ものづくり工房の挑戦

特集
vol.
26
季刊
2013
冬
ものづくり工房の挑戦
I N A X ラ イ ブ ミ ュ ー ジ ア ム は 、
01 特集
ものづくり工房
の挑戦
今、近代建築の復原、保存への意識が高まっている。
そこには、かけがえのない記憶を残したいと願う気持ちがある。
建築的な価値を次世代に引き継いでいきたいという意志がある。
ライブミュージアムのものづくり工房は、
やきものの街で培ったものづくりの伝統や技術を活かし、
数々の文化財の復原や再生に協力している。
その日々の活動が、ものづくりを受け継ぎ、活かして、
新しいかたちで未来につながっていく。
[特集]
02
東 日 本 大 震 災 の 復 興 を 支 援 し て い ま す。
ものづくり工房の挑戦
新しい建築をつくりだすために
近代建築保存と、
ものづくり工房のタイル復原
飯田喜四郎さん
04
ものづくり工房のしごと
vol.
LIVE RE PORT
企画展関連ワークショップ
漆喰塗りの卓上かまどをつくろう
とこいしぐるま
建造100周年「常石車」
曳き回しで窯のある広場へ
光るどろだんご全国大会 2012
LIVE
2013
冬
企画展「日本の白い壁」の会
場で。地域の伝統産業につ
いてレポートを書くため、
ヒン
トを求めて初来館されたお
2人。土とともに歩んだ常滑
とINAX創業の歴史に触れ、
改めて地元の良さを発見し
たそうです。
(2012.12.2)
陶と灯の日
07
季刊
表紙写真
開催報告
06
26
撮影:加藤弘一
SCHEDU LE
これからの催し
08
日本の白い壁 石灰がつくり出す多様な世界
09
大竹伸朗『焼憶展』
やきおく
常滑から ※
25
「 常 石 車 」1 0 0 年
久 し ぶ り に 鳥 肌 が 立 つ ほ ど の 感 動 を 覚
とこいしぐるま
月3日、INAXライブミュージアム
えた ︱︱ 某スタッフの言葉である。
に今年100歳を迎えた﹁常石車﹂がやっ
て き た。ラ イ ブ ミ ュ ー ジ ア ム が あ る 常 滑
市奥条区の山車で、毎年春の祭礼には他地
区の5つの山車とともに地区内を曳き回
し、この海辺の街にあたたかな春をよぶ。
01
今 年 は 建 造 1 0 0 年 を 記 念 し て 特 別 な
曳 き 回 し が 行 わ れ た。赤 い 装 い に 身 を 包
んだ血気盛んな若衆に曳かれて地区内を
巡り、夕刻ミュージアムへ。スタッフを震
えるほど感動させたのは、その雄大な姿と
き や
﹁世 界 の タ イ ル 博 物 館﹂に 向 か っ て 上 げ ら
かじかた
れ た〝木 遣 り〟と い う 唄。陽 が 落 ち て 提 灯
しゅう
の 灯 り に 彩 ら れ た﹁常 石 車﹂を 背 に、梶 方
衆が声をそろえて唄う声は夜の澄んだ空
気と、居合わせた人々の心を震わせた。そ
も そ も〝木 遣 り 〟と は、大 き く 重 い 石 や 材
木を大勢で運ぶ作業の際、全員の力を合わ
せるため、号令のような役割をはたしたも
のだそうだ。
〝木遣り 〟
にあやかり、皆で声を掛け合い、
心をひとつにして、このミュージアムの活
︵広報担当︶
動をより充実したものにしていきたい。
尾之内 明美
※INAX創業の地・常滑の人、風景、できごとなどを、INAXライブミュージアムのスタッフが伝えます。
vol.26
11
新しい建築をつくりだすために
近代建築保存と、
ものづくり工房のタイル復原
でした。」
存のタイルと調和する表情を出すことに留
するように、当時の煉瓦の色のばらつきを、
愛知工業大学客員教授
名古屋大学名誉教授
現在の技術で復原するのに苦労しました。
」
世紀
から 世紀の初めまで、3世紀以上
