監訳者・鷲見 洋一先生 慶應義塾大学名誉教授・翻訳家 19世紀フランス文学というと、スタンダール、バルザック、モーパッサン、フローベー ル、ゾラと、綺羅星のごとく大小説家の名前が並びます。そして、この小説家たちの代 表作こそ、明治以降のわが日本の文学にはかりしれない影響をあたえてきた「古典」な のです。 今回は新しい試みとして、そうした古典の中から、モーパッサンの長編小説 Une Vie 『女の一生』を皆で訳してみようという企画を立てました。語学学校の教室におけるよう に、たんに仏語からの翻訳表現や技術を、短い引用文や練習問題だけで学ぶのでは ありません。実際に原書にあたり、皆でまるごと訳し、最後にはその努力が「共訳」の形 で結実するという一連の運びを、身をもって体験していただくのです。この運びは、そ れ自体が、日本社会における翻訳作業というものを、あらゆる側面や段階についてくま なく吟味するという、活きた体験実習の場にほかなりません。 ぜひ、意欲をもって挑戦してみて下さい。 モーパッサンは、近代小説の神様のような作家です。翻訳表現の観点からしますと、 その主たる魅力は、「自由間接話法」というやや特殊な語法を、ほかの自然主義系の 小説家とおなじように、あちこちでさりげなく多用していることでしょう。直接話法でも間 接話法でもない、この中間的な「自由間接話法」を、はたしてどういう日本語にして翻 訳するか。 そのあたりから、この文学史上の不滅の傑作を読み解いていきたいものです。
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