した。すな
わち,学生の習慣的運動・スポーツの主な機会である運動部活動やスポーツ系サークル活動
に参加することが,ポジティブ感情特性を高め,日常の疲労自覚症状を抑制するかどうかを
検証した。分析対象は375名の大学生男女であり,調査・分析項目は睡眠時間,自覚的健康感,
特性的感情(日本語版 PANAS による)
,疲労自覚症状(青年用疲労自覚症状尺度による)で
あった。そして,各項目平均値の性差,運動部・サークル活動別 3 群(非活動群,運動系群,
文化系群)の群間差,および感情と疲労自覚症状の関係分析を行ったところ,以下のような
結果が得られた。
1)睡眠時間,自覚的健康感(熟睡度,朝の体調,朝の食欲),ポジティブ感情,疲労自覚
症状 6 因子の平均値に有意な性差は認められなかった。ネガティブ感情にのみ有意な
性差が認められ,男性が高かった。
2)運動部・サークル活動別 3 群のポジティブ感情の平均値に有意な差が認められ,運動
系群が他の 2 群に対して高値を示した。疲労自覚症状の「意欲低下」でも有意な差が認
められ,文化系群に対して運動系群が低値であった。
3)運動部・サークル活動別 3 群のそれぞれで,特性的感情 2 因子と疲労自覚症状 6 因子の
間の相関分析を行った。ネガティブ感情は,3 群のすべての因子間で有意な正の相関関
係が認められた。ポジティブ感情は,運動系群で「集中思考困難」
,
「だるさ」
,
「意欲
低下」
,
「活力低下」との間で有意な負の相関関係が認められた。これに比べ他の 2 群に
認められた有意な相関関係は少なかった。
4)特性的感情 2 因子を独立変数,疲労自覚症状 6 因子を従属変数とした重回帰分析を,運
動部・サークル活動別 3 群のそれぞれで行った。文化系群の「ねむけ」を除く疲労自覚
症状に対してネガティブ感情(正の規定力)のみで比較的高い寄与率が認められた。運
動系群の「集中思考困難」
,
「だるさ」
,
「意欲低下」,「活力低下」の疲労自覚症状に対し
てポジティブ感情(負の規定力)に高い寄与率が認められ,また,他の 2 群と比べてポ
ジティブ感情の貢献度が高かった。
付記
本研究をまとめるにあたって,平成 23 年度日本大学文理学部人文科学研究所共同研究費の一部か
ら助成を受けました。
本学部学生のスポーツ活動と感情・疲労自覚症状の関係
137
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