われるでしょう。あれらは、
パリの街並みは調和していると思
変わっていく街
緩やかなグラデーションで
いくということです。
ているものを新しい建物に活かして
踏むということは、古い建物が持っ
限り新しい建物はできない。手順を
あるわけです。その手順を踏まない
ッパでは既存の建物からの拘束力が
んで、東京で設計してもらったとき、
などを復原した。
「時間とともに変化した現
15,000枚を超える試作を重ねた一大プロジ
昔の建築は見ていて楽しいですね。
を教えていただいた、やりがいのある仕事
その人は﹁何の拘束もなく自由に設
イレや浴室を装飾しているモザイクタイル
されるまで 7 年 間 試 行 錯 誤を 繰り返し、
計できる、こんないいことはない﹂
と
のづくり工房では、バルコニーのタイル、ト
づくりした自信作だ。
「復原の意味と面白さ
戦後、シンプルな形が美しいと強
枚に対し数百枚の試作を重ね、一枚一枚手
く言う人たちがいました。建物に装
るようにつくられたもの)を移築し復原。も
に挑戦、約50万枚が 採用された。2003年
言っています。それくらい、ヨーロ
壁泉(壁につけたオブジェから水が流れ出
どを復原。暖炉周りのタイルは、注文数20
ば、いい建築ができて、しかも美し
(昭和7)年、東 京・世田谷に建てた住宅と
いと。ちょうど私が大学生のころ盛
あたる本多忠次氏(1896-1999)が、1932
た。設計は武田五一。ものづくり工房は、暖
んにそう教えられました。しかし私
衛門の別荘として西宮市甲東園に建てられ
は、建築は実用的という視点のほか
旧岡崎藩主本多家(本多忠勝系)の末裔に
に楽しいという要素があって初めて
1911(明治44)年、大阪の商人・芝川又右
芸術になり、街の顔になると考えて
ものづくり工房のタイル復原
を焼失。戦後、3階建ての駅舎を2階建てに
います。
殺風景な日本の街並み
日本は戦後、きわめてつまらない
建物をつくってきました。お金がな
かったということもあります。当時
は、デ ザ イ ン な ん て 問 題 じ ゃ な い、
人間が入って仕事ができればいいと
いうものでした。その形が、高度経
済成長を経て豊かになってもそのま
修復したが、2012(平成24)年10月、創建
時の外観に復原された。ものづくり工房は
飾は必要なく、目的に忠実につくれ
飯田喜四郎
意しました。」
ェクトだった。
「現存する1、2階部分と調和
ま残った。ヨーロッパと違い、日本
の街並みがつまらないのは、蓄積の
ある建物が少ないからです。新しい
建物ばかりでは、街は殺風景になり
ます。
明治期、日本にヨーロッパの建築
を導入したのはジョサイア コ
= ンド
ル と い う イ ギ リ ス 人 で し た。戦 後、
やはり建築家である彼の親族を呼
少しでもサンプルになり、拠点に
なるような良い建物は残していく
ことが大切です。
そして、
学んでいく。
でなければ、次に新しいものをつく
るときに全く手掛かりがないという
ことになってしまいます。東京駅の
復原にみるように、再び歴史的な建
物の保存が注目されてきたのは、み
んなが、現代建築がつまらない、何
炉周りやトイレ、ベランダのタイル、煙突な
写真:博物館明治村提供
とかしなくてはという思いを抱いて
いるからでしょう。
建物ができた時代を
再現する
過去の建物に学び、新しいものを
生み出すためには、その建物の空間
かけてつくられた建物群です。過去
の 建 物 を ま ね た の で は あ り ま せ ん。
その空間を体感し、自分の中で考え、
昇華された新しい形の建物が生まれ
た。それが隣の建物とかなり違うデ
ザインであっても、それでいいのだ
ろうと思います。そうしてできたも
のは、全くかけ離れたものにはなら
ない。弦は切れておらず、ある程度
つながりができますから、街は緩や
かなグラデーションで変わっていく
ことになる。日本はそれをやってい
ないから、都市景観がすっかり壊さ
れてしまった。
は簡単なことではありませんし、補
修用ですから必要枚数はごくわずか。
お願いするのも申し訳ないのですが、
技術も経験もお持ちで信頼している
きません。とても熱心にやっていた
﹁も の づ く り 工 房﹂に し か お 願 い で
だいて、いつも助かっています。
タイルやテラコッタの
可能性
これからは、
もう少し、
建築を我々
の感性に訴える形にしていかなけれ
ばならない。そのためには、やはり
建 築 に 合 う 立 体 的 な 素 材 を 使 っ て、
表現というものを再評価していかな
ければならない。タイルやテラコッ
タは、今後たくさん使われる可能性
保存修復事業の委員長を歴任。博物館明
に身を置いて、何を感じるかが大切
があると思います。
新宿御苑御休所、原爆ドームなど多くの
月9日収録︶
する貢献」により日本建築学会大賞受賞。
です。施主や設計者、職人たちを含
新しい建築をつくりだしていくた
復学。2003年「我が国における西洋建築
めて、建てた人たちの思い、建物が
めに、建物の復原、保存は大切な事
業で、それは、
﹁ものづくり工房﹂の
建築史(中世ゴシック建築)
、建築保存修
できた時代をも再現するのが復原で
旧本多忠次邸(岡崎市・東公園内)
られ、戦災により南北のドームと屋根・内装
17
ようなところがなければできないと
1966年名古屋大学教授。専攻はフランス
11
史学の確立と建築文化財保存の実践に対
思っています。
1953 ∼ 56年フランス留学、フランス文部
すから、中途半端にはできません。
社内の他部署やアカイタイルと協力して、3
階部分の化粧煉瓦(通称:赤煉瓦)の製造
から試作を重ね、2010年の本生産が開始
まつえい
芝川又右衛門邸(博物館明治村)
1914(大正3)年、辰野金吾の設計で建て
20
1924年生まれ。東京大学建築学科卒業。
たとえば、
﹁ものづくり工房﹂にも
飯田喜四郎 IIDA kishirou
お手伝いいただいた旧本多忠次邸 ︵岡
て、1963年 名古屋 大 学工学 部 助 教 授、
︵談 2012年
で学び、帰国後、宮内庁管理部勤務を経
。当 主 の 本 多 忠 次 氏 が ひ じ ょ う
崎 市︶
省文化財保護事業部主任建築家事務所
に熱心に勉強し、基本計画も自分で
治村4代目館長を務めた(現顧問)
。
指示してつくった邸宅です。内装ま
で整えて建物そのものを見せたいと
いう考えでしたから、なるべく昔の
まま残すという方針でした。
タイルについても、移築に際して
は、外してそのまま持ってきていま
すが、どうしても欠ける部分がある。
東京駅丸の内駅舎
02
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03
そ こ で、﹁も の づ く り 工 房﹂に お 願
いして復原してもらいました。復原
(東京都・国指定重要文化財)
分を3次 元スキャナで 測定
し、形 状をデータ化、型に
企画展で再現された帝国ホ
テル旧本館の壁面や柱。
起こすところから修復は始
まった。白の色調だけでな
いるので、展示ができあがっ
の漆喰壁を再現。
1点1点つくることに集中して
[企画展]
細かく砕いたタイル片で模様が描か
た時はうれしかったですね。
」
ゆらぎ、
モザイク考
れた、東京国立博物館本館ラウンジ
修復部分(上)
水と風と光
のタイル
飾タイル空間を再現するために、
ものづ
くり工房では、残された現物のタイル
F.
L.
ライトが
つくった
土のデザイン
から寸法を採り石膏型をつくって、当時
と同じ知多半島の土、
「内海粘土」を掘
り出して用い、一つひとつ手づくりした。
[企画展]
独特の形状と色合いを持つライトの装
(1934年)のテラコッタ。
く、艶のないマットな肌合
いも追求した。
「デザインが繊細で型に粘土を詰める
作業は特にむずかしかったし、量も多
くて大変だった。自分たちは
企画展を支える
毎回、多彩なテーマで取り組むライ
も、
テーマを体感できる﹁空間﹂がある。
ブミュージアムの企画展。そこにはいつ
体験・体感型ミュージアムとして、見て、
触れて五感で感じてもらうことを何よ
この空間展示を支えているのが、も
り大切にしている。
古い文献や写真を探る、実物を目に焼
のづくり工 房。残された図 面を 追い、
り返す。﹁図 面があっても 作り方まで
き 付けて釉 薬を 想 像する。試 作を 繰
材料や作り方を推測して、つくってみ
は残っていない。残された もの から
人は何にこだわったのか、目に見えな
る。古いものを 探っていくと 当 時の職
うして一つひとつ、スタッフがつくりあ
いところ まで知りたく なりま す﹂。こ
げ たものが、展 示 会 場で施 工され 空
間となる。ものづくり工 房とタッグを
組んだ企 画 展。これがライブミュージ
アムならではの強みだ。
修復に力を発揮する
大 正 末 期から 昭 和 初 期にかけて建
物を飾ったやきもの﹁テラコッタ﹂。伊
奈製陶当時から収集されたテラコッタ
の数々を 受 け 継 ぐ ライブミュージアム
は、2012年4月、屋内外にテラコ
ッタを 展 示し た﹁建 築 陶 器のはじ ま
り 館﹂をオープン。開 館にあ たって、
ものづくり 工 房 は、部 分 的に 破 損し
た。﹁オリジナルがどのような 原 料で
ていたいくつかのテラコッタを 修 復し
きます。しかし、私たちは復原したも
つくられているかは分析すれば予測で
つくるだけではなく、今の時代の原料
のに責任があります。昔と同じように
のにしないと意味はないんです﹂。
と 技 術で、性 能と 品 質を 保 証 するも
同時に最も心を砕くのが、オリジナ
ルの色味に合わせること。年月が刻ん
法を 駆 使して 再 現していく。今の時
だやきものの表 情を、さ ま ざ ま な 方
代が求める性能とオリジナルの味わい。
めていく。ものづくり工 房のテラコッ
そのは ざ までの格 闘が 復 原の質を 高
れている。
タ復原のノウハウは、今、広く求めら
やきものの未来をつくる
ものづくり工 房では、日々、タイル
など やきものに 関 する 調 査と 研 究、
試 作を 進めている。﹁この深い青はど
んな 調 合の釉 薬を 使っているん だろ
う﹂。﹁なぜ、こんなふうになるのか﹂。
現代のやきものでは見られない味わい
や表情を持つものと出会うと、好奇心
をかき 立てら れて 分 析し たり、釉 薬
調 合を 試したり。時 間があれ ば試 作
や復原に挑むことも。過去のものづく
ない。そ うして 蓄 積さ れ た 知 識や 技
りから発見し、教えられることは尽き
能が、企 画 展や 復 原だけでなく、現
代の新しい技術にも応用されていく。
アーティスト・イン・レジデンス
建築陶器のはじまり館
ものづくり工房のしごと
横浜
松坂屋本館
残っていたオリジナルの部
スクラッチ模様をつける
ために道具もつくった。
粒子の日本美
松坂屋のマークも復原
ライブミュージアムは、
﹁ものをつくるミュージアム﹂。
光るどろだんご、モザイクタイル⋮訪れる人が楽しむだけでなく
ものづくり工房でも、日々、ものづくりに挑戦しています。
テラコッタパーク
わ目を引く横浜松坂屋本館
設 計 者や ア ーテ ィ スト な ど、国 内
外のクリエーターとのコラボレーシ
ョ ン で、タ イ ル や 陶 板、便 器 な ど 住
生活空間を彩るやきものの可能性を
アイラブユ
と も に 探 っ て い る。た と え ば、瀬 戸
内海、直島での﹁直島銭湯 I♥湯﹂
プ ロ ジ ェ ク ト で は、美 術 家、大 竹 伸
朗さんに協力。初めてタイル壁画に
挑戦する大竹さんとともに、めざす
表現をやきもので実現するためにコ
ミュニケーションを重ねた。アーテ
ィストとのコラボレーションから多
くの刺激を受けている。
建築陶器のはじまり館のファサー
ドには、ものづくり工房で制作した
オリジナルのテラコッタが使われて
いる。テラコッタをつくることがほ
とんどない今、貴重な機会とスタッ
フ全員で取り組んだ。﹁意外に時間が
かかった﹂
﹁力のかけ具合がむずかし
い﹂
﹁昔 の テ ラ コ ッ タ は す ご い!﹂。
ま た 一つ、や っ て み て わ かっ た も の
づくりの奥深さ。軒先を飾るメイド・
注目してほしい。
インものづくり工房のテラコッタに
04
vol.26
vol.26
05
[常設展]
テラコッタパークでひとき
ここにも生かされた、ものづくり工房の技